キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 12月24日は、キリトがサチを生き返らせられず、絶望した日。

 12月24日から25日になるまでの(わず)かな間は、そんなキリトがリランと出会った時間。

 12月25日は、キリトがシノンと出会って、シノンがキリトと出会って、お互いのすべてが変わった日。




14:ウォーゲーム

          □□□

 

 

「――以上が、あたし達がリエーブルというアファシスから聞いた計画です」

 

 

 クレハがそう言って、彼女らの身に起きた出来事を話し終えた。

 

 自身のエネミーアファシスを討った後、キリトはリランと共にユウキとカイムの許へ、そしてシノンの許へと戻った。

 

 流石というべきか、ユウキとカイムはそれぞれ自分のエネミーアファシスを撃破していて、シノンはやはりキリトの援護をできる距離で的確な狙撃支援を行ってくれていた。

 

 ひとまずその場に居た仲間達は無事であったが、問題はそこからだ。戦闘を終えたばかりのキリト達の周りに、今度はアスナ、リーファ、リズベット、シリカ、フィリア、レイン、アルゴ、シュピーゲルのエネミーアファシスが出現した。

 

 しかもそれら全員が彼女達の《GGO》始めたての頃のモノではなく、黒い髪色に、白と赤の文様が浮かぶ黒い戦闘服、そして血のような赤色の禍々しい目をしている、キリト、ユウキ、カイムのエネミーアファシスと同じ特徴を持ったモノであった。つまりはエネミーアファシスの中でも上位型、後継型に入っている強敵だ。

 

 三体出てきただけでも手を焼いたというのに、八体も一度に出てこられたのではどうにもならない。キリトは三人をリランに乗せて急発進、一気に闇の雲の範囲を脱して、そのまま《SBCグロッケン》へ帰還した。

 

 そしてそこでまた、新たな問題に出くわす事になる。別動隊として《SBCフリューゲル》を探索していたアルトリウス達、アスナ達のパーティが戻ってきていて、広場に集まっていた。ツェリスカ、デイジー、イツキもやってきている。

 

 更に周りを見てみれば、焦ったり、戸惑っていたりするプレイヤー達で街はごった返しているとわかった。ただならない出来事が起きた事だけは確かのようだ。

 

 察したキリト達が近付くと、皆の中に混ざっていたアルトリウスとクレハが慌ててやってきて、話したい事があると伝えてきた。彼らの話を聞くべく、キリトは仲間達全員を自室――チームルームに集めたのだった。

 

 そこでアルトリウスとクレハから聞かされたのは、あのリエーブルというアファシスが《Type-Z》なる《Type-X》の上位型であった事、リエーブルこそが鯱達を操っていた元凶であり、鯱達はエネミーアファシスの幼体みたいなものだったという事、そしてリエーブルの目的は《SBCグロッケン》に侵攻して破壊の限りを尽くし、地球を《SBCフリューゲル》のものにするという事、リエーブルがエネミーアファシス達を管制する存在である事など、驚くべき内容ばかりだった。

 

 

「あの時のリエーブルが、まさか全部の黒幕だったなんて……それで狙いは《非戦闘領域(ノーコンバットゾーン)》を発生させてる装置だって?」

 

 

 アルトリウスとクレハからの報告の中にあった話で、一番気になっている部分を繰り返したところ、ツェリスカが一番早く反応した。

 

 

「それは確かに()(かな)っているわ。《非戦闘領域発生装置》が破壊されて、《非戦闘領域》が無くなってしまえば、《SBCグロッケン》は拠点として機能しなくなる。こうなってしまったら《GGO》はどこもかしこも戦場になってしまうわ」

 

「そうなればプレイヤー達は疲れて弱っていくだけで、《SBCグロッケン》を守るなんて到底できなくなる。そんな感じで《SBCグロッケン》を無抵抗にしたところで、さくっと簡単に滅ぼしてしまおうっていう算段か。なかなか頭脳派だね」

 

 

 イツキがどこか感心しているように言う。確かにリエーブルの計画とその内容、進め方はかなり計算し尽くされているように感じられるものだ。

 

 滅ぼすべき敵に真正面から襲い掛かるのではなく、敵達を守っているものをまず破壊して、敵を内部からぼろぼろにしてから、急襲を仕掛けてそのまま討ち滅ぼす。

 

