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「くそッ!!」
少年――ヴァンが研究室の棚を殴り付けた。仮想世界の存在でしかない彼は、物理的には何の影響も起こせていないが、オーグマーを装着していれば違った。ヴァンの拳は棚に入り込み、穴を開けていた。それくらいの怒りを、彼はぶつけていた。
そんなヴァンの事実上の持ち主となっている
数年前までは未成年だったので飲めなかったが、今はこういう酒なども飲めるようになった。ビールは三十代にならないと旨味がわからないという話だが、鋭二は二十代になったばかりなのに、理解できていた。
「ヴァン、そんなにかりかりするんじゃない。目的の物は取れたじゃないか」
一息吐いてヴァンに言うが、ヴァンの怒りは収まらなかった。
「取れてないだろ! 《閃光》のが、《閃光》のが取れなかった。またクソ兄貴に邪魔された!クソ兄貴のせいで、《閃光》のを手に入れられなかったんだ!」
ヴァンの怒りの原因は既にわかっている。昨日の戦いの時に現れた《閃光》。血盟騎士団の副団長を務め、《閃光のアスナ》と呼ばれていた彼女から、目的の物を取れなかったのだ。
普通は簡単に
「確かにアスナさんから取れなかったのは痛かったな。けれど、最大の目的からは奪い取れたじゃないか。血盟騎士団二代目団長……《黒の竜剣士キリト》から」
アスナを超える者として血盟騎士団の二代目の団長を務め、白き竜を駆り、攻略組の希望であった剣士キリト。その記憶を掠め取る事は出来た。キリトから記憶を取れたおかげで、計画の進行度は一気に四十五パーセントから七十パーセントまで上昇した。
これは鋭二にとってとても喜ばしい事であり、すかっとする出来事だった。しかしそうであっても、ヴァンにとっては違った。
「そうだ。だけどアスナから取れていれば、もっと進んでいたぞ。それをあいつが、クソ兄貴が邪魔しやがったんだ。クソ兄貴が邪魔しなければ、八十かそこらまで進んでたんだぞッ!」
ヴァンの苛立ちの原因はそこに帰結している。アスナの記憶を奪おうとした際に、彼女の《使い魔》がオーグマーに向けて防壁を張って阻止してきたのだ。
その《使い魔》こそがヴァンがクソ兄貴と呼ぶ存在であり――そのクソ兄貴に邪魔をされた事が、ヴァンにとっては一番気に入らない出来事だった。
「落ち着け、ヴァン。お前はもうそのクソ兄貴よりも、クソ姉貴達よりも強い。いくらでも叩きのめせるくらいになっているんだ。だが慌てたり焦ったりすれば、それこそ奴らの思う壺だぞ。奴らは焦りを隙として突いてくる。そうやって強いモンスターを叩きのめしてきたんだからな」
彼らより強くはなれたが、油断はできない。いつどこで先を行こうとしてくるか、どこを突いてこようとするか。いついかなる時も隙を見せてはならない。かつてSAOで目の前にしていたモンスター達のどれよりも、彼らは強いのだから。
それはヴァンもわかっていたようで、彼は棚から拳を引っこ抜いた。既に落ち着きを取り戻しつつあった。
「くそ……次は絶対にやってやる。次こそ、絶対に……!」
ヴァンは拳をぎゅうと握り締めた後に、鋭二に振り向いた。
「……鋭二、そんなものを飲んでいていいのか。午後からも講義はあるだろ」
ヴァンの言うとおり、鋭二はこの大学の生徒の一人であり、講義を受ける者だ。だが、午前の内に必要な講義は終わってしまっており、午後からはフリーになっている。だからこそこんな昼間から缶ビールを空けて、飲んでいるのだ。
しかし、このビールには人を酔わせる力はない。一般的に未成年者が飲んではいけないとされているけれども、実は未成年者でも飲む事自体は可能ではある――そんな物が入った缶を、ヴァンに見せつけた。
「午後からの講義はない。それにこれはノンアルコールビールだ。いくら飲んでも酔いが来ない」
「……そういう事か。それならコーヒーでも飲めば良かったじゃないか」
「これを飲むと、強くなった気がするんだよ。そう、あの時の僕と違う事がわかるんだ。お前もそんな事を感じる時があるだろう」
鋭二はそう言ってヴァンに振り向いた。ヴァンは得意げな顔をしている。
「当たり前だ。おれも今は――」
言いかけてヴァンは止まった。鋭二は思わず首を傾げる。
「どうした、ヴァン」
ヴァンは急に回れ右をし、窓際に駆けた。窓の外に何かあっただろうか。誘われるようにして鋭二も窓へ行き、外を眺める。
東都工業大学の見慣れた外門がそこにあったが――一台の白い車が止まっていた。車のドアが開き、二つの人影が姿を見せる。
「……!」
