キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

392 / 565
 2019年11月最初の更新。




02:英雄の使徒 ―拡張現実の戦い―

         □□□

 

 

 

 皆とのお茶会を切り上げた後、和人は一旦自宅に戻り、そこからバイクに乗って東京へ戻った。日はすっかり落ち、夜の闇が辺りを包んでいるが、都会の光がそれを押し返さんばかりの勢いで輝いている。

 

 車の群れに混ざりながら、速度を守りつつ走って行く中で、風に混ざって声が聞こえてきた。それは後方からのものだった。

 

 

「和人、今どのくらいまで来た?」

 

「もう少しで到着しそうだよ。けれど本当に急だよな、三十分前に情報告知だなんてさ」

 

「よっぽどサプライズ精神っていうのがあるみたいね、オーディナル・スケールを動かしてる開発とか運営とかって!」

 

「全くだよ!」

 

 

 バイクを駆る和人の腹に手を回して、その後ろに乗っているのは詩乃だった。

 

 和人は埼玉の自宅を出た後、詩乃とその他大勢のSAO生還者の暮らすマンションに駆け付けて詩乃を拾い上げ、そのまま現在に至っている。二人揃ってその場に向かっている理由とは、今日の夜の九時からのイベントに参加するためであった。

 

 車の群れを抜けて走って行くと、ハンバーガーショップの置き看板が見えてきた。目的地に辿り着いたようだ。なんとか時間に間に合わせる事はできた。通行の迷惑にならなそうな位置にバイクを停めて、エンジンを切る。

 

 ヘルメットを外して空気を吸い込むと、後ろにいる詩乃も降りてヘルメットを外していた。彼女の被っていたヘルメットをもらって荷台のケースの中に仕舞い込み、バイクから離れる。

 

 現地は多くの人で賑わっていたが、その大体が若者達であった。皆これから開かれるイベントに参加するために集まってきたのだ。その参加チケットの役割を果たしているオーグマーを、誰もが装着していた。

 

 そんな光景を見た詩乃が呟く。

 

 

「もうこんなに人が集まってるなんて。情報開示は三十分前だったっていうのに」

 

「プレイ人口の増加はすごいらしいな。《SA:O》もALOもうかうかしてられないぜ」

 

 

 そう答えてオーグマーを装着すると、すっかり見慣れた仮想現実レイヤーが現実世界の上に重ねられた。時刻はイベント開始一分前。会場は既に交通規制がされており、車などは通れないようになっていた。

 

 夜の九時前で街の一角が賑わっているのは、東京都心部ならば珍しくはない。しかしその全員があるイベント参加者であるというのは異例の事態だ。これからこの光景が異例ではなくなり、日常へ変わっていくのだろう。

 

 東京の色をオーグマーが違う色へ染め上げようとしている――そんな気を感じていると、近くから呼び声がしてきた。男性の声だった。

 

 

「遅えじゃねえか、キリの字!」

 

 

 二人で向き直ると、こちらに向かって来る人影を六つ確認できた。全員体格がばらばらであるが、少し見慣れた顔である。その中央にいるのは、やや髭が生えている、バンダナで赤茶色の髪を纏めた男性だった。

 

 VRMMOではクラインというプレイヤーネームをしている壷井(つぼい)遼太郎(りょうたろう)と、彼がリーダーを務めるギルド《風林火山》の仲間達であった。同じギルドにいるという事の目印なのか、全員が白水色のパーカーを着ていた。

 

 

「って、あれ。詩乃も一緒に居るのかよ」

 

「えぇ。こっちにはなるべく参加するようにしてるのよ」

 

「そうなのか。意外だなぁ、てっきり和人と同じでVRばっかにいるんじゃねえかと」

 

 

 遼太郎の問いかけに答える詩乃に、和人は不安を抱かざるを得ない。これから始まるイベントでは、詩乃に対して心配な要素が沢山存在している。イベントの最中で彼女の身に何か起こらないかが常に頭をちらついて、中々落ち着けない。

 

