キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:閉ざされた船

          □□□

 

 

 

「あのー、イリス先生……」

 

「なんだい、リーファ」

 

 

 アルトリウスが思わず振り向いた。《SBCフリューゲル》突入チームの一つとして組まれたパーティメンバーの姿がそこにある。アルトリウスと行動を共にしているのは、レイア、イリス、リーファの三人だった。

 

 しかしこの四人だけではなく、プレミア、ティア、ストレアの三人によるパーティも加わっている。二つのパーティでメンバーを組み、《SBCフリューゲル》の探索を行っているのだった。

 

 そのうちの一人であるリーファが、イリスに声をかけている。少々困り顔というか、何かに悩んでいるような顔をしているようにも見えなくない。

 

 

「どうしたんだね、リーファ。随分(ずいぶん)困っているような顔をしているみたいだけど」

 

「そのとおりなんです。今、ちょっと困ってる事があるんです……」

 

 

 そういえば、リーファはキリトの妹であると聞いた時には軽く驚いた。

 

 二人は兄妹関係であるというのに、キリトは黒髪のアバターで、一方リーファは長い金髪をポニーテールにしていて、大きな胸――男性としてはどうしても見てしまうのだ――が目立つ、豊満な体型をしていると来ている。

 

 一見しただけでは二人が兄妹だなんて把握できそうにないくらいにギャップがあったものだから、アルトリウスは思わず驚いてしまったのだ。

 

 そんなリーファの困り顔を見て喰い付いたのが、プレミア、ストレア、ティアの三名だった。

 

 

「リーファ、困っているのですか」

 

「それならイリスに話した方が良いよ。アタシ達のママは、そういうのに強いから!」

 

「でも、困っている事があるなら、わたし達でも聞ける。話せる?」

 

 

 三人にまで迫られて、リーファは少し焦った様子になった。もしかしたらそこまで重要な悩みでもないのだろうか――それがわかったように、イリスが意外そうな顔をした。

 

 

「その様子だと、あまり深刻ってわけでもなさそうだね」

 

 

 リーファは首を横に振った。

 

 

「いいえ、深刻です! 深刻な問題だと思います!」

 

「それじゃあ、それは何か話してもらえるかい。多分私で何とかできる問題だと思うから」

 

 

 イリスはリーファに向き直る。

 

 聞いた話によると、イリスは元々、全国に名を(とどろ)かせるほどの知名度と腕前を持つ精神科医をやっていたそうで、沢山の患者を診てきたという。今はAI開発者をやっているそうだが、時にはこうして精神科医のような対応もできるのだそうだ。だからこそ、皆からかなり信頼されている。

 

 そのイリスの(もと)へやってきた患者のようになっているリーファは、少しぎこちないように周囲――というよりもティアとストレア――を一瞥(いちべつ)してから、口を開いた。

 

 

「あの……イリス先生って、現実(リアル)だとあたし達の知ってるイリス先生の姿をしてますよね」

 

「そうだよ。このチビ助サイズは、《GGO》でのアバターに限定されてる。流石(さすが)に現実で身体が縮んでたりなんかしないよ。探偵漫画じゃないんだから」

 

「そうですよね……って事は、イリス先生は……現実だとやっぱりあの身体で……」

 

 

 リーファの言葉にイリスは首を傾げた。

 

 アルトリウスも聞かされているイリスの現実の姿。それは背がエギルより少し低いくらいで、ユイと同じ長い黒髪をなびかせ、ストレアと同じ、大きくて豊かな乳房をしている、ものすごい美女であるという――のが、クラインからの話だった。

 

 

「あの、イリス先生。それならお聞きしたい事があります」

 

「なんだね?」

 

「イリス先生、肩が()ったりしませんか。あたし、最近すごく肩凝ってるような感じがあって……」

 

 

 アルトリウスとレイアは首を傾げていた。肩が凝る? リーファはあぁ見えて肩を使うような事をしているのだろうか。それを聞いたイリスは一瞬下を向いて「ふふっ」と笑い、顔を上げた。

 

 

「そりゃあ肩も凝るだろうさ。君の胸、あんなに大きいんだから」

 

 

 アルトリウスはぎょっとした。

 

 リーファは確かに大きな胸をしているが、それは現実でも同じだったのか。するとキリトは現実で巨乳な妹を持っているのか。その意外さにアルトリウスは驚くしかなくなっていた。

 

 すぐさま、リーファはびっくりしたような顔をする。

 

