キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:黒猫の姉妹

           □□□

 

 

 《月夜の黒猫団》という名のギルドの七人目のメンバーとなったその夜、キリトの寝ている場所は宿屋の一室となった。それは以前と変わりがない。小規模であれ、ギルドを組んでいるのだから、そのメインホームくらいあるのではないかと思っていたが、その予想はあっさりと外れた。《月夜の黒猫団》はまだメインホームも持たないギルドであり、SAOの開始から現在までずっと、各地の宿屋に寝泊まりして攻略を進めてきたという。

 

 情報屋を中心にして配布されるアインクラッドの情報新聞には、ギルドの名も記されており、それらのほとんどがしっかりとメインホームとなる家や施設などを持っていた。そのアインクラッド情報新聞にさえ《月夜の黒猫団》の名前は無い。

 

 恐らく結成はSAO開始からなのだろうが、細々とした活動しかして来ず、他ギルドのような表立った行動はしてこなかったのだろう。

 

 他ギルドと比べれば存在感も強さも何もない《月夜の黒猫団》。自分の入った場所はそんな場所なのだ――キリトは改めてそう思っていた。

 

 

「……だけど」

 

 

 独り言ちながらごろりとベッドに寝転がり、両手を後頭部に添えて天井を見る。今日から仲間となった《月夜の黒猫団》の者達の相貌が眼中に浮かび上がり、脳裏にフラッシュバックしてきた。

 

 話を聞いたところ、《月夜の黒猫団》は全員が同じ高校のパソコン研究会のメンバーだそうで、ケイタとサチとマキに至っては家が近いらしく、幼馴染であるという。彼らは全員が仲が良いのだが、それはこのSAOという極限環境に閉じ込められても変わらず、現実世界の様子のままであるそうだ。それこそがキリトがこれまで見てきていないものだった。

 

 SAOを攻略し切り、現実世界への帰還を目指して多くのプレイヤー達が迷宮区、ボス戦攻略に赴いている。その中についこの前までキリトも参列していたが、居心地は最悪だった。誰もが攻略の効率化を最優先し、人間誰しもが抱く感情を二の次にして戦い続けているのが最前線だ。仲の良さ、和気藹々の雰囲気など微塵もない。

 

 元より孤独で居る事を好んでいるキリトだが、それを抜きにしても攻略組達の醸し出している雰囲気は居心地悪いったらありゃしない。用件が済めば本当に立ち去る気になれるほどだ。誰もがそんな雰囲気を放出しながら攻略に勤しんでいる。生死が関わっているというのもあるからなのだろうが、それにしてもぎすぎすしすぎていると感じられた。

 

 しかし《月夜の黒猫団》は明らかに違う。《月夜の黒猫団》の者達は誰もが互いに手を取り合い、労い合い、喜びをわかち合っている。この世界がデスゲームである事を忘れさせてくれるかのように、和気藹々としているのが特徴と思えた。

 

 もし彼らが今後成長し、攻略組に追いつくくらいのギルドとなれば、その時攻略組の雰囲気は《月夜の黒猫団》のような穏やかで良いモノに変わってくれるかもしれない。そうなればきっと攻略はもっとよく進むようになるだろうし、雰囲気に誘われて志願者も増えてくるはずだ。

 

 そのきっかけが《月夜の黒猫団》となるのであれば、これ以上喜ばしい事はない。

 

 

「それに……」

 

 

 《月夜の黒猫団》は強くなれる――キリトはそう思えて仕方がなかった。まだ皆に告げてはいないけれども、レベル四十越えの自分が加わっている。それだけではなく、《月夜の黒猫団》の名付け親であり、尚且つ《月夜の黒猫団》最強プレイヤーであるというマキの存在もある。

 

 教えてもらったところ、マキは元からゲームが得意で、更に時折アイテム稼ぎなどのために一人で戦闘を繰り返す事も多ければ、姉を守るという意志を成し遂げるために鍛錬も怠っていないという。日中にはその剣技の強さに驚かされた。彼女の強さは既に攻略組の最強プレイヤー達に匹敵する腕前に到達しているだろう。

