キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ボス戦。

 


10:雪原の番犬 ―戦機との戦い―

          □□□

 

 

 

 セブンからの通信を受けて、キリトは再び《ホワイトフロンティア》へ向かった。メンバーは先程のパーティと同じキリト、シノン、アスナ、ユピテルで一組、エイジとイリスで一組にして、そこにビークルオートマタであるリランとヴァンを加えたものにした。

 

 アルトリウス、レイア、ツェリスカがいなくなっているが、彼らはまだリエーブルのところから戻ってきておらず、「呼び戻す時間も惜しい」とエイジが言っていたため、結局この三人を除いたパーティで行く事になったのだった。

 

 目的地はセブンがいると思われる地点。そこにはレン、フカ次郎、ピトフーイ、エム、レインも向かっているようで、彼女達もまた二つのパーティで行動しているらしい。

 

 そして彼女達のいるところにエイジとヴァンの目的の人物であるユナがいると思われる。その真偽(しんぎ)を確かめるために、真っ直ぐに向かう事を選んだようなものだった。

 

 一面の銀世界には夜の(とばり)が降りたまま変わらず、夜空にはオーロラがゆっくりと波打っている。その様子は微風(そよかぜ)に揺られるカーテンと変わりがない。

 

 サチとマキリを救出してからそんなに時間が経過していないため、時刻はまだ深夜である。このまま行くと徹夜になってしまいそうだが、連休の初日という事もあってか、皆それくらいの事をしても平気そうだった。実際キリトも徹夜などしないようにしている方に入るが、今回ばかりは別に良いと思っていた。

 

 日中は激しい吹雪が吹き荒れる事の多い雪原は、今は落ち着いていた。もしボスエネミーとの戦闘になったとしても、そんなに不利になる事なく戦えそうだ。戦いなれているエネミーが相手でも、そこに天候が加わってくると一機に戦いづらくなるのがこの《GGO》である。なので、天候までエネミーと化していないこの状況にキリトは感謝したい気持ちになっていた。

 

 しかしそんな穏やかな気象に恵まれている雪原にも、エネミーはいた。銃を持った人型戦機、重火器で武装した獣型戦機達。それらはまるで巡回する警備兵、もっと悪く言えば雪原を根城にする山賊(さんぞく)だった。敵の気配を感じ取る力が鋭敏になっているためか、それらはすぐさま戦闘態勢に入り、銃弾を放ってきた。

 

 悪いがお前達に構っている時間なんてないんだ――キリトが思っていた事は皆も思っていたようで、全員が即座にエネミーの群れへと反撃を仕掛けた。苦戦する事なくそれらを退(しりぞ)けられ、エネミー達は経験値として収まってきた。銃器はドロップしてくれなかったが、今はそれはどうでもよかった。構わずに進み続ける。

 

 しばらくすると、セブンから受け取っていた座標が見えてきたが、そこでは既に戦闘が起きているのが確認できた。あそこにユナがいるのに、戦いが起きているのか。焦ったエイジとヴァンが急ぎ出し、キリト達もそれに続く。間もなく戦っている者達の正体が割れた。

 

 連絡で聞いていた通り、レン、フカ次郎、ピトフーイ、エムの四人と、レイン、セブンの二人だ。ピトフーイの許にはゴグとマゴグ、エムには《霊亀(レイキ)》もおり、六人して戦機と戦っていた。その戦機に目を向けてみる。

 

 狼だ。リランが該当するリンドガルム、ピトフーイのところのゴグとマゴグが該当するオルトロスよりも大きな体躯を持つ狼型の戦機が三体、六人と戦闘を繰り広げていた。

 

 ――いや、違う。狼ではない。よく見れば敵対している戦機は三体とも顔つきが狼のそれではなくなっている。

 

 一体は警察犬で有名なシェパード、更に一体は垂れた耳が特徴のダルメシアン、残る一体は日本で闘犬として知られる土佐犬(とさいぬ)の顔だった。身体こそは狼のそれなのだが、顔は全て犬だった。

 

 三体の顔の異なる凶犬こそが、六人を襲う者達だ。

 

 

「レン!」

 

 

