キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 新章開幕。




―フェイタル・バレット 04―
01:迷い子×3


          □□□

 

 

 

「はぁああぁ……なんつー事してくれるんだか」

 

 

 黒死病(ペスト)医師ミケルセンは深々と溜息を吐いて、ソファに腰を下ろしていた。《GGO》では不快(ふかい)な事も多々経験したし、そうなる事もよくある事だと思って、ミケルセンは受け入れていた。

 

 不快な事はいくらでも起こるのだから、一々まともに相手にしたりせず、溜息や愚痴を漏らしたりはしないようにしていた。溜息や愚痴は負の意識を生じさせるからだ。

 

 そんな事をすれば、それが不快な出来事が起きた時に繰り返すようになってしまい、やがて自分自身を(むしば)んでいくからだ。

 

 だがしかし、今回ばかりはそうはいかなかった。だからこそ周りの仲間達は意外そうに声を掛けてきた。

 

 

「あっれぇ。ミケルセンが溜息吐いてるー」

 

 

 最初に声を掛けてきたのは、黒髑髏(くろどくろ)の仮面を付けた青年。どこか子供っぽいような言動が目立つため、無意識に敵を(あお)ったり挑発したりするのが日常となっているのが特徴であるその子に、ミケルセンは返す。

 

 

「……あぁ、ついつい溜息が出ちまったよ」

 

 

 黒髑髏の隣にいる赤目骸骨(あかめがいこつ)のマスクが特徴の青年が続いてくる。

 

 

「ミケルセン、どうした。何が、あった。あなたが、溜息を吐くなんて、珍しい」

 

 

 ミケルセンは二人の仮面青年を見つめた。黒髑髏と赤目骸骨。どちらも仮面で顔を隠しているため、ぱっと見では表情や様子を(つか)む事ができない。しかしミケルセンは、彼らと接し続けてきた事によって、その内側にある表情を読み取れるようになっていた。

 

 今の彼らの顔には、真剣にこちらを心配している表情が浮かんでいた。ミケルセンは答える。

 

 

「てんで期待外れの事が起きちまったんだ。ほら、割と前に俺が力を貸してやった、このゲームの開発者の話をしただろ。そいつがやらかした。一番やってほしくなかった事を仕出かしやがったんだよ」

 

「うわ、マジで? ミケルセンから力借りておきながら、そんな事しちゃうわけ?」

 

 

 ミケルセンは黒髑髏の青年に向け、(なだ)めるように(てのひら)を振る。

 

 

「いやいや、俺もそれは想定の範囲内さ。人間誰しも失敗はする。失敗があるからこそ成功がある。成功だけを過度に目指して失敗を恐れ、失敗しちまった奴がいれば非難して叩きまくるのは、最悪の失敗行為ってもんだ。だから失敗する事、される事は、()()()()までは受け入れるべきだ。

 失敗した奴にブチギレて怒鳴りつけ、罵倒(ばとう)するのは、人類の歴史が無数の失敗を積み重ねた後で、ようやく成功を勝ち取るのを繰り返した事で出来上がったものだって事を知らねえ本当の無能。それは前に教えただろ」

 

「その、()()()()を、超えられた?」

 

 

 赤目骸骨の青年にミケルセンは(うなず)く。

 

 

「そうさ。俺を崇拝(すうはい)してるんだか、尊崇(そんすう)してるんだか――いずれにしても俺から技術を教えてもらって、俺を(うやま)っているはずの奴が、俺の技術を使ううえで俺が許していない範囲の事を盛大にやらかしてくれてな。おかげで対応に追われる事になっちまった」

 

 

 黒髑髏が「うわ~……」と漏らし、赤目骸骨が嫌そうな音を喉から出す。どちらも不快極まりない顔をしている。もしかしなくても自分が今している顔でもあるだろう。

 

 やがて赤目骸骨が声を掛けてきた。

 

 

「その問題は、どうなった。あなたは、暇ではない、はず」

 

「それはなんとかなったよ。ひとまずは解決したんだ。だがな、俺はその問題を起こされた事自体が許しがたいんだよ。向こうは悪気がなかったみたいだが、それでも許せる事じゃねえ。技術提供は勿論打ち切り、だがそれだけじゃ足りないなぁ」

 

 

 自身の考えを言いかけたそこで、黒髑髏が急に大声を出した。嬉しい出来事を目の前にしてはしゃいでいるかのようだ。

 

 

