キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 第五章開始。この章がフェイタル・バレット編の終章です。

 


―フェイタル・バレット 05―
01:死銃


          □□□

 

 

『ありがとうございます。こんな事、もう無いと思いますし、言いたい事も沢山あるから、言っちゃおうかな』

 

 

 広い酒場の中に、丁寧な口調の男の声が響いていった。酒場には多くのプレイヤー達がそれぞれの場所に座っており、基本的に皆揃って四面ホロパネルを見つめていた。そこで放送されている番組は《今週の勝ち組さん》。《MMOストリーム》の中のコーナーの一つであり、かなりの人気と視聴率を持つ。

 

 そこに出演しているのは三人の男プレイヤー。そのうち一人が先程から丁寧な口調で色々言っている。名前は《薄塩たらこ》。この《GGO》にて困難なクエストを見事にクリアし、その戦績によって《今週の勝ち組さん》に招待されたようだった。

 

 画面に映るそんな薄塩たらこを見て、周りのプレイヤー達が「ほほー」と言い出す。感心しているようにも、意外に思っているようにも見える。

 

 

「薄塩たらこか。あんまり強そうには見えねえな」

 

「見た目じゃなくて名前だろ、一番変なのは。なんだよ、薄塩たらこって。薄塩ポテトチップスかよ」

 

「なんか前に別のゲームで《北海いくら》とかいう名前のプレイヤーがいた気がするな。そいつの親戚か何かじゃね?」

 

「うわ、《北海いくら》なんて名前の奴までいるのかよ。そんな変な名前付けてゲームしてて、恥ずかしくならねえのか?」

 

「いやいや、変な名前の方がやりやすいんだよ。逆にカッコつけた名前でやってみろよ。最終的に滅茶苦茶(めちゃくちゃ)恥ずかしくなってきて、引退したくなるから」

 

 

 プレイヤー達は口々に何かしら言っているが、《彼》にとってはどうでもいい話だった。それよりも重要なのは全員がこの薄塩たらこに注目をしているという点だった。

 

 騒いでいるのか?

 

 面白いか?

 

 ならばもっと騒ぐがいい。

 

 もっとこいつを見つめるがいい。

 

 《彼》はそう思いながら酒場の一角で映像を見続ける。薄塩たらこは近くにいる司会者の女性にインタビューされ、それに答えていた。

 

 

『薄塩たらこさんは難易度の高い《GGO》の、高難易度クエストを突破したんですよね。やっぱり日頃から強さのためのトレーニングとかを怠ってないって事ですよねえ?』

 

『それはもう。毎日長時間ログインしては、エネミーやプレイヤーを相手にしてます。やっぱり強さの秘訣はこれですよ。戦う時間を増やして、とにかく戦う。皆わかっている事だと思いますが、これに(まさ)る方法なんてないと思いますよ。《GGO》では他プレイヤーとの競い合いの世界ですから、戦ってるだけで本当に強くなれるんですよね』

 

 

 薄塩たらこのその言葉にプレイヤー達が「けっ」と言って悪態を()き始める。薄塩たらこは別に間違った事は言っていない。このゲームでの真理を解いている。それを面と向かって言われたのが面白くなかったのだろう。実に単純な反応をしている。

 

 そんな者達が、これから起こる事を目にした時、実感した時にはどのような反応を起こすのか、《彼》は興味があった。次の()()はこいつらにしようか。

 

 いや、まずは薄塩たらこだ。《あの()》曰く、「薄塩たらこは重罪人であり、裁かれるべきだ、裁きを下されるべきだ」との事だが、なるほど確かに、こいつは裁かれるべきであろう。

 

 こいつは強くなって、多くの者達の上に立っているつもりでいるようだが、その責任、やるべき事、本当に強き者がどうあるべきなのか、何をするべきなのか、全く理解していない。あちこちに蔓延(はびこ)っている愚者(ぐしゃ)達と同じだ。

 