 その中で一際目立つピンク色の戦闘服に身を包む少女、レンにキリトは声を掛けた。(ウサギ)の耳をした帽子を被っている彼女は、その小柄な体型もあって本当に兎のように見える時もあるのだが、その身体から出される瞬発力と移動速度は兎など超越している。

 

 

「キリト、来てくれたんだ!」

 

「あたしが呼んだからねー!」

 

 

 レンの応答の後、セブンが持ち前の武器で発砲する。セブンは紺色と白と黄色を基調とした衣装を身に(まと)っているが、そのデザインは《ALO》、《SA:O》で見てきたそれとあまり変わりがない。あんな感じの衣装こそが、彼女の特徴の一つだと言えるのだろう。そんな衣装に小柄な身を包む彼女の手に持たされているのは、なんとミニガンだった。

 

 本来はエギルくらいの大男が使うべき武器なのだが、自分の周りではストレア、ティアという華奢(きゃしゃ)な少女達が使っていて、その中にセブンという小さな少女までも加わってきた。色々なバランスが崩れてしまっている光景に、《GGO》の自由さを改めて実感する。

 

 

「キリト君!」

 

 

 直後、レインがこちらに駆け寄ってきた。セブンという大切な妹がやってきてくれる事を心待ちにしていた彼女は、その瞬間の成就(じょうじゅ)を喜んでいるかと思っていたが、しかし今の彼女は焦っているようだった。

 

 

「レイン、あの戦機達は一体」

 

「ユナは、ユナはどこにいるんだ!?」

 

 

 キリトとエイジの問いかけはほぼ同時だった。当然レインは混乱してしまったので、エイジの方からもう一度話させると、レインは答えてくれた。

 

 

「ユナちゃんだけど、ここからずっと奥にある宇宙船の下の辺りにいるの。わたし達と一緒に歌を歌った後、急にあそこに走って行っちゃって……そしたらその歌を聞いたエネミー達が集まってきて――」

 

「そのほとんどを俺達で撃破した。あとはこの三匹の犬だけだが、こいつらが強い」

 

 

 小型の移動要塞のようにも見える亀型戦機、《霊亀》に乗り込んでいるエムの声がした。そう言えば霊亀は素早い動きができない代わりに、レーダーやセンサーの類が標準のビークルオートマタよりも高性能であるという話を聞いた。なので遠くの音もよく聞こえるし、スピーカーで遠くまで声を届ける事もできるのだ。

 

 その霊亀と戦っている三匹の犬型戦機は、やはり結構な速度で跳ね回る、こちらを翻弄(ほんろう)するような動きをしていた。そこに付いて行っているのがピトフーイの《ゴグ》と《マゴグ》の二体であり、ゴグの背中にピトフーイが、マゴグの背中にフカ次郎が乗っている。フカ次郎はAGI(アジリティ)を言うほど重要視していないため、素早い動きのエネミーについていく事を不得意としている。

 

 なので素早く動けるマゴグの背中に乗せてもらっているという事のようだ。

 

 

「ははは! どう見てもゴグとマゴグより馬鹿っぽい顔してるのに、やるもんだねこの犬どもはさぁ!」

 

「こっちは狼だぜ、お前ら犬のご先祖様だぜぇ!」

 

 

 ピトフーイがアサルトライフルで、フカ次郎がグレネードランチャーで射撃している。どちらもハイテンションな事が共通していた。そんな二人を乗せているゴグとマゴグはうるさそうにしているように思えるが、二人をしっかり乗せて立ち回っている。その辺の心配はないらしい。

 

 

「どうやら、私達も加わるべきみたいね」

 

「早く倒してユナさんのところにいきましょう!」

 

 

 シノンとアスナが答えるなり、残りの皆も(うなづ)いて戦闘態勢に入る。既に交戦中のレン、フカ次郎、ピトフーイ、エム、セブン、レインの六人に加え、こちら八人が加わる。これだけの数の猛者(もさ)が揃えば、あの三体の犬型戦機の撃破など容易いだろう。

 

 しかしどうにもキリトはその気になれなかった。なんだか胸の内がざわめいている。まだ何かが隠れているような気がしてならない。

 

