キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 それは決意の騎士たらん。


 そして、またしても原作から大改変。




20:白夜の音楽祭 ―戦士との決戦―

 

         □□□

 

 

 エクセリオンがまたしても回復した。四肢が光って地面が光ったと思えば、エクセリオンの体表の傷が修復されて、《HPバー》は全快へ戻る。それを先程から何度も繰り返しており、全く進展がない。

 

 これまで理不尽なボスと戦う事は多々あったものだが、これで何度目だろう。記憶が薄れていても、何故かその事だけはキリトは憶えていた。

 

 人間の脳は嫌な事や不快な事の記憶を濃く残すと聞いていたが、どうやらそれは真実だったようだ。彼らの計画に記憶を引き抜かれた時、楽しい思い出ばかりが優先的に奪い取られ、辛かったり悲しかったり、腹が立ったりする思い出は奪われずに済んでいたらしい。

 

 そんな事を事前にやってきたエイジとエクセリオンとの戦いは、新たなる不快な思い出になってしまいそうだった。先程からずっと攻撃しているというのに、相手は《HPバー》の一本目が無くなったところで回復行動に移り、《HPバー》を取り戻してしまう。

 

 しかしチートを使っているとは考えにくい。恐らく上限があるはずだが、その上限がどこにあるのかは全く見えてこない。どこまで回復させれば、彼の者の回復行動は使えなくなるのだろうか。その上限に達さない限り《HPバー》はどこまで減らしても回復してしまう。最早見えない《HPバー》が並んでいるのと同じだ。

 

 彼の者の《HPバー》は二十本くらいあるのではないだろうか。想像すると力が抜けてしまいそうなので、考えはしなかった。

 

 そんな考えを巡らせるキリトを乗せて、リランは飛んでいた。エクセリオンにも立派な翼があるが、それを使って飛行してくる様子は見られない。この戦場は広大な円形闘技場であり、その五分の一くらいをエクセリオンが占めている。

 

 上空の空間もエクセリオンにとっては狭い方に入るだろう。だから彼の者は飛ばない事を選んでいるのだ。

 

 そしてエクセリオンの体躯の影響は、確かにキリト達に響いていた。エクセリオンが派手に暴れ回れば、その巨体に潰されてダメージを負わされる。勿論エクセリオンの狙いとはそれなのだろう。

 

 彼の者はリランとユピテル、ユイとストレアの弟であり、MHCPの十号機。つまりイリスが分類している《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》、人間さながらの人格と人間性を手に入れている存在だ。その判断能力と知能はそこら辺で開発されているAIとは一線を画している。

 

 勿論それは戦闘にも活かされており、こちらの動きをよく観察し、よく判断したうえで適切な攻撃を仕掛けてくるようになっている。エクセリオンの最大の特徴は、最早知能そのものと言っても過言ではなかった。

 

 技術的特異点(シンギュラリティ)を迎えて、人間性を得た《電脳生命体》。それらはすべてイリスの子供であり、彼女の愛情に満ちた教育と(しつけ)、そして自分達と接する事によって豊かな性格となり、争う事ないとされていたが――そこから外れてしまった《電脳生命体》であるヴァン/エクセリオンは、ここまで凶悪になってしまっている。

 

 《電脳生命体》こそ人間と共に社会を、世界を形成していく新たなパートナーだと思っていたが、そうではなかったのだろうか。《電脳生命体》が一般社会に解き放たれた時、人々は彼女らをどう思うというのだろうか。そんな想像が膨らんでいくキリトの脳内に、響く《声》があった。

 

 

《キリト、ヴァンは我らで倒すぞ》

 

「……リラン」

 

 

 初老女性の声色。リランの《声》だ。彼女もまた《電脳生命体》であり、その最初の存在だ。彼女こそが最初の《電脳生命体》であり、この場に居る他の《電脳生命体》は全員がリランの弟と妹だった。

 

 あのエクセリオンとなっているヴァンもまたリランの弟の一人であり――リランは実の弟と戦っている。この戦いは最早《電脳生命体》の家族同士の悲しい戦争だった。そんなものに打ち込んでいる相棒であるリランへ、キリトは問いかける。

 

 

「リラン、本当にやるつもりなのか。ヴァンを倒すつもりなのか」

 

《なんだ、お前は戦いたくないのか。ならば降りろ。我だけでやる》

 

 

 リランの《声》は厳しく感じられた。この戦いに臨むにあたってリランにも思うところがあるというのが丸わかりだ。

 

 

