キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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22:二人の私 ―死銃との決戦―

 

 

「ゴグ、マゴグ、Limit(リミット) Break(ブレイク)

 

 

 

 ピトフーイは両手で拳を握り、危険そうなスイッチを叩き潰すように押した。次の瞬間に、大きな異変が彼女を中心にして巻き起こった。ゴグとマゴグという二体の犬型戦機が左右合体する事で出来上がる戦機――本名を《オルトロス》というのだが――ゴグマゴグが肩から生える大きな腕を地面に叩き付けたかと思いきや、天へ向いて咆吼(ほうこう)した。

 

 生き物が決して出す事のできない金属音と機械音、そして警告音が混ざっているような声が鳴り響くと、ゴグマゴグの身体を包み込む装甲が盛り上がった。まるで内包しているものに強引に押し出されているかのような変形をしていく。

 

 ゴグマゴグの身体の大部分を構成している黒い人工筋肉が急激に膨張しているのだ。その勢いは、身を守る盾のようなものでもあるはずの装甲の位置を完全に変えてしまうのは良い方で、中には弾き飛ばしてしまったものもあった。それくらいにまで、ゴグマゴグの人工筋肉繊維は過剰な膨張を起こしていた。

 

 

「ちょ、ちょ、えっ、えっ」

 

 

 ゴグとマゴグから信頼を得ていて、尚且つそれを喜んでいるとされているレンが信じられないものを見ているような顔になっている。彼女を含めた皆が注目する事十数秒後、ようやくゴグマゴグは異変を終えたが、その時の姿は言葉を出させなくするようなものだった。

 

 ゴグマゴグの全身の人工筋肉は元の二倍くらいの太さと大きさにまで膨張し、ただでさえどっしりとしているように見えていたその容姿は、筋肉隆々という単語が生ぬるいと感じるくらいにまで屈強なものとなっていた。更に色が黒いはずの人工筋肉の一部には、赤とオレンジの紋様――(ある)いは血管にも見える――が出現し、そこからは水蒸気がもくもくと上がっている。

 

 獣ならば目に該当するカメラアイは禍々しい赤い光を放つ球体へと姿を変え、生気らしきものは一切感じられない。外れてはいけない、もしくは外してはいけない(たが)を外され、あらゆる制御から逸脱した存在――それが今のゴグマゴグの姿だった。

 

 

「ど、どどど、どうなってるんだよ!? ゴグとマゴグ、どうしちまったんだぁ!?」

 

 

 かなり肝が()わっているがために、驚く事があまりないフカ次郎さえも、驚きを隠せなくなっていた。キリトを含めた他の者達も同様の反応をするしかない。一体ゴグマゴグに何が起きたのか。いや、ピトフーイはゴグマゴグに何をしたのか。

 

 脳内に起こる疑問と戸惑いと焦りの濁流(だくりゅう)に押し流されそうになっているキリトから見て、右方向にいるリエーブルが言葉を漏らした。

 

 

「《リミッター全解除(フルオープン)》……! まさかビークルオートマタのそれを見つけ出す人が現れるなんて……」

 

「《リミッター全解除》だと?」

 

 

 キリトの問いかけにリエーブルは(うなづ)いた。

 

 この《GGO》に実装されているビークルオートマタの一部には、敵対していた頃のリエーブルが使えた能力である《リミッター全解除》なる機能が付与されているものもあるという。

 

 ビークルオートマタになれる戦機達には、実は《安全装置》が備え付けられており、これを一時的に無効化させる事によって、限界を超えた能力や破壊力を出せるようになっている。

 

 その時に起こる事こそが、今ゴグマゴグの身に起きているような姿の大幅な変化と、攻撃力、防御力、敏捷性、破壊力の(いちじる)しい上昇だという。この時のビークルオートマタから繰り出される攻撃はどれも規格外、常軌(じょうき)(いっ)していると言えるようなものであり、劣勢な戦況を一気に優勢へ塗り替えてしまう事もできる。

 

