キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 本当に殺して来るかもしれない奴の対処法を模索するキリト達。

 


04:向かうところ

 

 

          □□□

 

 

「決まったの、キリト」

 

 

 フィリアの問いかけにキリトは(うなづ)いた。彼女の問いかけの通り、これから取っていく行動の方針は決まったのだった。その事をキリトは話す。

 

 

「あぁ、決まったよ。皆にも協力してもらう事になった」

 

「皆も《死銃(デスガン)》と戦うの?」

 

 

 ユウキからの質問にキリトはまた頷く。ユウキ達はここにいたから聞こえなかったのだろう。そのため、彼女達からすれば勝手に話が進んでしまったように思えるかもしれない。

 

 なので、キリトはそこにいる一同に《死銃》と戦うかどうかを話す事にした。しかしその前にキリトは部屋の中央付近にあるベッドへ近付いた。ベッドの上には先程皆のいる部屋から出たシノンが横になっている。

 

 だが、シノンはただ横になっているのではなく、(うずくま)るような姿勢になっていた。この部屋に来る前にはユピテルの手が(うなじ)に当てられていたが、今はユピテルはシノンから少し離れたところに立っていた。顔は疲れたような表情になっている。

 

 「大分来ている」という話だったので、ユピテルも結構疲れたのだろう。ここまで長く、強く力を使うという事もなかったから、ユピテルにも大分来たのだ。

 

 そのユピテルは目をキリトと合わせてきた。「ひとまずは何とかなりました」という報告をしてきているのがわかる。あの時と比べたらだが、シノンは好調になっているのだろう。キリトは同じように目で「ありがとう」と礼を言い、シノンの目の前までいき、腰を落とす。

 

 シノンはキリトの顔が目のうちに入るなり、すぐさま反応をした。それでも大きなものではない。静かで小さな反応だった。

 

 

「シノン」

 

「……キリト……」

 

 

 今にも消え入りそうな声でシノンは呼び掛けてきた。キリトは右手を伸ばして、(てのひら)をそっとシノンの頬に当てる。するとシノンは両手をキリトの手の上に乗せてきた。彼女の持つ温もりがじんわりと伝わってくる。これを失うほどの事にはなっていなかったようだ。

 

 いや、そうならないようにユピテルがやってくれたのか。キリトはひとまず安堵(あんど)を抱いた。

 

 

「キリト、あの《死銃》っていうのが使ってた銃って何なの」

 

 

 シノンから近いところに座っているリズベットの声にキリトは応じる。あまり細かい事を話せるわけではないが、説明は十分にできる。

 

 

(いわ)く付きの銃だ。バザルト・ジョーによると犯罪者やテロリストが違法に所持する銃の筆頭みたいなものらしい」

 

「そうだね。《()()(おとこ)》――あの時は須郷(すごう)先輩だね――が政治家や大企業、警察、報道機関の連中の一部、または多くが反社会組織と結託してるっていう情報を全国放送した後、動き出した警察や機動隊がそいつらのアジトを突き止めて逮捕に至った時、まぁ沢山出てきたのがあの《黒星(ヘイシン)》っていう話は聞いた事がある。

 確かに、悪党達が持つ銃っていうのは間違いないね」

 

 

 これまでのように壁に背中を預けて腕組をしているイリスが、ほぼバザルト・ジョーと同じ事を言っていた。やはりAI研究者という職業柄、情報収集は(おこた)らないし、何よりシノンという《黒星》に苦しめられている患者を診ているためか、そういう情報に対する知識は豊富なようだ。

 

 そしてそれらを(こころよ)く思っていないというのも、苦さが浮き出ている表情でわかった。

 

 

「そんな銃を使っていたんですか、《死銃》って。っていう事はもしかして《死銃》は、本物の犯罪者とか、テロリストとかなんですか」

 

 

 

 不安そうなシリカに答えたのはイリスだった。

 

 

「本物の犯罪者だし、サイバーテロリストと言えるだろう。現に《死銃》のせいで割と多くの人が亡くなっているわけだしね」

 

 

 直後、シノンと目の高さを同じにしていたリランが立ち上がり、イリスに向き直った。

 

 

「……先程キリトにもほとんど同じ事を聞いているが、本当にそんな事ができるものなのか、イリス。死んだプレイヤーというのは、全員アミュスフィアを着用してこの《GGO》をプレイしていたのであろう」

 

「そうだよ」

 

「アミュスフィアにはナーヴギアのような、人間の脳を焼き切れるほどの電子パルスを発生させる出力は出せない。《死銃》がアミュスフィアを利用してプレイヤーを殺す事など完全に不可能なはずであろうが」