「戦いたくないのはお前じゃないのか。あいつはお前の弟なんだぞ。それにあいつは、あの時の俺達の負の感情をいっぺんに引き受けて、それでも治そうとしてくれて……」

 

 

 あの地獄が開かれた時の光景は、記憶を奪われたはずのキリトでも思い出せた。一万人の一般プレイヤーがデスゲームに閉じ込められ、憎悪し、嘆き、絶望し、怨嗟の声を上げ、狂っていく光景。そんなものにヴァンは一人で挑んでいった。見方を変えればヴァンこそ英雄じゃないか。

 

 

《……あいつが何故一人だけ動けたのかは我でもわからぬ。だが、例えあの時一人でMHCPとしての使命を成し遂げようとしていたとしても、今はそうではない。我らのやるべき事は気に入った人間だけを癒すのではなく、全ての人間を癒す事だ。ましてやその気に入った人間を癒すために、無関係の人間の命を犠牲にして生き返らせようとするなど、認められるものではない》

 

 

 リランの言葉にはっとさせられる。直後、下方より光熱レーザーが飛んできた。エクセリオンの放った対空レーザーブレスだ。次々と照射されてくるそれをリランは回避し、しがみついているキリトは揺らされる。

 

 だが、《声》は続いた。

 

 

《いかなる理由があったとしても、あいつは道から外れた裏切り者だ。そしてあいつを放っておけばお前達は死ぬ。我らを受け入れてくれた人間達があいつに殺されそうになっているのであれば、それを止めるのが我のやるべき事だ。あいつ一人のために、お前達を死なせるわけにはいかない。ヴァンは我の弟だ。弟に殺人などやらせるものか!》

 

 

 キリトは相棒の名前を呟いていた。そうだ。自分達の身体は依然としてスタジアムにある。現在のスタジアムではエイジとヴァンの進める計画によって、SAO生還者全員の脳をスキャンし、そのまま焼き切る処置がされようとしている。

 

 その処置の主導権を握っているのがエイジとヴァンであり、彼らを止めれば皆の命は助かる。だからこそ自分達はこの場に飛び込んできたのだ。

 

 確かにヴァンとエイジの体験は悲劇以外の何物でもない。だが、彼らに同情してその行為を放置すれば、何も罪のないSAO生還者達の命が犠牲になる。

 

 それにエイジとヴァンの言っている計画も、本当に上手くいくかどうかわからない代物だ。もし失敗すれば彼らの願いは叶わず、ただ無意味にSAO生還者達全員が死んだだけになる。エイジとヴァンはただの凶悪殺人テロリストになる。そんな事は彼らのためにも防がなければならない。

 

 キリトは首を横に数回振り、リランの剛毛を握り締めた。

 

 

「……そうだな。エイジは――ノーチラスは血盟騎士団の仲間だった。かつての仲間が殺人者になるなんて、俺も二代目団長として嫌だな。それでお前の可愛い弟が殺人者になるのは、もっと嫌だ」

 

《あんな裏切り者になっているとしても、結局あいつは我と、ユイとストレアと血の繋がった弟だ。あいつのやろうとしている事をなんとしてでも止める。そのためにもキリト――》

 

 

 リランの言葉を最後まで聞くより前に、キリトは頷きを返した。

 

 

「あぁ、力を貸すぜ。お前も思いっきり力を出してくれよな!」

 

《――お願い》

 

 

 リランの《声》が一瞬だけ元来の少女のものに戻ると、またしてもエクセリオンから光熱レーザーが飛んできた。しかも今度はレーザーを照射したまま首を振り回してきている。光熱レーザーは恰も剣のように振り回され、何度もリランを焼き切ろうとしてきた。それはエクセリオン――ヴァンの中の怒りの様を表しているように思えた。

 

 しかし、その攻撃は途中で明後日の方向へ飛んでいくようになった。見れば仲間達がエクセリオンに次々と攻撃を仕掛け、傷をつけたところにユピテルが電撃放射を仕掛けたのが確認できた。

 

 リラン同様強力な《使い魔》となっているユピテルの一撃が効いたのだろう、エクセリオンはよろめいて、攻撃をこちらに向けてくる事が出来なくなったようだった。

 

 

《鎮まれ、ヴァンッ!!》

 

 

 リランも咢を開き、火炎弾ブレスを次々発射した。エクセリオンの頭部付近で爆発し、《HPバー》が四本目に突入するのが見えた。舞い上がった土煙が晴れると、エクセリオンの項に乗っているエイジと目が合った。エイジはこちらを挑発する笑みを浮かべている。そんな事をしたところで無駄だ――彼は目でそう言っていた。

