キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 例によって、大幅改変。

 


15:愛おしき歌姫

         □□□

 

 

「おい、いい加減起きろ、二人とも――」

 

 

 そんな呼び声を受けて、鋭二/ノーチラスは目を覚ました。仰向けになって寝ていたせいで、目を開けて早々見えてきたのは天井だった。割と良質な木材で出来ているような見た目で、安心感があるように思える。すっかり見慣れたものだった。

 

 

「んー……」

 

 

 上半身を起こして、眠い目のままベッドのすぐ傍を見る。自分が寝ていたベッドのすぐそばに、一人の少年が姿を見せていた。黒いセミロングの髪を肩に垂らし、前髪で右目を隠しているヘアスタイル。

 

 確認できる左目はオレンジ色で、服装は白一色の少年らしいもので、室内に居るにも関わらず、白いケープを着ている。フードは取っているが。

 

 出会った時から思っている、アンバランスな服装の少年に、ノーチラスは挨拶した。

 

 

「あぁ、おはよう、ヴァン」

 

 

 ヴァンは少し呆れたような顔をしていた。あまり見ない表情だ。

 

 

「お前達、あまりに遅起き過ぎると思うぞ。このところ毎日こうじゃないか」

 

 

 ノーチラスは右手でフリック操作し、ウインドウを呼び出した。時刻は朝の八時四十分。これまでの起床時刻だった七時三十分から一時間十分も遅れている。だが、それくらいまで寝ていないと、どうにも駄目なのだ。

 

 

「仕方がないだろ。攻略の最前線はきついんだ。そこから第一層のここまで戻ってくる時も、結構疲れるんだ」

 

 

 ヴァンは深く溜息を吐いて、腕組をしてきた。

 

 

「確かに攻略を進めるのも大事だし、皆のために歌うのも大事だ。だが、全部命あっての物種なんだぞ。そんなになるまでやるのは危険だ」

 

 

 ヴァンは自分以外の者にも言っているようだった。ノーチラスはちらと自身の隣を見る。左方向にもう一つベッドがあり、その上に人が寝転がっていた。ヴァンはこの者にも言っているようだが――本人に聞こえている様子はない。

 

 気付いたノーチラスはヴァンに伝えた。

 

 

「ヴァン」

 

「なんだ」

 

「まだ起きてない」

 

 

 苦笑いしたノーチラスに言われるなり、ヴァンはもう一度呆れたように溜息を吐き、ノーチラスの隣のベッドに歩み寄った。その時、丁度ベッドの上の人が寝返りを打ち、ノーチラスに顔を向けてきた。

 

 幼い時からずっと見てきた顔と完全に同じ、愛おしい顔。この前を境に、もっと愛おしくなった人。自分の全てになった少女――。

 

 その人に近付いたヴァンは柔らかく拳を作り、とんとん、と少女の額の近くをノックした。そんな起こし方でいいのかと思ったが、ノーチラスが言うより先にヴァンは声を出す。

 

 

「ユナー、いい加減起きろー。もうすぐ九時になるぞー」

 

 

 顔と同じ呆れの混ざった声で彼は彼女を起こそうとする。それは一度目で効果を成した。彼女はゆっくりと瞼を開き、明るい茶色の瞳を見せてきた。まだ夢とこの場の境にいるかのように寝ぼけている様子だ。それはとても、愛おしく感じられる様だった。

 

 

「ユナ、もう起きる時間だよ」

 

「……んぇ……」

 

 

 彼女を夢からこちらへ戻すように声掛けすると、彼女はゆっくりとうつ伏せの姿勢から起き上がり、ベッドへぺたん座りをした。そのまま片手で口許を覆い、可愛らしく欠伸(あくび)をしつつ、もう片方の腕を上に突き上げて伸びをする。まるで猫が目を覚ましたかのようだ。

 

 それが終わった頃、ようやく彼女はノーチラスとヴァンに目を向けた。

 

 

「おはよ、エーくん、ヴァン」

 

 

 彼女にそう呼ばれたノーチラスは、微笑んだ。いつもの呼び方で呼ばれているだけなのに、とても心地よく感じられた。

 

 

「おはよう……ユナ」

 

 

 少女――ユナは笑みを返してきてくれた。

 

 かつてはユナとは同じ宿屋に泊まっていても、別々の部屋を使うようにしていた。それは自分達のような男女にとっては当たり前の事だ。だが、ノーチラスとユナは今、同じ部屋で寝泊まりするようになっていた。ユナがそう頼んできたからだ。

 

