決戦。
□□□
「だああああああッ!!」
「はああああああッ!!」
キリトの咆吼とノーチラスの咆吼は同時に発せられた。刃のようにぶつかり合い、大気を振動させたかと思えば、次の瞬間には本当に刃同士がぶつかっていた。キリトの双剣とノーチラスの片手剣の鍔迫り合いが起こり、赤橙の火花が両者の顔を照らしていた。
キリトはそのまま押し込もうとしたが、しかしノーチラスは咄嗟に力を抜いて側面へ回避、迫るキリトをいなして見せた。
その隙を突いて水平に斬撃を撃ち込んできたのを、キリトもまた後退する事で回避した。腹部の数センチ前をノーチラスの剣が通過していた。間一髪の回避だった。
血盟騎士団時代のノーチラスの事を、キリトは知らない。キリトが血盟騎士団の初代団長、リラン/マーテルとユピテルの父親である茅場晶彦/ヒースクリフとの一騎打ちで勝利した後に二代目団長に就任した際、ノーチラスは既に血盟騎士団に存在しながら表に出てくる事のない、幽霊団員となっていた。
幽霊団員である以上、話題にさえ出てこなかったものだから、彼の戦闘スタイル、力量などの知識は全く得られなかった。ノーチラスは完全に未知数の相手だと言えたが、既にキリトにはわかっている事があった。
ノーチラスは、強い。
その考えを裏付けるかのようにノーチラスはキリトへ飛び込んできて、片手剣による乱舞を叩き込んできた。パリングしようにも、動きが激しくて予測が付かない。キリトは双剣をクロスさせて盾を作り、防御に徹した。
一発一発を受け止める度に衝撃が双剣を通じて筋肉へ走り、筋繊維が悲鳴を上げている気がした。まるでノーチラスの攻撃全てに彼の思いや決意が含まれているかのようだ。
もしこれだけの攻撃力を出せるのがノーチラスの
そんな疑問を強めるように、ノーチラスは斬りかかってくる。キリトは双剣でひとまず防御に徹した。
連続攻撃の最後を防ぎ切った後、ノーチラスが剣を振り上げた。そのまま垂直に斬り下ろそうとしてくる。剣道で言えば面だ。直葉との練習試合などで散々見てきた面――垂直振り降ろしを、キリトは側面にステップして回避する。
ノーチラスの剣が空を裂くと、お返しの意を込めてキリトは水平斬りを放つ。剣道で言う胴だ。
二本の剣がノーチラスの胴体目掛けて吸い込まれていったが、寸でのところで金属音と共に止まった。ノーチラスが左手を突き出し、装着している盾で防いでいた。
「なっ……!?」
明らかにフレーム単位の時間しかなかったのに、防御を成功させてくるなんて――完全に意表を突かれたキリトへ、ノーチラスは突きを放ってきた。
「しッ……!!」
キリトは咄嗟に姿勢を下げる事で剣から逃れたが、ノーチラスの剣先はキリトの後ろ髪を掠っていた。もう少し遅ければ額を貫かれていたのは間違いない。背筋を冷たさと熱さが一緒くたになった感覚が走り抜けていった。
しかしそれに囚われはしないキリトは、すぐさま左下からの斬り上げを仕掛けた。
そもそもキリトに突きを回避される事自体を想定していなかったらしく、ノーチラスは驚いた顔をしていた。だが回避には成功された。
左下方向から右上方向へ振られた二本の剣は、ノーチラスの腹部付近を僅かに掠るだけで終わってしまった。HPをほんの少ししか削れなかった。
もし初撃決着デュエルだったならば、ここで決着が付いたかもしれないが、そんなルールはここに存在しない。これはデュエルではなく、単純な殺し合いに近しい。
そうだ、ヒースクリフが茅場晶彦だと判明したあの時の一騎打ちのような、殺し合いなのだ。
しかし、負けた方が死ぬのではなく、負けた方の大切なモノが喪われるようになっている。命を懸けている方がマシと思えるような戦いだった。
その対戦相手であるノーチラスが咆吼しつつ、斬りかかってきた。先程自分が仕掛けたのとは逆の、右上から左下へ斬り抜く一閃。キリトは側面にステップしていなして反撃するが、ノーチラスは左手の盾で器用に防御した。
盾と剣の鍔迫り合いが起こり、キリトはぎりぎりと歯を食い縛る。
「なんでだ。なんでなんだ!」
