キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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10:死神部隊

          □□□

 

 

「なんだ、あいつ……!?」

 

 

 クレハに《死銃(デス・ガン)》の注意が向いたかと思うと、彼女が突然倒れた。どうやら電磁スタン弾を撃ち込まれたようで、頭上に小さなウインドウが出現し、麻痺を示すアイコンが描かれていた。

 

 しかしそれは《死銃》によるものではない。《死銃》はペイルライダーに例の殺人弾丸と思わしきものを撃ち込んだばかりであり、クレハに攻撃をしている様子は見せていなかった。

 

 明らかに《死銃》は(すき)だらけになっていたのだが、そこをフォローしてきた者がいた。黒い戦闘服に身を包み、猫を()した仮面を付けている者が、遠くから狙撃銃をこちらに向けていたのだ。《死銃》を狙わずにクレハを狙ったという事と、《死銃》の着ているギリースーツと似たような色をしている点を踏まえると、《死銃》の仲間と考えて良いかもしれない。

 

 それもまた想定外の出来事だった。《死銃》という凶悪犯に(くみ)しようとするプレイヤーなどいないとばかり思っていたので、スクワッド・ジャムに出ていたとしても《死銃》はソロと変わらないと思ってしまっていた。現実は大外れ。浅はかな考えだった。《死銃》はちゃんとしたチームを組んでこのスクワッド・ジャムに来ていたのだ。

 

 一般プレイヤーが殺人犯と明確に分かる行動と事件を起こしている《死銃》とまともに組もうとするわけがないし、組んだとしても同じような服装などをする可能性も低いと言えるはずだ。なのにあそこの狙撃手(スナイパー)は《死銃》と同じような色相の戦闘服を着て、同じように仮面で顔を隠していると来た。

 

 あいつは《死銃》の純粋な協力者なのか。とすると、《死銃》の殺人行為に手を貸しているのだろうか。そうなると《死銃》は一人ではなく、複数人をまとめた殺人チームだったという事になる。《死銃》を目撃していた者達は、あの骸骨(がいこつ)仮面の奴しか見ていなくて、本質を見てはいなかったという事なのだろうか。或いは、他の者達は見つからない事を徹底していたか。

 

 頭の中で思考が異様な速度で動き回っている。目の前で危険が迫ってきているのを見ている時に、自分の頭はこうなりやすい事をキリトは自覚していた。今、自分は本能的に目の前の光景を巨大な危機であると(とら)えているらしかった。

 

 

「クレハッ!」

 

 

 アルトリウスが声を上げてクレハへ駆け寄っていく。クレハから比較的近い位置にカメレオン型戦機と《死銃》がまだ動かずにいる。あのままではカメレオン型戦機の狙いの的になるだけだ。

 

 咄嗟(とっさ)にアルトリウスにキリトが呼びかけようとしたその時に、カメレオン型戦機はバックステップのような動作で背後に跳んで退いた。明らかにこちらから距離を取ろうとしたようだったが、その理由を掴む事はできなかった。クレハを麻痺させたのだから、アルトリウス共々撃ちそうなものだが、何故そうしなかったのか。

 

 間もなくして、《死銃》が背後に振り返った。その方角の遠くにいたのがあの狙撃手だった。

 

 

「《ヘカテー》、ボスの命令を、忘れたか。こいつらの事は、殺しては、いけない。俺も、我慢している。こいつらは、とても、重要だからだ。万が一にも、億が一にも、殺すような事は、しては、いけない」

 

 

 《死銃》の骸骨仮面の内側から声がした。顔全体を完全に覆ってしまっているものであるせいで、口許(くちもと)の動きが全く見えないため、声と顔の不一致が酷く感じられた。直後に猫仮面の狙撃手から返事が返ってくる。

 

 

「……それはわかってる。でも、本当の事を教えなきゃいけない奴はいる。思い出させないといけない、本当の事を知らなきゃいけない奴……」

 

 