 そのせいで遼太郎に反応できなかったが、またしても聞こえてきた声で和人は我に返った。聞き覚えのあるもの女性の声色だった。

 

 

「詩乃、和人君!」

 

 

 真っ先に反応したのは詩乃で、次に和人、遼太郎の順番だった。声の根源の先に居たのは、一つの人影だ。すぐさま容姿がはっきりする。

 

 自身の子供であるユイと同じ色合いの黒長髪で、艶がある。赤茶色の瞳で、目つきは同年代の他人と比べて子供らしい。そして白い服の上からでもわかるくらいに胸の大きいといった、多数の特徴を持った女性。

 

 かつて自分達を閉じ込めたゲームであるSAOを作ったアーガスの元スタッフであり、ユイやストレア、リランやユピテルを生み出した張本人であり、詩乃の専属医師を担当する精神科医でもあった、芹澤(せりざわ)愛莉(あいり)だった。

 

 

「「「愛莉先生!」」」

 

「愛莉!」

 

 

 和人達の許へ歩いてきた愛莉は「やぁ」と挨拶をしてきた。普段は研究と仕事のために現実世界で現れる事のない彼女の姿はSAO、ALO、《SA:O》で見てきたものとほとんど変わりがなかった。そんな愛莉は和人達を見回し、口を開いた。

 

 

「久しぶりだね、こうして会うのは」

 

「はい。と言っても、昨日《SA:O》で会ったばかりですけど」

 

 

 和人の応答に愛莉はすんと笑う。安心したような顔だった。

 

 

「いやいや、現実世界で会うのは結構久しぶりだろう? 何かしら変化があったんじゃないかと思ってたんだけど、別に不安になる必要なんてなかったね」

 

 

 確かにこうして愛莉と現実世界で会うのは半年以上ぶりで、今年に入ってからは一度も現実世界で顔を合わせた事はなかった。そんな久しぶりの登場を果たした愛莉に、詩乃が近付いた。

 

 

「先生、本当だったんですね。ちょっとだけ現実世界で一緒に居てくれるって……」

 

「あぁそうだ。私はいくらでも研究に没頭してられるんだけど、それだと君達に悪いからね。本当に休みをもらって、来させてもらったよ。……しばらくは一緒にいるよ詩乃、和人君」

 

 

 二日前の夜、《SA:O》にログインしてきた愛莉は、職場から長くはないが短くもない休みをもらって、東京に戻ってくるという話をしてきた。《SA:O》に来る事さえ珍しくなりつつあった愛莉がそんな事を言い出したから、本当かどうか疑わしく思っていたが、どうやら真実であったらしい。その目的は詩乃のため、和人のためであるとも言っていた。

 

 それが確認できた詩乃は、とても嬉しそうな顔をしていた。

 

 

「愛莉先生……ありがとうございます」

 

「……このくらいどうって事ないわ。そんなに(かしこ)まらないで、詩乃」

 

 

 愛莉はそう詩乃に笑みかけた。愛莉がいるのであれば、これから起こる事に対する懸念はある程度払拭されるが、完全とは言えない。いつの間にか緊張している和人に、愛莉は声を掛けてきた。

 

 

「和人君、ここに来たって事は、噂のとやり合うつもりなんだろう」

 

「はい。やっぱり自分の目で確認しておかないといけないと思って。愛莉先生もそうなんでしょう」

 

「勿論。かつて自分の作った世界のものがまた出てきてるっていうんだから、確かめないわけにはいかないよ。まぁ、戦いは君達に任せる事になってしまうけどね」

 

 

 そこで和人の隣に駆け付けてきたのは遼太郎だった。その仲間達も一緒であり、一瞬のうちに和人の周りがどこかむさくなった。

 

 

「調査はオレ達に任せてください、愛莉先生! 気合入れてしっかりやりますんで!!」

 

 

 愛莉はふふんと大人の女性の笑みを浮かべ、応じる。

 

 

「オーディナル・スケールは生身で戦うゲームだから、怪我したら駄目だよ。けど応援してるから、頑張ってね」

 

 