 しかし、それは元々の機体の限界を超えた力であるので、《リミッター全解除》使用中は機体に激甚(げきじん)な負荷がかかり続ける事になる。そのため、長時間使用し続ける事は勿論できず、しかも使用後は攻撃によって破壊されたのと同じ状態になってしまう。機体を自壊させると同時に敵を粉微塵(こなみじん)に砕き、勝利を無理矢理もぎ取る、ハイリスクハイリターンの切り札。それが《リミッター全解除》だ。

 

 そこまで聞いたところで、キリトは驚きと納得の混ざった(うなづ)きを返した。

 

 

「ビークルオートマタにそんな機能あったのか」

 

「ええ、そういう機能あったんですよ。でも知名度は低いってもんじゃありません」

 

「なんでだ?」

 

 

 リエーブルは(あき)れたような顔をして続けた。

 

 

如何(いかん)せんビークルオートマタを使っている人自体少ないので、ビークルオートマタの情報や知識は人気のないもの、作るだけ無駄なものとして認識され、攻略サイトとかからは除け者にされてるんですよ。《リミッター全解除》みたいな知っていればお得な情報も、ビークルオートマタの使用者自体が少数派なので無価値同然。

 《GGO》だけじゃなく、他のゲームもそうみたいですが、昨今(さっこん)のゲーム攻略サイトは「閲覧者を呼び込めれば神、それ以外はゴミ、実装する価値はない」みたいな考え方でしか内容の実装の判断をしていないので、使用者の少ないモノの要素や情報は扱わないようです。そうなんでしょう?」

 

 

 キリトは思わず顔を(しか)めた。

 

 これまで自分も結構な頻度で《GGO》の降雨略サイトを覗いて中身を調べた事があったが、その時に今ピトフーイがゴグマゴグに使用した《リミッター全解除》の情報を見つけ出せた事はなかった。それどころか、ビークルオートマタの詳しい仕様や運用方法、入手方法さえも書かれていないサイトしかなかった。

 

 彼女の言う通り、ビークルオートマタの使用者が少ないから、そんな情報載せても仕方がないと判断され、記載を敬遠されているのだろう。もしくは本当に彼女の言う「そんな情報はゴミ」と思っているのかもしれない。

 

 しかし、今後もしビークルオートマタが勢いよく普及(ふきゅう)するような出来事があれば、自分やリエーブルが見たであろう攻略サイトが、今度はビークルオートマタを持ち上げるような情報で満たされた記事を狂ったように載せまくるに違いない。

 

 そのような悪い意味の単純で守銭奴(しゅせんど)な者達の行動が容易に想像できて、口の中が苦くなった気がした。

 

 

「ふっははははははは!!」

 

 

 直後、リミッターが外れた事により異様な姿となっているゴグマゴグから叫びが聞こえた。ピトフーイのものだ。ゴグマゴグの背中に(またが)っていた彼女はその場で立ち上がっていた。《リミッター全解除》によってゴグマゴグから放出されるようになった猛烈な熱をその身に浴びている事により、全身のあちこちにダメージエフェクトが生じ、ゴグマゴグ同様に赤く光っているように見える。

 

 前から彼女の事は獰猛(どうもう)な獣を宿す狩人(ハンター)のように思っていたが、今の彼女は最早(もはや)その獰猛な獣そのものとなっているように見えた。

 

 

「は――ッ!!」

 

 

 ピトフーイは咆吼すると同時に両手で掴んでいるゴグマゴグの操縦桿(そうじゅうかん)を思いきり引き寄せた。ばごんっという如何にもな音が根元から聞こえたかと思うと、操縦桿が引っこ抜けた。

 

 その光景にキリトは思わず声を上げる。

 

 

「お、おいおいおい!?」

 

 

 ゴグマゴグはそんな状態なのに、操縦桿が壊れてしまったらどうなるというのだ。ゴグマゴグは《リミッター全解除》によって、まともではないような見た目になっている。あれから操縦桿を取り除いてしまえばどうなるか。勿論暴走するに決まっている。敵も味方も無差別に襲い始めるだろう。今はボス戦で、しかも取り逃す事が許されないような場面だというのに、あんなものに暴走されたらたまったものではない。

