2023年 12月25日
俺はリランを連れて、宿屋を出た。胸の中に、これまで感じた事が無いくらいに、強い意志が湧いてくるのがわかる。
俺はリランという大きな手に入れた。俺の力とリランの力があれば、きっとこの世界に生きる全てのプレイヤーを守りながらこの城を突破し、現実に帰る事が出来るはず。俺とリランでこの世界を生き抜き、ラスボスを倒してこの世界を終わらせる。そこまで辿り着くまでに、犠牲者は極力少なくし、共に戦ってくれる仲間を助け、守る。
もう誰も死なせやしない。
――そう思って宿屋を出たまではよかった。出て早々、俺はそこら辺の男女問わないプレイヤー達に囲まれて、身動きが取れなくなった。何事かと近くのプレイヤーに尋ねてみれば、昨日の夜に小さなドラゴンを連れている俺を見たという情報があって、それが真実かどうかを確かめるために、プレイヤー達は集まって来たそうだ。昨日の夜はこっそり動く事に成功して、誰にも見られていないと思っていたが、どうやらどこかでしっかりと見られていたらしい。
それに、この層で《ビーストテイマー》が生まれたというのが皆の一番の驚きだろう。6000人以上のプレイヤーが生きるこのアインクラッドの中で、《ビーストテイマー》になれているプレイヤーはほんの十数人程度らしい。だから《ビーストテイマー》になった俺は、かなり珍しい、というか激レアの存在だ。その姿を一目でも見ようと思って、こうやって集まって来たという事だろう。
そしてそのプレイヤー達は、俺の肩に乗るリランを見て、驚きと喜びなどの交えた声を出して目を輝かせた。リランはこれまで見つかっていない新種のモンスターであるのもあるだろうけれど、そもそも今のリランの姿は小動物そのもので、例えるならば背中に大きな翼を生やした、子犬とドラゴンの幼体を合わせたような姿をしている。
男性プレイヤーは見た事のないうえに襲ってこないモンスターの姿に驚きと喜びの声を、女性プレイヤーは子犬のような愛らしさを放つ小竜に「かわいい~!」という黄色い声を上げる始末。
更に可愛いもの好きが多い女性プレイヤーの多くが俺の肩のリランにぺたぺた触り出し、リランはプレイヤー達に甲高い鳴き声を、俺に《声》で悲鳴を上げる。
《こ、これ、やめぬか!》
「はは、無理だと思うぜ。それにしても、これだけ人が多いと……」
あまりの人だかりにボス戦の会議が行われている広場まで行けそうにない。これはボス戦会議不参加になってしまうか。
ボス戦会議で、この層のボスの情報共有が成されるから、ボス戦に参加する時は絶対に出なきゃいけない会議だというのに、プレイヤー達の壁のせいで身動きが取れない。どうにかできないのか。
そう焦ったその時に、人混みの中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「すいません、退いてください。道を開けてください!」
現実世界で言う救急隊員が野次馬を退ける時のような声を耳にして、俺とリランは声の主のいる方向へ目を向けた。
そこにいたのは、藍色の鎧を身に纏い、腰に片手剣を携えた、いわゆる騎士の成り立ちをした青色の髪の毛の、俺よりも年上と取れる男性の姿だった。
青色髪の騎士の姿を見るなり、俺は声を上げる。
「ディアベル!」
騎士はハッとしたような顔になって、俺を呼んだ。
「キリト、話は本当だったのか!」
ディアベルの顔は真っ直ぐ、俺の肩に向けられていた。そこにあるのは、今は縮んでいるけれど、《使い魔》であるリランの姿。どうやら、
だが、ディアベル程の男が来てくれたならば、話がしやすい。ディアベルは、毎回ボス戦に参加している奴であり、毎回エリアボスの討伐会議を開いている奴でもあるのだから。
「ディアベル! ちょっとすまない! 集まってるみんなにも、後々情報屋アルゴあたりに情報を流すから、それでこいつを理解してくれ!」
俺は咄嗟に走り出すと、リランを眺めているディアベルの腕を掴んで、プレイヤー達の壁を突き破った。そしてそのまま慌てるディアベルを横目に見ながら走り続けて、街の路地裏へと駆け込んだ。プレイヤーの気配や視線が完全に感じられなくなったところで、俺は立ち止まった。
後ろを見回せば、いつの間にか方から外れて羽ばたいているリランと、リランをじっと見つめて居るディアベルがいた。顔には混乱とも呼べる表情が浮かんでいる。
「えっと、キリト」
