キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 あの二人が来る。

 


05:桃色の悪魔 ―銃使いとの戦い―

          □□□

 

 

 アルトリウスがツェリスカという女性を連れて来た翌日、キリトはフィールド探索へ出た。経験値を貯めてレベルアップするため、エネミー達を狩ってWCを稼げる武器を入手するため、より《GGO》での戦い方に慣れておくためと、理由は色々ある。

 

 その探索は一人で行っているものではない。パーティに加わってくれている仲間がいる。イリス、プレミア、ティアの三名だ。《使い魔》でありビークルオートマタであるリランは、今日はガレージで休みという事になっている。

 

 現状でも最強のビークルオートマタであるリランは、やはり稼働するだけで結構な額のWCを消費するうえ、搭載されている銃火器の威力も普通の攻略で使うには威力があり過ぎる。

 

 非常に攻略が困難なダンジョンへ向かう時や、プレイヤーの火力だけでは討伐が難しいボスエネミーに挑む時には役立ってくれるのだが、普通の攻略をする時には向かない。

 

 それに、リランは動くだけでもバッテリーが減るし、そのチャージにも結構高いWCを支払う必要がある。ちょっとした攻略や探索に毎度毎度向かわせていたら、即座に赤字になってしまい、結局傷付いても回復させられないなどという、ふざけた事態に繋がりかねない。

 

 《GGO》を楽しみたくて仕方がないリランには悪いが、それなりの回数休みを挟んで動いてもらうしかないのだ。この事を話された時のリランのしょぼくれた様子は、キリトの中にかなり濃く残っている。

 

 頼れる相棒、時に可愛く感じる《使い魔》であるリラン。《SAO》、《ALO》、《SA:O》でいつも一緒に戦ってくれて、その背中に載せてくれた彼女を、できれば毎度出撃させてやりたいが、そうすると結局赤字になるのは避けられなくなってしまうから、実現できない。この《GGO》の経済事情はどうにかならないものなのだろうか。

 

 そんなふうにリランに申し訳なく思いながら、キリトはフィールドに出ていたのだった。その中で、パーティに加わっているイリスが声を掛けてきた。

 

 

「ところでキリト君、ツェリスカと会ったんだってね」

 

「はい。ツェリスカさん、ユピテルを育ててた人なんですって?」

 

 

 キリトは答えながら振り向いた。イリスは元々長身の女性アバターを使っているのだが、《GGO》にコンバートした際にチビのアバターに変わってしまっている。

 

 今では見下ろしていたはずのプレミアとティアと目の高さが同じくらいだから、違和感がすごいどころではない。

 

 更に彼女はそんなチビアバターでありながら、白いコンバットアーマーを纏い、頭には陣笠を思わせる菱形の鋼鉄帽子を被っているという、異様な恰好をしていた。これまでにないくらいの重武装であるそのイリスは、キリトに声を返してきた。

 

 

「あぁ、ツェリスカはユピテルの開発者の一人だよ。ユピテルが女性を癒すための《MHHP》として成長できたのは、ツェリスカが開発に献身的に参加してくれた事も理由の一つなんだ」

 

「けれどユピテルから聞いた話だと、主に教育や開発を行ってたのはイリスさんだって……」

 

「そうだけど、それに優先的に加わってたのがツェリスカってわけだ。彼女は当時私の部下の一人でね、私の事をチーフって呼んでたよ。まぁ、私がSAO開発時のプログラマーのチーフだったから当然なのだが。

 ツェリスカは本当にユピテルを可愛がってくれててね。あれは凛子(りんこ)先輩に近しいものを感じられた」

 

 

 イリスの口から出た、彼女の先輩である神代(こうじろ)凛子(りんこ)。その人はリラン/マーテルを実の娘のように可愛がり、その優しい性格の構築の基礎になった人物だ。

 

 そしてマーテルはそんな凛子の事を育ての母親と思い、《ママ》と呼んでいた。

 

 そのマーテルと凛子の関係性に近しい位置にいるのが、ユピテルとツェリスカである。ユピテルにとってはツェリスカが育ての母親だと思える人物だったのだろう。そんなキリトの思考を汲み取ったかのように、ティアが口を開けた。

 

 

「という事は、ユピテルにとってツェリスカはおかあさんなの? でも、ユピテルはアスナをかあさんって呼んでるし、ユピテルを産んだのはイリスだし……誰がユピテルのおかあさんなの」