 蔓延る愚者達は世界を腐らせ、未来を壊す。こいつは強いようだが、その責任や力の本質、力ある者のあるべき姿を知らない。そんな者が「力を持っている」と酔いしれ、その事を振りまく事は、愚者達の愚行を強くさせる事にしか繋がらない。

 

 こいつは強者ではない。強者であったとしても相応(ふさわ)しくない。その事を示すために《彼》は音無く立ち上がり、そのまま一歩一歩ゆっくりとホロパネルへ進んでいった。

 

 最初は視線を感じていなかったが、ホロパネルのすぐ前まで行ったその時には多くの視線を背中に感じるようになっていた。周りの者達が一斉に視線をこちらに向けてきている。いつの間にか《彼》は薄塩たらこに代わって注目を集めていた。

 

 そんな事はほとんど気にせず《彼》はホロパネルを見上げる。そこで偽りの強者、強者を名乗る愚者が喋り続けていた。

 

 それを認めた《彼》はギリースーツに手を入れ、一丁の自動拳銃を取り出した。闇そのものを凝縮したかのような漆黒の拳銃。そのスライドを引いて初弾を装填し――ホロパネルの向こうの薄塩たらこに銃口を向けた。

 

 

「……薄塩たらこ。お前は、強い。だが、お前は、本当の力を持つに、値しない。お前は、力を持っていい、者では、ない」

 

 

 《彼》が(つぶや)くと、周囲から(いぶか)しむようなざわめきが起こり出したが、やがてそれは嘲笑(ちょうしょう)と失笑に変わった。誰もが《彼》の行為を無意味だと嘲笑(あざわら)っているのだ。

 

 だが《彼》は気にしない。気にしたところで無意味だからだ。だからこそ《彼》はじっと視線と意識を薄塩たらこに向けていた。画面の向こうの薄塩たらこは、やはり丁寧な口調で強者を気取っている。これから何が起こるか想像もしてないだろう。だからこそ良いのかもしれない。

 

 

「もう、十分に楽しんだ、だろう。楽しかった、だろう……」

 

 

 そう言って《彼》は上げた左手で十字を切り、振り下ろすと同時に引き金(トリガー)を引いた。スライドが一瞬のうちに後退してマズルフラッシュが起こり、部屋が一瞬だけ明るくなって、甲高い破裂音が轟いた。

 

 そうした過程で発射された弾丸は真っ直ぐ飛び、薄塩たらこの額を貫き、そのまま進んで天井に突き刺さった。それを最後まで見届けた《彼》は、

 

 

 

GAME(ゲーム) OVER(オーバー)

 

 

 

 と呟くように言った。ざわめいていた周囲は一瞬のうちに静寂に包まれたが、やがて《彼》が予想していた通りの反応をし始めた。

 

 

「はっ、何やってんだあいつ」

 

「痛いねぇ。薄塩たらこがムカついたのかよ」

 

「そんな事したところで何も起きないっていうのに、よくもまぁ、やっちまえるもんだな!」

 

 

 周囲のプレイヤー達は《彼》への嘲笑を大声で行い始めた。やはりそうだ。こいつらなどこんな反応をするしかできない。本当に自分達に危機が迫った時にしか動かず、(あらかじ)め何かしらの策を練っていた者達を、善処しようとしていた者達を嘲笑する。そして何もかも手遅れになった時に、ようやく自分達が愚者だった事に気が付く。まさしく《彼》が何よりも憎悪する者達だった。

 

 そんな愚者達の中でも間違いを犯し、自分自身を強者だと言いふらしていた薄塩たらこに異変が起きた。急に動きが止まったかと思うと、薄塩たらこは突然両手で頭を抱えた。

 

 

『あ゛、あ、あああ゛あ゛あ゛あ゛ッ!?』

 

 

 まるで何かに襲われているような声を出して薄塩たらこは悶えていた。急な変化に司会者の女性が驚く。

 

 

