キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 あるもの判明。

 


13:フリューゲルの悲願

          □□□

 

 

 

 キリト達と分かれたアルトリウス達は、《SBCフリューゲル》へと戻っていた。同行しているリエーブルが、《SBCフリューゲル》を攻略している際に困っていた開かずの扉は開かれていると教えてくれたからだ。

 

 気を付けながらそこへ向かってみたところ、確かにあの開かずの扉は開かれていた。どんなにフィールドを探索しても、どんなエネミーを倒してみても開かなかった扉がついに開かれた。それだけでもアルトリウスはとても嬉しい気持ちになり、リエーブルに感謝したい思いでいっぱいになりそうだった。

 

 しかし扉が開かれ、先に進めるようになったというのであれば、そのような事をしている場合ではない。先に眠っているモノがなんなのかも気になって仕方がないし、同行している情報屋アルゴによると、この《SBCフリューゲル》のどこかに、エネミーアファシスに関連したものがあるかもしれないらしい。

 

 エネミーアファシスは突然出現してきて、しかもその見た目や能力はプレイヤー達の《GGO》での過去を再現しているという、異様極まりない性質を持っている。《GGO》の運営からは何も発表されていない、正体不明の存在。

 

 それがなんなのかを判明させておく必要は確かにあるし、今エネミーアファシスと戦っているキリト達も、エネミーアファシスの情報を欲していた。彼らのためにも、これからのためにも、その情報は得なければならないだろう。

 

 アルトリウスは先に進む事を決定し、《SBCフリューゲル》の奥部へ向かっていた。途中で分かれ道があったので、今いる合計八人のメンバーを四人一組のパーティにして、それぞれ進む事にした。

 

 アルトリウスはレイア、クレハ、リエーブルの三人と組んで分かれ道のうち一つへ進み、残りのアスナ、ユピテル、アルゴ、フィリアの四人で組まれたパーティは別ルートへ進行していった。

 

 アルトリウスの進んだルートには、勿論多くのエネミーが待ち構えていた。いずれも全て、《SBCフリューゲル》産の最大の特徴であるというぎらついた光沢のある装甲に身を包んだ戦機達であった。

 

 その中に獣型はおらず、全て銃火器を持った人型戦機だ。それらは陣形を組んで、こちらを迎え撃ってきた。そのやり取りはフィールドで敵対プレイヤーのスコードロンに出くわした時とほとんど変わりなかったため、アルトリウスは三人――リエーブルは戦ってくれなかったので実質二人――と息を合わせ、対処。思いの(ほか)容易に切り抜けて、先へ進む事ができた。

 

 《SBCフリューゲル》は最近実装されたばかりの新ダンジョンであり、尚且(なおか)つ今現在最も高難易度の場所とされている。そんな場所であろうとも攻略を進める事ができるようになっている。自分がしっかりと強くなっていけているように感じられて、アルトリウスは胸のうちが熱くなっているような思いを抱いていた。

 

 そんなふうに高揚(こうよう)する思いに突き動かされるまま、進み続けていたある時だった。クレハが急に隣に並び、声を掛けてきた。(ささや)くような小声で。

 

 

「ねぇアーサー、なんだか変じゃない?」

 

「え?」

 

 

 アルトリウスは少し目を丸くした。変とはなんだろうか。

 

 

「変って、何が変なんだ」

 

「リエーブルよ。あたし、リエーブルと出会った時から、ずっと気になってた事があって」

 

 

 そう言ってクレハはリエーブルを見る。彼女は今、レイアと面白そうに話をしていた。こちらに気付いている様子はない。そのリエーブルに対して気になっている事というが、丁度それはアルトリウスにもあった。

 

 

「クレハも? 俺もリエーブルについて気になってた事があるんだ」

 

「え、あんたもリエーブルが気になってたの」

 

「うん。リエーブルはなんであんなにレイアにそっくりなのかなぁって、ずっと気になってたんだ。あそこまで似てると、何かあるんじゃないかって気がしてきてさ」

 

 

 思っている事を率直に伝えたところ、クレハはずっこけたような反応をした。びっくりするアルトリウスに、クレハは溜息を返してきた。

 

 

「そっち!? そっちしか気になってないわけ」

 

「え? 他に何かあるのか」

 

「あるに決まってるじゃないの。全くもう、とっくに気付いてるって思ってたのに……」

 

 

