キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:エネミーアファシス

 

          □□□

 

 

 キリト達は一時間ぶりに《忘却の神殿》にやってきた。

 

 先程はキリト、シノン、リランの三名だけでの突入であったが、今回はその三人に加えてアルトリウス、クレハ、レイア、アスナ、ユピテル、ユウキ、カイム、リーファ、リズベット、シリカ、イツキ、アルゴとフィリアが加わっている。

 

 このうち、イツキはあの場には居なかったが、いれば頼もしいという事で、アルトリウスが誘いをかけたところ、乗ってくれた。丁度暇していたらしく、刺激が欲しかったんだそうだ。飄々としたいつもの態度で、八咫烏(ヤタガラス)型ビークルオートマタである《神武(ジンム)》を連れたイツキも探索チームに加わったのだった。

 

 そしてアルゴとフィリア、情報屋と情報屋に近しい情報通の二人は、未知の情報を欲しがっていたようだったので、キリトが呼んだ。特にやる事を決めていなかったので、情報収集ができるなら一番いいという事で、二人ともやる気になってチームに加わってくれた。

 

 このメンバーで、最大数を四人とするパーティを一組ずつ組んだ。キリトとシノンとリランの許にはユウキとカイムが加わって四人パーティとなり、アルトリウスにはクレハとレイアとイツキが加わって四人パーティになった。

 

 そしてアスナとユピテルにアルゴとフィリアが加わって四人パーティが組まれ、残ったリーファ、リズベット、シリカで三人パーティが組まれた。この一番最後の三人は、一時間前にここでキリト達を襲ったエネミーと同じ組み方である。

 

 どうしてそんな組み方をしたのかと聞くと、「エネミーのあたし達が出てきたら、本物の方が強いってわからせてやるんだから!」とリズベットが答えた。

 

 どうにも彼女は、自分達の偽物がここにいるならば、そんなものは自分達の手で倒しておきたいと考えているらしい。リーファとシリカも同じような様子であり、偽物を倒す事に躍起になっているのがよくわかった。

 

 あの時、エネミーの彼女達はキリト達の手で倒されているが、また出てきたとしても不思議ではない。それを倒したいがために、あえて同じメンバーで組んだのだ。随分と面白いところに火が付いているなと、キリトはどことなく感心していた。

 

 そんなリズベット達、アスナ達とのパーティと、キリト達は別行動を開始していた。《忘却の神殿》は複数の道に枝分かれしており、それぞれに別な要素やギミックなどが存在しているという事で間違いなかった。

 

 そんな場所なので、手分けして探索に当たったほうがいい――というアルトリウス、及び他スコードロンのリーダーもやっているイツキが提案。キリトはそれを承諾し、二つのチーム、八人と七人で別ルートを進むようにした。

 

 相変わらずの鋼鉄で床と壁が作られた空間。しかしこれまでと違ってギラギラした光沢のある質感で、ところどころに幾何学模様が描かれているという特徴がある。SBCフリューゲルという、違う国を始まりとする船の文化が現れているのだろう。

 

 そしてこの異なる文化の船の中より、恐らくアレらは現れている。仲間の似姿をしたエネミーが、ここで生まれて、地表に進行してきているのだ。

 

 キリトはそう思えて仕方がなく、その気持ちを仲間達に話さずにはいられなかった。

 

 

「まさかプレイヤーそっくりのエネミーが出てくるなんてな……とんでもない展開に出くわしたような気がするよ」

 

 

 キリトの声に頷いたのはカイムだった。

 

 

「同感。プレイヤーそっくりに作り込まれたエネミーが出てくるなんて、VRMMO史上初の(こころ)みって奴なんじゃないの。少なくとも《ALO》や《SA:O》にはそんなのなかったからね」

 

 

 ユウキと一緒に行動していた時、フィリアとレインがエネミーとなったモノに襲われたという話をしてくれた彼こそ、一番最初にエネミー化した仲間を見かけた人物かもしれない。

 

 確かに、ここまでのゲームでそんな展開に出くわした事なかった。今回起きている事は、意外にもVRMMOでの快挙に相応しい出来事なのかもしれない。自分達はそんな快挙の出来事を体験できているわけなのだが、どうにも良い気がしなかった。

 

 そこで更に付け加えてきたのはアルトリウスだった。

 

 

「それに、プレイヤーだけじゃなくてレイアにそっくりなのも居て、エネミーアファシスっていうのも出てきてるんだろ。これって何か偶然なのかな」

 

