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「やったわね……」
「あぁ、やった……」
地下遺跡の更に地下、貯水湖に見せかけた鰐型戦機の巣。完全に静寂が取り戻されたその場所で、キリトとシノンは並んで床に寝転がっていた。
本来は突入するべきではないダンジョンの、本来やり合うべきではない相手であるボスエネミー、鰐型戦機を撃破する事に成功すると、どっと疲れが来て、キリトは床に寝転がってしまった。
まだ攻略と探索の最中だというのに、所かまわずと言わんばかりに寝転がったものだから、「何だらしない事してるの」とシノンが言って来るかと思いきや、彼女も同じように隣に寝転がってきたものだから、驚いた。シノンも相当に疲れたらしく、中々身動きが出来ないようだった。
当然だ。先程まで戦っていた鰐型戦機は、本来ならば熟練の上位プレイヤーが相手にするべき相手であり、そのくらいになってようやく戦えるようなものだったのだから。それを改めて実感し、キリトはシノンへ言葉を掛けた。
「俺達、中々の快挙を成し遂げたんじゃないか。こんな低レベルで高レベルのボスを倒したんだぜ」
「きっと運営も予想してないような事だったでしょうね。情報を流したら、大騒ぎになるかも」
自分達のような新人が高レベルダンジョンに挑み、そのボスを討ち取り、戦利品を持ち帰ってきた。是非ともGGO中にその情報を広めてみたいと思ったが、そうなったらプレイヤー達が一斉に無用な騒ぎを起こすのは容易に想像できた。運営からも良くない事が起きたと思われ、ゲームバランスやエネミーのステータスなどに変な修正を加えられて、ゲームがやりづらくなるかもしれない。
この情報は自分達だけの秘密にして、黙っているべきだ――キリトはそう思って、シノンに向き直った。その際にシノンは、苦笑いに似た表情を浮かべていた。
「キリト、もしかして皆が大騒ぎしてるところ、想像した?」
「うん。なんかよくない事が起こりそうな気がするよ。報酬組まれて、俺達を倒そうと必死になるプレイヤーが増えてきそうな……」
「確かに、そういう事になっちゃうかもね。この事は黙ってましょうか」
「あぁ、それがいい。というか、そうしよう」
二人でもう一度苦笑いし合ってから、キリトはふと鰐型戦機を倒した場所を見た。
そういえば鰐型戦機を倒した際にドロップしたアイテムや銃火器を確認していなかった。あれだけ強いボスを倒せたのだから、それ相応のドロップ品があるはずだ。そんなキリトの考えは裏切られず、鰐型戦機の居たところに煌めく光がいくつも見えた。
光の数に少し驚いてからキリトは立ち上がり、シノンと共にそこへ向かった。その際にもう一度驚かされた。鰐型戦機からドロップしたと思われる銃火器は十以上で、そのどれもが大量のオプションスキルが付与されているエピック、レジェンダリークラスのレアアイテムだった。
使用すればかなりの火力向上が見込めるし、オークションで全てを売り出したならば、またしても巨額のWCとGCが獲得できるのは間違いない。実に素晴らしいと思えるお宝の山だった。しかも銃火器だけではなく、換金アイテムや素材アイテムと思わしきものも混ざっている。
あれだけの強さを持った戦機を相手にした報酬としては申し分ない。キリトは達成感に満たされながら、落ちているレアもの銃火器を片っ端から拾い上げていったが、あるモノを見つけたところでその手を止めた。
ドロップしたアイテム群の中に二つ、他と全く異なる外観の武器が混ざっている。一つ目は自分が使っていた光剣に酷似した容姿をしているものの、細かい装飾が施されている黒い光剣だ。これまで使ってきた光剣よりも遥かに高いステータスを持っているというのは――感覚的ではあるが――見ただけでわかった。
そしてもう一つは、非常に大きな銃だった。拳銃は勿論、アサルトライフルさえも超えている大きさと長さである。恐らくは百二十センチ以上はあるだろう。黒光りする銃身はそこから更に長いバレルが伸びていて、その付け根の下部には一対の脚がある。弾の大きさを表すマガジン部分も必要以上と言えるくらいに大きい。
それらすべての特徴を把握する事で、キリトはそれが狙撃銃であるという事を認識し、息を呑むしかなかった。
(いや、待てよ)
改めてその銃を見て、キリトが気が付いた。