 いや、違う。あの三体の犬型戦機が何かを隠しているように思える。奴らは今様子見をしている最中で、まだ本気で戦っているわけではない。自分達が本気を出すべき相手なのかを伺っているのだ。相手は機械だというのに、そんな事が頭の中をよぎっていた。

 

 

「ん?」

 

 

 皆が三体の犬型戦機に向かって行く中、キリトは立ち止まった。そのまま犬型戦機の身体へ目を向け直す。あの犬型戦機達は、()()()()()()()()()()

 

 土佐犬型は右腕が異様に大きく、何かに嵌め込めるような形をしていて、その部分が外側を向いている。リランが搭載しているそれのような銃火器は右後ろ脚の方にしかない。ダルメシアン型は左腕が異様に大きくて、これもまた何かに嵌め込めるような形状で、その部位は外側を向いている。土佐犬型同様、銃火器は左後ろ脚にあるガトリング砲のみだ。

 

 そしてシェパード型は両腕が均一な大きさをしていて、両後ろ脚にはミサイルランチャーと狙撃砲(スナイパーカノン)が搭載されている。そんなそれぞれ異なっているようで共通しているように見える特徴を持っているのが、あの三体の犬型戦機だった。

 

 その容姿に既視感がある。あれに近しい特徴を持っているモノがいなかっただろうか。そしてそれはどのような事ができたモノだっただろうか。

 

 

「犬どもが、道を塞ぐなッ!!」

 

《とっとと沈め!!》

 

 

 エイジが人狼型戦機となっているヴァンと共に突撃していく。エイジの持っている武器は自分と同じ光剣の一種なのだが、自分のそれのように全てが光剣というわけではなく、一見すれば大剣のような形状で、刃の部分だけが光剣になっているという仕様のものだ。その威力はお墨付きであるというのは先程の戦闘で確認済みである。

 

 その一撃が叩き込まれるかと思われたその時、三体の犬型戦機は一斉に()えた。体内で圧縮された空気が放出されたかのような衝撃波が発生し、突撃していたエイジとヴァンは諸にそれを受けて後退させられた。

 

 ダメージはあまり受けずに済んだようだが、距離を作られてしまった。他の皆も同じように後退させられている。

 

 

「な、何なの急に!?」

 

「気を付けるんだ。何か始まるよ」

 

 

 焦るレンに、冷静なイリスが答えると、異変は発生した。三匹の犬型戦機は一箇所に集まったかと思うと、その身体を急速に変形させ始めた。

 

 ダルメシアン型戦機はその異様に大きい左腕が肩ごとスライド移動し、そのまま右腕と合着して巨大な右腕として一本化する。左後ろ脚は上方向に移動して尻元で固定され、左半身が空白となる。土佐犬型戦機も同様の動きで大きな右腕を左腕と合着させて一本化、右後ろ脚が尻元で固定されて右半身が空白になった。互いに左右の身体を空白にさせ合った二体は、その空白部分を側面にして繋がり合って一つになる。

 

 そしてその空白部位に前足と後ろ足を複雑に折り畳みながらシェパード型戦機が飛び込み、がしゃんという如何にもな音を立てて収まった。

 

 

「え、え、ええええええええええ!?」

 

「お、お、おおおおおおおおおお!!」

 

 

 その光景に唖然とする皆の中で、セブンとフカ次郎の叫びがハモる。前者は驚きの声、後者は感動と興奮の声色だ。彼女達を含める皆の注目を浴びて具現してきたのは、三つの首を持つ、どっしりとした体格の巨大な犬型戦機。

 

 《ケルベロス》だ。ギリシア神話の《冥府神ハデス》の領地である冥界の入口を守っているとされる地獄の番犬であり、ファンタジー作品で引っ張りだこの有名人。これまでプレイしてきたゲームは勿論、《SAO》でも《ALO》でも、《SA:O(オリジン)》でも出会い、戦ってきたモノであり、最早(もはや)馴染(なじ)み深いという感情さえ抱けるくらいだ。しかし三つの首を持つ犬の魔物というだけあって、ファンタジー世界にしか存在できないとばかり思っていた。

 