 

 

 娘であるリランの問いかけに母親イリスは「うむうむ」と頷きを繰り返す。何も反論の余地がないと言っているのだろう。しかし母親は反論の余地を完全に見失っているわけではなかったようだった。

 

 

「そのはずなんだけど……もしかしたら、そうではないのかもしれない」

 

「えっ!?」

 

 

 ユウキが一番最初に反応し、その後に全員が驚く。アミュスフィアではプレイヤーが死ぬ事はないと知っていたものだから、イリスの言った事には驚くしかなかった。

 

 だが、やがて当然のように全員が(いぶか)しむような表情を浮かべ始める。イリスの言った事はあまり信じられるようなものではないからだ。全員の顔を見たイリスがまたしても「うむうむ」と頷く。

 

 

「そんな反応するだろうね。現に私も自分で言っておいて半信半疑だし、他の人が言っていたならば、まず信じようとは思わない」

 

「それってどういう仕組みになっているんですか。アイリは何を思い付いたんです」

 

 

 長男ユピテルが問いかける。キリトもとりあえずはそれが知りたい状態だった。いや、この場にいる全員がそう思っている頃であろう。その問いかけに母親イリスは答えた。

 

 

「アミュスフィアを分解(バラ)して構造を解析した時わかったんだけど、アミュスフィアのフルダイブの仕組みはナーヴギアとそんなに異なっていない。装着者の脳に電気信号を送り、VR世界での感覚を送り届けるって奴ね」

 

「……」

 

 

 キリトは黙って続きを(うなが)した。イリスは促された通りに続けてくれた。

 

 

「この電気信号ってのが鍵だ。アミュスフィアが使用者に電気信号を送るって事はつまり、電気エネルギーと電子パルスがアミュスフィアから発せられていて、使用者の脳はいつもそれに(さら)されてるって事だ」

 

 

 勿論その事に知識がないキリトではない。アミュスフィアはフルダイブ型VR機器というだけあって、割とそれなりの電気を使って動くものであるし、他機器に干渉しない程度の電磁波や電波を発して動いているものでもある。

 

 しかしそれらは全て人体には無害なレベルのものであり、気にするに値しない。これはメーカーもそうだが、内閣府でも確認が取れている。だからこそアミュスフィアはナーヴギアのような危険性を持たない機器として周知されているわけなのだが――だからこそ、その事が《死銃》と関係があるかと言われると首を傾げる他ない。

 

 キリトは眉を寄せた。

 

 

「……つまり?」

 

「このアミュスフィアに流れる電気エネルギーと電子パルスこそが、《死銃》がプレイヤーを殺すために使っているものなのではないかと思ったんだ」

 

「でも、それって確か、プレイヤーには影響が何もないっていう話じゃありませんでした?」

 

 

 フィリアの問いかけはキリトが思い出しているアミュスフィアの話そのものだった。この話をイリスに持ち掛けてみようと思っていたところだったが、フィリアが先になった。問いを受けたイリスは頷く。

 

 

「そうだ。だから正直なところ《死銃》のプレイヤー殺害の仕組みはわからない」

 

「おい、《死銃》のプレイヤー殺害の仕組みがわかったのではなかったのか。ここまで引っ張っておいて!」

 

 

 リランの抗議にイリスは「うー……」と顔を(しか)める。ただ顰めているのではなく、申し訳ないと思っているかのようだ。

 

 

「わかったのはアミュスフィアの中にカラクリの種があるかもっていう事だけで、その仕組み全部はわからないんだよ。こればかりは《死銃》と接触して、その仕組み全てを解明できるチャンスを掴むしかない」

 

 

 そう断言するように言ってから、イリスはキリトの方へ向き直って来た。結構な回数見てきた鋭い瞳と、キリトの瞳が交差して互いを映し合う。

 

 

「キリト君、そのための作戦会議をしてきたんじゃないかね」

 

「……まぁ」

 

 

 そこでようやく、話すのを一旦保留していた皆との作戦会議を内容を話す事にした。立案者は死神のように命を奪う事を可能としている《死銃》を殺す事に興奮し、一人燃えていたピトフーイだ。

 

 彼女の立案した作戦は、自分達《エクスカリバー》の面々でスクワッド・ジャムをほぼ独壇場にするというものだ。

 

 まず《エクスカリバー》のメンバーから二人から六人一組で三つ以上のチームを作り、スクワッド・ジャムの参加枠をなるべく埋めていく。

 