 

 焦燥(しょうそう)に駆られるまま、キリトはピトフーイをもう一度確認した。その時に、ピトフーイの両手に握られているものの存在に気が付く。

 

 彼女の両手には、壊れた操縦桿が握られているのだが、その下部からは柔軟でありつつも頑丈そうな黒いコードが複数伸び――操縦桿の根元にあたる部位と繋がったままになっている。操縦桿は壊れていなかった。単に外装が壊れてコードが剥き出しになっただけらしい。

 

 ピトフーイは一昔前のゲーム機の付属品(ふぞくひん)にあった、有線式モーションコントローラとなった操縦桿を、しっかりと握り締めてエンプーサを(にら)み付けていた。獰猛な獣が浮かべそうな、狩りに臨める喜びに満たされた笑みを顔に浮かべて。

 

 あの目に睨まれたら本当に動けなくなりそうだ――キリトはそんな気がしてならなかった。そんな目のピトフーイは、再び大きな声を出してくる。

 

 

「さぁさぁさぁゴグにマゴグ、私の腕となれ足となれ!!」

 

 

 ピトフーイの叫びと共にゴグマゴグは同じように咆吼する。耳を(つんざ)くような大音量の機械獣の声に、反射的に耳を塞ぎそうになった。ピトフーイはそれを間近で聞いているはずだが、何も感じていないような様子だった。

 

 そんなピトフーイを目障りに感じないわけがなかったのがエンプーサだった。両手の鎌をレーザー大剣に変形させた彼の者は、ピトフーイとゴグマゴグを睨み返している。恐らくロックオンしているのだろう。そのうち狙いが定まったのか、右手を振りかぶる。ゴグマゴグとピトフーイを叩き斬るつもりだ。

 

 エンプーサの腕の大剣の大きさはリランの全長十五メートル程度など容易に超えていて、厚みも三メートルくらいはある。そこら辺の高層ビルなど、切れ味抜群の包丁で豆腐を切るような感覚で真っ二つにする事ができるだろう。そんなものをビルより小さく、質量も下回っているビークルオートマタが喰らえばどうなるかなど、想像もしたくない。

 

 

「ピトフーイ!!」

 

「ピトさんッ!!」

 

 

 アルトリウスとレンの悲鳴のような声が同時に発せられたのと合わせるようにして、エンプーサは右手の大剣をゴグマゴグ、その背中にいるピトフーイへと振り下ろした。あらゆるものを両断する裁きの鉄槌(てっつい)(ごと)し斬撃が襲い掛かる。

 

 もう駄目だ。あんなものを喰らってまともでいられるわけがない。ゴグマゴグとピトフーイの次の瞬間の有様を脳裏に(よぎ)らせながら、そこまで至る過程をキリトは見つめた。

 

 

「どぉぉらあああッ!!!」

 

 

 しかし、現実はキリトの想像した未来を回避して見せた。エンプーサの右手の大剣を振り下ろされた結果、叩き潰されながら斬られると思われたゴグマゴグとピトフーイは、あろう事か《リミッター全解除》によって更に肥大化した、肩から生える巨大な腕で、迫り来た大剣を受け止めていた。

 

 いや、違う。ただ受け止めているのではない。掴んでいる。刀身にレーザーが走っている大剣を、肩から生える巨腕の手で掴み、抑え込んでいたのだ。刀身に走るレーザーがその手を、腕を焼き切ろうとしているはずだが、全く効いている様子がない。巨腕を構成する人工筋肉と、少し残っている装甲がレーザーを弾いているようにも見えた。

 

 

「………………」

 

 

 レンはあんぐりと口を開けて、《P90》を手から地面へと滑落させていた。あまりの光景に完全に絶句してしまっている。頭も(しび)れ、思考も止まっている事だろう。他の者達もほとんどそれに近しい状態だった。誰もがゴグマゴグとピトフーイの行動に絶句するしかなくなってしまっていた。

 