 ノーチラスは最初驚いてしまったものだが、今はすっかり慣れて、日常の一つとしている。

 

 

「おはよう……だが、最早()()()()だ」

 

 

 そしてその部屋にいるのは、ノーチラスとユナだけではない。このヴァンが三人目の住人であり、一緒に寝泊まりしている存在だった。そしてこのヴァンこそが誰よりも早起きであり、こうして自分達を起こしに来るのだ。

 

 これまでのノーチラスからすれば考えられないようなやり取り――それは今や、毎日の始まりの一つだった。ユナの起床を認めたヴァンは両手を腰に当てる姿勢を作った。

 

 

「二人とも、早く着替えてくれ。ラウンジに行くぞ。朝飯だ」

 

 

 間を置かずユナが首を傾げてみせた。

 

 

「あれ、ヴァン。まだ朝ご飯に行ってなかったの」

 

 

 ヴァンは少し俯き加減になって、ノーチラス達から顔を逸らした。

 

 

「……一人で食べに行く事はできる。だが、お前達と一緒に食べた方が美味く感じられるんだ」

 

 

 ノーチラスは思わず微笑んだ。つまりヴァンは三人で食事をしたいから、起こしに来ていたのだ。自分とユナの二人の食事もいいが、ヴァンが加わった三人での食事の方がもっと心地が良い。ノーチラスもヴァンと同じ事を考えていた。

 

 

「そうだね。僕も君が一緒の方が良い。三人一緒が一番だ」

 

「私も私も! 待たせちゃってごめんね、ヴァン」

 

 

 そう言ってユナはウインドウを展開して操作する。直後、ユナの顔から下を白い光が包み、着ている服が戦闘にも使う服の下に着ている物となった。その光が起きた瞬間、ノーチラスはぎょっとしてしまい、思わず顔をユナから背けてしまった。

 

 

「ノーチラス、お前なんで今顔をユナから逸らした?」

 

 

 背けられた顔と自身の顔を合わせ、ヴァンが尋ねてきた。対する答えなど決まっている。

 

 

「だって、女の子の着替えを見るのは、男として駄目な事じゃないか」

 

「そうだが……お前、ユナにまでそんな事をする必要はないだろう」

 

 

 ヴァンに続けてユナまで声をかけてきた。背中に気配を感じる。

 

 

「そーだよ、エーくん」

 

 

 ノーチラスは少しだけ振り返った。少しきょとんとしている様子のユナの顔がそこにあった。覗き込まれているとは思ってもみず、ノーチラスはもう一度ぎょっと驚いてしまった。

 

 

「私、別に気にしてないよ。着替えだって全部見えてるわけじゃないし」

 

「ゆ、ユナ。なんでそんなにオープンっていうか、気にしないんだ」

 

 

 そんな問いかけに、ユナは柔らかい笑みで答えた。

 

 

「だって、見てるのがエーくんだもん。大切な、エーくんだもん」

 

 

 少しだけ――と言っても一目でわかるくらい――顔に桃色を差させ、ユナは言った。静かで柔らかくも、はっきりと聞こえる、優しい声。耳にしたノーチラスははっとして彼女に向き直る。

 

 ユナは続けた。

 

 

「私の歌を誰よりも近くで聞いてくれて、私の手をしっかり握ってくれて……私を好きって言ってくれて……誰よりも私と繋がりを持ってくれた、エーくんだもん。だから恥ずかしい事なんて、全部じゃないけど、全然無いよ」

 

「……ユナ」

 

 

 ノーチラスはユナをじっと見つめていた。愛おしさが胸に込み上げてきて、暖かくなる。生まれて初めて、そんな感覚をくれたのが、目の前に居るユナだ。彼女以外の誰にも、この気持ちと感覚を抱く事はなかった。両親にさえ。

 

 つい最近知る事になったこの気持ちと感覚が、ノーチラスは大好きだった。だからこそ、この気持ちと感覚をくれるユナはもっと大好きで、かけがえがなくて、愛おしかった。だから自分はあの時――。

 

 そのノーチラスの思考を遮るように、ユナはもう一度言ってきた。

 

 

「ねぇエーくん。もう一回聞かせてほしい。エーくんの気持ちが、もう一回聞きたいんだ」

 

 

 ユナの頼みを、勿論ノーチラスは受け入れた。一度伝えた気持ちを、もう一度伝える。頬に桃色が差している、愛おしき彼女へ。

 

 

「――僕は君が好きだ。幼稚園のときから今までずっと好きだった。だから、これからずっと一緒に居たい。ずっと一緒に生きていきたい」

 

 

