キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 とある者達が来る。

 


02:ホワイトフロンティア

 

          □□□

 

 

芹澤(せりざわ)博士、本当なんでしょうね。行方不明になってしまった《彼女》がここにいるって話は」

 

《あぁ、間違いないよ。ここにあの娘はいる。それは嘘じゃないって保証できるよ》

 

 

 かつては遠い先輩、今は恩師である通話相手に彼は舌打ちしそうになる。彼は恩師に導かれて、やった事のない《GGO》というゲームにダイブしていた。

 

 あまり慣れていない環境に突入させられたうえ、それは事前に聞いていない事だったものだから、彼は胸の内が怒りたい気持ちでいっぱいになりそうだった。

 

 

「本当なんですよね、その話。こんな事になるなんて聞いてなかったから、僕はあなたへの信頼がぐらついているような感じなんですが」

 

 

 通話ウインドウの向こうの恩師から、「んうー」という喉を鳴らすような音がしてきた。こうなった事をすまないと思ってくれている証明のようだ。

 

 

《何度も言ってるけど、今回は私にとっても予想外の出来事だったんだ。だから一緒に対応に当たるし、解決策も出すから、信じておくれ》

 

 

 本当か? 本当にそうなのか? そう思った直後、彼の右隣にいる少年が声を掛けてきた。オレンジ色の両目のうち、右目を隠した髪型で黒髪、この世界の仕様に(なら)った形になった黒と水色のケープを着ている少年。

 

 彼にとって、かけがえのない存在の一人であるその少年は、如何にも不快そうな顔をしていた。

 

 

「エイジ、母親(おふくろ)の言ってる事は嘘じゃないみたいだぞ。確かに《ユナ》の信号が《ホワイトフロンティア》の一帯から検知できてる。ユナはちゃんと《GGO》に、この《ホワイトフロンティア》にいるみたいだ」

 

「詳しい位置まではわからないか、ヴァン」

 

 

 《エイジ》という名の彼に、《ヴァン》と呼ばれた少年は(しか)め面をした。先程からの不快そうな顔は、今ヴァンが思っている気持ちから来ているようだ。

 

 

「あぁ、わからないんだ。それがムカつくんだよ。今までは細かい位置までしっかり把握できて……ユナもおれの居る位置がしっかりわかってたっていうのに、今のユナの信号はノイズだらけで、詳細位置の特定が全然できない」

 

 

 ヴァンは足元の雪を蹴り上げた。三人で一緒になってからは見る事がなくなっていた、非常に(いら)ついている様子であった。

 

 

「何なんだ、いや誰なんだよ。ユナの信号を、ユナをこんなにノイズで汚しやがったのは! こんなふうになってるユナが、苦しんでないわけないだろうが!」

 

 

 ヴァンの苛つきは(もっと)もであるし、エイジも抱いているものであった。だからこそ、全てを取り戻させてくれた恩師である芹澤愛莉(せりざわあいり)/イリスにもきつくあたってしまっている状態だ。

 

 イリスがいたからこそ、自分達の幸福は叶えられていたし、そもそもイリスだってこの事態を予測できていたわけではないのだから、こんな事を言うべきではない。

 

 八つ当たりと何も変わらない、こんな態度を取るべきではないと頭ではわかっているのだが――一方で口や身体は聞いてくれていなかった。

 

 

「なんでこうなったのか、わからないんですか」

 

《それについては何度も言ってる通り、調べてる最中だよ。でもまぁ、大方見当はついてる。何が原因なのかも、どうやればいいかも、ある程度ね》

 

「……ッ」

 

《……エイジ君、ヴァン。あなた達には本当に悪い事をしたわ。全然予想していなかったとはいえ、これはわたしの調整不足、セキュリティを充実させなかった事によって起きてしまった事よ。わたしはセキュリティにはすごいこだわりがあって、他の人からすればうるさいくらいにしてるのだけど……気が緩んでいた部分もあったって事なんでしょうね。

 あなた達はこれまでずっと、辛い思いをしてきたっていうのに。またこんな事になってしまって、本当にごめんなさい》

 

 