 

 

 ティアの疑問は核心を突いていた。確かにユピテルを産んだのはイリスだから、イリスがユピテルの母親であると言っていい。

 

 しかし教育と開発に積極的に携わっていたツェリスカのおかげで、ユピテルの人格はあのとおり素晴らしいものになり、ユピテルもツェリスカに大いなる好意を抱いていた。なのでツェリスカもユピテルの母親と言っても間違いではない。

 

 だが、今現在この二人よりも大きくて深い愛情を持ってユピテルに接しているのがアスナである。アスナは破損したユピテルを保護して、一緒に過ごしてきて、更には自身のデータをコピーさせる事でユピテルを本来の状態へ回復させた。

 

 そして今、ユピテルはアスナの息子であると断言し、本当の母親と接しているかのようにアスナを《かあさん》と呼び続けている。

 

 アスナとユピテルの様子を直に見てきたプレミアが、双子の姉妹であるティアに答えた。

 

 

「ユピテルにとっての《かあさん》は、アスナだと思います。前にリランやユピテルから見せてもらったネットにアップロードされている写真に写っている家族の顔と、ユピテルとアスナは同じ顔をしています。それにユピテルは、アスナの前だと本当に子供の顔になるのです」

 

 

 確かにユピテルはアスナと接する時、本当の家族や母子を思わせる顔と様子を見せる。それはユピテルが心の底からアスナを母親だと思っていなければできないような顔だ。

 

 そしてそれに応じるアスナも、心の底からユピテルを息子だと思っていなければできない表情を見せてくる。この二人は間違いなく親子なのだと、その様子を見るたびに再認識させられる。

 

 

「そうだよ。だから今のユピテルにとって、かあさんはアスナなのさ。それでツェリスカはユピテルを育てた人で、私はユピテルを産んだ親。そう思ってくれりゃいいよ」

 

 

 そう答えるイリスに、ティアが疑問の表情を向けた。

 

 

「……イリス、悲しくないの。あなたはわたし達を産んだ親で、ユピテルもあなたから産まれた子供なのに、ユピテルからおかあさんだと思ってもらえないなんて」

 

 

 娘からの問いかけに、母親は平気そうな顔で答えた。

 

 

「別に悲しくないし、寂しくもないよ。ユピテルが誰のところに行っていようと、あの子が私の産んだ子供だって事は変わらないし、本人だって改造されない限りは私の事を忘れたりもしないよ。本人がしっかり幸せなら、誰のところに行っていようが、私は何とも思わないよ。それに君達の事は容易に改造できないようにしっかりロックしてあるから、その辺も安心だ」

 

 

 そういえば以前プレミアとティアを他のゲームにコンバートできるようにしたセブンも、二人の中に組み込まれている《アニマボックス》を開いて改造したりできないかどうか徹底的に調査して当たったそうだが、どんな手を尽くしても不発に終わり、《アニマボックス》の改造は不可能という結論が出たらしい。

 

 しかもユピテルが起こした、データ破壊型ウイルスを原因とする異変の後、イリスの手によってアンチウイルス機能がより向上され、《アニマボックス》を侵せるウイルスも無くなったという。

 

 イリスの言った通り、《アニマボックス》を持つAI達にはほとんど心配がないと言ってもいいだろう。

 

 

「そうですか。ところでツェリスカさんとは会わないんですか。ツェリスカさんとイリスさん、部下と上司だったんでしょう?」

 

 

 キリトの問いかけに、イリスは「んー」と言った。あまり乗り気ではないらしい。

 

 

「ツェリスカとは仲悪かったわけじゃないし、寧ろ良好な関係を築けていたから、会いたい気持ちはあると言えばあるよ。けれど今の私はこのとおりチビ助だ。あの時のチーフがこんなチビ助になってたら、ツェリスカも複雑な気持ちになるだろうさ」

 

 

 キリトは思わず苦笑いする。チビになってしまっているイリスを見た時のツェリスカの様子が思わず脳裏に浮かんだ。

 

 

「ははは、確かに……」

 

「だから、会うのはタイミングが合った時だけでいいかなぁ。ま、キリト君やアーサー君と一緒に居れば、そのタイミングもすぐだろうけど」

 

 

 確かに、アルトリウスと一緒に居れば、もしかしたら自然とツェリスカとも会えるだろう。

 

