キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ――今回からの変更点――

・平日は18時更新、休日は20時更新




17:翼の中枢

 

 

          □□□

 

 

 

《キリト、しっかり掴まっておけ!》

 

「いつものだな!」

 

 

 相棒リランの《声》に従って、キリトは操縦桿を強く握った。リランが一気にスピードを出して移動要塞都市に突っ込んでいく。そこは飛行ドローン型戦機がカタパルトを利用して飛び出してくる滑走路だった。

 

 キリトはリランと共に移動要塞都市を囲む戦闘フィールドを飛び、対空砲台を手当たり次第(しだい)破壊した。ガトリング砲《アヴェンジャー》、対地ミサイル《ヘルファイア》、超大口径狙撃砲(エレファント・スナイパーカノン)の弾薬をほとんど撃ち尽くした頃に、いつの間にか出現していた《移動要塞都市の稼働砲台数》がゼロになった事が確認でき、打ち上げ花火のような爆発は止まった。

 

 そのタイミングを見計(みはか)らって、キリトはリランと共に移動要塞都市の周囲を飛び、突入できる場所を探した。最初の段階では転送装置で入れない移動要塞都市には、必ず外部から侵入できる部分が存在している。そこさえ見つけられれば、あの移動要塞都市の攻略を開始できるという話だった。

 

 その話を信じ、キリトは目を凝らして移動要塞都市の装甲、稼働部位といった全身を(くま)なく探して飛び回った。

 

 すると、移動要塞都市から飛び立つ飛行ドローン型戦機のための滑走路が、移動要塞都市の背部に存在している事がわかった。そこには大量の砲台が設置されており、ほぼ絶え間なく花火のように爆発が起きているような状態であったため、視認もできなかったが、砲台を壊し尽くした時に見つけ出せた。

 

 飛行ドローン型戦機が飛び立てる場所という事は、内部に通じている場所に違いない。キリトはリランに指示を出し、尚且(なおか)つ追い付いてきていた仲間達にも通信を行い、その場所へ向かった。

 

 安全が確保できた滑走路へ接近すると、リランは変形して戦機形態で着地した。ただでさえ大きい方に入る飛行ドローン型戦機が飛び立つところだからなのだろう、リランが着地しても、輸送ヘリが二機並んで着陸してもまだ余裕のある広さがそこにあった。

 

 リランの着地から三十秒ほどで、仲間達を載せた輸送ヘリが二機到着し、リラン同様に着陸。中から仲間達がぞろぞろと出てきて、そのうちクラインとディアベルが誇らしそうな顔をしていた。ここまで一度も落とされずに操縦できていた事が自慢だったようだ。

 

 輸送ヘリが落ちずに済んだのはキリトとリランが砲台を破壊し尽くしたからなのだが、それでも彼らの操縦技術があったからこそ、皆がここまで辿り着けたのは間違いない。キリトとリラン、シノン、アスナ、ユピテル、リーファ、シリカの七人で褒めてやったところ、二人はとても嬉しそうにした。

 

 

 その後、すぐに気を取り直して、キリト達は移動要塞都市への侵入口を発見し、そこから内部へ入り込んだ。入ってすぐのところに転送装置が見つかり、アクティベートする。光を宿した転送装置が動き出すと、アルトリウスが《SBCグロッケン》に残っていたメンバーにメッセージを送った。

 

 間もなく、輸送ヘリに乗らずに、転送装置のアクティベートを待っていたメンバーであるアルゴ、エギル、シュピーゲル、イツキ、バザルト・ジョー、ツェリスカ、デイジー、イリス、プレミア、ティアが転送されてきた。

 

 これで《エクスカリバー》が全員(そろ)ったかと思いきや、キリト達が通った滑走路の方から数人のプレイヤーが突然駆けつけてきた。誰かと思いきやレン、フカ次郎、ピトフーイ、エムの四名であった。

 