『え、え!?どうしたんですか、薄塩たらこさん!?』

 

『あ、たま、が、頭が、痛あ゛』

 

 

 薄塩たらこは顔に(たま)の汗を浮かべて苦悶していた。その言葉からするに凶悪な頭痛に襲われているのは間違いない。それも《彼》にはわかっている事だった。

 

 

「え、薄塩たらこ、どうしたんだ」

 

「なんだ、急に?」

 

 

 再び周りのプレイヤー達に困惑のざわめきが広がり始めた。薄塩たらこの異変に驚いているようだ。どいつもこいつも同じような反応ばかりしていて、笑えてきそうになってきていた。

 

 

『あ、あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ』

 

 

 薄塩たらこが一際大きく(うめ)くと、その身体が白い光に包み込まれて消えた。この電脳の世界から抜け出していったのだ。その様子を最後まで見ていた司会者が一瞬戸惑ったような顔をしたかと思うと、

 

 

『あ、ええと、薄塩たらこさんはちょっと落ちちゃったようです。多分すぐに戻って来てくれると思うので、今のうちに次の方に話を(うかが)いましょうか』

 

 

 そう言って次のプレイヤーにインタビューをかけ始めた。目的は達成された。《彼》は銃をホルスターに仕舞い込んで振り返る。それまで終始《彼》を嘲笑していた者達が居たが、その顔は既に驚愕(きょうがく)しきっているようなものに変わっていた。いずれにしても愚者達の顔である。

 

 そんな如何にも愚者らしい顔をした愚者達を見た《彼》は溜息を吐きたい気持ちを抑えて、一言言い放った。

 

 

「……次は、誰に、するか……」

 

 

 《彼》はそのまま足を進め、酒場を出た。そのまま自分の持っている中で一番気に入っている()()を使って、街の中へ消えた。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

「和人君、来てくれてありがとう」

 

 

 和人はとある喫茶店を訪れていた。如何(いか)にも高級店を利用できますよと言っているかのような雰囲気の夫人達が足を運んでいるような高級喫茶店だ。普段は絶対に利用しないような店の、一番奥の席――話し声も聞こえなさそうな席に座っていた。

 

 

「愛莉先生、珍しいですね。こうして東京の街に戻ってこれてるなんて」

 

「あぁ珍しい。こういうのを嵐の前の静けさっていうんだよ」

 

 

 また変な事を言っている。和人はそう思いながら話し相手の女性に苦笑いした。上流階級マダム達が八割以上を占めている店内に和人を誘い込んだのは、和人のよく知っている女性。

 

 医師のような白いコートに身を包んでおきながら、黒いジーンズを履いているという、どこか奇妙な出で立ち。すっかり見慣れている黒い色相の長髪で、コートの上からでもわかるくらいに大きな胸を持っている、赤茶色の瞳をしたその女性は、自分にとっての恩師でもある芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)であった。

 

 周りの客達と比べると非常に若く、喫茶店の雰囲気から浮いているように見えそうであるが、それらを押しのけてしまうくらいの余裕(よゆう)さが彼女からは(あふ)れ出ている。その余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)の愛莉の近くにいる事で、和人は場違いなところにいる気まずさに圧し潰されずに済んでいた。

 

 しかし、こうした場所に愛莉が自分を呼ぶ時は、「ただお茶をしたいから」などの暢気(のんき)な理由によるものではない。その事をこれまでの出来事で知ってきている和人は、高級紅茶を飲んでいる愛莉に声掛けした。

 

 

「……で、こうして誰よりも奥のところに陣取ってるって事は、何か重要な話があるって事ですよね」

 

 

 愛莉の口許からティーカップが離れた。口紅を塗っていなくても赤と桃の美しい血色が出ている愛莉の唇が動く。

 

 

「やっぱりわかるか。まぁ、これで結構な回数重ねてきてるからね」

 

 

 愛莉はティーカップをテーブルの皿の上に乗せると、目をこちらに向けてきた。

 

