キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 フェイタルバレット編第三章最終話。

 だから、キリシノ。




21:求めた強さ

 

 

 

          □□□

 

 

 

「あぁ~、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)疲れた!」

 

「同感ね。こんなに疲れたのは久しぶりかもしれないわ」

 

 

 自室に戻ったキリトは、ベッドに思い切り倒れた。続けてその隣にシノンも倒れてくる。二人分の重さを受けたはずのベッドは、ぎしりという事なく、マットレスが軽く弾む程度の反応しかしなかった。

 

 前から思っていたが、未来型のベッドは衝撃と重さに強いらしい。そのくせして、ちゃんと寝心地が良いのが意外だ。そんな見た目と寝心地がちぐはぐなベッドに仰向けに寝転がったキリトは、後ろ頭に両手を置いた。

 

 すぐさま、今日の出来事を思い出す。

 

 レイアかと思ったら別人だったという出来事から始まり、忘却の神殿というダンジョンに向かったところでリーファ、リズベット、シリカと同じ姿をしたアファシス、エネミーアファシスと交戦。

 

 その正体を探り当て、もう一度忘却の神殿へ行けば、今度はクレハとイツキとツェリスカのエネミーアファシスが出てきて、レイアの姿をしたアファシスはリエーブルという特別製アファシスで。

 

 そしてリエーブルはキリトのエネミーアファシスの出現を教えてくれて、自分達はそれと交戦し、そこで鯱達とエネミーアファシスが同一の存在だった事を判明させた。その事を教えてくれたリエーブルの真の狙いは、《SBCグロッケン》を滅ぼす事で、リエーブルは実はイリスの産んだ子供の一人で。

 

 《SBCフリューゲル》はそれ自体が超巨大戦機で、緊急クエストが発令されて、《GGO》にほぼ全てのプレイヤーが集まってきて、リエーブルを追って《SBCフリューゲル》の攻略を一気に進めて、最深部(さいしんぶ)に辿り着いて、リエーブルと交戦して。

 

 リエーブルは不適格に作られていたせいでひどい事になって、自分達はほぼ不戦勝して、彼女の守っていた《SBCフリューゲル》のマザーコンピュータである《マザークラヴィーア》を止めて、自分達《エクスカリバー》は緊急クエストをクリアした英雄みたいな事になって、自分のランクは更に上がった。

 

 そこまで思い出したところで、変な苦笑いが出てきた。

 

 

「あ、あはは……ははは……」

 

 

 それをすぐ近くで見ていたシノンが首を傾げてきた。急にこちらが笑い出したのだから、当然の反応だった。

 

 

「ん、キリト?」

 

「シノン……今日、マジですごい」

 

 

 今思い出した事は、全て今日一日で繰り広げられた出来事である。

 

 本来はもっと後の段階で起動するはずだったイベントが、とあるイレギュラー的プレイヤーの手で起動されてイレギュラー化、更にそのイベントのNPCを担っていたリエーブルがイリスの子供であるというイレギュラーな事態が重なって、イベントは更にイレギュラーなものと化していた。

 

 何もかもがイレギュラーであった緊急クエストとそれに関連したイベント。だからこそあんな突発的に次々と発生したのだろうが、それにしたってあまりにも連続で起き過ぎていた。

 

 戦う事、守る事、攻略する事で頭がいっぱいだったため、あまり考えないでいたが、今日一日だけでボスエネミーを五体以上倒している。それも、本来ならば戦うべきではなかったボスエネミーを。

 

 その事を話すと、シノンもまた変な苦笑いの顔になった。

 

 

「あ、あはは……本当に、今日はすごい一日だったのね……」

 

道理(どうり)で疲れるわけだよ……報酬もものすごかったけれど、疲れの方がひどい」

 

「同感……」

 

 

 そんなあまりに過密(かみつ)で、異常な形式になってしまっていた緊急クエストを無事に終わらせた《エクスカリバー》の面々(めんめん)には、最高級の武器や装備が与えられていた。

 