 彼女達は――よりによって――ピトフーイの操縦する輸送ヘリに乗ってこちらを追いかけてきていたという。しかし彼女達が乗るヘリを見た記憶はキリトにはない。あの時後方を確認しても彼女達のヘリはいなかったはずだ。

 

 その事について問いかけてみたところ、ピトフーイの操縦がゴグマゴグを操っている時並みに乱雑で、速度も運動もひどいものであったために、キリト達に追い付くのに時間がかかったらしい。

 

 あまりにも乱暴運転であったため、レンとエムは軽く酔って、フカ次郎とピトフーイは超絶ハイテンションではしゃぎ散らしていたそうだ。

 

 レンからその話を聞くなり、レン達の輸送ヘリの中に一緒しなくてよかったと、誰もが安堵(あんど)したような顔をしていた。

 

 更に、ピトフーイのゴグとマゴグ、エムの霊亀(レイキ)、イツキの神武(ジンム)も転送装置からやってきて、まさしく《エクスカリバー》は準備万端になった。しかしここからどうするべきなのか、どこに進むべきなのかわからない。

 

 キリトとアルトリウスがふと話してみたところ、答えてくれたのはユピテルとツェリスカだった。移動要塞都市の最深部は、まだ攻略途中であった《SBCフリューゲル》の最深部そのものであるらしく、そこに《SBCフリューゲル》のマザーコンピュータであり、レイア達の母親でもある《マザークラヴィーア》が存在しているという。

 

 この《マザークラヴィーア》こそが移動要塞都市の全てを制御しており、《マザークラヴィーア》を止めさえすれば、移動要塞都市の進撃は止まり、この緊急クエストはクリアになるそうだ。

 

 だから《マザークラヴィーア》を目指して進めばいい――というのがユピテルとツェリスカからの説明だったが、そこにレイアが加えてきた。

 

 《マザークラヴィーア》は確かに移動要塞都市、《SBCフリューゲル》の管制を行っているが、戦争を好まないAIであるため、現状は彼女の意志によるものではない。《マザークラヴィーア》は何者かによって操られて、移動要塞都市及び《SBCフリューゲル》を進撃させている。だから一刻も早く《マザークラヴィーア》を、《おかあさん》を助け出したい――それがレイアの気持ちであった。

 

 更にそこへ話を加えてきたのは、リエーブルの本当の母親であるイリスだ。《マザークラヴィーア》を操っているのは恐らくリエーブルであり、彼女は《マザークラヴィーア》と一緒に居て、《マザークラヴィーア》を守っているはず。

 

 リエーブルを鎮圧できさえすれば、このイベントも終わり、《マザークラヴィーア》も助かるだろう。これ以上リエーブルに悪行を重ねさせるわけにはいかない。なんとしてでも止めてくれ――イリスは周りの仲間達に深々と頭を下げて頼み込み、それをキリト達は(うけたまわ)った。

 

 《GGO》のためにも、リエーブルのためにも、何としてでもクリアしよう。キリトとアルトリウスの二人で呼びかけると、()()()()()()()のメンバー全員が声を張り上げて賛成した。

 

 移動要塞都市となった《SBCフリューゲル》は入り組んでおり、全員が同じルートに進んでいると、攻略に時間がかかってしまい、タイムアップに近付きかねない。よって、複数のルートを手分けして探索する事にした。

 

 パーティ編成は四人一組を二つ合わせた形にする。キリトのパーティはキリト――リランはビークルオートマタなので含めない――、シノン、イリス、ツェリスカ――デイジーは非戦闘員であるためカウントしない――の四人一組に、アルトリウス、クレハ、レイア、イツキの四人一組を合わせた、合計八人チームになり、これまで攻略してきたルートを進む事になった。

 

 他の皆には移動要塞都市となった事で拡張されたルートに進んでもらい、行き詰ったら他パーティチームに連絡をして他ルートを探すという方法を取ってもらうよう頼んだ。皆はそれを承諾(しょうだく)してくれた。

