キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 まだもうちっとだけ続くんじゃ。



25:再会と初対面

 

          □□□

 

 

「よし……!」

 

 

 調月(つかつき)(りつ)は準備を終えて、今まさに部屋を出ようとしていた。専門学校に通うために東京へ出て、その際に借りたアパート。自分に割り当てられているその部屋。

 

 準備がしっかりしているかどうかをもう一度確認してみる。身支度は外出用。動いている必要のない家電は電源が切られて沈黙している。これならば長時間空けていても問題なしだ。部屋を出てドアに鍵を閉める。

 

 外は晴れ渡っていた。小さな雲がところどころに見受けられるくらいで、太陽を隠すほどでもない。青い空がどこまでも広がっている。つい先日も遊んでいた《GGO》では見る事のできなかった青い空が、自分達を出迎えてくれているように広がっていた。絶好の外出日和とはこの事か。

 

 だとすればなんて良い日になってくれたのだろう。もし雨が降っていようものならば、これから再会する彼女の気持ちも沈んでいたか、或いは「リアルラックはどうしたのよ」などと悪態を吐かれていたところだったに違いない。そうならずに済んだのもよかったし、こんなに晴れた日に会える事が嬉しかった。

 

 

「よっし」

 

 

 いつ以来だったか思い出せない胸の高鳴りを覚え、律はアパートから離れて駐車場へ向かう。すぐに一台のバイクの前までやってきた。東京に来て割とすぐに免許を取り、運転できるようになった、白いカラーリングの二五○タイプのスクーターだ。

 

 スクーターという単語から想像できるような見た目ではなく、流線的な車体に一対のライトを装備した、スタイリッシュ――少なくとも律はそう思っている――な容姿のバイク。無論座席後部には人を乗せられるようにできているので、彼女を乗せる事も可能である。まぁ、彼女が乗りたがるかどうかはわからないので、二人乗りする事になるかどうかは未知数だが、その時のためにヘルメットは二つ用意してある。

 

 そろそろ出かけないと、待ち合わせの時間である一○時三○分に間に合わなくなりそうだ。遅刻なんてしたら、やはり悪態を吐かれそうだ。そうならないように、時間通りからそれより前に着かないといけない。

 

 場所は東京駅の構内にある喫茶店の前。隣に本屋のあるところだ。「あそこなら律も行った事あるからわかるでしょ」という、彼女の提案でそこになった。確かにあの喫茶店は待ち合わせ場所としては丁度いい。それに、下手に駅の外に出れば、人混みに紛れてしまって、合流するのが難しくなるだろう。合流地点としては申し分ない場所だったと、話した時に納得したのは記憶に新しい。

 

 

「行こう」

 

 

 目的地を定め、律はヘルメットを着用し、バイクに乗った。鍵を刺して回すと、大きめの二輪車は目を覚ました。ハンドルを握って回し、調子を確かめて、走り出していく。住宅地周辺を抜けて都市部へ向かう道に通りかかると、車の数が増えてきた。平日の混雑ほどではないが、結構混んでいる。休日なので当然だろう。

 

 その中を通り抜けるようにしてバイクを走らせていくと、比較的あっという間に東京駅の前へとやって来れた。駐車場にバイクを停めて、駅の構内へと向かう。

 

 東京に来たばかりの頃にも思っていた事だが、東京駅の中は本当に迷宮のようだった。かなり複雑に道が入り組んでいて、出入口があちこちにあり、その中に所狭しと土産屋、レストラン、ラーメン屋、書店、喫茶店などが並んでいて、改札口を通れば今度は新幹線乗り場や地下鉄が混ざり込んでより複雑化する。

 

 その様子は、まるでゲームの中に登場するダンジョンの一種のようだ。「実はここはダンジョンなんだよ」なんて冗談を言われても信じてしまいそうなくらいに入り組んでいると、律はいつも思っている。東京駅だけじゃない。渋谷駅、池袋駅、新宿駅なんかの入り組み具合なんかも、本当にダンジョンのようだと思う。

 

 そんなダンジョンさながらの駅の構内に、特に待ち合わせ場所に相応しいオブジェクトや店などがなかったりしたならば、到底待ち合わせなどできやしなかっただろう。そういうものがあって助かった――そんな事を考えながら、彼女との待ち合わせの場所へと足を進めていった。

 

 大都会の中枢部とも言える駅の中、人混みを抜けつつ進んでいくと、割と早く待ち合わせ地点へ辿り着く事ができた。近くに本屋があるチェーン喫茶店。ここで間違いない。スマートフォンを取り出して時刻を確認すると、午前一〇時二十五分とあった。五分ほど早く着けたようだが――どうやら自分の方が早かったらしい。