 そう語るイリスの声には、申し訳ないと思っている心が確かにあった。エイジは少なくともそう感じていた。

 

 こんな事態になるなんて聞いていなかった。自分とヴァンはそう思っていたが、彼女だってそうなのだ。

 

 こんな事になるなんて思ってもみなかった。しかもよりによって、自分が救いたいと思っていたエイジ達を巻き込んでしまったなんて――それが彼女の本心なのであろう。

 

 それをいち早く感じ取ったのか、ヴァンは一瞬はっとしたような顔になったかと思うと、次第に表情が悔しさとすまなさが混ざったようなものになっていった。その光景を見ていたエイジも、胸の中の怒りと焦りが徐々に小さくなっていったのを感じていた。

 

 同時に、八つ当たりしていた自分への嫌悪と、八つ当たりしてしまっていたイリスへの申し訳な気持ちが出てきた。それをエイジは口にする。身体と口が言う事を聞いてくれた。

 

 

「……すみません。僕の方こそ取り乱して、芹澤博士に八つ当たりしてしまって……芹澤博士に当たったところで、状況がよくなるわけじゃないのに」

 

《いいえ、あなたの気持ちはよくわかるし、わたしも、あなたに当たられても仕方がないわ。だからこそ、この事態は一刻も早く収束させるし、絶対にあなた達のところにユナを帰らせるわ。それだけは約束する》

 

 

 苛立ちが収まったおかげなのか、先程と違って、イリスの言葉を信頼してもいいような気がしてきた。イリスもこちらからの信頼を失うような事はしたくないのだ。

 

 そして、本気で自分達を、行方不明になっている《ユナ》を救い出そうとしてくれている。

 

 

「……僕達はどこへ向かうべきなんですか」

 

《ひとまずは全体的に探索をしてほしいのだけれど、夜になったら、わたしのところまで向かってきて頂戴(ちょうだい)。《ホワイトフロンティア》はこの前追加されたばかりの未知のフィールドなの。奥へ向かうほど危険になるから、その前には一旦足並みを整えた方が良いわ》

 

「という事は、《彼ら》と合流する事になりませんか」

 

 

 エイジにとってそれは懸念(けねん)だった。そんな事をしても大丈夫なのか。聞き入れてもらえるのか。大きくはないが小さくもない不安が胸の内で渦を巻き始める。そんなエイジへ、イリスは声を返してきた。

 

 

《その時に、あの子達にも今起きている事を話すつもり。勿論あなた達の事もね。だから、夜の九時くらいになったら、なるべく早くわたしのところへ来て頂戴。あなた達をあの子達が拒絶するかどうかはわからないけれど、まずは話し合わないと何も先に進まないわ》

 

「……わかりました。夜までは僕とヴァンで周囲の探索をして、夜になったら芹澤博士の居る位置へ移動します」

 

 

 《気を付けてね》。その一言を付け添え、イリスは通信を切った。かつて敵対した者達。その関係は今、どうなっているだろう。彼らは自分達の事をどう思っているだろうか。もやもやした心地悪さがエイジの胸の中を埋め尽くそうとしていた。

 

 

「エイジ」

 

 

 そんなエイジにヴァンが声を掛けてくる。エイジはヴァンに応じた。

 

 

「ヴァン……僕達は行っていいのか。彼らのところに行く資格が、僕にあるのか」

 

「そんなのおれにはわからない。でも、ユナを見つけるためにはあいつらを頼った方がいいのであれば、そうするしかないだろ。本当はおれ達だけでなんとかしたいけど、おれ達二人でやるより、あいつらの手を借りた方が理に適ってる」

 

 

 エイジもよく知っているが、ヴァンは結構な合理主義者だ。理に適っていない行動や理念を嫌い、逆に理に適っている行動や理念は優先的に選ぶ傾向にある。そんなヴァンは今、イリスの提案を理に適っていると判断した。その判断を、エイジは受け入れた。

 

 

「そう、だね。君の言うとおりだ」

 

「大丈夫だエイジ。お前にはおれが付いてる。これまでと同じようにな」

 

 