 中でもリーダーであるアルトリウスとキリトには、それぞれ《とっておき》と呼べるモノが譲与されており、アルトリウスとキリトは同じタイミングで同じくらいの声量で驚きの声を上げた。

 

 アルトリウスに譲与されたのはエクストラスキル。どのようなものなのかは、よくわかっていないが、とりあえず普通に手に入れるのは極めて困難なスキルが手に入ったらしい。

 

 それはキリトにも譲与(じょうよ)されるかと思いきや、キリトにそのスキルは譲与されなかった。理由は「キリトが既に習得していたから」であるらしい。

 

 

「けれど、見返りはあったな。なんていったって――」

 

「リランが進化させられたもの、ね」

 

 

 シノンへキリトは大いに(うなづ)く。

 

 その代わりと言わんばかりにキリトへ譲与された《とっておき》。それはビークルオートマタの強化に使用するためのアイテムであった。

 

 現在、プレイヤー達が手にしているビークルオートマタは、実は《SBCグロッケン》で製造された戦機達であり、世界観的には旧型と言えるものであった。

 

 その旧型戦機であるビークルオートマタに、今回手に入ったアイテムを使用すると、ビークルオートマタを《SBCフリューゲル》製の最新型に進化(アップグレード)させられるというのだ。

 

 以前、これまで見た事のない姿形をして、独特な特徴を持っている戦機達が巣喰っている《SBCフリューゲル》ならば、リランを進化させられるモノが手に入るのではないかという予測をしていたが、その予測はまさかの大当たりという運びになった。

 

 こんな事があったものだから、キリトはリランと一緒に大声で驚いて大喜び。居てもたってもいられなくなり、キリトは祝勝会の前にガレージへ向かい、入庫されたリラン――機鋼狼(きこうろう)リンドガルムに、景品アイテムを使用した。

 

 その結果、機鋼狼リンドガルムは進化した。大まかな容姿はあまり変わりないものの、装甲が少し角ばったようなデザインになり、光沢を持つようになった。元の色が白であるためか、当たった光を強烈に反射するようで、一瞬機体が眩しくて見れなくなったくらいだ。

 

 勿論、リランのステータス値にも上昇が見受けられた。機体性能や防御力、基礎攻撃力が一.四五倍くらいとなり、《HP》とバッテリー最大値も増えた。耐久性と稼働持続時間が伸びたのが、キリトにとっては一番嬉しい点だった。

 

 装備の方にも進化と追加があった。これまで使っていた《GAU-8 アヴェンジャー》、《AGM-114 ヘルファイア》、《超大口径狙撃砲(エレファント・スナイパーカノン)》の性能が若干上がり、新たなる装備が三つほど追加されたのだが――その正体が判明した時、キリトは絶句した。

 

 追加された装備は《電磁投射砲(レールガン)》、《荷電粒子ガトリング砲》、《ウルティメイト・プラズマカノン》の三つだ。

 

 これらの性能や使い勝手はまだ試していないが、ステータスを確認した時には、これまで使ってきた装備を遥かに超える数値が出ていた。それこそどんなエネミーが出てこようとも、すぐさま捻り潰してしまえるくらいだ。

 

 特に三番目の《ウルティメイト・プラズマカノン》は腹部に装備するもののようなのだが、実態はよくわかっていない。

 

 イレギュラーな状態で発生した緊急クエストのクリア報酬だからこそ、そんなバランスブレイカーも良いところなものが手に入ってしまったのか、それとも非常に凶悪な火力を発揮(はっき)するが、使ううえでは何かしらの代償が伴うものなのか。

 

 キリトはそんな事を考えたが、疲労を抱えた頭では思考がうまく回らなくて結論も出そうになく、更に言えば運用方法も思い付けそうになかったので、新装備について考えるのは保留する事にした。

 

 いずれにしても、緊急クエストをクリアした報酬はその労力にしっかりと見合うものであった。だからこそ不満な気持ちを全く抱かずに、こうして今ベッドへ寝転ぶ事ができている。

 

 

「俺はランクが上がって、アーサーはトップランカーの一人になって、リランは進化して。色々あったけれど、まぁ、あってよかったんじゃないかな」

 