 

「や、やっぱりそうなんですか!? 胸が大きいと肩凝るんですか」

 

「あぁ、肩凝るよ。胸の重みがそのまま肩に()()かるんだからね。実際私も年中肩凝りしてて……あの胸になった時からの持病の一つみたいになっちゃってるよ」

 

 

 イリスからの回答にリーファは「やっぱりそうなんだ……」と一度繰り返した。直後、ストレアとティアが不思議そうな顔をした。

 

 

「リーファ、肩凝りしてるの? アタシもイリスと同じ大っきな胸してるけど、肩が凝った事ないよ」

 

「わたしも同じ。《SA:O(オリジン)》だと身体と胸が大きくなるけれど、肩なんて凝った事がない」

 

 

 曰く娘達であるという少女二名に、イリスが苦笑いする。

 

 

「そりゃ君達にはそんな機能再現は備わってないからね、肩凝りなんてしないよ。……いずれ付けようとは思ってるけれど」

 

 

 イリスは改めてリーファに向き直った。本来は見下ろす形らしいのだが、今はイリスがリーファを見上げる形になっている。

 

 

「まぁあれだ。これはもう大きな胸を持った女性なら仕方のない事なんだよ。私も君みたいに足掻きたかったものだけれど、結局打つ手がなかった」

 

「えぇっ。どうにもならないんですか」

 

「あぁ。けれど私の場合はデスクワーカーだった事もあるんだろうね。仕事中に肩が凝って不快感がヤバくて仕方がなかったから、カイロプラクティックの整体院行って治療を受けたらさ、肩からボキィっていう轟音(ごうおん)が鳴って、病室内に木霊(こだま)した事もあった」

 

 

 アルトリウスはリーファと一緒に「えぇー……」と言った。

 

 整体院など行った事はないが、そこでは関節や筋肉の歪みを治療するための施術がされる事は知っている。そこで関節の音が鳴るなんて事は日常茶飯事なのだろうが、そこまで大きな音が鳴った時に医師達がどのような反応をしたのか、すぐに想像できた。

 

 医師達にそうさせたイリスは、余程酷い状態にあったのだろう。イリスは続ける。

 

 

「けれどリーファ、君は剣道やってるんだろう。剣道は肩を鍛える必要のあるスポーツだから、そのうち肩も凝らなくなるんじゃないかな。結局は胸の重みを肩が支えられるようになればいいはずだから」

 

 

 かなり適当なアドバイスになっていて、アルトリウスは思わず苦笑いしたい気分になった。リーファも同じような表情を見せる。

 

 

「そ、そんな感じなんでしょうか」

 

「私はあくまで精神科医で、心と精神にアプローチをかけるしか方法を知らなかったから、そのあたりの事はよくわからないんだ。力になれなくてごめんね」

 

 

 イリスが残念そうな顔をするが、リーファは即座に首を横に振った。

 

 

「いいえ、そんなふうに思ってるわけじゃ――」

 

 

 直後、イリスはリーファを見つめた。

 

 

「でもさリーファ。君はどこも悪くないだろう?」

 

 

 リーファはきょとんとした。

 

 

「え?」

 

「君は見たところ五体満足だ。どこも悪くないだろう。身体の内側だってどこも悪くない、必要な何かが欠けてたりするわけでもない。そうだろう」

 

 

 アルトリウスは気付いた。イリスの声のトーンが明らかに下がっている。そういえばイリスは、時折こんなふうになる時があるが、それが何を意味しているかはよくわかってないし、教えてもらえてもいない。今もそうだ。

 

 そしてそんな声で問われているリーファは、きょとんとした様子のまま頷いた。

 

 

「……はい、あたしは多分大丈夫だと思います。どこかが本当に悪いとか、身体のどこかが欠けてるとか、そういうのはないです。これって、すごく運の良い事なんでしょ」

 

「そうだよ。君は本当に運が良い。君が悩んでる大きい胸だって、君が幸運を引いたからこそ、付いたものなんだよ。悪い運を引かされた人だと、そんなもの付いたりする事もなければ、身体が知らない間に欠けてしまっていたりするんだから。理不尽にね」

 

 

 アルトリウスは言葉を出せなくなっていた。

 

 身体の欠けてしまっている人々――オリンピックと一緒に開催されるパラリンピックに出場してくる選手達が、主に見る事のできるそれだ。

 