 そう言ってくれるヴァンの言葉には強さがあった。その奥には強靭な意志が感じられる。ヴァンはいつだってこうだ。ちょっと粗暴(そぼう)なところがあったりする時もあるが、基本的には強気で真っ直ぐで、自分達の事を誰よりも思ってくれている。

 

 だからこそエイジは、本当に大切な人と同じくらいにヴァンを信じていた。そのヴァンからの声と言葉は、エイジの背中を押した。これまでのように。

 

 

「わかった。君の言葉をこれまでどおり、信じるよ」

 

「任せておけ」

 

 

 ヴァンがそう言うと、その身体が水色の光に包み込まれてシルエット化、更に形が球体状に変化し――近くで待機させていた狼型――どちらかと言えば男性人狼型――戦機へ飛んでいき、その中へと吸い込まれて行った。

 

 間もなくして白い鋼鉄の人狼のカメラアイがオレンジ色に光り、エイジの頭の中に《声》が届いてきた。

 

 

《いくぞ、エイジ》

 

 

 ヴァンが大人になった際のものだと感じる男性の声色。そんな《声》に頷いたエイジは、その背中に飛び乗った。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 キリト達は無事に新天地である《ホワイトフロンティア》に到着した。最初、《ホワイトフロンティア》に転移する事はできなかったが、オールドサウスに北へと進める道があったため、そこを進んでみたところ、無事に《ホワイトフロンティア》へ到達した。

 

 だが、そこでキリト達を襲ったのは感動よりも、驚きと寒さだった。《ホワイトフロンティア》は事前公表の通り、雪原と雪山を中心とした寒冷地帯だった。

 

 猛吹雪が吹く事はあまりないようだが、雪がほぼ常に降っており――何より寒くてたまらなかった。しかしこうなる事は予想済みだったので、寒くなってきたところで耐寒アイテムを使用。全員で寒さを克服して先に進む事ができた。

 

 その《ホワイトフロンティア》の攻略の際、クエストが自動で受注された。それは今までのフィールド攻略でもそうだったので、特に気にしたりはしなかったのだが、報酬のところに目が行った。

 

 なんでも、このクエストを一番乗りでクリアできた場合には、《夜の結晶》という非常に特別なアイテムが手に入るというのだ。それが果たしてアクセサリなのか、武器なのかなどの詳細は不明だった。

 

 だが、一番乗りでこのクエストをクリアできれば、その《夜の結晶》の正体を確認できる。これを獲得しないわけにはいかない。ゲーマーならではの欲求に火をつけたキリトは、皆と一緒に《ホワイトフロンティア》の探索をなるべく急ぐ事にした。

 

 しかし、それはすぐに詰まった。クエストで最初に向かうべき場所とされている《気象エネルギー研究所跡》にて、開かない隔壁(かくへき)に通せん坊されてしまった。スイッチやレバーといったギミックは確認できない。何かしらのイベントで開くもののようだが、そのイベントの鍵となりそうなものも見つからない。

 

 なのでキリト達は一旦撤退し、《ホワイトフロンティア》各地に散らばっていた仲間達にも集合してもらい、ホームにて情報共有をしてもらった。すると、リズベットとシリカから隔壁を開くイベントの鍵と思わしき情報が提供された。

 

 なんでも、あの《気象エネルギー研究所跡》には、真夜中になると幽霊が出るというのだ。それも、二人の女性の幽霊が。

 

 その話を聞いた途端、そういったホラー系や幽霊系の話が全く駄目なアスナは

 

 

「きゃああああああああああッ!!」

 

 

 と、盛大に悲鳴を上げ、更には彼女を母親とし、彼女のデータの幾分(いくぶん)か、性格面や好みなども遺伝している子であるユピテルも

 

 

「やだやだ怖い怖い怖い!! (うち)に帰る――ッ!!」

 

 

 と、(ホーム)に居ながらそんな事を叫び出してしまった。

 

 アスナのそれはわかっていたものであったが、ユピテルがこの話にここまでの反応をしたのは予想外だったので、産みの親イリスは非常に興味深そうにし、育ての親ツェリスカはとても驚いていた。