 それに彼女だって彼女のプレイペースがあるのだから、変に会いに行こうとすると迷惑になるかもしれない。彼女と話をするのはタイミングが合った時でいい。イリスの言葉をキリトは呑み込む事にした。

 

 直後、プレミアがキリトの隣に並んだ。

 

 

「それよりキリト、今はなるべく攻略を急ぎましょう。《SBCフリューゲル》に間に合わせないといけません」

 

 

 《SBCフリューゲル》とは、近いうちに行われる《GGO》のアップデートにて追加される新エリアの事だ。これまでの《GGO》のフィールドよりも高難易度であるが、新レアアイテムの入手や、アファシスの入手なども見込めるという、期待がこれ以上なく募っている新要素である。

 

 その話を運営の公式サイトから聞いてから、キリト達は躍起になって経験値稼ぎ、WC稼ぎに望み始めた。実装された《SBCフリューゲル》にすぐに挑めるようにするために。

 

 そして願わくば、自分達が最初に《SBCフリューゲル》を攻略しきったプレイヤー集団になるために、事前準備をしておこうと思ったのだ。

 

 今現在の探索だって、《SBCフリューゲル》の事前対策のためのものだった。その事を思い出して、キリトはプレミアに答えた。

 

 

「そうだな。《SBCフリューゲル》に一番乗りするのは俺達だ。そのためにもガンガンレベリングしていかないとだな!」

 

 

 三人は快く頷いてくれた。だが、そのうちティアが警戒するような顔をする。

 

 

「けれどキリト、気を付けましょう。わたし達が《SBCフリューゲル》の一番乗りを狙って強くなろうとしてるのと同じように、他のプレイヤー達も強くなろうとしてフィールドに出ている。ばったり出くわさないわけがない」

 

 

 ティアの懸念はキリトも理解している。《SBCフリューゲル》の攻略完了一番乗りは、最早この《GGO》にいる全てのプレイヤー達の目標となっており、誰もがそのために攻略や探索に(おもむ)いて、強くなろうとしている。

 

 そんなプレイヤー達とフィールドで交戦したのは一度や二度どころではなく、ほぼ毎日毎回だ。元からそうではあるが、フィールドで他プレイヤー達と交戦するのは当たり前になっている。

 

 今日この瞬間だって、他プレイヤー達と交戦する可能性と隣り合わせになっているのだ、気を抜いていられる時間など、街の中以外に存在していない。

 

 

「そのとおりだ。皆、気を付けて進もう。相手がどこから狙ってきてるかわかったもんじゃないからな」

 

 

 一応その場の全員に作戦を告げ、キリトは前方へ向き直った。周辺は廃墟から遠ざかった砂丘地帯だ。どこを見ても砂だらけで、吹く風も乾いた砂を運んでいる。植物らしきものは全くと言っていいほど確認できないくらいで、地平線を見てもまだ砂地が広がっていた。

 

 恐らくここもかつては砂漠なんかではなく、植物の生い茂る場所だったのだろう。しかし、人類が引き起こした惑星規模の戦争によって自然は蹂躙され、何もない砂だけが残った。それがここだ。

 

 現実世界でも、人間が発展や領地を欲するあまり開発を推し進めた結果、そこにある自然が破壊し尽くされてしまい、何もない砂漠地帯となってしまった場所が多々ある。

 

 幸い現実世界では、そんな砂漠化は多少の範囲で収まってくれているが、《GGO》ではそれが惑星規模に達してしまっている。環境破壊問題が深刻化すれば、世界は何もない場所に変わってしまうのだ――そんなメッセージが込められているような気がするのを、周囲を眺めるキリトは感じていた。

 

 周囲には遮蔽物はなく、身を隠せるような手段が乏しい。可能であれば背の高いサボテンでもあって欲しかったが、それすらないと来ている。ここで敵対プレイヤーと出くわすのは良くないだろう。

 

 もし砂漠や砂丘での戦闘に慣れた集団に襲われたら、苦戦を強いられるのは間違いない。もう少し遮蔽物のあるところへ移動するべきだ。

 

 そこでもう一度周囲を確認したところ、少し離れたところに岩山地帯があるのが見えた。大小の異なる岩が転がっていて、更に奥には岩山もあった。あそこならばエネミーが結構いるだろうし、いざとなった時に身を隠すのも容易だろう。

 

 あちらの方が動きやすいから移動しよう――その指示に三人とも頷いてくれたので、キリトはそちらへと動き始めた。だが、その途中でイリスが声をかけてきた。

 

 

「キリト君、本当にこっちに行くのかい」

 

「そうですけど、何かあるんですか」

 

 

 イリスは帽子の鍔を持ち、苦笑いと警戒が混ざったような顔を見せた。その目は遠くへ向けられている。

 

 

「いやね、砂漠地帯の岩山の近くって聞くと、《ピンクの悪魔》の話を思い出すんだ」

 

 

 キリトは思わず首を傾げた。《ピンクの悪魔》?