これはただの狙撃銃ではない。あからさまと言えるくらいに長大な銃身とそこから延びる、先端部が少し大きくなっている形状のバレル、そして大きな弾薬の入ったマガジン。
主に戦車や戦闘ヘリ、装甲車といった車両兵器を破壊する事を目的に使用され、映画やアニメ、ゲームなどで多く採用される傾向にもある、
その銘は《PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》。五十口径弾を発射する対物狙撃銃――そんな説明と、その攻撃力を見てキリトは絶句しかかった。
五十口径弾などという大口径弾の攻撃力は、《ビークルオートマタ》であるリランの肩に装備されたアヴェンジャーより多少劣る程度だ。誰もが蒼褪める威力を発揮するアレに近しい攻撃力の弾丸を、超長距離から撃ち出せるなど、恐ろしいどころではない。
要求ステータスはSTRにかなり偏向振りしていなければ装備できないくらいのものになっているが、それでもバルカン砲のようにふざけた事にはなっていないし、重量も十三・八キロ程度と、バルカン砲と比べれば遥かに軽い。バルカン砲程の火力はないが、現状の狙撃銃からは一線を画した威力を持っている、とんでもない銃だ。
「キリト、それって……」
そんなヘカートⅡの姿に釘付けになっているキリトに、シノンが声掛けしてきた。彼女の視線は既にヘカートⅡに吸い込まれており、二人揃ってその姿から目を離せなくなっていた。
間もなくキリトはシノンの顔を見たが、シノンは気付かないままヘカートⅡを見ていた。そのまま頭の中で思考を巡らせる。
そういえば、シノンのステータスの振り方はSTRに偏向しており、重い武器でも問題なく使えるくらいになっているという話だった。狙撃銃の中でも重量級であるPSG-1を軽々と使いこなせていたのはそのためだ。彼女のステータスならば重い武器を使いこなす事も出来るし、何より彼女が得意としているのは狙撃銃の扱いだ。
――ものの見事にヘカートⅡの使用条件を満たせている。もしかしたらシノンならば、このヘカートⅡを使いこなせるのではないだろうか。これを彼女に渡せば、彼女の戦闘能力は大幅に上昇するだろうし、そうして強くなる事を彼女自身が何よりも望んでいた。このヘカートⅡはまさしく、シノンの望みを叶える銃火器だ。
キリトはシノンの視線を呼ぶヘカートⅡを持ち上げた。かなり重い。STR値が足りていないためだ。だが、シノンならばいけるはず。キリトは両手に持ったヘカートⅡをシノンへ差し出した。
「シノン。これ使えるんじゃないか」
シノンは勿論と言わんばかりに驚いた。まさか差し出されて来るとは思ってもみなかったのだろう。
「私にそれを使えっていうの。そんなに大きな銃を?」
「って言うけど、君は
シノンはヘカートⅡをクリックし、ウインドウを見た。すぐさまつい今のキリトと同じような反応をする。ヘカートⅡの攻撃力を見ているのだろう。
「すっごい攻撃力……PSG-1の何倍もあるわ。要求ステータスも莫大だけど、私の今のステータスならいける……」
如何にもヘカートⅡに惹かれているといった感じだった。まるで運命的なモノを感じているようにも見えたが、やがて彼女ははっとしたように首を横に振った。
「けれど待って。これだけの性能なら、売ればすごい値段になるはずよ。それこそリランをこの先何十回も動かせるくらいの」
リランを動かすためのWCを十分に得られるくらいの素材とアイテム、銃火器は手に入れた。このヘカートⅡを売らなくたって大丈夫だ。それをキリトが伝えるなり、シノンは再度ヘカートⅡをじっと見つめた。そこにすかさずキリトは言葉をかける。
「これがあればシノンはもっと強くなれると思う。こいつの攻撃力なら、敵対したプレイヤーなんて目じゃないよ。これを装備して戦えば、君が目指してる《強さ》にもっともっと近付けると思うんだ」
「……」
「だから、試しに使ってみてくれないか」
シノンはやはりじっとヘカートⅡを見ていたが、それから数秒もしないうちに顔を上げて、キリトと目を合わせた。
「……じゃあ、受け取っても良い?」
「お受け取り下さいませ、姫様」
冗談交じりの返答にシノンは微笑むと、ヘカートⅡをキリトから受け取った。キリトが持ち上げた時のようによろけたりしないで、しっかりしている。ヘカートⅡの要求するステータスをクリアしている証拠だ。