「じゃあ、そいつの事殺す? 殺そうよ! ボ――いや、マ――いやいや、ミケルセンにそんな事をしてくれたんだからさ、()っちゃっていいっしょ!」

 

 

 ミケルセンもその気はあったのだが、一度冷静に立ち止まってみたところ、それはよくないとわかった。ミケルセンも一度は考えたそれを言った黒髑髏に、ミケルセンはもう一度(てのひら)を向けた。一旦制止してくれと頼むジェスチャーだ。

 

 

「待て待て、そうじゃねえんだ。確かに俺も一回その気にはなったが、それは駄目なんだよ。それじゃあ駄目なんだ」

 

 

 黒髑髏が「えぇー」と不満そうな声を出した。直後に赤目骸骨の方が首を傾げてくる。

 

 

「殺すのが、駄目とは、どういう事だ」

 

「いや、殺す事は合ってるんだが、物理的にじゃなくてだな。要するに物理的に殺すよりも、もっと苦しめる方法で()っちまおうって事だよ」

 

「なるほど、死ぬより、酷い苦しみを、与えて、やるんだな」

 

「そういう事だ。それくらいやらねぇと気が済まねぇんだ」

 

 

 黒髑髏が「そっかぁー」と言い、赤目骸骨は頷く。どちらもこちらの考えをわかってくれたようだ。殺すのが何かと好きな彼らには、無意味な殺戮(さつりく)はいけないと教えてやっているのだが、どうやら()に落としてくれたらしい。

 

 

「だからそいつの事は心配ない。時期が来たら俺が手を下してやるからよ」

 

「ねぇねぇ、オレ達に手伝える事ってないのかな? オレ達、ミケルセンの手伝いをちょっとでもやりたいんだ」

 

 

 黒髑髏が子供らしい顔をして聞いてくる。最初からそうだとは思っていたが、この子は随分と子供っぽい部分がある。赤目骸骨はそうではない方に入るが、ミケルセンからすれば、赤目骸骨にも子供っぽい部分がしっかりと存在している。だからこそ、ミケルセンはどちらも気に入っていた。

 

 そんな二人に向け、果たしてミケルセンは首を横に振る。

 

 

「そう言ってくれるのはありがたいんだが、今のところ君達にやってもらいたい事ってのはないんだ。でもまぁ、もうすぐ君達の力を借りる事になるのは間違いないから、その時に精一杯務めてくれ」

 

「その準備は、進んでいる、のか」

 

 

 赤目骸骨にミケルセンは頷き、「くっくっく」と笑う。

 

 

「あぁ、順調だよ。俺もこれの準備完了の時が楽しみで仕方がねえんだ。だからいつも以上に気合が入っちまってな……」

 

 

 黒髑髏が楽しそうな声で喜んでくる。

 

 

「わっはぁ。それならオレもすごい楽しみー!」

 

 

 続けて赤目骸骨が問いかけてきた。

 

 

「それが、出来上がれば、もっと《精度》が、上がるんだろ」

 

「勿論だ。そしてこれが出来上がった時こそ、最後の仕上げに取り掛かれるってもんだ。俺が望んだ最後の仕上げにな……」

 

 

 ミケルセンはソファから立ち上がった。二人の青年が目で追ってくる。

 

 

「というわけで、俺は落ちさせてもらうぜ。君達も楽しみにしてるそれの製作に戻らねえとだ」

 

「ミケルセン、おつー」

 

 

 黒髑髏がそう言って、赤目骸骨は軽く頭を下げてきた。そんな二人の見送りを受けつつ、ミケルセンは部屋を去った。

 

 あの子達のためにも、自分の夢の成就のためにも、なるべく急がなければ――そんな思いがミケルセンを突き動かしていた。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

「クライン君、喫煙は?」

 

「そんな身体に悪い事はしてないっすよ」

 

「ふむ、いいね。では食事の方はどうだい」

 

「ピザとかハンバーガーをよく食べてます! ピザだとトマトとソーセージが沢山乗ってるのが美味くて。あ、マルゲリータもいいっすよね!」

 

「ふむ、マルゲリータピザは私も好きだ。それについてはいいねをするけど、君の食生活についてはいいねじゃないね。それは駄目だよ」

 

「えぇー。これくらいどうって事ないって思うんすけど」

 

 

 待ちに待った三連休に入ったその日、《GGO》にダイブしてきたキリトとシノン、二人を出迎えたユイとリランはホームへやってきた。仲間達の集会所にもなっているその部屋には、四人よりも早い時間にやってきたと思われる客がいた。

