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エンプーサの
最初の一発がどこに落ちたかはわからなかった。十数発が時を合わせて降ってきて爆発し、更に続けて数十発が落ちてきたのだから。まさしく
その中でもキリト、その背にいるシノン、二人を乗せているリランは爆発を受けずに済んでいた。エンプーサから離れた位置にいたステルベンとギフトの二名と戦っていた事で、エンプーサが指定したであろう爆撃の範囲の外にいたのだ。それは幸運と同時に不運だった。土煙が晴れたその時、ミサイルの直撃を受ける事で倒されてしまった仲間達の姿を見る事になる羽目になった。
その数は半数以上。今の一瞬でほとんどの戦力を失わされてしまった。ここまで一緒に戦ってきた仲間達がいとも容易く
「そんな、皆が……!」
シノンが悲鳴のような声を発していた。ステルベンとギフトを倒し、ようやくヘカテーとエンプーサに立ち向かえるかと思いきや、こうなってしまったのだから、そうならざるを得ないだろう。
《これだけの制圧攻撃をしてくるとは……戦力バランスもへったくれもないではないか》
リランの《声》に不満と焦燥が混ざっているのがわかった。彼女の言う通り、エンプーサがここまでの火力を出してくるというのは完全に予想外だった。次にやられようものならば今度こそ全滅させられてしまうだろう。
そうなればこの《スクワッド・ジャム》は強制終了し、《GGO》はメンテナンスに入る。ヘカテーはその機に乗じて逃げてしまうだろう。いや、ヘカテーの事だから、《GGO》にとどまってシノンを狙ってくる可能性もあるが、今のように再び皆を集めた状態で交戦できる状態になれるかどうか不明瞭だし、《GGO》の運営と開発がヘカテーをアカウントロックで外に追いやり、どこに行ったかわからない状況にしてくる可能性も高い。
そうなればヘカテーを倒し、消し去る事は困難になるだろう。ここを追われたヘカテーが次に何を仕出かすかなど予想がつかない。シノンが
それらを防ぐには、なんとしてでもここでヘカテーを倒すしかない。エンプーサが邪魔になっているならば、エンプーサからヘカテーを引きずり出して倒すか、エンプーサごとヘカテーを倒すかだ。
しかし、移動要塞級の制圧力と防御力を
「皆さーん、忘れてるかもしれませんがー、《AED弾》普通に使えますよー。もしくは近付けば蘇生も可能ですー」
突然戦場に響く声があった。リエーブルのものだ。皆と一緒になって参戦してきてくれた彼女は、あの爆撃の中を生き残っていた。そしてその呼びかけの中にある《AED弾》という単語の登場にキリトは驚かされた。
《AED弾》とは、戦闘不能になった味方を蘇生させる事のできる特殊弾薬だ。この《GGO》では全てのプレイヤーに《
そのため、あるプレイヤーが戦闘不能になった場所が銃弾が飛び交って戦機が暴れ回る戦場のど真ん中であった場合、その仲間は流れ弾や戦機の横やりで同じく戦闘不能にさせられる危険を
そのため、敵対プレイヤーやスコードロン、強烈な火力を持つ戦機と戦うかもしれない場面に遭遇しそうなフィールドの探索の際には、必ず持ち込む事が推奨されている便利な蘇生道具である《AED弾》であるが、《スクワッド・ジャム》や《BoB》には持ち込む事は可能でも使用できなくなっているはずだった。それが解禁されているだって?
