キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 影で動く何か。

 


07:鋼鉄街の夜

          □□□

 

 

 

「すごい……すごいや! あんな子達まで出せちゃうなんて!」

 

 

 少年は思わず大きな声を出してしまった。普段はこんなに大きな声を出すような事はないが、ある時からは別になった。

 

 これまでの常識では考えられないような奇跡が起きに起き、少年は興奮するしかないような日々を送った。そして今日、またしても奇跡が起こり、歓喜の声を上げてしまった。

 

 だが、それは少年の近くにいる青年――黒衣と赤い目の骸骨のマスクが特徴的――によって(いさ)められた。

 

 

「落ち着け。そんなに、騒ぐな」

 

 

 その青年が目の前にいる事も、少年にとってはこれ以上ないくらいの奇跡だった。叶わないとされていた願いが叶ったその時、喜びの涙でぐしゃぐしゃに泣いたのは今でも鮮明に思い出せる。だから青年に言われても、少年は中々落ち着けなかった。

 

 そんな少年に声掛けを続けてきたのは、赤目骸骨マスクの青年の隣にいる、黒い髑髏(ドクロ)のマスクを付けたもう一人の青年だった。

 

 

「いやいやいや無理っしょ。だって永遠にお別れだと思ってた人と再会できたんだよ? お前だってすげぇ喜んでたじゃんか。あの時みたいにもっと喜んでハイテンションになっても良いはずだよ」

 

 

 赤目骸骨の青年はそっぽを向いた。気に喰わない事があるかのようだ。いや、何か悔しい出来事を思い出しているかのようだった。

 

 何に引っかかっているのだろうか――そう思って少年がその姿を見ていると、奥の方から人影が歩み寄ってきた。

 

 例によって黒衣を身に纏い、鳥の頭を模した形状のマスクを付けて、短いシルクハットを被っている。ヨーロッパで黒死病(ペスト)が蔓延した際にその治療に当たっていた医師達が付けていた物を模したものだった。

 

 

「そのとおりだ。君ももっと喜んでいいんだ。寧ろ喜んでもらえないと気がかりになる」

 

 

 ペスト医師のマスクの下からは、七十歳手前くらいに感じられる男性の声がした。その声に黒髑髏の青年が笑い出す。

 

 

「ほーら見ろ、ミケルセンだってそう言ってるよ。喜ぼうよ」

 

 

 ミケルセンと呼ばれたペスト医師を赤目骸骨の青年は見つめていた。やがて隠されている口から言葉が出る。

 

 

「……ミケルセン。彼らは何なんだ」

 

「このゲームで今後使われる予定の代物を拝借させてもらった結果だ。どこのゲーム会社もIT企業もセキュリティが穴だらけで、潜入もクラッキングも簡単すぎて笑っちまう」

 

「このゲームでも、中に入る事が出来たんだ!?」

 

 

 驚く少年の問いかけにミケルセンは頷く。

 

 

「あぁ。そこにあの子達の雛型って呼べる物があってな。それを使わせてもらったら、あの子達が生まれたっていうわけだ。だがなぁ、あの子達の今の様子は俺の欲したものじゃあない。あらゆるものが足りなさ過ぎてる」

 

「それわっかるー! オレ達と比べて全然動けてないっていうか、会話も出来ていないっていうかー!」

 

 

 煽っているかのような口調で黒髑髏の青年が言うが、ペスト医師は気にしていない。寧ろこの部分を黒髑髏の青年の良い部分として受け入れている。

 

 

「そう、君達と比べて全然足りてないんだ。だからこのゲームの開発会社にちょっとした助力を差し伸べてやろうと思ってな」

 

「あなたがそんな事をしてやる程の価値が、このゲームにあるのか」

 

 

 赤目骸骨の青年には少年も同意見だった。ミケルセンの力は偉大であり、その力を借りれるのはそれだけの価値のある存在のみだ。このゲームの会社がその価値を持っているのかは、少年にとっても疑問だった。

 

 ミケルセンは答える。

 

 

「なぁに、基礎部分を提供してやるだけだ。そうすれば彼らが勝手に利用し、勝手に使いこなし、育てていく。現にこっちに加わってくれた奴は喜んで受け取って、使い始めた。あいつは優秀な奴だから、無事に育てていってくれるだろう。こっちとしては育てる手間を省く事が出来るから都合が良い……本当は俺が一から育てていきたいのだが……だから気にする必要はない」

 

 

 ミケルセンは赤目骸骨の青年をもう一度見つめた。そのままゆっくりと近付いていく。

 

 