 そう言われるなり、男達は気合の入った掛け声を放った。愛莉という美人の女性が応援してくれるのだから、いいところを見せようと躍起になったのだろう。随分と正直であるのか、現金なのか。いずれにしても和人はその気合を掴めなかった。

 

 

「和人、いやキリト、始まるぞ」

 

 

 いつの間にかリランが隣に姿を現して来ていた。彼女もまたイベントに参加するので、オーグマー装着と同時に出現してきたのだ。これまでのゲームで戦闘態勢に移る前に見せたような様子で、リランは一つ問いかけてきた。

 

 

「……詩乃の事が心配か」

 

「……あぁ。今ところ何もないっていうのが、なんか不気味な気がして」

 

「現実世界が舞台である以上、我は力を貸せぬ。何かあった時はお前が詩乃を支えるのだ。だが今まで何もなかったならば、過度に心配するな。詩乃の心配でお前自身の立ち回りが悪くなったら、本末転倒だ」

 

 

 リランはその手を和人の右手に重ねる。リランという存在、その身体が持つ暖かさをオーグマーが伝えてくれて、右手が暖かくなる。

 

 

「それに、いざとなったら我もここでできる事でしっかり手を貸す。お前は今まで通り、詩乃の傍で詩乃を守るのだけで良い」

 

 

 リランの表情は穏やかだった。その顔を目にし、声を耳にすると胸の中で安堵が生まれ、不安が消え去っていく。リランという存在の大きさを改めて確かめた和人は、頷きを返した。

 

 

「……ありがとう。お前に元気付けられるの、これで何度目だっけ」

 

「回数など別に数えておらぬ。我はただやるべき事をやっているだけだ。主であるお前を守る事、お前の成すべき事を成させる力となる事。そしてお前がへこたれそうになった時、その支えになる事。これが我の使命だ」

 

「頼りにしてるぜ、相棒」

 

 

 リランが頷いたのを認めたすぐ後に、詩乃が歩み寄ってきた。

 

 

「キリト、始めましょう」

 

「わかった。やるぞ」

 

 

 詩乃とリランと並び、和人は大きな声を出した。

 

 

「「オーディナル・スケール、起動!!」」

 

 

 その宣言の直後、世界が一変した。服装が専用の黒と白を基調とした戦闘服に切り替わり、手に持っている短いロッドは直剣へと姿を変える。周りの者達の服装や格好も、騎士風のそれや軍隊のそれのようになったり、或いは獣人となって槍や大剣、ロケットランチャーやアサルトライフルを得物とする。仮想世界のレイヤーが適応され、アバターと一体化したのだ。

 

 和人も仮想世界のキリトとなり、詩乃もシノンとなり、遼太郎もクラインとなって、各々の武器を構える。リランは一瞬のうちに光の玉となって、キリトの身体へ飛び込んで姿を消した。その時すぐさま、キリトはシノンの手元へ目を向ける。

 

 そこにあるのは、アサルトライフルよりも身体が大きくて長い、所謂対物(アンチマテリアル)ライフルと呼ばれるものだった。色合いは銀色で、形も未来世界に登場するようなものとなっているが、対物ライフルである事に変わりはない。それはまさしく、彼女自身にかつての忌まわしき記憶を思い起こさせる銃の一種だ。

 

 見るだけで苦しみ出すはずの銃をシノンは手に持って、いつでも引き金(トリガー)を引けるようにしている。彼女と共に過ごす事で、その大半を知ってきているキリトからすると、信じ難い光景だった。

 

 

「シノン……大丈夫か」

 

 

 一応声掛けすると、シノンは頷きを返してきた。顔色も悪くなっていない。

 

 

「大丈夫よ。オーディナル・スケールならなんともない。だから、安心して」

 

 

 その表情はキリトを安心させようとしているかのような、穏やかなもの。不調も不安も何も感じさせてこない、安定したものだ。いつも隣で並んで戦ってくれている時と、何も変わりがない。

 

 腑に落ちない部分もないわけではなかったが、キリトはひとまず安心し、前方に向き直った。

 