 彼らもまた、不条理に悪運を引かされ、身体の一部をもぎ取られた。他人と同じように生まれているはずなのに、認識する事のできない《理不尽》という存在に、知らない間に身体の一部を奪い取られ、身体の内部を抉り取られている。

 

 その《理不尽》に身体を取られていたりしないのは、本当に幸運な事なのだ――身体の一部を最初から失っている人達は、口々にそう言っている。それへの反論を、五体満足の自分達が口にする資格はない。自分達は幸運なのだから。

 

 直後、イリスはリーファの手を優しく掴んだ。

 

 

「……あなたはしっかりと、本当になすべき事を出来る身体をしているわ。何も欠けていない、大丈夫な身体を持ってるっていう事を、どうか(おぼ)えておいて頂戴(ちょうだい)ね」

 

 

 アルトリウスは呆気に取られながらも、疑問を抱いていた。

 

 イリスの喋り方が変わっている。いつもの喋り方ではなく、女性的な喋り方。イリスはあんな喋り方もできる人だったのか。いや、ならば何故、いつもは女性的な喋り方をしないのだろうか。そこで改めて、アルトリウスはイリスについて知らない事だらけであるという事に気が付いた。

 

 一方で、イリスに対しての知識を持っているリーファは、一瞬はっとしたような顔をして、すぐさま頷いた。

 

 

「……なんかあたし、些細(ささい)な事で悩んでたんでしょうか」

 

「そんな事はないわよ。あなたは身体の欠損のない、健康な女の子が抱く悩みを持っているだけ。いいえ、持てているのよ。それが幸運だっていう事を、憶えておいてって言ってるだけ……」

 

 

 そこで、イリスの表情はきょとんとしたものになった。

 

 

「って、あら? ……おやおや? 話が()れてしまってるじゃあないか」

 

 

 リーファ、プレミア、ティア、ストレア、レイアの五人がほぼ同時に「あ」と言った。

 

 そういえばリーファは肩が凝っていて、それが胸のせいなのかというのを聞いていた。それに対しての答えを出すべきなのに、イリスは別な話をしてしまっていた。その事に気付いた彼女は、苦笑いした。

 

 

「まぁあれだよ、リーファ。君の肩凝りは胸から来てる。こればかりはもうしょうがないものとして受け入れる他ないよ。君は剣道をやってるから、全身の姿勢と肩を鍛えて、胸の重みを余裕にできるくらいにするといいかもしれないね。それならなんとかなるはずだよ。どうかな」

 

 

 イリスに問われたリーファは、納得したような顔を見せた。

 

 

「それならあたしでもできるかも! 教えてくれてありがとうございました、イリス先生!」

 

「どういたしまして、だよ」

 

 

 その時点で、ようやくイリスのカウンセリングは終わったようだった。そのタイミングを見計らっていたように、レイアが声を上げた。

 

 

「す、すごいです。イリス、なんだかすごい事をしてました! しかも、途中で喋り方が変わっていました。あれはなんなのですか?」

 

 

 イリスは少しびっくりしていた。そんな問いかけが来るとは予想していなかったらしい。

 

 

「え? あぁ、あれね。本当に言いたい事があると、喋り方変わっちゃうんだよね」

 

「って事は、普段は本当に言いたい事を言っているわけじゃないって事か?」

 

 

 アルトリウスの疑問にイリスは首を横に振る。

 

 

「そんな事はないよ。本当に言いたい事――ん、いや違うな。

 要するに、これだけは言っておきたいって思った事を言う時は喋り方を変えるようにしてるんだ。そうすれば、ここは大事だって思ってもらいやすいだろう?」

 

 

 確かに、「これだけは聞いてもらいたい」と思った話を通常と同じ喋り方のままされても、大事な話だと認識しずらい部分もある。その時喋り方が変わっているならば、その話が大事な話だと認識しやすくなるだろう。

 

 なるほど、あれはイリスによる気遣いだったのか――アルトリウスは納得した。同じように納得したのか、レイアが返答する。

 

 

「なるほどです! という事は、わたしも大事な事を喋る時には、喋り方を変えた方が良さそうなのですね!」

 

「いやいやいや、そんな事まで真似しなくたって大丈夫だから。レイちゃんはレイちゃんらしく喋っていてくれ」

 

 

 苦笑いするイリスに言われると、レイアは少し残念そうにしたが、受け入れたようだった。確かに、レイアは今のレイアの喋り方のままが一番良い。聞いてくれなかったらどうしようかと思ったが、杞憂(きゆう)に終わってくれた。

