キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 月魄(げっぱく)⇒『月の魂』『月の精』という意味

 


04:月魄の黒猫

           □□□

 

 

 約束の時間となっていた夜の九時に、キリト達はホワイトフロンティアの気象エネルギー研究所跡へとやってきた。隔壁を開くための幽霊のイベントに接触するためだ。

 

 メンバーはキリト、シノン、リラン、ユイ――リランはビークルオートマタ、ユイは非戦闘員なのでカウントしない――、アスナ、ユピテルの四人で一組、アルトリウス、レイア、ツェリスカ、イリスの四人で一組。二つのパーティ、合計十人での探索だ。

 

 そのうちアスナとユピテルはかなり腰が引けているような状態であった。なので探索開始時点でイリスとツェリスカが留守番していてはどうかと提案していたが、二人はそれを拒み、そのまま探索に付いてきていた。戦闘に悪影響が出ているわけではないので、結果オーライになっていた。

 

 そんな感じで夜の廃墟を探索し続けていると、敵対プレイヤーと接触した。目的の幽霊ではないかと思ったのに、蓋を開けてみればプレイヤー。何故かこれにアスナとユピテルが怒り、アスナがアサルトライフルで連射、更にユピテルがミサイルをぶち込んで制圧。HPを削り切れなかったが、降伏させる事はできた。

 

 そのプレイヤーから、この先で三人の幽霊を見たという情報を提供してもらえた。その三人の幽霊こそが目的のそれで間違いないようだが――そこでキリトは引っかかりを覚えた。三人というのは、イリスが教えてくれた行方不明になっている《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》の数と同じである。

 

 幽霊の数も三人、《電脳生命体》の数も三人。偶然なのかもしれないが、何かが繋がっているような気がしてならない。そんな違和を感じながら、キリトは皆と共に問題の隔壁の周辺へと進んでいった。

 

 

「お、近付いて来れてる。そのままだ。近いよ」

 

 

 その途中で急にイリスが独り言を言い出して、キリト達は少し驚かされた。いつの間にかイリスはマップウインドウを開きながら通話をしていた。誰かから通信を受けているらしいが、こんな時間に誰だろうか。

 

 

「イリス、誰かと電話してるのか」

 

 

 アルトリウスの問いかけに、イリスは頷きで答えた。声は通話相手のために塞がっている。

 

 

「そのまま真っ直ぐ進んでおくれ。私がいるから、怖がらなくてもいい。あ、怖くない? それならいいけれどさ」

 

 

 イリスは通話相手に言っているのだろうが、それにしても引っ掛かる言葉の数々である。何か普通ではない、特殊な相手に向けて喋っているかのようだ。通話相手は誰なのだろうか。そう思っていると、イリスはウインドウを閉じて通話を終了させた。

 

 すぐさまアスナが問いかける。

 

 

「イリス先生、誰と通話をしていたんですか」

 

「ん。あぁ、ちょっとした子達さ。君達にも縁のある子達。もうすぐ来るよ」

 

 

 キリトは首を傾げた。自分達にも縁のある子達というと――誰の事だろうか。縁のある者と言われると、それなりに数が多いものだから特定が難しい。

 

 

「私達にも縁のある人達って……誰ですか」

 

 

 シノンの問いかけに、イリスは「んー」と言う。

 

 

「会えばわかるよ。ただ、その時には身構えたくなるだろうが、どうか身構えないでおくれ。状況が全く異なっているんだ」

 

 

 キリトは増々首を傾げた。会った時には身構えたくなる? という事は、一度自分達と敵対した事のある人物という事にならないだろうか。そうなってくると心当たりのある人物は限られてくるけれども、もしそうだとすると嫌な予感がしてくる。

 

 

「イリスさん、誰を呼んだんですか」

 

 

 ふと尋ねてみたその時、後ろの方から音が聞こえてきた。がしゃんがしゃんという鉄と鉄がぶつかるような音、機械の駆動音。丁度リランがここを歩いた時に出た音に似ている。

 