そしてヘカートⅡ自身も居るべき場所にしっかり収まっていて、満足している――そんな気がしてならなかった。
やがてシノンが抱えたヘカートⅡを目にしつつ、もう一度微笑んだ。
「何かしら……これ、いける気がする」
「いけるよ、きっと。シノンなら絶対使いこなせて、強くなれる」
どこにも根拠などないが、キリトはそう思えて仕方がない。これをターニングポイントにして、シノンはもっと強くなっていき、彼女の願う場所へ近付いていく事だろう。
そこまでしっかり彼女を守っていかなければ――そう思ったキリトにシノンは再度向き直って、笑みを見せた。
「ありがとう、キリト」
何回も見てきている彼女の笑顔。それはいつだって眩しくて、心地よくて、愛おしい。だからこそ、見た時には少し照れるような気分になる。今もそんな気持ちになったキリトは、
「……どういたしまして」
と、小さく答えた。自分から差し出した癖に、彼女の笑顔に照れるとは。キリトは自分に軽く呆れていた。この様子ではシノンにからかわれるかと思ったその時、シノンはキリトの足元に目を向けてきた。
「あれ、キリト。それって新しい剣?」
キリトは足元に落ちている存在に気が付いた。黒い柄の光剣と思わしきモノ。ヘカートⅡに気を取られていたが、そう言えばこれも一緒にドロップしたのだ。キリトは足元に転がる光剣を手に取り、胸の前まで持ってきた。
「あぁ、ヘカートⅡと一緒にドロップしたみたいなんだ」
「それ、使えるんじゃない? あなたが使ってた剣はさっき壊れちゃったものね」
鰐型戦機に止めを刺す時、キリトは刃を出したままの光剣を投げつけた。そこにシノンの銃弾が突き刺さった事により、心臓部は貫かれた鰐型戦機は倒れたのだが、その時光剣も一緒に壊れ、消失してしまった。なので今は光剣を持っていない状態なのだが、これが新たなそれになってくれるのだろうか。
キリトは光剣のスイッチを押し、その刃を目覚めさせた。一本の真っ直ぐな光の刀身が、ブォンっという独特な効果音と共に伸びてきた。闇の中に現れたそれは、白緑色をしている。SAOの時にはリズベットが作ってくれて、《SA:O》ではリランの身体の一部を素材にする事で誕生した剣、《ダークリパルサー》の刀身によく似た色だ。
「なんだか、綺麗……」
出現した光剣の刃に、意外にもシノンが感動に近しい反応をしていた。そのままキリトは光剣をクリックし、ウインドウを展開する。
銘は《
《氷雨》の攻撃力は《カゲミツ》の七倍くらいの数値に到達しており、耐久性も圧倒的な数値になっている。《カゲミツ》の上位互換どころか、光剣の最上位クラスなのではないだろうか。いや、そうに違いない。こんなに強い光剣の話は聞いた事がないのだから。
「すげぇ攻撃力だ。さっきまで使ってた剣の七倍くらいある」
シノンが驚いて剣を見つめた。そこまでの強さがあると思っていなかったらしい。
「七倍!? そんなに強いの」
「あぁ。多分今のところ光剣で一番強い奴かもしれない。とんでもない物を拾っちまったみたいだ」
試しに振り回してみると、軽さと重さが適切で手に馴染んだ。取り回しの感覚がどこか《ダークリパルサー》を思い出させる。もしかしたらGGOに転生してきた《ダークリパルサー》が、この《氷雨》なのではないのだろうか。そんな気さえした。
これもまたオークションで売ったりすればかなりの額になるだろう――そう思ってすぐにキリトは気が付いた。そういえばこのGGOでの光剣の普及率は全武器中の最低であり、オークションで光剣を買おうとする者など居ないに等しいという話だった。
元々売り出す気もなかったが、この光剣は売れない貴重品だ。だから自分が使うしかない。キリトはそれがどこか嬉しくなり、シノンに答えた。
「光剣なんて全然売れないモノだし、さっきで使ってた光剣も無くなっちまった。なら、もうこの光剣は俺が使うしかないだろ?」
「そうね。光剣を好んで使ってるなんて、このGGOじゃあなたや皆くらいだもの。それに、なんだかキリトに似合ってる気がするわ、その剣」
「あ、わかるかな。なんか俺もこれなら使って行けそうな気がするんだよ。こいつとは長い付き合いになりそうだ」
「私のヘカートⅡと同じかもしれないわね。私達、一緒に強くなっていけるかも」
「そうかもしれないな」
シノンが強くなる過程を支えるというのが自分のやりたい事だが、それを成し遂げるには、自分もまた強くならなければならないという事だ。そして今、《氷雨》という凄まじく強い剣を手に入れる事が出来た。