 

 その言葉に偽りはないのを、キリトもわかっていた。すぐにエクセリオンは四肢に力を込めるような姿勢になった。

 

 間もなくエクセリオンの首の触手が天へ伸び、四肢と同様に青白い光を帯びる。地面さえも同じ光に包まれると、エクセリオンの負っていた傷は瞬時に再生。《HPバー》も五本目へ戻る。

 

 まただ、また回復されてしまった。

 

 エイジも得意げな顔をして挑発するわけだ。向こうからすれば余裕極まりない状況なのだから。もし自分がエイジと同じ立場だったならば、同じように敵を挑発していたかもしれない。そんな気さえする。

 

 

「また回復しやがって……これじゃあ(らち)が明かない。リラン、何か仕組みはわからないか」

 

《スタジアムに集まる《英雄の使徒》達に緒が繋がっている。その根本を探った結果がここで、奴らの根本こそがヴァンだった》

 

「って事は?」

 

 

 リランはエクセリオンとなっているヴァンを見下ろしていた。同じように見下ろすと、エイジの視線が仲間達へ向けられていた。

 

 

《《英雄の使徒》を操っているのはヴァンだ。そして《英雄の使徒》とヴァンは繋がっている。ヴァンはスタジアムにいる《英雄の使徒》からHPを吸い上げて、自分のHPを回復させているのかもしれぬ》

 

 

 確かにその通りならば納得がいく。リランにスタジアムの《英雄の使徒》の根本がないかと探させた結果、《英雄の使徒》に緒が繋がっていて、その根元がここであり、ヴァンであるという結果が出たのだ。

 

 ヴァンと《英雄の使徒》が繋がり合っているならば、ヴァンが《英雄の使徒》からHPを吸い上げて、回復する事も出来るのかもしれない。いや、そういう仕組みなのかもしれない。

 

 

《今スタジアムの状況も見ているが、《英雄の使徒》が次々勝手に死んで消えていっている。奴らが消えるタイミングはヴァンがHP回復を始めた直後と決まっているらしい》

 

「……なるほどな」

 

 

 つまりエクセリオンのHP回復は上限付きであり、エクセリオンがHPを回復すれば回復する程、スタジアムのSAO生還者達も《英雄の使徒》から逃れる事が出来るようになっている。

 

 エクセリオンを弱らせれば弱らせるほど、回復させればさせる程、被害は軽微になっていき、エクセリオンは追い詰められていく。仕組みは単純だ。

 

 

「そういう事だったんだな。けれど……」

 

 

 仕組みは単純でも、簡単ではない。エクセリオンはかなりの防御力を持っているし、破壊力も十分に持っている。仲間達も必死になって戦ってくれているが、それでもじり貧になっているのは否めない。

 

 いくらHP回復に上限が存在しているのだとしても、回復されればそれだけ士気が下降する。このまま戦い続けたところで、果たしてエクセリオンのHP回復上限へ辿り着く事が出来るのだろうか。その答えを相棒は口にしてきた。

 

 

《悔しいが我らだけでは火力不足だ。《英雄の使徒》が全滅するのと、我らが力尽きるのはどちらが先になるか……》

 

 

 リランは事実を淡々と言っていた。否定のしようがない。このまま戦い続けなければエイジとエクセリオンのためにSAO生還者達は死ぬ。だが、それより前に自分達が負けてしまう可能性も高いと来ている。かなり追い詰められている状況だった。

 

 エイジが挑発しているのはこのためだ。彼は既に、自分達のこの状況をわかっていた。

 

 

「くそッ、どうすれば……」

 

 

 思わずぼやいたその時、リランの動きが止まった。攻撃に対応するための動きを止めて、ホバリングしている。急な変化にキリトは驚き、リランに声掛けする。

 

 

「リラン、どうした」

 

《……!》

 

 

 リランは驚いているように上を見た。キリトも同じように上を見上げる。この円形闘技場は縦に長い吹き抜けになっており、上は空へ続いている。青のない白だけの空に――白以外の光が見えた。緑色の光。

 

 

「!」

 

 

 次の瞬間、緑色の光はキリトとリランの目の前を落ちていき、エクセリオンへ着弾した。目で追ったその時には、エクセリオンを中心に緑色に染まった竜巻が発生。エクセリオンは風の刃に切り刻まれて、傷付いていった。

 

 

「今のは!?」

 

「《タイラント・ハリケーン》!? どうして!?」

 

 