《キリト、この男は何者だ》
同時に二人から話しかけられて、俺は腕組みをした。ひとまず、両方に両方の説明が必要だから、今は新しく仲間になったリランに、ディアベルの事を話す事にしよう。
ディアベル。このデスゲームが始まった一か月後に、ボスの情報を掴んで、プレイヤー達を集めて軍勢を組み、迷宮区に突入し、ボスを見事に討伐して見せたプレイヤーだ。これだけでも相当立派であると言えるけれど、それだけじゃない。
ディアベルは元々俺と同じベータテスター上がりで、ボスとの戦い方やレベリングの方法などを知り尽くしており、尚且つそれをガイドブックとして配布していた者の一人だった。
ボス戦の最中、元から持っていた知識を使って、流れるような指示と号令でプレイヤー達を支え、連ね、1層のボスを撃破した、優れた技術を持つ功労者。
現在はギルドを組み、《聖竜連合》という大ギルドのリーダーとして多くのプレイヤー達をまとめ上げて、ボス戦などに挑み、戦果をあげて上層を解放する事に成功している、このゲームの中では有名人だ。
そんなディアベルのが開いている作戦会議に、俺は参加しようとしていたのだけれど、ディアベル自らがこちらにやって来てよかった。
これらをリランに話すと、リランはうんうんと頷いて、《わかった》と言ってくれた。どうやらディアベルの事がわかったらしい。
そんな俺とリランを見つめて、ディアベルは目を丸くしていた。
「こ、これが《使い魔》……テイムモンスターっていう奴なのか」
《そうだ、我と同じ竜の名を持つギルドの長よ》
ディアベルは突然驚いたような顔になって、周囲を見回した。
「どうした、ディアベル」
「今、女の子みたいな声が聞こえてきたんだが……しかも、頭の中にだ。へ、変な事を言っているみたいだけど、本当なんだよ」
俺はリランに目を向けた。リランはこの通り
そして今、ディアベルが聞いている《声》の正体は、
「ディアベル、それなんだが……その声の主はそいつだ」
俺がリランを指差すと、ディアベルは大きな声を上げて驚いた。
「えぇぇぇ!? こいつ、喋れるのか!?」
「正確には念話で喋るんだが。ちゃんと話も理解できる奴だ」
「そ、そうなのか……」
恐る恐る、ディアベルはリランに話しかけた。
「俺はディアベルだ。よろしくな、キリトの《使い魔》さん」
《リランだ。キリトとは昨日の夜に出会ったばかりだが、大体事態は把握できている》
ディアベルは驚いたような顔をして、軽く頭を下げた。今の声は俺にも聞こえていたから、二人同時に念話したらしい。
「よろしくな、リラン」
《こちらこそ》
ディアベルは腕組みをして、俺に言ってきた。
「それにしても、お前は運がいいんだか悪いんだかよくわからないな。いつの間にかこうやって《ビーストテイマー》なんていうものになってしまうんだから」
「俺だって何でこいつがいきなり現れたのかわからないんだ。でも、強かったから仲間にしたんだ」
「そうなのか。だけど、どう見たってこのサイズは小動物だぞ。こんなのが、強いのか?」
まぁ今のリランを見れば、小動物にしか見えなくて、強いなんて言われても説得力皆無だろう。だが、圏内から出したリランは本当に強い。それこそ、雑魚モンスターは一撃で木端微塵にするし、ボスモンスターとだって戦えるだろう。自分の強さに自身があるのだろう、胸を張るような動作をして、リランが《声》を出す。
《我を圏内から出せば、お前達は腰を抜かすだろう。まぁ期待しておれ》
「そ、そうか……」
ディアベルはリランから俺に目を移した。
「しかし、リランがいるという事は、お前はもうソロプレイヤーじゃなくなったんだな」
「まぁそういう事になるな。今は《ビーストテイマー》だから、確かにソロプレイヤーじゃない。まぁこいつはプレイヤーじゃなくてテイムモンスターだが」
ディアベルは髪の毛をぐしゃっと掻いた。
「もとはと言えば、俺がお前をソロプレイヤーにしたようなものだけれどな……あの時俺が何とか言っておけば、あんな事には……」
ディアベルの顔に、すまなそうな表情が浮かび上がる。
俺は今までギルドに入ったりパーティを組んで戦うような事はなかった。それには、第1層の戦いが深くかかわっている。