 古来から(いくさ)の歴史を辿っている国がやっていそうな考え方、作戦の立て方だった。やり方としては確かに上手い。

 

 そこまでわかったところで、アスナが挙手するように言う。

 

 

「その作戦の一番最初の段階として、リエーブルは《非戦闘領域発生装置》を破壊しようとしてるんだよね。ユイちゃん、ユピテル、何かわかった事はないかな」

 

 

 問いかけに二人は応じた。最初に答えたのはユイだった。

 

 

「現在、非常に多くのエネミーアファシスがフィールドに出現しています。その場所ですが、《非戦闘領域発生装置》が存在しているフィールドが中心になっているようです。どうやらリエーブルの言っていた通り、エネミーアファシス達は《非戦闘領域発生装置》を壊そうと考えているみたいですね」

 

 

 続けてユピテルが状況を報告してくる。

 

 

「《非戦闘領域発生装置》はフィールドのあちこちに複数設置されているようです。エネミーアファシス達は、それらを狙って動いているという事で間違いないでしょう。フィールドにある《非戦闘領域発生装置》を全て破壊して《SBCグロッケン》を永久孤立状態に追い込んで、それから街の全ての《非戦闘領域発生装置》へ攻め込むつもりでいるという計画だと思われます」

 

「待って、《SBCグロッケン》にある《非戦闘領域発生装置》は一つだけじゃないの?」

 

 

 シノンの問いかけに答えたのはツェリスカだった。

 

 

「えぇ、この街には複数の《非戦闘領域発生装置》が存在しているわ。それを守るのであれば、一箇所だけではなく、街にある全ての装置を守らないといけない」

 

只今(ただいま)、フィールドに出ているプレイヤーの多くがエネミーアファシスと戦闘に入ってくれています。ただ、戦況はそこまで(かんば)しくはないようです。そもそも、戦闘に参加しているプレイヤーの数もそこまで多くないので、劣勢になっているのです」

 

 

 デイジーの追加説明に、キリトは首を傾げる。《非戦闘領域発生装置》が、《SBCグロッケン》が狙われているというのに、守るプレイヤー達の数が少ないとはどういう事なのだろう。

 

 その疑問に答えたのは、本来の少女の姿をしているリランだった。

 

 

「プレイヤーの多くはこの事態を、少々変わった突発イベント程度にしか認識しておらぬようだ。エネミーアファシスの強さもあってか、負けイベントだと決め、様子見に入っている者も多い。だから《非戦闘領域発生装置》を本気で守ろうとしている者など、ほぼ我らだけだと言ってもいい。……リエーブルが笑っていそうな状況になっているな」

 

 

 悔しそうな表情をしているリランの言う通り、いずれにしても事態はこちら側ではなく、リエーブル側が優勢になっている。

 

 このまま手をこまねいていたならば、本当にリエーブルの邪悪な計画が成就(じょうじゅ)し、《GGO》は全てが戦場と化した理不尽な修羅の世界となるだろう。

 

 そのような事を実現させるわけにはいかないが、そこまで考えたところで、キリトの中に新たな疑問が生まれた。

 

 それを言おうとしたところで先に口を開いたのはシノンだった。

 

 

「ねぇ待って。そもそもリエーブルも、エネミーアファシスの大量発生も、全部《GGO》の中に組み込まれているモノなのよね。という事は、ちゃんと攻略方法があるイベントだって思うんだけれど、なんだかあまりにも難しすぎない? エネミーアファシスそのものの戦闘力もそうだし、起きている状況もそう。並大抵のレベルのプレイヤーが気軽に相手にできるようなイベントじゃないわよ、これは」

 

「高レベルプレイヤー向けのイベントっていうならわかるけれど、失敗すれば《GGO》全体の環境が大きく変化しちゃうんだよね。そんな事になるものを数少ない高レベルプレイヤーだけに(たく)すなんて、なんだかゲーム的に考えてもおかしいよ」

 

 

 シノンとアスナの言った事は、まさしくキリトが気にしていた疑問だった。

 