 

「そのとおりだよ。今回君にどうしても話しておきたい事があったから、呼ばせてもらったんだ」

 

 

 そう言われて和人はふと考える。愛莉が自分に話しておきたいと言う時は、大体がシノン/詩乃の事についてである。元々は精神科医であった愛莉は詩乃の治療を受け持った専属医師だった。

 

 今は精神科医を辞めてAI開発研究社に戻っているが、詩乃の事は今でも気にかけており、時折かつてのように詩乃の状態を診たり、こうして自分に(うかが)ってくる事も少なくない。今回もそうである事は間違いないだろう。

 

 

「詩乃の事ですよね」

 

 

 愛莉は静かに頷いてから、口を再度開いた。

 

 

「そうだね。一番は詩乃の事なんだけれども……それ以外にも確認しておきたい事っていうか、君に依頼したい事があるんだよ」

 

「依頼?」

 

 

 愛莉からの依頼を受けた事も多々ある。「何かを調べてくれ」だとか、「詩乃が危なくなるかもしれないから傍についていてやってほしい」とか、「詩乃の状態が悪くなったらすぐに支えてやってほしい」とか、《SAO》の時からよく依頼されてきたものだ。

 

 和人にとって愛莉からの依頼はほぼ日常の一部のようになってきていた。今回もその日常の一つが新たにやってきたのだろうか。和人は問いかける。

 

 

「それってなんですか。詩乃の事ですか」

 

「まぁ聞いてくれたまえ。和人君、前に私が話した、《GGO》プレイヤーがくも膜下出血で亡くなるケースの事は(おぼ)えているかな」

 

「憶えてます。《GGO》はリアルマネーに換金できる《GC(ガンナーズ・クレジット)》がありますから、寝る事も食べる事も、病気の治療を受ける事も忘れてのめり込んでしまうプレイヤーが多くて、そのせいでくも膜下出血になって死んでしまう。そんな話でしたよね」

 

 

 愛莉から聞いた内容を思い出しながら話すと、終わり際に愛莉が頷いた。結構嬉しそうな顔をしている。

 

 割と最近気付いた事なのだが、愛莉はどうにも思っている事が表情に出やすいというか、感情と表情が強くくっつい(マージし)ているようで、嬉しい時はすごく嬉しそうな、楽しい時はとても楽しそうな顔をはっきりする。逆にひどく怒っている時は無表情になるという奇妙なところもあるのだが。

 

 

「そうだ。憶えててくれてありがとう。おかげで話をスムーズにできる」

 

 

 愛莉の反応を聞いて、和人はほんの少し顔を(しか)めて喉から「ん?」という声を出した。まさか、これの調査をしろとでもいうのだろうか。

 

 《GGO》にのめり込み過ぎて不健康になってくも膜下出血を起こして亡くなったプレイヤーを調べるのは、病院や警察のやるべき事であり、自分がやるべき事ではないはず。

 

 その事を和人は愛莉に問うた。

 

 

「……えっと、これについての調査をお願いしたいとか、そういうパターンですか――」

 

「お待たせいたしました。カフェー・ミット・シュラークオーバースでございます」

 

 

 和人と愛莉の間に高級そうな制服に身を包んだウェイトレスが入り込んできて、和人は少しびっくりした。ウェイトレスはトレーの上に乗っていたカップと、それに近しい容器を置いて行った。

 

 (のぞ)き込んでみれば、カップの中に注がれているのは湯気の立つ黒いコーヒー、容器に入っているのはコーヒーと同じくらいの量のホイップクリームだとわかった。勿論(もちろん)こんなものを頼んだ覚えはない。

 

 

「愛莉先生、これなんです?」

 

「君の分のドリンクさね。(おご)るから飲むといい」

 

「何か今の人、カフェーミットなんとか言ってましたが、なんですか」

 

「《カフェー・ミット・シュラークオーバース》。ウインナー・コーヒーの事だよ」

 