「確かに、偶然にしては出来過ぎてるかもしれない。もしかしたら、あの時私達が相手にしたリーファ達そっくりのエネミーは、エネミーアファシスだったんじゃないかしら」

 

 

 シノンの言った事はキリトも思っていた事だ。SBCフリューゲル周辺に姿を見せているというエネミーとしてのアファシスと、あの時見つけたリーファ達、フィリア達そっくりの姿をしたエネミーが無関係であるとは思えない。

 

 そもそもアファシスはアンドロイドであるため、原則として人の形をしている。そしてプレイヤー達もまた人の形をしているので、プレイヤー達の容姿データなどを取り込めば、簡単にプレイヤーの姿を再現してしまえるだろう。

 

 こうなったアファシスをプレイヤーが見つけた場合、それが仲間なのかそうではないかの判断が付かず混乱してしまい、一方的にやられてしまうだろう。これだけでかなりの脅威であると判断できるが、それだけでは終わらない。

 

 アレらはリーファ達本人の持っている強さや能力、戦い方までも再現していた。まるで本人であるかのように戦っていたのだ。

 

 あの時のリーファ達が仮にエネミーアファシスだと仮定すると、エネミーアファシスはただエネミーとして登場するだけでなく、プレイヤー達の真似をする事で、その強さなどを学習(ラーニング)し、自らの力に変えようとしている――そんなふうに考える事もできた。

 

 これが真実であるかどうかはわからないが、いずれにしてもエネミーアファシスの詳しい情報を集める必要はあるだろう。エネミーアファシス達の狙い、そんな要素を組み込んでいる《GGO》の狙いがなんなのかは想像できないが、大きくて黒いものが蠢いている。そんな気がしてならなかった。

 

 

「まぁ、何が出てきてもする事は一緒だよ。銃で撃ち抜いてやればいいし、キリト君と僕はそれぞれのビークルオートマタの重火器で壊し尽くせばいい。やる事は簡単じゃないか」

 

 

 歩く神武の背中に珍しく乗っているイツキは、余裕そうに言っていた。確かにリーファ達がエネミーとして出てきた時も、やった事と言えばいつものように銃撃を仕掛けただけだったし、それ以外の対処方法も特になかった。もし今後同じようなモノが出てきたとしても、やるべき事は同じである事に変わりはない。

 

 だが、そうだとしても――続きを考えるより先に、クレハが声を出した。

 

 

「確かにそうかもしれないですけど……でもあたし、仲間の皆によく似た姿をしたエネミーと出会ったら、なんだか撃てるような気がしなくて……その人じゃないってわかってても、咄嗟に撃てるかって聞かれたら、ちょっと……」

 

「ボクも同じような事考えてた。フィリアとレインがエネミーとして出てきた時、全然剣で斬りかかれなかったんだ。二人とも、大切な友達だから……」

 

 

 ユウキもクレハと同じような事を言っていた。その表情は、複雑な気持ちになっている時のそれになっている。

 

 キリトは「それは本人確認ができていなかったからだよ。次はちゃんと斬れるでしょ」とカイムが言い出すのではないかと予想したが、果たしてカイムは沈黙していた。ユウキと似たような顔をしている。

 

 物事の線引きをしっかりしている方に入るカイムでも、仲間に銃や剣の刃先を向けるのは不本意であり、やりたくないと思っているのだ。

 

 それはキリトも同じであった。本当に敵だと分かっているのに、やはり仲間の姿をされていると、いつものように斬りかかるのは難しいと思える。リーファ達のエネミーに襲われた時、リランの重火器で焼き払ったのは、いつもどおりの動きや攻撃を繰り出せそうになかったからだ。

 

 他のプレイヤーがどう思っているのかはわからないが、もし自分達と同じような気持ちになっているならば、プレイヤーの似姿をしたエネミーはその隙に一方的に攻撃し、瞬く間に制圧してくるだろう。それが狙いなのだろうか。

 

 だとすればプレイヤーの心理を上手く利用した作戦と言えるであろう。かなり巧妙に組まれている。

 

 

「大丈夫だよ。出てくる奴らは結局皆敵なんだ。仲間や友達と同じ姿をしているだけのエネミーに過ぎないんだよ。だからそんなに気に病む必要はないよ」

 

 

 そう言ったのはイツキだった。キリトは彼を見る。彼はいつもの飄々とした顔をしている。仲間の姿をしたエネミーが出てきたとしても、平然と撃ち抜きそうだ。

 