 《GGO》全体をも巻き込むリエーブルのイベントは、エネミーアファシスのレベルから見ても、起きうる事態から見ても、あまりにも難易度が高く設定されているように思える。

 

 先程リランが「様子見に入っているプレイヤー達も多い」と言っていたが、それはそもそもレベル不足やステータス不足によって、このイベントで出現しているエネミーアファシス達に太刀打ちできないからであろう。考えれば考えるほど、このリエーブルのイベントには不自然な点が沢山確認できてくる。

 

 このイベントが失敗した際の範囲は《GGO》全体に及び、その末には誰もが宿無しとなる。大きなメリットとデメリットを用意する事で、《GGO》を遊ぶプレイヤー達の士気を大きく高め、ゲーム全体を思いきり盛り上げる。イベントとしては有りであろう。

 

 しかし、そのイベントの要求するレベルに、多くのプレイヤーが対応できない状況となっているのが現状である。

 

 そこでふと思いついた事を、キリトは呟いた。

 

 

「……もしかして、運営や開発が想定していたよりも早い段階で、イベントフラグが立ってしまったとかじゃないか。本来ならもっと後の時期でこのイベントが開始される予定だったけれど、それが何らかの要因で早まってしまったとか」

 

「イベントフラグ? そんなものありましたっけ。中心になってるのはリエーブルだと思いますけれど……」

 

 

 クレハが自信のない様子で言うと、隣にいるレイアが急に大声を上げた。

 

 

「あぁーッ! マスターですよマスター!」

 

 

 皆が一斉にレイアに顔を向け、そのうちの一人であるアルトリウスは首を傾げる。

 

 

「え? どうしたんだよレイア」

 

「あ、いいえ間違えました。あれ、いいえ間違えてませんでした。マスターですよマスター!」

 

 

 アルトリウスはもっと首を傾げて、眉を八の字にした。伝わってない事がわかったのか、レイアは同じような八の字眉になってから、アルトリウスへ説明を施した。

 

 

「リエーブルだってアファシスです。いくらわたし達の上位型と言えど、マスター無しで起動するなんて事はありません。あの時リエーブルから聞き出せませんでしたが、リエーブルにもリエーブルを目覚めさせたマスターがいるはずなのです! わたしのマスターのように!」

 

 

 キリトは思わずはっとした。そうだ。レイアの言った事こそ真実であろう。すかさずキリトは皆に話す。

 

 

「そうか! リエーブルもアファシスなら、リエーブルを目覚めさせ、従えたマスターがいるはずだ。そいつがリエーブルを目覚めさせたっていうのが、このイベントのスイッチだったんだ。

 それで、そのマスターは高難易度になっているはずの《SBCフリューゲル》の深くまで探索して、運営が予定したよりも遥かに早い段階でリエーブルを起こしてしまったとか、そういう事なんじゃないか」

 

 

 その仮定にほぼ全員が頷いた。辻褄(つじつま)が合いそうな話などそれくらいしかないと、皆もわかっているようだ。続けてツェリスカが付け加えてくる。

 

 

「《GGO》での強さはレベルやステータスの数値だけじゃなく、プレイヤースキルにも依存する。天才級の能力の持ち主だとか、そういったずば抜けたプレイヤースキルを持ったプレイヤーが居たならば、そんな事を起こすのも不可能ではなくなるわ」

 

 

 《SAO》や《ALO》、《SA:O》でもそうであったが、このフルダイブ型VRMMOでの強さは、レベルやステータスは勿論、プレイヤースキルも大きく影響する。

 

 プレイヤースキルが高いプレイヤーならば、適正レベルを遥かに下回っているレベルであっても高難易度ダンジョンをクリアしたりできるし、逆にレベルだけ高くてプレイヤースキルが備わっていないプレイヤーでは、適正レベルを上回っている状態でも攻略に(つまづ)く事もある。

 

 今回の事態は前者のケースのようだが、そんな事を起こせるプレイヤーの事など、キリトは全く想像が付かなかった。一体誰がそんな事を成し遂げたというのか。

 

 

「……ずば抜けたプレイヤースキルを持った人……」

 

 

 そこで一人異様な反応をしている者をキリトは発見する。皆の中にいるユウキだ。彼女は一人(うつむ)き、ぶつぶつと独り言を言っている。

 