 

 

「早く着きすぎたかなぁ」

 

 

 思わず独り言ちて周囲を見回す。彼女の姿は見えてこなかった。近くを通り過ぎていく人、喫茶店へ入る人を怪しまれないくらいに横目で見ても、彼女らしき人は確認できない。やはり来るのが早かったのだろう。しかし約束の時間まで五分前である。

 

 ふと《GGO》での彼女の事を思い出す。彼女は時間にルーズな方だっただろうか。いや、そんな事はない。寧ろ五分や十分前に待ち合わせ場所に着いている傾向にあり、自分が時間に遅れている事の方が多かった。こんなふうに彼女が遅れて来るというのはなかったはずだ。

 

 

(となると、まさか)

 

 

 律はふと喫茶店の看板を見た。やや黒みがかった緑色の丸に、王冠を被った人魚が白色で描かれている。更に近くの壁を見れば、より大きな人魚の壁画があるのがわかった。確かこのチェーン喫茶店は、東京駅内に三か所存在している。もしかしたら彼女――いや、自分の方が店を間違えているのかもしれない。彼女が言っていたのは、本当に近くに本屋のあるところだっただろうか。ふとこの前の約束の時の話を思い出そうとしたその時だった。

 

 

「ああ、やっぱり先を越されてた!」

 

 

 ふと遠くから声がした。つい最近《GGO》でよく聞いていた心地よい、少女の声だ。不思議な事に、それは《GGO》で聞いていたものとほとんど変わりがなかった。現実世界と《GGO》では声だって違う風に聞こえるものだと聞かされていたというのに。

 

 律は導かれるようにしてその声のした方へ向き直った。こちらに向かって歩いてくる人がいる。自分と同じくらいの歳の少女だった。髪の毛は長く、明るめの茶色であり、見慣れたサイドポニーテールの形にしている。

 

 服装は律が《GGO》で見ている時のようなそれではなく、如何にも十九歳くらいの女の子が外出する時に着そうなものだった。もしかしたら雑誌か何かで掲載されていたファッションの一つかもしれないが、そういったものを読まない律にはわからなかった。

 

 いずれにしても、綺麗だった。そんな感じで見惚(みと)れていると、少女は律のすぐ目の前にまでやってきて、顔を(のぞ)き込んできた。髪の毛よりも濃い茶色の瞳が、律の黒茶の瞳と交差する。

 

 

「えっと……律、よね?」

 

「そうだよ。そういう君は紅葉(もみじ)……だよな?」

 

 

 律にそう問われた少女は、安心したように微笑んだ。

 

 

「ええ、そうよ。高峰(たかみね)紅葉(もみじ)。あんたの幼馴染(おさななじみ)のね。そしてあんたは調月律。そうでしょ?」

 

 

 あぁ、やっぱり――律は心の底から安堵した。待ち合わせの場所はここで合っていた。そして彼女が来てくれた。ある時を(さかい)に離れ離れになってしまっていた幼馴染であり、自分にとっては姉貴分であった少女、高峰紅葉。ついにその人と現実世界で再会する事ができた。

 

 そんな彼女からのもう一度の問いかけに、もう一度答えた。

 

 

「そうだよ! 調月律で間違いない――」

 

 

 言いかけて、律ははっとした。彼女との関係である。これまでは幼馴染、姉貴分として思っていた紅葉だが、先日の《GGO》での決戦の最中でその形は変わった。その事を思い出した途端、胸の内から熱が込み上げてきて、一気に全身に広がってきた。

 

 顔がやや熱い。恐らく紅潮してしまっているのだろう。たまらなくなって、律は紅葉から顔を逸らしてしまった。当然というべきか、紅葉は律を不思議がって声を掛けてくる。

 

 

「えっ、どうしたのよ律。なんで急に顔をそっぽ向けるのよ」

 

「えっ、ええっと」

 

「あたしの恰好、どこも変じゃないでしょ。鏡見てきたからわかるわ」

 

 

 その通りだ。紅葉の恰好は何も悪くない。それどころか可愛らしくて仕方がない。その事を素直に律は伝える。

 

 

「うん、変な恰好なんかじゃない。っていうか、寧ろすごく良い。良いんだ」

 

「じゃあ、なんでこっちを見てくれないわけ?」

 

 

 いよいよ答えないわけにはいかなくなってきた。恥ずかしいような、そうではないような気持ちが湧いて出て止まってくれそうにない。その弱いようで強いような流れに協力してもらい、律は紅葉へ言った。

 

 