 

 直後、ティアが挙手をするように言った。

 

 

「そういえばレイア、ここにはあなたのおかあさんが居るって話だった。どのあたりに居るかとか、そういうのはわからない?」

 

 

 レイアははっとしたような反応をしたが、すぐにしょんぼりとした。ティアからの問いかけに答えられるものを持っていないようだ。

 

 

「ごめんなさい、具体的な位置まではわからないのです。おかあさんが居る事は間違いないのですけれども……多分、この船の奥地に居るのではないかと思っています」

 

「それじゃあ、いつもどおりで良いんだね。皆でがんがん進んでいこー!」

 

 

 ストレアがやる気を出したように大声を出した。アルトリウスは頷く。

 

 レイアがレイアのおかあさんの居場所を把握しているならば、それに越した事はなかっただろうが、それだと攻略の楽しみはなくなってしまう。

 

 ちゃんと攻略していく楽しみを残した状態になっていてくれたのが、アルトリウスは逆に嬉しかった。

 

 

「ストレアの言うとおりだ。もっともっと先へ進んでいこう!」

 

 

 皆に呼びかけると、「おぉー」という答えが返ってきた。皆も同じ事を考えてくれていたようで、頼もしかった。その足取りのまま、アルトリウスは皆と一緒に奥へと進み始めた。

 

 《SBCフリューゲル》の内部は、《SBCグロッケン》の街中や、総督府などとは全く雰囲気の異なる空間だった。あちこちが鋼鉄の床と壁に覆われているのは変わらないが、ところどころに角ばった装飾、三角や四角で構成された紋様が浮かび上がっており、少し煌びやかに見えなくもない。

 

 出てくるエネミーや戦機もそうだ。武器こそ《SBCグロッケン》でも手に入るものを持っているが、その身体はギラギラとした光沢のある、角ばった装甲に包まれており、そこにも三角や四角の模様がある。《SBCグロッケン》の周囲で見られるエネミーや戦機には見られなかった特徴だ。

 

 《SBCフリューゲル》は移民船の一つだという話だが、《SBCグロッケン》とは全く異なる文化が存在していたのかもしれない。現実世界の国々のように、《SBCフリューゲル》は《SBCグロッケン》や《GGO》世界にとって、異国だったのかもしれなかった。

 

 ここは住民も文化も異なる国なのだ。ここの探索は、ある意味観光と言えるだろう。

 

 そんな異国を守る戦機達を、アルトリウスは仲間達――偶然にも全員女性――と共に撃ち抜いていった。その中で唯一の光剣使いであるリーファは、まるで妖精の身のこなしで剣を振るい、ギラギラした装甲の戦機達を斬り裂いていった。

 

 しかし、その戦い方は先程彼女の言っていた剣道とは程遠いもので、彼女が剣道をやっているという事を見て把握するのは極めて困難だった。実際彼女も剣道での動きなど一切気にせずに剣を振るっているのだろう。

 

 現実世界でのスポーツ経験は、別種スポーツでも役立てる事ができるというが、VRMMOの中ではどんなスポーツ経験も役立たないのかもしれない。そんな情報をアルトリウスは感じ取っていた。

 

 しかし、例えそうであろうと、リーファとその仲間達の力はとても頼もしいと感じられるものである事に変わりはなかった。

 

 そして進んだ先の大部屋のエネミーを全て仕留めたところで、急に声を掛けてきたのはプレミアだった。

 

 

「アーサー。聞きたい事があります」

 

「ん? どうしたんだ」

 

「わたし達はこの世界に来て結構経っていますが、実はこの世界の事を未だによく知らないでいます。そんな調子のまま、この《SBCフリューゲル》という他の船に来ているのです。この世界はどういう場所なのでしょうか」

 

 

 アルトリウスは思わずきょとんとしてしまった。

 

 この世界がどのような場所なのか。それはこの《GGO》にはどのような設定が存在しているのかという問いかけなのだろうか。もしそうであるならば、その話を詳しくできるのはレイアだ。彼女はこの世界で運用されているAIなのだから。

 

 ここはレイアに頼むべきだろう。思ったアルトリウスが声を掛けるより先に、レイアがプレミアに応答していた。

 

 

「この世界についての説明ならば、わたしにお任せください!」

 