 

 移動要塞都市がどれだけ広大なのか不明瞭(ふめいりょう)だが、きっとリエーブルに辿り着けるルートは存在している。そこを目指してとにかく進もう。皆でそう呼びかけ合って、それぞれのルートに進み始めた。

 

 これまで来た事のある道をとりあえず進んでいくと、キリトはすぐに異変に気が付いた。船を守っているエネミー達が別なものに入れ替わっている。

 

 この前来た時には人型戦機が守っていたところに猪型、鹿型、鳥型といった獣の戦機達が出てくるようになっており、飛んでくる攻撃は更に苛烈(かれつ)なものになっていた。既存のルートであっても、このイベントの発動によって高難易度化していて、一筋縄ではいかなくなっているようだ。

 

 それは本来のゲームのイベントとしては嬉しい変化なのだが、《SBCグロッケン》滅亡の危機に瀕している現段階では、時間をかけずに突破できないので全く嬉しくない。しかもエネミー達にはステータスの上昇が認められ、通常より多くの攻撃を仕掛けないと倒せないようになってもいる。

 

 本来ならばこのステータスの上がり方が丁度良くなる時期に、イベントが開催される予定だったのだろう。リランから何度も聞いているように、このイベントはあまりにも早い段階で開かれてしまっていて、プレイヤーがイベントに付いていけなくなっているのだ。

 

 しかしそれでもイベント自体は正常に進行していき、最終的に《SBCグロッケン》は滅亡する。抵抗できる者がほとんどいないので、リエーブルの思うがままになってしまっている。もしかしたらこの事態そのものが、リエーブルの計画の一環なのかもしれないし、リエーブルのマスターの企みでもあるのかもしれない。

 

 リエーブルを好き勝手に動かし、本来ならばもっと後の段階で発動させなければならないイベントを発動させ、《GGO》を過酷な修羅の世界に変えようとしている。

 

 その目的は一体何なのだろうか。

 

 リエーブルのマスターとは何者なのだろうか。

 

 キリトはその事が頭に引っ掛かって仕方がなかった。そんな疑問を抱いて進んでいったある時、イツキが急に声をかけてきた。

 

 

「ねぇキリト君、アーサー君。僕達はこうして《SBCグロッケン》を守るために戦ってるわけだけどさ、これってここまで熱心にやる意味があるのかな」

 

 

 キリトは若干びっくりしてイツキに向き直った。その場にいる全員の注目をイツキは集めていた。その中の一人、アルトリウスがイツキに答えた。

 

 

「何言ってるんだ、イツキ。このまま放っておけば《SBCグロッケン》が滅びて、誰も安心できない状態になるんだぞ」

 

「……もしかして、イツキはそれでもいいっていうのか」

 

 

 キリトが問いかけると、イツキは首を横に振った。

 

 

「勿論そんなのはごめんだね。《GGO》は今のところ僕が一番ハマってるネットゲームだから、それが皆宿無しの不安定世界になるなんて嫌だ」

 

「じゃあ、なんであんたはそんな事を言ってるのよ」

 

 

 シノンの鋭い追求に、イツキは全く怯んだりする事なく答えた。

 

 

「例え《SBCグロッケン》が滅びて、本当に皆が宿無しになったとしても、その時は運営や開発が手を打って、イベントをなかった事にするんじゃないかって思うんだ。《GGO》の運営や開発にとって、この状況はきっと不本意なもの。もし仮に僕達プレイヤーがリエーブルに負けたとしても、結局このイベントが起きる前の状態に戻すつもりでいるんじゃないかって思えて仕方がないんだよ。《GGO》は結局のところただのゲームだし、この戦闘状態だって言わば戦争ごっこさ。だから、そこまで必死になる必要なんてないんじゃないかな」

 

 