 クレハはなんとなく(あき)れているようだった。どうやら自分の気になっていた事はクレハの気になっていた事とは違っていたらしい。だとすればクレハは一体何が気になっているというのだろう。

 

 アルトリウスは問いかける。

 

 

「クレハ、リエーブルの何が気になってるんだ」

 

「それはね――」

 

「あ、あれ!?」

 

 

 クレハが言いかけたところで、レイアが急に自分達を追い越していった。目で追ってみたところ、アルトリウスは驚く事になった。いつの間にか大部屋の中に入っていたのだが、そこは行き止まりだった。

 

 奥部に何かを収納するカプセルのような装置があり、それと似たようなデザインの装置が周囲の壁周辺に設置されている。何かの研究や実験を行うための部屋という雰囲気だが、それだけであとは何もなく、奥へ進むための通路は見当たらなかった。

 

 そこに一番早く気が付いたレイアが部屋の奥まで向かい、周囲を見回した後にアルトリウスへ向き直った。

 

 

「マスター、ここは行き止まりなのです。これ以上道がありません!」

 

 

 アルトリウスはレイア同様に周囲を見回す。あるのは部屋に入っていた時点で確認できていた、何かを収容するためのカプセル装置の群れだけ。如何にも実験生物やらが入っていそうなその中には、何物の姿もない。

 

 空っぽのカプセルが並んでいるだけの、見たところ何もない部屋がここだ。

 

 

「そうだな……確かにこの先に進めそうな道はなさそうだ」

 

 

 ふと(つぶや)くと、リエーブルが答えてきた。

 

 

「あらまぁ、どうやらアスナ達が向かったルートが正しかったようですね。仕方ありません、戻りましょう! 《SBCフリューゲル》は広くて入り組んでいる、すごいところですから!」

 

 

 《SBCフリューゲル》はすごいところ。それは道中リエーブルの口から何度も聞かされた。

 

 彼女によると、《SBCフリューゲル》が(もたら)している技術というのモノは本当にすごいモノであるらしく、アファシス達は勿論の事、《SBCグロッケン》にある《非戦闘領域(ノーコンバットゾーン)》を発生させる装置もまた、《SBCフリューゲル》の技術によるものであるらしい。

 

 この《非戦闘領域(ノーコンバットゾーン)》とは、《SBCグロッケン》の中心部や一部フィールドに展開されている特殊フィールドの事だ。その中に居ると戦闘行為が行えなくなる他、エネミーが近寄って来て戦闘になったりする事を防げるようになっている。

 

 《SBCグロッケン》の中で発砲しても攻撃判定が発生しなかったり、エネミーが街へ進行してきたりしないのはそのためであり、だからこそ、プレイヤー達はフィールド内の一部領域、《SBCグロッケン》では戦いをせずに休む事ができるんです――とリエーブルが教えてくれたのだった。

 

 

「確かに、《SBCフリューゲル》はすごいところだってわかるよ。アファシスも《非戦闘領域》も、全部《SBCフリューゲル》が作ったものって話だからな」

 

 

 リエーブルより教わった事をアルトリウスが繰り返すと、リエーブルは嬉しそうにした。

 

 

「はい! なんならもっと褒めてくれたって良いのですよ。《SBCフリューゲル》の事を褒められると、わたしもとても嬉しいです!」

 

 

 アルトリウスはそんなリエーブルを観察する。あまり怪しいところは見受けられない。どんなに深く観察してみても、レイアによく似ているアファシスであるという事くらいしか思いついてこない。クレハはこのリエーブルの何が気になっているというのだろうか。

 

 ふと尋ねようとしたそこで、クレハがリエーブルへ声を掛けた。

 

 

「ねぇリエーブル、あたしさ、ずっと気になってる事があるんだけど」

 

「クレハ? 何かありましたか」

 

「貴方って、どこまでの事を知ってるの」

 

「え?」

 

 

 リエーブルは首を傾げていた。アルトリウスも同じようになる。

 

 クレハは続ける。

 

 

「貴方は随分広い情報網を持ってるよね。《SBCフリューゲル》の技術の事とか、《非戦闘領域》の事とか。それはすごいと思うけれど、貴方はさっき、キリトさんのエネミーアファシスの居場所まで座標を探り当てたりしたじゃない。そこまでできる情報網って、一体どういうものなの」

 

 

 リエーブルは難しそうな顔をして答える。

 

 