 

 そういえば昔から大人気シリーズとして続いているゲームの主人公に、そんな別名がいつの間にか付けられているという話があった。その話を吹っかけてきているのだろうか。

 

 

「《ピンクの悪魔》っていうと、アレですか? 身体が丸くてピンク色で、何でも吸い込んでコピー能力にして戦えるアレですか」

 

「それじゃあないよ。この《GGO》で砂漠地帯の岩山の周辺を根城にして、罠を張ってエネミーや相手プレイヤーを引っ掛けて、奇襲して倒す戦法を取っているプレイヤーがいるらしいんだよ。やられたプレイヤーによると、そいつはピンク色の迷彩服を着ているらしいんだ。それで、下手に相手にできないくらいに強いらしい」

 

 

 「らしい」だらけじゃあないか。キリトは思わずツッコみたくなったが、《ピンクの悪魔》と呼ばれる存在の異様さが耳に残り、その言葉を呑み込んだ。このような薄い黄色の砂地と黒茶色の岩が並んでいて、尚且つ空が黄昏のような色に染まっている環境の中で、わざわざ目立つピンク色の迷彩服を着ている。

 

 そんなもの、周りに「狙ってください、撃ってください」と言っているようなものだ。しかしその実力は下手に挑めないくらいに高いと来ている。だからこそ謎の存在として噂されているのだろうが、やはり異様としか思えない。

 

 そんな噂がある存在がいるとされる場所に、自分達が踏み入ってしまっている。キリトは拙い事をしたような気にもなったが、同時にその《ピンクの悪魔》を見てみたいという好奇心にも駆られていた。

 

 

「そんなのが居るんですか」

 

「あぁ。もしかしたら私達はそいつと交戦する可能性がある。なんたって、今そいつの縄張りの近くにいるかもしれないからね」

 

 

 珍しく警戒心を見せているイリスの隣に、プレミアとティアが並んだ。どちらも強気な顔をしている。

 

 

「でも、どんな相手が来てもわたし達ならへっちゃらです」

 

「ここにいるのは全員熟練の戦士。寧ろそんなわけのわからない存在の化けの皮を剥いで、この場で(おおやけ)にしてあげましょう」

 

 

 キリトは思わずきょとんとした。プレミアとティアがこれまで以上にやる気を見せている。

 

 ……こんな彼女達を見るのは初めてだ。もしかしたら誰もが敵同士であり、どんなにPK戦をしたところで何も咎められない、この《GGO》という環境が彼女達に戦闘意識を燃やさせているのかもしれない。

 

 あまり血の気盛んになるなと言いたいところだが、ゲームがゲーム、世界が世界なので、頼もしい限りだった。

 

 

「君達の言うとおりだ。いっその事俺達の手で《ピンクの悪魔》を解き明かしてみるってのも面白いかもしれないな」

 

 

 そう答えたその時だった。

 

 

「おやおや~? 《ピンクの悪魔》を御所望(ごしょもう)ですかぁ~?」

 

 

 不意に知らない声が聞こえてきて、キリトはかっと振り向いた。全員で臨戦態勢になって周囲を確認するが、どこにも声の主が見えない。しかし補足されているのは間違いない。

 

 近くにはかなりの数の大小形の異なる岩が立ち並んでいる。その陰に隠れているのだろう。

 

 

「誰!?」

 

 

 ティアが思わずと言わんばかりに声を上げると、返事が返ってきた。

 

 

「今からそちらに《ピンクの悪魔》と《黄色の悪魔》が通りま~す! ご注意くださ~い!」

 

 

 如何にもこちらを挑発しているような女の声がすると、しゅぼっという音が聞こえてきて、キリトははっとした。一見間抜けな音に聞こえるその音は、グレネードランチャーの発砲音である。

 

