キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

458 / 565
 ※ショッキング描写注意。

 


18:リエーブルⅡ ―侵略者との戦い―

          □□□

 

 

 

「何度も言っているけれど、リエーブルを止めておくれ。私も手を貸す」

 

「リエーブル、なんて無茶をしてしまったの……」

 

 

 イリスとツェリスカが声を掛けてきた。

 

 イリスの方は(まず)い事態になった事を悔しがっている表情を、ツェリスカの方は悲しそうな表情を顔に浮かべていた。その視線は魔獣型戦機ベヒーモスの背中に乗っている一人の少女に向けられている。

 

 

「無茶? 別にいいじゃないですか。わたしが壊れてしまった方が、あなた達にとっては都合の良い事でしょう」

 

 

 少女はこちらを見下す目付きを崩さないで言った。《SBCフリューゲル》の管制塔そのものであり、このイベントの元凶である《アファシス Type-Z》。リエーブルというのがその名前である少女は、つい先程までと様子が異なった姿をしていた。

 

 まず目が赤紫色に染まり、白目が黒く変色した、異様極まりないものとなっている。銀色の髪の毛はピンク色に発光していて、着用しているスーツもまた赤と黒の二色に染まり、赤色の部分は強い光を放っている。

 

 しかもスーツの一部は激しく熱されたように穴が開いており、胸元の上部、腹部が露出してしまっていた。

 

 その外観を見るだけで、リエーブルの身体の内部から膨大(ぼうだい)なエネルギーの奔流(ほんりゅう)が起きていて、今にも限度を超えてしまいそうになっているのがわかった。それを招いたのはリエーブルの《リミッター全解除(フルオープン)》という言葉だった。

 

 彼女がそう言った後、その身体から光が発せられたかと思うと、彼女の身体は今のものに変わっていたのだ。それを見た途端(とたん)にツェリスカは激しく焦り始め、同時に、リエーブルが操っていると思われる魔獣型戦機は動き出し、こちらに襲い掛かってきた。

 

 巨躯(きょく)から放たれるボディタックルを回避して、キリトはツェリスカに問うた。

 

 

「ツェリスカさん、リエーブルはどうなってるんですか!?」

 

 

 答えてきたのはツェリスカではなく、デイジーだった。非戦闘員である彼女は退()き、出口の周辺に居る。

 

 

「リエーブルは今、自身にかかっていたリミッターを全て解除してしまっているのです。それで高い戦闘能力を発揮している状態です」

 

「リミッターだって?」

 

 

 アルトリウスが問いかけると、デイジーは更に話してくれた。

 

 

「わたし達アファシスにはリミッターがかかっています。それがある事によって、限界を突破した力を無暗に出して危険な状態になってしまわぬようになっているのですが、このリミッターを解除する事によって、わたし達は本来の限界を超えた非常に高い出力を発揮(はっき)して戦ったり、情報処理を(おこな)ったりする事ができます。しかし、リミッターの解除はアファシスのメインプログラムに膨大な負荷をかけるので、長時間使用し続ければメインプログラムが激しく損傷し、最悪の場合機能できなくなってしまいます」

 

「つまり、リミッター解除を長時間続けてしまったアファシスは、死んでしまうの」

 

 

 ツェリスカの一言で皆が一斉にざわついた。そうだろうとは思っていたが、やはりリエーブルは自分の命を削るような行動を取っていた。

 

 どのような人物なのか全く想像が付かないマスターのために《SBCグロッケン》を滅ぼすべく、自分の命を代償にしてまで戦っている。

 

 リエーブルの中にあるであろうマスターへの忠誠心は、燃え盛る事でエネルギーを生み出し、リエーブルを突き動かしている炎だ。炎は確かにリエーブルに大きな力を与えるが、長時間燃え続ければ、やがてリエーブル自身を中から焼き壊し、(すす)に変えてしまう。

 