 

 イレギュラーにイレギュラーを重ねた、最早(もはや)運営も開発も想定していなかったイベント。一部の者達はその発生を非難したりもしていたが、一方でキリトは満足していた。本当に色々ありはしたけれど。

 

 そんなイベントを、シノンはどう思っているのだろうか。問おうとして隣を見たキリトは口を閉じた。自分の隣に寝ているシノンは、浮かない顔をしていた。

 

 イベントに対して不満があったとか、急なイベントと戦闘の連続で疲れてしまったとか、そういった感情によるものではない。

 

 何かすっきりしないものが胸中(きょうちゅう)で引っかかってしまっているような、そういう時に決まってする顔だった。

 

 

「シノン、どうした」

 

 

 ひとまず声を掛けると、シノンは目線を下――キリトの上半身の方――に向けたまま、答えた。

 

 

「ねぇキリト」

 

「ん」

 

「あの時、どうして私のエネミーアファシスは居なかったの」

 

 

 その問いかけに、キリトは思わずはっとさせられた。シノンは続ける。

 

 

「エネミーアファシスがどんどん出てきた時、あなたのと、ユウキのと、カイムのは見たわ。その後アスナ達のも見た。でも、その中に私のエネミーアファシスだけはいなかった。そうよね」

 

 

 そのとおりだ。リエーブルによってエネミーアファシスが続々と出現してきた時、自分のエネミーアファシスもまた現れてきた。

 

 自分のエネミーアファシスは過去の自分自身を参考に作られたエネミーであるため、他のプレイヤーに遭遇されたりすると、何かと拙い事になるかもしれない。そうなる前に自分で倒す――そう思ったからこそ、あの時キリトはアルトリウス達と分かれて行動し、自分自身のエネミーアファシスと戦った。

 

 その際、キリトのエネミーアファシスにはユウキとカイムのエネミーアファシスも同行していたため、こちらにいたユウキとカイム本人が戦う事になった。その際、キリトは頭の片隅で疑問を抱いていた。どうしてエネミーアファシス達は、自分達と同じパーティ構成で出現して来たのか。

 

 それについて色々考えたところ、出現する前に自分達のパーティ情報を受け取っていたからではないかという結論を導き出せたが、そこで不自然な点ができた。

 

 キリト、シノン、ユウキ、カイムの四人――正確にはリランも加えて五人だが、彼女はビークルオートマタという扱いなのでカウントしない――パーティを組んでいたのに、エネミーアファシスはキリトとユウキとカイムのそれの三体だけだった。

 

 シノンのエネミーアファシスだけが抜けていたのだ。

 

 

「それ、俺も気になってた。あの時確かに、君のエネミーアファシスだけは居なかったな」

 

 

 シノンは頷くだけで、何も言わなかった。それが気に入らなかったのだろうか。

 

 しかしキリトにとっては、この出来事は不幸中の幸いみたいなものだった。

 

 エネミーアファシスは対象となったプレイヤーの過去データを参照して作り出されるものであるため、その姿は対象のプレイヤーと全く同じものとなる。現に自分達のエネミーアファシスだって、自分達そのものと言って良いくらいに似ていた。

 

 だから、もしシノンのエネミーアファシスが出現した時、それはシノンと全く同じ姿をしている事になるわけだが――そのエネミーアファシスとの戦闘を想像した時、キリトは全く攻撃ができなかった。いや、攻撃できる自信がなかった。

 

 シノン/朝田(あさだ)詩乃(しの)は、自分が一生かけて一緒に居て、危険から守っていき、愛していくと決めた、誰よりも大切な人であり、伴侶(はんりょ)である。

 

 そんな彼女を攻撃できるかと言われたら、絶対に無理に近しい。だからシノンから決闘(デュエル)申請なんてされようものならば、承諾(しょうだく)ボタンは押せそうにない。

 

 その時を想像した事は三回くらいあるが、いずれも承諾ボタンは押せなかった。もし承諾ボタンを押せたとしても、結局彼女に攻撃できずにやられ、何なのかよくわからない光景を作って、その決闘を無意味に終わらせただろう。