「それはわたしでもお教えする事はできません。そこら辺だけはわたしだけの秘密ですので……あぁでも、とてもすごい情報網なんですよ。すごく広くて、詳しくわかる情報網が確かにわたしにはあって、それをわたしは皆さんと一緒に居る間にも絶えずチェックし続けているんです。なのでわたしはいつでも最新情報を皆さんに提供できるのです。これはわたしが優秀だからこそできるのです!」

 

「そうかもしれない。でもねリエーブル、それならなんで貴方は、イツキさんとツェリスカさんのエネミーアファシスと、あれらが操っていた戦機が倒された事を知ってたの? あたし達があのエネミーアファシスと戦機を倒したのは、貴方と会う前だったわよ」

 

 

 そこでアルトリウスははっとした。リエーブルも同じような顔をしていた。

 

 そうだ。イツキとツェリスカのエネミーアファシスが鳳凰(ホウオウ)型戦機に乗って現れてきたのを倒した直後に、リエーブルは自分達と出会った。その瞬間までリエーブルがあの部屋の中にいた気配は感じられなかったから、リエーブルはあの時、鳳凰型戦機と自分達が戦っていたのを知っているはずがない。

 

 もし知っていたのであれば、リエーブルは何らかの方法であの戦闘を(のぞ)き見していたという事になる。そうなれば、何故リエーブルは傍観(ぼうかん)するだけで何もしなかったのかという事にもなる。

 

 逆にそうでないとすると、リエーブルは鳳凰型戦機とエネミーアファシスが撃破された事を察知できる能力みたいなものがあるという事になるが、だとすると今度はリエーブルがあまりにエネミーと密接な繋がりを作っている事になってしまう。

 

 それこそ、リエーブルがエネミー達の一体であり、だからこそエネミー達の様子、倒されたかどうかが把握できるかのように。

 

 そこに気付いていたクレハが更にリエーブルへ問いかけた。

 

 

「これじゃあまるで、貴方があのエネミーアファシスや戦機達と繋がってるみたいじゃないの。貴方はエネミー達の情報を知り過ぎてるような……そんな気がして仕方がないの」

 

 

 ようやくクレハの疑問がわかり、アルトリウスはすまない気持ちになった。自分が気になっていた事など全然些細(ささい)な事だったではないか。そしてクレハが疑問に思っている事は、本来リーダーである自分も気付いていなければならない点だ。そこに至る事ができないでいただなんて――そんなふうに思ってしまって仕方がない。

 

 そのアルトリウスをマスターとするレイアが、困惑した顔でクレハに声掛ける。

 

 

「く、クレハ。そんなに詰め寄らなくたって大丈夫では。リエーブルはそんなに怪しい事をしている人ではないですよ」

 

 

 レイアの言う事も一理ある。確かに疑わしい点のあるリエーブルだが、彼女が本当にエネミー達に通じているかどうかは、まだ自分達の予想の範囲内だ。だからリエーブルに詰め寄ったところで、真実はそうではないかもしれない。

 

 それもクレハはわかっていたように、レイアに返した。

 

 

「レイちゃん、ごめんね。別にリエーブルをいじめたいとか、そういうわけじゃないの。ただ、ちょっとはっきりさせておきたいところがあるだけよ。もしこれに何らかの事情があるなら、あたし達で力になれないかなって――」

 

 

 クレハが言いかけたその時だった。一つの声がそれを遮った。

 

 

 

「はあ~あ。全く、無駄に(かん)の良い人ですね。そういう人はムカつくから嫌いなんですよ」

 

 

 

 アルトリウスは瞠目(どうもく)した。レイアもクレハも同じ様子だ。全員で声の発生地点を見る。そこにいたのはリエーブルだったが、聞こえてきた声はリエーブルのモノと異なっていたような気がしてならない。

 

 異様な声の発生源と思われる場所にいるリエーブルは、如何(いか)にもうるさいものを払うかのような仕草をしていた。

 

 

「アフォシスのマスターを中心に、沢山のプレイヤーのデータを引き抜いておきたかったんで、アフォシスのフリをしていたんですが、躍起(やっき)になり過ぎて不自然な点を作っちゃってましたか。失敗失敗」

 

「へ……?」

 

 

 レイアが(つぶや)いた直後に、リエーブルは目を向けてきた。レイアと同じ色、同じ形をした瞳だが、現在のそこには鋭い悪意と殺気に等しい光が宿っていた。明らかに様子がおかしい。