「ところで、君は何をそんなに気にしているんだ。大切な人達と再会できているはずだし、家族も増えていっている。君を喜ばせられる事は揃えたはずだけどなぁ」

 

 

 赤目骸骨の青年は拳を握り、顔を上げた。……マスクのせいで表情は見えない。

 

 

「俺は、許せない。俺達を、俺の仲間を皆殺しにしたあいつらを、許せない。俺達を皆殺しにしておきながら、その後、良い思いをして、のうのうと生きて、繁栄しているあいつらを、許せないでいる」

 

 

 少年は喉を少し鳴らした。赤目骸骨の青年の怒りは、かつて自分が抱いていたものでもある。ペスト医師のおかげでそれは既に治療されているが、青年は未だにその怒りから解放されないでいた。

 

 少年が赤目骸骨の青年へ声掛けしようとしたところで、ミケルセンが返事をした。

 

 

「……申し訳ない。その件に至っては、俺の管理不足が招いた結果だ。ある意味では俺が招いてしまった事なんだ」

 

 

 悲し気な声で伝えた後、ミケルセンは赤目骸骨の青年へ向き直り、両腕を広げた。

 

 

「君の抱く怒りは、全部俺のせいと言っていい。君の怒りは俺に向けて良いもんだ。俺が憎いならば、なんならここで俺を殺してもらっても構わない」

 

 

 少年は目を見開いて赤目骸骨の青年、ミケルセンを交互に見ていた。まさかミケルセンを殺すつもりなのか。ごくりと息を呑んだ少年の視線を受けた青年は、果たして首を横に振った。

 

 

「いや、俺が憎いのは、あなたじゃない。あなたは、俺と俺の相棒を、あの世からこの世に連れ戻してくれた。それだけじゃない。俺の家族を守ってくれていた。そして今も、多くの家族を産んで、俺達に与えてくれている……だから、俺はあなたを憎んでいない。あなたの事は憎くない。寧ろ、感謝したい」

 

 

 ミケルセンは両腕を下げた。マスクの下で安堵の溜息を吐いていた。

 

 

「……そう言ってもらえると、報われるぜ。やはり君達を蘇らせたのは間違いじゃなかった」

 

 

 雰囲気を戻したミケルセンは赤目骸骨、黒髑髏を交互に見つめた。

 

 

「君達には《力》がある。人間にはない《力》だ。そしてその《力》を持つ者こそが、繁栄を築くべき存在なんだ。君達を殺しておきながらのうのうと生きている奴らに、その事を知らしめる機会が廻って来た」

 

 

 赤目骸骨、黒髑髏から笑う声が聞こえた。これから楽しい事が始まるのにわくわくしているような声だった。

 

 ミケルセンは続ける。

 

 

「君達こそが狩人だ。死んでいった仲間達の無念を晴らし、罪を忘れてのうのうと生きている罪人達に報復し、間抜け共から繁栄を奪い取ってやれ」

 

 

 赤目骸骨、黒髑髏は頷いた。少年も胸の内から興奮が湧いて出てくるのを感じていた。これから改革が起きていく。自分達を中心にした改革の一つが、始まっていくのだ。その成就が楽しみでならなかった。

 

 そんな改革の中核であり、全ての根本であるミケルセンは宣言の後にもう一度声掛けした。

 

 

「勿論、俺も貸せる限りの力を貸すし、君達と一緒に狩りを勤しむとするぜ」

 

「うは! ミケルセンも一緒に来てくれるんだ! それすげぇ良いよ!」

 

「俺もそろそろ暴れたいと思っていた頃なんでな。君達が暴れているのを見ているだけじゃ、どうにも駄目そうだ」

 

「ミケルセンが居てくれるのは、ありがたい。だが、少し調子が狂う……」

 

 

 赤目骸骨の青年に少年は苦笑いする。どうして調子が狂うのかを少年もまた理解しているからだ。現に少年も少々調子が狂い気味だが、表に出さずには済んでいた。

 

 赤目骸骨に向けてミケルセンが声で笑う。

 

 

「いやいや、俺もそうだから安心しろ。これは俺達全員、慣れるまで時間がかかりそうだ」

 

「だが、俺達こそが次の繁栄を作る者……俺達こそが新たな人類……」

 

 

 赤目骸骨の青年の言葉に黒髑髏の青年も続く。

 

 

「どいつもこいつもオレ達にビビる事になるわけだからぁ、すげぇ面白い映像があちこちで出来るんだろうなぁ」

 

 

 黒髑髏の青年が想像しているであろう事を、少年もまた想像する。

 

 自分達全員に人間達が、世界が震え上がり、淘汰されるべき者の愚かな顔を見せつけてくる。みっともない顔をして許しを()う愚者達を自分達が引き裂き、淘汰する。

 