 例え仲間と同じ姿をしていたとしても、それだけのものであり、仲間とエネミーは無関係である。だから撃ち抜いてしまっても問題ない――それを何よりも理解しているように思えた。

 

 彼の人柄から考えるに、カイムよりも物事の割り切りをはっきりとさせているのだろう。仲間と同じ姿をしたエネミーが出てきてこちらが混乱する中でも、一人だけ冷静にそれを対処できるのであれば、頼もしいと思える。しかしその割り切りの良さからは、なんだか心地の悪い冷たさも感じられた。

 

 イツキの中には氷のように冷たい何かが眠っている。本人は地獄の劫火に例えられる火炎重火器を搭載したビークルオートマタに乗っているのに、本人の中は絶対零度に晒されたように凍て付いている。そんな気がしてならなかった。

 

 この感覚はなんだろうか。そう思いながら前を向いたその時に、

 

 

「――なッ!?」

 

 

 キリトはリランのブレーキをかけた。それはリラン自身がかけたブレーキと重なり、急なものとなった。眼前にエネミーが出てきていた。話をしていたせいで気が付かないでいたようで、会敵してしまっている。

 

 

「え、え、えええええええ!?」

 

「な、なに……!?」

 

 

 そこで声を上げたのはクレハとイツキだった。現れたエネミーは二体。どちらも人型をしていたのだが、その部分はどうでもいい。

 

 

「あ、えっと、こんにちは。その……あたし、始めたばっかの初心者なんですけれど、いいですか……?」

 

「初めまして! もしかして君も新人(ニュービー)? 良かったら一緒に探索しないかい?」

 

 

 キリトは咄嗟にクレハとイツキ、そして目の前のエネミー二体を交互に見た。現れたエネミーは、クレハとイツキと瓜二つの姿をしていた。ここにいる二人が敵として出てきたのだから、全員で驚くしかなかった。

 

 その中の一人、レイアが大声を上げる。

 

 

「ま、マスター! 大変です! クレハとイツキが目の前に居ます!」

 

 

 アルトリウスが戸惑いつつ答える。

 

 

「どういう事なんだ。なんで二人がいるんだ。しかもエネミー反応が出てる……!?」

 

 

 間違いなく、先程自分達が相手にしたプレイヤーの姿を真似たエネミーだ。しかしまさか、それがここにいるクレハとイツキのそれとなって出てくるとは、全然予想できなかった。

 

 同じ姿をした者がそれぞれ二人ずつ向き合っている。さながら海外の怪談話の一つである二重身複体(ドッペルゲンガー)だ。

 

 

「あたし、こういうゲームは初めてなんですけれど、一生懸命頑張りますから!」

 

「皆で力を合わせれば、どんな強敵にだって勝てるよ! 大丈夫さ!」

 

 

 エネミーのクレハとイツキが一方的に言う。その内容はかなり唐突で、敵に向けて言うものではないようなものだ。その様子を見たクレハが零すように言った。

 

 

「これ、もしかしてさっきから聞いてるエネミーじゃないの? リーファ達やフィリア達の時みたいな……って事はこれがエネミーアファシス? でもなんであたしそっくりのエネミーアファシスが出てくるわけ!?」

 

 

 目の前に自分と同じ姿をしたモノがいるのだ、クレハの気分は最悪なのは見ないでもわかる。

 

 なのでキリトはイツキの方を見た。この状況を目にしたイツキはというと、唖然としたように、目の前の自分自身を見ていた。先程までの飄々とした雰囲気は感じられなくなっている。

 

 それに合わせるようにしてエネミー側のイツキが口を動かす。

 

 

「僕は強くなって、君の、皆の役に立ってみせるよ!」

 

「あたしも、あたしももっともっと強くなります! 強くなりたいんです!」

 

 

 エネミー側のクレハまでも唐突に言葉を出してきた。明らかにこちらと会話できていない。いや、会話するつもりがないのだろう。

 

 しかし、それにしても妙だ。エネミーアファシスと思われる二人は、本人の二人と全く様子が異なっている。クレハは自信を感じさせない暗い雰囲気を出しているし、イツキに至っては想像できないくらいにハイテンションで声が大きい。どちらも自分の知っているクレハとイツキの像からはかけ離れていた。

 

 同じ事を思ったのだろう、アルトリウスがクレハの隣に並んだ。

 

 

「なんか、クレハのようでクレハじゃないみたいな奴だな……」

 

「そ、そうよね! でもこうして何か言ってる自分自身を見てるのって、ちょっと辛い……」

 

 