あの戦いは、ディアベルの優秀な指揮のおかげで勝てた。しかし、同時に二人ほど犠牲者が出てしまった戦いでもあった。ディアベルは事前に自分がベータ―テスターである事を公表しており、他のプレイヤー達からあまり良い扱いを受けていなかったが、第1層の作戦会議や、ボス戦でのベータテスターである事を生かした優秀な指揮などで、その評価を大きなものにし、ボス戦が無事に終わった時には一同がディアベルを胴上げするような事にまでなった。
……まではよかったのだが、一同がボス部屋を去ろうとした際に、ボス戦に参加していた一人、キバオウという男が突如としてディアベルを批判を開始した。ボス戦で殺された二人はキバオウの仲間だったらしい。
キバオウはディアベルの作戦は穴だらけだった、ディアベルの作戦がもっとしっかりしておけば仲間は死ななかった、ベータテスターのくせに欠陥のある作戦を立てるクズだと、身も蓋もない批判をした。
それだけならまだしも、ベータテスターなんだからもっといい情報を持っているだろう、それを自分達非ベータテスターに教えないのは何事だ、良いものを独占するつもりかなどの更に身勝手な批判を開始し、その場に集まるベータテスターは出て来いと、仲間と声を合わせてブーイングを始めてしまった。
結果、ディアベルの指揮によって纏まっていた者達は疑心暗鬼に陥り、誰がベータテスターなのか、そうじゃないのかを探し始めた。
明らかにキバオウの自分勝手な批判とベータテスターに対する偏見でしかない。なのに、皆はそれぞれがベータテスターなのかそうじゃないのかを疑い始めて止まらなくなった。
混乱を鎮めるのは、ベータテスターであるディアベルじゃ出来ない。まるでディアベルがベータテスターである事を逆手に取ったような、謀略のような批判。それを鎮めるにはどうすればいいかと考えたディアベルが考えたであろうその時に、俺は行動を起こした。
「ディアベルは優秀でありながらクズである、俺なんか他のベータテスターの誰もが辿りつけなかった層まで登り刀スキルを使う敵と散々戦いまくった、情報屋なんか目じゃないくらいの情報を沢山持っている。俺が情報を明かしておけば、あの二人は死ななかっただろうけど、苦戦するお前らを見ているのが面白かったから、教えなかった」
と、キバオウ一味及び共に戦ってくれたプレイヤー達に叩き付けるように言ってやった。――勿論そんなのは嘘だが、連中はあっさりとそれを信じ、批判の矛先をディアベルから俺に移し、俺を「チート野郎」だとか「チートベータ―テスター」だとか「略してビーター」だとか、散々批判した。
その隙に俺は手に入れた黒いコートを身に纏い、戦場を後にした。その時からだ、俺が「ビーター」と蔑まれて誰も寄り付かなくなり、ソロを余儀なくされたのは。
その後、ディアベルはベータテスト時に手に入れた情報の全てをガイドブックとして公開し、信頼を取り戻した後にギルドを結成。まるで階段を駆け上がるように上の層を解放しまくって行った。
この辺りはまだリランにも話していないから、今度聞かれるような事があったなら、話そう。
「いやいや、あの時悪かったのは明らかにキバオウだ。感情が高ぶっていたんだろうけれど、ディアベルを批判するのは間違いだったよ」
「だけど、俺のせいで二人も死者が出たのは間違いないよ。だけど、お前は俺を批判から逸らすために、わざわざ自分から汚れ役を買って出てくれた」
ディアベルは聡明な男でもあった。
次にディアベルと再会したのは30層のボス戦作戦会議の時だ。ディアベルは作戦会議の最中に俺を見つけるなり驚き、作戦会議を終えた後で俺に近付いてきて、いきなり謝罪とお礼をしてきた。ディアベルは1層での俺の行為を、汚れ役をわざと買って出たと見抜いていた。
その後、俺をボス戦に参加させてくれて、無事に戦い終えた後には、俺を聖竜連合へ誘ってもくれた。だけど、聖竜連合の中にはもちろんビーターである俺をよく思わない連中が沢山いる。
もし、俺を組み入れたなら、聖竜連合の中にも波紋が広がってしまうと思って、俺はそれを断り、あくまで協力関係という形にした。こうした点から、俺はずっとソロプレイヤーで居続けた。サチ達と、そしてリランに出会う前までは。
「あれでよかったんだよ。おかげでお前は今や大ギルドを率いるリーダー……みんなの希望の象徴だ」
「そうとは言えないよ。寧ろ、俺はお前に沢山助けられている。お前に日の光が当たらないのが、悔しいよ」
《なるほど、縁の下の力持ちという事か、キリトは》
「そういう事だよ。それでディアベル。お前、何で俺のところに来たんだ。何か用事があったんだろう?」
