キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 暴走。

 


09:混沌の銃撃戦 ―銃使いとの戦い―

 

 

 

          □□□

 

 

「《死銃(デス・ガン)》……!!」

 

 

 そこにいたのは確かに《死銃》だった。事前の作戦会議でこいつが《死銃》だと言われていたそいつは、灰色がかった黒緑のギリースーツを(まと)い、赤い目の骸骨の仮面で顔を覆っている見た目のやつだった。

 

 そしてその得物(えもの)()まわしき銃である《54式黒星(ヘイシン)》とされている。暴力団などの反社会勢力組織、破壊工作組織(テロリスト)が好んで使っている代物であり、テロリズムの象徴みたいなものだ。なので普通の人間はあまり使いたがらない。

 

 その銃を使っているところは確認できていないが、そんなものを使っていそうな感じは十分にある雰囲気はあった。見た目、雰囲気。悪趣味で凶悪な内面を(さら)け出しているようなそいつは、《死銃》で間違いなさそうだ。

 

 本当に見つけた。奴は本当にこのスクワッド・ジャムに参加してきていた。その事実にキリトは軽く驚かされていた。

 

 

「あいつが《死銃》!?」

 

 

 アルトリウスが驚いたように言うが、キリトは反応を示さずにいた。確かにあいつの見た目は作戦会議の時に確認し合った《死銃》の見た目とほぼ一致している。だが、事前に確認できていなかった事項があった。彼の者が(またが)るカメレオン型戦機の存在だ。

 

 《死銃》がプレイヤーを死亡させる正体不明の攻撃を持っている、《54式黒星》を使っているというのは事前確認できていたが、ビークルオートマタを使っていて、それが姿を消す力を持つカメレオン型戦機であるというのは確認できていなかった。《死銃》を面白がって撮影した者達の映像や画像に写っていなかったものが、《死銃》の力の一つとしてここに存在していた。

 

 

「驚いたね。まさか《死銃》も僕やキリト君と同じビークルオートマタ所有者だったとは」

 

 

 後ろで八咫烏(ヤタガラス)型戦機《神武(ジンム)》を構えさせているイツキが目を細めている。彼の言う通り、《死銃》がビークルオートマタを持っているというのは予想外だった。

 

 しかもそれが姿を消す能力を持ったカメレオンというのは、もっと予想外だ。そんなもの、如何(いか)にも目立ちそうなものであるが、それらしき情報を見つける事はできていなかった。《死銃》はここまで情報を隠し通せていたという事ならば、かなりの上手(うわて)であるという他ない。それとも《死銃》にこちらの行動を読まれていたのか。だとすればぞっとするどころではないだろう。

 

 

「あ、見て!」

 

 

 ツェリスカが《死銃》のいる方角を指差した。キリトは振り返ってツェリスカの指の角度を確認してから、改めてその方に顔を向ける。そこは《死銃》のいるところではなく、彼の者の少し後ろの位置だった。

 

 プレイヤーが仰向(あおむ)けになって倒れている。青緑の模様の混ざった白いコンバットスーツに身を包んで、顔をバイザーシールドで守るタイプのヘルメットを着用している、何やら特徴的に見えるプレイヤーだった。

 

 《HPバー》がどれくらいの量残っているのかは《GGO》の仕様上わからないが、頭上に雷に似たアイコンの描かれたウインドウが出現しているのが見えた。どうやら麻痺(マヒ)状態に陥ってしまっているらしい。それが《死銃》によるものなのか、(ある)いはそのビークルオートマタの持つ重火器によるものなのかは判別できない。まだ彼の者の得物をすべて見ているわけではないのだ。

 

 それを見たアルトリウスが(つぶや)く。

 

 

「あいつ、動けないのか」

 

「電磁スタン弾を撃ち込まれたんだ。麻痺して動けなくなっているんだよ」

 

 

 答えたのはイツキだったが、腕組をしたままの姿勢で、麻痺して動けないプレイヤーの事を見ているだけだった。神武は見つかりにくいように姿勢を低くしているだけで、やはり何もしようとしていない。助けようという意志はないようだ。

 

 当然である。このスクワッド・ジャムは個々のチームの対抗戦であり、全てのチームが自分のチームの敵になっているのだから、他チームを助けるメリットは何もないのだから。……自分達《エクスカリバー》の面々の場合を除いて。

 

 他のゲームだったならば、あぁいうふうに倒れて動けなくなっているプレイヤーを助ける道理もあるだろうが、残念ながらこのゲームとこの状況ではそれはない。だが、その選択を疑うべきかもしれない出来事がすぐに起きた。