「そうなのですか。では、お願いします。ここはわたしとティアのいた《SA:O(オリジン)》と、どれくらい違うところなのでしょうか。わたし達のいた《SA:O》では、剣や槍、両手剣といった武器が主流になっている世界でした」

 

 

 《SA:O》――結構前に正式サービスが開始された《ソードアート・オリジン》というVRMMOの事だと、キリトから聞いた。《SA:O》は今プレミアが言ったように中世ファンタジー的世界観で、剣や槍といった武器で戦う世界観のゲームである。プレミアとティアはそこで運用されているAIだという話だ。

 

 そんな彼女達からすれば、《GGO》はこれ以上ないくらいの異文化世界であろう。銃も知らなかったに違いない。その異文化出身の少女達に向け、レイアは話し始めた。

 

 

「ここはプレミアとティアが生きてきた世界より、ずっと未来の世界で、ずっと文明が進んでいました。人間は沢山頑張って生きて、色んな発明をしたのです。それで銃が生まれたり、剣が光るようになったりしました」

 

「ずっと未来の世界……文明が進めば、武器も変わるという事?」

 

 

 ティアの疑問にレイアは頷く。

 

 

「そうです。それだけじゃないんですよ。塔のような建物を作って、それを空に向けて伸ばして行ったら、空を飛び越えて、宇宙にまで行っちゃったんです」

 

 

 プレミアとティアが交互に疑問を口にする。

 

 

「空を飛び越える……? そういえばリランは空を自由に移動する事ができていましたが、リランの力がもっと高まれば、空を飛び越える事もできるのでしょうか」

 

「というか、そこまでできたら、もう神の領域だと思う。この世界では人を導いた神がいたというの」

 

「いいえ、神はいません。全部人の力です。沢山頑張って色々作ったおかげで、人はとても偉くなって、空を飛び越えて宇宙に行く事もできるようになったんです!」

 

 

 レイアは自信満々に言っていた。現実世界でも宇宙空間に出て、他の惑星に向けて探査機や発信器を送れるようになっている。それは他でもない、人類自らの努力があったからこそだ。

 

 その続きを話そうとしたレイアに割り込んだのは、イリスだった。

 

 

「けれど、偉くなった大人達を褒めてくれる人はいなくなった。それどころか、自分達と同じような偉い大人が大勢いる事に、偉くなった大人達は心底ムカついて、偉いのは自分達だけだと一方的に主張するようになってしまい、他の偉い大人達と喧嘩を始めた。偉い者同士で仲間同士のはずなのに、世界で最も偉いのは自分達だと言って聞かなくなってしまったんだ。

 ……そうなった時に始まるものこそ、戦争だ」

 

 

 イリスの説明にレイアは頷いた。否定したい気持ちがあるのが表情からわかるのだが、内容が事実故に否定できないのだ。

 

 プレミアが呟くように言う。

 

 

「つまりこの《GGO》は、そんな戦争の後の世界……」

 

 

 レイアは悲しそうな顔をした。

 

 

「そうです。偉くなった人々が大喧嘩をして、散らかしてしまった世界です。地上には本当に沢山の人々が暮らしていて、とても賑わっていたんですが、それはもうめちゃくちゃに壊されて、とても人が暮らす事はできない場所になってしまいました。だから人々は宇宙船に乗って、宇宙に逃げたんです」

 

「壊されたのは街だけじゃなく、環境そのものもだ。空は晴れなくなったし、大地から多くの動物が絶滅して消え、植物くらいしか残ってない。海も川も汚染され放題で使い物にならないどころか、使えば死が迫る。多分描写の問題から出てきてないだけだと思うけれど、深刻な放射能汚染がされてる場所も沢山あるだろうね」

 

 

 イリスの追加説明にリーファが反論する。

 

 

「ほ、放射能汚染? いくらなんでもそんな事は……」

 

「公言してしまうと反感を買うから描写してないだけだよ。現にこれだけ進んだ文明が戦争し合って滅びてるんだ、核爆弾が使われないわけがない。この世界で核爆発が起きたのも一度や二度ってレベルじゃないだろうさ。いずれにしても、《GGO》世界が人の暮らせない世界になったのは、結局は全部、さっき言った大人達の仕業なんだよ」

 

 

 リーファは何も言わなかった。イリスの言った事が的を得ているという事だ。

 

 これだけ文明が進んだ後も、核弾頭や核爆弾は最悪だが最強の武器としての地位を確保し続けていたに違いない。そして惑星戦争ともなれば、それが使われないわけがない。イリスの言ったように、核爆発で吹き飛び、汚染された場所はいくつもあるのだろう。