 

 そんなマキと自分が中心となって戦う事になるのだから、《月夜の黒猫団》は瞬く間に強くなっていけるだろう。攻略組に《月夜の黒猫団》が辿り着くのも時間の問題となっているはずだ。

 

 今のぎすぎすとした雰囲気の攻略組ではいずれ限界が来るだろう。その前に《月夜の黒猫団》が加われば、限界は越えられる。攻略組は穏やかな雰囲気と強さを持った集団となり、このアインクラッドを攻略しきるだろう。

 

 《月夜の黒猫団》の攻略組の加入は非常に重要な出来事となるはず。早くそこまで行くためにも、《月夜の黒猫団》を強くしていかなければ。

 

 

「……!」

 

 

 そこまで考えたところで、脳裏に浮かぶものがあった。それは《月夜の黒猫団》の紅二点のうちの一つ、マキの姉であるサチの姿だった。《月夜の黒猫団》の中でも一目見ればわかるくらいに怖がりで、戦闘慣れしていない女性であり、はっきり言って戦闘に向いていないのがサチだ。そんなサチを助けた事にお礼を言ってもらえたのが、キリトが《月夜の黒猫団》に入ろうと思った要因の一つであった。

 

 どうしてかはわからないが、サチを守ってやりたい。この不条理と理不尽で出来ているSAOから守り、現実世界に帰してやりたい――そんな思いが胸の内に生まれたからこそ、キリトは《月夜の黒猫団》に加入する事を決めた。そしてその思いはサチの妹であるマキにもある。マキはその思いがあるが故に強いのだとわかった。

 

 明日からは《月夜の黒猫団》の一人として、マキと共にサチを守るために戦っていく事になるだろう。誰かのために戦うなど馬鹿らしい――そう思っていたはずの自分の中にそんな思いが生まれているのは意外だったが、決して嫌ではなかった。寧ろサチのために戦える、サチを守るために戦えるというのが、嬉しく思えていた。

 

 明日からの自分はソロではなく、ビーターでもない。ただの一プレイヤー、《月夜の黒猫団》の一員だ。キリトは改めてそう思い、目を閉じようとした――その直後に、ドアをノックする音が届いてきたから、キリトは眠りに落ちれなかった。

 

 真夜中ではないが、こんな時間に誰だろうか。若干の疑問を抱きながらベッドから降りて、ドアを開けると、そこでキリトは少し驚いた。

 

 ドアの前にいたのは今まさに考えていたサチだったのだ。服装はスカートを伴う水色の寝巻きで、子供ならば枕を胸に抱いているだろうが、何も持っていない。彼女が弱気であっても子供ではない証拠だった。

 

 

「サチ? こんな時間にどうしたんだ」

 

 

 応じるキリトに、サチは顔を合わせた。表情はやはり弱々しいもので――儚げだった。

 

 

「ごめんキリト。もしかして、寝てるところを起こしちゃったかな」

 

「いや、別にそんな事ないよ」

 

 

 キリトは咄嗟にサチの周囲を見回した。如何にもお姉ちゃん大好き妹なマキの姿はない。サチは一人で来ているらしい。確認したキリトは改めてサチに問うた。

 

 

「サチ、どうかしたのか。俺に何かあるのか」

 

「うん。どうしても、もう一回お礼を言っておきたくて……」

 

 

 「お礼?」と首を傾げるキリトに、サチは小さく頭を下げ、静かに言った。

 

 

「ありがとう、キリト。あの時、私を助けてくれて……」

 

 

 あのときというのは日中の戦いの事だろう。キリトはあの戦いの時、ボスモンスターに狙われていたサチを助ける形で途中参戦をした。その時追い詰められていたサチは、その後の祝勝会で深々とキリトに礼を言ってきていた。あれだけで十分な気がするというのに、また彼女は礼を言ってきている。

 

 