 

 《死銃》がカメレオン型戦機の背中から降り、倒れているプレイヤーの(もと)へゆっくりと歩き出した。じりじりと迫っていくその姿は本当に死神のように見えて、キリトは背筋に寒気を走らせていた。間もなくして嫌な予感が胸の中に起こる。

 

 何か、起きてはいけない事がこの先で起きようとしているのではないだろうか。《SAO》の時から鍛えていた直感がそれを伝えてきていた。そしてそれはすぐさま現実のモノとなってしまった。《死銃》が拳銃(ハンドガン)を引き抜き、その銃口をプレイヤーに向けたのだ。

 

 

「……ペイルライダー。お前も、愚かだ」

 

 

 (うっす)らと声が聞こえた。青年の声だ。マスク越しに(しゃべ)ったのを聞き取った際のようなエフェクトが混じっている声が確かに聞こえた。そんな声を発しそうな人物はこの近くにはいない。――《死銃》を除いて。

 

 その声は続いてきた。

 

 

「もう、十分に、楽しんだ、だろう。楽しかった、だろう。しかし、もう、終わりの時だ。お前は、結局、世界を、星を、未来を、腐らせる、だけだ。お前は、()()()()

 

 

 声は《死銃》の方から聞こえてきていた。その声がペイルライダーと呼んだプレイヤーは仰向けの姿勢のまま動けないでいる。そのような状態の者が出せるものではない内容を喋っているのが、先程から聞こえる声だ。この声はあの骸骨仮面のぼろマント――《死銃》のもので間違いないらしい。

 

 エフェクトがかった声で独り言に近しい事を言っている《死銃》はハンドガンのハンマーを親指で引き、しっかりと銃口をペイルライダーの頭部へ向ける。その動きにキリトは見覚えがあった。《死銃》が忌まわしきハンドガンを、狙いとしているプレイヤーに向けて発砲した時に起きる事は――。

 

 

「まさか!」

 

 

 思わず声を発したのと同刻で、《死銃》は引き金を引いて発砲した。一発の弾丸が真っ直ぐペイルライダーの頭部を撃ち抜く。ヘッドショットが入り、クリティカルダメージがペイルライダーに与えられたが、即死はしなかった。

 

 《GGO》では頭部に弾丸を受けるとヘッドショットというものが入って即死するという仕様がある。しかしそれは突撃銃(アサルトライフル)だとか狙撃銃(スナイパーライフル)だとか散弾銃(ショットガン)だとかの場合であり、拳銃のような小口径では即死まで持っていけない――イリスの持っているデザートイーグルを除いて――。

 

 その証拠にペイルライダーの頭上には《DEAD》の文字が出ていなかった。まだ《HP》に余裕があるのだろう。《死銃》はペイルライダーを倒し損ねていた。普通ならばもう一撃くらい加えるはずなのだが、《死銃》は何もせずにペイルライダーを見下ろしていた。そこから二秒くらい後に、

 

 

GAME(ゲーム) OVER(オーバー)

 

 

 と一言呟いた。それは《死銃》が死の宣告を行う時に言う台詞だった。キリトが見た動画や映像だと、《死銃》は狙いを決めて拳銃を撃ってすぐに《GAME OVER》と呟くのだ。そして映像の通りだと、撃たれたプレイヤーは突然凶悪な頭の痛みを訴える。それが《死銃》が撃った時に起こる一連の流れだ。

 

 その時と全く同じような事をした《死銃》と、撃たれたペイルライダーが目の前にいる。これまでの通りならば、次の瞬間にペイルライダーを頭痛が襲う。果たして結末は――その通りになった。

 

 ペイルライダーは両手で頭を抱えたかと思うと、そのヘルメットの中から(おぞ)ましい声を出し始めた。

 

 

「あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、あ゛あ゛」

 

 

 ペイルライダーの反応に皆がごくりと息を呑んだのがわかった。キリトも溢れてきた冷や汗のような唾を飲み込む。映像にあった展開と完全に同じだ。《死銃》に撃たれたペイルライダーが頭痛で苦しみ始めた。聞いた情報の通りならば、今、ペイルライダーをくも膜下出血が襲っている。

 

 本当にこうなった。《死銃》に撃たれたプレイヤーが激しい頭痛を訴えるというのは本当だった。苦しみ方からして、やはりくも膜下出血だろう。《死銃》はプレイヤーにくも膜下出血を起こさせる力を持っている。その話に偽りはなかったという事なのだろう。