 戦機だ。こちらに戦機が向かってきている。それもかなり大型だ。いつの間にかエネミーにターゲットされていたのか。

 

 

「この音、エネミーですか!?」

 

 

 レイアの掛け声と共に皆が一斉にそれぞれの武器を引き抜いたが、イリスだけはそうせずに音の発生源へ向き直った。間もなくして、手を振る。

 

 

「おぉ、来た来た。こっちだよ」

 

《相変わらず仲が良いんだな》

 

 

 イリスの声に続けて、頭の中に《声》が届いてきて、キリトは思わず驚いた。伝え方はリランの《声》と同じだが、声色は聞き慣れない男性のもの。しかし聞き覚えのある声色だ。それからすぐに、近付いて来ている者の正体が確認できた。

 

 人狼だ。人工筋肉で人間の上半身に狼の下半身と輪郭を持っている形を作り、その上から白い装甲を(まと)っている。

 

 右肩には狙撃砲、左肩にはロケット砲と思わしき砲塔が伸びていて、オレンジのカメラアイをしている。見た事のない人狼型戦機が、それだった。その背中に人影が確認できたので、どうやらビークルオートマタであるらしい。

 

 勿論、そんなビークルオートマタを所有しているプレイヤー、及び知り合いはキリトに心当たりはない。

 

 

「イリスさん、あれは――」

 

 

 言いかけたその時、人狼型戦機の背中からプレイヤーが降りてきた。こちらに歩いてくるその姿を認めた時、キリトは思わず声を上げて驚いてしまった。

 

 少しはねっけのある茶髪で、紫のコンバットスーツに身を包んだ青年。その顔つきは見覚えがあるどころではない。

 

 

「お、お前……エイジ!?」

 

「そうだよ。そんなに驚くような事でもないだろ」

 

 

 キリトの問いかけに、青年は溜息交じりに答えてきた。

 

 かつてオーディナル・スケールで起きた事件に加担し、最終的には黒幕の計画をも乗っ取り、自分と死闘を繰り広げた人物。《SAO》生還者であり、自分が二代目団長をしていた血盟騎士団の団員の一人でもあったプレイヤーであるエイジだった。

 

 

「エイジさん!? という事はまさか、その後ろに居るのは」

 

 

 キリトと同様に驚いているユイが言うなり、人狼型戦機の動きが止まった。カメラアイから光が抜けると、その中からオレンジ色の光球が出現し、ふわりと飛ぶ。それはエイジの隣に降りて膨張。人の形を作って弾けた。

 

 光の中から現れたのは少年だった。耳を覆うほどの長さの黒髪で、オレンジ色の右目を隠した髪型になっている。黒と水色のケープを頭から被っているのが特徴的な、小柄な体型の男の子。

 

 

「「ヴァン!」」

 

《ヴァン!》

 

 

 ユイ、ユピテル、リランがほぼ同時に声を出した。ヴァン。エイジのパートナーであり、ユイと同じMHCPの最終号機に該当している少年だ。

 

 ヴァンは少しうるさそうに――それでも一時よりかは嫌そうではない動作を――して、姉兄(きょうだい)達に答えた。

 

 

「あぁそうだ。おれだよ、姉貴に兄貴達」

 

「どうしてここ、《GGO》に?」

 

 

 ユピテルの問いかけにはエイジが答えた。

 

 

「人を探しに来たんだ。だけどお前達を頼りに来たんじゃなく、ある人を頼りに来た」

 

 

 その言葉遣いからして、エイジはこちらをあまりよく思ってはいないようだ。あれだけの事があった後なのだから当然と言えば当然だが、しかしどこかぎこちなさもあるような気がする。そんなエイジはこちらをきょろきょろと見回した。

 

 

「……おかしいな。確かに芹澤(せりざわ)――イリス先生がいるはずだが」

 