 ノーチラスはユナの瞳に自身を映した。同じように自身の瞳にユナが映っている。

 

 

「そして、君の歌を誰よりも近くで聞いていたい。だから、君とずっと一緒に居たい。いつまでも君の傍に居たい」

 

 

 ユナは少しだけ首を傾げた。表情は柔らかいもののまま、変わっていない。

 

 

「……それなら、結婚しないといけないね。私との結婚、してくれる? エーくん」

 

 

 ユナと結婚したいかどうかなど、言われるまでもない。ノーチラスはユナの手を取り、胸の前まで持ってきた。

 

 

「勿論だよ。出来る歳になるまで一緒に居て……出来るようになったら、結婚しよう」

 

 

 ユナに笑みはかけなかった。気が引き締まり、それが出来なかったのだ。今、ユナに言った事を現実するには、大きな大きな壁が存在している。

 

 

「そのためにも、このデスゲームを終わらせよう。一緒にこのデスゲームを終わらせよう。そのために僕は、君を守る。デスゲームが無事に終わって、ログアウトがされるまで、君を守り続けるよ」

 

 

 僕はユナを守る騎士だ。この狂ったデスゲームを終わらせるその時まで一緒に居て、彼女と共に戦場へ降り立ち、彼女を守る剣と盾として戦う。それこそが僕のやるべき事であり、僕の使命だ――ノーチラスの胸には、そんな決意が出来上がっていた。

 

 その決意はユナにも届いたようだった。ユナは笑みを浮かべ、柔らかく口を開けた。

 

 

「じゃあ、私はエーくんのために歌うね。今日も明日も、デスゲームが終わるまで――ううん、デスゲームが終わった後も、いっぱいエーくんのために歌う、歌姫になる」

 

 

 広くて大きなライブステージで歌を披露し、そこに集まった無数のお客さんに歌を聞かせる事――ふとした時に聞いたユナの夢がそれだ。今のユナの言っている事はその時と違っているように思え、ノーチラスは少し疑問を抱いた。

 

 

「すごく大きなところで歌うのが、夢だったんじゃなかった?」

 

「うん。それは変わってないよ。大きなライブステージにたくさんのお客さんを集めて、思い切り歌いたいっていうのが私の夢。っていうのを、前に話したけど――」

 

 

 ユナはもっと笑んだ。眩しいくらいの、弾けるような満面の笑みだった。

 

 

「エーくんには、最初のお客さんになってほしいの。私に一番近い席で歌を聞いてくれる、特等席のお客さんに!」

 

 

 普段はプロスポーツの大会で使われるようなスタジアムの真ん中で、ユナが思い切り歌う。そんなユナを一番前の席で見て、その歌を聞く。ノーチラスはその時の事が今から想像できて、胸が弾んだ。是非ともその時が現実になってほしい。

 

 

「それで、そこには勿論――」

 

 

 ユナはそう続けて、がばっと何かを両手で抱き締めた。ヴァンだった。それまで呆れたような顔をしていたヴァンは、完全にきょとんとしたような顔をしていた。そんなヴァンにユナは語り掛ける。

 

 

「ヴァンも一緒だよ。ヴァンもエーくんと一緒に、私の歌を誰よりも聞いてくれる人だから……。

 それにね、私、今みたいにずっと一緒に暮らしていきたいんだ。エーくんと私とヴァンの三人で、ずっと一緒に生きていきたい」

 

 

 ヴァンは小さく「ユナ」と言った。ユナの思っている事は、ノーチラスもまた思っていた事だ。今この時を迎えられているのは、ヴァンが自分達のところへ来てくれたからだし、ヴァンが近くに居てくれているからだ。

 

 だから現実に帰った後も、ヴァンと一緒に居たい――ユナもまたそう思ってくれているのが、ノーチラスはこれ以上なく嬉しかった。

 

 

「僕も同じ気持ちだ。僕とユナとヴァン、ずっとこの三人で暮らしていきたい。いや、暮らしていこう、三人でずっと一緒に……」

 

 

 ヴァンはぱちぱちと瞬きを繰り返したが、やがてユナの身体に手を回し、抱き締め返した。

 

 

「……そういうのは全部終わった後で言わないと、縁起が悪いんだぞ……けれど、そう言ってくれたのは、素直に嬉しい……」

 

 

 ヴァンはぎゅうとユナの服を握り締めた。

 

 