「いやいや、いいって、いいって。あれくらいどうって事ないよ。そんなにお礼を言わなくたって……」

 

「――私ね」

 

 

 サチに言葉を遮られ、キリトは口を閉じた。そのままサチの言葉に聞き入る。

 

 

「私、あの時本当に駄目だって思ったの。ここで本当に終わりだって、あのモンスターに殺されて死ぬんだって思って、怖くて、どうしようもなかった。何もできないまま終わっちゃうんだって、皆に、マキに迷惑かけっぱなしで終わっちゃうんだって、そう思ってた。皆とマキの足を引っ張って、引っ張って、それで終わっちゃうんだって……思ってたんだ」

 

 

 確かにあの時サチのHPは黄色に変色するまで減らされていた。黄色はまだ警戒の域だが、モンスターの攻撃の強さによってはそのまま即死に繋がる事もままある。だから実質赤色、危険域と変わりがない。サチは命の危機に晒されていた――キリトはそれを把握し直した。

 

 

「だから、だからあの時キリトが助けに来てくれたの、本当に嬉しかった。キリトがいなかったら、私、死んでたから。でも、キリトが助けてくれたから……こうして生きてられるのは、全部キリトのおかげだから……だから、もう一度お礼しに来たの」

 

 

 サチの儚くも思いの籠った声を聞き終えて、キリトは胸中がまた暖かくなるのを感じた。あの時サチを助ける事になったのは、月夜の黒猫団と一緒に戦ったのは全部偶然だ。偶然出会ったから、偶然一緒に戦っただけ。SAOではよくある事。

 

 それは攻略最前線のプレイヤー達すべてがわかっている事だから、他プレイヤーからの助太刀に深々とお礼を言う事などない。今までキリトもそうだった。だから誰かを助けたりもしてこなかったのだ。

 

 しかし、サチは異なっていた。こんなにも深々とお礼を言ってくれて、思いを伝えてきてくれている。その思いは確実に、ソロプレイでからっぽだったキリトの胸を満たしてくれている。胸の暖かさは、サチがくれている。そんな気がしてならなかった。

 

 

「ありがとう、キリト。あの時私を助けてくれて……本当に、ありがとう」

 

 

 そこでようやく、サチの顔に微笑みが浮かんだ。弱々しくて儚いが、とても綺麗で暖かい笑み。それはいつの間にかキリトに根を下ろし、キリトをもそうさせていた。

 

 

「……本当に、君を守れてよかった。あの時君を助けられて、よかったよ」

 

 

 そんな言葉が自分も出せたという事に、キリトは静かに驚き――サチに感謝を抱いた。こんな言葉を出せたのは、こんなに暖かい思いをさせてくれているのは、目の前にいるサチだ。サチが、自分になかったものを与えてくれたのだ。

 

 そのサチは、キリトが次の言葉を出す前に、唇を動かした。

 

 

「ねぇキリト。あなたはこれからも戦うんだよね。私達と一緒に戦ってくれるんだよね」

 

「え? うん、そのつもりだけど」

 

 

 サチは俯いた。何か言いたくない事を言う前のようだ。

 

 

「……見たよね。私、全然強くなくて、すごく弱い。だから簡単に追い詰められちゃうんだ。きっと明日からもそうなると思う。そんな事ばっかりだと思う。今日みたいな事もいっぱいあるかもしれない」

 

 

 聞き入りの姿勢になっているキリトと、サチはもう一度顔を合わせてきた。表情は懇願のそれに変わっている。

 

 

「もし、私が危なくなった時は……キリトは助けてくれるの?」

 

 

 その問いかけに対する答えは既に用意していた。そもそもその答えを実行するために、この月夜の黒猫団に入ったようなものだ。キリトは自信を込めて、言葉を出した。

 

 

「勿論だよ。俺は君を守るし、君を助けるために戦う。君を死なせたくないんだ」

 

 

 サチの目が丸くなった。今まで見た事がない。

 

 

「本当に? 本当にまた私を、こんな私でも助けてくれるの」

 