「その……紅葉は俺の彼女で、俺は紅葉の彼氏って事になったんだろ。つまり、恋人同士になったっていう事だから……その、心の準備っていうのが、できてなくて……」

 

 

 《GGO》での戦いであれだけの事を言ったというのに、実はまだ紅葉が恋人になったという現実を受け入れる事ができていなかった。こんな事を言われようものならば、紅葉も呆れてしまうに違いない。今頃そんな目でこっちを見ている事だろう。律はそう思いながら、勇気を出して紅葉を見た。

 

 予想通りの事が起きている――と思いきや、紅葉は両手を腰に当てて、微笑みながらこちらを見ていた。

 

 その時律ははっとする。まだ近所同士だった頃、気弱だった自分を見てくれている姉のようだった時の紅葉の表情が、今の紅葉のそれだった。《GGO》で遊び始めた時から今に至るまで見る事のできなかった顔が、今の紅葉から見る事ができている。その事が確認できた途端、律の中の恥じらい、熱さが一気に引き下がり、ある種の空白ができた。

 

 間もなくして、紅葉が律に歩み寄り、その両手が律の両肩を優しく掴んだ。

 

 

「そうよ。あたしはあんたの幼馴染だったけど、今は恋人になったのよ。まぁ、いきなりだったから、そんな簡単に受け入れられないのも無理はないかも」

 

「……」

 

「……それ、実はあたしもそうなのよね」

 

 

 律はきょとんとした。

 

 

「え?」

 

 

 今度は紅葉の方が律から顔を逸らす。

 

 

「あたしの方もそうなの。律があたしの恋人になったっていう実感が全然なくて。今だってそうよ。(いま)だにあんたの事は恋人というより幼馴染って感じが強くして……あれだけあんたに泣き付いて、あんたの事が好きだって言ったのにね。あんたの事は恋人だって、好きな人だって確かに思ってるはずなのに、実際にあんたに会ったら、これまでみたいな幼馴染の感覚が強くって……」

 

「……」

 

「つまりあたしも、あんたの事は恋人未満の気持ち。でも、そのままでいるわけにはいかない。あんたが好きだっていう気持ち、あんたに恋してる気持ちを……ずっと持ち続けていたいのよ。あんたは結局幼馴染でしかないなんて、そんなふうに思って終わらせるような事なんて、絶対にしたくない」

 

 

 またもや律ははっとさせられた。紅葉が顔を向け直してくる。やや紅潮しているものの、優しい笑みが浮かべられていた。

 

 

「だから、お互いが恋人だっていう感覚を、育てていきましょ。あたし達の事だから、きっとすぐに何とかできる。今日はその第一歩の――」

 

 

 紅葉の笑みは、とても柔らかい笑顔になった。

 

 

「お互いの恋を深めるデートに、付き合ってもらえるかしら?」

 

 

 そう言われた次の瞬間に、律もまた自然と笑顔になった。そして、これから恋人となるかつての幼馴染に、

 

 

「……喜んで!」

 

 

 と答えた。

 

 紅葉の言っているとおり、彼女を幼馴染ではなく、恋人として思えるようになるには時間がかかりそうだ。しかし、その時が来るのはそんなに遠くないとも思えていた。

 

 「紅葉がとても愛おしい」という気持ちが、小さいながらも存在していたからだった。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

「おぉッ、本当に木綿季(ゆうき)がいる!」

 

「木綿季、あんた、本当に退院できたのね!」

 

 

 裏路地にひっそり(たたず)む喫茶店に入って早々、和人と詩乃の声は重なった。喫茶店兼バーであり、エギル/アンドリューが経営している店である《ダイシー・カフェ》の入口から奥まった席に、目的の人物が三人確認できて、そのうちの一人こそが、和人と詩乃を驚かせた要因だった。

 

 肩にかかるくらいの長さの黒茶色の髪の毛をしていて、誰かから贈られたであろう白いカチューシャをしている、くりくりとした瞳が可愛らしい少女。背丈がチビの海夢くらいしかない()。名前を紺野(こんの)木綿季(ゆうき)という彼女は、かつて《SAO》で出会い、それ以降今の今まで自分達の仲間、最高の友人として共に戦ってきた《ユウキ》の、現実世界での姿であった。

 

 

「やっほー、和人に詩乃! 初めまして!」

 

 

 聞くだけで元気になれそうなポジティブ成分の(あふ)れる声で木綿季は答えてきた。その隣には明日奈と海夢の姿もある。どちらも柔らかい笑みを浮かべながら、こちらと木綿季を交互に見ていた。三人の姿を確認し、和人は詩乃と共に彼女らの(もと)へと向かう。