 スクワッド・ジャムのルールの関係上、これらチームメンバーは同じスコードロンに所属する者であったとしても敵対関係同士となるが、これは一旦気にしない。その状態でスクワッド・ジャムに参加してきた《死銃》のチームにターゲットを定め、互いに協力し合ってこれを倒し、正体を暴いて警察と運営のザスカーのところに突き出し、それ以上の殺人行為を阻止する。

 

 そしてここからが重要で、《死銃》を撃破する時にはこれまでの行いを懺悔させる余裕さえも与えないほど完膚なきまでに叩きのめし、もう二度と殺人を犯せないようにする、言うなれば殺人行為を働く事にトラウマを刻み込んでやるのだという――ここに達するまではピトフーイは冷静であったが、この部分からは興奮を隠せなくなったようで、ハイテンションで話していた。

 

 そんなふうに冷静さを途中で欠いてしまっていたピトフーイだが、立案された作戦は理に適っていた。自分達《エクスカリバー》が《死銃》を包囲し、《死銃》を倒して捕縛、その罪を白日の下に晒す。それで《死銃》の殺人行為を永久的に阻止するというのは、最も効果的なやり方であると思われた――というかそれ以外の作戦が全く思いつかなかったのだが――。

 

 しかし、すぐさまその作戦には問題点がある事が判明した。《死銃》を倒すまでは良いものの、その後どうやって捕縛するかだ。自分達プレイヤーが他プレイヤーを捕縛するような事はできないに等しいし、捕縛したところで身柄を確保し続けるのも困難である。そんな事はプレイ上のマナー違反となるからだ。

 

 この作戦を遂行し、《死銃》を捕まえるには、それこそ警察などの公的機関の協力が、《死銃》撃破から捕縛までの間に必要になる。この部分をどうするかが問題点として浮き上がって来た。効果的な作戦かと思いきや、早速暗闇が包み込もうとしてきたのだった。

 

 だが、すぐに光明が差した。それを持ってきたのはツェリスカだった。彼女によると、ザスカーも既に《死銃》というプレイヤーに撃たれたプレイヤーが何故かくも膜下出血を起こして死んでいるという話を把握し、「《死銃》がプレイヤー達の病死の原因であり、こいつは犯罪行為をしている」と決めようとしている頃であるという。やはり偶然にしてはできすぎているから、犯人であると疑わざるを得ないところにまで来ているというわけだそうだ。

 

 そして現段階では警察も協力しているそうで、《死銃》が次の犯行に走ろうとしたタイミングでそのIDやプレイヤーデータ取得を実行、強制的に停止させたうえで身元の特定、()()()()()()()()()()()ところだという。

 

 そこでキリトは引っ掛かるものを感じた。《死銃》のせいで既に死者が数名出ている真っ最中だというのに、どうして現時点で逮捕ができないのだろう。それはキリト以外の仲間も思った事であったようで、そのうちの一人であったプレミア及びティアが問いかけたところ、答えが返って来た。

 

 確かに《ベリル》と《玄冥(ゲンメイ)》、《アルミナ》と《アレクサンド》、そして《薄塩たらこ》の五人が《死銃》によって死亡したとされているが、このうち画像や動画で犯行の様子――と思われる光景――が撮影されていたのは《ベリル》と《薄塩たらこ》のケースのみであり、残りの三人のについては「そういう事をしている痛いプレイヤーを見た」というプレイヤー達からの会話及びネット掲示板の書き込みによるものだけで、動画も画像も残っていなかった。

 

 つまるところ、《死銃》が本当に殺人をしている証拠が足りないのだという。《ベリル》と《薄塩たらこ》の動画だけでは偶然と片付けられてしまうレベルであり、これでは警察は逮捕というところまでいけない。

 

 プレイヤーが《死銃》のせいで死んだ、《死銃》がプレイヤーを殺したと明らかにわかる光景や過程の証拠となるものがないと動く事ができないのだ。だからこそ今、警察は《死銃》であるとされるプレイヤーを逮捕する事はできないし、ザスカーだってアカウント停止も監視もできない。憶測だけでプレイヤーを違反者や犯罪者と決めつけるのは冤罪をなすり付けるのと同じだからだ。

 

 よって、《死銃》がプレイヤー殺しをしているとわかる証拠を手に入れる必要がある。《死銃》がプレイヤー殺しをしている証拠を手に入れて、警察のところに突き出すのがこの作戦になるだろう――それがツェリスカからの説明であり、《エクスカリバー》の《死銃》討伐作戦の内容だった。何故そこまでツェリスカが運営の話に詳しいのかは気になったが、聞いている場合ではないと思ったので聞かなかった。

 

 そこまで話したところでキリトは一旦話を止めた。イリスが腕組をし、深く頷くのを繰り返している。

 

 