キリトは
「《AED弾》が使える……でも、どうしてなの」
《GGO》でもヒーラーであるアスナが問いかけると、リエーブルは答えた。エンプーサの脚部をミニガンで撃ちながら。
「皆さんご存じでしょうけれど、キリトさん達が出場している《スクワッド・ジャム》はとっくに中止になってるんですよ。そうなった場合、開催地はただのフィールドに戻ります。《スクワッド・ジャム》から解放されたここは、もう皆さんが行き慣れているフィールドの一部に過ぎないんですよ。なので、普通に《AED弾》を使ったりする事もできるわけです。こうなっているというのに、それを教えないっていうのは不親切極まりないですよね!」
リエーブルは不満を乗せてミニガンを発砲しているようだった。事実上
「戦闘不能になった皆さんはわたし達で復活させます! マスター達はエンプーサを狙ってください!」
アルトリウスのアファシスであるものの、《スクワッド・ジャム》には不参加だったレイアが叫ぶように言い放ち、《AED弾》を倒れた仲間に撃ち込んでいった。エンプーサの強力なミサイルの群れにやられた仲間達が起き上がっていくのが確認できた。蘇生を受けた皆も、《AED弾》を使用した者達も、ほぼ全員が意外そうな顔をしている。《AED弾》が使用可能になっているというのは思ってもみなかったのだろう。現にキリトも、《AED弾》が使える状況になっていたというのが盲点に思えて仕方がない状態だった。
しかし、これでエンプーサの攻撃にやられたとしても、ある程度生存者がいれば復活が可能であるとわかり、幾分か安心できるようにはなった。ただ、本当に安心できているわけではない。もう一度ミサイルによる一斉絨毯爆撃が飛んできたならば、今度は蘇生できる者を残さずにやられてしまう可能性も高い。
エンプーサの搭載している武器のうち、脚部に装着されている大口径機関砲の破壊は全て完了しているので、火力の削ぎ落し自体はできている。残すは掴む事よりも斬り裂く事を優先した形状になっているレーザーブレード付きの一対の鎌と、ミサイルランチャーであった巨大翅。この後者によって全滅の危険性に晒され続けているのが現状だ。何とかしてこれを破壊もしくは無力化しないと、冷静に戦う事も難しくなってくるだろう。
そのミサイルランチャーに攻撃を加えているのがリーファとフィリアだった。それぞれ
「駄目、あのミサイルランチャー、硬すぎて攻撃が通らないよ!」
「大きすぎるのかな。ううん、リーファの言う通り、硬すぎるのかな」
どちらもかなり戸惑っているような表情をしているのが見えた。攻撃しているのに効いていないように見えるのがその原因だろう。現にエンプーサの翅型ミサイルランチャー自体を確認してみても、耐久値が減っているようには見えない。
いや、それどころではない。今はランチャーの蓋が閉じ、蜂の巣にも似たハニカムタイルのような模様が規則正しく並べられているが、そこに傷一つ付いていなかった。どうやらあれ自体がとても強固な盾のような強度を持っているらしい。リーファの言った通り、硬すぎて攻撃が通っていかないようになっているという事なのだろう。
あまりに高すぎる攻撃力を持つ武器や重火器は、それ相応のデメリット――例えば防御力低下、移動速度大幅低下、それ自体の耐久力が低く、被弾するとすぐに壊れてしまうなど――があるはずなのだが、あの翅型ミサイルランチャーにはそれらしきものが見当たらない。蓋を開けば絨毯爆撃で敵を全滅させる事ができ、閉めればそれ自体が防御壁となるので、攻撃を受けても破壊される心配がない。最早完全に
リランのミサイルランチャーである《ヘルファイアミサイル》にも搭載させたい機能であるが、そんな事は当然許されないだろう。恐らくはエンプーサ専用の機能と重火器という事で間違いなさそうだ。そうわかって、キリトは思わず独り言ちた。
「あんなものがビークルオートマタとか、どうなってんだよ……」
《いや、あれはビークルオートマタってわけじゃなさそうだよ、キリト君》
不意に通信が入ってきた。イリスの声だ。
「ビークルオートマタじゃない? それってどういう」
イリスの返答が来る。
《そのまんまの意味さ。あのエンプーサはヘカテーが呼び出して乗り込んでいるけれど、実際はビークルオートマタじゃなく、ボスエネミーっていう扱いなんだと思う。リエーブルが使ってたベヒーモスと同じだ。多くのプレイヤーが一度に同時に相手取って、協力し合って倒すレイドボスエネミーなんだよ。PvPが当たり前の《GGO》にしては珍しいタイプのね》