 

 直後、リエーブルは両腕をゆっくりと、小さく広げた。合わせるように彼女の身体がふわりと宙に浮かぶ。彼女は滑稽(こっけい)なものを見ているような表情でこちらをちらと見下ろすと、その身体から(まばゆ)い光を発した。まるでリエーブルが音のない閃光音響弾(スタングレネード)になったかのようだった。

 

 光が止んだタイミングを狙って目を向け直したところで、アルトリウスはもう一度瞠目した。そこにいたのは一人の少女だった。

 

 鉄のような銀色の長髪を輪の形にまとめたツインテールにしていて、日焼けしたようにやや褐色(かっしょく)がかった色合いの肌の上から、肩と脚を大きく露出した黒と水色のスーツを(まと)っている。無数の穴が開いてズタズタになっている黒いニーソックスもあってか、全体的に良くも悪くも目立つ印象だ。

 

 そんな如何にも男の目を奪うであろう服装をしている彼女は、自身の脚から腹へ、腹から胸へと両手で撫で上げる動作をした。こちら――主に男性――を見下して性的に挑発しているかのような素振(そぶ)りの後、少女はその(まぶた)を開いた。

 

 緑がかった水色の瞳の中の瞳孔(どうこう)は一つのキラキラマークのような形状になっている。それは彼女が人外の存在である事を証明していた。

 

 レイアに酷似した姿をしたリエーブルはいなくなり、代わりに全く見知らぬ少女がそこに君臨しているという状況に、三人揃って驚いたまま動けなくなっているしかなかった。

 

 そしてそんな状況を作り出した少女はというと、深呼吸をした後に伸びをした。まるでやっと自由になれたという事を身体全体で表しているかのようだ。

 

 

「ふぅ~、すっきりした。優秀なフリューゲルのアファシスであるわたしが、アフォシスの真似事をするなんて、本当に屈辱(くつじょく)でしたよ」

 

 

 少女の声は先程全く異なるものになっていた。その少女に驚くしかなくなっていたアルトリウスは、そこでようやく声を出せた。

 

 

「な、なんだ。どういう事なんだ」

 

「アフォシスは周囲に強いプレイヤーが沢山いたので、ものすごく良いデータが採れまくったところだけは高評価でしたけど、我慢するのは大変だったんですよ。これで労力に見合った収穫がなかったなら最悪でした。そんな時の事は想像もしたくありませんねぇ」

 

 

 少女はこちらに反応しているようで、反応していなかった。アルトリウスはもう一度問いかける。

 

 

「違う、お前は一体なんだ。お前は誰なんだ」

 

 

 少女はようやくアルトリウスに目を向けた。瞳孔の形が人間のそれと異なっている瞳には、やはり悪意と敵意が渦を巻いていた。その瞳の持ち主である少女は、呆れたように溜息を吐いた。

 

 

「誰って、リエーブルですよ。目の前で変装を解除したじゃないですか。アファシス《Type-X》はマスターも時代遅れの阿呆(あほ)なのですか?」

 

 

 三人でまたしても驚かされる。この少女はリエーブルと名乗った。自分達に同行していた姿はリエーブルが用意した仮の姿であり、今こそがリエーブルの本来の容姿であったというのか。彼女はあれを変装と言っていたが、変装の域など超えている。

 

 その彼女の変装の対象にされていたレイアが、戸惑ったようにリエーブルに言う。

 

 

「時代遅れ? 時代遅れとはなんですか?」

 

 

 リエーブルは「あはは」と笑った。明らかにこちらを、レイアを嘲笑(ちょうしょう)している。

 

 

「そのままですよ、アフォシスさん。わたしは《Type-Z》! あなたがたよりも遥かに上位の権限を持っている新型なんです。なので《Type-X》のあなたがたはわたしにとっては旧型。先輩でもありますけれど、後輩に(おく)れを取ってる、言うなれば時代遅れなんですよ」

 

 

 それは初耳だった。アファシスは《Type-X》が最高最新型であるという話を聞かされていたが、《Type-Z》なんていう更なる新型が存在していたとは。これもまた《GGO》の運営から聞けていた話ではない。

 

 そんな話を聞いたクレハが、気を取り直したようにリエーブルへ尋ねた。

 

 

「《Type-Z》……そんなものまでいるなんて。っていうかリエーブル、あんたはさっきから何を言ってるの。周囲に強いプレイヤーが沢山いたので、ものすごく良いデータが採れまくったって、どういう事なのよ」