 キリトは思わず目を見開いた。猫仮面の狙撃手から聞こえたのは少女の声だった。それも結構幼い。十代になって時間が経っていないような少女のそれだ。あの猫仮面の狙撃手は女であったらしい。《死銃》に(くみ)しているのは男だけだろうと勝手に思っていたが、やはり勝手な思い込みだった。《死銃》に与するモノに性別は関係なかったのだ。

 

 《死銃》から《ヘカテー》と呼ばれた猫仮面の狙撃手が立ち上がったのが見えた。持っている黒光りしている狙撃銃は、驚くべき事に《PSG-1》。《ヘカートⅡ》を手に入れるまでシノンが使っていた狙撃銃と全く同じ物だった。一般的な狙撃銃の中では大型に入る代物であり、連射性と威力の高さが売りの狙撃銃だ。

 

 そんなものを持っているヘカテーは、その声色から連想できるような小さな体躯をしていた。軽い武器しか扱えそうにない、小さな身体の少女。本来ならばレンやイリスのように軽い武器しか使えそうにないのに、大型狙撃銃を取りまわしているのだから、違和感が酷かった。そんな違和感だらけにも程がある光景を作り出せる《GGO》の自由さを改めて思い知ると同時に、キリトは更なる違和感に気付いていた。

 

 あのヘカテーの声に引っ掛かるものがある。少女の声色である事は明確であるのだが、その声色自体がどこかで聞いた事があるような気のするものだ。ずっと前に聞いたどころではなく、頻繁に聞いているような気がする。自分の身近な場所にある声色のような気がしてならなかったが、果たしてそれの正体が何なのかを見破る事はできなかった。

 

 だからこそキリトはその引っ掛かりの原因である疑問を一旦振り払い、前に出て叫んだ。

 

 

「《死銃》!」

 

 

 キリトの声に《死銃》は振り向いてきた。いつの間にかその隣にヘカテーも来ている。二人の殺人サイバーテロリストへ視線をしっかり向けたその次の瞬間に、《死銃》が声を出してきた。仮面のせいで顔が見えないが、口が動いたのは間違いなかった。

 

 

「キリト、ようやく、出会えたな」

 

 

 キリトは目を細めた。どうやらあちらはこちらを既に知っているらしい。それは自分が《GGO》でトップランカーをやっているからだろう。《死銃》は《GGO》内の大会で優勝した者や好成績を叩き出した者を標的(ターゲット)にして殺してきている傾向にあった。《GGO》のトップランカーである自分も、いつか殺そうと思っていたに違いない。

 

 

「俺を知っているのか。いや、当然か。俺も《GGO》のトップランカーの一人だもんな。お前の標的になっていたとしてもおかしくはない。そうだろ」

 

 

 思い付いた事を言ってみたところ、《死銃》は応じてきた。

 

 

「違う。他の、連中は、そうだが、お前だけは、違う。お前の事は、ずっと前から、この世界に、来るよりも前から、知っていた」

 

「何?」

 

 

 《死銃》に言われたそこで、キリトは再び引っ掛かるものを感じていた。癖なのかそうではないのか、《死銃》は先程から妙に言葉を区切った喋り方をしている。こんな妙な喋り方をする奴が、前にどこかでいたような気がするが、咄嗟にそれの詳細を思い出す事はできなかった。それを読んだかのように、《死銃》が続けてくる。

 

 

「そうだろう。俺は、俺達は、お前達から、忘れ去られた。お前達は、俺達を忘れて、のうのうと生きてきた。俺達を、過去の存在にして、生きてきた。お前達に、忘れられた存在を、もう一度、思い出させる。そのために、俺達はこうして、(よみがえ)ってきた」

 

 

 蘇ってきた? キリトは思わず目を細めた。《死銃》は自分自身の事情を喋っているようだが、掴めそうなところがなかなか見つからない。本人はその意味を理解しているものの傍から見れば全く理解できない質問を投げかけられているかのようだ。傍からこういうのを禅問答(ぜんもんどう)というらしい。

 