 だが、現実は予想を超越していた。ファンタジーに鎖を繋がれていたはずのケルベロスは、鋼鉄の身体と、単純に見えて複雑な変形機構を手に入れた三体の犬が揃う事で、ファンタジーではない世界に具現できるようになったのだ。

 

 まさかの変形シーケンスとケルベロスの出現は誰も予想できていなかったものだから、ほぼ全員で言葉を失うしかなかったが、その沈黙を破った者が現れた。

 

 

「あっはははははははは! なにあれ合体した! 合体しやがったよあいつら! ゴグとマゴグの親戚(しんせき)だったよあいつらは! ほら、見なよゴグ! あいつらあんたみたいな事できたよ!」

 

 

 《ゴグマゴグ》――正式名称を《オルトロス》という、変形合体する事で具現する双頭の狼型戦機をビークルオートマタとするピトフーイだった。彼女は大興奮して、自身の下にいるゴグをばしばしと叩いている。一方でゴグは警戒姿勢のまま変わらない態度だ。主であるピトフーイをケルベロスから守れるように気を張っているのかもしれない。

 

 間もなくしてケルベロスはその顔を上げて、三つの頭から一斉に咆吼(ほうこう)をした。その頭上に三つの《HPバー》と、《Cerberus》という個体名が出現する。先程からレン達が相手にしていた三体の犬型戦機は敵を様子見するためのもので、三体が合体した姿こそが本来の姿であり、同時に敵を完璧に排除するための形態なのだろう。

 

 ケルベロスもまたAIを搭載した戦機だが、リラン達のように人間性を持っておらず、命令を完璧に実行して、完璧に役割を果たすしか能のない単純な機械だ。優しさも愛情も何も持たず、冷たくて非情な事しかしない。それこそがこれから相手にする事になるケルベロスの内情であろう。

 

 いずれにしてもこの状況を笑えるのは狂戦士(バーサーカー)さながらの性格を持つピトフーイだけで、他の者達は冷静に対処しようとしているものの、焦りを含ませた戦闘態勢に入っている。冷静に見えるだけで、誰もが焦っていた。勿論自分もその一人である。その中で一人だけピトフーイが大笑いしているという、非現実的で異様(シュールレアリスム)な光景が作り出されていた。

 

 いや、考えてみるとピトフーイが一番冷静なのかもしれない。現に興奮している者ほどそう見せかけているだけで、実は冷静である事を隠しているなんて事もざらにあるのだ。実際戦っている時のピトフーイの動きは大胆さと冷静さを(あわ)せ持ったそれであり、自分が息を呑む事さえあるものだ。そんな彼女に引けを取るわけにはいかない。

 

 

《来たぞッ!》

 

 

 ヴァンの《声》が響くと同時に、ケルベロスが攻撃を開始した。その巨体を生かした突進攻撃だ。かなりの速度で巨体が迫り来る。

 

 

「皆、散らばれッ!」

 

 

 その場の仲間達全員に呼びかけたキリトはリランに搭乗し、サイドステップを連続させてケルベロスの突進を回避させた。ケルベロスは後方へ走り去っていったが、その際に後ろ脚に装備されているガトリング砲とミサイルランチャーが火を噴いた。《GAU-8 アヴェンジャー》と《ヘルファイアミサイル》だ。

 

 どちらもリランが搭載しているそれであり、その威力がとてつもないものである事は既によく知っている。現に今、自分とリランはそれで戦おうと思っていたところだったのだから。

 

 そんな相手のアヴェンジャーが放つ直線上弾幕が皆の足元へ飛来し、そこを爆発させた。皆は何とかして回避していたが、ぎりぎり当たる寸前だった。地面に撃ち込めば小規模な爆発を起こせるだけの威力を持つ弾丸を喰らえば、生身のプレイヤーは一溜(ひとたま)りもない。なので、そんな重火器を持っている戦機の種類は限られているのだが、ケルベロスはその限られた種類の中に含まれているようだ。

 

 

「それ、リランが持ってるガトリング砲じゃない! そんなの使うなんてズルいよ!」

 

 

 レンがケルベロスに向かって抗議しつつ《P90》による射撃を仕掛けるが、ケルベロスの装甲は御多分(ごたぶん)()れず硬いようで、そんなに大きなダメージは入らなかった。読めていたのであろうが、レンは悔しそうに歯を食い縛る。