 

 どんな事になったとしても、自分はシノンに剣を振るう事はできない。エネミーアファシスも場合もそうだ。

 

 例えそれが彼女のデータを参照して、彼女の姿を模倣(もほう)しただけの、ただエネミーの一体であるとしても、攻撃すれば彼女本人に何か悪影響が及ぶのではないかという不安がどこからともなく湧いてきて、身体も腕も止まり、剣も止まってしまう。その想像は最後まで打ち消す事ができなかった。

 

 だからこそキリトにとっては、あの時のエネミーアファシスの中にシノンのそれが居なかったのは幸いだった。もしシノンのエネミーアファシスが混ざっていようものならば、どう戦えばいいかわからず、やられる一方だっただろう。

 

 その事をキリトはシノンに話す。

 

 

「でもさ、俺はあれでよかったと思うんだ。君のエネミーアファシスがあの時いなくてよかった」

 

 

 シノンは顔を上げて目を合わせてきた。緑がかった水色の瞳には、疑問の光が浮かんでいた。

 

 

「え? なんで」

 

「だって俺、エネミーアファシスの君とは戦えた気がしないんだ。というかまぁ、最初にリーファとリズとシリカのエネミーアファシスに襲われた時も、かなりの抵抗感はあったんだけれど、君の場合はもっとすごいっていうか。例えそれがただのエネミーなんだとしても、斬りたくない、攻撃したくないって気になっちゃうんだよ」

 

 

 シノンはきょとんとした顔でじっとキリトを見つめていた。キリトにこう言われる事が、余程意外だったかのようだ。

 

 

「だから、あの時シノンのエネミーアファシスと出会わなくて良かったって思ったんだ。例えそれがただのエネミーなのだとしても、俺はシノンを攻撃できない。斬れないし、撃てないんだ」

 

 

 シノンを撃てないというのは、キリトが心の底から理解している事であった。

 

 そもそも彼女がこの《GGO》というゲームにダイブしているのは、彼女の中に巣喰っている銃への過度な恐怖心、トラウマを克服するためだ。そのトラウマに彼女がどれだけ苦しめられているか、彼女がどれ程苦しんできたのか、キリトは嫌というほど理解している。

 

 そういう事もあって、キリトはシノンへ銃を――戦闘中の自分のホルスターに収まっているUSPの銃口を向ける事はできそうになかった。

 

 いや、その行為自体を身体が止めてしまうだろう。本能的に嫌っている事、これをやってはいけないというのがわかっているかのように。そんなキリトを見つめ、シノンは口を動かした。

 

 

「だから、あの時はラッキーだったって?」

 

「……って思ってるよ。シノンだって、過去の自分のプレイスタイルとか、武器の使い方とかを他人に見られる事になるんだから、そうならなくて良かったんじゃないかな。それだけじゃない、エネミーアファシスにはものすごく嫌な部分があったんだ」

 

「それって?」

 

 

 自分自身のエネミーアファシスと対峙した時に見えた、もっとも不快に思ったところ。その部分をキリトはきっぱりと話した。

 

 

「エネミーアファシスは、壊滅的にダサい」

 

 

 シノンの目が点になった。その反応は予想できていたものだ。そりゃあ、こんな事を言われればそんな顔にもなるだろう。だが、エネミーアファシスと戦った結果判明した事実なのだから仕方がない。

 

 キリトは構わず続ける。

 

 

「俺のエネミーアファシスの奴、俺が出さないようなダサい反応とか、情けない悲鳴だとか上げてたんだよ。そのうえ妙にキザっぽくしてたりとか、俺を意図的にダサくしたような事をやってたんだ。これはリランにも確認済みだぞ。リランも「俺のエネミーアファシスは明らかに俺よりダサい」って言ってくれたよ。

 あのエネミーアファシスは本当にムカついた。この《GGO》に来てから、結構ムカつく事はあったけれど、あそこまでムカついたのは初めてだったよ」

 

 