 だからこそ、その禁じられた炎を自分の意志で着火できたリエーブルが不思議で仕方がなかった。何故彼女はそんな危険な行動をとれるようになっている――その疑問を同じように抱いていたのがシノンだった。

 

 

「なんでそんな危ない機能を、あの()は使えてるのよ?」

 

「《Type-Z》だからだろう」

 

 

 そう告げたのがイリスだった。《レゲンボゲン・リュストゥング》の虹学迷彩機能(こうがくめいさいきのう)をシャットアウトし、鎧本来の白色を出した状態で、イリスはレーザーアサルトライフルを構えていた。

 

 

「聞いたところ《アファシス Type-Z》は、《Type-X》よりも多くの権限や機能を持ってるって話だったよね。その中にリミッター解除を自分でできる権限があったんだろう。それを把握したリエーブルのマスターがあの娘に戦闘時にはリミッター解除をするように持ち掛けた。そうだろう、リエーブル?」

 

 

 本来の母親の問いかけに、娘は応じた。意外な答えを得られて喜んでいるような顔だった。

 

 

「せいかーい! わたしには多くの権限が与えられているのです。その中には勿論、リミッター解除を行う事のできる権限もあるんですよ。これもわたしが特別な《Type-Z》だからできる事なんですよ! 平凡な旧型の《Type-X》と違って!」

 

「リミッターの解除は危険なんですよ! 下手すればリエーブル、あなたは機能できなくなって、大切なマスターとお話したりできなくなるんですよ! そんな機能を使う命令を、あなたのマスターは下したっていうんですか!?」

 

 

 同じアファシスの、旧型であるレイアの問いかけに、リエーブルはすんなり頷いた。

 

 

「そうですよ。マスターはこの力を特別なものだと言ってくれました。その特別な力によって、これからあなた達はすり潰されるんですよッ!」

 

 

 リエーブルが大声を出すのと同時に、魔獣型戦機がレイアに向けて叩きつけを繰り出した。ビークルオートマタとなったリランの全高、五メートルを超えて八メートルくらいあるように見える巨躯の剛腕(ごうわん)がレイアを潰さんと迫ったその時、アルトリウスが咄嗟(とっさ)にダイブしてレイアを抱き込み、攻撃範囲から脱した。

 

 間もなくベヒーモスの腕がレイアがそれまでいた空間を叩き潰し、床を(ひしゃ)げさせた。

 

 よく見てみれば、魔獣型戦機ベヒーモスの身体にも、リエーブルと同じような赤い光を発する部分ができている。リエーブルがリミッターを解除するにあたって、ベヒーモスもまた自身のリミッターを解除してしまっているらしい。という事はつまり、ベヒーモスは通常よりも強くなっているという事になる。

 

 あのベヒーモスの素の強さがどれくらいなのか、まだ体験していないというのに、いきなりリミッター解除による強化が(ほどこ)されたベヒーモスが登場してきてしまっているから、あのベヒーモスがどれだけ強いのか全くわからない。

 

 だが、少なくとも尋常(じんじょう)ならざる強さを手に入れていて、一度でも攻撃を喰らえば致命傷に至る可能性は非常に高いだろう。

 

 現にレイアを叩き潰そうとした一撃で、床が派手に変形しつつ衝撃を走らせていた。あんなもの喰らったら一溜りもないのは考えなくてもわかる。

 

 

《キリト、皆に救難信号を送れ! 皆をここに集めなくては、勝てる見込みなどないぞ!》

 

 

 リランの《声》にキリトは頷き、救難信号を放った。

 

 遠くにいるパーティメンバー、同じスコードロンの仲間達に自分の場所を知らせるためのサインが《SBCフリューゲル》へと浸透(しんとう)していった。リランの言った通り、強化されたベヒーモスとリエーブルを止めるには、皆の力をここに結集させて立ち向かうしかない。

 

 

「おっと、お仲間の皆さんへ救難信号ですか。ご心配なく、お仲間が来てくれるより前にあなた達を潰してしまいますので」

 

 