「うん。君の事は俺が守るよ。だから戦闘になっても安心してくれ。俺は君のために戦うからさ」

 

 

 そこでキリトは気がついた。よく考えたらサチを守るのは自分一人だけではないではないか。頼もしい存在がもう一人いるじゃあないか。

 

 

「いや、俺達で君を守るよ。君の妹のマキと一緒に、君を守る。マキは君を守ってくれてるんだろう」

 

「うん。マキは私のために戦ってくれる……いつもそうだったよ。あの子はいつだって私を助けてくれて、守ってくれるんだ」

 

「それなら大丈夫だよ。俺とマキが居れば、どうって事ない。だから安心してくれ、サチ。もう君が危険に晒されるような事はないよ」

 

 

 一見すれば無責任な言葉かもしれない。しかしキリトはそれを成し遂げられる自信があった。自分という剣士と、マキという剣士。この二人で戦えば、サチを守る事など容易い。まだマキには話を聞いていないが、姉思いの妹であるのがマキだ。きっとこの思いは通じるはず。そう思ったキリトの言葉が届いたのか、サチの顔に安堵が浮かび始めた。

 

 

「……ありがとう、キリト。そう言ってもらえると、嬉しい……」

 

「あぁ。明日から任せてくれ、サチ」

 

 

 サチはうんと頷き、柔らかな笑みを浮かべた。《月夜の黒猫団》の皆は知らないかもしれないが、サチは清らかで可憐だ。そんなサチをこの世界に喰わせてはならない。この世界から、サチの事を守ってやらなければ。自分のやるべき事はそれだ。キリトがそう思い直すと、サチはちらと部屋の方を見た。

 

 

「こんな時間に来ちゃって、ごめん。――おやすみ、キリト」

 

「うん。おやすみ、サチ」

 

 

 どれ程しなくなっていたかわからないくらい久しぶりな挨拶を交わすと、サチは自分の部屋と思わしきところへ戻っていった。

 

 その後ろ姿を見届けて、キリトはドアを閉めた。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 朝食を終えた後、《月夜の黒猫団》一同はフィールドに出た。目的はアイテム収集ついでの戦闘訓練だ。これまで《月夜の黒猫団》は六人パーティでやってきたが、キリトの加入により七人パーティで戦う事となった。一人増えた事で戦い方を変える必要が出たとケイタは判断を下し、そのための訓練をしようという事になったのだ。

 

 その意見にキリトを含む全員が賛成した。七人になれば、戦い方も立ち回りも大幅に変更する必要が出る。勿論六人の時のままでもいいかもしれないが、七人で出来る立ち回りと戦い方をした方がパーティ全体が強くなれるのは明らかだ。

 

 今後のために訓練を重ねておく必要は十分にある。その判断を皆で下し、フィールドに出向く事になったのだった。アイテム収集こそついでで、本当の狙いは訓練であった。

 

 森林地帯が大半を占める構造であるのがこの層であるため、街を出てすぐに森林に入った。出現するモンスターは昆虫型と獣型がメインで、レベルはキリトより遥かに低く、月夜の黒猫団の皆よりも低い方だ。この辺ならばよほどの事がない限りは、危機に晒されるような事はないだろう。

 

 幾分か安心しながら、キリトはサチ達よりそれなりに離れた後方を歩いていた。《月夜の黒猫団》は和気藹々としているギルドだが、彼らは同じ高校の同じパソコン研究会の仲間達であるが故に仲が良い。

 

 自分は同じ高校にも中学校にもいない、完全なる部外者だ。しかもこれまでソロプレイに徹してきた異端者だ。いくら同じギルドに加入したとはいえ、入って行きづらい。そう思えて仕方がなく、キリトはずっと後ろを歩いていた。彼らがこの事に気付いていないのが幸いだ。戦闘になるまでこうしていよう。

 

 

「キリト」

 

 