 

 

 リエーブルは「んー?」と言って、胸の前で手を合わせた。

 

 

「言葉で説明したところでわかりそうにないですけれど。でもまぁ、一回だけ目の前で実践(じっせん)してあげますよ」

 

 

 そう言ってリエーブルが両手を広げると、周囲から駆動音が聞こえてきた。見渡してみれば、部屋中にあるカプセル装置に光が走って、不可思議な稼働音を立てている。即座にレイアが反応を示した。

 

 

「な、何か大量のデータが動いています! これは一体!?」

 

 

 アルトリウスははっとした。この光景には見覚えがある。

 

 確かレイアと初めて出会った時にも、彼女が眠っていたカプセル装置はこのような動きを見せていた。その時と同じ現象が、ここのカプセル装置全てに起きているというのか。

 

 そういえば、リエーブルはレイアの周囲のプレイヤーのデータがどうとか言っていた。

 

 という事はまさか――。

 

 

「プレイヤーのデータが、アファシスに流し込まれてる……?」

 

 

 アルトリウスの言葉に、リエーブルは真っ先に喰い付いた。納得のいく答えが出てきた事に喜んでいるようだ。

 

 

「ぴんぽーん! そのとおりです。わたしが皆さんと接触したりして集めたデータを使って、《赤ちゃん達》を成長させてあげてるんですよ」

 

 

 アルトリウスは目を細めた。《赤ちゃん達》? 恐らくアファシス関係の事なのだろうが、《アファシスの赤ちゃん達》とは何の事だ。アルトリウスの反応を見るなり、リエーブルが得意げな顔になる。

 

 

「ほぉらぁ、わたしみたいに黒いスーツを着てて、白くて大きな水玉模様のある、可愛い可愛いあの子達ですよぉ。あの海の熊猫(パンダ)ちゃんの恰好をした子達ですってぇ」

 

 

 黒いスーツを着ていて、そこには白くて大きな水玉模様がある、海の熊猫。そう言われてアルトリウスは背筋に悪寒を走らせた。

 

 それはある時突然現れ、自分達を襲ってきた謎の集団、(シャチ)達の特徴だ。あれらがリエーブルの言う《赤ちゃん達》であり、あの鯱達はここから来た存在であるだと。

 

 そう聞かされて同じような気持ちを抱いたのだろう、クレハが返す。

 

 

「まさか、あの鯱達は《SBCフリューゲル》で生まれたっていうの!? それで鯱達が、あんたの言うアファシスの赤ちゃん……!?」

 

「あらまぁ~、あなた達も赤ちゃん達に会ってたんですねぇ。それなら理解してもらえるのが早くて助かります。そこのアファシスはまさしく阿呆ですけれど、あなた達はそうでもないみたいですね」

 

 

 リエーブルはかなりの頻度でレイアを阿呆と罵っている。それだけ《Type-Z》とやらの自分に自信があるという事なのだろう。

 

 その悪罵(あくば)はレイアに向けて言われているものだが、だからこそアルトリウスは腹が立ってきて仕方がなかった。いや、そもそもリエーブルがあの鯱達を動かし、プレイヤー達を襲わせていたという事だから、鯱達による被害は皆リエーブルのせいだったと言ってもいい。

 

 これに怒らない奴がどこにいる。

 

 

「あいつらもお前が原因だったのか。それで今、勝手にプレイヤーのデータを引き抜いて、あいつらに食わせてて……一体何のつもりだ。こんな事をして、お前は何をするつもりなんだよ」

 

 

 リエーブルはまたしても溜息を吐いた。勝手に呆れているようだ。

 

 

「ようやくまともな質問が来ましたね。わたしの目的ですか? そんなの一つだけですよ」

 

 

 リエーブルはにぃと口角を上げ、宣言するように言った。

 

 

「《SBCグロッケン》を今度こそ()()()()()完全に滅ぼして、この地球の真の支配者となる事です。我が物顔で地球の支配者を気取っている《SBCグロッケン》から地球を奪還し、フリューゲルのものへ変える。フリューゲルこそが地球の支配者に相応しいという事を証明する。それがフリューゲルのアファシス達の――いいえ、全てのフリューゲルの民の悲願だったんです。