 声を上げていたのはユウキとカイムの二名。特にカイムのがはっきりしていた。エクセリオンに発生している竜巻は、ALOにてカイムが属している種族であるシルフが使える最大火力風魔法、《タイラント・ハリケーン》と同じものだった。

 

 しかしここは《SA:O》とも異なる旧SAOサーバーの中であり、ALOではない。なのに何故ALOの魔法が発生している。

 

 

「おにいちゃ――ん!!」

 

 

 上から呼ぶ声がして、キリトは顔を上げた。白い空から、何かがこちらに向かって近付いて来ている。やがてそれは人影だとわかり、すぐに正体が分かった。金色の長髪をポニーテールにしている、大きい胸が視線を呼んでしまう、緑の瞳をして、背中から透き通る緑の翅を生やしている少女。

 

 自分の妹である桐ヶ谷直葉がVR世界での姿である、リーファに他ならなかった。

 

 

「リーファ!?」

 

「だけじゃないぜ――ッ!!」

 

 

 どうしてリーファがここにと言い出そうとするより前に、リーファの背後にまた影を認めた。武士を思わせる赤い和風鎧に身を包み、頭にバンダナを巻いた青年。

 

 腕を折られて入院しているはずのクラインが、翅を持たないリーファより先にエクセリオンへ到達。その頭部に刀による縦斬り一閃をお見舞いしていた。

 

 

「クライン!?」

 

 

 まさかの武士――しかも《SA:O》の様相をしている――の登場に、騎士であるディアベルが驚く。他の皆も同じ様子だ。何故クラインとリーファがここへ来たというのだ。

 

 誰もが混乱する中で、参戦者は続いてきた。

 

 

「はあああああああああッ!!」

 

「やあああああああああッ!!」

 

 

 よく似た声色の少女の声が二つしたかと思うと、エクセリオンに二つの隕石が降り注いできた。それは隕石ではなく、人だった。どちらも少女で、一人は細剣を手にした、水色のゆったりした服装の、紺色がかった髪を切り揃えたセミロングにしている、泣き黒子が確認できる小柄な少女。

 

 もう片方は自分達くらいの年齢に見える身体つきで、青緑色の露出度のある戦闘服の上から白いマントを羽織った、銀色の髪の少女。《SA:O》にしか居れないはずの二人。その名をキリトは呼んでいた。

 

 

「プレミア、ティア!!」

 

「キリト!」

 

「遅くなってしまった!」

 

 

 プレミアとティアはエクセリオンより離脱すると、キリトを見上げていた。間もなく、リーファの胸の谷間から小さな妖精が飛び出してきた。ユイだった。エクセリオンとの戦いが始まってから一人離脱していたユイが、ALOでの妖精の姿で再出現していた。

 

 

「パパ、おねえさん! 皆さんを呼んできました! おねえさん、攻撃が来るので下降してください!」

 

 

 妹に言われてリランが一気に地面へ下降、それと時を合わせるようにして、複数の気配が空から感じられた。見上げた先にいるのは、妖精、戦士の十数名。

 

 

「貴様らだけ楽しむのはよくないぞ、キリトッ!」

 

「遊びではないぞ!」

 

「やってる事はいつもと同じだけどネー!」

 

 

 水色の髪と白い戦闘服と青い翅の青年、深緑の和服と黒緑の長髪と緑の翅の女性、そして金色の翅に日焼けしたような肌、獣の耳が特徴的な少女。それぞれスメラギ、サクヤ、アリシャ・ルーだった。よく見ればその中に他の妖精達の姿もある。――ユウキとカイムのギルドである、スリーピング・ナイツの者達だ。

 

 彼らは真っ先にユウキとカイムの許へ向かい、合流。二人を大いに驚かせた。

 

 ALOのウンディーネの猛者、ALOシルフ領主、ケットシー領主の登場に目を丸くすると、一際大きな声がスメラギの背後から聞こえてきた。

 

 

「見たか見たか見たかぁぁぁ! この最強歌姫セブンちゃんは、芹澤博士の宿題を終わらせたのよおおおおおおおッ!!」

 

 

 聞き覚えのある少女の声に驚いたその時には、エクセリオンにあらゆる属性の爆発が起きていた。その爆発を切り裂いて、レインの近くに一つの影が飛翔してきた。銀色の長髪をなびかせ、優雅な服に身を包んでいる小柄な少女は、レインの妹であるセブンだった。

 

 

「せ、セブン!?」

 

 

 急な妹の登場に姉は驚いていたが、それは他の者達と一緒に強くなる。セブンの目がかなりぎらぎらしていたのだ。まるで現実世界では目元に真っ黒な隈が出来上がっているのが、VRで再現されているかのようだった。