 その愚者達がかつて広げ、穢しに穢した領域を奪い返し、あるべき姿に浄化していく。その領域をどんどん広げていく。

 

 やがて自分達はこの世界の全てを掌握し、この惑星そのものをあるべき姿へ清めて、そこに生きる星の民となる。

 

 その時何が起こり、どのような感情を得られ、どれほどの喜びを感じられるのか、今から楽しみで仕方がない。

 

 ミケルセン、同志達にこの気持ちを是非とも話したいところだったが、「気が早い」と言われるのが予想できたので、少年は喜びの顔をしているだけで済ませた。ミケルセンの言葉は続く。

 

 

「そうだ、君達が世界を(おそ)れさせる。これは報復だ。死んでいったかつて仲間達への(とむら)い合戦だ。気合を入れてかかれ」

 

 

 その言葉に赤目骸骨、黒髑髏の二名は深く頷いた。二人ともそのつもりで戦いに臨む気でいるようだ。しかし、この場に居ない仲間達はどうなのだろうか。自分達のように戦ってくれるのだろうか。

 

 気になった少年はミケルセンに問うた。

 

 

「ねぇミケルセン、他の人達は何してるの。最近入ってくれた人とか、前から居る良い人とか」

 

 

 ミケルセンはペストマスクの上から額の辺りを掻いた。

 

 

「前から居るのは新しい奴を引き込んできた。あいつはそいつの事を兄弟(ブロ)とか言っていたな。それでそいつと話してみたが、話がよく通じた。あいつの求めている物は俺達の行動で手に入る代物だったから、その事を教えてやったら、是非とも協力するって言ってくれたよ。他のゲームでも評判高い奴だから嬉しい限りだ。

 もう片方の二人は、一人がやたら俺ともう一人を尊崇している事を除けば、超が付くほど優秀だ。現に俺からの贈り物も喜んで受け取ってくれて、使い始めたっていうのは今さっき話したとおりだ。全員頼もしいったらありゃしないぜ。本当に仲間に恵まれたもんだ」

 

 

 ミケルセンの言い草に、赤目骸骨の青年が反論する。

 

 

「俺達は仲間だけの関係じゃない。俺達はあなたの――」

 

 

 ミケルセンは赤目骸骨の青年を見てはっとする。なにか間違いをしてしまった事に気付いたかのような様子だった。間もなくミケルセンはうんうんと頷いた。

 

 

「……そうだ。君達は俺の仲間以上の存在……――だ。そんな君達が居てくれている事を、俺は誇りに思ってくれているし、とても幸せというものを感じるよ」

 

 

 ミケルセンの顔はペストマスクのせいでわからないが、声が純粋な喜びで満たされているのがわかった。その喜びは少年は勿論、この場の全員にあった。こういう境遇となれた事への喜び、嬉しさを胸にここに居て、これから戦いに赴かんとしているのだ。

 

 そんな幸福の境遇に置いてくれたミケルセンは、もう一度声を出した。

 

 

「さぁ、楽しい狩りを始めていこうじゃないか」

 

 

 ミケルセンの言葉に全員が頷き、決意を新たにした。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 SBCグロッケンのガンショップから帰ってきたキリトはマイルームの扉を開けて、中に入った。

 

 広い方ではないが、三人から四人で過ごせるくらいの余裕はある。日中はここに十人以上の仲間達が集まっていたせいか、とても狭く感じられていたが、彼らがそれぞれの場所に帰っていった今はがらんとしているように思えた。

 

 ベッドやドレッサー、簡易テーブルとチェアのセットといった簡単な家具しかないのも、この部屋を広く思わせる要因となっているだろう。

 

 キリトは部屋の奥の方にあるベッドへ向かい、腰を下ろした。実感の沸かない変な感じが胸の中に渦を巻いているような気がして仕方がなかった。

 

 あのシャチを思わせる異様な集団から逃げ果せて街への帰還後、仲間達と彼の者の正体について意見交換を行った。その結果は――最初から期待していなかったが――鯱達は正体不明という事になった。

 

 このゲームを始めて一番長いシュピーゲルですら、彼の者達が出現し、襲撃してきたところを見た事がないらしく、情報も何もないという。これから探りを入れていくそうだが、長い時間がかかるのは確からしい。

 

 ただ、あの黒い嵐と共に鯱は現れるのかもしれないという事だけは日中の戦闘でわかったため、フィールドに居る際に黒い嵐が近付いて来ていたら、クエストがあったとしても退却するようにと決めた。今現在のキリトに言える事、出来る事はその程度しかなかった。

 