 

 それを聞かされたティアは俯き、小さく言った。

 

 

「……つまり、この世界は人々の戦争っていう厄災によって滅ぼされた」

 

「……そういう事になります」

 

 

 レイアは悲しそうに真実を告げた。その話は全て《GGO》に来る前から知っているモノだったが、レイアから改めて言われると、どれだけ重いものなのかが再認識できた気がした。

 

 ティアが再び呟く。

 

 

「わたしはかつて、世界を滅ぼす厄災になろうとした。でも、そんな事をする必要がないっていうのが、人々を見ていてわかったからやめた。けれど、結局人は互いに争う事をやめられなくて……自ら世界を滅ぼす厄災になるっていうの……?」

 

 

 ティアの話は上手く掴めなかったが、彼女がどれだけの事を経験してきたかはわかった気がした。そんな彼女を産んだというイリスが腰に手を当て、溜息を吐いた。

 

 

「あくまで可能性の一つだけどね。けれど、人の可能性の中にそんなものまで入ってしまってるのは事実だ。大人が未来に遺さなきゃいけないのは、これから大人になっていく子供達がしっかり生きていけて、幸せになれる未来が約束された世界だっていうのにさ。この世界の大人達は、こんな酷いモノを子供達にプレゼントしてしまってる。現実世界でも、こんな未来が待ってる可能性がないわけじゃないから、困ったものだよ」

 

 

 プレミア、ティア、ストレア、リーファ、アルトリウスの五人は一斉にイリスを見た。この《GGO》の世界の姿が、現実世界が辿り着く最果ての姿だって? そんな事があってはならないはずだ。同じ事を思ったであろうリーファがイリスに反論する。

 

 

「げ、現実世界がこんなふうになるなんて、そんな事あるわけ――」

 

「――あるわけない、にできると思うよ、君達ならさ」

 

 

 イリスを除く全員できょとんとする。それまで少し険しい顔をしていたイリスの顔に、微笑みが浮かんでいた。

 

 

「君達はしっかり手を取り合い、お互いを信じ合って、未来へ進んで行っている。そんな君達がこのまま進み続ければ、こんな《GGO》みたいな未来なんて待ってないさ。今いる大人達が世界を駄目にしているなら、大人になった君達が、今いる大人達を追い出して、手を取り合える大人達で溢れた世界を作っていけばいいんだ。そして私は、君達ならできるって信じてる」

 

 

 如何にも現実世界の著名な者達、権力者達が言っていそうな台詞だが、そうではないはずのイリスから言われると、胸に響いてくる。

 

 自分達には未来を変える力がちゃんとある。自分達なら未来を変えていける。不思議な事に、イリスに言われると、それが現実にできるような気がした。

 

 

「プレミア、ティア。いや、皆。そう悲観的にならなくたって大丈夫だよ。君達には、こんな未来は待ってないからさ」

 

 

 イリスが笑むなり、レイアが手を挙げた。

 

 

「そのとおりです! 皆さんなら、こんな未来へ辿り着く事はありません。皆さんはしっかり手を取り合って来ているのですから!」

 

 

 確かに、自分は仲間たちと争ったりするような事はしたくない。この人たちと一緒に生きて、一緒に未来を作っていきたい。アルトリウスはそんな事を考えていたが、どうやら皆も同じようだった。全員して、同じような顔をしていたのだ。

 

 

「それに、おかあさんに会って伝えれば、《SBCフリューゲル》の戦機達と争う必要もなくなると思います。さぁさぁ、この争いを止めに行きましょう!」

 

 

 そう言ったレイアは、急に走り出した。アルトリウス達が驚いている間に、次の部屋へ続く扉へ駆け込もうとした。その次の瞬間、

 

 

「――あう゛ッ!?」

 

 

 がんっという硬い効果音がして、レイアはその場に尻餅をついた。再度びっくりした全員でレイアの許へ駆け付け、アルトリウスはレイアに声掛けをした。

 

 

「大丈夫か、レイア」

 

 

 レイアは両手で額を押さえていた。扉にぶつけたらしい。

 

 

「いたた……開かない扉があります……な、なんで……?」

 

 

 レイアの目線の先に皆で視線を向ける。そこにあったのは一際大きな扉で――固く閉ざされていた。

 





 次回から、あるキャラ登場。

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