 そしてキリトは、傍の方にいた。何を言われているのか、そもそも《死銃》が何者なのかを掴む事ができない。ユウキとカイムの家で信奉されている神の中には、人間には到底(とうてい)理解できない真理を説く神も存在しているという話をどこかで聞いた気がする。《死銃》の話を聞いていると、《死銃》はその神のうちの一体ではないかという気がしてきそうだ。だが、それはきっと人間の命を好んで喰らう荒神であろう。

 

 そんな良からぬ考えに頭を占領(せんりょう)されそうになったキリトはそれを振り払い、《死銃》に問うた。

 

 

「お前、誰だ?」

 

「まだ、わからないのか。俺の事が、わからない、のか」

 

「わからないな。如何せん仮面で顔をわからせられない状態にされてるもんで」

 

「そうか。だが、お前は間違いなく、俺の事を、(おぼ)えている」

 

 

 《死銃》の言い分に変化が出ない。このまま話し続けても(らち)が明きそうにないのは確かだろう。或いはそれこそが《死銃》の狙いなのか。ここに自分達を拘束しておく事で何かしらの時間稼ぎをする。自分達はその作戦に引っ掛かってしまっているのか。そうとも思ったが、しかし《死銃》から感じられるものはそうではないとわかってもいた。

 

 クレハの時と同じように《死銃》の全身から感情を捉えられている。その正体は、願望が成就(じょうじゅ)した事への喜びと、特定の対象への憎悪のようなものだった。こいつには憎くて仕方がない存在――まさしく怨敵(おんてき)というべき存在がいた。そしてこいつはずっとその怨敵を求めて世界を彷徨(さまよ)っていた。

 

 そして今、探し求めていた怨敵とついに出会う事が叶った。恐ろしい話だが、《死銃》にとっての怨敵というのが、どうやら自分であるらしい。なんとなくだが、そんな背景がある事が直感でわかったような気がした。

 

 隣にいるヘカテーと呼ばれたプレイヤーもそうだ。二人揃って怨敵との接触を喜び、そして憎悪を剥き出しにしようとしている。だが、自分を怨敵と思っているのは《死銃》だけのようで、ヘカテーは自分ではないものを怨敵としているようだった。いずれにしてもこの二人は、怨敵と会うために、憎悪をぶつけるためにこの大会へ来ているようだ。

 

 本人から聞いたわけでもないので確証はないはずなのだが、キリトは既に確証を得られているかのように感じられていた。それだけ、《死銃》の二人からは強い感情と欲望の渦が感じられていた。

 

 

「ステルベン、見つけたー!」

 

 

 直後、どこからともなく声が聞こえてきた。聞き慣れない男性の声色。エフェクト付きである事が一発でわかったが、《死銃》のそれよりかは弱かった。

 

 

「今度は誰!?」

 

 

 ツェリスカが銃を構えながら言った次の瞬間だった。イツキの後ろの神武が一際強く吼えたかと思うと、突然その口内から火炎弾が連射された。放たれた燃え盛る弾丸は空を裂いて飛んでいき――《死銃》の遥か後方で爆発した。

 

 誘われるようにしてその方へ視線を向けたところ、リアルにシミュレートされた動きをする爆炎エフェクトの中に、不自然な形に動いている部分があるのがわかった。炎が明らかにおかしな動きをして、一定の形を作る。それは獣の姿に似ていた。

 

 その獣のシルエットはどんどん大きくなっていると、次の瞬間にわかった。こちらに近付いて来ているのだ。正確な狙いを得意とする神武の射撃を受けて倒れたかと思われた彼の者は、飛んできた神武の火炎弾を全て避けていたらしい。獣は火炎弾の爆炎を浴びたのではなく、それに背を向けただけだったのだ。

 

 そして、爆炎に背を向けたところでその姿がシルエット状になって見えた点から、《死銃》の従えるカメレオン型戦機同様にステルス能力を持っているとわかった。ステルス化能力を持っている戦機は一種類だけではなかったらしい。

 