その人影を目にし、鋭二もヴァンも驚き、敵意が湧いてくるのを感じた。車から出たのは、記憶を失ったはずの英雄と、その付き人だった。
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「オーグマーの危険性、だって?」
午後からの講義の最中、随分と気になる質問をしてきた少年と少女が、
どちらも黒い髪をしており、少年の方は顔のあちこちに傷パッドや絆創膏がある。その体格はまさしくインドア派のそれだ。何か慣れない運動をした結果、無駄な怪我をしてしまったのだろう。
そんな少年の横には、随分警戒心を表に出している少女が連れ沿いのように座っている。少女はまるで少年を守ろうとしているかのようだが、しかし少年の方も少女を守ろうとしているような雰囲気を出している。
ここまではっきりとわかる意志を抱いている少年少女は、この大学に居ただろうか。そんな事を考えながら、徹大は少年に話しかけた。
「ARマシンであるオーグマーに、VR機器とはまた異なった危険性がある……君は先程そう言ったね」
「はい。あの時質問しました」
「それはさっきも言ったように、装着時の事故とかそういう次元の話だろう。現にオーグマーのAR機能によって視覚と聴覚を拡張すると、現実のものが見えなくなる時もあるからね」
「そうではありません。マシンによって拡張された要素が、ユーザーの現実認識を侵喰しかねないという事です。フルダイブマシンは仮想世界を現実にしますが、ARマシンは現実世界を仮想化するものではないのですか」
少年は徹大の答えに食い下がる様子を全く見せてこない。こういう生徒は居た。随分前の研究室に、二人。両方ともとんでもない能力の持ち主で、片方はとんでもない問題児だった。
少年は、その問題児に似ている気がした。
「……その答えを聞きたいがために来たんじゃないね、君は。本当に聞きたい事はなんだね?」
少年は頷いた。鋭い目つきで徹大を睨み付けてくるが、その目付き自体もかの問題児を彷彿とさせてくる。
開発と研究にはまり込めば夢中になり切り、時間と自身の身体が許す限界までどこまでもやるが、それ以外の事にはのんびりとしか対応しない。
そんな特徴を持っていた問題児も、こんな目付きをする時があった。
「はい。今のは俺のただの興味による質問です。本当に聞きたかった事を、単刀直入に伺います。オーディナル・スケールのランキングで二位を取っている、エイジという人物をご存じですか」
「……さぁ」
徹大にとっては答える必要のない質問を流そうとすると、少女の方が口を開けてきた。
「しらばっくれないでください。あなたの研究室にいたでしょう、そんな人が」
そう言って少女は懐から一枚の写真を取り出して、見せつける。徹大とその他大勢の生徒が集まって映っている集合写真だ。だが、それがいつくらいのものだったかは、最早徹大にとって定かではなかった。
生徒など余程の問題児や異端者でない限り、憶えてなどいられないのだ。
「生徒は沢山いるんでね、一々憶えてなどいられないよ。それにもし憶えていたとしても、それは君達に口外できない。この大学の生徒の個人情報に関わる事だ」
少女は不服そうな表情をする。続けて少年が徹大に問いかけてきた。
「それなら、オーディナル・スケールで戦闘不能になったSAO生還者が、記憶障害になっているという事件の話は。オーグマーには一般世間に公表されていない、ユーザーの記憶を無理矢理引き出してスキャンするような機能があるのではないですか」
少年の問いかけを受けて、徹大はようやく気が付いた。
この少年の話は聞いた事がある。総務省のSAO対策課に居る
そして菊岡が言っていた事が本当ならば、この和人こそがあのSAOを終わりに導いたとされる英雄、キリトだ。
目の前にいるのがあのキリトであるというのがこの場の真実だが、しかし徹大は何も感じなかった。
「……そういえば君は、総務省の菊岡君の話に出てきたね。我がキャンパスを見学したいのだとか。今回もその一環じゃないのかね」
「いえ、そうではありません。俺はオーグマーが、SAO生還者の記憶をスキャンして奪い取るものではないかと――」
和人の言い分を徹大は遮った。
「もしそうだとして、何の問題があるというのだね。あのSAOでは惨劇や悲劇が連続して起き、あらゆるモノが狂った人もいるという話じゃないか。それを忘れる事が出来れば、SAOに巻き込まれる以前に戻る事が出来る人だっているんじゃないのかね。
それに君がSAOの話を持ち掛けてきているという事は、君もSAO生還者だろう。ならば君だってその惨劇や悲劇の渦中にいたはずだ。そんなものは忘れたいと思っていたんじゃないか?
