キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 平成最後の更新。

 ジェネシス最終戦。


17:ジェネシス ―創世神との決戦―

         ◇◇◇

 

 

 新生アインクラッド中枢部にて、ついに始まった。アイングラウンドの命運、仮想世界分野そのものの存亡を賭けたラストバトルが、俺達とジェネシス達の決戦が幕を開けた。

 

 俺達のチームはいつものメンバーが勢ぞろいしている。俺、リラン、シノン、アスナ、ユウキ、カイム、ユピテル、リーファ、リズベット、シリカ、フィリア、ストレア、レイン、クライン、ディアベル、エギル、シュピーゲル、アルゴ、イリス、プレミア、そして助っ人のヴェルサ。

 

 これまでいくつものこんなに共に立ち向かい、そして打ち勝ってきた仲間達がここに集っている。これが普通のボス戦だったならば負ける気がしなかっただろう。だが、今回ばかりは正直その自信は危うい。何故ならば対するジェネシスが尋常ならざる姿となっているからだ。

 

 墨のように黒い肌であちこち光を放つ青白い模様が走っている。輪郭は鋭い狼のそれで、角と一体化した一対の耳が目を引き、首元には古代エジプトの神を思わせる装飾。周囲に自分よりも大きな槍を翼のように浮かばせ、二本の両手剣で武装している獣人。それが今のジェネシスの姿だ。

 

 プレミアと同じ女神のうちの一人、巫女の片割れがその力を授け、誕生した《創世の狼神(おおかみ)》。世界の全てを淘汰し、世界そのものになろうとしている神だ。ジェネシスはゴッド・オブ・チート、ゴッド・オブ・モッドと呼ばれているような奴だったが、あいつはついに本当の神になってしまった。恐らくこの世界でアレに敵う存在などいないのだろう。当然俺達で勝てる相手なのかもわからない。

 

 だが、そうであっても戦わないなどという選択肢はない。もしジェネシスを止められなければ、カーディナルは再び厄災を引き起こし、アイングラウンドはついに滅びの時を迎える。俺達がここでジェネシスを止めなければ、結局すべてが終わってしまうのだ。そんな事を許す気など、俺達の誰の中にもない。

 

 ジェネシスを絶対にここで倒すのだ。プレミア達と生きると決めたこの世界を、未知のモノで溢れかえっているこの素晴らしき世界を守り切るのだ。

 

 

「全員、散開しよう! 相手の出方を見るんだ!」

 

 

 意を決している仲間の一人、ディアベルはいつも通りの指示を下した。作戦司令塔としてSAO攻略時から俺達攻略組を導いてきた彼の観察力、作戦立案力は変わっていないし、不調もなかった。俺を含めた皆でひとまず散開し、ジェネシスに範囲攻撃に巻き込まれないくらいの距離を取った立ち位置へ行く。

 

 

「あいつ、両手剣を二本装備してるけど、まさか二刀流だっていうの!?」

 

 

 ジェネシスを観察したレインの問いかけに頷く。

 

 ジェネシスの身長は五メートルを超えており、最早プレイヤーというよりも獣人型モンスターだ。そしてその手に握られているのは二本の大剣。放たれるソードスキルは二刀流のモノだという事が判明している。ジェネシスが二本の大剣を振るうようになった時、俺はジェネシスの双大剣から放たれた二刀流ソードスキルで叩きのめされたのだから。恐らくその性質は変わっていないだろう。

 

 本来両手で持って戦う両手剣を二本装備し、二刀流ソードスキルを使うなど、ゲームバランスのへったくれもありゃしない。最早チートというよりもバグの域に入っているだろう。二本の大剣を装備する事で、バグが生じ、ジェネシスには二刀流が付与されているのだ。

 

 バグもチートも含めた、本当に世界そのものがジェネシスに味方している。最悪だ。

 

 

《それで陣取ったつもりか? てめぇらはよぉ、考えが甘いんだよ!!》

 

 