 リエーブルの言葉に合わせ、ベヒーモスは突然後ろ脚だけで立ち上がり、上半身をぐおんと振り上げた。次に何が来るかは容易に想像でき、キリトは咄嗟に指示をする。

 

 

「後ろに退避しろ!」

 

 

 ベヒーモスの近くにいたツェリスカ、クレハがバックステップを数回繰り返して後退すると、キリトの予想通り、ベヒーモスは上半身を勢いよく振り下ろすボディプレス攻撃に出た。ツェリスカとクレハがそれまで居た空間を巨躯が叩き潰し、床の破片が(つぶて)のように飛び散った。

 

 ベヒーモスの全長は見たところリランの十五メートルの二倍近くある。恐らく二十メートルくらいに到達しているだろう。それだけの大きさを持つ鋼鉄の魔獣の重さは、数百トンは軽くあるに違いない。

 

 あんなものに圧し潰されようものならば一溜りもないだろうが、そんな重さのものがかなりの速度で暴れ回っているにも関わらず、この展望台が崩れて居住区へ落ちていきそうな気配は見受けられない。

 

 それはつまり、マップ構造やギミックについては何も心配がいらないという意味だろうが、今はそれが嬉しくなかった。あの強化された魔獣型戦機をこの場所から叩き落して、高所落下ダメージで即死させる方はないかと思ったからだ。

 

 これまでのゲームのボスでも、そういった意外なギミックであっさり倒せる裏技的なモノがあった。なのでそれを狙う事で、あの魔獣型戦機もあっさり撃破できるのではないかと考えたのだが――それは(はかな)い願いだった。

 

 魔獣型戦機はギミックに頼らず、純粋な力の激突だけで倒すしかない。それも《SBCグロッケン》がこの移動要塞に踏み潰されるまでの三十二時間以内に。

 

 三十二時間もあれば十分すぎるように感じられるが、今のところ自分達以外のプレイヤーのパーティがここら辺まで接近してきてくれている様子はない。皆、移動要塞内を守っているエネミーの軍団に手を焼き、全く先に進めないでいるのだろう。

 

 もしかしたらここまで辿り着ける者達も出てくるかもしれないが、その時《SBCグロッケン》が踏み潰されていたら意味がないし、ここまで辿り着けたとしても、あの魔獣型戦機ベヒーモスとリエーブルに勝てるかどうか怪しい。

 

 現に自分達でさえ、あの一人と一匹をどうすればいいか、わからなくなっているのだから。

 

 そこで、キリトは唯一の希望であるリランに声を掛けた。

 

 

「リラン、いつもみたいに取っ組み合いとかできないのかよ」

 

 

 ボスモンスターとの戦いになった時、元の姿に戻っているリランならば、取り押さえたりして動きを止めてくれたりしたものだが、その時と同じ事ができないものか。キリトの考えに、リランは首を横に振ってきた。

 

 

《できぬ。ベヒーモスがデカすぎるのだ。取っ組み合いを仕掛けたところで押し負けるのは目に見えておるから、やらぬぞ》

 

「……だろーな」

 

 

 キリトはリランとベヒーモスを見比べる。

 

 リランの全長は十五メートル、全高は五メートルくらいで、ベヒーモスは全長二十メートルの全高八メートルくらいだろう。大きさの面で既にリランは完敗しているから、取っ組み合いなど意味をなさないどころか、リランが押し潰されて戦闘不能になるだけだろう。貴重な火力であるリランをそんな事で失うのは愚かな選択に他ならない。

 

 

「無理ですよ。あなた達が勝つなんてあり得ません。ベヒーモス君もわたしも、リミッター全解除をしているのですから、戦闘力はいつもの倍以上! あなた達に勝ち目なんてありませーん!」

 

 

 リエーブルが高らかに笑うと、ベヒーモスの背中のハッチが開いた。中からミサイルが飛び出し、周囲に降り注いで連鎖爆発を起こす。ベヒーモスはあの巨躯だけが武器ではなく、ミサイルなども搭載しているらしい。