 他人からすれば笑い話だろうが、キリトにとってはそんな事はなかった。エネミーアファシスは対象となったプレイヤーに間違ったイメージを付与しようとする、非常に害悪な存在だ。

 

 だからこそ余計に、キリトはシノンのエネミーアファシスが居なくてよかったと思った。もしシノンのエネミーアファシスが、シノン本人と全く異なるイメージを抱かせるような行動を取るような奴だったら、悪夢以外何物でもない。

 

 

「だからさ、俺はシノンのエネミーアファシスが居なくて本当に良かったって思うんだ――」

 

 

 キリトは言いかけた途中で声を止めた。晴れてくれるかと思っていたシノンの表情が、(くも)ったものに戻っていたのだ。シノンの心の雲を払うために、エネミーアファシスについて色々言ったつもりだったが、結局雲払いには繋がらなかった。

 

 キリトは失敗した気持ちになって、申し訳なく思いながら、シノンに改めて問うた。

 

 

「んーと、シノン。引っ掛かってるのはなんなんだ」

 

 

 シノンは目線を合わせないまま、(くちびる)を開いた。

 

 

「……キリトは、自分のエネミーアファシスを倒して、強くなれたじゃない」

 

「え?」

 

 

 キリトは目を少し見開き、首を(かし)げた。これまでの事もあって、シノンの言う事はだいたい理解できるようになってきているし、理解するように(つと)めているつもりだが、今回はそうではなかった。

 

 シノンは続けてくる。

 

 

「エネミーアファシスは結局、そのプレイヤーの過去のデータを参照する事によって作られていたモノだったんでしょう。それはつまり、そのプレイヤーの過去の姿。《過去の自分自身の姿》って事よね」

 

「……」

 

 

 シノンが何を言いたいのか、エネミーアファシスに対して何を思っているのか、わかってきたような気がした。しかしキリトはひとまず口を閉じ、彼女の言葉を続けさせた。

 

 

「私、エネミーアファシスの話を聞いて思ってたの。もし、私のエネミーアファシスが現れた時、そいつを私自らの手で殺せば、私は過去の自分に決着を付けられて、今より強くなれるんじゃないかって……だってそいつは私の過去の姿、《過去の弱い私》なんだから」

 

 

 キリトは瞬きを数回()り返す。思った事はぴたりと当たってしまっていた。シノンはやはり、自分のエネミーアファシスを過去の自分自身に当てはめ、自分の手で倒したかったのだ。

 

 よくよく考えれば、シノンのトラウマ――PTSDは過去から来ているものであり、過去から現在まで伸びてシノンを縛り付けている鎖とも考えられる。いや、少なくともシノンはそう思ってしまっているのだろう。

 

 《GGO》に来る前に愛莉(あいり)/イリスから聞かせてもらった話によると、シノン/詩乃は自分を罪人だと思い込んでおり、あの時銃を発砲して強盗犯を撃ち殺してしまった自分を許せないでいる状態にあるらしい。

 

 あの事件は銀行強盗に入った強盗犯が全ての元凶なのであって、それを放っておけば銀行員全員が撃ち殺されていても不思議ではなかった。だから強盗犯から拳銃を奪い取って、そいつを撃ち殺したという詩乃の行動は正当防衛であり、罪に問われる事は一切ないのだ。

 

 本当はそうなのに、詩乃は罪なんて犯していないのに、詩乃本人は自分を罪人だと思い込んでしまって、やめられなくなっている。それがイリスから聞かされた詩乃/シノンの状態だった。そしてシノンは今、この状態を打破してPTSDを完治する事に焦っている節が出てきている状態でもある。

 

 そんな彼女が、エネミーアファシスを過去から鎖を伸ばして自分を縛り付けてきている自分自身に当てはめ、そいつを撃ち殺す事ができれば、その鎖を断ち切れるという結論を思い付いたというのは、容易に想像できた。

 

 今のシノンの曇り空のような顔は、悔しさと怒りによるものなのだったのだ。彼女は自身のエネミーアファシスと出会えなかった事、交戦できなかった事、撃ち殺せなかった事を悔いて、怒っている。

 