ディアベルははっと何か思い出したように、言った。
「あぁそうだった。実は俺も、竜を連れているお前を見たってギルドの団員達から聞いてさ、思わず来てしまったんだ。まさか、本当だったなんて思ってもみなかった!」
「え、それだけのためか!?」
ディアベルが首を横に振る。
「いや、そうじゃない。今回のボスは確実にお前の力を借りなければ難しいかもしれないと思って、来たんだ」
「俺の力を?」
ディアベルは路地裏の外の方へ目を向けた。
「これからボス討伐組の作戦会議が始まる。それに参加してもらいたいんだけれど、いいかな。それに、リランもだ」
《我は構わぬ。それに、今回のキリトの目的はボスを討伐する事だったようだから、丁度いいのではないのか》
ディアベルが目を丸くする。
「そうだったのか、キリト」
「まぁな。……変な視線を浴びるかもしれないけれど仕方ない。ボスの作戦会議場所まで連れて行ってくれ、ディアベル」
ディアベルはわかったと言って、路地裏を出た。その後を追って、俺とリランもまた路地裏を出て、広場の方へ向かった。
そこにはすでに多くのプレイヤーが集まっており、ディアベルの到着を待ち望んでいるような表情を浮かべていたが、肩にリランを乗せた俺が姿を見せるなり、驚きの表に変えた。そりゃそうだろう、ディアベルに続いて、《ビーストテイマー》が姿を現すんだから。
一斉にざわつき始めたプレイヤー達の前に立ち、ディアベルは《ビーストテイマー》の出現にざわついているプレイヤー達と聖竜連合の人々を落ち着かせて、いつもどおりの作戦会議を開始した。
《やはり聖竜連合という大ギルドを率いるリーダー、プレイヤーに指示を出すのには慣れているのだな》とリランが小言を呟いた直後に、ディアベルはクエストをこなしてNPCからボスの情報をもらったプレイヤー達からもらったであろうボス情報、更に偵察班を向かわせて手に入れさせてきた情報の全てをまとめたものを、俺達に話し始めた。
ボスの名は《
「
《その
クォーターポイント。それは100層を4分割した際に、1、25、50、75層に当たる層の事であり、アインクラッドの節目として、ボスが異様に強いポイントの事を差す言葉だ。普通、ボスモンスターはフィールドのモンスターを巨大化、強化したものがほとんどで、フィールドモンスターとの戦いに慣れておけば善戦できるんだけど、クォーターポイントのボスはそういったモンスター達からは一線を画すほどの強さと能力を持っている。
既に俺達はクォーターポイントと呼べる層での戦いを経験していて、その時は25層の時だった。25層のボスはフィールドにいるモンスターを強化したものではなく、圧倒的な能力と攻撃力を持つ、二種類の武器を所有する双頭の巨人で、俺達攻略組に甚大な被害を与えた。
それこそ、勝てたのは奇跡だったようなものだ。この層での戦いのせいで、《アインクラッド解放隊》という部隊が攻略組から離れた。
このように、他と比べて攻略が難しく、犠牲者を簡単に出してしまうのがクォーターポイントだ。前のクォーターポイントから数えて25層目の50層。強力なボスであってもおかしくはない。というか、ボス情報から察するに強力なボスが待ち構えている事は間違いない。
《厄介なボスが待ち構えているという事か。そこで、お前はこの者達を守りながら戦う事になるのだな》
「そうだよ。みんな大事な命だ。あんな事を繰り返さないためにも……全力でいかせてもらわないとな」
俺はリランの方へ目を向けた。元の姿に戻った時のリランは雑魚モンスターを一撃で木端微塵にするくらいの力がある。あの力を駆使して闘えば、ディアベルも、聖竜連合のみんなも守る事が出来るかもしれない。
「お前の力、借りるぞリラン。きつい戦いになるだろうけれど……」
《問題ない。巨像など我が炎で消し炭に変えてくれる》
得意げに笑む白き竜の顔に、俺は不思議な安心感を覚えた。
こいつと一緒ならば、次のボスモンスターだって、怖くないはず。リランの力を使って戦い、50層を突破する。それが今回の戦いの目標だ。
「頼んだぜ、相棒」
《任せよ。お前こそ、死ぬでないぞ》
俺はリランに頷いた。それと同時にディアベルが、今日の11時に出発するという号令を俺達にかけて解散を命じた。俺は次戦うボスの事を考えながらリランを連れて、回復アイテム調達のために街へと歩いた。
次回、ボス戦。