「イリス先生ならここに居るけれど?」

 

 

 シノンが率直に、ユイの隣にいるイリスを指し示す。そう、ユイとあまり変わりのない体型の少女の姿になっているイリス。エイジとヴァンはそこを見て、少し目を丸くした。

 

 

「どこだ。少なくとも僕の知っているイリス先生はここにはいないようなんだが」

 

「イリスはおれの母親(おふくろ)だから、すぐにわかるぞ。ここに母親はいない」

 

 

 キリトは思わず笑いそうになったのを抑えた。エイジとヴァンはイリスの姿が変わっている事を知らなかったらしい。ここにイリスは確かにいるのに、いないものだと思ってしまっているのだ。そんな二人を見る事二秒ほど、問題のイリスが声を出した。

 

 

「エイジ君にヴァン、よく来てくれたね」

 

 

 声の発生源へエイジとヴァンは向き直った。間もなく二人同時に驚く。この世界でのイリスを初めて見た時の自分達の反応そのものである。

 

 

「なっ……あなたがイリス先生なのですか!?」

 

「おいおい、どうなってるんだ!? なんでそんな、おれくらいにまで小っちゃくなってるんだよ!?」

 

 

 対象となっているイリスは「はぁぁ」と溜息を吐いた。最初は面白がっていたが、ここまで来ると一々驚かせてしまう事への申し訳ない気持ちの方が強くなってくるらしい。

 

 

「ザ・シードのアバターコンバートの時に、この姿のアバターに当たっちゃったんだ。おかげで君達の知っている私とは全く違う見た目になっちゃってるんだよ。驚かせてしまってすまない」

 

「ザ・シード……そんな可能性も持ってたのか……」

 

 

 エイジが(つぶや)いた直後に、アスナがイリスに問いかけた。

 

 

「イリス先生、どうしてエイジ君とヴァン君がここに? イリス先生が呼んだんですか」

 

 

 それはキリトも気にしていた事だ。オーディナル・スケールの一件の後、行方不明になっていたエイジとヴァン。その二人をイリスが呼び寄せたかのような会話が、先程から起きている。そんな話を繰り広げていたイリスは、キリト達の方へ向き直る。

 

 

「あぁそうさ。キリト君達、さっき私のところに居た《電脳生命体》が三人、この《GGO》サーバーではぐれてしまったっていう話をしたよね。実のところ、そのうちの一人がエイジ君とヴァンに関係した子なんだ」

 

「エイジとヴァンに関係した人?」

 

 

 キリトは腕組をして思考を巡らせる。エイジとヴァンをわざわざ《GGO》へ来させるほどだから、その《電脳生命体》は二人にとって重要な人物という事になる。この二人にとって重要な人物と言ったら――一人しかいない。

 

 

「まさか、ユナ!?」

 

 

 エイジ、ヴァン、そしてイリスが発言者のキリトを見る。この反応をするという事は、それが正解という事だ。だが、ユナは《SAO》で死亡してしまったはずであり、もうこの世にはいない。

 

 そのユナをあの世からこの世に蘇らせるための計画を乗っ取り、最後までいかせようとしていたのがこの二人だった。だが、それも失敗していたはずだ。

 

 その事実を知っているシノンが驚き、イリスに問う。

 

 

「えぇっ。ユナを探してるって、どういう事なんですか」

 

「それなんだが――」

 

 

 イリスが答えようとしたその時に、キリトはとある事に気が付いた。アルトリウスとレイアがこっちを見ている。それも、驚いたような顔をして。

 

 

「アーサー、どうした。そんなに俺をじっと見て。俺の顔に何か付いてたか」

 

「キリト、後ろ……なんか、《幽霊》みたいなのが二人……」

 

 

 アルトリウスの言葉に思わず凍り付いた直後、

 

 

「……あの…………」

 

「……ねぇ…………」

 

 

 急に背後から声がしたのでキリトは、

 

 