「なるほどね、そういう手筈(てはず)になったわけか」

 

「はい。今はスクワッド・ジャムに参加するメンバーを相談し合ってるところです。ただ、ピトフーイとレンとフカ次郎とエム、アーサーとクレハとレイアとイツキとツェリスカは行くらしくて」

 

 

 スクワッド・ジャム参加への意志が確認できたのは今の九人のみであり、残りをどうするかはまだ決まっていない。やはりプレイヤーを本当に殺す事のできる力を持ったテロリストが相手という話なので、それを敵にする事になる大会に「参加する」とは簡単に言い出せないのだ。

 

 《死銃》は大会に参加し、優勝したプレイヤーを殺す傾向にあるとわかっているが、もし自分を捕まえようとしている奴が現れたならば、例え大会の中であっても殺しにかかってくるだろう。つまり大会中に撃たれて死亡というのも全然あり得る。

 

 それを恐れる気持ちはキリトは十分に理解していた。そのうえで周りの少女達に問いかける――その時初めて、この場にいる男性が自分とユピテルの二人しかいないという事に気が付いた。

 

 

「そういう感じで話が進んではいるんだけど……勿論無理強いはしないよ」

 

 

 皆の顔が(くも)る。その中の一人であるシリカが(つぶや)くように言った。

 

 

「そんな……その人に撃たれたら本当に死ぬかもしれないなんて、《SAO》と同じじゃないですか……そんなの、怖いです……またあんな事が起きるなんて……嫌です……」

 

 

 その言葉にキリトは素直に頷いた。彼女の反応が一番正しいと言える。「殺人犯を叩きのめしてやる」などと言って勇猛果敢に突っ込んで行こうとするなんて意志を持っていたならば、その方が異常だと言えるだろう。

 

 続いてリズベットが首を傾げつつ、苦い顔をして言う。

 

 

「そいつを捕まえるには、そいつがプレイヤーを殺してるっていう証拠が必要なのよね。って事は誰かが死ななきゃいけないとか、そういうわけじゃないわよね」

 

「……」

 

 

 キリトは沈黙するしかなかった。リズベットの言っている事が残念ながら当たっている。《死銃》はプレイヤーを殺していると思われているが、逮捕できないのはその証拠が不足しているため。

 

 証拠さえ揃える事ができれば逮捕に至れるのだが、そのために必要なのは《死銃》が犯行する瞬間か、《死銃》の銃撃によってプレイヤーがくも膜下出血を起こしてしまった光景だ。

 

 つまるところ、プレイヤーの誰かが《死銃》の犯行の被害に遭い、その光景を誰かが撮影し、運営と警察にアップロードする必要があるというわけだ。

 

 

「ま、待ってよ! また誰かが死ぬっていうの。《SAO》の時みたいに、ゲームの中で起きた事のせいで現実でも死んじゃうっていうのを、誰かに強制しなきゃいけないっていうの!?」

 

 

 大声を出したのはフィリアだった。

 

 彼女の言った事が現実になるなど、断じてごめんだ。デスゲームだったのは《SAO》だけで十分であり、それ以外のゲームがデスゲームになる事など許されない。ゲームの中で犯罪に遭い、現実でも殺害されるなんていうのも認められる事ではない。

 

 だが、そうでもしないと《死銃》を捕縛、逮捕する事ができないというのが今のところの現実だ。いつだってそうだ。警察は事件が起きてからでないと動かないし、今に犯罪をしそうな奴を捕縛したり、逮捕するような事もしない。犯罪者が犯罪を、テロリストがテロリズムを行い、それによる犠牲者が出てからしか行動してくれないのだ。

 

 事件やテロリズムを未然に防ぐ事はできない。犠牲者を犠牲にしないで犯人だけ捕まえるような事はできないのだ。それはいつまで経っても変わらない。だからこそキリトは悔しさに歯を食い縛るしかなかった。

 

 

「今のところは……そうするしかない」

 

「そんな!」

 

 

 フィリアの応答にキリトは頷きそうになる。皆で考えた作戦は、確かに《死銃》を捕縛できる内容ではあるものの、捕縛するためには誰かしらの犠牲者が出さないといけないという、正直なところ欠陥のあるものであると言いたくなるものだ。

 

 本当は犠牲者を出さない、出させない作戦にするという形には今のところできない。そうしなければならないのに叶わない。それがまるで《死銃》に嵌められているみたいで、気持ちが悪くて仕方がなかった。一緒に怒りも湧いてくる。

 

 

「そんな……誰か犠牲を出さないといけないなんて……そんなの……」

 

 