 

 今のは威嚇(いかく)射撃や牽制(けんせい)みたいなものだったから周囲を爆撃しただけのようだが、もし対象をしっかりロックオンして飛ばしてこようものならば、やはり一溜りもない。

 

 並大抵の戦機を遥かに超える巨躯と質量と運動能力を持ち、更にミサイルといった重火器まで搭載している。ベヒーモスは完璧だ。完全に理不尽なエネミーだ。だからリエーブルの言っている「あなた達に勝ち目なんてありませーん!」は真実になってしまっている。

 

 しかし、ベヒーモスとリエーブル――彼女はイリスの子供であり、電脳生命体であるイレギュラーだが――、この一匹と一人はボスエネミーである事に変わりはない。

 

 ボスエネミーであるならば、確実に倒す方法が存在しているという事だ。どこかにベヒーモスとリエーブルを倒す方法が隠れている。

 

 皆が来れば総力戦で何とかなるかもしれないが、それまでに彼女らの弱点を見つけ出しておけば、もっと早くこのイベントをクリアし、この世界に起きた混沌を鎮圧できるだろう。

 

 その希望を見つけるべく、キリトはベヒーモスとリエーブルを見る。

 

 

「――ッ!」

 

 

 その時、一際大きな発砲音がして、ベヒーモスの右肩周辺に炎を伴わない小規模な爆発が起きた。シノンの《ヘカートⅡ》による射撃だ。

 

 彼女の持っている《ヘカートⅡ》を含んだ対物(アンチマテリアル)ライフルは戦車や戦闘機を相手にするための銃火器というのが本来の役割である。

 

 その役割は《GGO》でも健在であり、《ヘカートⅡ》の弾丸は他の銃火器のそれと比べて、非常に高いダメージを戦機へ叩き込む。

 

 流石にリランの持っている重火器には届かないが、この場に居るプレイヤーの持っている武器の中では、シノンの《ヘカートⅡ》が一番ベヒーモスにダメージを与えられるだろう。そしてそれを上回るのがキリトのビークルオートマタのリラン、イツキのビークルオートマタである神武の搭載している重火器の数々だ。

 

 あのベヒーモスはちょっとやさっとの攻撃では全く動じない。シノン、リラン、神武による攻撃を中心にして仕掛けていくのが一番良い方法かもしれない。いや、それしかないだろう。キリトは咄嗟に三人――神武の場合は飼い主であるイツキ――へ声を掛けた。

 

 

「シノン、リラン、俺達であいつらの注意を引くから、攻撃をなるべく叩き込んでくれ! イツキも神武に撃ちまくらせろ!」

 

 

 リランは《わかった!》と、イツキは「OKだよ」と答えてくれた。間もなくリランはアヴェンジャーで射撃し、イツキの神武も胸部の機銃を連射する。

 

 どちらも戦闘機や戦車に搭載されるものなので、ベヒーモスにしっかりダメージを与えてくれたが、減り方はごく僅かだった。ベヒーモスの装甲は想像以上に分厚く、アヴェンジャーの弾丸でさえ通しにくいらしい。

 

 神武の機銃の強さはわからないが、それでもベヒーモスに対して満足のいく威力は出ていないだろう。そこに加えてアルトリウス、クレハ、ツェリスカ、イリスが手持ちの銃火器で銃撃を加えてくれてもいるが、ベヒーモスの《HPバー》はほとんど減らない。

 

 こちらが出せる火力と向こうの防御力の間に、非常に大きな溝ができているようだ。そもそもベヒーモスはもっと後の段階で出てくるはずだった戦機だから、こちらの火力は足りていなくて当たり前なのかもしれない。

 

 あちらは圧倒的強者であり、こちらは圧倒的弱者。リエーブルが笑うのも当然だろう。

 

 

「あっはははは、無駄ですよ。何度も言わせないでください、あなた達に勝ち目なんてないんですよ! リミッター全解除をしたわたしとベヒーモス君に、潰されちゃってくださーい!」