 仲間達にそうさせているピトフーイが、大剣を受け止めるゴグマゴグと同じ姿勢をしながら言う。

 

 

「ゴグマゴグ――いや、《オルトロス》の特徴は、遠距離攻撃がすごく不得意な代わりに攻撃力、防御力、敏捷性が高い。遠距離戦が常識の《GGO》で何考えてんのって感じだよねぇ」

 

 

 ピトフーイが操縦桿を握り締めると、ゴグマゴグの手も動き、受け止めている大剣の刀身に指が食い込んだ。

 

 

「なら、《リミッター全解除》すれば遠距離攻撃が得意になるんじゃないかって思ったんだけど、逆だった。リミッターが外れたオルトロスは、攻撃力と防御力がもっと高くなる。しかも攻撃力は筋力の方にも強く作用してね……ただでさえ脳筋なオルトロスが更にとんでもないくらいの脳筋になるのさ。こういう事ができるようになるくらいにね!」

 

 

 ピトフーイが言い終えると、ぐしゃっという音が鳴って、ゴグマゴグの指が更に大剣の刀身に食い込んだ。しっかり掴んで離さないつもりだ。

 

 ゴグマゴグは地面に突き刺さっているわけでもないので、そのまま剣を振り回せば払い落せるものを、エンプーサは掴まれている大剣に力を入れるような動作を取っていく。意地でもゴグマゴグをそのまま叩き潰し斬るつもりでいるらしい。

 

 そしてゴグマゴグは一向に潰れもしないし斬れもしない。ピトフーイの顔から不気味なくらいの不敵な笑みが浮かび続けている辺り、エンプーサとヘカテーは物の見事にピトフーイの術中に(はま)っているようだ。

 

 

「はい皆さーん! エンプーサの手の根本が弱点ですよー! 私が抑え込んでる間に撃ちまくって、残弾少なくして―!」

 

 

 ピトフーイの指示にキリトははっとし、ゴグマゴグが抑え込んでいるエンプーサの手の根本を見た。そこにあるのは人間でいう腕の関節に当たる部分だ。他と比べて装甲が薄くなっている。いや、装甲だけではなく、ゴグマゴグ達同様の人工筋肉も見られるが、やたら細く見えた。攻撃を受け続ければ簡単に壊れてしまいそうだ。

 

 あの関節の先にあるのが鎌――現在は大剣に変形している――だから、あそこを破壊されれば、もう鎌を使う事はできなくなるだろう。つまり弱点という事だ。ピトフーイはその事に誰よりも早く気が付き、ゴグマゴグの《リミッター全解除》を使用し、エンプーサの剣を抑え込むという方法に出たのだ。

 

 何という洞察力(どうさつりょく)だろう。やはりピトフーイはこれまで出会ってきたプレイヤー達の誰よりもダントツで(したた)かなようだ。敵としてではなく、味方として出会えて本当に良かった。

 

 そんな彼女に感謝しつつ、キリトは《GAU-8 アヴェンジャー》のアームを動かして手元に寄せ、皆に再度号令を放った。

 

 

「皆、ピトフーイが止めている腕の関節のあたりを狙ってくれ! そこがエンプーサの手の弱点だッ!」

 

 

 戦場全体に行き渡るように大声で言い放ったところ、指示は本当に仲間達全員へ届いた。各々(おのおの)の持つ銃火器による一斉射撃が始まり、ピトフーイとキリトが()(しめ)した部位に無数の弾丸と砲弾が襲った。

 

 それはまるで《SAO》の頃のボス戦で見た、ソードスキルによる一斉攻撃の時の再現だ。当時は虹色の爆発が起きているように見えたものだが、今は世界が変わっているためか、よく見る赤、橙色の爆発が連続で起きていた。その中にキリトは《GAU-8 アヴェンジャー》による筒状弾幕を混ぜ込んでいく。

 

 

《う、うぐあッ!!》

 

 

 数秒もたたないうちにエンプーサの中からヘカテーの悲鳴が聞こえた。それと時を合わせて、エンプーサの右腕の関節で一際大きな爆発が起き、エンプーサの右手の大剣が千切(ちぎ)れた。ピトフーイの作戦、大成功。これでエンプーサの火力は左手の大剣を残すだけになった。