「おれもそうしたい。おれもノーチラス、ユナ、お前達と一緒に生きていきたい。このアインクラッドの外で、三人一緒に暮らしていきたい。

 だから、約束しろ。絶対に死ぬな。二人とも百層に昇り付いて、このデスゲームを終わらせろ。お前達にしてやれる事がないおれが言ったところで烏滸(おこ)がましいだけだが……死なないって約束しろ」

 

 

 ノーチラスもユナも頷いた。この城を登り詰め、最後まで辿り着く事が出来れば、素晴らしい現実が待っている。それを掴むためにも、戦うのだ。この二人のために戦い、ユナを守り、生き延びてやる。彼女の盾と剣として――。

 

 ノーチラス/後沢(のちざわ)鋭二(えいじ)は改めて決意を抱いた。

 

 

 

 

          □□□

 

 

《――――、――――》

 

 

 地下駐車場にまで聞こえてくる歌で、鋭二/エイジは目を覚ました。ここに至るまでの記憶を再生する。ついに運命の日を迎え、起こりうるその時のために、ここへ来ていた。

 

 少し朝早く起きてここに来たせいか、若干の眠気があった。鎧のおかげで身体は軽いままだが、疲れは多少あったようだ。その疲れのために腰を下ろしたところ、そのまま転寝してしまったらしい。どれくらい寝たのかは定かではない。

 

 だが、聞こえてくる歌はスケジュール内の二曲目にあたるものだ。一曲目の中盤辺りから寝ていたようなので、大して時間は経過していない。そんなごく短時間でも、眠って良かったようだ。意識がしゃきっとしている。

 

 

「……ユナ」

 

 

 夢に出てきた想い人の名をエイジは口にしていた。あの時喪われた想い人は、この日この時を(もっ)(よみがえ)る。そのために自分達はここまでやってきた。どんなに辛くて険しい道も、乗り越えて来られたのだ。

 

 エレベーターで昇る事で辿り着く新国立競技場、ファーストライブ会場は儀式の間だ。この歌声響くライブこそが儀式であり、歌はそのための歌。そして観客達は全て儀式のために集められた供物(くもつ)なのだ。その誰もがこの事を知らない。ただのARアイドルのファーストライブにしか思っていないのだ。そういうふうに偽装されているのだから。

 

 寧ろ丁度良い。何も知らないで日々をのうのうと生きている愚者共が供物として生贄となり、喪われし人が蘇るのだから。その人の命と比べれば、供物共の命など大した事がない。

 

 儀式の間、儀式の歌、そして供物となる生贄、その人のための記憶。必要なピースは集められた。後は時間の問題だ。

 

 

「もうすぐだよ、ユナ……頑張ってくれ、ヴァン……」

 

 

 大切な想い人、大切な存在の名を口にし、エイジは瞳を閉じようとした。しかし同時に聞こえてきたエレベーターの到着音がその瞳を開かせた。複数の足音が聞こえてくるのと同じくして、エイジは立ち上がり、顔を上げた。

 

 ――エイジが呼んだ、姫騎士の姿がそこにあった。

 

 かつて想い人が喪われた世界にてエイジが所属していた組織、血盟騎士団の二代目団長、その夫人をしていた少女。英雄を王子と例えるならば、姫となるモノ。

 

 当時と何も変わっている様子がない姫は、静かな足音を立ててエイジの許へ歩み寄ってきていた。

 

 

「約束通り、来てやったわよ。腕づくでも返してもらうわ、キリトの記憶を」

 

 

 姫事シノンはすぐにそう言った。その時エイジは気付いた。シノンの後ろにもう一人居る。それはシノンの後ろから出たと思うと、その隣に並んだ。金色の髪をショートボブにしている、青い目の少女。血盟騎士団には居なかったが、結局キリトと行動を共にしていた攻略組、フィリアだった。数日前に記憶を奪おうとしたが、結局奪えなかった存在だ。

 

 

「ふぅん……二人で来たんですね、血盟騎士団団長夫人シノンさん。一人では勝てないと思ったのですか?」

 

 

 エイジに向けて首を横に振ったのはフィリアの方だった。攻撃的な目をしている。

 

 

「ううん、シノンが誘ったんじゃない。わたしが自ら立候補したのよ。あんたの事が許せないから」

 

「という事は、貴方も僕の送ったメッセージを見たって事ですか」

 

 

 昨日の夜、妙なくらいに《英雄の使徒》が狩られる状況が発生した。確認に向かったところ、このシノンを中心にした集団が《英雄の使徒》を狩って廻っているというのがわかった。《英雄の使徒》と戦い、倒して廻る。それは自分達の進める計画の阻止を目論んでいるからだというのをヴァンが判断した。

 