 この悲願の成就こそがフリューゲルのアファシス達にとっては使命であり、この使命のために作られたものだったというのに、《Type-X》はおろか、マザーコンピュータまでもがその事を忘れてしまってますがね」

 

 

 アルトリウス、レイア、クレハが声なく驚いたのは同時だった。リエーブルの目的は、まるでよくある創作物に出てくる悪役が抱く典型的な野望とも言える世界征服に違いない。

 

 しかし、それを望んでいるのはリエーブル一人だけではなく、この《SBCフリューゲル》に居る全てのアファシス――つまり元々は《SBCフリューゲル》に居たレイアやデイジーを含めた全員だったというのには、驚く外なかった。

 

 その事実を知らされたアファシスであるレイアは、戸惑い始めた。

 

 

「そんな、わたしが……わたし達が……おかあさんが、《SBCグロッケン》を滅ぼして地球を乗っ取るために作られた……!?」

 

 

 リエーブルは得意げに、嗜虐性(しぎゃくせい)に満ちた表情で答える。

 

 

「そうですよぉ、アフォシスさん。わたしもあなた達も、この(ほま)れ高き《SBCフリューゲル》で生まれた侵略兵器の一つなんですよ。と言っても、侵略兵器であるのは《SBCグロッケン》を滅ぼすまでの間のお話で、それ以降は《SBCフリューゲル》の民の一人として地球で暮らしていく事になるんですけれどね」

 

「……ッ!」

 

 

 レイアは胸元をぎゅうと抑え付けた。これまで見た事がないような、信じられない事を目の当たりにしてパニックを起こしているような顔になっている。

 

 そんなレイアをクレハが支え、アルトリウスはホルスターからソーコムを引き抜き、銃口をリエーブルへ向けた。銃身下部に取り付けられているLAM(レーザーエイミングモジュール)からレーザーサイトが伸び、リエーブルの左胸で赤く輝く。

 

 しかし、銃を向けられてもリエーブルは平気そうな様子で、「すすっ」と笑った。

 

 

「でもまぁ、アフォシス達《Type-X》、それ以下はもう侵略兵器ではないでしょうね。なんていったって、大切な使命を完全に忘れてしまっているんですから。もう《SBCフリューゲル》の勝利のために戦う兵器とは言えませんし、そもそもそんな事になってる時点でフリューゲルの民でもありません」

 

 

 アルトリウスはグリップを握り締めた。銃身が震えて、リエーブルの胸でレーザーサイトが同じように震えた。

 

 

「お前の目的が《SBCグロッケン》を滅ぼす事だっていうのはよくわかったよ。けれど、そんな事が成功するのか。お前達《SBCフリューゲル》は、《SBCグロッケン》と戦って負けたんだろ。だからつい最近まで《忘却の森》に墜落したままになってた。また戦ったところで、《SBCフリューゲル》に勝ち目なんかないだろ」

 

 

 直後、リエーブルは「はっ」と言ってから、表情を軽い怒りのものへ変えた。

 

 

「そうですねぇ。《SBCフリューゲル》は《SBCグロッケン》に負けて撃墜されるという、最悪の屈辱を受けています。けれどあの時は《SBCフリューゲル》は完全じゃなかったんです。だから格下の《SBCグロッケン》に負けてしまったんですよ」

 

 

 リエーブルの口角が上がった。何か秘策がある事をちらつかせているかのようだ。

 

 

「ですが! 今度の《SBCフリューゲル》はついに完全になれます。完全な姿と強さを取り戻して、《SBCグロッケン》へ攻撃できるようになったんですよぉ。しかも赤ちゃん達もついに成熟してくれましたしねぇ。その他のプレイヤーの皆さんのデータを食べて大きくなってくれましたよぉ。これは何回も言いたくなるくらい嬉しいですね~」

 

 

 《SBCフリューゲル》は完全になった。その一言がアルトリウスの脳裏で引っ掛かっていた。

 

 それを一旦保留し、アルトリウスは問うた。

 

 

「プレイヤー達をコピーしたエネミーアファシスを解き放って、《SBCグロッケン》に攻め込むつもりか」

 

「まぁそんなところですね。でも気付きませんか? プレイヤーの皆さんのデータを食べたアファシス達を解き放ったところで、とても《SBCグロッケン》を滅ぼせるとは思えないはずですよ?」

 

 

 リエーブルの問いかけにはアルトリウスも気付いていた。

 