「うおおおおおあああああッ!!?」

 

 

 と盛大に驚いてしまった。それは皆も同じようだったようで、皆一斉に――特にアスナとユピテルは人一倍大きな声を出して――驚いた。幽霊がついに出たのか。ついに自分達は幽霊と出くわしたのか。咄嗟(とっさ)にそう思いながらそのまま振り向いた。

 

 

 そこでキリトの時間は止まった。

 

 間もなくして、幽霊が声を発した。申し訳なさそうにして。

 

 

「あっ、驚かせてごめん。そんなつもりじゃなかったんだ」

 

「ご、ごめんなさい……驚かせてしまって……」

 

 

 幽霊は噂通り、二人だった。どちらもよく似ているので姉妹のようだ。そんな二人に、何も知らないアルトリウスとレイアが声を掛ける。

 

 

「え、君達は一体」

 

「もしかして、マスター達の話に出てきていた幽霊さん、ですか」

 

 

 違う、そんなわけがない。キリトは幽霊と思わしき存在の片方を見てそう思っていた。

 

 

 女の幽霊と思わしきそれは、青みがかった黒髪を切り揃えたセミロングにしていて、右目に泣き黒子がある。ちょっとの事で崩れてしまいそうな雰囲気の光が蓄えられた水色の瞳に、青を基調とした戦闘服。服装はともかく、その顔つき、髪型、目付き。そのすべてにキリトは目を奪われていた。

 

 

 シノンとアスナ、そしてリランとユピテルとユイもそうだ。同じように言葉を失って幽霊を見ているしかなくなっている。アルトリウス、レイア、ツェリスカ、エイジ、ヴァンを除く全員だけが知っているモノ。

 

 

 キリトにとっては、かつて喪った大切な人。

 

 

 痺れそうになっている頭のまま、その人の名をキリトは口にした。

 

 

 

「サ……チ…………?」

 

 

 

 間違いなくサチだった。まだ《SAO》に閉じ込められていた頃、ちょっとした切っ掛けで入る事になったギルドに居た少女。守りたいと思っていたのに、守る事ができず、結局死なせてしまった人。

 

 《SA:O》にて常軌(じょうき)(いっ)した現象によって再会を果たし、本心を聞かせてくれて、そして大切な人と共にあの世へ逝ってしまった人。その人と目の前の幽霊と思わしき人物は瓜二つだった。

 

 顔も雰囲気も、何もかもがそのサチと同じだ。

 

 

「えっ、どうして私の名前を……?」

 

 

 サチと同じ見た目の女性は戸惑ったように言った。その様子さえも、自分の知っているサチと同じである。これは一体どういう事だ。そう考えようとした時に、違う声が飛び込んできた。

 

 

「え、おにいさんはおねえちゃんと知り合いなの」

 

 

 少女の声だった。サチよりかは年齢が低いとわかる声色。その声を耳に入れた途端、キリトは背筋に氷が突っ込まれたかのような悪寒を走らせた。

 

 

 できる事ならば目を向けたくなかったが、その声はキリトの視線を確かに呼び寄せる力があった。誘われるまま目を向けたところ――悪夢としか思えない光景があった。

 

 猫を模した黒い帽子を被り、白と青を基調とした色合いの戦闘服に身を包んだ、サチと同じ髪色、目の色をした少女。忘れもしないその少女を目に入れた瞬間、

 

 

 

「「「「マキリ!!?」」」

 

 

 

 知る者はそう叫んだ。

 

 マキリと呼ばれた少女は、サチの妹であり、同じギルドの団員の一人だった。このギルドが壊滅した後は狂気に飲み込まれて自我が崩壊し、報復の矛先をキリトに向けた復讐鬼となり、《SA:O》では実際に報復行動を仕掛けてきた。

 

 それもまた常軌を逸した凶悪さを持ったものだったから、それを知る者達は彼女の再出現に大声で驚くしかなかった。間もなくしてアスナ、シノン、リラン、ユピテルが一斉に銃を構えて、反射的に銃口を対象へと向けた。