 

 

 リエーブルが嘲笑(ちょうしょう)すると、合わせてベヒーモスはボディタックルの姿勢を作ってシノンへ突進した。狙撃手をうるさく感じたが故の攻撃だろうか。

 

 その対象であるシノンは床に二脚を立て、自身は伏せている状態で射撃をしていた。しかし流石は瞬発力を必要とされる狙撃手の立場にいる彼女、ベヒーモスのボディタックルの姿勢に入ったその次の瞬間には立ち上がり、《ヘカートⅡ》を抱えていた。

 

 

「――うッ!?」

 

 

 そのまま横方向に回避していくかと思いきや、シノンは突然脱力したようになって、その場で(ひざ)を付いてしまった。伏せの姿勢から急に立ち上がったために立ち眩みを起こしたのだろうか。いずれにしてもシノンの回避は失敗し、ベヒーモスは一気に彼女へ迫っていった。

 

 

「シノン!!」

 

 

 キリトは出せる力全てを脚に込めてダッシュした。AGIを優先的に上げていたのが(こう)()したのか、ベヒーモスが来るより先にシノンの(もと)へ到達できた。そのままスピードと勢いを乗せてシノンを《ヘカートⅡ》ごと抱き込み、横方向へ思いきりダイブする。

 

 ベヒーモスの巨躯がほんの少しだけ後ろを通過していった。なんとか回避に成功できた。キリトはシノンと(もつ)れ合いながら転がった先で確認した。その勢いが止まったところで、皆がベヒーモスの注意を引き始めてくれた。

 

 そこでキリトはシノンへ向き直った。いつの間にかキリトはシノンに覆い(かぶ)さるような体勢になっていた。

 

 

「シノン、大丈夫か」

 

「キリ、ト……ごめ……」

 

 

 シノンの顔を見てキリトは思わずはっとした。シノンは汗だくになっている。急な運動はしたが、それで出る量を明らかに上回っている汗をかいていた。

 

 まるで熱中症のなりかけのようだ。

 

 

「シノン、どうしたんだよその汗。まさか、具合が悪いのか」

 

 

 シノンは息を少し荒くして答えた。空気が吸いにくいかのようだ。

 

 

「キリト……なんかここ……暑くない……? 私、さっきから暑くて……そのせいで、ふらふらしちゃって……」

 

 

 直後、キリトは額の表面を動くものの存在を認めた。汗だ。いつの間にか自分もシノンの事を言えないくらいに汗をかいていた。戦闘服の中も汗でぐっしょりになっている。

 

 暑い。

 

 呼吸をする度に、熱くて不快な空気が仮初(かりそめ)の肺の中に流れ込んできて、もっと汗が噴き出しそうになる。部屋の中を満たす空気が加熱されているかのようだ。戦いに夢中になっていて気が付かなかったが、こんなにもこの場は暑くなっていたのか。

 

 

「た、確かに暑いな……なんなんだ、これ……」

 

 

 これだけの暑さを部屋に(こも)らせるものといえば、イツキの神武だ。神武の持っている装備は火炎弾、ナパーム弾、対空ミサイルと、炎と熱に関連するものばかりで、一度敵対した時には温度にも手を焼かされた。

 

 この暑さも神武によるものなのか――そう思ったものの、よくよく考えてみたところ、神武はベヒーモスとの戦いになってから火炎弾はそんなに撃っていないし、そもそも火炎弾は着弾すると爆発して炎を出すが、すぐに消えてしまうようになっている。部屋の温度を上げてしまうような効果はないだろう。

 

 ではナパーム弾はどうかとも思ったが、神武がベヒーモスに向けてナパーム弾を放ったところは見ていない。結局のところ、神武がこの暑さの原因ではないだろう。

 

 この暑さは一体何によるものだ。

 

 

「暑い……この部屋、なんか急に暑くなってきてない……?」

 

 