 そういえば彼女もずば抜けたプレイヤースキルを持った人の張本人だが、そのユウキがこんな反応をしているのはどこかおかしく感じる。何か心当たりがあるのだろうか。

 

 キリトと同じ疑問を抱いたのか、カイムがユウキに声を掛けた。

 

 

「ユウキ、何かわかるの。そいつに心当たりがあるとか」

 

 

 カイムに言われたユウキは「はっ」とよく聞こえる声で言い、首を横に振った。

 

 

「ううん、全然。紛らわしい事してごめんね。続けて続けて」

 

 

 ユウキにそう言われ、皆の視線は元の場所へ戻る。情報確認を開始するように、アルトリウスが口を開ける。

 

 

「えぇっと、このイベントは本来ならもっと後で起きるべきイベントであって、それを誰かが無理矢理発生させたんだよな。そこで起きたのがリエーブルで、リエーブルこそがエネミーアファシスを操ってる元凶で、そのリエーブルのマスターになっているプレイヤーが、このイベントの黒幕って認識で合ってるよな。って事は、リエーブルのマスターか、リエーブル自身を止めさえすれば、このイベントは終了するって事なのかな」

 

「その認識で合っていると思うわ。それにリエーブルもアファシスであるならば、例え《Type-Z》であろうとも、止める手段は存在しているはずよ。ちょっと賭けになるかもしれないけれど」

 

 

 ツェリスカが言うなり、レイアが強く反応する。

 

 

「本当ですか、ツェリスカ。もしそうならば、あの()()()()()()()()()()()()()《Type-Z》のリエーブルとも戦えます!」

 

 

 勢い任せで言ったようなレイアの声に、キリトは違和感を覚えた。

 

 ()()()()()()()()()()? まるでリエーブルを異物のように思っているかのような言い方だ。リエーブルも《GGO》にちゃんと実装されているアファシスであり、一応はレイアと同じもののはずなのだが、その言い方は気になった。リエーブルはレイア達とは違うとでもいうのか?

 

 そんな疑問を持つキリトの横目で、ツェリスカが続けた。

 

 

「その対処策だけれど、ひとまずはリエーブルに会わないと始められないわ。ユイちゃん、ユピテル君、リエーブルの最新目撃情報とか来てないかしら」

 

 

 ユイとユピテルはウインドウを開き、情報を閲覧しようとした。

 

 しかしその時だった。けたたましい音が辺りに響いた。

 

 緊急警報(サイレン)だ。この《GGO》では聞いた事のない緊急警報音が鳴り響いている。緊急地震警報、全国瞬時警報システムなどを思い出させるが、「ビーッ、ビーッ」という、一応は未来的な警報音であった。

 

 周囲を見回し、クレハが戸惑ったように声を出す。彼女もこの音を聞いた事はないのだろう。当然キリトにも仲間達にもこんな経験はない。

 

 

「え、え、何、何!?」

 

「サイレン……? 何、何が起きてるのよ!?」

 

 

 普段は冷静なシノンさえも慌てている。シノンの方が自分達よりもこの《GGO》を始めて長い方だが、シノンも聞いた事がないもののようだ。直後、もう一度警報が鳴ったかと思うと、アナウンスが聞こえてきた。

 

 

《緊急警報発令。《SBCグロッケン》に向けて侵攻する戦機の軍勢を確認。ガンナー各員は《SBCグロッケン》前の陸橋及び平原に(おもむ)き、防衛に当たってください。

 繰り返します、緊急警報発令。《SBCグロッケン》に向けて侵攻する戦機の軍勢を確認――》

 

 

 聞こえるアナウンスはシステムそのものによるものだった。全てのプレイヤーが聞く事のできる、ゲーム内スピーカーなどを介さないシステムアナウンス。普段は緊急メンテナンス、新要素の追加などを伝えてくれるそれが今、《SBCグロッケン》が非常事態に陥った事を伝えてきていた。

 

 しかし、その通達はあまりにも唐突過ぎて、その場に居る全員が付いていけておらず、焦ったり戸惑ったりしている。

 

 《SBCグロッケン》に迫る戦機の軍勢とはなんだ。

 

 それは大方リエーブルの(ひき)いるモノであろうが、連中はこんなに早く攻めてきたというのか。

 