 

 

「初めまして、じゃないだろ。つい最近《GGO》で一緒に狩りをしたばっかりじゃないか」

 

「それに、現実世界(リアル)でもオーグマーを使って一緒に過ごしてたじゃない」

 

 

 微笑む二人からの言葉に、木綿季は「えへへへ」と笑って頭を掻いた。

 

 

「そうだったね~」

 

「けれど、こうして本物の木綿季を見るのは初めてでしょ、和人も詩乃さんも」

 

 

 海夢にそう言われた和人は頷いた。そうだ。木綿季/ユウキとはVRでは苦楽を共にしているものの、現実世界で対面するのはこれが初めてだ。

 

 木綿季はかつて不治の病と言われたエイズに罹っていたものの、様々な奇跡的な要因――彼女の場合は海夢が中心の――が重なって完治に(いた)り、長らく出る事のできなかった無菌室から出る事に成功した。

 

 しかし、そのまま退院というわけにはいかなかった。木綿季の身体は長く使わないでいたせいで、筋力も体力も非常に弱っており、リハビリ無しでは日常生活を送る事さえ困難になっていたからだ。なので、無菌室から出れても退院とまではいけず、入院し続け、リハビリを続けなければならなかった。

 

 そのリハビリが完了し、退院許可が下り、実際に退院する事ができたという知らせが海夢から入ったのが、つい三時間ほど前。木綿季は和人、詩乃、明日奈にいち早く会いたいと願ったそうで、《ダイシー・カフェ》で待っていると伝えてきた。

 

 和人は即座に詩乃にこの事を知らせたが、彼女は「木綿季に会いましょう」と即答。二人で《ダイシー・カフェ》に向かってきたのだった。

 

 

「何だか夢みたいだよ。こうして木綿季が本当にわたし達の目の前にいるんですもの」

 

 

 着席した木綿季の隣に座る明日奈が呟くように言った。明日奈は《SAO》の時に、木綿季とユピテルの三人で暮らしていたため、彼女の事を本当の妹のように思っている部分もあるくらいに(した)っている。そんな明日奈からすれば、木綿季が退院して自分達の目の前に姿を見せてくれる日は、何よりも待ち遠しかったに違いない。

 

 

「ボクもそんな気持ち。皆が目の前にちゃんといるっていうか、皆のいる空間にちゃんとボクがいるっていうのが、すごく嬉しいんだ。あまりにも嬉しすぎて現実感がちょっと抜けそうになってるくらい」

 

 

 どうやら木綿季自身も実感が湧いていないようだ。当然だろう。彼女はそもそも最初、発症しているエイズが深刻化しており、助かる見込みがない、せいぜい生きれても、あと一年未満くらいだとされていた。当時からも元気に明るく振る舞っていたとされる彼女であったが、結局エイズに身を喰われ、死を待つしかなかった。

 

 だが、そこで海夢の身体から出てきた新種の特殊変異ウイルスを素材にした、エイズの特効薬と言える新薬が作り出された。不治の病を完治に導くとされるその薬が投与された結果、彼女の身体はエイズの死の鎖から解き放たれ、死を待つ日々を送る必要はなくなった。

 

 その後も色々有りはしたが、今彼女の隣にいる海夢の献身的な協力によって、木綿季はエイズから完全に解放された。こんな魔法や奇跡としか思えないような出来事の連続が起きた時間は一年と二年の間程度という短期間。実感が湧かなくて当然だ。

 

 現に和人も、同じような出来事を体験する事になったら、彼女と同じように、現実感を覚えるのに苦労するだろうと思っていた。そんなふうに現実感を忘れてしまいそうになるくらい、彼女の胸中(きょうちゅう)が嬉しくてたまらない気持ちでいっぱいになっているというのは、直接聞かなくてもわかっていた。

 

 

「それで、木綿季は海夢の家で暮らす事になったんだっけ」

 

 

 詩乃の問いかけに木綿季は深く頷いた。和人は既に海夢から聞いていたが、木綿季は戸籍上海夢の家の養子――海夢の妹という扱いになった。

 

 これにより、木綿季の姓名を紺野から白嶺に変えるかどうか考えているそうだが、未だに結論は出ていないという。紺野木綿季のままでいるか、白嶺木綿季となるか。

 

 「白嶺の家の子になるのだから、白嶺木綿季になっていいのではないか」と和人は海夢に話した事があるが、彼は、「そうなれば木綿季は紺野という姓名を失い、既に亡くした実の姉と両親から縁を切ってしまう事にもなる。そんな簡単に決められる事ではないんだ」と答えてきた。