それにもし、オーグマーがSAO生還者のSAOの記憶を抜き取る力を持ち、現に君が記憶を抜き取れたと主張するならば……それは
SAOの事なぞ忘れてしまいたい、SAOに巻き込まれる以前に戻りたい――そう思っていたのではないかね?」
そう言ってやると、和人の目は一気に見開かれた。図星を突かれたのか、それとも自分でも気付かないような真実を言い当てられたのか。いずれにしても和人は口を半開きにしたまま言葉を出せないでいた。
和人と一緒に隣の少女も瞠目しきってしまっている。きっと彼らがこれ以上の話をする事は出来ないだろう。次の講義もある。徹大にはあまり悠長にしている時間がないのだ。
立ち上がって、和人と少女に言葉をかける。
「君がこのキャンパスに興味を持ってくれているのは、講師として嬉しく思うよ。だからまた足を運んでもらいたいところだが、次はちゃんと
徹大がそう言うと、和人と少女は荷物を持って立ち上がり、一礼した後に出口へ向かい始めた。しかし和人は立ち止まり、ちらと徹大のデスクに目を向けてきた。
徹大は「どうしたのかね」と尋ねようとしたが、それより前に和人も少女も「失礼します」と一言、部屋を出ていった。
がらんどうになった部屋にぽつんと残された徹大はスマートフォンを取り出し、伝えるべき相手に話を伝えた。
「私だ。計画に感付いた者が現れた。……狩られたはずのキリトだ。計画を急がせるぞ。
――今夜から《使徒》による総攻撃を仕掛ける」
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「そうかい、そうかい。重村先生はそんな調子だったかい。相変わらずだ事」
重村教授との面会を終えた和人は、詩乃と共に迎えの車の後部座席に乗っていた。愛莉の車であり、来た時同様愛莉が運転をやっていた。
その愛莉に和人は、重村教授との間に起きた話を全て報告していた。かつて重村教授の教え子であったという彼女に。
《貴方ではなく、和人君と詩乃さんが行ったんですか、芹澤博士。どうして自分の先生のところに自ら行かなかったんです》
車内の三人の会話に、スマートフォンを介して加わっている者がいた。重村教授との間にも出てきた菊岡誠二郎その人だった。愛莉の車に戻った後、和人は即刻菊岡に電話を繋ぎ、彼にも話をしたのだ。
「私は重村先生にとって問題児だったんですよ。最高級に可愛くない問題児。そして今は重村先生にとっては怨敵って奴です」
苦笑いもしない愛莉に続き、和人は菊岡に問いかけた。
「菊岡さん、重村教授のデスクに一人の女の子の写真がありました。重村教授には、子供とか娘がいたんですか」
《よく見つけてきたね。そのとおりだよ、和人君。重村教授には娘が居た》
菊岡によると、重村教授には
そう、悠那はSAO事件の被害者であり、ゲーム中でゲームオーバーになって死亡してしまったのだという。
「重村教授の娘が、SAOで死んでたの……?」
ひどく驚いている詩乃に、愛莉が頷いた。
「そうさ。悠那ちゃんって言う娘でね、重村先生の話に何回か出て来てたのを憶えてるよ。重村先生にとってはこれ以上ない宝物で、まさしく愛娘って奴だったみたいなんだけど……その命はSAOに奪われてしまったんだ」
愛莉は元アーガスのスタッフで、SAOのチーフプログラマーを務めていた。その事実を辛うじて思い出せたところで、和人は気が付いた。その答えを愛莉が言った。
「だから、SAOを作って世に売り出しちゃった私達、私は重村先生にとって怨敵なわけさ。大切な娘の命を奪った犯人なんだからね。閉じ込められた間にそんな事があったなんて、ね……そんな重村先生のところに私が行ったら、
そう言う愛莉の声には何かを悔やんでいるような色が混ざっていた。そうだ、愛莉は今でもSAOを作り出してしまった事を悔やんでいる。