 

 一種のパニックに(おちい)ったアスナとユピテルを落ち着かせつつ、考えてみたところ、どう考えてもその幽霊と思わしき存在はイベントのためのものであり、それとの接触こそがあの隔壁を開くギミックだとしか思えなかった。

 

 そしてその幽霊には二人の女性、透けている女性、素早く動く男性など、いくつか種類があるらしく、これらは全て夜の時間帯に目撃例があったという。つまり、その幽霊と出会ってクエストを進めるには、夜の時間帯に向かうほかない。

 

 確認したキリトは仲間達に夜九時以降に集合するよう指示し、それまでの時間は自由とする事にした。情報収集、武器のメンテナンス、ちょっとした狩りや探索。様々な目的のために、仲間達はそれぞれの場所へと向かっていった。

 

 

「ふう、お疲れ様」

 

「あぁ、シノンこそお疲れ様」

 

 

 その中でキリトは、狩りと探索の為に《ホワイトフロンティア》へ再度赴いていた。

 

 《ホワイトフロンティア》はまだ実装されたばかりのところなので、貴重品は勿論、強力な武器などが眠っている可能性は十分にある。探索していれば、良い物を手に入れて、夜の攻略に活かす事ができるかもしれない――という提案を、シノンが攻略会議が終わった後に伝えてきたのだ。

 

 その際キリトは、夜までの予定を組んでいるわけではなかった。暇だったのだ。なので、シノンの提案を返事一つで(こころよ)承諾(しょうだく)。《ホワイトフロンティア》へと向かったのだった。

 

 パーティメンバーはキリトとシノンの二名であり、二人で雪原地帯を歩きつつ、エネミーと交戦したりして、探索を続けているのだった。今もエネミーと戦闘があったのだが、キリトとシノンのどちらにも損害無しで終わらせられた。

 

 

「シノン、相変わらず見事な腕前だったな。どのエネミーも一発で仕留めてた」

 

「対人戦ならともかく、エネミーなら外す方が難しいくらいよ。だいたいの動きにパターンがあるから、そこを狙い撃てば一発」

 

 

 シノンは得意そうに笑んでいるが、キリトからすればその技術は素晴らしいの一言だ。

 

 彼女の言う通り、確かにエネミーにはある程度の行動パターンがあるため、狙い撃つ事自体はそこまで難しいものではないが、弱点部位をピンポイントで狙うとなると難易度は急上昇する。

 

 にもかかわらず、シノンは持ち前の《ヘカートⅡ》にて長距離からエネミー達の弱点部位を正確に撃ち抜くのだから、キリトはその腕前を褒めたたえずにはいられなかった。

 

 

「そうは言うけど、あれだけの距離から当ててるのは本当にすごいと思うよ。俺だったらできないかな。せめてリランが居れば、撃ち抜けるかもしれないけど」

 

 

 そう言ってキリトは右隣――リランがいつもいる場所を見つめたが、そこにリランの姿はなかった。雪原が広がっていて、遠くに雪山が見えるだけ。頼もしい鋼鉄の狼竜はどこにもいない。

 

 今回のシノンとの探索。そこにリランを加えたいというのがキリトの当初の考えであったが、それは思い立った時点で実行不可能だった。

 

 リランは《ホワイトフロンティア》の攻略開始の時から、キリトを乗せて戦ってくれた。《気象エネルギー研究所跡》の最奥部にて起きたボスエネミーとの戦闘でも、これ以上ないくらいに頼もしい火力を発揮(はっき)してくれたのだが、バッテリーを著しく消耗して、《SBCグロッケン》のガレージでの充電を余儀なくされていた。

 

 原因はリランに新しく搭載させられるようになった重火器にある。新たに手に入った《電磁投射砲(レールガン)》、《荷電粒子ガトリング砲》の二種類をそれぞれ《超大口径狙撃砲(エレファント・スナイパーカノン)》と《GAU-8 アヴェンジャー》と換装し、キリトはリランを出撃させていた。

 