 

 すぐさまシノンが言う。

 

 

「マキリ……あんた、今度は何よ!? 本当に何なのよあんたは!!」

 

「マキリ、まさかまだキリト君を追って……もうやめて!」

 

「……っ!」

 

 

 アスナが悲しそうな顔でアサルトライフルを構え、ユピテルは悔しさと悲しさが混ざったような顔でミサイルランチャーを構えていた。

 

 

《というか貴様、何故生きている。化けて出るという例え話もあるが、本当に化けて出おったか!?》

 

 

 リランが警戒心と敵意を剥き出しにして吼えると、かつて自分に迫った復讐鬼は――戸惑ったような顔をして両手を上げた。抵抗しないという意味のジェスチャーだ。

 

 

「ええっ!? ちょ、ちょっと、な、何? なんであたしに敵意が向けられてるの? っていうかあなた達、誰? なんであたしの事を知ってるの」

 

 

 キリトは思わず「えっ」と言ってしまった。他の皆にも動揺が広がる。確かに目の前にいるのはマキリだが、その口からはこちらを知らないなんて言う台詞が出てきているのだから、混乱するしかない。そこにサチが加わってくる。

 

 

「そうだよ。あなた達、誰? 私達はあなた達の事なんて知らない。だからマキはあなた達に何もしてないよ。私とずっと一緒に居たから……」

 

 

 皆揃っていよいよ混乱し始める。マキリは何もしていない。それどころかサチもマキリもこちらを一切知らないと言っている。面識があるというレベルではないはずなのに、あちらはこちらと初対面のそれの様子を見せていた。

 

 これはどういう事なのか。

 

 いやそもそも何故、サチとマキリという死んだはずの悲劇の姉妹がここにいるというのか。

 

 

「どうなってるんだ……なんで、こんな……」

 

「……吸い寄せられてきたって事か……?」

 

 

 その呟きを発したのはイリスだった。咄嗟に振り返ってみると、彼女はやや険しい表情でサチとマキリを見ていた。

 

 

「イリス先生、この二人についてご存じで?」

 

「っていうか、母親(おふくろ)指金(さしがね)っぽいが」

 

 

 エイジとヴァンが言うと、イリスはサチとマキリの目の前まで歩いて行った。すぐさま姉妹は首を傾げる。

 

 

「あなたは、誰?」

 

「あたし達を知ってるの?」

 

 

 二人の反応を聞き、イリスは鼻で溜息を吐いた。間違いなくイリスがこの二人についての確かな情報を持っている。だからこそキリトは問い詰めないではいられなかった。

 

 

「イリスさん、どういう事なんだ。あんたはその二人について何か知ってるのか。知ってるなら教えてくれ」

 

 

 いつもは使う敬語も放棄し、キリトは問いかけた。イリスはゆっくりと振り向き、口を開いた。

 

 

「この二人だよ。行方不明になっていた《電脳生命体》のうちの二人は」

 

「サチさんとマキリが、はぐれてた《電脳生命体》?」

 

 

 アスナの問いかけにイリスは頷く。その視線はキリトに向けられたままだった。

 

 

「キリト君、それからシノン。前に私言ったよね。サチを《電脳生命体》として蘇らせて、マキリのところに向かわせたのはハンニバルの指金だったって」

 

「……えぇ、そういう話を聞いてました」

 

 

 キリトの答えを聞くなり、イリスは首を横に振った。

 

 

「ごめんなさい。あれは嘘だ。サチを《電脳生命体》として蘇らせたのはハンニバルじゃなく、私だったんだよ」

 

 

 その告白にキリトはシノンと共に驚いた。声は上手く出せなかった。マキリとの決戦の後、イリスはハンニバルがマキリを動かし、尚且つサチを蘇らせてマキリにぶつけさせたと言っていた。

 

 それが嘘だったって。

 

 サチを蘇らせていたのはイリス本人だったって?