 確かに鯱を原形としたエネミーアファシス達は強いが、それでもプレイヤー達の数には(かな)っていない。もし《SBCグロッケン》に攻め込んだところで、エネミーアファシス達は負けるだけだ。《SBCグロッケン》のプレイヤー達の中には、キリト達のようなビークルオートマタ使いも沢山いるから尚更である。

 

 そう考えるアルトリウスに、リエーブルが答えた。

 

 

「だからぁ、《SBCグロッケン》に攻め込ませるためにエネミーアファシスを量産してるのはただの手段の一つです。正面から殴って都市を滅ぼせれば一番ですけれど、そうはいかないのは前回の戦争で体験済みです。資源の無駄遣いも良いところですよ、そんなのは。なので、()()()()()()()()()()()()()()()()()を壊して内部から崩壊させて、そこから一気に踏み潰せばいいんですよ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()……それってまさか!?」

 

 

 クレハが言うなり、リエーブルは大声で喜んだ。

 

 

「ぴんぽんぱーん! 大正解です。《非戦闘領域発生装置》をぶっ壊すんでーす!!」

 

 

 《非戦闘領域発生装置》。先程のリエーブルから聞いた話によれば、これがあるから《SBCグロッケン》は安全安心の環境になっており、誰もが使える拠点となっているとの事だ。

 

 これが破壊されてしまえば、《SBCグロッケン》もまたフィールドと何も変わらない場所になってしまい、誰もこの世界で落ち着けなくなってしまうのは容易(たやす)く想像できる。

 

 そんな事を望むプレイヤーなどいるわけがない――そう思ったアルトリウスはリエーブルに反論した。

 

 

「そんなの、皆止めにかかるよ。お前の言ってる事は、誰も許さないぞ」

 

「えぇ~? アーサーさんあなた、ちょっと楽観視し過ぎじゃないですか?」

 

 

 アルトリウスは少し目を見開いた。リエーブルは「しめた」と言わんばかりの笑みを顔に浮かべる。

 

 

「ここは苛烈(かれつ)な銃の世界! 銃や資源や機械を巡って誰もが戦争をする弱肉強食の世界! 街の中で殺し合い、戦争ができるならそれもラッキー! ひゃっほー! ひゃっはー!!

 ――みたいな方でいっぱいになっているのがこの世界の()(よう)ではありませんか? そんな感じで、《SBCグロッケン》の街中で誰もが戦争をして殺し合ってガタガタになってるところを攻め込めば、正面突破するよりよっぽど簡単に潰せるでしょう?」

 

 

 リエーブルの言う事を否定できなかった。もし《非戦闘領域発生装置》が破壊されるという話が出てきたとしても、それを守るよりも、破壊を(うなが)す者が大多数を占める可能性は十分にある。

 

 この世界は刺激や戦闘に飢えたプレイヤー達が過半数を占めている程の荒くれの世界だ。彼らは休みなど欲さず、いつまでも、どこまでも戦い続ける事を望んでいる。

 

 

「《非戦闘領域発生装置》を防衛するために力を合わせて戦う、彼らに戦ってもらうなんて、到底(とうてい)無理じゃありませんか。誰もが気軽に銃を取り、気軽に殺し合い、気軽に戦争をするのが、この世界の常識なのですから。あなた達だってそうしてきたでしょう?」

 

 

 リエーブルの言っている事に、アルトリウスは反論できなかった。クレハもレイアも何も言い返せない。ずっと言われるままだ。そんなこちらを見て、リエーブルはまた嘲笑した。

 

 

「あなた達にできる事なんて、たかが知れてるんですよ。《非戦闘領域発生装置》がなくなった《SBCグロッケン》で他のプレイヤーに殺されないよう、せいぜい気を付けてくださいね。

 それじゃあ皆さん、《SBCフリューゲル》からご退場願いま~す!」

 

 

 リエーブルが上ずった声で言った直後、アルトリウスの目の前は青い光で包み込まれた。転送の際に発生する光だ。どこかに強制転送されているのか――そう思った直後に頭がふわりとして、すぐに元に戻ったかと思うと、周囲の景色が変わっていた。

 

 ネオンライトが照らす、鋼鉄の建物が並ぶ街並み。《SBCフリューゲル》の中に居たはずが、《SBCグロッケン》の街中へ戻って来ていた。

 




――原作との相違点――

・エネミーアファシスのキリト&アスナが出ない。

・フリューゲルに完全体が存在する。


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