 しかしそれは的外(まとはず)れではないか――キリトは少なくともそうとしか思えない。

 

 確かにエネミーアファシスは対象のプレイヤーの過去のデータを参照して作られるが、それはあくまで《GGO》の中でのデータであって、何年も前の、現実世界での自分が参照されるわけではないのだ。

 

 いや、イツキやツェリスカのように、当時の現実世界での自分が諸に出ている頃のデータが参照され、今の本人と全く違う様子のエネミーアファシスが生成される事もあるのだろうが、シノンはそうではないだろう。

 

 もし仮にエネミーアファシスのシノンが生成されたとしても、きっとそれは、今のように強くなる事に(こだわ)り、自分を縛り付ける過去の自分自身の鎖を断ち切ろうと(あせ)っている、今と何も変わりのない彼女の姿となるだろう。それは今彼女から聞いた、彼女が思い描いている《過去の弱い自分》というモノと同じなのか、それとも違うモノなのか、キリトには(つか)めなかった。

 

 だがいずれにしても、例えエネミーアファシスのシノンを、シノン本人が倒したところで、彼女の心や精神に劇的な良化が起こるとは思えない。そもそもエネミーアファシスだって、ある程度時間が経過した際にはプレイヤーの似姿をしているものの、明らかに様子や外観の色相、雰囲気が異なっているものになっていた。

 

 途中からはただのプレイヤーのコピー体ではなくなっていたから、それは(すなわ)ち、プレイヤーの過去の姿ではなくなっていたという事だ。だから、あの時以降にエネミーアファシスのシノンが出てきた場合、尚更シノンの思い描いている過去の弱い自分からは遠ざかっていただろう。

 

 結局、シノンのエネミーアファシスとシノンが戦ったところで、彼女が満足いく結果には辿り着けなかっただろう。頭の中でそう結論付けたキリトに、シノンは問いかけてくる。

 

 

「ねぇキリト、そうでしょう。あなたは自分のエネミーアファシスを倒して、強くなれたんでしょ。過去の弱い自分に打ち勝って――」

 

「そんな事ない」

 

 

 キリトに告げられたシノンは「えっ」とか細い声を出して目を見開いた。求めていた答えと違う事を言われて驚いているのだ。だが、やはり事実なのだから仕方がない。

 

 キリトは右手でシノンの肩に触れた。下着姿になっている彼女の地肌に触れ、その温もりが掌に伝わってくる。

 

 

「落ち着いてくれ、シノン。俺、さっき言っただろ。エネミーアファシスは途中から、そのプレイヤーの過去のデータを参照したものじゃなくなってた、俺の場合は俺よりずっとダサいのになってたって。あんなのを倒したところで、全然強くなった気なんかしない。ただのエネミーを倒しただけみたいな、そんなくらいにしか感じられなかった」

 

 

 シノンは喉の奥から小さな音を出した。キリトは続けた。

 

 

「だから、もし本当にシノンのエネミーアファシスが出てきていたとしても、それはきっと、君の言っている《過去の弱い自分》とは違うと思うんだよ。エネミーアファシスを倒したところで、それが君が強くなる事に繋がるかって言われると、そんな事ないって思うんだ。だから、君のエネミーアファシスを君が倒したとしても、君が望んでるような事にはならなかったとしか、俺には思えないんだ」

 

 

 シノンは何も言わなかった。ただ黙ってこちらの目を見つめているだけだった。それに対して、キリトは思った事を口にする。

 

 

「ごめん、シノン。多分、君はこういう事を言ってもらいたいんじゃないってわかるけど、本当はもっと良い事を言うべきなんだろうけど……ごめん」

 

 

 そう言うしかなかったから、キリトは尚更歯痒(はがゆ)くて悔しいような気持ちになった。もっとマシな言葉はなかったのか。もっと彼女に寄り添えているような言葉はないのか。彼女と二年以上も一緒に居るのに、こんな事しか言えないのか。自分に対する嫌悪が高まっていった。

 

 だが、途中でそれは止まった。シノンがその口を開いたのだ。

 

 