確かにリエーブルがまだ《アファシス Type-Z》として動かされていた頃、サトライザーの常識外れの命令を受けて異変を起こした際に乗っていた《魔獣型戦機ベヒーモス》は、普段は敵対するしかないプレイヤー同士が手を合わせ、それぞれ役割を持ち、共に攻略を進めて討伐を目指さなければならない、レイドボスエネミーというべき存在だった。
そのベヒーモスはあの時リエーブルのビークルオートマタのように扱われていたが、あれはリエーブル自身があのイベントのボスのようなものであった事が理由であり、本当にビークルオートマタにできていたわけではなかった。
あの時のベヒーモスとエンプーサは同じ。ヘカテーのビークルオートマタではなく、レイドボスエネミー。そうであるならば、あの強さや性能にも合点がいく。一人納得しつつあったキリトの通信端末より、イリスの声の続きが届いてきた。
《ヘカテーはプレイヤーとして認識されているみたいだが、多分それはハンニバルとイツキ君の話に出てきたパイソンの仕業だろう。ヘカテーは元を正せばシノンのエネミーアファシスに手を加えて、より本人っぽさを強くしたものだ。つまりヘカテーは本質的にはプレイヤーではなく、エネミーなんだよ》
「だからヘカテーはエンプーサを呼び出して、使役できてる……同じボスエネミーだから……」
シノンの一言にイリスが「そうだよ」と答え、更に続けてくる。
《エネミーアファシスに更に改造を加え、一人のプレイヤーを徹底的に真似たものにした……と言ってもそれはハンニバルの助力のおかげなんだろうけど……そこまでこね回せたパイソンの技術力には驚きだ。
けれど、完全にプレイヤー扱いはできていなかったようだね。だからこそ、《GGO》のカーディナルシステムが不正アクセスとクラッキングを受けていると認識し、もう少しで緊急メンテナンス開始なんていう運びになったんだと思う。
パイソンにはどうにも詰めの甘さというか、抜け目みたいなものがあるようだ。ヘカテーを作ったはいいけれど、完全にエネミーからプレイヤーにするというのはできていなくて、そのせいでエンプーサの呼び出しを可能とし、《GGO》のカーディナルシステムに異常を感知されて……なんだか
その流れにキリトは納得していたが、最後の部分が気になった。イリスにその事について問いかける。
「パイソンと須郷、そんなに似てますか」
《やり方が汚いところ、今言ったように技術力が高いくせして詰めが甘いところ、私の大切な子供達に危害を加えているところとか、本当によく似てるよ。それに《GGO》の運営開発の立場を利用して色々悪事をしていたっていう話だから、多分リエーブルを私のところから連れ
キリトからの質問に対するイリスの声には、明らかな怒りが感じられた。イリスはリエーブルを連れ攫い、便利な道具として勝手に改造し、使用したであろうザスカーの人間がパイソンだと確信しているらしい。
確かにパイソンはハンニバルと協力関係にあり、自身がザスカーの運営と開発をしているという立場を利用して、悪事にも平然と手を貸していたという話をイツキから聞いた。ハンニバルにそそのかされてやったのか、それとも自発的にやったのかどうかは定かではないが、リエーブルの拉致の主犯格であるという可能性は高そうだ。
そして今起きている《死銃事件》を《GGO》で起こせるようにしたのも、シノンのエネミーアファシスを改造してヘカテーという存在に仕立て上げたのも、パイソンの仕業。そう考えてしまっても良さそうだった。もしかしたらハンニバルに脅されて、仕方なくやったのではないかとも思ったが、イツキからの話と、パイソンのやった事の規模から考えて、その可能性は限りなく低いと思い直した。
いずれにしてもパイソンはハンニバルという巨悪に手を貸し続けた悪人。その計画はすべて
《その悪意によって生まれた化け物がヘカテーとエンプーサという事でよさそうだが、何か手はないか。特にさっきから言っているあのミサイルランチャーを無力化させる方法は、何かないのか》
応じたのはイリスだった。
《リラン、防壁破りと解析とクラッキングは君の一番の得意分野だったろう。君こそエンプーサの弱点とかを見破ったりできないのか》
《そうしたいのは山々だが、クラッキングや防壁破りはこの場を脱してネットワークに接続し、その作業に集中する必要がある。キリトの《使い魔》と同時にはできぬのだ》
「うん、今お前に抜けられると困るとかいうレベルじゃない」