 

 

《なんだ、今のは……!?》

 

「プレミア、リラン、見えた……?」

 

 

 リランとティアが戸惑ったように言ったのを、キリトは聞き逃さなかった。振り返ってみると、リラン、プレミア、ティア、サチ、マキリの五人が目を見開いていた。何か信じがたいものを見たかのような顔だ。

 

 確かに今見えたのは《死銃》が拳銃を撃った事により、ペイルライダーが明らかにダメージ以外の何かによって苦しみ出すという異様な光景。信じがたい光景以外の何者でもないのだが、しかし彼女達の表情はこれを見た時のそれとは異なっているように認められた。

 

 まるで彼女達にだけ見えるものが存在していて、彼女達はそれを見てしまったかのようだ。そう言えばこれまでも、彼女達だけが検知できるモノだとか、彼女達だけが見る事のできるモノがある時があった。《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》であるからこそ見えるモノ。それが今この瞬間に存在しているという事なのだろうか。

 

 声を掛けようとしたキリトを、サチの声掛けが止めてきた。

 

 

「キリト、今の見えた?」

 

「今のって?」

 

「あの倒れてる人の頭の周りに、沢山の赤い光が囲んで……一斉にビームみたいなのを撃って……」

 

「え?」

 

 

 キリトは思わず眉を寄せて、サチから言われた事を即座に頭の中で繰り返す。沢山の赤い光がペイルライダーの頭の周りを囲んで一斉にビーム照射をした? そんな光景は見えなかった。ペイルライダーは《死銃》に撃たれただけだった。そうとしか記憶していないが――もしかしたらそれこそが彼女達だけが見えたものかもしれない。

 

 だが、サチの言葉だけではまだ信用が足らなかった。しかしすぐさまそこに付け加えをしてきた者が現れた。リランだった。

 

 

《我にも見えていた。あのペイルライダーという奴の頭の周りに、沢山の赤い光が取り囲んで、頭の中心に向けてビームのようなものを照射していた。間違いないぞ。あいつはあの銃とは異なる武器でペイルライダーをもう一度撃ったのだ》

 

 

 キリトはそこでもう一度驚かされたが、その要素は二つあった。リランまでもそう言っているという事と、嘘は吐かないが真実しか言えないという弱点を持つリランが言っているがためにそれが真実であるという事だ。

 

 《死銃》はペイルライダーを拳銃で撃ったすぐ直後に別な武器を使って更なる攻撃をした。サチ、リランの言っている《沢山の赤い光》こそがその正体であり、これまで死亡したプレイヤー達を襲っていたであろうもの。もしかしたらそれこそが本当の《死銃》というべきものなのかもしれないモノ。

 

 それに撃たれたペイルライダーに異変が起きた。一際強く(うめ)いたかと思うと、急に糸が切れた操り人形(マリオネット)のように動きを失い、その頭上に《DISCONECTION》と書かれたウインドウを出現させた直後に全身を赤い光のポリゴン片に変えて爆散してしまった。通信が切断――いや、アミュスフィアの安全機能(セーフティ)が働いて強制的にログアウトさせられたのだろう。

 

 

「ペイルライダーが……!」

 

 

 マキリが悲鳴を上げるように言う。今、ペイルライダーは現実世界で目を覚ました事だろう。あまりに恐ろしい頭痛に襲われたのを原因として。これまで確認されているという事件と同じ流れを()んでしまっているのであれば、ペイルライダーは今くも膜下出血の症状が進んでしまっている状況下にある。

 

 今すぐに病院で治療を受けなければ命が危ない状態だが、果たしてそれに気が付くかは定かではない。このまま死亡してしまうのだろうか。そうなったならば今、《死銃》による犠牲者が増えた事になるだろう。

 

 

「沢山の赤い光が取り囲んで、一斉にビームを頭に向かって照射……? それって何らかの武器によるものだよね。それなら今、もっと強いダメージがペイルライダーに入ったはずだけど……」

 

 

 シュピーゲルが下を向きつつ独り言のように言った。それが聞き取れたのであろうプレミアが思い出したように答えた。

 

 

「……いいえ、あれはビームではありませんでした。《弾道予測線(バレット・ライン)》です。《死銃》はペイルライダーの頭を沢山の赤い光で囲んで、一斉に《弾道予測線》を出していました」

 

「《弾道予測線》だって?」

 

 