「……ごめんなさい、キリト。こんな事聞いたって、あなたが困るだけなのに……私、自分がこうだって思ってた事を、好き勝手にあなたにぶつけてしまって……そんな事したって、あなたが迷惑に思うだけなのに……」

 

「いや、迷惑ってわけでもないけれど……」

 

 

 シノンは首を横に振った。それを終えても、下を向いたままだった。

 

 

「でも、ごめんなさい。なんだか胸の中がもやもやするっていうか……すっきりしないっていうか……」

 

 

 シノンがそう言う時、何をすれば良いか。キリトはそれをとてもよく理解している。その事を、キリトは口に出した。

 

 

「……されますか、姫様。騎士は応じられますぞ」

 

 

 シノンはまたしてもきょとんとした表情になって、キリトに顔を上げた。

 

 

「えっ、知ってたの、やり方」

 

 

 キリトは頷く。彼女の言うやり方とは勿論、自分は彼女にだけ、彼女は自分にだけ許している行為を可能にするやり方だ。

 

 

「うん。オプション(いじ)ってたら見つけた。《SAO》、《ALO》、《SA:O》と渡って来たけど、全部にあったから、《ザ・シード》が採用されてるゲームにはあるみたいだぞ」

 

「…………それじゃあ…………お願いしてもいい……?」

 

 

 少し熱っぽくなったような顔になったシノンに、キリトは快く頷いた。

 

 

「あぁ。俺も丁度、したかったところだから」

 

「……ありがと」

 

 

 シノンから小さな声で言われてから、キリトはオプションを開いた。奥へ奥へと進んでいき、とある一つの項目を解除した。そのタイミングはシノンと同じであり、オプションウインドウを閉じたのもまた、同時だった。

 

 更に部屋の照明を最小にして、戸締りをしっかりとして、キリトはウインドウを完全に閉じた。

 

 そして二人で見つめ合う事数秒後、シノンの方がゆっくりと身体ごと顔を寄せてきて、その柔らかい唇をそっとキリトのそれと重ねてきた。

 

 

 彼女の唇を自身の唇で受け入れたキリトは、優しく包み込むように、両手を彼女の身体へ(まわ)した。

 

 

 

 

 

(フェイタル・バレット 04に続く)

 




 次回からは《雪原の歌姫》編。乞うご期待。



――新登場武器解説――

電磁投射砲(レールガン)
 一応実在する兵器(装置)。ローレンツ力で弾丸や物体をとんでもない速さにまで加速させ、撃ち出すもの。従来の大砲、カノン砲、榴弾砲などとは雲泥どころではない差の威力を発揮する事ができ、現実世界でも研究と開発、実装が進められている。用途は飛来した隕石の破壊など。

 本作中では、狙撃砲の上位に位置する存在。ビークルオートマタにのみ搭載できる重火器であり、遠くから対象を恐るべき破壊力で貫く。ただし弾薬費はとんでもなく高いうえ、使うたびにビークルオートマタのバッテリーが一%減るので、使い方を間違えると詰む。


荷電粒子ガトリング砲
 実在しない兵器。荷電粒子を加速させてビーム、レーザー弾として発射する重火器。本作中ではガトリング砲の一応の上位に居る存在であり、レーザー弾をガトリング砲と同じ速度と連射力で発射できる。あまりに高出力であるため、プレイヤーの装備している《光学弾減衰フィールド》を普通に貫通する。

 ただし、荷電粒子はビークルオートマタのバッテリーを消費して放っているものであるため、三十発撃つごとに一%バッテリーが減る。バカスカ撃てばあっという間にバッテリー切れを起こしてしまう。


ウルティメイト・プラズマカノン
 実在しない兵器。ビークルオートマタのバッテリーに直結し、全ての電力とエネルギーを砲門に集束させ、超極太のプラズマレーザーを放つ。あらゆるものを消し炭に変えるくらいの威力を持つ。

 ただし、使用開始直後にビークルオートマタは地面に固定され、身動きが取れなくなるうえ、使用後はバッテリーが空になるため、替えのバッテリーを持参していないと詰む。


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