 

 その直後、ケルベロスの尻尾に該当する部分の先端が突然光を帯びたかと思うと、青白いレーザー光線が照射されてきた。レーザー光線はレンのいた空間を貫こうとしてきたが、その到達よりも先にレンは持ち前のAGIを活かした速度でその隣に移動していた。

 

 

「見ろ、あいつの尻尾は普通じゃないぞ!」

 

 

 霊亀の甲羅に納まっているエムの声に導かれて、キリトはケルベロスの尻尾を改めて確認した。それは先程まで土佐犬型、ダルメシアン型の片側の後ろ脚だったものが合体する事でできているものだったのだが、その先端には赤い光を放つ一対のカメラアイと、レーザー砲の発射口を兼任(けんにん)する(あご)があった。

 

 

「――あれは」

 

 

 蛇だ。ケルベロスの尻尾は蛇型戦機として独立しているのだ。後ろ脚同士を合着する事で身体を、パーツを展開する事で頭と複数の関節を作り出す事で出来上がっているものらしい。そう言えばギリシア神話におけるケルベロスも、三匹の犬の頭と、先端部が蛇の頭になっている尻尾が特徴であるとされていた。

 

 この設定は作品によってオミットされやすいのだが、この《GGO》におけるケルベロスはギリシア神話での特徴をしっかり再現したものであったらしい。なるほど、抜かりないではないか。

 

 

「尻尾が蛇になってるとか、気持ち悪いかも……なんか悪趣味っていうか……」

 

「いいえかあさん、アレは神話におけるケルベロスの特徴の一つなんです。なのでアレはケルベロスの形としては正確なものなんですよ」

 

 

 アスナが気味悪がって言うと、ユピテルが今まさにキリトの思った事を話した。彼の口によって全員に伝わり、セブンとレインが「ええー……」と嫌そうな声を出した。彼女達もケルベロスの尻尾が蛇になっているとは知らなかったのだろう。

 

 女性達から嫌悪(けんお)の視線を浴びているケルベロスは、そんな事一切気にせずに反転し、勢いを乗せて飛び掛かりを仕掛けてきた。その先にいたのはピトフーイを乗せたゴグだった。

 

 背中のピトフーイごと潰さんとしているかのように、勢いよくケルベロスの右腕が振り下ろされる。しかしその攻撃をゴグは高い瞬発力を発揮(はっき)してステップする事で回避、同時にピトフーイがアサルトライフルでケルベロスの頭部を射撃した。

 

 

「あはははは! ゴグとマゴグより色んな機能持ってるのか! ならいっそ乗り換えるってのもいいかもねえ」

 

 

 その一言にキリトはびっくりした。そこにはレンも加わっている。

 

 

「えぇっ!? ピトさん、ゴグとマゴグから乗り換えちゃうの!? じゃあゴグとマゴグはどうなるの!?」

 

 

 ケルベロスから後退するゴグの背中に乗ったままピトフーイは答える。

 

 

「その時はレンちゃんにあげようと思って。だってゴグもマゴグも、私よりもレンちゃんの言う事をよく聞くし。レンちゃんのところに行かせてやった方が幸せかなって思ってたんだよねぇ」

 

 

 正直なところキリトにもわかっていないが、ゴグとマゴグは持ち主であるピトフーイよりも、レンの指示や命令を優先して聞く傾向にある。ならばゴグとマゴグをレンのところに譲渡(じょうと)させた方が良いのではないかと思った事もあった。そしてピトフーイもその気があるようだ。という事はやはり、ゴグとマゴグはレンのところに行くべきもの――。

 

 

「ピト、ケルベロスをビークルオートマタにするにしても、パーツをすべて集めないといけないんだぞ。そのためにはこいつと連戦する必要がある」

 

 

 エムの声が聞こえた。ピトフーイがうるさそうに反応する。

 

 

「そんなの慣れっ子よ。現にゴグとマゴグの時だってそうしたわけだし」

 

「それに、仮にケルベロスをビークルオートマタにできたとしても、またレンの言う事を優先的に聞くようになったらどうするつもりだ。ゴグマゴグも、レンに会った時からレンの言う事を聞くようになっていたじゃないか。手に入れた時には同行していなかったのに」