 

《来るぞ!》

 

 

 頭の中に《声》が響く。聞き慣れた初老女性の声色に似たそれだ。間もなくして、ビルのモニターに表示されている時計が夜九時を知らせる効果音と演出を行った。それと時を合わせるようにして、街が様変わりする。

 

 高層ビルなどといった現代建築の建物が一瞬ポリゴンのようになり、すぐさま西洋ファンタジー風の城の一部のような形となる。道路に止まっている車は積み重なった木箱や樽等になり、アスファルトは石畳になっていく。見える世界そのものに仮想世界のレイヤーが適応されて、ダークファンタジーの世界になってしまった。

 

 今まさに、オーグマーに搭載されている最大の特徴、一部の者からは最高と言われているゲームが始まった。

 

 《オーディナル・スケール》という名を持つゲームの、イベントの幕開けだ。

 

 

 ゲーム開始から間もなく、キリト達から見て前方二十メートル付近のところで、炎にも似た白い光のエフェクトが発生する。仮想世界の要素が適応されて拡張された現実世界に、異界からの使者がやってきた事を知らせるエフェクトだ。

 

 光が止むと、異界の使者の姿が曝け出された。白い体毛と鱗に身を包み、強靭そうな上半身としなやかな下半身を持っている。長い尻尾を持ち、猫科と犬科の動物の要素をかけ合わせたような輪郭を持つ巨大生物。

 

 いかにも架空生物であると教えてきているのは、その額から突き出ている角と、翼竜のそれをがっちりさせたような形の翼膜を持った腕の存在だった。SAO、ALO、《SA:O》でよく見てきた、ワイバーンの一種だ。

 

 

「キリト、あいつの角と翼!」

 

「あぁ、間違いない。あいつは――」

 

「「「《英雄の使徒》だ!!」」」

 

 

 シノンの言葉に答えた直後、ワイバーンから近しい位置にいる者達が声を張り上げる。《英雄の使徒》という、あまり聞き慣れない単語を口にしている。彼らをそう言わせ、尚且つ自分達の注目を集めているのは、ワイバーンの角と翼腕である。

 

 ワイバーンの翼腕は、外側がブレードのようになっているのだが、その形は聖なる大剣とも言うべき形状だったのだ。額から生える角もまた、光り輝く複雑な文様の刻まれた聖剣のような形となっている。

 

 その特徴はまさしく、キリトの《使い魔》であるリランの特徴に他ならなかった。どんなにゲームの世界を渡り歩いても他に存在しないはずの、額や身体の一部に聖剣や魔剣を生やしているという特徴を持つモンスターが、あの白き刃竜だった。

 

 

「《英雄の使徒》か。確かにそのとおりだな。英雄キリトとか言われてるキリの字の《使い魔》、リランと同じような特徴持ってやがる」

 

 

 クラインの呟きに耳を貸したその時、白き刃竜の遠い後方にまたしても光のエフェクトが起きた。

 

 増援かと思われたところで現れてきたのは、黒を基調としたサイバー衣装を身に纏った、紫のグラデーションをかけた銀色長髪の可憐な少女だった。

 

 ARアイドルとして名を馳せるAI娘、ユナである。その姿を視認できた者の誰もが驚き、歓喜の声を上げていく。

 

 

「おい、ユナちゃんだぞ!」

 

「ユナちゃんが出てきた!」

 

 

 勝利の女神が来てくれたのを見たように、周りは歓喜で染まる。ARアイドルであるユナは最早女神などと何も変わりがない。それはALOでのセブンの様相そのものだった。そんな歓声の的になっているユナは、大きく手を振り、声を出した。

 

 

「皆ー! 今日は集まってくれてありがとー! 私の歌を聞いて、ボスバトル頑張れー! ミュージック、スタート!!」

 

 

 ユナが歓声に答えるや否や、その場の全員に金色の光が一瞬走った。ステータスバーの上部に攻撃力上昇、防御力上昇を示すアイコンが表示されている。ユナがバフをかけてくれたようだ。