ここからはこの剣と、そして仲間達と力を合わせつつ、自分はもっと強くなっていかなければ。シノンと一緒に歩んで行かなければ――キリトは改めて思い直し、新たな剣となった《氷雨》を懐に仕舞い込んだ。
それから間もなくして、二人の近くの床に動きがあった。床の一部がドーナツ状に切り抜かれて上へ伸び、その中心部の床に青い光が宿った。フィールドの各所に設けられている転移装置になんとなく似ているが、若干作りが簡素に見える。上へ戻るための装置だろう。
鰐型戦機は倒したし、そのドロップ品も残さず頂いた。ここに留まっている理由はないし、何より元来た場所にリラン、アルゴ、フィリアの三人を置いてきてしまっている。もしかしたら三人とも既に帰還――場合によってはやられてしまって
もし帰還していたとしても、リランは主人である自分が居なければ街へ戻る事は出来ないので、リランだけ置いてけぼりにされているだろう。早く戻ってやらなければ――キリトはシノンへ声掛けし、二人一緒のタイミングで転移装置を起動した。
地下遺跡をかつて水害から守っていたかもしれない超巨大調圧水槽の中から、うち捨てられた鋼鉄の都市の一角へと、ほぼ一瞬にして目の前の景色が変わった。そこは紛れもなく地下遺跡の中、しかもトラップに掛かる寸前の場所だった。律儀にも位置情報を記憶してもらえていたらしい。
キリトはシノンと一緒になって気配を探った。プレイヤーの気配、エネミーの気配――そのいずれも感じない。ここで多くのエネミーの軍勢と戦った後に罠に落ちたわけだが、まだリポップが起きていないのだろうか。
そういえばここに生息するエネミーはステータスが高い代わりに、倒せればレアアイテムをぼろぼろと落とす性質を持っていた。極めて難しいだろうが、簡単に倒す事が出来るようになれば、ここはただのレアアイテムの楽園と化してしまう。
ここに住まうエネミー達を簡単に倒せるほどのプレイヤーばかりが得をし、その他のプレイヤー達が損をするようなゲームバランスになるのを防ぐために、エネミーのリポップ頻度は非常に長く設定されているかもしれない。
もしもこれが真実ならば、三人は自分達が穴に落ちた後もエネミーに襲われずに済んでいるはずだ。エネミーが居ないならば、捜索は容易である。キリトは肩が軽くなったような気がした。
その事をシノンに話し、歩き出そうとしたその時だった。
「キー坊、シーちゃん!」
「キリト、シノン!」
前方の建物の陰から声が聞こえてきた。更にそこから三つの大きさの異なる影が出てきて、こちらに寄って来る。明らかに大きな影の正体は、キリトの《使い魔》であり、現在は《ビークルオートマタ》であるリランだ。
そして彼女に追従するように動いている二つの影こそ、アルゴとフィリアだった。三人とも無事であるというその光景に、キリトは安堵を覚えていた。
間もなく三人は二人と合流してきて、すぐさまアルゴが声掛けしてきた。
「二人とモ、まさか無事に戻ってくるなんてナ」
「私達は伊達に修羅場を乗り越えて来てるわけじゃないので」
シノンが調子良さそうに答えると、アルゴは「ニャハハ」と笑った。アルゴはこちらを心配している様子はなかったが、フィリアは違った。彼女は如何にも心配していた表情をしていたのだ。
「けれどびっくりしたよ。シノンが穴に落ちたと思ったら、キリトもそこに飛び込んで、それで穴は閉じちゃったんだから」
《……流石のお前達でも無理だろうと思っていた》
そう《声》を掛けてきたリランの顔は、やはり鋼鉄の狼のそれであり、表情は微動だにしない。しかしその内側にある顔で心配そうな表情をしているのはイメージできた。
「心配させちゃって悪かったよ。けれど、あの罠には掛かって良かったかもしれない」
「えっ、なんで?」
「あの罠の先にボスが居たんだよ。んで、倒してみたら宝の山さ。強い武器もレアアイテムも沢山手に入ったぜ」
フィリアが「えぇー!?」と大声を上げて驚くと、シノンと話をしていたアルゴが喰い付いてきた。
「んなんだっテ!? キー坊、ボスが居たのカ? どんなボスだっタ? どんなアイテムがドロップしたんダ? 全部教えロ!」
アルゴの豹変っぷりにキリトは思わず目を点にしてしまった。如何にも予想外の喜ばしい出来事に直面したかのような反応だ。