 

 

 エムから語られたゴグマゴグのストーリーにキリトは「えっ」と声を上げてしまった。ゴグマゴグがレンの言う事を優先的に聞くのは、ピトフーイがゴグマゴグを入手した際にレンが一緒にいたからだと思っていたが、そうではなかった。

 

 ゴグマゴグはレンと会った時からレンの言う事をよく聞くようになっていただって? ビークルオートマタとして入手しているのはピトフーイなのに、赤の他人であるレンの命令をゴグマゴグは優先する。一体どうなっているというのだろう。

 

 そう言えば現実世界の飼い犬は、その人が頼りになるかならないかを自己判断し、接する際の態度を変えるという性質を持っている事がある。もしそれと同じような性質がゴグマゴグを中心にした戦機達にもあるというのであれば、ゴグマゴグは「ピトフーイは頼りにならない。レンの方が頼りになる」と判断しているという事になる。確証はないものの、ゴグマゴグに起きている異変の正体となっているであろう仕様を説明するのにこれが一番しっくり来ていた。

 

 確かにピトフーイは強さの面では頼りになるが――本人には失礼だが――その他コミュニケーションや性格の面では、その狂戦士気質のせいで頼りにならないと思える部分も多い。ゴグマゴグはその部分をいち早く見抜いてしまったという事なのだろう。

 

 ゴグマゴグでさえそんな事になるのだから、もしケルベロスをビークルオートマタとして入手したとしても、ケルベロスもまた同じような判断をピトフーイに下し、レンや周りのプレイヤー達の命令を優先的に聞くようになるかもしれない。そうなってしまってはゴグマゴグから乗り換えた意味が無に帰してしまう。

 

 果たしてこれを伝えるべきか――そう思ったその時に、ユピテルがピトフーイに言った。

 

 

「ピトフーイさん。残念ですがケルベロスはビークルオートマタにできない仕様になっているようです」

 

「ええー!? そーなの!? あれだけそれっぽいのにぃ!?」

 

 

 びっくりするピトフーイに、ユピテルが冷静な顔を崩さず答える。

 

 

「はい。中身覗き(ハッキング)を仕掛けてみたところ、ケルベロスはいくら倒してもパーツをドロップせず、ビークルオートマタにはできないとわかりました。恐らく今後はピトフーイさんのゴグとマゴグのようにビークルオートマタにできるようになるかもしれませんが、現時点ではビークルオートマタにはできないようになっているようです」

 

 

 ピトフーイは残念そうな顔をした。そんな報告をしたユピテルは、封鎖されたプログラムなどを開き、中身を覗き込み、修復や修正(リバースエンジニアリング)をする事を得意としている《ハッキングAI》でもあると、産んだ張本人であるイリスが言っていた。なのでこういった解析をするのも余裕というわけだ。

 

 そのユピテルからの報告を受けたピトフーイは残念そうに頭を下げる。

 

 

「なぁんだぁ。せっかく強くて面白い奴を手に入れられるかと思ったのになぁ」

 

 

 しかしその直後、ピトフーイはかっと顔を上げた。その口角が獰猛に上がる。

 

 

「じゃあゴグとマゴグで満足するかあ! さぁゴグとマゴグ、くっ付いて! あ、レンちゃんも指示お願い!」

 

 

 唐突(とうとつ)に声掛けられたレンは一瞬驚いたような反応をして、すぐに気を取り直して叫んだ。

 

 

「わ、わかった! ゴグ、マゴグ、Combine(コンバイン)Combine(コンバイン)Combine(コンバイン)!!」

 

 

 合体(Combine)の号令が出されるなり、ゴグとマゴグは背中に載せていたピトフーイとフカ次郎を降ろして合流し、やはり割と衝撃的なシーケンスで合体して双頭の狼型戦機オルトロス、名前をゴグマゴグというそれとなった。ゴグマゴグは双頭と肩から生える巨大な腕が特徴的であり、その異形さはケルベロスに引けを取らない。

 

 合体が完了するなり、ピトフーイが得意げにその背中に(またが)り、さながら地獄の猛獣使いとなる。

 