 

 

「イリスさんが、サチを……!? なんでそんな事をしたんだ? そのせいでサチは、マキリのところに行って、あぁなって……」

 

「君への、サチ本人への(つぐな)いだよ。《SAO》に巻き込まれて死亡した彼女と、それで傷心してしまったキリト君へ、罪滅ぼしをしたかったんだ。あまりにも悲劇的な別れを経験させられてしまったのが君達で、特にキリト君はその事を引きずっていた。だから(ひそ)かに政府のナーヴギア管理施設にクラッキングを仕掛けて、サチの使っていたナーヴギアを見つけ出して、内部に保存されていたサチそのもののデータをサルベージして、《アニマボックス》に適応して生き返らせたんだ」

 

 

 イリスは《SAO》の元スタッフの一人であり、ツェリスカを中心とするプログラマーを率いるチーフでもあった。だからこそ、デスゲームと気付かずに《SAO》を作り出してしまった事、一万人のプレイヤーを閉じ込めてしまった事、四千人の犠牲者を出してしまった事に対して強い責任感と罪の意識を持っていた。

 

 その償いの一つが、犠牲者を《電脳生命体》として蘇らせるというものであったらしい。かつてのチーフがそんな事を始めているのは驚きだったのだろう、ツェリスカが信じられないように言った。

 

 

「ち、チーフ……あなたはそんな事までできるようになっていたのですか」

 

「そうでもしなきゃ気が晴れなかったんだよ。《SAO》開発のメインプログラマーチーフとして、《SAO》を作り込んでいた身としてね」

 

「でも、どうしてサチさんに加えてマキリまで……」

 

 

 ユピテルが問いかけたその時だった。サチとマキリが突然「うぐ!?」と言ったかと思うと、上半身をやや前に倒した。

 

 

「サチ、マキリ!?」

 

 

 キリトが驚くと、二人とも苦しそうな表情を顔に浮かべた。何か強い苦痛に襲われているらしい。その様子を見た次の瞬間、イリスはユイとユピテルを掴み、並べた。

 

 

「ユイにユピテル、サチとマキリを解析! コンソールウインドウを出して!」

 

「「わ、わかりました!」」

 

 

 母親に急に頼まれた娘と息子はウインドウを展開して、ホロキーボードを叩き始めた。言われた通りサチとマキリの解析を行っているようだ。

 

 それから数秒後に「コンソールを呼び出せました!」とユイが言うと、ユイとユピテルの間に挟まる形でイリスがホロキーボードを操作し始めた。その操作速度はユイとユピテルのそれに全く劣らないくらいに早い。

 

 流石は彼女達の母親というところを見せつけてきていた。間もなくして、その母親は怪訝(けげん)な顔になった。

 

 

「なんだこのブラックボックスは。こんなのが付け入れる隙間なんてなかったはず……いや、サチは二度目の蘇生で、マキは領域を限定した蘇生だったから、そこが隙間になってしまったのか? くっそ、《電脳生命体》のセキュリティは難しいな。もっと作り込まないと……いや、そんな事を考えている場合じゃないか」

 

 

 イリスはぶつぶつと独り言を繰り返しているが、いくつか引っ掛かる内容だ。サチは二度目の蘇生。マキは領域を限定した蘇生。そしてそれが原因とした異変が彼女達の中に起きている。

 

 

「イリス先生、どうしたんですか。サチとマキリ、なんだか様子がおかしいです」

 

 

 シノンの問いかけを受けたイリスは顎元に手を添えた。

 

 

「リエーブルの時と同じだわ……勝手にNPC化させられてるみたいだけど……いや、完全に適応されてるわけじゃない……このブラックボックスが原因のようね……このブラックボックスがこの子達に機能不全を起こさせてるんだわ……だからこれを……けれどこのブラックボックス、なんなのかしら……この妙な形……」

 