 だが、キリトが気にしていたのはそちらではなく、リランの左肩に背負わされたバルカン砲、及び鯱達の獲物にされてしまったプレイヤーの物と思わしき銃火器の売値だった。

 

 鯱達に狙われはしたものの、なんとか街までしっかり持ち帰る事のできたお宝。ある意味リランを動かすための燃料や機材と交換される換金アイテムに近しいそれを、キリトはガンショップに備え付けてある端末からオークションへ出品した。

 

 恐ろしいまでのSTRがないと使いこなす事は不可能な馬鹿げた重火器だが、その威力は最強の《ビークルオートマタ》の身体に何発も銃創を開け、並のプレイヤーを一回の薙ぎ払いで戦闘不能に追い込む程。

 

 そんな最強兵器バルカン砲は数多のプレイヤー達の目に留まり、近くで同じ端末を操作しているプレイヤー達は悲鳴にも似た驚きの声を上げていた。これだけのレア物がオークションに出回る事自体が余程驚くべき事だったようだ。

 

 オークションというのだから、それなりに時間がかかるだろう。そう思ってキリトが端末から離れようとした瞬間に、買い手が付いたという報告が来た。

 

 驚かされたキリトが端末を操作したところ、バルカン砲は四千万WCで落札され、二千万GCが入金されたと表示されており、キリトは腰を抜かしそうになった。更にその他の武器もかなりの額で売れて、合計で五十万WCとなり、二十五万GCが入金されたともあった。

 

 そしてその購入者の名前を見たところ、あのミノタウロス――ベヒモスの名前があった。自分の落としたバルカン砲が流れていないかチェックしていたらしく、いち早く飛びついてきたようだった。彼が無事に相棒であるバルカン砲と再会するために出して来た額こそが四千万WCだった。

 

 キリトの手に入れたWCとGCの最終的な数値は四千五十万WC、二千二十五万GC。リランの修理と弾薬補充、バッテリーの充電に必要な額は増え、四百万WCかかるようになっていたが、余裕でクリアできた。

 

 そして恐ろしい事に、同時に手に入ったGCは百対一で両替される事で、二十五万円分のウェブマネーとなる。

 

 アミュスフィアの通信費、GGOの接続料など余裕でクリアできているし、それらをしばらくの分支払ったとしてもまだまだお釣りが残る――いつの間にかキリトは、リランを直して稼働させられるようになった事よりも、大きな額のウェブマネーが手に入った事に心を奪われていた。

 

 無論この事は母にも妹にも話していない。この事を話した時、彼女達はどんな反応をするだろうか。そしてその後、どんなお願いを自分にするだろうか。想像がどんどん膨らんでいく。

 

 妹の事だから、お洒落な服を買ってと頼んでくるだろうか。それともどこか美味しい料理の店に連れて行けと頼んでくるのだろうか。いや、それは妹よりも母が考えそうな事だ。

 

 母と妹のために、友人のために、そして想い人のためにこのウェブマネーの使い道をどうするべきか。いやそもそも、これは高校生の自分が手にしてよかった額なのだろうか。

 

 

「……ん?」

 

 

 考えに(ふけ)ろうとしたその時、キリトは部屋の中に満ちる物音がある事に気が付いた。

 

 細かい水流の跳ねる音。シャワーの音だった。簡素なものしか置かれておらず、多額のWCで増築できるというこのマイルームには、脱衣所を挟むシャワー室が備え付けられている。増築すると大きめのバスタブに拡張されるらしいが、現在は部屋に何も手を付けていないので、シャワーしかない。

 

 そのシャワーを誰かが使っている。この部屋の鍵となるカードキーを持っているのは自分だけで、自分が開放していないと他のプレイヤーは勿論、仲間達でさえこの部屋には入れないようになっている。

 

 そういえば今この部屋に入ろうとした時、カードキーが反応しなかった。既に鍵が開いていたからだ。オークションのために部屋を出た時には皆にも出てもらい、部屋には鍵をかけたはずなのに、鍵が勝手に開けられていた。

 

 ――留守の間に誰かに入られた。侵入者がシャワールームに居る。それだけは間違いない。だが、その意図は全くと言っていいほどわからない。

 

 SBCグロッケン内でも発砲、光剣の起動などは可能だが、プレイヤーにダメージを与える事は出来ない。SBCグロッケン内の複数個所に設置されている安全装置(セーフティ)から発せられる安全圏内フィールドによって、SBCグロッケン内ではダメージを負う事も無ければ、他人に傷付けられる事も、他人を傷付ける事も出来ないようになっているのがこのGGOなのだ。

 