 

 ウインナー・コーヒー。それはコーヒーの上に甘いホイップクリームをごってりと乗っけた飲み物の事だ。愛莉によると、ウインナー・コーヒーはオーストリアのウィーンが発祥地(はっしょうち)であるそうで、現地ではウインナー・コーヒーとは呼ばず、《アインシュペナー》か《カフェー・ミット・シュラークオーバース》というらしい。

 

 そして日本におけるウインナー・コーヒーに近しいものは、このうちの《カフェー・ミット・シュラークオーバース》であるそうだ。この店ではそれを採用しており、ウインナー・コーヒーをカフェー・ミット・シュラークオーバースとしているらしい。

 

 そのカフェー・ミット・シュラークオーバースを奢られた和人は、素直にそれを受け取った。容器の中の(つや)やかなホイップクリームをコーヒーの中に流し込む。黒くて小さな湖の中に白い島ができあがった。だがそれはあまりに一瞬の事であり、次の瞬間に島は湖を全て埋めてしまい、湖のあったところには白い山ができていた。

 

 そんな小さな小さな山と湖であるカップの中身を、和人は静かに口に運んだ。愛莉がやっているように上品に、静かに。すると一瞬目を見開いてしまった。これまで多くのコーヒーを飲んできた和人だが、今口にしたコーヒーはその中のどれよりも上品で美味しく感じられた。乗っているクリームも甘味とくちどけが程良く、コーヒーと混ざり合う事でよりなめらかな味わいになっている。

 

 これは――。

 

 

美味(うま)い」

 

 

 和人の(つぶや)きに愛莉が微笑(ほほえ)む。期待通りの反応が来てくれたと思っているかのようだ。

 

 

「だろう?このお店のクリームは絶品だっていうのを菊岡さんから聞かされてたんだけど、全く持ってその通りだった。これは良い事を聞かされたよ」

 

「えっ、ここって菊岡さんのおススメなんですか」

 

「あぁ。どこかいいお店はないかって聞いてみたら、すんなりとここを教えてくれたんだ」

 

 

 和人は目を細めた。ここは先程から確認できているように、お金にそれなりの余裕を持っている夫人達が来るような店であるため、自分は勿論、菊岡もいる事が似合わないように思える。

 

 眼前にいる愛莉ならばあまり問題なく溶け込んでいるが、あのスーツ姿でがちがちに固めた菊岡が来ている光景は、シュール極まりないとしか感じられなかった。

 

 その光景を想像しようとすると、かなりげんなりとしてきそうだったので、和人は話を戻す事にした。

 

 

「ええと愛莉先生、脱線してた話を戻しますけど」

 

「うん、そうだったね。そう、最近《GGO》でくも膜下出血になって亡くなるプレイヤーが増えてきている問題なんだけど……どうにもこれは自然死ではないらしい」

 

 

 和人は疑問を抱いて眉を寄せた。自然死ではないとはどういう事だ。

 

 

「自然死じゃない?くも膜下出血になってるのに自然死じゃないってどういう事ですか」

 

「前にも言った通り、くも膜下出血っていうのは、生活習慣が悪かったり、体質的にそういうのを発症しやすかったり、頭を強くぶつけたりするような外傷を負ったりすると発症しやすいほか……四十代以降の女性が発症しやすいものだ。

 それこそ、一見お金に余裕があって、健康的な生活を送れていたとしても、突然発症する事もあるものだよ。それまで何にもなかったのに、ある時突然凶悪な頭痛を訴えて救急車で運ばれたら、頭の中がくも膜下出血を起こしてて、三途(さんず)の川を渡ってしまう寸前になっていたなんていうのは珍しい話でもない」

 

 

 愛莉は後半をわざとらしく声量を上げて言っていた。周りの夫人達からぎょっとしているような声がしてくる。そう言えば彼女達は四十、五十に達していそうな人達ばかりであり、愛莉の言っているくも膜下出血になりやすい人達のうちに入っていそうである。どうやら本人達も例外ではないと聞かされて、驚き、ぞっとしているようだ。