 《声》の直後、ジェネシスは双大剣に水色の光を宿らせて身構えた。間もなく地を蹴り上げて突進と連斬を繰り出してきた。向かう先はフィリアとシリカ、ストレアとユピテルの四人のいるところだ。ジェネシスは《エヴォルティヴ・ハイ》とやらを使っている時と同等、もしくはそれ以上の速度を出して四人の許へ到達し、剣撃の嵐で切り刻まんとした。

 

 しかし直前でストレアと《使い魔》形態となっているユピテルが防御姿勢を作り、ジェネシスの双大剣の連続攻撃を防ごうとした。が、すぐにその防御は破られて、ストレアとユピテルはジェネシスの双大剣に連続で切り刻まれた。

 

 六連続突進攻撃二刀流ソードスキル《デュアル・リベレーション》。

 

 本来ならば俺達のような二刀流使いにだけ使用が許されるソードスキルをジェネシスは難なく繰り出して見せていた。ストレアは遠くからでもわかる悲鳴を上げて吹っ飛ばされたが、途中で体勢を立て直した《使い魔》形態のユピテルが肩より生える腕を伸ばして彼女を受け止め、ジェネシスから距離を取った。

 

 その隙を突いてフィリアとシリカも離脱済みであり、ジェネシスの背後を取っていた。すぐさま対応を取るかと思われたジェネシスの動きは止まっていた。ソードスキルは確かに強力だが、使えば必ず使用後硬直を強いられる。プレイヤーであろうとモンスターであろうとだ。

 

 これはスイッチする事で打ち消せるが、完全ソロプレイヤーであるジェネシスにはスイッチなどない。明確な隙を見せたそこに、フィリアとシリカは飛び込んでいき、そこに近くにいたシュピーゲルとリーファが更に飛び込んでいった。

 

 フィリア、シリカは短剣に、リーファとシュピーゲルは片手剣に光を宿らせ、ジェネシスの背中に斬りかかった。

 

 

「覚悟しなさいッ!!」

 

「これでも喰らいなさいッ!!」

 

 

 最初にフィリアとシリカの両名が赤い光纏う短剣がジェネシスの背中に勢いよく突き立てられ、その後高速で引き抜かれた。まるで鎧の薄いところを突き、抉り取ったかのような攻撃がジェネシスにお見舞いされる。

 

 単発重攻撃短剣ソードスキル《アーマー・ピアース》。

 

 

「たああああああああッ!!」

 

「これでどうだッ!!」

 

 

 続けてリーファとシュピーゲルがスイッチし、ジェネシスの背中にソードスキルを追加した。リーファはジェネシスの周囲を回るように水平に四連続斬りつけ、シュピーゲルは力を溜め込んだ後の縦一文字斬りを放ち、全く異なる切り口をジェネシスに作った。

 

 四連続攻撃片手剣ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》。

 

 単発重攻撃片手剣ソードスキル《ソニック・リープ》。

 

 四人の性質も威力も異なるソードスキルを背中に受けたジェネシスは硬直していた。本来装備できない二本の大剣で二刀流という無茶をしているためか、ジェネシスの硬直は延長されているようだ。世界の全てがジェネシスに味方をしているわけではない。敵になり続けているモノもあるのだ。ソードスキル使用後の硬直という大いなる存在が。

 

 戦法が見えた。ジェネシスの弱点は、ソードスキルを繰り出した後の硬直。ジェネシスにソードスキルを誘発させ、硬直させる。その隙に一斉攻撃を仕掛けて体力を削るのだ。頭の中でまとめあげ、俺は皆に号令する。

 

 

「ソードスキル使用後の硬直を狙うんだ! あいつが動けなくなった隙に、ありったけの攻撃を叩き込め!!」

 

 

 俺の指示は皆に無事に届き、立ち回りが変わった。ジェネシスが動く様子が未だない。あいつの硬直は俺達の想像を上回るほどに長いものとなっているようだ。チャンスを掴んだ気になったのか、クライン、アルゴ、レインの三人がジェネシスの許へ向かう。

 

 その中でクラインの声が聞こえてきた。

 

 

「隙だらけになってるんじゃねえかよ、チートの神様!!」

 