 そこで、情報を誰よりも早く受け取っているユイとユピテルが反応を示し、驚いた様子を見せた。

 

 

「た、大変です皆さん! 今のアナウンスの通り、戦機の軍団がフィールドのあちこちに出現しています! どれも《SBCフリューゲル》のもので、エネミーアファシスも多数混ざっているようです! 進路はここ、《SBCグロッケン》です!」

 

「なんだって!? やっぱりリエーブルが、あいつらが攻めてきたのか!?」

 

 

 キリトの言葉に二人は頷き、皆は驚く。悪い予感が当たってしまった。リエーブルは計画を話したかと思いきや、早速実行に移してきたらしい。

 

 更にユピテルが付け加えてきた。

 

 

「現在運営から緊急クエストが発令されていて、《GGO》にログインしているプレイヤー全員が強制的に参加状態になっています。更に《GGO》の運営は公式サイト、ゲーム情報サイトなどにこの緊急クエストの実施を発表し、《GGO》のアカウントを持っているプレイヤーがアカウント作成の際に登録したメールアドレスに、緊急クエストの実施を伝えるメールを送ってもいるようです。《GGO》にアカウントのあるプレイヤー全員をこの緊急クエストに参加させるつもりでいるみたいですね」

 

 

 ユピテルの推測には(おおむ)ね頷けた。今のアナウンスやメールでの通達は恐らく、このイベントが正常に稼働した際にも行われるものだったのだろう。それだけこのイベントは規模が大きく、《GGO》に登録している全てのプレイヤーに参加してもらいたいものであるに違いない。

 

 それにそもそもこの緊急クエストが失敗した時には、今ある《GGO》の環境は破壊し尽くされてしまい、《GGO》のプレイヤー達は全員宿無しの修羅の世界へ放り出されるという、かつてない程のペナルティが課せられる。

 

 そうなれば多くのプレイヤー達が付いていけなくなり、別のゲームへ逃げていくだろうし、そうなればいくら自分達が作ったイベントの結果によるものだとは言え、《GGO》の運営も大損をするレベルでは済まない事態に追い込まれるだろう。

 

 そうならないためにも、プレイヤー達にこの《SBCグロッケン》を、ここを守っている《非戦闘領域発生装置》を戦機の群れから守らせたいのだ。

 

 ……全部運営が企画したものであり、その結果で起きる出来事も全て《GGO》の運営が考えた事、設定した事のはずなのだが、失敗した結果の代償(だいしょう)があまりにも大規模である事、その結果を左右するのが《GGO》にダイブしているプレイヤー達全員であり、プレイヤー達が頑張らないと《GGO》の環境が激変してしまうのには、どこか無鉄砲(むてっぽう)さを感じる。

 

 そういえば《GGO》の開発と運営をしているのは《ザスカー》という企業だが、その本社はアメリカにあるという。アメリカ合衆国は元々、未知の領域への開拓と挑戦を求める開拓民によって誕生した国家であるためか、例えリスクを負ってでも未知の領域へ挑み、イノベーションを引き起こそうとする精神を重んじている傾向にある――と、アメリカに住んでいるセブンから聞いた――。

 

 この緊急クエストも失敗した時のリスクはとてつもなく大きいが、成功させた時のリターンもまたとてつもなく大きいはずだし、《GGO》をプレイしている全てのプレイヤーに招集をかけているので、《BoB》よりも盛り上がる。アメリカならではのハイリスクハイリターンなチャレンジ精神が大いに現れていると言えるだろう。

 

 キリトがなんとなくイベントの仕組みに納得していたところ、イツキが呟いた。

 

 

大分(だいぶ)大事(おおごと)になって来たものだね。《GGO》のアカウントを持ってるプレイヤー全員を集めて《SBCグロッケン》を守らせつつ、《SBCフリューゲル》の総力と戦わせようだなんて、まるで戦争じゃないか」

 

 

 レイアが悲しそうな顔で答える。起きてほしくなかった事が起きたのを見てしまったかのようだ。

 

 

「……そのとおりなのです。これではまるで、《SBCグロッケン》と《SBCフリューゲル》が過去に起こした戦争の再現です。そして《SBCフリューゲル》に従っているアファシス達は、本当に侵略兵器として動いている……ようです……」