 

 

「ところが、《GGO》で起きているプレイヤーのくも膜下出血による突然死は、こういうものではないみたいなんだよ」

 

 

 ますます話が読めなくなってきた。愛莉の話は時に読みにくいものだったりする事もあるのだが、ここまで読めないのは初めてかもしれない。目の前にあるカフェー・ミット・シュラークオーバースの味わいのように。

 

 

「どういう事なんですか」

 

「このニュースを見てくれ」

 

 

 愛莉はそう言って、一台のスマートフォンを和人に差し出してきた。表示されているウインドウを見る。ニュースサイトの記事だ。そこには《VRMMOプレイヤーがプレイ中に病死、死因はくも膜下出血による》という見出しが書いてあった。

 

 今、愛莉から聞いている話そのものである。

 

 

「くも膜下出血でVRMMOプレイヤーが死亡した……そんな話じゃないですか」

 

「そうなんだけど、問題はそのプレイヤーなんだ。菊岡さんが言うに、そのプレイヤーがやっていたゲームは《GGO》であり、プレイヤーネームは《薄塩たらこ》」

 

 

 その名前に和人はまたしても驚いた。《薄塩たらこ》と言えば、最近《GGO》で他のプレイヤーが早々出す事のできないような好成績を叩き出し、《MMOストリーム》の《今週の勝ち組さん》に招待されていたプレイヤーだった。

 

 彼は色々と間違いのない理論や持論を語っていたのだが、その途中で突然激しい頭痛を訴え、その後ログアウト。司会者はその時「すぐに復帰して来るでしょう」と言っていたが、結局その番組放送中に彼が戻ってくる事はなかった。

 

 和人はその話をアルゴから伺っていたものの、特に何も思っていなかった。薄塩たらこの頭痛も、ちょっと強いのが来た程度であり、戻ってこれなかったのはそんなすぐに(おさ)まらなかったから。VRMMOプレイヤーにとってはよくある不調。そう思っていたからだったのだが――真実はそんなに平和的なものではなかった。

 

 

「薄塩たらこって、ついこの前の《MMOストリーム》に出てた……!」

 

「そう。《今週の勝ち組さん》に出てたあの薄塩たらこさんさ。番組中に姿を消したその人を襲ったのもまたくも膜下出血だったんだ。この人だけじゃないよ。一月前は《ベリル》と《玄冥(ゲンメイ)》の二人、二週間前は《アルミナ》と《アレクサンド》の二人も亡くなっている。全員《GGO》のプレイヤーであり……」

 

「トップランカーです。総合戦績ランキングを見るといつもランクインしてましたし、《BoB》や《スクワッド・ジャム》で優勝、準優勝をしていました。まさかその人達も?」

 

「あぁ、くも膜下出血で亡くなっている」

 

 

 いよいよ和人は眉を更に寄せるしかなくなった。一人がくも膜下出血で死んだという話ならばわかるが、こう立て続けに何人も死んでいるとなると、何かしらの規則性、更に言えば事件性を感じざるを得ない。

 

 

「なんだか、偶然には思えませんね」

 

「そう。偶然じゃないんだよ。どの人もくも膜下出血を発症して死ぬ前に、とあるプレイヤーに狙いを付けられて撃たれているんだ」

 

「プレイヤーに撃たれてる?」

 

「あぁ。薄塩たらこさんが色々喋ってる最中、《SBCグロッケン》の酒場の一つの中で、妙な行動を起こしたプレイヤーがいた。そいつはいきなり立ち上がってモニタに近付いたかと思うと、急に銃を構えて何かをぼそぼそと言った後に撃って、《GAME OVER》と一言。そしたら薄塩たらこさんが急に頭痛を訴えて消滅したんだ。有志がその姿を録画録音して、動画サイトにアップしてたのを菊岡さん達が発見したんだ」