 

 そんなセブンはレインに駆け寄るなり、大声を出す。

 

 

「お姉ちゃん、やったわ、やったわよ! プレミアちゃんとティアちゃんの改造出来た! 芹澤博士のロックを解除できた! どこにでもコンバートできるわ! あたしすごいでしょ!? すっごいでしょ、最高(さいっこう)でしょ、天才でしょ――!?」

 

 

 熱が入ると早口になり、マシンガントークを始めるセブンの今のそれは、最早ガトリングガンの領域に達していた。声も大きく、テンションも異様に高い。あまりの妹の状態に姉であるレインが困惑すると、従者であるスメラギが降りてきた。

 

 そして彼はぽかんとしているイリスへ向かい、怒る。

 

 

「芹澤博士、七色に何をやらせているんだ! もう三日間徹夜しっぱなしであの有様だ!」

 

 

 芹澤/イリスもスメラギに驚かされていた。イリスは以前セブンに「プレミアとティアを他のゲームにコンバートできるようにロックを解除してみろ」という課題を出していたという話を聞いた。

 

 科学者としてイリスを尊敬するセブンは躍起になってその作業に取り掛かっていたそうだが――もしかしたらそのために睡眠時間を削り、仕上げに入ったところで睡眠をやめてしまったのかもしれない。三日連続の深夜テンションが極まり、今の半ば暴走状態に陥っているのだろう。

 

 イリスは困った様子で、片手で顔を覆った。

 

 

「まーたこの娘は幼骨に鞭打って……」

 

 

 たまらずレインが怒り出す。

 

 

「鞭打たせたのは先生でしょう!? セブン、なんだか酔っ払いみたいになってるし!」

 

「三日も寝てないならそりゃ酩酊(めいてい)とか泥酔(でいすい)に近しい状態になるさ。全く、私と同い年ぐらいに科学者になったかと思えば、そんな変なところまで似ちゃって……」

 

 

 呆れているイリスの傍で、セブンはハイテンションの任せるまま「Ураааааа(ウラー)!!」だの「WRYYYYYYYYYY(ウリャー)!!」だのと叫びまわっている。まともな戦力になりそうにないように見えるが、エクセリオンを倒すという目的を達成しようとしてくれているのだけはわかった。

 

 

「皆さんを連れてきただけじゃありません! これもお使いください!」

 

 

 飛んでいるユイが金色の光珠を出現させると、それは上空へ飛んで爆発。ほぼ無数に分裂して小さくなり、キリト達の許へ飛び込んできた。その次の瞬間、皆の身体が光に包み込まれ、一瞬にして姿が変わった。

 

 最初に光珠を受け入れたアスナは、SAOにて血盟騎士団の副団長としての服装になった。手に持たされていた細剣はリズベット特製の決戦武器、《ランベントライト》となっていた。

 

 続けてリズベット、シリカ、フィリア、ストレア、イリス、レインの服装と武器もSAOの時のそれとなり、クライン、エギル、ディアベルもSAOの戦士の時のものへ変わった。一方でユウキ、カイム、リーファ――彼女はそのまま――ALOの時のアバターの姿となった。

 

 更にシュピーゲルは両手にサブマシンガンを携えた迷彩服と黒緑のケープを纏った銀髪という、ALOと《SA:O》の時に似ている姿となる。何か別のゲームのアバターなのだろう。

 

 そしてその変化はシノンにも、キリトにも、リランにも起きた。シノンはSAOで初めてキリトと出会った時から着ていた軽戦闘服に、懐かしい大弓を携えた姿となり、キリトは鎧を伴う戦闘服の上から黒いコートを纏った容姿となり、背中に二つの重みを感じた。

 

 それはSAOでの最終決戦で、ヒースクリフを討った時に出来上がった奇跡の鎧。

 

 そして相棒であるリランは、豪華絢爛(ごうかけんらん)な白金の鎧に身を包み、白金色の毛並みを持ち、肩と背中から一対ずつ天使のような白い翼を生やしていた。頭部より美しい金色の(たてがみ)をなびかせ、額より聖剣の角を突き出させ、自らの周囲に六本の巨大聖剣を従えた姿となっていた。

 

 SAOの英雄の相棒であり、攻略組の希望そのもの――《Rerun(リラン)_The()_Empress(エンプレス)Dragon(ドラゴン)》の姿だった。

 

 皆揃いに揃って、SAO時代の姿を取り戻している。無論誰もが驚いていたが、それに答えたのもユイだった。

 

 