 そう思った矢先に、聞きなれない呼び声がした。振り向くよりも前にキリトの右隣に黒い人影が現れ、並んで歩くようになった。黒色の猫耳帽子と同じく黒色の軽戦闘服に身を包んでいる少女剣士。サチの妹であり、《月夜の黒猫団》の名付け親であり、彼らの中で最も強いマキだった。

 

 

「マキ」

 

「キリト、後ろを守ってくれてるの。皆が後ろから不意打ちされないようにしてくれてるの」

 

 

 そういうつもりではないが、真実を話したらややこしい事になりそうだ。キリトは首を縦に振り、マキに答える。

 

 

「あぁ。意外と後方から狙ってくるモンスターが居るからな。後ろは俺が守っててやろうと思って。そういう君も同じか」

 

「そうだよ。あたしは《月夜の黒猫団》で一番強いから、いつも一番後ろにいるんだ。後ろから敵が襲ってきても大丈夫なようにね。キリトも同じ事考えてたんだね」

 

「どうもそうらしいな。考えてる事は似てるみたいだ」

 

 

 「そだね」と言ってマキは笑む。マキは帽子もそうだが、上着も尻と腰の間に猫のそれを思わせる黒い尻尾の装飾が付いている。マキはまさしく黒猫だった。そんなマキが《月夜の黒猫団》の名付け親ならば、彼女は自分の服装から《月夜の黒猫団》という名前を作ったのかもしれない。

 

 

「そういえばマキ、君のその『マキ』っていうのは通称みたいなものなんだってな」

 

 

 若干疑問に思っていた事を口にすると、マキはぴくりと反応した。

 

 

「そーだよ。あたしのこのアバター、本当は違う名前なの。今呼ばれてる本名に一文字足せば出来るから、そう呼んでもらいたいんだけど、皆あたしを本名のマキって呼ぶんだよね」

 

 

 キリトは思わず驚いた。マキというのは彼女の本名であるだって?

 

 

「まぁそこはしょうがないんだけど。おねえちゃんも本名をカタカナでサチにしてるくらいだし、ケイタ先輩とテツオ先輩もそうだし。ちゃんとアバターネームにしてるのはダッカー先輩とササマル先輩とあたしくらいなんだよね。そのくせダッカー先輩とササマル先輩はちゃんとそう呼ばれてる。なのにあたしだけ皆してマキ、マキって」

 

 

 マキは次々と、攻略組などでの間では禁止されている会話をしていた。その辺の守りはかなり薄いらしい。しかしそんな事を話すという事は、マキが心を許してくれている証拠でもあった。

 

 

「だからキリトも、あたしの事はマキって呼んで。そんなこんなで呼ばれ慣れちゃってるから」

 

「そう呼ばせてもらうよ」

 

 

 そんなマキと可愛がられている黒猫少女。その彼女こそが、《月夜の黒猫団》の切り札であり、サチを守ってきた(かなめ)だ。

 

 

「それでマキ、君のお姉さんから聞いたけど……君がずっと守って来たんだってな、君のお姉さんの事を」

 

 

 マキはすぅと静かに鼻を鳴らし、前方の仲間達に向き直った。その視線はまっすぐに姉に向けられている。

 

 

「そーだよ。だっておねえちゃんを……ううん、先輩達をこのゲームに巻き込んだのはあたしだもん」

 

「え?」

 

 

 サチの一歳違いの妹であり、《月夜の黒猫団》の名付け親であるマキは、サチと正反対の娘だった。気が弱く、怖がりなサチに対し、マキは明るくて元気で活発であり、ゲームが大好きなうえに得意であると、見事に正反対な性格の持ち主だった。

 

 しかしそんなマキはサチを毛嫌いしたりせず、寧ろサチによく懐いていた。いつも姉の力になろう、助けになろう、そう思って生きてきたそうだ。

 

 だからこそ彼女はサチが高校に上がった後、同じ高校を選んで上がり、サチと同級生であり、自分にとっては先輩達の集まるパソコン研究会に入ったというのだ。弱気な姉であるサチをフォローする姿勢を崩さないマキを、パソコン研究会の先輩達は快く受け入れた。