 キリトはすぐさま言い返す事はできなかった。

 

 イツキの言うとおり、このイベントは本来もっと後で発動し、開催される予定のものだった。それがリエーブルのマスターになったプレイヤーによって遥かに早い段階で開催されてしまい、しかもリエーブルがイリスの娘という特別な存在であったためにイベント内容自体も高難易度化した。

 

 リエーブルのマスターが引き金ではあるものの、このイベントそのものが《GGO》の運営と開発側の失態であり、プレイヤーに責任はない。そのため、もしリエーブルの計画が成就したとしても、運営と開発はバックアップデータを引き出して、《GGO》の環境をこのイベントが起きる前の状態へ直すだろう。

 

 そうなれば自分達の行動と努力は無に帰す。どうせ失敗しても全部チャラにしてもらえるのだから、そんなに頑張る必要はない――イツキの言い分もわからないでもないし、実際様子見に入っているプレイヤー達の中にも、その結論に辿り着いた者は大勢いる事だろう。

 

 だが――答えようとしたキリトより先に口を開いたのは、ツェリスカだった。

 

 

「そうかもしれないわね。でもねイツキ、あなたが思う程、過去を巻き戻すという事は簡単じゃないのよ。

 例えこのイベントがゲームデータの巻き戻しによってなかった事になったとしても、ここで皆で力を合わせて戦ったっていう記憶は消えないわ。皆で力を合わせて立ち向かったのに負けてしまったっていう記憶は、プレイヤーの皆について回ってしまう。そして、環境をころころと変えてくる運営に嫌気がさして、ゲームを辞めるプレイヤーだって出てくるわ」

 

 

 ツェリスカはアルトリウスとクレハを見つめた。彼らに対して何か思うところのあるように思えた。

 

 

「親しい人、仲の良い人が一人いなくなってしまえば、残されたプレイヤーにとって、《GGO》は全く別のゲームになってしまうわ。……ほんの少しのずれが、誰かの居場所を変えてしまう。この世界はそういう均衡(きんこう)の上で成り立っているのよ」

 

 

 イツキははっとしたような反応を示した。他の皆も同じような反応を見せ、互いを見合った。その中でキリトはシノンを見つめる。

 

 当然シノンはキリトを不思議がり、首を傾げて声を掛けてきた。

 

 

「キリト?」

 

「……」

 

 

 キリトはシノンに答えずに思考を廻す。

 

 自分はシノンと一緒に居ると決めているけれども、もし《GGO》から自分がいなくなったならば、シノンはどう思うだろうか。いや、自分のいなくなった《GGO》は、シノンの目にはどんなふうに映るのだろうか。

 

 そういえば、自分達が来るまでの間、《GGO》でシノンのサポートをしていたシュピーゲルによると、その時のシノンは強くなろうとはしているものの、本心から《GGO》を楽しんでいるようには思えなかったという。

 

 まるで冷たい機械――《GGO》の大地を跋扈(ばっこ)する無機質な戦機達とほとんど変わらなかったくらいで、ただただ強くなる事だけを求めて淡々(たんたん)と戦闘をしていただけだったそうだ。

 

 しかしそんなシノンも、自分達がやってきてからは様子が一変。《GGO》を心から楽しんでいるように見えるようになったそうだし、実際キリトもそう思っている。

 

 自分達が居るかどうかで、そのゲームを心から楽しめるかどうかが決まるようになっている――そういう気持ちの持ち方をしているのがシノンだ。

 

 それはシノンだけじゃなく、他の皆も、多くのプレイヤーがそうであろう。親しい人と一緒にやるゲーム程楽しいものはないと理解しているからこそ、その人と一緒に遊びたくて、このゲームにやってきている。

 

 しかし、その親しい人がいなくなれば、残されたプレイヤーにとってのゲームは実につまらなくて、やる価値のないものとなる。そうなればそのプレイヤーもゲームを去り、そのプレイヤーを(した)っていた他のプレイヤーも同じ思いを抱く事になり、それは場合によってはどこまでも連鎖していくであろう。