 

 

 クレハとアスナが「レイちゃん……」と呼びかけて寄り添い、アルトリウスも悲しそうな表情を浮かべた。

 

 アルトリウスから聞いたリエーブルの言葉が真実であるならば、レイアを含む全てのアファシスは、この《SBCグロッケン》を滅ぼして、自分達が地球の支配者へ成り上がる事を悲願とし、そのために破壊活動や戦闘を行う、《SBCフリューゲル》によって作られた侵略兵器。

 

 レイアやデイジー、及びこの《SBCグロッケン》に配備されているアファシス達はそうではないようだが、エネミーアファシス達は侵略兵器としての活動を本格的に開始してしまっている。

 

 一応は自分達の同族である者達が、この《SBCグロッケン》を蹂躙(じゅうりん)する侵略兵器としての活動を起こしている光景など見たくはなかっただろう。

 

 可能であれば彼女の仲間であるエネミーアファシスを攻撃したり、倒したくはないが、そんな事をしていればこっちが滅ぼされるので、できない選択だ。

 

 

「とにかく、《SBCフリューゲル》が本当に攻めてきたなら、迎え撃たないといけない。フィールドに出てみよう」

 

 

 キリトが皆に呼びかけると、ユイが答えてきた。

 

 

「《SBCフリューゲル》からの戦機軍団ですが、現在、《SBCグロッケン》への第三陸橋に辿り着いているのが最前線のようです。まずはここを防衛するのを優先するべきですが、ここだけを守っていても、その間に第一、第二、第四、第五陸橋を突破されてしまいます」

 

 

 シノンが腕組をし、何かを考えているような仕草をする。

 

 

「つまり人手を分けないといけないってわけね。第一、第二、第三、第四、第五陸橋全部を守るには、どれくらいのプレイヤーが必要になりそうかしら」

 

 

 転送装置をずっと使っていると見落としがちだが、フィールドから《SBCグロッケン》へ入るためには、周囲にある陸橋のいずれかを渡る必要がある。

 

 その陸橋は全部で五箇所存在しているため、ユイの言う通り、一つ守る事に集中し過ぎていれば、他の四箇所から攻め込まれて、《SBCグロッケン》は陥落するだろう。

 

 今現在、どれ程のプレイヤーが集まっているのかはわからないが、《GGO》の運営はログインしていないプレイヤーにまで呼びかけを行った。予定が付かなかったり、乗り気ではないプレイヤーも多数いるだろうが、それでも非常に多くのプレイヤー達が集まってくるのは間違いない。

 

 彼らの力を借りれば、五箇所ある陸橋を守る事もできるはずだが――しかし敵の戦機軍団はどれだけの勢力を持っているのだろうか。いずれにしても現状を見に行かないとわからなそうだ。

 

 直後、リランが妹であるユイに声掛けをした。

 

 

「ひとまず、我らは第三陸橋にて迎撃に当たる。ユイ、お前にはこれから皆がログインしてきたのを確認でき次第メッセージを送り、一度ホーム(ここ)に来てもらってから、他の陸橋の増援に向かうよう伝えてほしい。それと、今別なフィールドに居る皆にも呼びかけを頼みたいのだが、できるか」

 

 

 姉の頼みを、ユイは(こころよ)く引き受けた。

 

 

「はいです、おねえさん。皆さんのログインやログアウトはリアルタイムで確認できるので、お任せください!」

 

 

 これからやってくる仲間達にはユイが説明を行い、それぞれの戦場へ向かわせてくれるので、なんとかなりそうだ。問題はどのような戦いが待ち構えているかだが、それもまた現地に行って戦わないとわからないだろう。

 

 

「皆、第三陸橋には二つのパーティで向かおう。一つ目は俺とシノンとアーサーとレイア、二つ目はクレハとツェリスカさんとアスナとユピテルにしたいんだが、いいか」

 

 

 キリトの呼びかけに、七人は頷いてくれた。残りの者達は第三陸橋の次に敵が迫ってきている第二陸橋へ向かうと決定。すぐさまそれぞれ向かうべき場所へ走った。

 

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 

 