キリトの率直な感想にリランは《そうであろう》と答えてきた。リランやユピテル、この《GGO》に実装されているAIであるレイア、デイジー、リエーブルはエンプーサとの戦いと、参加してくれている仲間達のフォローで忙しいどころではなく、とてもこの場を離れるわけにはいかなくなってしまっている。エンプーサの解析に取り掛れる者はここにはいない。
つまりエンプーサの弱点、あのミサイルランチャーの封印方法は自力で見つけるしかないというわけだ。戦いながらボスの動きや特性を見極め、弱点や反撃タイミングを見つけて攻略を進め、討伐まで持っていく――それはこれまでやってきたゲームのセオリーと同じだが、そんなふうに進められるだけの余裕があるとは言い
如何せんエンプーサのミサイルランチャーの火力が悪い意味でバランスブレイカーになりすぎているのだ。あの猛烈な火力の恐怖に晒されながら効率的に攻略を進めろなど、どうやっても無理である。
どうするべきだ。どう戦いを進めるべきなのだ。思わず考えこもうとしたその時、またしても耳に飛び込んできた声があった。ユウキとカイムの声だ。
「
「またミサイルを撃つつもりでいるみたいだよ! 離れないと!」
彼女らの言う通り、エンプーサは鎌を地面に置き、身構えているような姿勢になっていた。ミサイルの次弾装填が終わりつつあるのだろう。その完了はあの広範囲絨毯爆撃の再来を意味している。エンプーサとヘカテーはあのミサイルの雨で今度こそこちらを全滅させるつもりでいるようだ。無論そんな事になれば、一溜まりもないだろう。
「どうすれば……!」
思わず零したその時だった。ユウキとカイムに続いたのか、今度はイツキが声をかけてきた。彼を乗せているビークルオートマタの神武も健在だ。
「キリト君、ふと思い付いたんだけどさ」
心なしか、イツキのいつもの
「なんだ」
「あいつのミサイルをこっちのミサイルとかで
「誘爆?」
イツキが
誘爆は読んで字の
その誘爆がどれ程のものなのかを思い知る事になった出来事を、キリトは目の当たりにした事がある。ビークルオートマタを所有した敵対プレイヤーと戦っている最中、リランに《ヘルファイアミサイル》を使わせようとした時だ。ミサイルを発射しようと蓋を開けたその時に爆発物、もしくはそれ並みの破壊力のある攻撃が偶然飛んで来て、それを受けてしまった。
すると、飛び立とうとしているミサイルがその場で爆発し、更にランチャー内に格納されていたミサイルまでも大爆発。ランチャーそのものとリラン自身に激甚なダメージが入った。その時に聞こえたリランの悲鳴によってキリトの怒りにまで爆発が及び、ある種の激情を
それを原動力にして、キリトはその場に居た敵対プレイヤーを全員光剣で叩き斬り伏せる事で、結果的に勝利する事ができたが、ミサイルランチャーが超強力な重火器であるが故の弱点を
その誘爆をエンプーサに起こさせるというのがイツキからの提案であるが、なるほど確かに、エンプーサの翅型ミサイルランチャーに搭載されているミサイルは数えきれない程であり、しかもそれがほとんど隙間なくぎっしりと詰め込まれている。
あれを一発でもいいから爆発させる事ができれば、あの翅に詰まったミサイルに誘爆して、とてつもないダメージを与える事ができそうだ。いや、それどころではない。翅型ミサイルランチャーそのものを破壊するまでいけるかもしれない。
確証はないが、どのみちミサイルを撃たれればこちらが全滅する可能性が高いのだ、迷っている暇などありはしなかった。キリトはイツキの提案を呑み込み、叫ぶように指示する。
「イツキ、エム、リラン! エンプーサに向けて
イツキは「了解」と答え、エムは「何だと?」と問うてきたが、すぐにこちらの考えを掴んでくれたようで、《
一方でイツキを背中に乗せた白き
そして最後にキリトとシノンを乗せたリランがホバリング移動をやめてその場に停止し、他世界では火炎や熱を凝縮したビームブレスを照射する前の姿勢を取る。間もなくぐいんという駆動音が背後から聞こえた。ある種の切り札であると同時に弱点もであるとわかった《ヘルファイアミサイル》の発射体勢となったのだ。
併せてキリトも伏せ、操縦席の下部周辺にあるモニターに視線を向ける。リランの目と繋がっているそこには、エンプーサの姿が映し出されており、あの忌々しい翅にマーカーが表示されていた。ロックオン完了。後は撃ち出すだけ。
「終わらせてあげる……あなた達全員を!!」
そういうふうに作られたが故にシノンと同じ声をしているヘカテーの叫びが聞こえたのと同時に、エンプーサが深く身構えた。ハニカム模様で埋め尽くされた翅が一瞬光を放つ。
――今だ。
「そこだぁッ!!」