 

 今動いているイベントは、この世界を遊ぶ全てのプレイヤー達の居場所を守るための戦いでもあるのだ。だから、イツキの言った事は呑み込めるものではないと改めてわかった。

 

 

「イツキ君、もしこのイベントが失敗に終わって《GGO》の環境が変わって、それを運営が戻した後、私達《エクスカリバー》全員がこの《GGO》を辞めて他のゲームに行くってなったら、君はどう思うんだい」

 

 

 イリスが不意打ちのように問いかけると、イツキはびっくりしたような顔になった。

 

 

「え、そうなのかい? 皆、このイベントが失敗したら《GGO》をやめるのか」

 

「いや、例えだよ。仮にこのイベントが失敗に終わって、それを皮切りに私達が《GGO》を辞めるってなったら、君はどう思うんだいって聞いてるのさ」

 

 

 イリスは鋭くも澄んだ目でイツキを見ていた。自分達に何か問いかけている時の目だ。

 

 

「君はアルファルドを脱退して、そこの人達を全員置いてまで《エクスカリバー》に来たじゃないか。という事は、君にとって《エクスカリバー》はとても重要な場所って事だろう。アルファルドを棄ててまで入ってきた《エクスカリバー》の構成員が、仲の良い友達が全員いなくなって、君一人だけが残されたんなら、その時君はどう思うんだい。少なくとも最悪な気分になっているはずだよ」

 

 

 イリスの問いかけの後、イツキは視線をこちらに向けてきた。こちらとアルトリウスを交互に見ている。間もなくして、その顔が寂しそうなものへ変わっていった。《エクスカリバー》の皆がいなくなった時の事を想像したのだろう。

 

 

「……あぁ、少なくとも最悪の気分になれるね。すぐにでも《GGO》を抜け出して、苦手なゲームであっても、皆の後を追っていきたいって思う」

 

「そうだろう。このイベントが失敗してリエーブルが勝ってしまった時、今イツキ君が想像した最悪の気分になる出来事に出くわすプレイヤーが、とても多く出てくるのさ。そんな出来事に出くわすプレイヤー達を出さないために、リエーブルを止めるっていうのが、今の《エクスカリバー》全体の目的だよ」

 

 

 そう言われたイツキは片手で顔を覆った。大きな失敗に気付いた時の仕草だ。イリスに言われた事が心の奥深くにまで届いたのか、それとも見落としていたものだったのか。いずれにしてもイツキには効いたらしい。

 

 

「……ごめん。今のは撤回するよ、アーサー君にキリト君。こんな気持ちになるプレイヤー達を増やすわけにはいかないね。僕もリエーブルを止めるために真面目に戦う事にするよ」

 

 

 イツキが謝罪をすると、ツェリスカが意外そうな表情をした。

 

 

「あらまぁ。イツキの事だから、他のプレイヤーがどう思っていようと、どんな事になろうと関係ないって言い出すかと思っていたのに。意外な事もあるものだわ」

 

「あぁ、そう思いたかったさ。けれど……今回だけはそう思えなかった」

 

 

 そう告げるイツキの表情は、先程の寂しそうなものから変わっていなかった。単に自分達が居なくなった時の《GGO》の想像をしただけのようだが、そこで見えたものはそんなに嫌なものだったのだろうか。自分達が居なくなった《GGO》を想像するだけで、最悪な気分になってしまう。

 

 それではまるでイツキは《エクスカリバー》に、自分達に――。

 

 

「……こんな思いをするプレイヤー達を増やしてしまうのは、とても良くない事だね。さてと、先へ進んで行こうじゃないか」

 

 

 イツキは神武と一緒に進み始めた。明らかに早すぎる心変わりの有様に、皆がきょとんとしてしまっていた。その中の一人となっていたクレハがアルトリウスに声掛けした。

 