 

 そこでマキはある時、皆が十分なお金がある事を聞くと、ナーヴギアとSAOの購入をしようと言い出し、完全なる仮想世界に飛び込んで楽しもうと勧めた。その誘いに姉を含めたパソコン研究会の先輩達は快く乗り――そしてデスゲームに閉じ込められた。

 

 マキはそこで語りを終え、溜息を吐いた。

 

 

「あたしが勧めたりしなかったら、誰もこんなデスゲームに閉じ込められたりしなかった。皆がこうしてここにいるのは、全部あたしのせいでもあるんだよ」

 

「だから君は、《月夜の黒猫団》の皆を、サチを守ろうと?」

 

「うん。特におねえちゃんは昔っから怖がりで、弱気で、ほっとけなくて。ずっとあんな感じだから、いつも家族のあたしが何とかしてあげようって思っちゃって。お節介な事もやりまくってると思う。けれどあたしの事を大事にしてくれて、可愛がってくれて……自慢の妹だって言ってくれたんだ」

 

 

 マキの言葉には意志が込められていた。サチをとても大切に思っている意志、サチからとても大切に思われている意志だ。この意志こそが彼女の原動力であり、《月夜の黒猫団》の切り札を切り札たらしめる要素だ。

 

 この意志を抱いて戦っているからこそ、彼女はこんなにも強い。キリトは直感的にそう感じていた。

 

 

「だからあたし、最後までおねえちゃんを守り抜くんだ。このデスゲームからおねえちゃんを、先輩達を出してあげるために戦うんだ! そのためなら、いくらでもあたしは強くなる。強くて立派になって、おねえちゃんも先輩達もデスゲームから脱出させる!」

 

 

 マキはヒートアップして、願いを吐き出してしまっていた。だがその願いこそが、やはり彼女の意志の源であり、力の源だ。これまで《月夜の黒猫団》が生き残って来れたのは、この願いと意志を抱いたマキが居てくれたからだろう。そんなマキと一緒に戦って、サチを守れるというのだから、心強い事この上ない。

 

 そのマキは、改まった様子でキリトに顔を向け直す。

 

 

「キリトは強いプレイヤーだって、昨日よくわかったよ。だからキリト、あたしと一緒におねえちゃんを守ってほしい。おねえちゃんと、先輩達と一緒にログアウトするまで、戦ってほしい」

 

 

 マキの意志は、すでにキリトの中にもあったものであり――それはキリトを深く安堵させた。これからマキと組んで《月夜の黒猫団》を、サチを守っていくというのは、マキ自身も考えていた事だったのだ。マキに断られたらどうするかと思いもしたが、余計だった。

 

 

「俺もその気で、《月夜の黒猫団》に入ったんだ。一緒に戦って、一緒にサチを守っていこう。そのためにいくらでも力を貸してやるよ」

 

「頼んだよ、キリト! これからよろしくね!」

 

 

 そう言ってマキはにっこりと笑んだ。彼女のまた安堵したらしい。自分とマキは同じ志を持ち、同じ目的を持っている。自分達ならば《月夜の黒猫団》を、サチを守っていけるだろうし、自分達が中心になれば、近い将来攻略組に行く事も可能だろう。

 

 今の時点から、キリトは得体が知れないけれども確かな自信を抱いていた。

 

 

「うわっと! モンスターが出た!」

 

「えぇっ、ちょっと多くね!?」

 

 

 その時、前方から声がした。《月夜の黒猫団》の皆が驚いたように武器を構えている。そのさらに前方に、昆虫型モンスターの群れが確認できた。どうやら連中の縄張りに入ってしまったらしい。早速出番だ。

 

 

「キリト!」

 

「あぁ、行こうぜマキ!」

 

 

 キリトはマキと並んで走り出し、《月夜の黒猫団》を追い越して、満ち塞ぐモンスター達に斬りかかった。守ると決めた人達を守るために。

 




 次回は原作でもあったワンシーンの後、現在へ。

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