キリトは言い放つと同時に操縦桿の発砲ボタンを押した。リランの背中のミサイルポッドから複数の対地ミサイルが飛び出す。背部先端より火を噴き、キリトとリランが狙いを付けたエンプーサの翅目掛けてそれらは飛翔を開始していった。
同じタイミングでエムの霊亀、イツキの神武もそれぞれミサイルを多数放ち、更に霊亀は一対の狙撃砲から超大型弾丸を、神武は口内より数十発の火炎弾を放った。全て同じ場所を狙って、流星群の如く突進していく。
そして――着弾の直前でエンプーサの翅は展開された。これより獲物を滅ぼすべく飛び立とうとしていた蜂のようなミサイル達が顔を出し、飛翔せんとした次の瞬間に、三機の放ったミサイルと弾丸と火炎の群れが到達した。
まるで打ち上げ花火のように連続爆発が起こったかと思いきや、それはエンプーサの翅に搭載されていたミサイルの弾薬全てに火を点けた。一瞬のうちにエンプーサの翅全体で爆発が起こり、本当に花火大会のフィナーレのように夜の闇が明るく照らされた。
爆発が終わると同時に、エンプーサは悲鳴にも聞こえるような咆吼を口から放ち、その場に崩れ落ちた。翅は跡形もなく破壊し尽くされている。そしてその《HPバー》の残量は目に見えて減り、半分を残すだけになっていた。
「エンプーサの翅が……!」
「壊れやがったぞ! ざまあ見やがれ!!」
アルトリウスの呟きの直後にバザルト・ジョーの叫びが続き、仲間達ほぼ全員が歓喜の声を上げ始めた。これでエンプーサのミサイル攻撃は完全に封印できた。戦況は一気にこちらに傾いたと言えるだろう。キリトは仲間達が抱いているであろう歓喜を胸に湧かせていた。
しかし、それをエンプーサとヘカテーが長続きさせてくれはしなかった。倒れていたエンプーサが起き上がったのだ。身体のあちこちを
「よくも……お前らああああああああッ!!!」
エンプーサに乗り込んでいるヘカテーからの怒号を混ぜながら、エンプーサは再び咆吼する。ここまでのダメージを負わされた事、計画を潰された事に怒り狂っているのだ。そしてその怒りを、エンプーサはすぐさま形にした。
対象を掴んで離さないためではなく、叩き斬るための設計をされていると思われる一対の鎌が変形を開始した。曲がっていた関節が真っ直ぐに伸ばされ、レーザーブレード部分が先端から根元まで展開される。
それは他のゲームで再三見た事のある大剣の姿だった。エンプーサの鎌は鎌に見せかけた大剣であったらしい。あんな機能まで隠し持っていたのか。流石に過剰火力も
「ちょ、ちょっと、あれは流石に拙いよ! あんなのに斬られたら、一溜りもないよッ!」
「ええとええと、こういう時どうすればいい、あぁなったボスエネミーを止める手段ってこれまでどうやってたっけ、大きくて強い攻撃を弾く手段とかあったっけ――」
レインが焦った声で言い、その妹のセブンが得意の早口で何かを言っていた。姉のレイン同様焦っている。それまで意気込んでいた皆からも、焦って戸惑っているような声が出ていた。やはりエンプーサが残していた武器が予想外過ぎたのだろう。
「はいはい皆さん危ないですから下がってくださいー。ここは私とゴグとマゴグにお任せをー」
だが、その中で一人だけ焦っていない者がいた。
「ピトさん!? それにゴグとマゴグも!?」
ピトフーイと交流が深いレンが驚く。何をするつもりなの――彼女が続けてそう言いたいというのが、キリトはすぐにわかった。それはどうやらピトフーイも同じだったようで、一秒程度で答えてきた。
「リエーブルが《リミッター
「え?」
ゴグとマゴグから懐かれているレンがきょとんとする。ピトフーイは続けた。
「それ押してみたらさ、すごいのなんの。でもあまりにも使いどころを選ぶって感じだったから、いつ使おうかと思ってたんだけど……丁度いいタイミングが来ちゃったねぇ」
ピトフーイはにたりと笑うと、自身の握っているゴグマゴグの一対の操縦桿を外側に半回転させるような動作をした。がこっという何かが外れる音が聞こえるや否や、更にピトフーイは操縦桿を強く引っ張る。すると操縦桿が根本ごとピトフーイ側にスライド移動した。その操縦桿の根本付近に――危険を示す黒と黄色の縞模様に囲まれた、赤いスイッチの姿があった。しかも左右両方の操縦桿の根元に。
あんなものがあったのか。キリトは意外に思うと同時に、胸騒ぎを覚えた。なんだかとんでもない事を、ピトフーイはしようとしているのではないのだろうか。恐らく同じように思っているであろう皆の注目を浴び、
「ゴグ、マゴグ、
ピトフーイは両手で拳を握り、危険そうなスイッチを叩き潰すように押した。