 エイジは対応を迫られたが、逆にそれを利用しようと思った。シノンの記憶を奪い取っても意味はないが、シノンの記憶を抜き取れば、暴れ廻る元攻略組を鎮圧する事が出来る。今日、この儀式を邪魔する者を消し去る事が出来る。

 

 だからエイジはシノンにダイレクトメッセージを送ったのだ。『今日のファーストライブが始まったら、地下駐車場に来てみろ。そこで僕に勝つ事が出来たなら、英雄キリトの記憶を返してやる』と。

 

 その誘いをシノンが受けるかどうかは半信半疑だったが、答えはたった今出た。こいつらはまんまと引っかかった。

 

 

「そこまで熱心に僕に迫ってくるなんて、よっぽど血盟騎士団二代目団長が気に入っていらっしゃるんですね。何か特別な思いでも持ってるんですか?」

 

 

 フィリアは顔色一つ変えなかった。

 

 

「キリトはわたしの命を救った恩人なの。その恩人の記憶を、あんたが奪い取ってるのよ。死の恐怖を克服せずに戦えなかったくせして、今更こんな事をしてるあんたが許せない。

 ……さっさとキリトの記憶を返しなさい、ノーチラス!」

 

 

 ノーチラス――その言葉にエイジは思わず反応してしまった。ノーチラスなんて名前は捨てた。今の自分は何もできなかった頃の弱い自分ではない。

 

 

「今の俺はエイジだ! その名前で呼ぶなッ!!」

 

 

 エイジの叫びは地下駐車場に木霊した。思わず出した声は想像以上に大きかったらしい。その反響で我に返ったエイジは、二人の姫に向き直る。

 

 

「……随分昔の話を出すんですね。よっぽど僕なんかの事を詳しく調べたみたいで。けれど、その情報は古いですよ。今の僕は当時の僕とはまるで違います。ランクを上げれば上げる程強くなるオーディナル・スケールで、僕は二位を取ってるんですよ」

 

 

 二人はほぼ同時にウインドウを操作し、エイジに見せつけてきた。オーディナル・スケールのランキングだった。シノンは五位、フィリアは六位となっている。どちらもオーディナル・スケールでは猛者に入るが、エイジには及んでいない。

 

 

「あんたとの差、そんなにないけど?」

 

「《英雄の使徒》を狩りまくって上げたってところですか。流石元攻略組なだけあります。けれど、それで僕に勝てると思ってるんなら、思い上がりも甚だしいですよ」

 

 

 わざとらしく挑発してやると、フィリアが身構えに入る。

 

 

「あんたこそ、《使い魔》はどうしたの。あんただってキリトと同じ《ビーストテイマー》じゃない。もしかして逃がした?」

 

 

 エイジは懐のロッドに手を伸ばした。今となってはどの武器よりも手に馴染んでいる。それを懐の中で握り締める。

 

 

「貴方達を相手にするのに、ネモの力を借りる必要なんてないんですよ。貴方達は《使い魔》不在の《ビーストテイマー》に負けるんです」

 

「ネモ……それがあんたの《使い魔》の名前? ノーチラスにネモって、洒落が効いてるわね」

 

 

 シノンの反応にエイジも思わず小さく笑った。彼女は随分と文学に精通しているらしい。エイジの《使い魔》の名前であるネモとは、『海底二万(マイル)』の一番の主要人物の名前だ。

 

 潜水艦ノーチラス号を自らの手で作り上げ、それの艦長となっている人物であるが、その正体はインドのバンデルカンドの王子だとされる彼は、その過去を乗り越え、ラテン語で『誰でもない』を意味する『ネモ』を名乗った。

 

 迫害され、穢れた貴族に奴隷にされた過去を乗り越え、今へ逆襲する誰でもないモノ。それがネモであり、エイジの《使い魔》だ。

 

 

「気付いてくれてありがとうございます。けど、与太話はこれで終わりです。後は貴方達が僕に負けて、キリトと同じように記憶を奪われるだけです」

 

 

 エイジはロッドを引き抜き、ぶんと振った。

 

 

「……僕達ための生贄になれ、元攻略組」

 

 

 同刻、シノンとフィリアもロッドを引き抜き、身構えた。そして三人同時に、言い放った。

 

 

「「「オーディナル・スケール、起動ッ!!!」」」

 

 

 





――原作との相違点――

①エイジの告白と願いがアインクラッド攻略時に成就している。

②エイジとユナが”ほぼ”結婚生活をしていた。

③「ユナを守り、愛し、現実世界へ帰る」という使命が、エイジにあった。

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