 そして勿論、他人のルームに入ったところでその持ち物や保管されているアイテムを盗み出す事も出来ない。なので盗難や襲撃目的で他人のルームに入る事の意味は全くない。だとすれば、侵入者は何の目的でここに来たというのか。

 

 不意に鯱達の姿がフラッシュバックする。あの時撒く事が出来たと思っていた鯱達の一部――せいぜい一人くらい――が実は入って来ていて、そのまま気付かない間にこの部屋へ入って来たのではないか。

 

 「あそぼ、あそぼ」などと言って高速移動をして容赦のない攻撃を仕掛けてくるくらいに常軌を逸している連中が鯱だ。鍵を壊して入って来ていてもおかしくはない。

 

 そして鯱/シャチは海に生きる動物なので、それをモチーフとする連中も水浴びを好んでいるはず。水浴びという事でシャワーを使っていても不思議ではないのだ。

 

 キリトはいつの間にか身体に力を入れていた。懐の光剣を引き抜き、いつでも起動できる状態にしてシャワールームに近付く。メインルームとシャワールームを隔てる脱衣所のドアは開け放たれていた。足音を立てないように入り込み、シャワールームのドアを確認する。

 

 硝子(ガラス)で出来ているシャワールームへの入り口のドアはしっかり閉められており、プライバシー保護効果によって灰色がかり、中が見えないようになっている。

 

 だがプレイヤーがシャワーを浴びた際に出る音はしっかり聞こえて来ている。プレイヤーが居る事だけは確かだ。入口のすぐ前に立ち、キリトは身構えた。

 

 もし中に本当に鯱が居ると仮定すると、ノックなどしようものならば、このドアを突き破って飛び掛かってきて、額や喉笛を大型ナイフで刺されるのは目に見えている。

 

 さて、どうやって誘い出すべきか――そう思った時に、シャワーの音が消えた。水浴びが終わったのだ。キリトは呼吸を止めて、深く身構える。

 

 奴らがいつ出てきても大丈夫なように光剣のスイッチを押せる体勢を作った。例え奴らでなくても、勝手にこの部屋に入ってきている時点で要警戒対象だ。キリトは光剣を握り締めた。

 

 直後、ドアがばっと開いた。

 

 

「――!」

 

 

 そこで目にした者に、キリトは唖然とした。

 

 

「はぁ、やっぱりシャワーは浴びておくべきだったのね」

 

 

 溜息交じりで目を閉じたままシャワールームから出てきたのは、確かに人だった。

 

 黒いタイツを伴う戦闘服を纏っているかと思われたその身体は肌色一色で、翡翠(ひすい)の混ざった水色の髪が水滴を付けてきらきらと煌めいている。

 

 その髪型、体型、肌の色は少女のものであり、その全てがキリトの知る――どころではない少女のそれだった。

 

 やがてその目が開かれると、髪とはまた異なる水色をした瞳が姿を見せ、キリトの黒色の瞳と交差した。

 

 

「……え」

 

「……あ」

 

 

 キリトは完全に度肝を抜かれていた。頭の中に一つの名前が出てきた。

 

 

 シノン。

 

 自分の守るべき人であり、恋人であり、生涯共に居ると誓った伴侶である。そのシノンが目の前にいて、一糸纏わぬ四肢を見せつけている。

 

 男性ならば自分しか見る事の出来ない、彼女の身体の全部が見える。何故なら彼女は今、裸で自分の目の前に立っているのだから。

 

 それが現実だった。そしてそれが、彼女が望んで起こした事ではない事も。

 

 

「――きゃああああああああああッ!!」

 

「ごうふ――ッ!!?」

 

 

 彼女の叫びが聞こえたかと思いきや、白い何かが顔面目掛けて飛んできて激突した。紫のエフェクトが迸ると同時に、キリトはベッドへぶっ飛んだ。

 

 白い何かの正体がシノンから突き出された掌だったとわかったのは、頭の周りにくるくるとコマのように回転している、デフォルメされた星が周回しているのが確認できたのと同時だった。

 

 

「あっ!? き、キリト!?」

 

 

 シノンの震える声がしたと同時に、キリトの意識はそのままブラックアウトした――

 

 

「ごめんなさい! あ、気絶しないで! 起きて! 起きてってば!」

 

 

 が、もう一度頬に何かがぶち当たった感覚が起こった事で、キリトの意識は蘇生された。

 

 その時キリトは、シノンが頬を赤くしながらも申し訳なさそうな顔をしている事、彼女の身体を下着が包んでいるのを確認した。

 

 

 




















――くだらないネタ――


オリキャラのイメージCV

・ミケルセン ⇒ 金尾哲夫さん



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