《おい、アイリ!》

 

 

 思わずであろう、リランが実名で呼びかけると、母親は皆の方へと振り返った。

 

 

「原因が割れたよ。この子達を助けるために、君達の力を貸してほしい」

 

 

 そう言ってくる事は予想通りだった。どうしてこうなっているかは定かではないが、サチとマキリが苦しんでいるのは確かであり、イリスはそれを取り除こうとしてくれている。それに手を貸さないわけにはいかないし、手を貸さないでいるのは嫌だ。

 

 キリトは頷きを返したが、即座にヴァンが言った。

 

 

「そうだろうな。で、そいつらを助けるために何をすればいいんだよ。この場でそいつらを囲って心配していれば、何か変わるのか」

 

 

 毒を含んだ言い方のヴァンに、姉であるユイが怒る。

 

 

「ヴァン! そんな言い方はよくないです!」

 

 

 ヴァンは「ふん」と鼻を鳴らした。

 

 

「おれは事実を言ったまでだぞユイ(ねえ)。少なくともここでこんな事をしていたところで、そいつらの状態は良くならない。そんなのは全然理に適ってない。そうだろうが」

 

「……ヴァンの言うとおりです。今はサチさんとマキリさんのために、素早く動く事が大事です」

 

 

 ヴァンとユイの兄であるユピテルが言った直後、イリスが説明をしてきた。

 

 

「今、サチとマキリの内部にブラックボックスが確認できた。恐らくこいつが彼女達を蝕んで、記憶喪失状態と機能不全状態に陥らせてる。このブラックボックスを取り除く事さえできれば、この二人は回復するよ」

 

 

 イリスに加わってユイが更に続けてくる。ユピテルとイリスと一緒に解析していたのだから、見えていたものは同じだったのだ。

 

 

「けれど妙なんです。そのブラックボックスの形が、何かの破片みたいなものに見えたんです。まるでガラスの破片というか、雪の結晶というか……とりあえずは、このクエストに関連しているもので間違いなさそうです」

 

 

 ユイの報告を受け、キリトは顎元に手を添えた――これは前からの自分の癖だ――。サチとマキリの中にあるブラックボックスはガラスの破片のような形状をしている。そしてそれはこのクエストととも関連性があるそうだが、全く関係性がつかめない。

 

 

「このクエストの名前って確か、《夜の女王》よね……女王、ガラス、破片……何か聞き覚えがあるような……」

 

 

 キリトはそう呟いたアスナを見つめた。間もなくして、彼女ははっとしたように大声を出した。

 

 

「そうだわ、あのお話! 《雪の女王》!!」

 

 

 




――キャラ紹介――


マキリ
 本作のオリキャラ。アイングラウンド編から登場。
 SAO生還者の一人であり、サチの妹。《月夜の黒猫団》で最も強者であった二刀流使い。《月夜の黒猫団》の壊滅の際、先輩達と姉であるサチを喪った事に耐えきれず、狂気に呑み込まれた。
 以後は《月夜の黒猫団》を破滅に導いたキリトへの報復心を糧に動いていた。

 くだらない事だが、イメージCVは喜多村英梨さん。

ヴァン
 本作のオリキャラ。オーディナル・スケール編から登場。
 正式名称は《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム試作十号 コードネーム;ヴァン》。《MHCP_10》に該当し、ユイとストレアの直系の弟にあたる。
 SAOのデスゲーム開始時に使命を果たすべくプレイヤー達の治療に当たったが、どうにもならず絶望。使命を放棄していたところでノーチラスとユナと出会い、この二人だけの心と精神を癒していく事を使命にし、二人と共に暮らしていた。
 ユナの死亡後はノーチラスの《使い魔》となり、ユナを生き返らせるためにキリト達と敵対し、戦った。

 くだらない事だが、少年形態時のイメージCVは水瀬いのりさん、人狼型戦機形態時のイメージCVは津田健次郎さん。

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