 この二つの新たな重火器の威力は恐るべきものだった。電磁力で加速された超大口径弾丸を放つ《電磁投射砲》はあらゆるものを貫き、荷電粒子の弾丸を超連射する《荷電粒子ガトリング砲》はあらゆるエネミーを焼き壊す性能を持っており、狙ったエネミーの秒殺を可能にしていた。

 

 どちらも恐ろしささえ感じさせるくらいの、頼もしすぎる性能を発揮してくれたおかげで、ボスエネミーまでもがとても楽に片付いたのだが――戦闘終了時にキリトは気が付いた。九十五%あったはずのリランのバッテリーが、残り二十%になってしまっている事に。

 

 《電磁投射砲》、《荷電粒子ガトリング砲》の両者はビークルオートマタのバッテリーを著しく消耗する代わりにとてつもない威力を発揮するという、ハイリスクハイリターンの重火器であった事が、その時ようやく判明した。

 

 こういったキリトがする見逃しなどは、日頃から様々なデータの確認を(おこた)らないリランが補ってくれているのだが、彼女も自身が強化された事と新フィールドに突入できたという事への喜びで頭がいっぱいになっていたらしく、新たな装備が自身のバッテリーを大きく消費する代物であるという事実に気付けたのは、キリトと同時だったという。

 

 結果、リランはバッテリー充電のために動けなくなり、キリトはこれからのリランの運用のために予備バッテリーの購入をする必要が出てしまった。今回の探索はリランのバッテリーの充電費用、予備バッテリーの購入費用、そして弾薬費を稼ぐための狩りでもあった。

 

 その事情をキリトから聞いていたシノンの顔に、苦笑いが浮かぶ。

 

 

「……まぁ、リランは装備がすごい事になったものね」

 

「しばらくは元の装備に戻して戦ってもらうかなぁ。新しいのは強いけれど、バッテリーを喰われるのは痛いし」

 

「その分を稼げばいいじゃないの」

 

「そりゃあそうなんだけどさ」

 

 

 そんな簡単にいくのだろうか。そう思ったキリトに対し、シノンはすんと笑んでから背を向け、両手を後ろ手に組んで歩き、軽くキリトから離れる。

 

 

「でもねキリト。私が上手く戦えてるのは――」

 

 

 その言葉を最後まで聞き取る事はできなかった。途中でしゅぼっという音がどこからか聞こえてきたからだ。空耳ではない。仲間のフカ次郎が使っているグレネードランチャーの発砲音と同じものだ。

 

 咄嗟(とっさ)の判断で上を見ると、雪に紛れるようにしてこちらに落下してくる何かが見えた。投擲(とうてき)されたグレネード弾だ。ほぼ真っ直ぐこちらに向けて落ちてくる。いや違う。真っ直ぐシノンの真上に落ちてきていた。

 

 

「シノンッ!!」

 

「え?」

 

 

 シノンが振り返るのと、グレネードの着弾は同時だった。グレネードが炸裂する轟音が鳴り、爆風で地面の雪が(めく)れ上がる。

 

 しかしどういうわけか、起きたエフェクトは爆炎でもプラズマの嵐でもない。黄色がかった電気のそれの爆発であった。その爆発が彼女を襲う前にダイブして、彼女を範囲外に出させたかったが、叶わなかった。

 

 

「シノン!!」

 

 

 爆発エフェクトが止んだタイミングをいち早く掴み、キリトはシノンの(もと)へ飛び出す。シノンは雪原に倒れ、動けなくなっていた。小刻みに震えるのを繰り返している。

 

 

「き、りと……から、だ、が、うご、か……」

 

 

 言葉も途切れ途切れになっていた。麻痺状態に(おちい)っている。どうやら今のグレネードは電磁麻痺爆弾(プラズマスタンボム)であったようだ。グレネードランチャーに装填できる特殊弾薬の一種で、爆発を浴びた相手を麻痺させる事ができる代物。

 

 

「よっしゃ、命中したぞ!」

 

「覚悟しなッ!」

 

 

 間もなくして聞き覚えの無い声がした。振り向けば五人くらいの人影がこちらに向かってきているのが認められた。自分達と同じように《ホワイトフロンティア》の探索にやってきたライバルプレイヤー達で間違いないようだ。