そこに恩師である重村教授の大切な娘をその事件に巻き込ませてしまった事実が加わるのだから、尚更悔やみと申し訳なさが出ているのだろう。
「けれど、和人君と遼太郎君の症例を見る限り、オーグマーとその開発者である重村先生が
愛莉の言った事に和人は頷く。重村教授はあの時何も答えてくれなかったが、アレは全てはぐらかしだ。重村教授は間違いなく何かを企み、オーグマーをそれに利用しているのだ。
そしてSAO生還者の記憶を狙っている。この事実は覆らない。
和人は咄嗟に菊岡に話しかける。
「菊岡さん、俺はSAO時代の記憶をオーグマーに引き抜かれました。今はもうALO時代のところまで引き抜かれてる」
《なんだって!? それは本当なのかい、和人君。君がSAO時代の記憶を失ってしまったら……》
「和人君だけじゃなく、遼太郎君――クライン君もですよ。彼の場合は右腕の損傷の方が心配になんですが、やはりSAO時代の記憶を抜き取られていました」
和人が退院した午前中、愛莉の許へ遼太郎からの電話が入った。
遼太郎は代々木の病院に入院しており、右腕を損傷しているらしい。だが、何よりもSAO時代の記憶が思い出せなくなっていると話していたという。和人と同じように。
遼太郎からの知らせではっきりしたのだ。オーグマーがSAO生還者の記憶を抜き取る機械であるという事実が。だから和人はオーグマーの開発者であり、その開発企業である《カムラ》の取締役を務める重村教授に会いに行ったのだった。
「やっぱりオーグマーは危険です。菊岡さん、オーグマーの使用停止を全国へ公表できませんか。これ以上被害者が出るなら、オーグマーのAR技術もナーヴギアみたいな事になりますよ!」
オーグマーは、AR技術自体は素晴らしいものであり、可能性に満ちている。だからこそナーヴギアのような末路を辿ってはならないのだ。記憶を引き抜かれても、和人はそう思っていた。
その思いを受け取った菊岡は、良い反応をしてくれなかった。
《それは難しいよ。オーグマーがSAO生還者の記憶を抜き取るからと言っても、結局は六千人くらいのSAO生還者にしか被害が出ない。全国民の総数から計算しても、一パーセントにさえ満たないうえに、それが原因で死亡するわけじゃないから、危険であるとは見なされない。
それにオーグマーは経産省も関わってる重要なプロジェクトだ。もしオーグマーを止めるんだとしても、もっと大きくてはっきりした証拠が必要だ》
その答えに和人は言葉を詰まらせた。
菊岡の言っている事は尤もだ。オーグマーがSAO生還者から記憶を抜き取り、記憶障害を引き起こさせる機能があったとしても、それは二本の人口の一パーセント未満の、六千人という人間にしか現れない。そしてこれが原因で死亡したという人間の話もない。
VR技術について懐疑的で、危機感を持ちつつその存在を認めている現政府からしても、オーグマーが引き起こすSAO生還者達への被害はごく些細なものとしか認識されないだろう。
だからオーグマーが規制される事はないだろうし、重村教授が完全に犯罪者であるという事にも繋がらない。まるで重村教授がどこまでも計算し尽くして、この構図を作り上げたように感じられた。
《とにかく和人君、君とクライン
「……はい」
《それなら、ひとまずは皆にオーディナル・スケールへの参加をやめさせて、尚且つ君もオーディナル・スケールのイベントバトルに参加したりしないようにするんだ。既に記憶を抜き取られている君がこれ以上のスキャンを仕掛けられたら、どうなるかわかったものじゃないからね。
ただ、オーグマーの危険性と重村教授の関与については、僕の方でも調べておくよ。大きな問題であるというのに変わりはないからね》