 ユウキが(うつむ)いて言った。そうだ。誰かが犠牲にならないといけないなど、認めたくない。だが、そうする事でしかあのテロリストを捕まえる手段は――。

 

「あたし達ならいけるんじゃないかな」

 

 

 その時入口の方から声が聞こえてきた。少女の声だ。思わずハッとして向き直ったところ、それは皆と同じだった事にキリトは気が付いた。

 

 そしてそこにいたのは、青みがかった黒髪を切り揃えたショートボブにしている、青水色の瞳が特徴的な少女と、猫を模した帽子を被り、先の少女と同じ髪色、瞳の色をしている少女の二名。サチとマキリだった。

 

 

「サチ、マキ」

 

 

 キリトの呼びかけに応じたのか、サチが近付いてきて、近くで腰を下ろしてきた。何やら思い詰めかけているかのような顔になっている。一方マキはというと、イリスの方へと向かっていった。

 

 間もなくしてサチが声を掛けてくる。

 

 

「キリト、皆から聞いたよ。《死銃》っていう、プレイヤーを殺してしまう能力を持ってる人の事……皆がその人と戦おうとしてるって事」

 

「……あぁ」

 

「その《死銃》と戦う時、私達なら役立つと思うの」

 

「え?」

 

 

 キリトは思わず目を見開いた。他の皆も同じような反応をしている。《死銃》との戦いにサチとマキリが役立つとはどういう事だ。その答えと思わしき事を話そうとしたのか、マキリがイリスに問いかける。

 

 

「イリス先生、確認しますけど……あたし達には身体がもうなくて、病気とかそういうものにはならないって話でしたよね」

 

 

 イリスはきょとんとしたような表情になった。

 

 

「え? あ、あぁ。そうだね。君達は《SAO》で死亡していたけど、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》として蘇ったんだ。けれど身体は消失してしまったわけだから、人間が(かか)るような事はなくなってるけど……」

 

「なら、あたし達なら《死銃》に殺されそうになっても大丈夫って事ですよね」

 

 

 マキリの言葉にキリトは驚く。聞かれたイリスも同じように驚いている始末だ。それだけマキリの言葉は衝撃的だった。マキリ達なら殺されそうになっても大丈夫だって? どういう事なのだろうか。尋ねようとしたその時、サチが口を開いた。

 

 

「私達には身体がないから、《死銃》が引き起こしてるっていうくも膜下出血になる事はない。それで、何かあったとしてもバックアップから修復する事ができる。他の皆と違ってある程度やり直しが効くようになってる。そうなんでしょう、リラン」

 

 

 急に尋ねられたリランはやはり驚きつつ、頷く。リランは事実上最初に生まれた《電脳生命体》であり、サチ達からすればある意味先輩だった。

 

 

「そ、そうだが……だが、だからと言って自ら《死銃》にやられるなど……!」

 

 

 サチは首を横に振った。

 

 

「私達は本当は死んでなきゃいけないのに、こうして蘇る事ができた。それで今、そうなった私達が役立ちそうな場面に来てる。私達が最適なのに、他の人達がやってしまって、それで犠牲になっちゃうなんて絶対に駄目」

 

 

 そう言いかけてサチはキリトと瞳を合わせてきた。

 

 

「だからお願いキリト、私達も行かせて。私達を使って《死銃》をおびき寄せて、キリト達で捕まえて」

 

 

 キリトはごくりと唾を呑み込んだ。確かにサチ達《電脳生命体》ならば、《死銃》の銃撃によって他プレイヤー達のようにくも膜下出血になってしまう事はないし、それで死亡する事はない。万が一死ぬような事になったとしても、バックアップデータから復活する事は可能だ。

 

 つまり、《死銃》の犯行に遭ったとしても、彼女達は平気でいられる。そして彼女達を殺そうとした映像を証拠にして、これまで《死銃》に撃たれて病死したプレイヤー達の映像と合わせて、運営と警察にアップロードする。

 

 二つならばまだ偶然と言い張れるかもしれないが、三つともなればそうはいかない。警察も動かざるを得なくなるはずだ。これで《死銃》の逮捕は可能となる。

 

 だが、そのためには今言っているようにサチかマキリが一回犠牲になるしか――。

 

 

「それしかないなら……やりましょう……」

 

 

 そう言ったのはシノンだった。ベッドに横になっていた彼女は、ゆっくりとその身体を起こしていく。手を包まれたままになっているキリトも、シノンに引っ張られる形で立ち上がった。

 

 その姿勢のまま、シノンは小さくもはっきりとした声を出した。

 

 

 

「あんた達が《死銃》のターゲットになって……その隙に私が《死銃》を撃ち抜いて殺すわ」

 

 

 

 


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