 一番敵が進撃してきているという第三陸橋へ、キリト達が組む二つのパーティはやってきた。来て早々陸橋の状態を確認したが、まだ陸橋そのものの方には敵がやってきていなかった。

 

 しかしその先にある平原の方からは銃声、怒声、爆発音が絶え間なく届けられてきて、目を向けてみれば獣の影、如何にも戦闘兵器の影がいくつも確認できた。それに立ち向かう無数の人影もだ。

 

 ユイとユピテルの報告通り、《SBCフリューゲル》からやってきた戦機達と、招集されたプレイヤー達が戦闘を繰り広げている。

 

 休みを知らずに銃声が轟き、爆発音が地面や建造物を撫で上げ、兵士達の掛け声、怒声、悲鳴が空間を満たす。その光景はまさに戦争だった。

 

 その兆候はこれまでありはしていたが、この時を持って、いよいよ《GGO》は本当のウォーゲームとなってしまったらしい。ただ、幸い敵になっているのは《GGO》で用意されているエネミー達であり、どこかの国の軍事勢力ではない。

 

 あれがもし違う国のプレイヤー同士の戦闘だったならば、仮想空間だけでなく、現実の方でも同じ事が起きていただろう。その点については安心できるが、その点にしか安心はできない。

 

 

「酷い状態……まさかここまでの光景ができてしまうなんて……」

 

 

 ツェリスカが悲しそうに一人ごちる。珍しく横に居るデイジーも悲しそうな顔をしているし、レイアもそうだ。

 

 レイアとデイジーの故郷である《SBCフリューゲル》が、《SBCグロッケン》へと攻め込んできており、《SBCフリューゲル》の仲間達は侵略兵器としての任務を(まっと)うしている。

 

 アファシスが好きなツェリスカにとって、それらが侵略兵器となって人々を襲っている姿は、一番見たくない光景であっただろう。その光景の中でキリトは目を凝らして、あるものを探そうとした。

 

 リエーブルはどこだろうか。彼女がエネミーアファシス達を管制しているという話だから、きっと彼女も前線に来て、エネミーアファシスや戦機達に指令を送っているはずだ。

 

 そう思っていると、平原と陸橋の間くらいに一際大きな黒い影が確認できた。それはどしどしと足音を立てて歩いてくる。足音の頻度からするに、リランと同じ四足歩行のようだが――その大きさはリランをも超えている。

 

 

「みーなさーん、こんにちは――!」

 

 

 その黒い影から、聞いた事のない声がした。元気のある少女の声だ。その声がした途端、アルトリウス、クレハ、レイアの三名が身構える。間もなく黒き巨影の正体が割れて、キリトは息を呑んだ。

 

 全高はおよそ二十メートルある巨体は、並大抵ではないくらいに隆々の人工筋肉と、ぎらついた光沢のある黒い装甲で構成されている。輪郭は狼などのイヌ科の動物がモデルかと思いきや、口吻(マズル)がイヌ科よりも短いため、ネコ科の動物――虎や獅子がモデルとわかった。

 

 額より上に一対の大きな湾曲した角が装着されており、カメラアイは赤く爛々(らんらん)と光っている。魔獣という単語から想像されるものを機械技術で再現したかのような超巨大戦機。

 

 それが目の前におり、大きな足音を立てて、ゆっくりと陸橋を渡ってきていた。

 

 

「な、なにあれ!?」

 

「何って、わたしのペットの《ベヒーモス》君ですよ。可愛いでしょう?」

 

 

 クレハが悲鳴のような声を上げると、魔獣型戦機から声が返ってきた。

 

 よく見たところ、魔獣型戦機の右肩の辺りに人影があった。長い銀髪を輪を(ともな)うツインテールにしている、身体に張り付くデザインのスーツに身を包んだ、浅黒い肌をした少女。

 

 それはアルトリウスとクレハから教えてもらった、エネミーアファシス達の黒幕であるリエーブルと一致していた。その姿を認めて、レイアが叫ぶように呼び掛ける。

 

 

「リエーブル! なんでこんな事をするんですか!」

 

 

 魔獣型戦機のリエーブルは首を傾げた。

 

 

「こんな事? こんな事ってどれの事ですかねぇ。もっと詳しく教えてもらえませんか、非特別製さん」

 