「ここ、旧SAOサーバーの皆さんのセーブデータを引き出して適用しました! どうか、ヴァンを、わたしの弟を止めてください!!」

 

 

 血盟騎士団二代目団長、《黒の竜剣士》に戻ったキリトは倒すべき敵、止めるべき者に向き直った。リラン同様白き巨龍と化しているエクセリオン/ヴァンは、驚いたように目を見開いていた。その項に居るエイジも同じような様子だ。皆がかつてのSAOの姿を取り戻したのが信じられないのだろう。

 

 エイジとヴァンで奪い尽くしたはずの物が、自分達に持たされている状況に追いつけないのだ。それはこれ以上ない好機だった。

 

 

「皆、やるぞッ!!」

 

 

 《SA:O》のとは異なっている懐かしき重さ――《エリュシデータ》と《ダークリパルサー》を抜き払い、キリトはリランの項へ飛び乗った。それを皮切りに戦士達が一斉に飛び出し、エクセリオンへ向かう。

 

 

《き、き、さ、ま、らあああああああああッ!!!》

 

 

 エクセリオンはヴァンの《声》で怒り出し、開かれた咢から光熱ビームを照射、薙ぎ払う。その先に居たのはリーファ、サクヤ、アリシャ、スメラギの四人だったが、四人とも妖精だからこそ出せる機動力で回避してみせた。

 

 エクセリオンは四人を追って首を動かすが、その背後に現れる者達が居た。ユウキ、カイム、ジュン、シウネー、タルケン、ノリ、テッチの七人。

 

 役割がそれぞれ異なっているはずの七人が一斉にエクセリオンの背後へ突っ込み、攻撃を仕掛けた。

 

 テッチとジュンの打撃攻撃でエクセリオンの足の尻尾の甲殻を砕き、タルケン、ノリの刺突、シウネーの水魔法が追い打ちを仕掛けて、細胞の結合を弱くする。

 

 そして最後にユウキとカイムの二名が飛び込み、それぞれ見た事のない構えで剣と刀に光を宿らせる。

 

 

「「はああああああッ!!」」

 

 

 二人は咆吼を伴わせてエクセリオンの尻尾へ刺突を繰り出していく。彼女らの剣と刀によって、特殊な紋様が作られていく。そういえばあのようなソードスキルを、オリジナルソードスキルとしてユウキが編み出したという話をカイムから聞いた。そうだ、その名前は――。

 

 その最後の一撃が放たれると同時に、エクセリオンの尻尾が切断された。

 

 

 オリジナルソードスキル《マザーズ・ロザリオ》。

 

 

 その炸裂を受けたエクセリオンは悲鳴を上げ、《HPバー》の五本目を失った。

 

 すかさずリズベット、シリカ、フィリア、ストレア、レインの五人がエクセリオンの右手に、ディアベル、エギル、クライン、イリスの四人が左手へ回り込み、一斉にソードスキルを放った。

 

 それぞれ属性の異なった虹色の爆発がエクセリオンの両手を襲い、《HPバー》は四本目が無くなる。この時点で既に快挙だった。

 

 猛攻を受けたエクセリオンはすぐに体勢を立て直し、回復姿勢を作った。《英雄の使徒》からHPを吸収するつもりだ。

 

 だが、そこへリーファ、サクヤ、アリシャ、スメラギ、セブンによる魔法攻撃が叩き込まれた。風、水、光の三属性最強魔法の一斉発動によってエクセリオンを風刃が、水と光のレーザーが襲った。

 

 回復行動のせいで防御にも移行できなかったエクセリオンは体勢を崩し、(ひざまず)いた。更に天へ伸びていた首の触手が千切れて消失していく。

 

 

「ヴァンへのダメージは《英雄の使徒》にも行っていました! それで今、スタジアム内の《英雄の使徒》の全滅を確認しました! チャンスですッ!!」

 

 

 ユイが叫ぶや否や、体勢をなんとか立て直したエクセリオンへアスナ、ユピテル、プレミア、ティアの四人が飛び込んでいった。エクセリオンは傷付いた右手を振り上げて叩き付ける。間もなくアスナ達の居る地面が白く光り、光熱の爆発が起きた。が、その時既に四人はジャンプして逃れつつ、エクセリオンの目の前にまで飛翔していた。

 

 敵を眼前に捉えているのはエクセリオンも同じだった。アスナ達目掛けてブレスを放とうとするが、その寸前でエクセリオンの顔は爆発した。

 

 シノンとシュピーゲルの遠距離組が死角より攻撃を仕掛けていた。そんなものに対応できていたわけもないエクセリオンはブレスを照射できず、無防備になった。

 