「……?」
「お前はこんなに強かったんじゃないか。なのになんであの時――SAOの時に最前線に居なかったんだ。こんなに強かったなら、俺達と一緒に戦えたはずだ!」
不意に思った事を口にした時、ノーチラスの顔が一瞬瞠目のものへ変わった。しかしすぐにそれは、燃えるような怒りのものに変わる。
反撃してくるかと思いきや、ノーチラスは一気に力を抜いて鍔迫り合いを解除、側面へ跳んだ。わずかに体勢を崩してしまったキリトへノーチラスの斬撃――ではなく、太い水流が襲った。
「ぐあうッ!!」
リランが出す圧縮火炎ビームブレスを水属性に変えたようなそれは、ノーチラスの《使い魔》となっているヴァンの放つものだった。ノーチラスと戦っている間、ヴァンの足止めはリランに任せていた。
だからこそヴァンの攻撃がノーチラスと一緒に襲って来る事はなかった。――今この時まで。
激しすぎる水流から解放されたキリトは地面にぶつかった。体勢を立て直して前を向くと、自身の減った《HPバー》と、こちらへ顔を向けている二匹の狼竜の姿があった。
攻撃後の顔をしているのはヴァン、驚いているのはリランだ。リランにとってもこれは不意打ちだったらしい。
「あぁ、そうかもしれないな……けれど僕はそうなれなかったんだよッ!!」
激昂したノーチラスがうつ伏せになりかけのキリトへ剣を振り下ろしてきた。咄嗟に横方向へ転がって回避して起き上がると、すぐにノーチラスは追撃してきた。
その背後にこちらへ向かってきそうなヴァンの姿があったが、途中でリランが浮遊剣による攻撃を仕掛ける事で阻止、そのまま彼の注意を引いてくれていた。
「僕はずっとVRに適合できてなんかいなかったんだ。フルダイブ不適合症っていうのを知っているか」
猛攻の中で彼は話しかけてきていた。フルダイブ不適合症――その話をキリトも知っている。
フルダイブ機器というものは、誰でも使えるものであるように見せかけておいて、実はそうではない。フルダイブ機器を使っている者の中には、主に戦闘などで追い詰められる、強敵を目の前にするなどした際、足がすくんで動けなくなる場合が存在する。
意識では戦いたい、生き残りたいと思っているのに、一方で身体は言う事を聞いてくれない状態。これはナーヴギアやアミュスフィアといったフルダイブ機器が対象の理性ではなく、生存本能を優先的に再現してしまった際に発生するものだ。
その状態を発生させてしまう者――フルダイブ機器に生存本能の方を優先的に送ってしまい、そのとおりになってしまう者を、フルダイブ不適合症患者という話を、キリトはSAOから解放された後に聞いた。
幸い自分とその仲間達の中にはそのような症例は確認されていないが、フルダイブ機器使用者の一部には見られるという話だった。その症例者が目の前にいるというのには、キリトは驚かざるを得ない。
「僕はずっと戦いたいと思っていた。戦って、悠那のために強くなりたいって、悠那を守りたいって思ってたんだ。なのに、身体は言う事を全然聞いてくれないんだ。ボスを、モンスターの大群を目の前にしたら足がすくんで動けなくなって……戦力外扱いになったんだよ」
ノーチラスの語りを、キリトは攻撃を回避しつつ聞いていた。信じられないが、
「だからお前はあの時既にいなかったのか」
「あぁそうさ! お前が血盟騎士団の団長になった時、僕は全てを喪ってたんだ! 悠那を、大切な人との日々をッ!!」
先程からノーチラスの原動力が如何なるものなのかはキリトに見えていた。ノーチラスの原動力は怒りだ。こいつはずっと、怒りを糧にして動き続けている。しかも邪悪で一方的で身勝手ではなく、理不尽へ向けられた正当な怒りだった。
ノーチラスの怒りが乗せられた剣撃は続いてくる。
「このフルダイブ不適合症のせいで、僕は悠那を守れなかった。モンスターに囲まれた悠那を見ているしかできなかった。だからお前達には悠那を助けてもらいたかった。なのに、お前達は誰も悠那を助けようとはしなかった。悠那を見殺しにしてくれたんだ!」