 そんな事を思うキリトの視線を浴びながら、獣はステルス能力をオフにして姿を見せた。しなやかでありつつもどっしりとした豹のような体型であり、先端がブレード状になった太い尻尾、そして禍々しく感じられるくらいのどす黒い体色が目を引く、見た事のない戦機だった。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 アルトリウスが驚いて声を上げた直後に、黒豹型戦機の背中から何かが降りたのが確認できた。人だ。間もなくしてそれは《死銃》の隣に並ぶ。

 

 

「うっは! やっぱりキリトさんじゃん! キリトさん達じゃん! 早速出会うとか、ステルベンも運良すぎでしょ!」

 

 

 ハイテンションな態度を見せつけてくるその存在に、キリトは思わず目を見開いた。黒衣を伴う戦闘服で全身を覆い、黒い髑髏(どくろ)のマスクで顔を隠しているという、一目見れば忘れなさそうな見た目。それは、地下遺跡で(シャチ)達と共に襲ってきた凶悪なプレイヤーと全く同じ物だった。

 

 

「お、お前はあの時の!?」

 

「え!? キリトさん、オレの事憶えててくれたんだー! あぁでも当然か。憶えてもらえるように頑張ったからねー!」

 

 

 黒髑髏のハイテンションは変わっていなかった。地下遺跡で襲ってきた時もこいつはこんな調子で攻撃してくるような奴だった。こいつは根っこからこういう奴か。一見明るい雰囲気を提供してくれそうな黒髑髏だが、その身体から出ているのは底知れぬ冷たい悪意だ。何もない場所になっているこの荒野を、隙あらば悪意で満たそうとしてきている。

 

 そのような禍々しい意志を全身から惜しみなく放っているのが、黒髑髏であった。それもあの時から何も変わっていない。そして今そこに《死銃》とヘカテーの怨敵に対する憎悪が加わって、悪意の渦がここを中心にして起こりそうになっていた。

 

 

「まさか、《死銃》は三人一組の殺人グループだった……!?」

 

 

 両手に拳銃を構えてプレミアが言うが、その声は震えていた。こんな事になっているのが信じられないかのようだ。実際キリトも、《死銃》が実は三人組だったなんていう今の現実が信じられないでいる。

 

 《死銃》を撮っていた画像も映像も、全てが間違いだった。《死銃》が一人しかいないなんて言う情報は嘘だった。現実の《死銃》は三人もいたのだ。《死銃》を死神気取りの愚か者のように(わら)っていた連中は、真実を《死銃》に隠されて、そのうえで《死銃》に嗤われていた。

 

 

「ギフト、あいつらは、俺達が、思い出せないらしい」

 

 

 《死銃》が黒髑髏へ呼びかけるように言った。《ギフト》と呼ばれた黒髑髏は「ええー」と残念そうな声を出してから返事する。

 

 

「キリトさん、オレの事憶えててくれたと思ったのに、思い出せてないの? オレ達ってそんなに影薄かった? あれだけの事をやったのに」

 

「……こいつらは逃げた。だから私達の事を思い出せない。思い出せないように、思い出さないようにして逃げたから、私達の事を忘れてる」

 

 

 ヘカテーが補足するように言うなり、ギフトはげんなりするように上半身を倒した。

 

 

「何さぁ。キリトさん達平和ボケしちゃってるわけ? あんなに鬼気迫る顔で戦ってたっていうのに」

 

「全くだ。俺達の事を、忘れて……どこまでも、暢気に暮らしていた。俺達が憎む、居るべきではない、愚か者達と、同じだ。なのに、()()は……」

 

 

 先程から《ステルベン》と呼ばれている《死銃》の零した言葉の中に、またしても引っ掛かるものがあった気がした。()()? あいつらには()()と言うべき存在がいるというのか。その存在が何者なのか考えようとしたその時に、急に言葉を送ったのはツェリスカだった。

 

 

「何の話か全くわからないけれども、《死銃》って呼ばれてる人達。これであなた達は終わりよ」

 

 

 《死銃》三人組はツェリスカに向き直った。そのうちのギフトが「はぁ?」と挑発するように言うと、ツェリスカは更に続けた。

 

 