 

 オーディナル・スケールでは、ボス戦にユナが出現するイベントが起こる時があり、その時ユナは歌を歌い、周りのプレイヤー達にバフを掛けて鼓舞するという。このボス戦はそれに該当しているようだ。そのユナは今、どこからともなく流れてきたBGMに合わせて歌を披露し始めた。

 

 ユナと周囲を見た愛莉/イリスがすすっと笑う。

 

 

「ついてるね、ユナが来てくれたなんてさ。これは頑張らないとだよ」

 

 

 イリスが言うより前に、アバターへ姿を変えた多くの若者達が刃の飛竜へ向かい始めた。

 

 オーディナル・スケールという名のこのゲームが若者に人気な理由とは、実際に身体を動かして戦う事ができるというのもあるが、このゲームそのものに様々な企業がスポンサーとして参加しており、ゲームで上位の成績保持者になる事によって、それらからの恩恵を受ける事ができるようになっているのが最大の理由だ。

 

 ランキング上位になる事によって、オンライン通信販売の割引サービス、牛丼屋での牛丼大盛り無料サービス、イベントチケット先行購入可能サービスなど、実に様々なサービスを手に入れる事ができる。中にはユナに近付く事ができたりするなんてサービスもあるらしく、それらを手に入れるために、皆躍起になってこのゲームに打ち込んでいるのだった。

 

 だが、キリト達がそのオーディナル・スケールに挑んでいる理由とは、サービスを獲得するためではなかった。

 

 

「英雄の使徒、か。確かに見てくれはお前に似てるな、リラン」

 

《角とブレード以外何も似ていないではないか。それにあれは賢くもない。ただの機械だ》

 

「違いないな。けれど……」

 

 

 《声》に応じたキリトは刃の飛竜に目を向けた。それぞれ異なった職、異なった武器を持ったプレイヤー達が既に刃の飛竜と交戦している。刃の飛竜はそのしなやかな身体どおり、俊敏な動きをしてプレイヤー達を翻弄し、腕の聖剣を利用した斬撃を繰り出すなどして応戦していた。

 

 

「やっぱり強えや! これじゃあ死にゲーだぜ!」

 

「SAOの英雄の竜と同じ角持ってるんだ、こうでなくっちゃな!」

 

 

 プレイヤー達は口々に刃の飛竜への感想を述べている。ここには多くのSAO生還者が集まっているようだ。

 

 SAOをクリアに導いた英雄がキリトであり、キリトは聖剣を額に持つ白き竜を使役していたという話は、《SAO事件記録全集》という本が出回った事により、多くの人間が知るに至っている。

 

 その英雄キリトの《使い魔》と同じ、額に聖剣や魔剣を生やしている特徴を持っている、強力なボスモンスターがこのオーディナル・スケールに出現するという話が、ある時出回り始めた。SAOの英雄の《使い魔》、SAO生還者にとっては希望と勝利の象徴であった者と同じ特徴を持つ強者。

 

 それらの存在が確認されると、「勝てばきっと英雄と同じ力を得られて、ランキングを一気に上げる事ができる」という噂が出てきて拡散され、非公式で《英雄の使徒》と呼ばれるようになった。

 

 オーディナル・スケールを遊ぶ者達は、《英雄の使徒》を求めてボス戦に挑んでいるのだ。《英雄の使徒》に勝利する事によって得られるであろう特典を手に入れるために。

 

 《英雄の使徒》、リランと同じ特徴を持つ謎のモンスター達。その真偽を確認するために、キリト達はこうしてオーディナル・スケールのイベントバトルに参加する事にしたのだが、結果が目の前にある。

 

 《英雄の使徒》は確かに実在している。リランと同じ特徴を持つボスモンスターは、本当にいたのだ。そして今まさに、《英雄の使徒》が現れる戦いにはユナも同時に現れるという情報が加わった。戦いが終わった後にこれは拡散されて、次の《英雄の使徒》を狙う者達は一気に増える事だろう。

 