 

「イツキさん、急にやる気出してくれたわね」

 

「うん。けれど、イツキがここまで俺達のスコードロンを大切に思っててくれたなんて、想像してなかったな」

 

 

 アルトリウスの言っている事はキリトも思った事だ。

 

 イツキにとって自分達のスコードロンはとても大切なのはわかるが、その大切の度合いというものが、一般的なそれとは異なっているような気がしてならない。詳細を聞きたいところだが、イツキが答えてくれるようには思えなかった。

 

 そんなイツキの真意の破片を導き出したイリスに、キリトは問うた。

 

 

「イリスさん、なんかイツキを変にさせるような事、言ってませんでした?」

 

「そんな変な事は言ってないよ。ただ、引っ掛かってた事を言ってみただけさ」

 

 

 イリスの答えにキリトは首を傾げた。それはシノンも一緒であり、彼女がイリスに問いかけた。

 

 

「引っ掛かってた事?」

 

「イツキ君は自分の持ってたスコードロンを抜けてまでこっちに来たじゃないか。そんなのこっちに並々ならない情熱がないとできない事さ。その強さがどれくらいなのかずっと引っ掛かって、気になっててね。だから、その事を出せる話を引き合いに出してみたんだ」

 

 

 イリスは顎元(あごもと)に指先を添えた。

 

 

「ただ、あの反応の強さは予想外だった。イツキ君は《エクスカリバー》に強い思い入れがあるみたいだ。特にアーサー君とキリト君に対して、すごく強いのがあるみたいだよ」

 

 

 そう言われても、キリトはしっくりこなかった。イツキが《エクスカリバー》を大切に思ってくれているのは嬉しい事だが、自分とアルトリウスに強い思い入れがあるとはどういう事だろう。

 

 イツキは腹の内が見えない人だとは思っていたが、そのイメージがキリトの中で強くなっていっていた。

 

 しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。今やるべき事はこの《SBCフリューゲル》の攻略であり、リエーブルの計画の阻止である。気になる事は全部後で聞くとして、今は今やるべき事を最優先しなければ。

 

 キリトは皆に号令し、イツキの後を追った。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 イツキと神武のコンビに追い付き、キリト達は奥へと進み続けていった。

 

 機械の獣達に守られた要塞都市の、ぎらついた光沢のある鋼鉄に覆われた回廊を奥へ奥へと進み続けていく。緊急クエストの残り時間は三十三時間。開始時には三十六時間だったので、三時間経過している事になる。

 

 その三時間の間で、どれだけ進む事ができているかはキリトにはわからなかった。《SBCフリューゲル》はアファシス達の、レイアとデイジーの故郷であるが、彼女達に聞いてみても、どこに最深部があるかは定かではないという答えが返ってくるだけだ。それはわかっていた。

 

 このイベントだって、公式から実装される予定のものだったのだから、一筋縄で攻略できる程簡単なわけがない。レイアとデイジーのような《Type-X》が答えを教えてくれて、そのナビに従えばダンジョンの最深部へすんなり辿り着けるというのはぬる過ぎる仕様だから、ありえないのは当たり前だが――それでも今の緊急事態をすんなり攻略できる手段はないものかと思いたくて仕方がなかった。

 

 そんな愚痴(ぐち)を吐きながら回廊を渡り、エネミーを倒して、ドロップされた銃弾を補給して進み続け、とある扉をくぐったそこで、景色は一変した。その景色に皆で言葉を失い、思わず立ち尽くしてしまった。

 

 その場所は大部屋だった。闘技場のような円形であり、壁がガラス張りになっている。そのガラスの向こうには(そび)え立つビルの群れ、建物と空の間を()うように巡っている空中道路、区画整理された美しい自然公園などが存在する、広大な都市の姿があった。

 