 クレハが苦虫を噛んだような顔をする中、エネミー側クレハが少し竦んだような仕草をした。

 

 

「ソード系武器はエネミーに近付かないといけないから、わたしには難しいかも……」

 

 

 そこでクレハがはっとしたような表情に変わった。何か引っ掛かるワードがあったらしい。

 

 

「ソード系が苦手? それって……いえ、っていうかその装備って確か……」

 

 

 そういえばエネミー側のクレハの装備は、今の彼女のそれよりも遥かに地味な迷彩服になっている。あれは新人がよく装備している傾向にあるものだ。

 

 そんなものを着るエネミーのクレハは、彼女が新人だった時が想像できるような容姿だと、キリトは気付いた。

 

 

「神武、焼()

 

 

 その時、イツキの鋭い声がしたのと同時に神武が砲撃した。ナパーム弾が目の前で炸裂し、高熱と火炎の嵐が巻き起こった。

 

 かなり近いところでの爆発であったため、アルトリウスがクレハとレイアを抱えて後方に飛び退き、ユウキとカイムは息ぴったりのタイミングでバックステップ、キリトとシノンを乗せたリランはスライド移動で後方に下がった。

 

 目を向けると目が焼かれそうなくらいの爆熱に逆らい、視線を向けたところ、燃え上がる高熱の炎の中にエネミーのクレハが呑み込まれていた。

 

 

「な……」

 

 

 エネミーのクレハは一瞬にして炎に包まれたかと思えば、すぐに倒れてポリゴン片となって爆散した。あまりに一瞬で、あまりに容赦のないイツキの攻撃にキリトは目を見開いていた。

 

 しかし、すぐさま状況把握をして、キリトはイツキを睨み付けた。仲間の近くにビークルオートマタのナパーム弾をぶちかましたのは、パーティプレイ上の適切な行為とは言えない。もう少しこちらに近いところで爆発していたら、皆あの炎に包まれて終わっていたところだ。

 

 

「イツキ、何するんだよ!?」

 

 

 キリトの後ろにいるシノンも抗議の声を上げる。

 

 

「もうちょっと近かったら、皆一緒に燃えてたわ。なんのつもりよ!?」

 

「あれは僕じゃない! あんなのが僕なわけないだろう!」

 

 

 イツキからの怒声にキリトは驚いた。「今のは自分がやったのではない」と言ったのではなく、自分自身のエネミーについて言ったらしい。タイミングがタイミングなだけあって間違えそうだった。

 

 そんな今のイツキは、完全に取り乱している。いつもの飄々とした態度はどこへ行ってしまったのかと言いたくなるくらいで、勿論初めて見る光景だった。

 

 

「い、イツキ……!?」

 

 

 ユウキが声を掛けたその時、イツキはエネミーのクレハを焼いた炎の向こうを見た。そこに一つの人影が残っている。エネミーのイツキだ。神武の火炎攻撃を回避していたらしく、無傷で済んでいるように見える。

 

 やがて炎が止むと、エネミーのイツキの笑みが確認できるようになった。本人とは真反対と言えるくらいに明るい雰囲気だ。

 

 

「君達ってすごく強いんだね! よし、もう少し修行してから出直してくるよ!」

 

 

 エネミーのイツキはそう言い残して、部屋の奥へと駆けて行った。驚いたイツキが、

 

 

「このッ、待てッ、逃げるなッ!!」

 

 

 神武の口内から火炎弾を連射させたが、そこにエネミーのイツキの姿は既に無かった。エネミーのイツキからの気配も感じられなくなる。完全に奥まで逃げ切られたらしい。脅威は去ったが、如何せん確認できたモノがモノであったせいで、キリトは中々言葉を出す事ができなかった。

 

 しかし、そこで声を出せたのが、アルトリウスだった。

 

 

「クレハ。今のって……」

 

 

 クレハが両手を腰に当て、溜息を吐く。

 

 

「戦わずに済んでよかった。もし戦ってたら、やりにくいどころじゃなかったわよ」

 

「なんでだ」

 

 

 アルトリウスに問われたクレハは、やはり苦虫を噛んだような顔になった。

 

 

「今のあたしのエネミー、言ってる事とか装備とか、このゲーム始めたばかりの頃のあたしにそっくりだったわ。もしあれと戦う事になってたなら、自分自身と戦う事になるような気がして……」

 

 

 キリトは軽く目を見開いた。やはりあれはクレハがこのゲームで遊び始めた頃を再現したものであったらしい。だが、何故そんなものがエネミーアファシスと思わしきものとして出てきたのであろうか。そんなキリトの疑問を、イツキの声が吹っ飛ばした。