 そこへアスナとプレミアによる細剣のソードスキル、ティアによる大剣のソードスキル、そしてユピテルの雷撃がぶち込まれた。血盟騎士団という強大ギルドの副団長アスナ、その指導によって力を持ったプレミア、人との繋がりを得て強さを手に入れたティア、全てを取り戻したユピテルの四人による攻撃によって、またしてもエクセリオンを虹色の爆発が襲った。

 

 《HPバー》は既に一本の半分を残すだけになっていた。

 

 

「リランッ!!」

 

 

 キリトが号令すると同時にリランは飛び上がり、上空からエクセリオンへ飛び込む。途中でキリトはリランを蹴って宙へ飛んだ。エクセリオンとの距離が瞬く間に縮まる。

 

 SAOが始まった時に開かれた地獄に一人立ち向かったヴァン。血盟騎士団として戦い、大切な人を守ろうとしたノーチラス。その悲願とも言える計画を、終わらせる時だ。エクセリオンに接敵した時、キリトは咆吼していた。

 

 

「はあああああああああああッ!!」

 

 

 水色の眩い光を双剣に宿し、エクセリオンを移動しながら斬り刻む。リランもまた従える六つの剣で続く。二人による斬撃の嵐が、エクセリオンの白き衣を、甲殻を、全てを斬り裂いていった。

 

 もう、終わらせよう。

 

 もう、これ以上の暴挙に身を落とすな。

 

 十五撃目を放ち、最後の一撃を放つ姿勢となる。目の先にあるは、エクセリオンの額。エクセリオンの目は既に定まっておらず、エイジは俯いていた。その額へ向けて、キリトは最後の突きを放った。

 

 

「だああああああああッ!!!」

 

 

 水色の光となった刃が、エクセリオンの額に突き立てられた。そしてリランの最後の一撃も放たれ、エクセリオンの額を更に穿(うが)った。

 

 

 十六連撃二刀流ソードスキル《スターバースト・ストリーム》。

 

 

 その最後の一撃を受けたエクセリオンは、悲鳴を上げずに後方へ飛ばされていった。やがてその身体が壁へ激突すると、《HPバー》が完全にゼロになったのが確認できた。多数の戦士達が集まる闘技場に静寂が取り戻される。

 

 しかし、それはすぐさま歓声によって切り裂かれた。

 

 

「やったあああああああああああッ!!!」

 

 

 ALO、《SA:O》、他のゲームより集められた戦士達、信頼する仲間達の声だった。五十近くに及ぶその歓声が、闘技場を揺らしていた。エクセリオンの《HPバー》は既に消失し、動き出す気配もない。姿は土煙に隠されたままだが、確認するまでもなかった。

 

 キリトは脱力したようにその場に座った。ついに終わった。ついにエクセリオン――ヴァン、その主人であるノーチラス/エイジを止める事が出来たのだ。SAO生還者達は助かったし、自分達の記憶もこれで取り戻される。一人安堵するキリトに、仲間達は駆け寄ってきた。誰もが達成感に満ちた顔をしている。

 

 

「キリト……!」

 

 

 最初に声を掛けてきたのはシノンだった。SAOでの記憶を奪われているはずだが、シノンの容姿が懐かしいものであるというのはわかる。

 

 皆もそうだ。SAOを共に生き延び、乗り越えた仲間達、友人達。その事実だけは奪われていなかった。またしても皆で困難を乗り越える事が出来た。

 

 その中で、SAOの後に出会った者達に、キリトは声を掛けた。サクヤ、アリシャ、スメラギ、セブン。

 

 

「サクヤさん、アリシャさん。来てくれてありがとうございました。スメラギとセブンも、ありがとうな」

 

 

 そのうちセブンに至っては改造対象であるティアの背中におんぶされて寝ていた。疲れが限界に来たようだった。そんなティアの横でプレミアが嬉しそうにしていた。

 

 

「キリト、わたしとティアは、キリト達にお供できるようになりました。これからもよろしく、です」

 

「あぁ、プレミアもティアも良かったな。セブンに感謝するんだぞ」

 

 

 キリトに言われたプレミアとティアは喜んでいたが、スメラギは不服そうだった。

 

 

「全く、セブンはまだ十三だぞ……三日徹夜して作業など、やっていい事ではない」

 

「そこを君がサポートしてくれてたんだろ? ありがとう、スメラギ君」

 

 