 もしフィールドに居る時に間抜けな音を聞いた時は、誰かがグレネードランチャーから擲弾(てきだん)を射出した時なのだ。それはつまり敵味方のどちらかを爆撃が襲うという事。

 

 今自分達の中にグレネードランチャーを持っている者は居ないので、敵がそれを使っているという事になる。できる限りの反応速度を出して、キリトは上を見た。空中で弧を描き、こちらへ落ちてくる丸いものが見えた。

 

 ――射出されたグレネードだ。

 

 

「避けろッ!!」

 

 

 キリトは三人に声掛けしつつ、岩場の陰へダイブした。次の瞬間に閃光と轟音、衝撃がそれまで居た空間を満たした。もう少しで不意打ち爆撃を喰らうところだったが、前もって聞こえてきていた女の声のおかげで退避できた。

 

 今のが《ピンクの悪魔》の攻撃だろうか。だとすれば、なるほど確かに、目撃者がいないという噂にも繋がるだろう。縄張りに入った途端、姿を確認できないまま爆撃で吹き飛ばされるのだから。

 

 

「不意打ちかよ……」

 

 

 独り言ちて、キリトは光剣のスイッチを入れて《USP》を構えた。相手の気配は岩陰の向こうから二つほど感じられている。どうやら二人組のプレイヤーが敵対しているようだ。

 

 そのうちの片方がグレネードランチャーの爆撃をしてきた者だろうが、するともう片方は何だろうか。このもう片方を把握しない事には戦闘を進める事ができそうにない。

 

 

「キリトッ!」

 

 

 思考を巡らすキリトの耳に声が届いた。プレミアの声だ。間もなく銃声が連続して轟いてくる。音の性質から感じ取って、拳銃、サブマシンガン、ミニガンの音だ。拳銃を使っているのはプレミアで、ミニガンを使っているのがティアだから、彼女達が既に銃撃戦に入っている。

 

 呼ばれたキリトは岩陰から出て銃声のする方へ飛び出す。予想通り、プレミアが二丁拳銃《Five-seveN》で撃ち、そこにティアがミニガンによる支援射撃を行っている状態だった。その銃口の先に居るものに、キリトは思わず息を呑んだ。

 

 ――ピンク色だ。全身をピンク色の砂漠迷彩服に包み、頭に兎の耳のような帽子を被っている、とても小柄な少女がサブマシンガン片手に二人に応戦していた。その特徴的な形のサブマシンガンは《P90》のようだが、驚くべき事にそれまでもピンク色に塗装されている。

 

 本当に何もかもがピンク色であり、物の見事に目立ってしまっている容姿だった。

 

 

「このッ!」

 

 

 ティアがミニガンによる掃射を仕掛けているが、《ピンクの悪魔》はそれらを全て回避して見せている。瞬間移動という程ではないが、とてつもなく高速だ。AGIを極端なまでに振ったステータスをしているのは間違いない。尋常ならざる速度を出されているせいで、ティアが展開する弾幕も当たる気配がない。

 

 

「そこぉッ!」

 

 

 次の瞬間、《ピンクの悪魔》はバックステップしたかと思うと、飛び出してスライディング。ティアとプレミアの銃撃を全て回避しつつ滑って距離を詰め、ティアのすぐ目の前までいったところで宙返り蹴り(サマーソルト)を繰り出した。

 

 まさか接近攻撃を繰り出されるとは思っているはずもなく、ティアは驚くと同時に蹴り上げられて空中を舞った。すかさず《ピンクの悪魔》は《P90》の銃口を舞い上げられたティアに向ける。追い打ちを仕掛けるつもりだ。

 

 

「させるかッ!」

 

 

 キリトは走り出して、《ピンクの悪魔》との距離を詰めた。《P90》の引き金が引かれる寸前で、光剣の攻撃が届く範囲まで近付く事に成功。そのまま一閃を浴びせようとしたその時。

 

 

「ほぉ~らよッ!」

 

 

 またどこからともなく声がしたかと思うと、周囲を連続して爆撃が襲ってきた。砂塵が舞い上がり、《ピンクの悪魔》の姿が見えなくなる。敵を確認できなくなったキリトはひとまずバックステップを繰り返して、《ピンクの悪魔》との距離を置いた。

 

 そうだ、敵は一人ではない。岩陰から爆撃を仕掛けてきた者が居たのだ。恐らくはそいつが後衛で、前衛が《ピンクの悪魔》の担当だろう。後衛支援をして来る方を断つか、前衛で飛び出して来る方を断つべきか。優先的にやるべきなのはどちらだ。