 

 丁寧な事に、全身を白い迷彩服で包んでカムフラージュしている。あれで発見を遅らせてきたようだ。

 

 

「くそっ、電磁麻痺爆弾(プラズマスタンボム)で先手を打ってきやがったか」

 

「きいと、わはしの事、は、いい、から、にげ……」

 

 

 ところどころ途切れているシノンの声に、キリトは勿論首を横に振る。

 

 

「君を置いて逃げられるわけないだろ。俺が何とかする」

 

「え……け、ど……」

 

 

 リランがいないため、戦闘力は大幅に減少している。その状態で五人を相手にするのは骨が折れそうだが、できない事ではないはずだ。キリトは光剣と《USP》を構えて戦闘態勢に移った。

 

 間もなくして、敵対プレイヤー達が発砲を開始した。どうやら全員がアサルトライフル持ちであったようで、一瞬にして弾幕が展開。それらが一斉に向かってきた。

 

 

「っと……!」

 

 

 キリトは光剣を振るって、飛んできた弾丸を次々弾いた。プレイヤー達は一瞬驚きはしたものの怯まない。こちらが一人でしかない事で、脅威に感じていないのだろう。ここにリランが加わっていれば、プレイヤー達は怯えて戦闘どころではなくなるというのに、なんてミスをしてしまったんだか。

 

 そんな事を考えていたところ、肩のあたりを弾丸が(かす)めて、熱さに似た不快感が走った。《HPバー》も少し減少する。

 

 

「あぶにゃ、きいと」

 

 

 直後、背後から大きな発砲音がして、こちらを狙うプレイヤーのうち一人が後方へ吹っ飛んだ。咄嗟に振り返ると、シノンが仰向(あおむ)けになったままの姿勢で《ヘカートⅡ》を構えていた。まさかシノンがまだ動けていたとは思ってもみなかったのだろう、プレイヤー達に動揺が走り、弾幕が止む。

 

 

「あの女、まだ動けたのか!」

 

「このッ!」

 

 

 プレイヤー達が銃撃を再開しようとした次の瞬間に、キリトは光剣を円柱状のグレネードの束に持ち替え、プレイヤー達に向けて放り投げた。束は空中で解けて、グレネードは拡散しながら飛んでいく。

 

 

「ッ!」

 

 

 キリトは全ての神経と感覚を研ぎ澄ませて《USP》を構えた。そのおかげなのか、世界がスローモーションになって見えた。グレネードがゆっくりと落下していく。そこに銃口を向け、引き金を絞った。連続で五回。

 

 五回連続で放たれた弾丸は宙を舞うグレネードへ突進し、貫いた。被弾したグレネードは空中で炸裂し、重く分厚い煙と、激しい閃光と鋭い音を放った。スモークグレネードとスタングレネードだ。

 

 すぐさまプレイヤー達の悲鳴が聞こえる。スタングレネードの音と光が効いて、状況認識が崩れた状態になったのだろう。今のうちだ。

 

 

「シノン、逃げるぞッ」

 

「ごめ、なさ……」

 

「謝らないでいい」

 

 

 キリトはもう一度首を横に振ってシノンを抱き上げた。更に彼女の持っている《ヘカートⅡ》を背中に担ぎ、雪原に向けてダッシュした。プレイヤー達の気配も声も遠ざかっていき、煙幕が切れる。しかしスタングレネードの効果は思いの(ほか)効いていたようで、プレイヤー達は動き出さない。

 

 更に天候がキリトに味方してくれた。強い吹雪がやってきて、プレイヤー達とキリト達の間を白い壁で塗り潰したのだ。いつもならば吹雪は悪い天候条件だが、今となっては良い天候条件だ。

 

 もっと吹け、もっと雪を舞わせろ。そう思いながら走り続けていると、小屋状の廃墟が見つかった。吹雪が止めばプレイヤー達も動き出すだろうが、それまでの時間稼ぎくらいはできるはず。

 

 

 キリトはシノンを抱えたまま、小屋の中へ入り込んだ。

 




 次回、キリシノ。

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