 ユナと出会えて歌が聞けて、《英雄の使徒》を倒す事でランキングを一気に上げられ、サービスをたんまり受け取れる。やりすぎレベルの一石二鳥だ。これを狙わないオーディナル・スケールプレイヤーはいないわけがない。

 

 

「なんなんだ、あれ。どうしてリランと同じ特徴を持ってるんだ」

 

《それはわからぬな。どうせ我らをダシにすれば多くのプレイヤーが集められると踏んだ開発者、運営達がやり始めただけの事ではないか》

 

 

 確かにSAOの英雄の《使い魔》と共通点があるというのは、かなりのネームバリューとなるだろう。素晴らしいくらいの集客力が出るのだろうが、それだけの理由でやっているとは思えない。しかし、その違う意図というのを汲み取るのは、今のところできそうにない。

 

 

「そこッ……!!」

 

 

 近くから強い発射音が聞こえて、キリトははっとする。いつの間にかシノンがキリトの許を離れた位置に立ち回り、得物としている対物ライフルで刃の飛竜にライフル弾を浴びせていた。クラインを筆頭とした風林火山の男達も刃の飛竜に接敵、攻撃を仕掛けている。刃の飛竜に考察をしていたら、置いてけぼりにされてしまっていた。

 

 

「やっべぇ、出遅れた!」

 

《丁度いいぞキリト、本当の英雄の使いというものを見せてやろうぞ!》

 

 

 プレイヤー達は《英雄の使徒》を見た事に興奮している。そんな者達が本物の英雄の《使い魔》を目にしたならば、どうなる事か。その様子が安易に想像できて、キリトは胸に高鳴りを感じた。

 

 《英雄の使徒》に真打ち登場を見せてやろう――そんな悪戯心にも似た気持ちを抱き、キリトは走り出す。

 

 

「――リランッ!!」

 

 

 刃の飛竜との距離がある程度縮まった頃に叫ぶと、キリトの胸から光の玉が出現する。それはキリトの隣に並ぶと巨大化を果たし、一気に形を作っていく。間もなくして光は刃の飛竜に突進、轟音と共に刃の飛竜は吹っ飛ばされた。

 

 

「おい、あれは!」

 

 

 周りの者達の視線が一気に光だったものに集められる。仮想が上乗せされた世界に現出してきたのは、一匹の竜だ。凛とした狼の輪郭を持ち、白金色の毛並みに全身を包みつつ、肩より巨大な白き猛禽の翼を生やしている。胸部、腕部、翼に近未来的デザインのアーマーを身に纏って、金色の(たてがみ)を頭部に、額より聖剣のような角を生やしているという、如何にも英雄的(ヒロイック)なドラゴン。

 

 SAOの英雄であるキリトの《使い魔》であり、勝利と希望の象徴。リランがオーディナル・スケールというゲームの世界観に落とし込まれた姿であった。その姿を目にした周囲のプレイヤー達は、ユナを見た時のような反応をし始める。

 

 

「おいおい、まさかもう一匹ボスが来たのか!?」

 

「違う、あれは敵じゃない……《使い魔》だ!」

 

「《ビーストテイマー》、それも《ドラゴンテイマー》が来てくれたぞ!!」

 

 

 ドラゴンテイマー。《ビーストテイマー》の中でも強力なドラゴンを《使い魔》とする事ができた者に贈られる通称をプレイヤー達は口にしている。そしてその表情は希望に満ちていた。

 

 ユナという女神に加えて、国際防衛組織《ジ・オーダー》なるオーディナル・スケールというゲームの世界に登場する組織の生体兵器が姿を見せてきたのだ、プレイヤー達にとってはこれ以上ないくらいに心強い状況だった。

 

 しかし意外にも、リランがSAO事件記録全集に登場するリランと同一の存在であると気付く者はいないらしい。キリトにとっては変に騒がれなくて寧ろ良いくらいだった。

 

 

「キリト、リラン! 気ぃ付けろ! こいつ何してくるかわからねえぞ!」

 

 