 

「やけに詳しいですね」

 

「その動画を見たからね。このスマホにもダウンロードした奴が入ってるけど、見るかい」

 

 

 和人は首を横に振った。しかし謎が尽きない。そのプレイヤーが銃を撃った途端、薄塩たらこがくも膜下出血を起こして死んだ。これだけならばただの偶然のように思えるが――そうではないのだろう。

 

 

「もしかして一月前と二週間前に死んだプレイヤー達も、同じ目に遭ってるとか」

 

 

 愛莉は神妙な顔をした。厄介な事に、正解を引いてしまったらしい。

 

 

「そう。全員がこの《死銃(デス・ガン)》に撃たれた直後にくも膜下出血になって死んでいたというのが、同じく全員のアミュスフィアの接続履歴からわかっている」

 

 

 和人は首を傾げた。《死銃(デス・ガン)》とはなんだ。そいつの名前なのか。

 

 

「《死銃》……そのプレイヤーの名前ですか」

 

「ニックネームだね。そんな事をしたところで何の意味もない場所で銃を取り出して撃って、ゲームオーバーなんて抜かすっていう、死神を気取ってる馬鹿っていう事で、動画を見たプレイヤー達がそう呼ぶようになった。というわけでこいつの事は以後《死銃》と呼ぶ事にする」

 

 

 愛莉の方針に和人も従う事にした。それが間違っていたとしても、とりあえずの呼び名は欲しいところだった。

 

 

「《死銃》に撃たれた人がくも膜下出血になって死んでる……やっぱり偶然じゃないですよ。……けれど、そんな事があるものなんですか。アミュスフィアにはナーヴギアみたいに人を傷付けたりするだけの力なんて出せないはず」

 

「その通り。それはメーカーに確認済みだし、私も実際に分解(バラ)して通電チェッカーとかで調べてみてる。アミュスフィアは確かに電気信号を送るために電子パルスを出してるけど、それは超が三つ並んで付くくらい微弱で、人を傷付けられるほどの出力にはならない。だからアミュスフィア由来のものとは考えにくいんだけど……」

 

「じゃあ、《死銃》はどうやってプレイヤーを殺してるんです」

 

 

 愛莉は深く溜息を吐いた。如何にも困っている事があると言わんばかりの顔になっている。

 

 

「それがわからないから困っているんだし、恐ろしいんだよ。ここまで死亡例が多発しているうえに、皆《死銃》に撃たれた直後にくも膜下出血を発症してるとなれば、もう《死銃》が原因であると考えるしかない。でも、《死銃》がそれを起こさせたっていう証拠とメカニズムがわからないから、どう対応すればいいかもわからないわけだ」

 

「……確かなんですね。《死銃》がプレイヤーを殺す力を持っているなんて」

 

 

 あまり信じたくないが、最早嘘や偶然であるとは思えない領域に到達してしまっている。そんな正体不明の存在が《GGO》にいるというのも本気で信じたくないが、信じるしかないのが現実になっているというのが、今の愛莉の話でわかっていた。

 

 

「菊岡さん達も含め、この私もそう思っているところだ。そして和人君、さっき私は君に依頼したい事があると言ったわけだが、その内容はただ一つ」

 

 

 愛莉は和人の瞳と自身の瞳を合わせてきた。見慣れた赤茶色の瞳の中に、強い光が瞬いているのが見えた。

 

 

「《死銃》を止めてほしい。そしてこのままいけば、いずれ詩乃を《死銃》は狙うだろう。それよりも前に《死銃》を討ち、詩乃を《死銃》から守ってほしい」

 

 

 その一言に和人は凍り付きそうになった。

 

 《死銃》が詩乃を狙う――?

 

 




 ――原作との相違点――

・和人の依頼者が愛莉になっている。

・《死銃》がそのまま。

・出演中に死亡するのが《薄塩たらこ》になっている。

・《死銃》は自称ではない。

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