 SF作品に出てきがちな、未来の地球の姿、高度に発達した文明の様子。幻想的にも、神秘的にも思える光景を見下ろす事のできる場所が、ここのようだ。しかし、いきなりそんな場所に辿り着くとは思ってもみなかったため、驚いているしかなかった。

 

 そんな風景を見つめたリランが《声》を送ってくる。

 

 

《あれは、街か?》

 

「あれは確か……」

 

 

 ツェリスカが答えようとしたそこで、別な声が飛び込んできた。

 

 

「あれが《SBCフリューゲル》の民の居住区ですよ。《SBCグロッケン》に撃墜されても、あの場所は無事だったんです。その居住区が見下ろせる展望台が、ここですよ」

 

 

 こちらを挑発しているような少女の声。それがした方へ向き直ってみれば、大部屋の中央に大きな黒い影があった。《SBCグロッケン》へ繋がる陸橋を襲っていた魔獣型戦機《ベヒーモス》だ。すぐ傍には、飼い主であるリエーブルの姿も確認できた。

 

 このラストダンジョンのラスボス、この緊急事態の元凶を認め、真っ先にレイアが声を出す。

 

 

「やっと見つけました、リエーブル!」

 

 

 リエーブルはうるさそうにした。明らかにこちらを(あお)ってきている姿勢だった。

 

 

「なぁんだ、てっきりフリューゲルの足の裏の小さな汚れになったと思ってたのに。ここまで侵入されるのは想定していましたが、一番実現してほしくなかった事なんですよねぇ」

 

「皆で手を合わせて向かってきたからな。俺達プレイヤーはお前が思っているみたいに、争い合う事しかできないわけじゃないんだよ」

 

 

 《M4》を構えたアルトリウスが言うと、リエーブルは溜息を吐いた。

 

 

「あぁそうですか。ほんと、皆さんそういうのお好きですよね。全員集合っていう感じなの。過去のデータを見てみると、そういうのばっかりでうんざりしてくるんですよ。そんな感じでもうとっくに見飽きてますので、それ以上やらなくて結構です〜」

 

 

 相変わらずリエーブルは口が廻る。これがイリスの子供である証拠であろう。レイアとデイジーも負けず劣らずであるが、やはりリエーブルの方が先を行っているような感じがあった。

 

 そのリエーブルに向けて、ツェリスカが大声で話しかける。

 

 

「リエーブル、今すぐにこの要塞都市の進行を止めて、《マザークラヴィーア》を解放なさい。彼女はこんな事を望んではいないわ」

 

 

 リエーブルは「はぁ?」と首を傾げた。

 

 

「何を言ってるんですか。《マザークラヴィーア》は本来の役割を果たしているだけですよ。要塞都市の管制をして、《SBCグロッケン》を滅亡させる。それが《マザークラヴィーア》の本来の役割であり、使命なんですよ。それを何故だか忘れちゃって、《SBCグロッケン》に攻め込むのを拒んでいたから、その記憶と意識を封印して、要塞都市の管制システムに接続させました。今の状態こそがの《マザークラヴィーア》の本当の姿であり、生まれ持った役割を果たせて幸せな状態なんですよ」

 

 

 生まれ持った役割――その言葉は引っ掛かるものだった。

 

 本来リエーブルはイリスの子供として彼女の許にいて、姉兄(きょうだい)達と、自分達と接し、育っていくはずだった。しかし彼女はザスカーに連れ込まれ、このゲームに登場するキャラクターの一人に設定され、その他の記憶は受け入れられなくなってしまった。

 

 リエーブルにも元々生まれ持ったやるべき事があったはずだが、それは今やザスカーと、彼女のマスターとなったプレイヤーによって強引に塗り替えられてしまっている。

 

 《マザークラヴィーア》は生まれ持った役割を果たせて幸せ。それがリエーブルに言える言葉ではないという事を、彼女本人は知らない。そんなリエーブルに反論したのは、デイジーだった。