 クラインが呼びかけられて、キリトは一旦立ち止まる。同刻、白の刃竜が白い煙に包み込まれて、容姿が上手く確認できなくなった。白の刃竜はそのまま宙返りの要領で飛び上がったが――着地した際にその姿は変化していた。

 

 額の聖剣は変化していないが、しなやかだった身体は更に細くしなやかになり、尻尾が妙に太くなっている。形態変化を行ったようだ。白の刃竜は形態を変えて戦うやり方をするモンスターであるらしい。

 

 ソードスキルを使える《SA:O》等ならばそうなったとしても戦いを進められたが、如何せんこのオーディナル・スケールではソードスキルなど使えない。プレイヤー側はかなり不利な状況にいつだって立たされている。今この瞬間もだ。

 

 

「姿が変わるとか面白過ぎるだろ!」

 

「これを倒せば、ボーナスたっぷりだ!」

 

 

 しかし周りのプレイヤー達の勢いは削がれなかった。誰もが一段とやる気を出して白の刃竜に立ち向かっていっている。その中で、シノンのように射撃武器を構えたプレイヤー達が、一斉に白の刃竜に銃弾や擲弾(てきだん)の雨を浴びせていた。

 

 白の刃竜はブレードを使用した近距離攻撃を仕掛けてきていたので、後方からの射撃は合理的だろう。だがそんなに甘くはなく、白の刃竜のHPはあまり減っていない。射撃に弱いというわけでもないようだ。

 

 遠距離攻撃の的にされた白の刃竜は飛んでくる銃弾をものともせずに向き直り、その開かれた咢より光のレーザー光線を放った。着弾地点は射撃攻撃をしていたプレイヤー達の場所だ。

 

 まさかの遠距離攻撃返しに適応できるわけもなく、プレイヤー達は爆発に呑み込まれた。土煙が晴れると、プレイヤー達の姿は現実世界の物へ戻っていた。戦闘不能になるとオーディナル・スケールのプレイヤーとしてのレイヤーが剥がれ、次の戦闘まで参加できなくなり、観戦する事しかなくなる。そうなればランキングも上がらないので、できる限り戦闘不能にならないように立ち回らなければならないのだ。

 

 死にはしないが、デスペナルティがそれなりに重いのが、このオーディナル・スケールだった。そんなゲームに参加中のクライン、その仲間である風林火山の者達が、白の刃竜に向かって行っていた。白の刃竜は遠距離攻撃の為に背中を向けている。その隙を突こうとしているのだ。

 

 

「オレらがボーナスを取ってやるぜ!!」

 

 

 クラインの言葉に反応したのか、白の刃竜は振り返って右腕のブレードを振り降ろす攻撃に出る。そこでクラインの仲間の一人、盾持ち片手棍使いが間に出て白の刃竜のブレードを受け止めた。

 

 鋭い金属音と共に白の刃竜の動きが止まったところで、クラインと片手剣使いが白の刃竜に斬撃を浴びせて走り抜ける。結構なダメージが入ったようだが、まだまだ白の刃竜はHPに余裕があるようだ。

 

 攻撃を受けた白の刃竜はターゲットをクラインと片手剣使いに向けて走り出したが、次の瞬間に白の刃竜の右腕に突然衝撃が入った。完全な不意打ちを受けた白の刃竜は転び、ダウンする。

 

 キリトから比較的近い位置、白の刃竜からは遠い位置に立ち回っているシノンが銃撃を仕掛けたのだ。何故かフィクションでは人に向けて撃っている描写があるが、本来は戦車や戦闘機、装甲車などを破壊するために用いられる体物ライフルの大口径弾を受けたのだ、白の刃竜は転んで当然だった。

 

 

「キリト、仕掛けて!」

 

 

 シノンに呼びかけられたキリトは――渋々走り出して白の刃竜に接敵、手持ちの片手剣で思い切り白の刃竜の胴体を斬りつけた。手ごたえを感じてすぐに離脱をしようとするが、走り出した瞬間に(つまづ)いて転んでしまった。白の刃竜と交代で転んだようなものだった。

 

 