《おれは見ていたぞ。悠那がモンスター共に殺される瞬間を……お前らに見殺しにされる瞬間をな!!》
ヴァンの《声》が聞こえたかと思うと、ノーチラスが攻撃を止めて後退した。不意を突いたかのように水の巨大弾丸が飛んできたが、キリトは咄嗟にダイブする事で回避する事に成功した。
先程と同様、ノーチラスが後退した時にヴァンがバックアップするようにしているのだろう。二回も来れば見切るのは容易だった。
しかし、見切られた彼らはこの戦法を仕掛けるのやめただろう。三度目はない。その証拠にヴァンはリランを振り切り、キリトに向かって走ってきていた。
突進攻撃を仕掛けるつもりなのだろうが、その途中でノーチラスがその背中へ飛び乗ったのをキリトは見逃さなかった。
「ッ!!」
向かってきたヴァンを、もう一度横方向にダイブしてかわすと、ヴァンは翼を羽ばたかせて空へ舞い上がった。白に染まる空模様のせいで、体毛の白いヴァンの姿が若干朧気になっていたが、身体のところどころの水色の甲殻がその存在をわからせてくれた。
《キリトッ!》
合図のように聞こえてきた《声》に応じてジャンプすると、すぐ下を大きなものが通過し、キリトはその上に跨った。走ってきたリランがヴァンを追ってきて、飛び乗らせてくれたのだった。キリトはダークリパルサーを鞘に仕舞い、リランの剛毛を右手で掴んだ。
見上げてすぐに、ノーチラスとヴァンに上を取られているとわかった。上から雨のようにヴァンの水弾が降り注いで来る。
キリトが指示を出すよりも前にリランは四枚の翼を羽ばたかせて速度を出し、回避してくれた。放たれた何発かが当たりそうになり、そのうち一発がキリトに命中しそうになったが、リランは咄嗟に浮遊大聖剣を盾代わりにする事で防いだ。
そう言えば、リランがこれだけの力を持っているのは、SAOの時だけだったかもしれない。ALO、《SA:O》と渡り歩いて来ても、リランはここまで強く進化はしなかった。
もしかしたらそれは、リランが故郷とも呼べる旧SAOサーバーを離れていたからかもしれなかった。
「っと!」
リランがぐらりと身体を揺らして、キリトは我に返った。リランと自身のすぐ真横を水のビームが通過していったのが見えた。ヴァンの放った水流ブレスだろう。
だが、先程のように太くなく、糸のように細い。恐らく水を超高圧縮する事で放つ、水圧カッターと同じ物だろう。それでこちらを切り裂こうとしてきたのだ。
水を操る狼竜となっているヴァンもまた、リランに匹敵するくらいの力を持って戦っているのだ。ヴァンの故郷もここなのだから。
だが、ヴァンの属性が単純な水属性である事は助かった。リランの持つ炎属性は水属性に強く、リラン自身は水属性を弱点とはしていない。リランが一方的にヴァンの弱点を突く事は出来ているのだ。勝機はある。
キリトの考えは既にリランに伝わっていたようで、リランは咢を開いて次々と火炎弾ブレスを放った。一つ一つが小さめだったが、その連射速度は機関銃のように早い、驚くべきものだった。
そういえばリランはSAOの時、自身の破損とエラーを抱えたカーディナルシステムとの紐付きによって不調に見舞われていた。もしかしたらあの時のリランは、ずっと本領を発揮できないでいたのかもしれない。
これこそが、SAOのリラン――《女帝龍》の本領なのだ。キリトは胸が高鳴るのを感じていた。
そんなリランの放つ機関銃の如し火炎弾を、果たしてヴァンはぐんとスピードを上げて回避して見せた。まるで空軍のアクロバットのようだ。
彼の翼はリランのような天使のそれを思わせるものではなく、アオミノウミウシの腕を彷彿とさせる形状をしている。あまり飛行に適応しているように見えないが、リランに匹敵する機動力の発揮を可能とするものだった。
アオミノウミウシ自体が《海の
リランと同じ天使の龍――それを《使い魔》にしているノーチラスは、最早自分に匹敵する存在と言っても過言ではないのだろう。
彼は俺に似ている。まるで光の影のようだが、果たしてどちらが光で、影なのだろうか。
俺が光?