 クレハが汗で顔を濡らしながら言うと、アルトリウスが頷く。彼の顔も既に汗でびしゃびしゃになっていて、床に汗をぽたぽたと落としている。

 

 

「デイジー、今、ここはどうなってるんだ……」

 

 

 アルトリウスの問いかけに、デイジーが答えた。アファシスというヒューマノイドであるにも関わらず、彼女まで暑そうにしていた。

 

 

「現在、この部屋の気温は四十度に到達しています。このままでは脱水症状が起こり、皆さん熱中症になってしまいます」

 

「四十度!? なんでそんなに暑くなってるんだ」

 

 

 驚いたキリトに答えてくれたのはツェリスカだった。やはりというべきか、汗で顔が濡れているうえ、ところどころ露出している肌にも汗が浮かんでいる。

 

 

「リエーブルよ。アファシスのリミッター全解除は、膨大なエネルギーがその身体の中を巡るようになるのだけれど、一緒にものすごい熱が排出されるようにもなるのよ。今、リミッター全解除をしてるリエーブルの身体から排熱が行われて、この部屋を満たしてしまっているみたいね……」

 

 

 つまりパソコンやゲーム機と同じだ。

 

 パソコンやゲーム機の一部は、膨大で高度な処理を行った場合、内部にすさまじい熱を作り出す。作られた熱はヒートシンクとダクトを通って外部へ排熱されるが、そのせいで部屋の温度が上昇する事も多々ある。

 

 キリトもパソコンを自作したばかりの頃は、高性能のCPUを搭載させたのは良いが、内部高温化防止、排熱処理まで上手く手を(まわ)す事ができず、猛烈な熱をダクトから排出させ続ける状態を作ってしまって、結果室内を高温にしてしまい、夏でもないのに熱中症になりかけた事もあった。

 

 その時と同じ事がこの部屋で、リエーブルを原因にして起きている。そのリエーブルはというと、身体の内側から出る熱による陽炎(かげろう)(まと)いながら、楽しそうな顔をしていた。

 

 

「あらあら、皆さんもうバテてしまったんですか~? わたしはちょっとヒートアップして楽しいくらいなのに!」

 

 

 いつの間にか、彼女の履いている穴だらけのニーソックスは完全に焼失してしまい、健康的な形をしている(もも)が露出してしまっていた。そればかりかスーツの穴も徐々に大きくなっている。明らかに異常だが、リエーブルは何ともなさそうだから、疑問で仕方がなかった。

 

 そんなリエーブルを見て、レイアが焦りながら叫ぶ。

 

 

「リエーブル、そんなになるまでリミッター解除をしてて、どうして平気なんですか!? リミッター解除をした事がないわたしでもわかるのです、もうリエーブルはとっくに危険な状態になってるはずなのです!」

 

 

 ツェリスカが更に続ける。

 

 

「レイちゃんの言う通りよ。ここまでの排熱が起きてるって事は、もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事なのよ。なのに、リエーブルはどうして平気なの!?」

 

 

 その疑問にはイリスが答えた。暑さに耐えられないのか、帽子を背中に移していた。

 

 

「《アニマボックス》だよ。リエーブルのコアプログラムは私の作った《アニマボックス》だ。それのおかげでアファシス本来の限界時間を超えても、リミッター解除を続けていられるんだろう」

 

「そ、そんな!」

 

 

 クレハが悲鳴を上げるように言っているが、イリスの説明が事実なら納得がいく。リエーブルは《アニマボックス》という特別な機構をコアにして動いている《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》。真の意味で《アファシス Type-X》を超越した究極のアファシスなのだ。

 

 だからこそ、《アファシス Type-X》ができない事もできる。なんという存在を敵にしてしまったのか。キリトは改めて目の前の脅威を認め、ごくりと(つば)を飲み込んだ。それさえも熱い。

 

 だが、その時だった。不意にイリスが何かを思い付いたような様子を見せた。

 

 

「ん? 待てよ。《アファシス Type-X》……アファシスそのものの限界時間を超えた時間、リミッター解除をしてる……? それでこの暑さができてる……?」

 