 

 縁結びの神様を(まつ)る家と縁を結んでもらう代わりに、それまでの家族との縁を切るか。

 

 これまでの姓名をなくさない事により、既に他界した家族との縁を失わずにいられるが、新たな家族との縁はあまり強固なものとはならないか。

 

 木綿季からの決定を、海夢もその両親も、いつまでも待つそうだという。そして木綿季がいかなる決定をしたとしても、海夢とその両親は木綿季を本当の家族として受け入れるつもりだとも聞いている。だからどちらを選んでも良いのだが――いずれにしても木綿季を待っている事象が一つあるという。その事を、木綿季が話し始めた。

 

 

「そうそう。ボクは海夢の家の子って事になって、おねえさんと海夢の妹っていう事になって……なんと! 白嶺神社の巫女になって、例大祭の時に舞を奉納するのです!」

 

 

 木綿季からの告白じみた宣言に明日奈と詩乃が驚き、そのうちの明日奈が尋ねる。

 

 

「えぇっ。木綿季、巫女さんになるの? それで、お祭りの時に踊るの?」

 

「な、なんでそんな事を?」

 

 

 木綿季は椅子に深く座り込んだ。

 

 

「ボクはずっと海夢に助けられっぱなしで、何も返せてなかったんだ。そりゃあ、病人だったから、何もできないし、しようしても止められるしだったからしょうがなかったんだけど、こうして元気になったからには、何かしないといけないって思ってたんだ。そしたら、海夢のおねえさんがやるはずだった白嶺神社の巫女と、舞の奉納をする人がいないって聞いて……それしかないって思ったんだ」

 

 

 木綿季に続けて海夢が言う。その表情は静かなれども嬉しそうなものだ。

 

 

「ぼくの両親もそうだし、おじいちゃんとおばあちゃんも最初びっくりしてたけど、今は認めるってさ。木綿季はエイズを完治した()。そうなれたのは、神様が普通の人には結ばない、奇跡の縁を結んでくださったからだってね。神様にそんな縁を結ばれた木綿季は、白嶺神社の巫女にこれ以上ないくらい相応(ふさわ)しいってさ」

 

「そうなんだ。じゃあ、白嶺神社の例大祭に行けば、木綿季が舞をしているところを見られるのね」

 

 

 詩乃の問いに木綿季は頷いたが、どうしたものか、顔が少し赤くなったのが見えた。

 

 

「そうだけど……あれ、なんか急に緊張して来たかも……ボク、ちゃんと舞えるかなぁ……」

 

 

 不思議な事に、和人の中には白嶺神社の舞台で、沢山の観客の視線を集めながら、舞を披露する木綿季のイメージが湧いていた。海夢の姉が着る予定だった巫女装束を(まと)い、神へ祈りと願いを込めて舞う。その場に居る客達を含んだ多くの人々の願いと祈りを、実際に神へと届ける。そうしている木綿季の姿が目に浮かんで来ていた。

 

 見た事もないのに、何故かそう思えて仕方がなかった。そんな和人の眼前にいる木綿季の隣、海夢が答える。

 

 

「大丈夫だよ。オカルトチックな話になるけど、白嶺の巫女が舞う時には、先代の巫女の《魂》がその人に宿るっていう言い伝えがあるんだ。白嶺の巫女達がいつも上手に舞えるのは、そのためだってね」

 

 

 木綿季はきょとんとして海夢を見つめた。

 

 

「先代の巫女の魂……って事は、おねえさんが……」

 

「うん。きっと木綿季のところに来てくれるはず。おねえちゃんと一緒なら、大丈夫でしょ?」

 

 

 海夢に問われ、木綿季はぱぁと顔を明るくして深く頷いた。

 

 

「うん! おねえさんの魂がボクのところに来て、一緒に踊ってくれるなら、ボク、いくらでも上手に踊れる気がする! なんか自信付いて来たかも!」

 

 

 《魂》。その単語が和人に強く引っ掛かった。不意に頭の中に、今やっているアルバイトの事が思い出された。確かあれも魂が関係しているという話だった。そしてそれは――。

 

 

「魂……そう言ったな、二人とも」

 

 

 話をほとんどぶつ切りにして、和人は二人に割り込んだ。二人――木綿季と海夢はまたきょとんとした顔で和人に向き直る。

 

 

「え?」

 

「どうしたの、和人」

 

 

 木綿季と海夢に尋ねられ、和人は答えた。

 

 

「もし、人間に魂が本当に存在していて、それを利用して現実世界と見分けのつかない仮想世界に行けるとしたら、どう思う?」

 

 

 

 


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