誰が俺を光と決め、彼を影と決めている?
何が俺達を光と影に分けるというんだ。
「……!」
その答えは既に出ていた。勝った方が光で、負けた方が影なのだ。
勝った者が大切なモノを手にし、負けた者が大切なモノを喪う。それを教えてくれていたのはヴァンだった事を、キリトは今更思い出した。
ヴァンは、ノーチラスは、光になろうとしている。しかし、そんな彼らに負けて、影になるわけにはいかない。
彼を影にしたくもないが、こちらが影になるのもまた駄目だ。結局どちらかが光を手にし、どちらかが影になるしかない。
ただそれだけだ。
「――リランッ!!」
腹から力を込めて言い放つと、リランが一気にスピードを上げてヴァンへ接敵した。懐へ飛び込み、浮遊巨大聖剣による斬撃を放ちにかかる。浮遊する巨大聖剣のうち一本がヴァンの胴体を切り裂こうとしたその刹那に、聖剣の動きが鈍くなった。
ヴァンと聖剣の間に、巨大な泡が出現していた。見ればヴァンの全身が青い水に包まれている。ヴァンが水で鎧と盾を作り、防御する体勢に入ったのだ。恐らくリランが斬撃を仕掛けてくるのを見越していたのだろう。
(……そう来た!)
狙い通りの動きだった。リランに指示を出すと、リランは浮遊聖剣を翼の先端へ戻し、ヴァンに全ての足で蹴りを入れた。そのまま足をバネにして宙返りの要領で後退するや否や、リランは顔をきっとヴァンへ向け直す。
衝撃は防いだものの、不意打ちを入れられてふらついているヴァンとノーチラスの姿を確認すると、リランは身体の奥から迸らせた光熱を口へ向かわせ、ビームブレスを放った。
ヴァンが驚いた瞬間にリランのブレスは着弾、彼の纏う水が一気に加熱され、膨張。間もなくして水蒸気の大爆発を引き起こした。
ヴァンの纏う水とリランの使う光熱の相性は良い。水を一気に加熱すれば水蒸気となり、圧縮されて爆発が起こる。それはヴァンにもノーチラスにも、確実で大きなダメージを与えられるはずだ。
その読みは当たってくれた。真っ白な水蒸気の奥で、墜落していく影が見えた。ヴァンを撃墜する事に成功したようだった。
「……ッ!?」
だが、次の瞬間にキリトは目を見開いた。水蒸気の煙の奥で、何か煌めく物が見えた。見間違いかと思った刹那、リランとキリトを青白い電撃が襲ってきた。
「ぐあッ……!!」
この電撃は何だ。まさか、ヴァンか。ヴァンは水属性と雷属性の双属性を使う事の出来る存在だったのか。完全に予想外だ。
不意を突かれて電撃を諸に受けたリランはぐらりと姿勢を崩し、ヴァンが先に落ちた地面に同じように落ちた。キリトも受け身を取れずに落下し、地面に身体を打ち付けてしまった。肺が圧迫されたような不快感が襲い来て、《HPバー》が減少して黄色に変色する。
大分深いダメージを負ってしまったが、それはノーチラスも同じだった。ヴァン共々地面へ落ちた彼は、ゆらゆらと立ち上がっているものの、《HPバー》が既に半分を切り、中身が黄色に変色している。
キリトとノーチラスはほとんど同じ状態だった。見方を変えれば、平等になったとも思える状況だ。立ち上がったキリトは背中の鞘から仕舞っていたダークリパルサーを抜き、二刀流に戻る。
「ノーチラス、お前は……」
「……僕はお前が許せない」
キリトはハッとする。ノーチラスの顔から怒りは消えていなかった。彼からの言葉は続く。
「お前は僕と同じ状況に置かれた。愛する人の傍に居れて、幸せな日々を楽しんでいた。けれど、それは僕から奪い取った日々だ。僕はお前よりも早くに、悠那と愛し合ったんだ。それをお前が盗んだんだ……!」
全く的外れな事を言っているようだったが、キリトはそれを否定する事は出来なかった。