 

 それを確認した五秒後ぐらいに、キリトはまたしても気付いた。エンプーサから切り離された大剣が爆散するアニメーションが起こらない。普通ならば、あんなふうに破壊された戦機の部位は、赤みがかった光のポリゴン片となって爆発し、消えるというのに。

 

 

(まさかな……)

 

 

 ふと嫌な予感を覚え、キリトはゴグマゴグを見た。

 

 そこで肝を潰しそうになった。ゴグマゴグのシルエットが縦方向に巨大化している。

 

 ゴグマゴグが、ピトフーイが、エンプーサから千切った大剣の根元を(つか)代わりにして持ち、今まさに振り下ろさんと言わんばかりに構えていたのが原因だった。しかもエンプーサという電源から引き抜かれているはずなのに、刀身にはレーザーが走ったままになっている。

 

 よく見たところ、ゴグマゴグは右手で大剣の根元を持ち、左手を大剣の内部に突っ込んでいるという事に気が付いた。更にその左手には、赤と白の電撃のエフェクトが起き続けている。

 

 ……どうやらゴグマゴグは、その突っ込んだ左手で電力を送り込み、大剣を機能させたままにしているという事らしい。自身の何倍も大きいはずのエンプーサの全力の一撃をほぼ無傷で受け止めているくらいの真似ができているのがゴグマゴグとピトフーイだ、最早どのような事ができていても驚くに値しない。そんなふうに感じてきてさえいた。

 

 

「うはははははッ」

 

 

 ピトフーイが面白そうに笑っている。ゴグマゴグと一体化して、ある種の絶頂みたいなものを迎えそうになっているようだ。まさしく人竜一体ならぬ人機一体の極みだった。

 

 そのピトフーイを目の前にしたエンプーサは怒りの咆吼を上げ、残された左手の大剣を振りかざそうとする。意地でもゴグマゴグとピトフーイを潰さないと気が済まなくなっているらしい。本当の狙いであるはずのシノンは自分の後ろにいるというのに。

 

 ――いや、もしかしたらそれもピトフーイの狙いなのかもしれない。彼女はヘカテーがシノンを執拗(しつよう)に狙っている事、ヘカテーのせいでシノンが危険に(さら)されているところを見ていた。だからこそ、こうしてヘカテーの敵視(ヘイト)を受け持ち、ヘカテーの狙いをシノンから逸らさせているのかもしれない。

 

 一見狂っているようにしか感じられない行動を取っているピトフーイだが、計算高い部分もある。そんな話をレンやエムから何度も聞かされてきた。その計算高い部分を大いに見せつけてきていたようだ。その術中に嵌められたであろうエンプーサとヘカテーは、ついに左手の大剣をゴグマゴグとピトフーイ目掛けて振り下ろした。

 

 

「だあ――――ッ!!」

 

 

 直後、ピトフーイの掛け声と動作に合わせて、ゴグマゴグが大剣を振り下ろした。二本の巨大剣がぶつかり合い、爆発音にも似た金属音が鳴り響き、すさまじい火花が生じて夜の闇が橙色に一瞬照らされる。超大規模の鍔迫(つばぜ)り合い。

 

 その勝負に勝ったのはゴグマゴグの方だった。勢いを付けてエンプーサの大剣を押し返した。エンプーサの身体が一気に後方へと引っ張られていき、体勢が崩される。その隙を狙ってゴグマゴグが大剣を持ち直し、もう一度振りかぶった。

 

 

「よくも何度も斬ろうとしてきたもんだねぇ。そのお返しをしてあげるよ。準備はいいかな?」

 

 

 ピトフーイはそう言いつつ、再度エンプーサを睨んでいた。その時、キリトはようやくピトフーイのコンバットスーツの一部に大きな穴が開いている事に気が付いた。ゴグマゴグの放つ猛烈な熱に焼かれているためであろう。脚部と腕部は既に(さら)け出され、腹部も露出してしまっている。最早半裸のアマゾネスだ。