 シュピーゲルの聞き返しにプレミアが頷く。その隣にいるティアが答えた。

 

 

「イリスの使っている《キューブセントリーガン》に似てたかもしれない。イリスの使っているのは青い光の小さい正方形だったけど、あいつのは赤い光で、もっと小さくて細かいものだった。それが《弾道予測線》を放っていた」

 

 

 キューブセントリーガンは、この場にはいないイリスが使っていた武器の一つだ。浮遊する小さな正方形型自律銃火器であり、プレイヤーの補助をするようにレーザー光線を照射する機能、自身の姿を消す光学迷彩を使って敵プレイヤーに気付かれないように飛び、死角からレーザーを撃ち込む機能などを持っている。

 

 そういった感じで実に多彩な戦術や攻め方を実現させてくれる便利銃火器なのだが、しかしあまり火力が出ないという弱点があったからに、《GGO》プレイヤーは勿論の事、最適最強しか求めない企業運営攻略サイトなどから敬遠されて情報が掲載されなかったためにプレイヤーからの認知度は更に低くなり、知名度がないも同然のものであった。

 

 それが彼女達には見えていたらしいのだが、こちらの視界にはそれらしきものは現れなかった。だが、嘘を吐けない彼女達が言っているからには信じるしかない。それを聞いたキリトはティア達に問いかける。

 

 

「《弾道予測線》を放っていただけで攻撃はしなかったのか」

 

《そうだ。何故か攻撃せずに《弾道予測線》を放っただけだった。何故《弾道予測線》だけで終わらせていたのかは想像が付かぬ。シュピーゲル、お前は何かわかるのか。あいつが《弾道予測線》だけ放っていた理由はわかりそうか》

 

 

 リランの《声》はシュピーゲルに問いかけた。相手となっている彼は下を向いて何かを呟いている。その仕草や様子は彼にとっても恩師、専門医師であったイリスのそれに似ていた。

 

 

「キューブセントリーガンを沢山用意したところで上手く火力を出すのは難しい……でも《弾道予測線》しか飛ばしてない? そう言えば《弾道予測線》って実は貫通して飛んでいってる仕様だから……《弾道予測線》そのものが狙い……?」

 

 

 シュピーゲルは何かを思い付きかけているようだった。恐らくそれこそが《死銃》による殺人の仕組みであろう。それさえわかれば何とかなりそうなのが今回の作戦だ。早いところ思い付いてくれ。そう願ったその時だった。

 

 

「《死銃》ッ!!」

 

 

 突然大きな声がして、キリトは不意打ちを喰らったように驚いた。聞き覚えのある少女の声。それはクレハのものだった。クレハはいつの間にやら自分達よりも前方向に出てしまっていた。《死銃》に明らかに見つかりそうなところにまで行ってしまっている。

 

 キリトと同じように驚いているアルトリウスとツェリスカがクレハに呼びかけた。

 

 

「クレハ!?」

 

「戻りなさい! 一人で向かっては危険よ!」

 

 

 間もなくして同じような大声が返ってきた。

 

 

「うるさいッ! ようやく見つけた……倒してやる……撃ってやる! 邪魔すんなら、あんた達から撃つ!!」

 

 

 クレハは噛み付くように言い、キリト達を更に酷く驚かせた。彼女は本気だ。本気で《死銃》を討とうとしており、その障害になる者がいようものならばそれが仲間であろうと撃ち殺そうとしている。多くの言葉を聞かなくてもわかった。

 

 しかし、それはキリトの知っているクレハの言動ではなかった。仲間を想っているはずのクレハ。心優しい少女であるはずのクレハが、あらゆるものを振り乱して、仲間に向けてはいけないはずの銃を平然と向けようとしてきている。

 

 そんな彼女の背中からは()()()()の感情が出ているのがキリトはわかった。《SAO》の時からこれまであらゆるプレイヤーを見てきたためか、何らかの激しい感情を抱いたプレイヤーを見ると、無意識のうちにその感情の正体をある程度掴む事ができるようになっていた。

 

 今はその時の記憶の一切を抹消される事によって健気で無邪気な少女となっているマキリと敵対した時に掴めたのは、家族と先輩達の命を奪った自分に対する激しい憎悪と報復心。

 

 今この戦いをどこかで見ているのであろうエイジと戦った時に掴めたのは、理不尽や悪意に向けられた真っ当な怒りと大切な人を取り戻したいという強い想い。

 