もし自分がノーチラスの立場に居たならばどうだっただろうか。SAOで守ると決めたシノンを守れず、喪う事になっていたならば、自分はどんな行動を起こしていただろう。容易にその想像が出来て、キリトは息を呑んだ。
――想像の中の自分は、ノーチラスと同じ選択をしていた。シノンを奪ったSAOへ、シノンを助けなかったプレイヤー達へ怨念を、憎悪を抱き、リランと共に身勝手な報復に走り、プレイヤー達を生贄にしてシノンを蘇らせる計画を進めていた。
そして今の自分――英雄の立場になったノーチラスと対峙した時、今のノーチラスと同じ事を言っていただろう。やはりノーチラスは、もう一人の自分であり、自分が取るかもしれなかった選択の具現者なのだ。
全く別の名前、別の容姿を取っていながらも、同じ立場に置かれ、同じ思いを抱いていたであろうノーチラスへ、キリトは言葉を返した。
「……そのとおりなのかもしれないな。もしかしたら、俺がお前から幸せを奪っているのかもしれない」
「それなら、お前がやるべき事は何だ。僕に幸せを返す事だ。悠那を返す事だ……!」
キリトは首を横に振った。それは出来ない。本当にそうなのかわからないし、自分がシノンを、命を差し出したところで、悠那が生き返ってくれるかどうかもわからないからだ。
その事をキリトは伝えに入る。
「それは約束できない。俺の命とシノンの命を差し出す事で悠那が生き返るって話だったよな。それは本当なのか。この後本当に悠那が生き返るのか。そんな事が出来るって、信じてるのか。確証を得られないなら、俺はお前の要求を呑み込めない」
ノーチラスはぶんぶんと首を横に振った。歯を激しく食い縛っているし、後ろのヴァンも立ち上がり、ごうごうと吼えている。
「確証なんかどうでもいい! 失敗なんかしない。僕達は、僕はもう失敗しない。今度こそ絶対にッ!!」
それはノーチラスの心の叫びだった。
きっと彼もこの儀式の行く末が悠那の復活に必ず至れるとは思っていないのだ。もしかしたら何も起こらないかもしれない。しかし、悠那にまた会いたい。また悠那と、愛し合う日々を取り戻したい。
だから、儀式が必ず成功すると信じるしかないのだ。SAO生還者達全員の命を捧げる事で、悠那が生き返ってくれると、信じる他なくなってしまっている。その気持ちが、キリトは分かって仕方がなかった。
「だから……絶対に成功させる!! お前を、倒してッ!!」
「だろうな。けど、それなら俺もお前を倒すしかないよ! 上手くいくかもわからない計画なんか、やらせられるかッ!!」
両者が叫んで片腕を天へ突き上げると、リランとヴァンが飛び立った。リランもヴァンも螺旋を描いて空を登り、ある程度上がったところで停止し、顔を上へ向けた。
リランとヴァン、そのどちらも何をするつもりでいるのか、キリトは何も言われなくてもわかっていた。SAOの紅玉宮、ヒースクリフとの決戦の最後に起きた奇跡。その時の事を想像しただけで、リランはそれに出てくれた。
「リランッ!!!」
「ヴァンッ!!!」
号令すると、リランとヴァンは顔を下に向けた。リランから白金色の、ヴァンから水色の光のビームブレスが放たれてそれぞれキリトとノーチラスを呑み込み、やがてリランもヴァンも光となってビームに合流し、両者へ向かった。
夜空の星のような光が落ちると、閃光が爆発するように広がり、一時的に前方が見えなくなった。光が止んだ時、奇跡が両者に訪れていた。
キリトのエリュシデータに白い狼竜の文様が浮かび上がり、ダークリパルサーは白金の聖剣へ姿を変えていた。そして背中からは、白い光のシルエットとなったリランを感じる。