 

 しかしその容姿よりも、行動の方が皆の目を釘付けにしてしまっていた。仲間達の注目をその身に浴びているピトフーイは、

 

 

「――答えは特に聞いてないッ!!!」

 

 

 叫ぶと同時に両手を振り下ろした。完全に動作を一致させているゴグマゴグが両腕と、接続されている大剣を振り下ろす。その刃はエンプーサの左半身の腕部と脚部に直撃した。金属が勢いよく切断されるような音が爆音で再生されたかと思いきや、エンプーサの左脚全部、残されていた最後の火力である大剣が根元から斬られ、爆散したようにぶっ飛んでいった。

 

 脚を奪われたエンプーサは完全に体勢を崩し、左を下側にして崩れ落ちた。

 

 

《あああ゛ッ、ああ゛あ゛ああ゛ああ゛ッ!!》

 

 

 倒れたエンプーサからヘカテーの声がする。怒り狂い過ぎて言葉にならなくなっている声を出しているようにも、慟哭(どうこく)しているようにも聞こえる叫びだ。その声色はシノンのそれとほとんど同じであるが、キリトは思う事があった。

 

 そんな声を出す事なんて、もうシノンにはないぞ。

 

 シノンはそんな声を出す事がないくらいにまで強くなっているんだぞ。

 

 やはりお前はシノンではない――キリトは胸の内でそう思い、もう一度エンプーサを見た。《HPバー》の残りが僅かになっているのが確認できた。間もなく声が轟く。

 

 

「シノン、後は派手にやっちゃいなぁ! 私みたいにさあ!!」

 

 

 ピトフーイの声だった。向き直ったところ、ピトフーイは右手でサムズアップをしながらこちらを見ていた。間もなくしてゴグマゴグから濃い煙が上がり、その姿が確認できなくなった。やはりピトフーイは、シノンのためのチャンスを作ってくれていたのだ。

 

 エンプーサは既に動けなくなっている。とどめを刺させるのは、今しかない。

 

 

「キリト」

 

 

 呼び声にキリトは振り向いた。シノンが目を向けてきていた。何回もしてくれたように、翡翠(ひすい)がかった水色の瞳に自分の姿が映っていた。

 

 

「シノン……!」

 

「ヘカテーはやっぱり私よ。だから、私の手で終わらせたい」

 

 

 シノンの言葉にキリトは頷く。そうだ。ヘカテーはシノンではないが、シノン/詩乃から産まれている(いびつ)な存在である事に変わりはない。見方を変えれば、ヘカテーは誤った方向に進んでしまった詩乃とも言えるだろう。

 

 あいつにとどめを刺して、あいつを終わらせるべきなのは、詩乃/シノンだ。キリトは答える。

 

 

「あぁ、そうだな。あいつを終わらせてくれ」

 

 

 そう言って、キリトはリランに振り向いた。

 

 

「リラン、()()()()を使うぞ。どうすればいい」

 

《やる気だな? では、バッテリーを交換してくれ》

 

 

 相棒の《声》を頭に受け、キリトはリランの背中から立ち上がった。それまで座っていたシートを開いた。機鋼狼リンドガルムの身体の中央部がそこであり、コアであるバッテリーが鎮座していた。ここまで戦い続けていたので、もう既に残量は心許なくなっている事だろう。それをキリトは引き抜き、予備の満充電したバッテリーを嵌め込んだ。がちんという音が鳴った直後に、リランの身体からぐいーんという独特な機械音が聞こえた。これでリランのバッテリーは百%に戻った。

 

 

「それで、次は」

 

《ピトフーイがゴグマゴグにやった通りだ。操縦桿を外側に回して引け。そうすれば、アレと同じところに起動スイッチがある》

 

 

 キリトはもう一度頷き、シノンへ向き直る。

 

 今言った通りの事ができるか――言葉なく問いかけると、シノンは力強い瞳を向ける事で言葉なく答えてきた。

 