 

 三人の男性と一人の少女。《SAO》からの仲間であるクライン、ディアベル、エギル、そしてイリスの四人であった。

 

 クライン、ディアベル、エギルの三人が揃っているのは別に珍しくもないが、そこにイリスが加わっているというのは非常に珍しいと言える取り合わせだ。

 

 その光景を不思議に思いながら、キリトは四人へ近付いた。

 

 

「おはよう、皆。今日は早かったんだな」

 

 

 四人ともこちらに向き直ってきた――ように見えたが、イリスはメモ帳と思わしきものを操作していて、顔を向けてきていなかった。それでも声は聞こえていたようで、こちらに向けて掌を立てるジェスチャーをしてきていた。

 

 

「あんた達、何してたの。なんか食生活とか喫煙とか、聞こえてたけど」

 

 

 シノンの疑問に答えたのはディアベルだった。

 

 

「イリス先生が俺達に聞き取りしたい事があるって言っててさ。そしたら俺達が喫煙してるとか、食生活はどうとかいう事を聞いてきたんだよ」

 

 

 キリトは首を傾げた。喫煙しているか、食生活は良いか悪いかなどの質問は、如何にも医者がやっているようなものだが、イリスは現在医者ではないうえ、専門は精神科と心療内科。完全な内科は専門外であると本人が言っていた。

 

 なのに、それに該当する質問を、専門外としている彼女がしている。何かがおかしく感じられて、本人へ尋ねようとしたが、先にリランがイリスに尋ねた。

 

 

「イリス、男達にそのような事を聞いてどうするというのだ。何に興味が湧いた」

 

「イリスさん、何かあったのでしょうか」

 

 

 リランとユイという二人の娘に問われた母親は、メモ帳から二人の方へと顔を向け直した。

 

 

「興味が湧いたわけではないよ。ただ、心配になる事があったものだから、気になってね」

 

「心配になる事、ですか?」

 

 

 ユイの再度の問いかけにイリスは頷きつつ、メモ帳に顔を戻した。

 

 

「でもまぁ、話すより前に聞き取り続行だ。次はエギルさんだけど、エギルさん、喫煙は?」

 

 

 エギルは一瞬きょとんとしたかと思うと、正直に答え始めた。

 

 

「俺はしてないな。店に来てる客の中には大勢喫煙者がいるだろうが、店の中は禁煙にしてるから、副流煙の心配もないぞ」

 

「ふむ、いいね。というかまぁ、東京では数年前から店内禁煙の風潮が強くなってるから、当然か。それじゃあ食生活の方は。クライン君みたいにジャンクフードを好んで食べたりは?」

 

「それもない。俺は自分で料理もできるが、バランスは色々考えながらやってるよ。それくらいは飲食物を商品として提供するカフェ経営者として、できて当然だからな。ただ、ハンバーガー店のフライドポテトの味と食感を再現できないかっていう試行錯誤はしてるから、その辺を食う事もある」

 

「ふむ、いいね。そしてフライドポテトは私の好物でもあるけど、食べ過ぎてないなら大丈夫だ。そうでしょ?」

 

「あぁ、食い過ぎてない。カミさんも健康志向だから、カミさんの料理も心配ないぜ」

 

 

 イリスは「いいねいいね」と頷きを繰り返して、メモ帳に記入を続けていた。「いいね」を繰り返す様は、よくあるSNSの「いいね!」を地で再現しているかのようだ。

 

 記入が終わるとイリスはエギルに礼を言い、今度はディアベルに向き直った。

 

 

「はい、ディアベル君の番。オーディナル・スケールとかオーグマーのイベントの時に見てたけど、君も喫煙してないっぽいね」

 

「あぁ、俺も喫煙はしてないよ。そういう身体に悪い事はやめろって、家族からよく言われてたからな。あと、食事の方も自炊を中心にしてるから問題ないと思うぞ。動画サイトのレシピ動画とかもよく見てるんだ」

 

「おぉ、いいねいいね。喫煙について家族に言ってもらえているのは良い事だよ。動画サイトのレシピ動画を参考にしているのも良い。あれらは料理研究家とか専門家が出してるものも多いからね。ならディアベル君も問題なしかな」

 

 

 イリスがメモの記入を進めていく横で、クラインががっくしとしていた。

 

 

「えぇ~……もしかしてオレが一番不健康って奴かぁ?」

 