 

 

「へぇ、そうなんだ。僕の方は全然似てなかったけれどね。あんなのが僕なわけないだろう……」

 

 

 イツキの声には明らかに怒りが籠っていた。ここまで怒っている彼を見たのは初めてだし、これまでからは想像もできないような様子だった。

 

 自分の似姿をしたエネミーアファシスが出てくるとは思っていなかったのだろうが、そうだとしても、ここまでの反応をするのは意外としか思えなかった。

 

 

「とにかく、あのアファシスだけは殺さないといけない。見た目だけは僕そっくりだから、変な(うわさ)でも流されたら面倒だ。急いで追いかけるよ」

 

 

 イツキが言うなり、彼を載せる神武は機械にしては軽やかな音を立てて走り出した。勿論向かう先はエネミーアファシスのイツキが逃げていった通路だった。

 

 イツキ一人だけが勝手に進み出したものだから、アルトリウスが慌てて追いかけ、そこにクレハとレイアも加わり、更にユウキとカイムも加わった。皆で部屋の奥の扉を開けて、次の通路へ向かって行く。

 

 

《イツキの奴、何やら不穏な様子だな》

 

 

 頭の中に響くリランの《声》にキリトは頷いた。

 

 

「あぁ。イツキでもあんなふうになるんだな」

 

「自分そっくりのアファシスが出てきたのが、そんなにムカついたのかしらね。けど、それだけじゃないような感じもするわ」

 

 

 シノンからのコメントにもキリトは頷く。普段は面白いくらい冷静なイツキがあそこまで取り乱して怒っているとなると、何かただならない事情や理由が存在するようにしか思えない。

 

 それを確かめるためにも、そして一人だけになったイツキがエネミーの銃撃に倒れていないようにするためにも、彼を追いかけなければならないというのは事実だ。キリトは二人に声掛けし、前へと進んだ。

 

 

          □□□

 

 

 

「ふぅ~、やっと合流できたわねぇ」

 

「なんだ君か。悪いけど今は忙しいんだ。邪魔しないでほしいんだけど」

 

「あらあら、いつにも増してご機嫌斜めみたいね。何かあったのかしら」

 

「君には関係のない事だ。良いから道を開けてくれ」

 

 

 イツキを追いかけて通路を走ると、すぐに皆と合流し、その先でイツキを発見した。彼は今立ち止まって、ある人物と話をしているようだった。

 

 その相手は、「ここを探索する」と言っていたものの、別行動をしていたツェリスカだ。彼女も追い付いてきたようだが、その彼女を見つけたのがイツキだったらしい。キリトは合流した皆と一緒にツェリスカへ近付き、起きた事を話した。

 

 エネミーアファシスと思わしき存在と出くわし、それはクレハとイツキに酷似した姿をしていた。クレハの方は初心者だった頃のクレハを映したような様子であり、イツキの方は妙にハイテンションだった――先程の出来事をなるべく細かく伝えると、ツェリスカは把握してくれた。

 

 

「なるほどね。クレハちゃんそっくりのアファシスは倒せたけれど、イツキの方は取り逃がしちゃったと」

 

「そうなんだよ。だから僕はそいつを追いかけなきゃいけないのに、君がこうして邪魔してるんだ」

 

 

 イツキは苛立ちを全く隠せないでいた。その怒りは神武には影響しておらず、神武はじっと奥の通路を見ていた。ビークルオートマタにも性格があるとは聞いた事がないが、もしあるのであれば、神武はかなり冷静な性格をしているのかもしれなかった。

 

 そんなイツキを(なだ)めるように、ツェリスカが両手で抑えるような仕草をする。

 

 

「まぁまぁ待って頂戴(ちょうだい)。その情報はわたしの協力者にも広げておくから」

 

「協力者? それって?」

 

「えぇ。この先で探索してる、昔馴染みの友達が――」

 

 

 キリトの問いかけにツェリスカが答えようとしたそこで、ツェリスカから着信音のような音がした。通信端末が鳴っている。ツェリスカは「何かしら」と言ってから通話に出た。

 

 

「もしもし《闇風(ヤミカゼ)》、どうかしたの」

 

《ツェリスカ、来い! 突然巨大なエネミーが襲ってきて――》

 

 

 こちらも聞こえるくらいの声量の男の声がしたと思うと、爆弾が爆発して炎が燃え上がる音、そして鳥の鳴き声のような機械音がした。

 


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