菊岡はそう言って通話をやめた。車の中は再び三人の空間に戻された。愛莉が「結局止められないか」と悔しそうにしたが、それを無視して口を開いたのは、詩乃だった。
「……ねぇ、和人」
「うん?」
「あの時重村教授が言ってた事、本当なの」
和人は思わず首を傾げつつ、詩乃へ向き直る。彼女は俯いていた。
「あの時って……どれの事だ」
「あなたが本当はSAO時代の記憶を消したがってて、それをオーグマーが叶えたっていう話……それは、本当なの」
和人は目を見開いた。確かにあの時、重村教授にそんな事を言われた。菊岡との話で忘れていたが、今更になって鮮明に思い出されてきた。
オーグマーが、自分がSAO時代の記憶を忘れたがっているという願いを感じ取り、実際にSAO時代の記憶を思い出せなくした。オーグマーが記憶を奪い取ったのではなく、自分の無意識中の願いを叶えたのではないか――それが重村教授の言葉だった。
そんな事はない。今はオーグマーのせいで全く思い出せないが、自分にとってSAOでの日々はかけがえのない経験であり、これ以上ないくらいの思い出だ。悲劇にも惨劇にも巻き込まれたし、どれだけ悲しい思いをし、憤怒に呑み込まれたかもわからないが、それでも自分にとってSAOは忘れたくない日々だった事は憶えている。
しかし、それを思い出せなくなってしまったという事は、こう思っている頭のどこかで、こんな記憶を忘れたいという願いが存在していたという事なのだろうか。
重村教授の言うとおり、オーグマーの本当の機能とは、使用者の願いを感じ取り、実際に叶えるものではないのだろうか――。
「和人君、詩乃、騙されちゃ駄目だよ。そんな夢みたいな機能がこんなちっぽけなマシンにあるわけないだろう」
愛莉からの声で和人は我に返った。詩乃も同じような反応をして、愛莉を見ていた。
「重村先生はね、上手い具合に相手を言い負かし、言いくるめようとしてくる人だった。私の同僚にも、まんまとあの人の言葉に言いくるめられる人が結構いた。あの人はそう言う人なんだ。……私は心理学者だったから逆に言い負かしまくってたけど」
愛莉の言葉は一つ一つはっきりしていた。まるで耳を通じて心に届かせようとしているかのようだ。実際そんな効果があったようで、和人は思考を止めて愛莉の声に聞き入っていた。
「重村先生は間違いなく
だから和人君、重村先生に言われた事を真に受けちゃ駄目だよ。重村先生こそが君の記憶を奪い取った張本人であり、君達以外のSAO生還者からも記憶を抜き取って廻ってる記憶泥棒だ。SAO生還者学校でオーグマーを無料配布したのも、SAO生還者達の記憶を根こそぎ泥棒したかったからなんだろう」
愛莉は断言していた。かつて彼の研究室に居たという割には、恩義などを感じていないように思えた。
「何を企んでいるのかはまだわからないけれど、SAO生還者達から抜き取った記憶をどこかに集積させて、何かをしようとしているのが重村先生だ」
「つまり、その記憶の集積所を叩く事が出来れば……」
「盗み出された記憶は、君や遼太郎君、その他のSAO生還者達のところへ戻るはずだ。それにオーグマーっていうオンライン機器を使って記憶を盗み取ってるんだから、
和人は愛莉に頷いた。その間詩乃は何も言わず、俯いていた。まだどこか気持ちが揺らいでいる――そんな気がした。
「……わたしが可愛げのない
その時愛莉が呟いたのを、和人は聞き逃さなかった。愛莉の運転する車は和人の自宅へ向かっていた。
――補足――
「……わたしが可愛げのない
Q.愛莉、どうしたの?
A.愛莉は京都府出身という設定。なので関西弁の『京ことば』が所謂お国言葉。
このせいで愛莉には三パターン喋り方が存在してしまっている。