「エネミーアファシスも、この戦争もです! どうしてこんな事をしてるんですか!」

 

「勿論、それがわたし達の使命だからですよ。あなた達《Type-X》だって、本当の使命はそのはずなんですが、どうして忘れちゃったんでしょうかねぇ。わたしは全然忘れてなくて、今もこうしてしっかり使命を全うしているっていうのに」

 

 

 リエーブルはレイアへの挑発の姿勢を崩さない。いや、どちらかと言えばこちら全体を挑発し、煽ってきているように感じる。そんな事をするのは、彼女がそういうふうに設定されているAIだからなのだろうか。

 

 それにしては随分(ずいぶん)と口が回っている気もして不思議だった。

 

 

「リエーブル……あの()がリエーブル……」

 

 

 ツェリスカが呟いたのを聞き逃さなかったように、アルトリウスが問いかける。

 

 

「そうだけど、ツェリスカはあいつがなんなのか、わかるのか」

 

 

 ツェリスカは答えず、レイアと口論中のリエーブルへと声を掛けた。

 

 

「こんにちは、随分口の回るアファシスちゃん。あなたが今、ここまで来てる戦機やエネミーアファシスを従えているそうね」

 

 

 リエーブルはレイアからツェリスカへ視線を動かした。

 

 

「えぇ、そうですよ。《SBCグロッケン》へ攻め込んできてくれてる皆は、わたしの指揮で動いてくれています。言うなれば、わたしは皆の総司令官! 《SBCグロッケン》を守ってるプレイヤー達の動きに合わせて、軍の動きも色々調整したりもしてるんですよ。これもまたわたしが特別だからできる事ですよ、そこの旧型二人と違って!」

 

 

 やはりリエーブルが《SBCフリューゲル》の軍勢をまとめているのは間違いないようだ。そして隙あらば自慢と見下しをしてくる。

 

 それは事前の話でわかっていた事のはずなのに、ツェリスカは納得できないような表情を顔に浮かべていた。腑に落ちない事があるかのようだ。

 

 

「どういう事なの。確かに《Type-X》の上位型として《Type-Z》は存在しているけれど、エネミー達をまとめ上げて、それぞれの動きに合わせて配置するような、そこまでの賢さや能力はなかったはず……どうなっているの……?」

 

 

「――そりゃあリエーブルは賢いだろうし、特別だろうさ」

 

 

 ツェリスカの呟きが聞こえたその直後に、違う声がしたのと、背後からリエーブルに向けて一発の弾丸が飛んで行ったのは同時だった。突如として飛んできた弾丸を、リエーブルは軽い身のこなしで回避し、弾丸は空へ消えていった。

 

 リエーブルは不敵な笑みを浮かべ、弾丸の来た方を見る。

 

 

「おっと。そちらのお仲間さんは、まだ居たんですか」

 

「え……!?」

 

 

 驚いたキリトは声のした背後を確認した。こちらに歩いてくる小さな人影。誰よりもAIに詳しく、どこよりも高性能なAIを作り出している研究者である女性、イリスだった。

 

 《GGO》での珍しい出来事に遭遇したせいで小さな少女の姿になっているその人は、デザートイーグルの銃口をリエーブルに向けつつ、こちらに歩いてきていた。

 

 姿を認めた皆が呼びかけるより先に、イリスは声を発する。

 

 

 

「やっと見つけたよ、リエーブル。好き放題されてしまったみたいじゃないか」

 

 

 

 





 ――報告――

 この作品の最終章となるアリシゼーション・リコリス編ですが、原作ゲームにも搭載されているシナリオライトモードで序盤をすっ飛ばさせていただきます。

 あれらを全部描くと、とんでもない長さになるうえに原作と大して変わらない展開であり、原作ゲームでもチャプター2からが本編みたいなものですので、スムーズに本編へ進ませていただくため、原作で起きた事のほとんどをカットします。

 ただし、

ライオスとウンベールの処刑
・カーディナルとの邂逅、アドミニストレータの正体
・アリス戦
・ユージオ戦
・アドミニストレータ戦

 は書く予定です。

 とくにライオスとウンベールの処刑はしっかりやりますので、どうかご安心を。


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