「痛ってぇ!」

 

 

 現実世界で感じる痛みと苦しさが容赦なく襲い来る。オーディナル・スケールは拡張現実のゲームなので、痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)などという便利な機能はない。そのうえシステムのアシストも無いので、身体がとても重く感じて動きづらい。完全インドア派で日頃あまり運動をしないキリトからすれば当然だった。

 

 起き上がった時には白の刃竜もまた起き上がり、迫ってきていた。攻撃をした事によりターゲットが向いてしまったらしい。思わず逃げようとしたそこで、白の刃竜の横からリランが渾身の突進を仕掛けて、キリトから白の刃竜を離してくれた。

 

 

《何やってるのだキリト! いつもの調子はどうした!》

 

「煽ってるのかお前! VRじゃないせいで全部痛いし身体重いんだよ!」

 

「それって運動不足なだけなんじゃないの!?」

 

 

 シノンにまで言われたキリトは黙る。拡張現実というこの世界では、中身の身体が諸に影響する。運動神経のない者、運動不足の者はそれを持つ者と大きな差を開かれてしまうのだ。

 

 こんな事ならば運動して身体を鍛えておけばよかった――そんな後悔を抱きつつ、キリトは一旦交代する。次の瞬間、白の刃竜はまた身体を白い煙に包み込んで宙返り、新たな姿を晒す。

 

 ブレードを持つ腕が一気に太くなり、どっしりとした体型になっていた。しなやかさなどあまりない、パワータイプというべき姿だった。あれで斬り付けられたら、本当に真っ二つにされてしまうだろう。ごくりと息を飲んだその時に白の刃竜の右方向で、虎獣人に姿を変えたプレイヤーがランチャーを構えているのが見えた。

 

 

「これでラストアタックだろ! 喰らいやがれ!!」

 

 

 次の瞬間、ランチャーよりロケット弾が射出された。やはり戦車を倒すために使われるのが本来の目的である弾は、白の刃竜へ向かった。しかし着弾する寸前で白の刃竜はパワータイプとは思えないような速度を出して回避行動を取り、難を逃れる。

 

 対象を失ったロケット弾は真っ直ぐ飛翔し――ユナの許へ向かって行った。

 

 

「あ、やっべぇ!!」

 

「ゆ、ユナちゃんに当たっちまうぞ!」

 

 

 虎獣人とクラインが言うが、ユナは歌い踊るのに夢中で回避行動を取らない。前方からロケット弾が飛んできているというのに、何も見えていないかのようだ。その場の状況に合わせて行動を変えるという事さえできないくらいの賢さしか、まだ持ち合わせていないという事なのだろうか。

 

 

「……ユナ!!」

 

 

 キリトが思わずその名を叫んでしまった瞬間だった。下方向からレーザーのような水流が放たれ、ロケット弾を呑み込んだ。下から強い力で押されたロケット弾は上空へ押し上げられた後に爆発。打ち上げ花火のようにユナを照らした。

 

 今、何が起きた――? 誰もがそう思ったところで、ユナの下方向から二つの大小の異なる影が躍り出て、ユナの近くに着地した。一人は紫の光が走るコート状の戦闘服に身を包んだ、茶髪の青年。その隣にいるのは、竜だった。だが、その特徴は驚くべきものだった。

 

 

「え……!?」

 

 

 青年の隣の竜は、青い水に包まれた白い毛に身を包んでいる。腹部は群青の甲殻に包まれ、ところどころに七色の光のラインが走っている。背中と肩から一対ずつ、アオミノウミウシの手のような形状の翼を生やして飛んでいる。そしてその輪郭はリランと同じ、狼のものだった。

 

 

「……水の狼竜……?」

 

 




――原作との相違点――

・オーディナル・スケールに《ビーストテイマー》がいる。

・オーディナル・スケールの彼の者に《使い魔》がいる。


――くだらないネタ――

・オリキャラ達のイメージCV

 芹澤愛莉/イリス:小清水亜美さん

 リラン(狼竜形態):池畑慎之介さん


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。