「《GGO》の運営と警察はあなた達をずっとマークしていたの。あなた達が《GGO》の中で殺人行為を働いている、実際にプレイヤーを死に追いやっているってね。その証拠が手に入らなくて困っていたところではあったけれど……ペイルライダーを犠牲にしたところを今、撮影できたの。あなた達のせいでペイルライダーが頭痛を起こして自動ログアウトしたっていうところをね。

 ペイルライダーがあなた達に撃たれた時にした反応は、過去に撮影されているプレイヤー達の時と反応が同じ。あなた達に撃たれたプレイヤーの人達は全員くも膜下出血になって亡くなっているから、恐らくペイルライダーもくも膜下出血になって、死の間際にいるかもしれない。あなた達が撃ったせいで、そのまま死んでしまうかもしれない。そんな状態になっているでしょう」

 

 

 ツェリスカは今起きた事を淡々と《死銃》たちに言った。そうだ、自分達の作戦は《死銃》を倒すでも、拘束するでもなく、《死銃》が本当にプレイヤーを殺す力を持っているかどうか、そしてそれによって殺されたプレイヤーが出ているかどうかの証拠を掴む事だった。その証拠として最も有力なものは映像であり、《死銃》が実際にプレイヤーを殺している映像を撮影するのが今回の作戦の目的みたいなものだった。

 

 そして今ツェリスカが言ったように、その映像のキャプチャには成功した。ツェリスカから聞いた話によると、彼女はこの作戦が開始された時からずっと視界と録画ソフトをリンクさせ、見た映像を撮影している状態になっていた。いつでも《死銃》に出くわせるように、《死銃》の犯行映像を撮る事ができるように。

 

 クレハが《死銃》を狙った事と、その《死銃》が色々言ってきているせいで忘れそうになっていたが、既に作戦は成功している。《死銃》はクロだ。《死銃》は確実に人間を殺している殺人犯であり、しかもそれをVR世界でできるような技術を確立させているサイバーテロリストだった。

 

 

「今の光景をキャプチャしているのはわたしだけじゃない。この大会を中継している運営もそうだし、この大会の中継映像を見ているプレイヤー達もそう。全員があなた達の犯行を見ていたのよ。ゲームオーバーになったのはあなた達の方。あなた達のアカウントはこれから凍結されて、そしてあなた達を警察が逮捕するわ。もう誰も殺す事はできないの」

 

 

 ツェリスカはきっぱりと言い放った。《死銃》の蛮行は既に全国放送されている。ペイルライダーが《死銃》に撃たれた途端に頭痛を訴えて自動ログアウトに遭ったところ、その症状の出方が、《死銃》に撃たれて死んだプレイヤーのそれと全く同じである事が、全国のプレイヤー達の目に、《GGO》運営の伝わった。《死銃》が本当の殺人鬼であることが全国中に知れ渡ったのは間違いない。

 

 《死銃》がこれまで好き勝手に人を殺してこれたのは、結局のところバレずに済んでいたからなのだ。だが、これで《死銃》の犯行はバレた。言うなれば詰みだ。《死銃》は今日この時を以て詰んだのだ。

 

 だがしかし、それを告げられても《死銃》の三人組は微動だにしていなかった。動揺する様子を見せていない。それどころかまだ余裕があるかのようだ。まるで相手があまりに弱くて、愚かであると見下しているかのようにも見える。

 

 これから自分が逮捕される運びになっているのがわからないのだろうか。いや、それとも自分達は逮捕されない確信があるかのようだ。いずれにしてもツェリスカの突き付けが全く効果を成していないようだった。

 

 

「おやおやおや……なるほどなぁ。君は実に暢気(のんき)だ。このゲームの運営を信頼し過ぎている」

 

 

 直後、《死銃》たちの背後から声が聞こえてきた。それなりに老いが始まっている男性の声色。キリトにとっても聞き覚えのあるものだった。それを聞いた《死銃》、ヘカテー、ギフトは振り返り、そのうちのギフトが嬉しそうにする。

 

 

「あ! ()()!」

 

 