「残念ながらその可能性が一番高いね。クライン君、好きな物を食べたい気持ちはわかるけど、もう少しだけピザやハンバーガーを食べるのを我慢した方が良い。その方がお金だって浮くしね」

 

 

 クラインは顔を上げる。

 

 

「まぁ、そうですけどぉ……大好きなものはやめられないっていうか……食わないと元気でないって言いますかぁ……」

 

 

 その気持ちはキリトにもわからないでもないので、思わず苦笑いした。直後、イリスがクラインににかっと笑う。

 

 

「では、君がピザやハンバーガーを我慢できた日にダイブできていて、私も同じようにダイブできていた場合は、君に出会い次第、君を抱擁(ハグ)してあげよう。それでいいかな」

 

 

 皆でその一言にびっくりするや否や、クラインは一瞬にして目の色を変えた。絶望しかけていたところから一気に希望に満ちた状態へ昇華したかのようだ。

 

 

「ま、ままままままままままま、マジっすか!? マジですか、マジですかイリス先生!?」

 

「あぁマジさ。ただ、私はこの通り幼女体型(ロリ)になってるから、あまり心地よくないかもしれないけれど」

 

 

 クラインは首を横に何度も振った後に、今度は激しく縦に振った。

 

 

「そんな事ないっす! イリス先生にやってもらえるんなら、オレ今日からピザとハンバーガーは断食します! なんならこの二つを嫌いな食べ物にします! んでもって健康食します!!」

 

「ふむ、いいね。あぁいや、別にピザとハンバーガーを嫌いになれって言ってるんじゃないよ。あくまで食べる頻度を落としてくれっていう話だ。それはわかってくれたまえよ」

 

「よぉぉくわかりましたぁッ!! 本日からしっかり開始しまぁすッ!!」

 

 

 クラインのがっつきぶりと、イリスの笑いに皆で苦笑いする。この様子から察するに、クラインは本気でピザとハンバーガーを食べる頻度を少なくしそうだ。そして基本的に有言実行がモットーであるイリスの事だから、本当にクラインを抱擁するつもりでいるのだろう。

 

 もしかしたらクラインが我慢しろと言われた食べ物を我慢したと嘘を吐いて報告する時もあるかもしれないが、その時はリランやユイが嘘か否かを見抜くから問題ない。

 

 ……イリスはいつの間にか、クラインととんでもない約束を結んでいた。

 

 

「クライン君、エギルさん、ディアベル君は一応問題なしと。後はバザルト・ジョーさんと……念のためにイツキ君にも聞いておくかね」

 

「あの、イリス先生。クライン達にそんな事を聞いてた理由って何なんですか」

 

 

 イリスを専属医師としていたシノンからの問いかけに、イリスは応じた。その表情はいつの間にか引き締まったものとなっていた。

 

 

「菊岡さんから聞いたんだけど、このところ《GGO》をプレイしている最中に亡くなるプレイヤーが出てきているらしいんだ。《アミュスフィア・アクセラレータ》が配布されてから、その傾向が強くなってきているらしい」

 

 

 その言葉に皆でもう一度驚かされる。

 

 《アミュスフィア・アクセラレータ》とは、この前アミュスフィアの製作会社から配布されるようになったアップグレードプログラムの事だ。

 

 ナーヴギアの一応の後継機であるアミュスフィアは、ナーヴギアよりも遥かに低い出力と電力で稼働するフルダイブマシンであり、このスペックのおかげで、ナーヴギアが裏機能として搭載していた電子パルス攻撃によるプレイヤーの殺害のような犯行を一切不可能にできているというのが売りだった。

 

 しかしそれは、ナーヴギアよりも低スペックになってしまうという事も意味しており、実際グラフィック面でも、ナーヴギアで見えていた光景とアミュスフィアで見えていた光景には、かなりの差が開いていた。

 

 ぱっと見程度では気付かないが、しばらくプレイしていたりすると、アミュスフィアで見えるVRの景色は、どこか低画質(チープ)に見えてきてしまうのだ。

 

 このナーヴギアとアミュスフィアの差をなるべく縮められないか、アミュスフィアの安全性を維持したまま、ナーヴギアのスペックやそれが見せる(クオリティ)を再現できないかという要望に応えられるように配布されたのが、《アミュスフィア・アクセラレータ》というアミュスフィアのアップグレードプログラムである。

 