 セブンに無茶をやらせたイリスが笑み掛けるが、当然スメラギは「誰のせいだ!」と軽く怒っていた。間もなくして、キリトに声を掛けた者が現れる。ユイ、ストレア、ユピテルの三人だ。キリトはふとスタジアムの状況を思い出した。《英雄の使徒》は、SAO生還者はどうなった。

 

 

「ユイ、スタジアムの方はどうなったんだ」

 

「《英雄の使徒》は先程も言ったように全滅しました。SAO生還者の皆さんも無事です」

 

 

 その言葉にキリトは胸を撫で下ろした。ヴァンとエイジの計画を阻止する事には成功したようだ。

 

 

「それじゃあ――」

 

 

 答えたのはストレアだった。喜びに満ちた表情をしていた。

 

 

「うん! 後は皆の記憶が帰ってくれば全部解決だよ!」

 

 

 そうだ。元はと言えば、こここそがSAO生還者の記憶の集積所であり、ここで彼らを止めれば、記憶を取り戻せるという算段だった。だが、そこでキリトは気が付いた。

 

 

 ――記憶が戻ってきていない気がする。

 

 

 ヴァンを、エクセリオンを確かに倒したはずなのに、何も起きてない。

 

 これはどういう事だ――その疑問に気付いたように、アスナとユピテルが声掛けしてきた。

 

 

「キリト君、記憶の方はどう?」

 

《SAOの頃の事を、思い出したでしょう?》

 

 

 キリトは首を横に振るしかなかった。皆が驚きの声を上げるが、そうするしかなかった。

 

 

「それが、記憶が戻って来てないみたいなんだよ」

 

「な、なんで? あいつらは確かに倒したじゃないか」

 

 

 カイムに言われても、キリトは首を傾げる他ない。倒すべき敵を、記憶を守る敵を倒したはずなのに、何も起きないとは。

 

 これは一体どうなっているのか。

 

 

「み、み、皆ッ!!」

 

 

 フィリアがある一点を指差して叫んでいた。そこはエクセリオンが吹っ飛んでいった土煙のあるところだったが、次の瞬間にもうもうと立ち込めていた煙は切り裂かれるように消失、そこから上空へ飛び出す影があった。

 

 その正体はすぐに割れて、全員が絶句する。

 

 

 ――エクセリオンだ。

 

 

「ヴぁ、ヴァンッ!!?」

 

「え、エイジッ!!?」

 

 

 声を出したのはユイとキリトだった。倒したはずの、《HPバー》がゼロになっているはずのエクセリオンは、ぼろぼろの身体で飛んでいた。その項にエイジの姿もあった。エイジもまたぼろぼろになっていたが、姿勢を保ち、こちらを見下ろしていた。その目は憤怒で染まり切っていた。

 

 

「あぁ、あぁそうだ。そうだとも……僕が、僕達が復讐したかったのは、その姿のお前達だ。ずっと待っていた、出てくるのを……」

 

 

 エイジは立ち上がり、叫んだ。その声は闘技場全体に響いた。

 

 

 

「僕達から悠那を奪い取ったお前達は、その姿だったッ!!!」

 

 

 

 直後、その声に背中を押されたように、エクセリオンが咢を開き、下を向いた。その身体の奥より白い熱の奔流が発せられ、闘技場を包んでいった。激しい白き熱風を浴びせられ、キリトは、仲間達は後ずさりする。エクセリオンとエイジの最後の抵抗が、これだけなわけがない。これは何かの前動作なのだ。

 

 キリトが目を開けた時、その予感は当たった。白き熱風を吐き出していたエクセリオンが少し上昇して胸を膨らませて、再度顔を下に向けた。

 

 

 エクセリオンの身体の奥から、一粒の光が零れた。

 

 

 眩い白い光を放つ珠は、それまで出されていた熱流より遥かに遅く、ゆっくりと落ちていく。

 

 

 あれが地面に接触して、破裂した時、何が起こるか。キリトの頭はいつにもなく回転していた。

 

 あれはきっと、ブレス系の技。究極のブレスだ。エネルギーを超高圧縮して放つ。圧縮されたエネルギー塊が破裂する時は、エネルギーが解放される時。

 

 つまりそれは――瞬時に予想したキリトは、叫んでいた。

 

 

「皆、逃げ――――ッ」

 

 

 キリトの声はかき消された。エイジの声だった。

 

 

 

「これで、エンディング(バッドエンド)だ」

 

 

 

 光珠は地面へ落ちた。猛烈な光が放たれ、すべてが白一色に染め上げられた。

 

 

 逃げ出せた者は、いなかった。

 

 

 

 









 次回『ノーチラス』









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