一方でノーチラスにも同じ変化が起きていた。得物である片手剣が、水の天使を象っているかのような形状の美しい聖剣と化し、背中からは水色の光のシルエットとなったヴァンの姿があった。
両者ともに、あの時の奇跡の再現を果たした。人と竜が真の一体となる、どのスキルにも該当しない形態。それがノーチラスもなしたという事に、キリトは驚きもしなかった。
彼ならばそれくらいできて当然だとわかるようになっていたからだ。
《キリト……終わらせよう》
頭に《声》が響いた。リランの《声》だったが、それは少女のものに戻っている。答えるようにして身構えると、ノーチラスも同じように身構えた。あちらもヴァン本来の《声》を受け取ったのだろう。
もう猶予も余裕もない。あと一回の攻撃で――ソードスキルで決める。キリトの思っている事は、ノーチラスも同じのようだ。あちらもあと一回のソードスキルで決着をつけるつもりでいる。
次で、光と影が決定する。
「「はああッ!!」」
キリトは地面を蹴って飛び出した。それはノーチラスと同時だった。もう一人の自分が、自分が選ぶかもしれなかった選択をした同志の姿が一気に近付いて来て、その剣に眩い光を宿らせていた。
やはりそうだ。ノーチラス/エイジと自分は結局同じだ。愛する者が居て、その人を守りたくて、その人のために強くなりたくて、戦った。
その人のためならば、どこまでも無茶出来て、どこまでも頑張れる。ただそれだけのためならば、どんな事だってできる。
もし、このようなぶつかり合いをしなかったならば、俺達はどうしていただろう。共に手を取り合い、進んでいたのだろうか。
もし違う可能性を見出していた自分は、鋭二とどう接していたのだろうか。ユナ/悠那とシノン/詩乃は、互いにどうなっていたのだろうか。そんな考えを飛来させたまま、キリトは剣を振るっていた。
「はあああああああああああッ!!!」
「があああああああああああッ!!!」
気付いた時、二人で叫んでいた。互いに互いの身体を斬り付けていく。高熱が身体を切り裂いていく。《HPバー》が瞬く間に減っていき、赤く染まる。もうすぐ無くなりそうだ。
「ああああああああッ!!!」
最後の一撃を繰り出したのはノーチラスの方だった。
六連撃片手剣ソードスキル《ファントム・レイブ》
ノーチラスという一人の人間の魂が宿る剣技の、最後の一撃を受けたキリトの《HPバー》は――削り切れる寸前で止まった。
「うあああああああああああッ!!!」
瞠目しているノーチラスへ、キリトは剣舞を踊った。ソードスキル発動後の硬直を強いられたノーチラスに、剣が吸い込まれていく。
エイジ、お前はもう一人の俺だ。
お前が背負った悲しみは、俺も背負うかもしれなかった悲しみだ。
そんなものを押し付けてしまって、ごめん。
だから、もう――終わろう。
「はあああああああああああああああああッ!!!」
全身の力を込めた咆吼を乗せて、キリトは最後の一撃の突きを放った。剣先がノーチラスの胸元へ吸い込まれていく。
十六連続攻撃二刀流ソードスキル《スターバースト・ストリーム》
その最後の一撃は、確かにノーチラスの胸を貫いた。同時に彼の《HPバー》はゼロになり、消えた。
「悠…………那……………………」
《……えい……じ……ゆう、な…………》
その言葉が届いた数秒後、キリトの視線は白に染まった。
――くだらないネタ――
・今話推奨BGM
『RESISTER』
or
『菩殺』
or
『It Has To Be This Way』
どれでもない好きなBGMでもOK。