 

 キリトは砂塵に隠れつつ思考を巡らせたが、身を隠してくれた砂塵はすぐに晴れた。岩山の上という事もあって、強風が時折吹いてくる環境であるそこでは、煙幕も砂塵も吹き飛ばされてしまうのだ。

 

 岩山を駆ける強風によって、景色が見えるようになった。直後にキリトは驚かされる。プレミアとティアが既にやられて、戦闘不能のアイコンを頭上に出しながら倒れていたのだ。そしてその近くにいるのは先程の《ピンクの悪魔》だ。

 

 あの砂塵に隠れていた中で、二人を既にやっていたのか。あんな視界ゼロの中で銃撃を正確に放ち、二人を射抜いていたとは――驚くべきプレイヤースキルを見せつけられて、キリトは思わず息を呑んだが、胸の内に高揚感が出てくるのも感じていた。

 

 なんて楽しい相手に出会えたのだろう。こいつとの勝負、絶対に勝ちたい。

 

 そんな思いに駆られたキリトは、次の瞬間には《ピンクの悪魔》目掛けて走り出してた。幸い《ピンクの悪魔》はこちらに背中を向けている。だが彼女の事だ、この途中で振り返ってくるはずだ――その予想は見事に当たった。

 

 《ピンクの悪魔》は咄嗟に振り返り、《P90》の高速弾を連射してきた。《弾道予測線(バレット・ライン)》を確認して迫り来る弾丸を全て光剣で弾き、距離を詰める。

 

 

「な、なにそれ――うぐッ!?」

 

 

 《ピンクの悪魔》が驚いた刹那、ズドンという一際大きな銃声が三回鳴った。それに合わせるようにして《ピンクの悪魔》は横方向にずれるように体勢を崩す。今の音は《デザートイーグル》――イリスの持っている銃の発砲音だ。

 

 《ピンクの悪魔》は完全に呆気にとられた顔をしている。イリスが()()()()()事に気付かなかったのだろう。

 

 キリトは見えないイリスに胸中で礼を言い、《ピンクの悪魔》に接敵した。彼女の身体を右手で掴んで抱き込み、右腕で固定。身動きが取れなくなった彼女の喉元に狙いを定め、光剣による突き刺しをお見舞いする姿勢を作り――。

 

 

「ッ!!」

 

 

 彼女の喉元数センチ前まで突き出して、止めた。二人はまるでダンスのワンシーンの一つのカットのようになって停止する。《ピンクの悪魔》と呼ばれし彼女は、剣で刺される事を受け入れ、ぎゅうと瞼を閉じていたが、キリトはじっとその少女を見ているだけだった。

 

 

「うぉっ、なんだこれっ……ちょっ、撃って来てッ……レンごめ――――んッ!!」

 

 

 間もなくして悲鳴が聞こえ、少女は目をかっと開いた。その桃色の瞳とキリトの黒色の瞳が交差したところで、キリトは声を掛けた。

 

 

「俺達の勝ちだよ、《ピンクの悪魔》さん」

 

 

 《ピンクの悪魔》は「うう……」と声を漏らした。観念したようだった。

 

 




――今回登場武器解説――

Five-seveN
 実在する拳銃。ベルギーのFN社というところが開発している自動拳銃であり、5.7mm弾を発射できる事が由来でFive-seveNという名前をしている。

P90
 実在するサブマシンガン。Five-seveNと同じでFN社が作っており、その見た目から『みんな大好きP90』とも呼ばれるくらい人気。人間工学に基づいた設計がされていて、取り回しがとてつもなく良い。5.7x28mm弾しか撃てないが、その構造上運動エネルギーを弾丸に集中させることが出来るので、拳銃弾でありながらライフル弾並みの貫通力が出せる。

デザートイーグル
 実在する拳銃。IWI社というところが製造している。
 拳銃の中で最も大きなものであり、「ライフル弾を撃てる拳銃が欲しい」という馬鹿げた要望に応えられるように設計した結果誕生したトンデモハンドガン。
 .50AE弾という最大級の威力を持つ弾丸を発射でき、その攻撃力はアサルトライフルに匹敵するが、あまりの威力のために警察や軍でも採用されておらず、狩猟用くらいにしか使われない。
 ただし、私物として持っている兵士や警察官は海外では多いらしい。


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