 令和どころか日本の歴史の中で最も大規模なテロリズムを行ったサイバーテロリストでもあったアルベリヒ/須郷伸之から掴めたのは、(おぞ)ましいまでの独占欲と支配欲と、弱者を踏みにじりたいという嗜虐心(しぎゃくしん)

 

 今は自分達の仲間の一人としてこの戦いを見ているセブンが《ALO》の時に見せていたのは、自分の研究を何としてでも成し遂げて、大人達に認めてもらおうという一途な欲求。

 

 《SA:O(ソードアート・オリジン)》でチートを使ってまでプレイヤー達の頂点に居ようとし、最後には《SA:O》の世界そのものになろうとまでしていたジェネシスから掴めたのは、並外れた激しい上昇志向。

 

 それらと同じように、クレハを満たす激しい感情を掴めそうになっていたのだが、その感情の正体がまるで掴めない。見たところ《死銃》に対する激しい憎悪を感じさせてくるような言動であるが、その声の中に憎悪も怒りもそこまでなく、背中から感じられる雰囲気もまた憎悪や怒りのそれとは異なっている。

 

 ぶれているのだ。クレハの感情は常に揺すられているようにぶれていて定まらなかった。一見決意を固めているように見えて、実は決意も何もなく、目の前の事を恐れているかのようだ。少なくともキリトはそう感じられていた。

 

 だからこそ危ない。意志の、感情の軸が一定の位置に定まっておらず、ぶれ続けているので、落ち着きを失ってしまっており、何をしてもおかしくはない。明らかに無茶苦茶と言えるような事をやらかしてしまっても、敵を倒すために仲間さえも撃ってしまうような真似をやったとしても不思議ではない状態になってしまっている。

 

 無茶をして死亡するプレイヤーを《SAO》で見てきているせいか、キリトは直感でそれを掴めていた。

 

 

「駄目だクレハ! 戻れ!」

 

 

 ツェリスカ同様にキリトはクレハに呼びかけたが、クレハは応じようとしなかった。遠くにいる《死銃》に狙いを定めたかと思うと、短機関銃(サブマシンガン)の引き金を引いて弾丸を連射した。発砲音が辺りに鳴り響く。これで《死銃》が気付かないわけがない。クレハは自分達の居場所をばらしてしまった。

 

 しかし先手を打つ事には成功したと言えるだろう。クレハの放った弾丸が《死銃》へ真っ直ぐ飛んでいっていた。あれで結構なダメージが入るはずだ。

 

 と思われたその一瞬だった。《死銃》を背中に乗せた鋼鉄のカメレオンが口を開けたかと思うと、長い舌が躍り出た。一体どういう仕組みでできているのか、カメレオンの舌は自由自在に収縮し、(むち)のようにしなったかと思うと、恐るべき速度で(おど)り――あろう事かクレハの放った弾丸を全て(から)め取ってしまった。

 

 

「は……!?」

 

 

 キリトは呆気(あっけ)に取られて声を(こぼ)した。弾丸を撃った張本人であるクレハも、呆然としたような顔をして立ち尽くし、弾丸を絡め取った舌を口の中に戻し、離した弾丸をむしゃむしゃと食べている鋼鉄のカメレオンを見ているしかなくなっていた。

 

 カメレオンは長い舌を使って虫を捕食する成体の持ち主であるが、それを模した戦機であるあれは、虫の代わりに弾丸を食べる習性を持っているのか。いずれにしても予想外というレベルではなかった。

 

 その鉄のカメレオンの持ち主である《死銃》の顔が、ついにこちらに向けられた。見ているのはクレハのようだが、その後ろにいる自分達に気付いていないわけがない。隠れて強襲を仕掛けるつもりがあったわけではないが、場所がバレてしまったのは素直に痛手と言えた。

 

 

「……見つけた、ぞ」

 

 

 《死銃》の骸骨仮面の内側から声が聞こえた。ノイズの混ざるエフェクトがややかかった声色であるが、青年のものであるというのはわかる。《死銃》の中身は青年、男で間違いないようだ。だが、そんな事は今更どうだっていい。問題は《死銃》に居場所を掴まれたという事だ。

 

 その狙いが向けられているクレハはというと、短機関銃を構えたまま《死銃》に答えた。

 

 

「それはこっちの台詞よ。ようやく見つけたわ、《死銃》!!」

 

 

 クレハは再び引き金を引いて弾丸を放つ。次から次へと連射していく。その都度《死銃》を狙った《弾道予測線》が出てから弾丸が飛んでいったが、先程と同じようにカメレオン型戦機が収縮自在の舌を伸ばして躍らせ、絡め取った。弾丸は一発たりとも《死銃》に当たる事はなかった。