 できるわ、やらせて――キリトはそれを受け入れ、シノンに座席を譲り、リランの操縦桿を握らせた。

 

 

「ふっ……!」

 

 

 操縦桿を手にしたシノンは、リランの《声》が教えたやり方を行使した。

 

 

 

 

 

          ◆◆◆

 

 

 

 

 目の前にいる敵を(とら)え、私はリランの操縦桿を外方向に回転させ、引いた。がこんって音が鳴ったかと思うと、操縦桿が引き抜かれてきて、一対のスイッチがある根元が見えた。これだ。私は迷わずそれを押す。

 

 

《ウルティメイト・プラズマカノン、起動――》

 

 

 リランの《声》が頭の中にした。いつもは感情のある声色だけど、今のリランからはそれがないように感じた。そんなリランは力強く地面に脚を置き、構えていた。

 

 

《砲身展開、イオンバッテリー、エネルギーサーキット、直結》

 

 

 リランの腹部が展開され、金属の立方体が出てくる。それは瞬く間に大型の砲身へと姿を変え、リランの口内と接続された。

 

 

《パイルクロウ射出、ロック》

 

 

 リランの脚部先端から小型の杭が射出されて、足元が完全に地面に固定される。これで身動きが取れなくなったけれども、敵もまた動けないでいる。

 

 

《砲身内エネルギー集束、正常加圧中》

 

 

 リランの口内、身体そのものと接続され、更に展開されて大型化した砲身の先端部に猛烈な光が収束し始めた。その状態で私は狙うべき敵を見る。

 

 巨大な鉄の花蟷螂の中にいる一人の少女。名前はヘカテー。私が十一歳の時と同じ声を持ち、同じ姿を持ち、同じ記憶を持っている。

 

 

 (ヘカテー……)

 

 

 あなたは確か、「私は裁かれるべき」だと言っていたわね。それはきっと、私がどこかで思っていた事なのかもしれない。無意識のうちで、私は「裁かれるべき」と思っていたんだと思う。

 

 本当に私は裁かれるべきなのか、そうじゃないのか。それは今でもわからない。

 

 この罪悪感はどうすればいいのか、それも今でも全然わからない。

 

 きっとそう思っているんだと思う。だからこそ、あなたは今まであぁしてきたんだ。何もわからなかったから、罪を重ねた。そのせいで余計に苦しんだでしょう。

 

 私にこんな事をしていい権限があるかも、わからない。でも、これ以上あなたが罪を重ねていくのを、余計に苦しんでいくところは、見たくない。

 

 だからね――。

 

 

「――今、終わらせるわ。もう一人の、私」

 

《今ぞ!》

 

 

 リランの《声》に合わせて、私は操縦桿の発砲制御ボタンを押し込んだ。

 

 砲身の発射口で収束していたエネルギーが、超極太のビームとなって放たれた。夜の闇に包まれていた周囲を昼間のように明るく染め上げ、エンプーサを、そこにいるもう一人の私を呑み込んでいった。

 

 それから数秒足らずで、遥か遠くで、もう一人の私の命の残量が消えたのが見えた。

 

 





――登場戦機解説――

 ・花蟷螂型戦機エンプーサ
 原作に登場しない戦機。銀色の装甲と漆黒の人工筋肉で身体を構築し、顔は虫と竜のそれが混ざったような形になっている、全長ニ〇メートル越えの超大型戦機。脚部に花弁のような意匠があるので、一応花蟷螂。
 背中にミサイルポッドでもある巨大な翅を持ち、更に脚部にはそれぞれ一基ずつ機関砲が装備されている。腕は当然鎌だが、レーザー発生装置が備え付けられているので、掴む事よりも斬る事に秀でている。更にこの鎌は関節を伸ばす事により、大剣にする事も可能。
 本来は《GGO》の中でも珍しいレイドボスとして設計された存在であり、ビークルオートマタにすることは不可能。
 名前の由来はギリシア神話に登場する女神ヘカテーの《使い魔》とされる、女性と蟷螂が混ざったような姿を持つとされる魔物エンプーサ。

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