普段お茶らけている彼女がここまでの反応をするという事は、この地下遺跡に鰐型戦機のようなボスエネミーが生息していて、それがレアアイテムをドロップするなんていう情報はまだ掴まれていなかったのだろう。
つまり自分達の体験は、情報屋の販売する商品としては超高級品なのだ。
「わ、わたしも知りたいッ! キリト、教えてくれる!? どんなボスが居たの!?」
アルゴに引き続きフィリアまで加わってきて、いよいよキリトは両手を胸の前に出す、落ち着きを促すジェスチャーをした。しかし彼女達が止まってくれる気配はない。情報を出すまでこの状態なのだろうか。
いや、彼女達の職業柄、そうなのだろう。二人が鎮まるのはここでの体験を話し終えた時なのは目に見えている。しかしここで彼女達の欲する情報を語るのは危険なのも目に見えている。
キリトは迫り来る二人を横目に見つつ、ストレージを確認する。罠にかかる前に倒した戦機や生体兵器達からのドロップ品、そして鰐型戦機からのドロップ品が所狭しと並んでいた。
どれもこれもがエピック、レジェンダリークラスのレア物であり、ロストした時の損害はもう立ち直れないくらいになりそうだ。ここは本来自分達のような者達が来るべきところではないし、この先のエネミーにやられないという確証もない。ここで帰還するべきだろう。
今後の行動を決めたキリトは目を輝かせる二人に言った。
「俺もその話がしたいけど、ここじゃあ危険だろ。だから今回はこれで街に帰ろう。んでもって俺の部屋に戻ってから話を――」
キリトが言いかけたその時だった。
突然リランが急加速して四人の前方に廻り込んできた。驚くより先に、鉄に銃弾がぶつかったような音が数回連続して聞こえた。
何が起きたとキリトが思ったのと同時に、頭にリランの《声》がした。
《キリト、
リランはわざわざ言い方を変えていた。エネミーではなく
空気が冷えている。地下遺跡を包んでいたじめじめした空気が、凍り付いたように冷たくなっている。それだけではない。その冷えた空気の中に並々ならぬ悪意が混ざっていた。
いや、その悪意こそが本体であり、悪意によって空気が冷やされている。悪意がこの地下遺跡の空気の有り様を作り変えてしまっている――直感でそう思えるような感覚がキリトを包んでいた。実際それは他の三人も感じたようで、戸惑いつつも来るべき事へ対応するための身構えをしていた。
これは一体何なんだ。そう思ってすぐに、キリトは空気の流れの先を見つけた。前方百メートルくらいの場所に七つの人影がある。闇の中に紛れようとしているような黒い姿の中に白い模様が確認できて、キリトは思わずぞっとした。
――
この前突然現れ、異様極まりない動きをして自分達を襲ってきた集団が、またしても目の前に姿を見せていた。
しかしあの時と違うのは、人数が一人増えているという事だ。それは鯱達とは違うデザインの黒衣を伴う戦闘服を身に纏い、黒い髑髏のマスクで顔を隠している。鯱達とは姿が異なっているが、鯱達の仲間であるらしい。
そしてその人物こそが、この空気を凍てつかせる悪意の中心だった。
「おっとっと、相変わらず面白い事を面白そうにやってんだねぇ~」
悪意の中心はそう言った。若い青年の声色だったが、やはりそれさえ悪意に満ちているように思えた。言葉の意図は何もわからない。もしかしなくても、伝える気自体ないのだろう。
こちらの反応を待たずに、黒髑髏は手に持ったアサルトライフルを肩に掛けた。
「ねぇねぇ、遊んでってよ」
黒髑髏が笑った直後に、鯱達が飛び跳ねてきた。
――今回登場武器解説――
・《PGM・ウルティマラティオ・ヘカートⅡ》
実在する対物狙撃銃。フランスにあるPGMプレシジョン社というところが開発しており、ウルティマラティオというシリーズの一つ。フランス陸軍で現在も採用中。
十二.七×九十九ミリの超大型弾丸を発射する事を可能とするトンデモ武器であり、あまりの威力に戦車や装甲車、戦闘機や基地を撃つ事だけを許されており、人に向けて撃つ事は許されていない。人に向けて撃ってまともになっているのはゲームや映像作品だけ。
ヘカートはギリシャ神話の女神ヘカテーを由来とし、ヘカテーの別名の中には『無敵の女王』というものがある。
が、ヘカテーの《使い魔》はケルベロスだったり、異名の中には《魔女達の王》、《冥界の女神》、《地獄の雌犬》など悪しきものも多い。