 

 おい、待ってくれ。今それどころじゃないんだぞ――キリトは咄嗟にそう言いたくなった。

 

 イリスは何か強く気になった事があると、いつでもどこでもあんな感じで考え込み、動作が止まる。《SAO》の時はそもそも戦場にいなかったため、何も起きなかったが、《ALO》、《SA:O》では考え込みが原因で攻撃を受けるなんて事もあった。

 

 今、限界突破してもへっちゃらの怪物と化したリエーブルと戦っているのに、そんな真似をされたらたまったものではない。そんな事を思ったキリトの注目を浴びているイリスは、しかしすぐさま動き出した。

 

 

「ねぇツェリスカ、答えられるんなら答えてくれ。アファシスって身体の制御プログラムは全部同じなのか? 型番は《Type-X》と《Type-Z》みたいに分けられてるけど、その《身体を作ってるプログラム》は全部同じなんだよね。《Type-X》とか《Type-Z》とかの違いは、知能と処理能力を(つかさど)ってるコアプログラムの複雑さだけで、後は全部同じなんだよね? アファシスのマニアの君なら、この辺の事もわかるって思ってるんだけど、どうなんだい。これで合っているか?」

 

 

 元部下であるツェリスカは、元上司に向き直った。

 

 

「えぇっ? は、はい。アファシスには複数の型番がありますが、違っているのはコアプログラムだけです。運動性能、処理能力、会話機能も知能そのものも《Type-X》と《Type-Z》が一番高いですが、これも《Type-X》と《Type-Z》のコアプログラムがそうであるからであって、《身体を制御しているプログラム》は全ての型番のアファシスが共通しています。《Type-X》だから、《Type-Z》だからという理由で、違う身体のプログラムは使っていません。そこまで調整するとなるとあまりに大変と言いますか……」

 

 

 ツェリスカの話はわかりそうでわからなかった。アファシスの身体の制御プログラム? それらは《Type-X》でも《Type-Z》でも共通している? 一体何の話だ。

 

 自分と同じような疑問を抱いたのか、イツキが二人に声を掛けた。

 

 

「えっと、二人で専門技術の会話をしている場合かな。今、僕達はリエーブルに襲われてて、制限時間も少なくなっているんだけれど……おまけに神武が無関係なのに暑いし……」

 

 

 イツキを無視して、イリスは下を向く。黒髪が汗で頭皮や(ひたい)に貼り付いている。

 

 

「つまり()()()()()()()()()()()()()()()になっているのが、アファシス……《Type-X》でも《Type-Z》でも関係なく、皆同じ《身体のプログラム》を使っている……その状態で本来アファシスが耐えられない時間までリミッター全解除を使っている……この暑さはそうなったリエーブルが原因……」

 

 

 キリトに覆い被さられている姿勢のまま、シノンが叫ぶように問いかけた。

 

 

「イリス先生、どうしたんですか」

 

 

 イリスは応じようとしない。そこに狙いを定めたリエーブルはくっと口角を上げた。相変わらずリエーブルの周囲には陽炎ができている。

 

 

「あらあらぁ、すっかりバテて動けなくなっちゃったみたいですねぇ~。仕方ありません、今わたしがとどめを刺してあげますよぉ~」

 

 

 笑うリエーブルを載せたベヒーモスがどしどしとイリスに歩み寄り、距離を詰めていく。それでもイリスは小さな独り言に夢中になって動かない。あのままでは、リミッター全解除のベヒーモスの一撃を受けてしまう。

 

 アルトリウスとクレハが叫ぶ。

 

 

「イリスッ!!」

 

「イリス先生ッ!!」

 

 

 二人の叫び声と、ベヒーモスの右手の振り上げは同時だった。ベヒーモスはあのままイリスを叩き潰すつもりだ。その一撃が繰り出されようとした瞬間に――イリスがついに顔を上げた。

 

 

 

「――いけないッ!!」 

 

 

 