 これをダウンロードし、アミュスフィアにインストールすると、搭載されているOSとファームウェアが専用のものにバージョンアップし、出力と電力のリミッターがある程度解除され、感覚再現、見える光景、アバターの動きが全体的に向上し、ナーヴギアでのフルダイブ感覚の質に近付ける事ができるようになる。

 

 それは消費電力が増え、尚且つナーヴギアという悪魔の機械に近付く事を意味しているため、アミュスフィアでもナーヴギアのような電子パルス攻撃が起こり、プレイヤーが脳を焼き切られてしまう危険性があるのではと危惧(きぐ)する声も当然あった。

 

 しかし実際のところ、《アミュスフィア・アクセラレータ》を使っても、ナーヴギアができていた電子パルス攻撃が可能なくらいまで出力も電力も上げられず、そもそもアミュスフィアとナーヴギアでは機構そのものが大幅に異なるため、電子パルス攻撃はできないという結論が発表されており、その証拠となる映像や資料も公開されていた。

 

 これによってアミュスフィアの殺人機械化はないと実証され、《アミュスフィア・アクセラレータ》もまた安全だと保障されたうえで、一般配布されている。

 

 値段もゲームソフト一本分と変わらないくらいであるため、アミュスフィアを所有しているプレイヤーの九割以上が《アミュスフィア・アクセラレータ》をインストールし、アミュスフィアの機能をアップグレードさせたうえでフルダイブゲームに打ち込んでいる――というのが、今のアミュスフィアの情勢であった。

 

 その《アミュスフィア・アクセラレータ》の登場から、死亡するプレイヤーが出てきただって? キリトは驚きながら質問を投げかける。

 

 

「どういう事なんですか。《アミュスフィア・アクセラレータ》を使ってから、《GGO》で死亡するプレイヤーが出てるって」

 

「ほら、前からあっただろう? フルダイブゲームがあまりにも楽しすぎて、現実世界での健康管理や食生活が不健康極まりないものになったりだとか、ゲーム内の食事に没頭し過ぎて現実世界で食事をしたり、栄養摂取を(おこた)ったりしてなんらかの病気になったりだとか、あるいはそのまま衰弱死するっていう話とか」

 

 

 フルダイブ型ゲーム自体には危険性も何もない。だが、今イリスの言った通り、ゲームに没頭し過ぎて健康管理が(おろそ)かになり、病気になってしまっただとか、最悪の場合衰弱死してしまうなんていう問題は、アミュスフィアと《ザ・シード》の普及によって広まりつつある。

 

 フルダイブ型ゲームは面白いが、適度に遊び、しっかり栄養補給をするように――そういったスローガンと注意喚起が製作会社は勿論、現内閣の方からもされていた。その話を思い出しつつ、キリトが頷くと、シノンが代わりに答えた。

 

 

「確かに、そういう話はありましたね。もしかして、《GGO》でそうなるプレイヤーが増えてしまってる……って事ですか」

 

「そうだよ。《GGO》ではGCを電子(ウェブ)マネーに換金する事ができるから、やればやる程、稼げば稼ぐ程、現実の生活を豊かにできる。だから食事も栄養補給も休息も忘れてのめり込むプレイヤーは元から多かったんだ。

 そのうえ、《アミュスフィア・アクセラレータ》によって、見えるグラフィックのレベル、アバターの動き、感覚再現が精鋭化されたものだから、ゲームそのものが純粋に楽しくなってもいる。それがのめり込みを容易(たやす)いものにしてしまった」

 

 

 イリスは悔しそうな顔をした。《SAO》という最初のVRMMOを作り出した人間の一人として、昨今のVRMMOプレイヤー達の状態は不本意極まりないものなのだ。

 

 

「その結果プレイヤー達の一部は、戦って稼ぐ事にだけ集中するようになってしまった。ある事のために稼ぐべく戦っていたのが、いつの間にか戦って稼ぐ事自体が目的となり、食事管理も健康管理も忘れ、くも膜下出血になっている事に気付かずにプレイし続け、そのままあっさりと死んでしまう……そんな悲しい事故が多発しているんだってさ」

 

「くも膜下出血、ですか」

 

 

 ユイの問いかけにイリスは頷くと、その髪が少しだけ揺れた。そういえば元々ユイの髪色はイリスから遺伝したものであるため、こうして両者が並ぶと、その事がよくわかる。

 

 そのユイが口にした病の名をクラインが繰り返す。少し怖がっているようだ。

 

 