「本当の二刀流っていうのを見せてあげる!!」

 

「やっぱりお前には容赦できそうになイ!!」

 

 

 レインとアルゴも合わせてジェネシスに言い、そこへ向かう。そして先程の四人同様にソードスキルをお見舞いしようとした。四人に続いてソードスキルを叩き込まれるんだから、ジェネシスもたまったものではないだろう。

 

 

「これでも喰らえッ――――!!?」

 

 

 クラインが掛け声を発したその時だった。

 

 

 三人の前からジェネシスが消えた。それと同時に三人の背後にジェネシスは再出現し、二本の大剣による薙ぎ払いを仕掛けていた。

 

 

 刹那のうちに背後を取られた三人は避ける事も防ぐ事も出来ず、ジェネシスの薙ぎ払いを諸に受けて、自分達から見て前方向に吹っ飛ばされていった。

 

 

「え……!?」

 

 

 何が起きたのかわからなかった。今、何が起きたというのだろう。ジェネシスは確かに三人の前方に、いや、そもそも四人のソードスキルを受けていたはずなのに、消えると同時に三人の背後に出現した。瞬間移動というわけではない。まるで時間そのものを盗んだかのような動きだ。

 

 俺はそれに見覚えがあった。SAOでヒースクリフとデュエルした時、ヒースクリフはマスターアカウントだけが可能とするコマンドを使用し、瞬間移動のようなそれを放ってきた。

 

 まさかジェネシスはかつてのヒースクリフと同じマスターアカウントを手に入れているのと同じで、同じような真似ができるというのか。

 

 

「何、今の何なの!?」

 

 

 シノンがひどく驚いた声を出した直後に、ジェネシスに突進する人影が確認できた。ユウキとカイムとエギルの三人だ。三人は驚きつつも怯んだりせず、ジェネシスに向かって行っていた。俺の予想を上回る速度でジェネシスの許に到達し、一斉にソードスキルを放つ姿勢を作った。

 

 

「はあああッ!!」

 

「だああッ!!」

 

「喰らえやッ!!」

 

 

 三人の咆吼と同時に、ユウキからは水平二連斬り《ホリゾンタル・アーク》、カイムからは居合斬りの後の暴風斬撃《辻風》、エギルからは重々しい両手斧の振り降ろし《グランド・ディストラクト》が放たれた。それらすべてがジェネシスに炸裂して、確かなダメージが与えられた。

 

 ――かと思われた次の瞬間、ジェネシスが三人の目の前から消えると同時に背後に再出現し、二本の大剣による回転斬りが放たれた。三人はジェネシスの双大剣に巻き込まれ、それぞれ別な方向に吹っ飛ばされていった。

 

 広範囲攻撃二刀流ソードスキル《エンド・リボルバー》。

 

 三人の《HPバー》は大幅に減少させられ、黄色に変色するまでの量となった。何もかもが一瞬のうちの出来事で、ついていけていない。威勢の良かった皆の間に動揺と混乱が広がっていた。

 

 

「何よ、一体何が起きてるっていうのよ!?」

 

「こっちの攻撃が効いてないみたいですし、しかも気付いたら後ろにいるなんて、どうなってるんですか!?」

 

 

 リズベットとシリカが皆に問いかけるように言った。シリカは先程ジェネシスにソードスキルを放ったが、手応えを感じている様子がない。その証拠にジェネシスの《HPバー》に減少は見受けられなかった。俺達の攻撃は効いておらず、ジェネシスの攻撃だけが一方的に通されているようだった。

 

 

「なんだよジェネシスの奴、なにやってるんダ。オレっちでもこんなの知らないゾ!?」

 

《なんなのだ、これは!? 奴め、どんなカラクリを使っているというのだ!?》

 

 

 体力を回復させたアルゴも、リランさえも動揺してしまっている。アルゴはこんなふうになって当然だが、ゲームを仕様からシステムまで理解できるリランまでがそうなっているというのには、俺も驚きを隠せなかった。

 