 

 

「違います! 《マザークラヴィーア》は……《おかあさま》はこのような事を望んでおられはしません。あなたが無理矢理従えさせているだけです」

 

「でしょうね。あなた達はそんな事を言うと思いました。こっちの話が全然通じていかない事なんて、想定済みですよ。どうにもならない旧型ですからね。特別なわたしと違って」

 

 

 わかりきった事象を目にして呆れているような表情でリエーブルは言った。彼女はあぁ言っているが、そもそもリエーブル自身も最初からこちらの話を聞く気がないだろう。

 

 しかし気になっている事はあった。それをキリトはリエーブルへ持ち出す。

 

 

「じゃあ、その特別なお前は、何のためにこんな事をしてるんだ。こうしろって命令した奴が居るのか。それともこれはお前の独断か。それともフリューゲルの民の悲願とかいう奴か」

 

 

 リエーブルは少し目を丸くした。

 

 

「あら、それを聞いてきますか。じゃあ特別に教えてあげますよ。わたしはフリューゲルの民の悲願と、マスターの願いのためにこうしてるんです。いいえ、どちらかと言えばマスターのためですね」

 

 

 皆の間に驚きの声が上がる。やはりリエーブルにもマスターがおり、そいつがこのイベントを叩き起こしたのは間違いないようだ。リエーブルは続ける。

 

 

「マスターはわたしを特別だと言ってくれました。そして、わたしの中にある力を、特別なものだと言ってもくれました。ここまで言ってくださる人に応えないアファシスがどこにいるっていうんですか」

 

 

 リエーブルのマスターは、余程リエーブルの事が気に入り、褒めちぎっているらしい。それに応えようとしたリエーブルは、このイベントを起こしたという事のようだが、それはマスターの望んだ事なのだろうか。

 

 こんなものをマスターが望んだとは思えない。

 

 

「なるほど、あんたはマスターに応えようとしただけなのね。じゃあ、あんたのマスターはこんな事になるのを望んだの。あんたが勝手に始めただけじゃないの?」

 

 

 シノンの問いかけに、リエーブルは首を横に振った。

 

 

「いいえ、これはマスターが望まれた事です。わたしのやるべき事は《SBCグロッケン》を滅ぼす事ですって言ったら、それをやりなさいって快く言ってくださったんですよ」

 

 

 その答えにキリトは驚いた。勿論他の皆も同じように驚いている。その中の一人、クレハがリエーブルに言う。

 

 

「そんな、これがリエーブルのマスターの望んだ事なの!?」

 

「えぇそうですよ。この状況はわたしを特別だと言ってくださったマスターが、望まれている事なのです。それを叶えるのはアファシスとして当然の事。そうでしょう?」

 

 

 すぐにツェリスカが呟いた。とても悲しそうな顔をしている。

 

 

「なんて事なの……アファシスにこんな命令をしてしまうプレイヤーがいるなんて……しかもそれを受けてしまったのがチーフの娘だなんて……」

 

「もう、力づくで止めるしかないみたいだね」

 

 

 イツキがようやく口を開けて言うなり、リエーブルは頷いた。

 

 

「えぇそうですよ。この奥の《マザークラヴィーア》を停止させたいならば、もう力づくでやるしかないですよ。わたしもそうするつもりでしたし」

 

 

 リエーブルは両腕を開いた。

 

 

「わたしはマスターを喜ばせなければなりません。そのためにわたしはマスターに誓った使命を果たす。見せてあげましょう、マスターを喜ばせられるわたしの、特別な力を!」

 

 

 直後、リエーブルはぐっと身構えて、叫んだ。

 

 

 

「リミッター……《全解除(フルオープン)》ッ!!」

 

 

 

 その声と同時に、リエーブルの身体は(まばゆ)い光に包み込まれた。

 




 ――原作との相違点――

・SBCフリューゲルに居住区がある。

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