「く、くも膜下出血ってマジですか!? それって確か、なると三十パーセントくらいの確率で死ぬんですよね。そんなのに《GGO》のプレイヤーがなっちまって、死んでるんすか」

 

「あぁ。実際に菊岡さんから病死者の写真を見せてもらったけど、どの人も不健康そうな顔をしていた。生活習慣病とかに縁が近そうで、如何にもくも膜下出血とか脳梗塞になったりしてもおかしくはないような、そんなふうだった」

 

 

 イリスの証言に、皆が喉の奥からの音を漏らす。聞いていて気持ちのいい話ではない。それを聞いていた一人であるリランが答えるように言った。

 

 

「そのくも膜下出血の発症者の中に多いのは、やはり喫煙をしている者、酒を多量に飲んでいる者、高血圧である者、脂肪分の多量摂取で血液が良くない状態になっている者である傾向にあるな」

 

 

 リランの言葉で、エギルとクラインとディアベルの三人が納得したような顔になった。その一人であるエギルが答える。

 

 

「そうか、だから俺達に聞いてたんだな。俺達にくも膜下出血になるリスクを持った奴がいないかどうかって……」

 

「そうだよ。菊岡さんからの報告でわかった犠牲者は、全員男性プレイヤーだった。くも膜下出血は中高齢の女性の方がかかりやすいが、生活習慣が悪くなりやすいのは男性の方が多い傾向にあるうえ、生活習慣が悪ければ、その積み重ねでくも膜下出血に繋がってしまう事も往々にしてあるんだ。だから君達に話を聞かせてもらったわけ」

 

 

 イリスは神妙な顔をしてメモ帳を閉じた。そして顔を上げたが――そこにはぱっとしたような笑みがあった。

 

 

「だけど安心した。君達にはそのリスクはほとんどないよ。クライン君には若干の問題があったかもしれないが、それも小さい方に入る。君達は大丈夫だ!」

 

 

 その一言にエギル、クライン、ディアベルの三名はほっとしたような顔をした。自分達に《GGO》プレイヤーの死因となっている病気に繋がる要素が限りなく少ない事に安堵したのだろう。

 

 それを聞いたキリトも同じように安堵していた。《SAO》からのかけがえのない仲間である彼らから病死者が出るなど、想像もしたくなかったからだ。そんな彼らの無事を確認してくれたイリスは、キリトへ向き直った。

 

 

「さてさてさーて、キリト君と諸君。これからアップデートで追加された《ホワイトフロンティア》の攻略に向かうんだろ?」

 

 

 キリトは即座に頷いた。

 

 先日、《GGO》にて大型アップデートがまたしても行われて、新たなるフィールドである《ホワイトフロンティア》という場所が追加された。事前告知では雪原と雪山が中心となっている氷雪地帯であるという話がされていたが、その詳細情報や風貌はこれから確認しに行く予定であった。

 

 その話を切り出したイリスに、キリトは笑み掛ける。

 

 

「その予定ですけど、イリスさんも加わってくれるんでしょう」

 

「勿論そのつもりだ。これでも私もゲーマーだからね、プレイしてるゲームの新要素は気にならないわけがない。だから君達と一緒に《ホワイトフロンティア》へ向かうんだが……」

 

 

 急に含みを出したイリスに皆で首を傾げた。すぐさまリランが声掛けする。

 

 

「どうしたイリス。《ホワイトフロンティア》に何かあるのか」

 

「あぁ、あるんだな、これが」

 

「え?」

 

 

 シノンの声の後、イリスは帽子を外している事で露出している頭を掻いた。

 

 

「先々月起きたイベントで出会ったリエーブル。あの子が私の娘であって、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》だっていうのは何度も話したよね」

 

「はい。リエーブルの調子は良くなったみたいですよね」

 

 

 キリトに言われて、イリスは頷く。しかしその動作はぎこちない。

 

 

 

「実はさ、リエーブルだけじゃないんだよ。この《GGO》に入り込んじゃって、そのまま行方不明になっちゃった《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》は。

 あと三人、この《GGO》に紛れ込んじゃってる。そしてその子達は今、どうやら《ホワイトフロンティア》のどこかにいるみたいなんだ」

 

 

 

 キリト達は一斉に「ええええええええ!?」と大声を出して魂消た。その声はキリトのホーム内にしばらく木霊していた。

 




 次回、《ホワイトフロンティア》へ。

 そして所在不明の《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》とは。

 乞うご期待。

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