 

 やはり銃撃が効いていない。あのカメレオン型戦機には弾丸が効かないなどというチートもいいところの仕様でも搭載されているのか。

 

 

「まさかクレハ、対ビークルオートマタ弾を使わないで撃ってる!?」

 

 

 シュピーゲルが咄嗟に言うと、キリトははっとした。そうだ、マズルフラッシュの様子でわかるが、クレハは対ビークルオートマタ弾を使わないで、普通の弾丸を撃っている。カメレオン型戦機に防がれている原因はそれか。

 

 カメレオン型戦機には普通の弾丸は絡め取られて終わるだけで、対ビークルオートマタ弾しか効果がないのかもしれない。いや、それだけでは対ビークルオートマタ弾を枯渇させたプレイヤーを一方的に不利にさせるだけなので、普通の弾丸も効かないわけではないのだろうが、普通に撃ったところで効果がないのだろう。

 

 いずれにしてもクレハは普通に撃っているから効果を出せないでいたのだ。いち早く気が付いたシュピーゲルの指摘にクレハは応じたようにリロードを始めるが、キリトは思わず驚いてしまった。敵が目の前にいる状態で弾の種類を切り替えるためのリロードを行うなど、隙だらけになる以外何物でもない。敵にチャンスを与えてしまっている。

 

 当然というべきか、その隙を突いてカメレオン型戦機が背中の機関銃を起動させてクレハに狙いを定めた。(まず)い、このままではクレハが蜂の巣にされてやられる。キリトは足に力を込めて走り出そうとしつつ、ホルスターの拳銃を引き抜こうとした。

 

 しかしそれも間に合わず、カメレオン型戦機の機関銃が火を噴こうとした次の瞬間、一際大きな破裂音が後方から聞こえたかと思うと、カメレオン型戦機が突然仰け反った。がぁんという鈍い音と共に頭部で炸裂が起こり、何かに引っ張られるように後ろへ持っていかれそうになっている。

 

 その音と反応にキリトは覚えがあった。音の発生源に向き直ると、予想通りの光景があった。シノンが《ヘカートⅡ》で射撃をした後の姿勢をしていた。銃口から煙が上がっている。シノンがカメレオン型戦機の頭を撃ち抜いたのだ。クレハが危ないと思ってやってくれたのだろう。

 

 彼女の一撃によってカメレオン型戦機はバランスを崩し、機関銃で射撃するのを中断していた。普通ならばここでシノンに礼を言うところであるが、クレハはシノンへ勢いよく振り返ったかと思うと、キッと(にら)み付けたかと思えば、

 

 

「邪魔するなって……言ってるでしょうがッ!!」

 

 

 と叫んで、あろう事か対ビークルオートマタ弾を装填したままのサブマシンガンでシノンへ狙いを付けた。発せられた《弾道予測線》がひどくぶれながらシノンの頭や胸を()()()()道にしようとしている。

 

 

「シノンッ!!」

 

《クレハ、()せ!!》

 

 

 キリトとリランの声が重なり、キリトは一目散にシノンの許へ駆けていた。シノンがクレハに撃たれて――そのままやられるような事にならせるわけにはいかない。いやそもそも、どうしてクレハはそんな事をしようとしている。瞬間的に考えが次々浮かんできて、頭の中が濁流のようになりそうになっていたが、そこでもキリトは走り続けていた。

 

 間もなくしてクレハがサブマシンガンの引き金を引き、シノンを撃とうとした――次の瞬間、どぉんという破裂音が二回鳴り、クレハの動きが止まった。

 

 

「……え?」

 

「か、ふッ……?」

 

 

 アルトリウスの声とクレハの小さな悲鳴が重なると、クレハの身体は一瞬びくんとして、崩れ落ちるようにしてその場に倒れた。倒れたクレハの身体から、麻痺を示すアイコンの描かれたウインドウが表示されていた。

 

 麻痺する攻撃を受けたらしいが、カメレオン型戦機も《死銃》も何もしていないように見えた。《死銃》ではない誰か他の者に攻撃されてクレハは麻痺させられたらしい。だが、一体誰だ。

 

 そう思ったその時だ。《死銃》の後方に光が見えた。スコープに光が差した時の反射だ。キリトはそこを注視する。人影が見えた。

 

 猫の仮面を付けた黒い服の小さなプレイヤーが、そこにいた。

 


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