 イリスがその小さな身体で叫んだその時、ベヒーモスは手を振り下ろした。

 

 

「これで終わりです――」

 

 

 それがリエーブルの声と重なったその時だった。

 

 

 

 ぱんっという乾いた音が鳴ったかと思うと、ぶちぃっという何かが千切れる、嫌な音が聞こえた。

 

 

 

 同時にベヒーモスの狙いがずれて、イリスの右隣の空間に右手は振り下ろされた。

 

 

「……え」

 

 

 その元凶をずっと見ていたキリトは絶句した。音の原因はリエーブルだった。

 

 ベヒーモスが前足の攻撃を繰り出した瞬間、リエーブルの右腕の辺りで小規模な爆発が起こり、火花が散ったかと思うと――リエーブルの右腕がもげた。

 

 

「あ」

 

「え」

 

 

 か細い声をレイアとデイジーが漏らした時、全員が言葉を失っていた。ベヒーモスの動作も停止し、リエーブルも半分動作停止のようになっていた。自分の身に何が起きたかわからないようだ。

 

 

「あ、れ」

 

 

 リエーブルは呆然(ぼうぜん)とした顔のまま、自身の右半身を見た。そこには上腕二頭筋辺りから先端が消失している右腕があった。そしてその先端はベヒーモスのコクピットのハンドルを掴んだままになっている。

 

 

「わたし、あれ、わたしの、う……で……?」

 

 

 なんで腕と腕が離れてるの――そう言いたそうな顔をリエーブルがした次の瞬間、リエーブルの身体の表面で小規模な爆発がまたしても起きた。

 

 ぱんぱんと乾いた音を立てて、リエーブルの皮膚(ひふ)――に該当するもの――が火花と一緒に弾け、アファシスがヒューマノイドである事を証明する内部機械部分が露出し始めた。

 

 

「い゛っ、あ゛づっ、い゛や゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!!」

 

 

 ぞっとするような叫びをリエーブルはあげた。間もなくベヒーモスが動かなくなり、その背中のコクピットからリエーブルが転がり落ちる。勢いはそんなになかったはずだというのに、リエーブルが床に落ちた途端、今度は左足が爆発して脱落する。

 

 そしてリエーブルはのたうち回る。

 

 

「い゛だい゛あ゛づい゛あ゛づい゛あ゛づい゛あ゛づい゛あ゛づい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛あ゛づい゛あ゛づい゛い゛だい゛い゛だい゛い゛だい゛あ゛づい゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛い゛ッ」

 

 

 それまでリミッター全解除をして上機嫌どころではなくなっていた少女が、一転して身体を爆発させながらのたうち回っている。キリトはもう声さえ出せなかった。一体何が起きているのかわからない。

 

 

「レイちゃん、見ちゃ駄目ッ」

 

「見ないで、見ないでデイジーちゃんッ」

 

 

 自分達より遠くにいるクレハがレイアの、ツェリスカがデイジーの目を覆って、リエーブルの惨状を見せないようにしていた。レイアとデイジーの口許(くちもと)は、本当に見てはいけないものを見てしまった際のものになっていた。

 

 レイアとデイジーをそんなふうにさせたリエーブルを遠くから見下ろし、イリスが独り言ちる。

 

 

「……やっぱり、こうなった……」

 




 分割。詳細は次回。



――今回登場兵器紹介――


魔獣型戦機ベヒーモス
 原作に登場しない戦機。並大抵ではないくらいに筋肉隆々の体型で、ぎらついた光沢のある黒い装甲で身を包んでいるのが特徴であるが、意外にも原型になったのはネコ科の動物。額よりも上に一対の大きな湾曲(わんきょく)した角が装着されているのもまた特徴。
 背中にミサイル射出口を持っているが、使う事はあまりなく、パンチやキック、タックルやボディプレスといった肉弾攻撃こそがメイン。その体型及び巨体により、全ての攻撃は絶大な破壊力を(ほこ)る。ビークルオートマタにはできない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。