 

「うはははは! やっぱりこれだわ。私にはやっぱりゴグマゴグで十分だわ!」

 

 

 ピトフーイが満足そうに言うなり、ゴグマゴグは一吼えしてケルベロスへ向かい、巨腕(きょわん)で殴り掛かった。ゴグマゴグにとっては巨腕が該当(がいとう)している武器はケルベロスにとっては三つの首のいずれかが該当しているようで、ゴグマゴグの巨腕パンチに左右にある首で迎撃してくる。噛み付き攻撃。

 

 

「お、おおっと!?」

 

 

 そこでピトフーイが驚いていた。ゴグマゴグへ向かって繰り出される噛み付き攻撃の際、ケルベロスの口内から炎が噴き出たのだ。どうやらケルベロスは口内に火炎放射器を搭載してもいるらしい。

 

 

「あいつ、複数の属性を使えるのか」

 

 

 ケルベロスを注視したエイジが呟いた。炎だけではなかった。火炎を口内から噴いているのはシェパード型の頭だけで、土佐犬型は電撃を、ダルメシアン型は液体窒素由来と思われる強い冷気を放っていた。あのケルベロスはそれぞれの頭に火炎放射器、電撃投射砲、冷気噴射機を搭載しているらしい。つまりエイジの言った通り、三つの属性を一度に使う事ができるという事だ。

 

 ケルベロスが使う属性というのはその作品によって異なるとされているのが一般的だが、この《GGO》でのケルベロスは三つの属性を一度に使う事ができるという破格の待遇を受けているらしい。

 

 このうち、冷気と火炎の組み合わせが一番理に(かな)っている。強烈な冷気で急激に冷却された後に、猛烈な火炎で加熱されると、どんなに硬い金属も脆くなって、少しの衝撃で割れたりするようになるヒートショックを起こすようになるのだ。

 

 それを意図的に引き起こす事のできるケルベロスは、ビークルオートマタにとってはかなり厄介な相手かもしれない。いや、ビークルオートマタに限らず、プレイヤーにとっても厄介な相手だ。

 

 これだけのものがユナへの道を塞いでいるのだから、たまったものではない。そのユナを待たせているエイジとヴァンは、歯痒(はがゆ)そうにしていた。

 

 

「くそっ、ユナまであと少しなのに……!」

 

《おいキリト、さっき言った事は憶えてるよな?》

 

 

 ヴァンの《声》に、キリトは頷きを返す。そうだ、エイジとヴァンには助けてもらった。今度は自分達がエイジとヴァンを助ける番だし、ユナを救う番だ。

 

 

「勿論だ。あのケルベロスを倒してユナを救い出す。リラン、空から行くぜ!」

 

 

 キリトが号令するとリランは《了解した!》と答えた。すぐ後にキリトが仰向けになると、ベルトとリランの身体が光のロープで繋ぎ合わされる。間もなくしてリランはジャンプして変形を開始。

 

 進化前と変わらないシーケンスで飛行ユニット形態となり、雪原の夜空を飛翔し始めた。

 

 




 次回、エイユナ+ヴァ。


 ――補足事項――

【ゴグマゴグの命令優先順位】
 本編にあるように、ゴグマゴグはピトフーイのビークルオートマタであるが、命令優先順位はレン>ピトフーイとなってしまっている。

 これはゴグマゴグに頼りになる人、ならない人を判断する仕様が存在していて、マスターであるピトフーイよりもレンの方を頼りになる人と判断しているからである。

 ピトフーイよりもレンを優先する理由は、強さの面ではピトフーイの方が上であるが、ピトフーイはゴグとマゴグが完全破壊される寸前まで戦わせる事が珍しくなく、ゴグとマゴグの心配を全くしない傾向にある。しかしレンはゴグとマゴグが破壊されそうになると「ゴグとマゴグが死んじゃう!」と言ってピトフーイに撤退を申し出て、実際にその通りにさせた。

 こちらを顧みてくれない戦闘狂主人と、それよりかは弱いもののこちらを顧みてくれる他人。どちらを信頼したいか、どちらを頼りにしたいと思うかは、一目瞭然ではないだろうか。

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