 その声にキリトは驚かされた。ボスだと。ギフトたちこそが《死銃》であり、数々のプレイヤーを死に追いやったテロリストであることはわかっている。そのボスという事は、この一連の事件の黒幕という事なのか。そんな存在がいるというのか――そう思うキリトと、仲間達の視線を受けながら、《死銃》達の背後からそれはやってきた。

 

 (からす)だ。それも一般的な姿をした烏ではなく、人の形をした烏。全身を多くのベルトを巻き付けた黒いコートで包み、シルクハットを被り、烏の頭部を模したような仮面で顔を隠している。それはかつてヨーロッパで流行し、非常に多くの人を死に追いやったとされる黒死病(ペスト)の治療に当たっていたとされる、ペスト医師の姿だった。

 

 未来のコンバットスーツや軍隊服がデフォルトになっている、この《GGO》の中では珍しいどころでなく、明らかに浮いてしまっているゴシック調のデザインで固めたそいつに、キリトは憶えがあった。

 

 ギフトと同じようにある時突然こちらを襲ってきて、圧倒的なプレイヤースキルを見せつけてきたそいつの名前は――。

 

 

「お前は、ミケルセン!?」

 

 

 キリトよりも先にその名前を口にしていたのは、シノンだった。多少遠くにいるが、声に影響が出る程でもない距離にいるシノンの呼び声に、ミケルセンは「はっ」と言ってから答えた。

 

 

「約束通り来てくれたみたいだな、シノン。しかも仲間付きとは、実に良い事をしてくれたもんだ」

 

 

 ミケルセンはシノンに答えていた。シノンがこのスクワッド・ジャムに参加したいと言った時、彼女はミケルセンに誘われたと言っていた。それはミケルセンがこのスクワッド・ジャムに参加してくるという意味と同じだった。

 

 そこでミケルセンは何をするつもりなのか、どういう事をしてくるつもりでいるのかと気になっていたが、現実はキリトの想像や想定の上を行っていた。ミケルセンは《死銃》とつるんでいた。それどころか《死銃》のメンバーの一人であるギフトからボスと呼ばれている。つまりミケルセンは《死銃》のボスであるという事だ。

 

 

「キリト、あの人は……?」

 

 

 サチが(おび)えを混ぜた声で問いかけてくる。即座に答えようとしたが、それより先に《死銃》の方が声を出してきた。しかしそれはキリト達に向けたモノではなく、ミケルセンに向けたものだった。

 

 

「ミケルセン、いや、ボス。まだ隠していないと、いけないのか。もう、本当の事を、言ってもいいのではないか」

 

 

 キリトは目を細めた。ミケルセンは《死銃》に向き直ってから、下を向く。肩が揺れているので、笑っているようだ。

 

 

「そうだなぁ。確かにあまり茶番を引っ張るのも、興醒(きょうざ)めって奴だ。そろそろあいつらに本当の事を話すとしよう。演じるのもここで終わりだ」

 

 

 ミケルセンはそう言って更に下を向くと、口許に手を添えて軽く咳払いをした。声の調子を合わせようとしているのだ。そしてそれが完了すると、再び仮面で覆われた顔を向けてきて――声を発してきた。

 

 

 

「――こうして直接会うのはいつ以来だったかな、()()

 

 

 

 その声を聞いてキリトは凍り付きそうになった。ミケルセンから出た声色は変わっていた。初老を迎えかかっているくらいの年齢の男性の、ハスキーボイス。

 

 忘れもしない。《SAO》、《ALO》、《SA:O》で壮絶な事件の黒幕として君臨し、特に《SAO》では日本社会を混乱に(おとしい)れたサイバーテロリストと、そいつが起こしたサイバーテロリズムの根源に居て、多くのプレイヤーを実験台にしようとしていた狂気の存在。

 

 絶対に許す事のできないそれの声が、ミケルセンから出ていた。

 

 

「その声……お前は……」

 

 

 キリトと仲間達の反応にミケルセンは、忘れられない声で「ふっ」と笑った。そして皆の声を合わせて、一つの名前が呼ばれた。

 

 

 

 

「ハンニバル……!?」

 

 

 

 

 


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