 リランやストレア、ユピテルといったAI達さえも理解できない出来事が、この場で起きていて、尚且つジェネシスにそれが味方している。今やこのアインクラッド中枢の円形闘技場は、常識を超えた世界になっている――そんな気がしてならない。

 

 

「どうなってるんだ。あいつは今、どうなってるんだ!?」

 

 

 思わず大声を出してしまった時、答える声があった。イリスの声だった。

 

 

「これ……まさか、そういう事かな……!?」

 

「イリス先生、あいつは一体!?」

 

 

 何かに気付いている様子を見せるイリスにシノンが問い詰めると、ジェネシスは再び姿を消して全く違うところへ現れ、浮遊する大槍でディアベル、リズベット、ユピテルのタンク三人に突き刺しをお見舞いした。

 

 横方向から突然攻撃をかまされた三人は自慢の防御をする事も出来ずにダメージを負わされ、後退させられた。

 

 ユピテルは一度目の攻撃を受けた後にアスナとプレミアの回復スキルで既に回復済みだったが、ジェネシスからの不意打ちによって再度甚大なダメージを与えられてしまった。

 

 ジェネシスが攻撃を終えたタイミングを見計らい、体勢を立て直したフィリア、ストレア、リーファ、ユウキ、カイムの五人がジェネシスに攻撃を仕掛ける。ソードスキルも混ざった一斉攻撃を受けたジェネシスは身動きせずにそれらを受けたかと思いきや、突然空中に現れて五人目掛けて剣を先端にして急降下。衝突の際の衝撃波で床を捲り上げ、五人を悉く吹き飛ばした。

 

 

「ッ!? 待て!?」

 

 

 その時俺は気付いた。今の攻撃に巻き込まれたのは五人ではない。六人だ。よく見ないとわからなかった六人目はプレミアだ。五人が吹っ飛ばされている中、プレミアだけは防御をする事に成功しており、後退させられながらも大ダメージを防げていた。その後体勢を立て直したかと思うと、プレミアは誰も見ていない方向を見て、すぐさまバックステップをした。

 

 回復して前線へ戻った皆が首を傾げながらジェネシスを追うが、ジェネシスは停止したかと思えばプレミアのいたところに現れ、大槍と双大剣による突き攻撃を放った。プレミアはすでに回避していたために無傷だった。

 

 ジェネシスにもプレミアにも、明らかに異なったものが見えており、俺達は間違ったものを見せられている――なんだかそんな気がしてきた。

 

 そこでイリスははっとしたような様子を見せ、はっきりした声を伝えてきた。

 

 

「硬直したかと思えば急に現れて攻撃してくる……これは」

 

「イリスさん、あいつは何をしてるんですか!?」

 

 

 イリスは長刀――実は片手剣――を手に、俺の許へと歩み寄ってきた。ジェネシスを眼中に捉えたまま。それに続いてプレミアが体勢を立て直したディアベル、リズベット、ユピテル、ストレア、エギルの五人のタンクにジェネシスの注意をひかせ、俺の許へと走ってきた。俺に伝えたい事があるらしい。

 

 

「キリト……!」

 

「プレミア、ジェネシスの事がわかるのか。あいつはどうなってる!?」

 

 

 プレミアは少し焦った顔を見せてきていた。その顔でジェネシスと戦う皆を見ている。ジェネシスはやはり硬直後の瞬間移動を繰り返して皆を翻弄(ほんろう)し、一方的な攻撃を仕掛けてきている。

 

 タンク兼ヒーラーでもあるリズベットに続き、純粋なヒーラーであるアスナも回復スキルを使い続けているが、被害にリキャストが間に合わなくなってきているのか、回復ペースも落ちてきていた。そこでプレミアが独り言を言うように伝えてきた。

 

 

「キリト、皆は何をしているのですか。どうしてジェネシスのいないところに行って、何もないところを攻撃しているのですか」

 

「何もないところを攻撃……?」

 

 

 プレミアの言葉には思わず首を傾げた。俺達は確かにジェネシスのいるところへ行き、ジェネシスに攻撃を当てているはずだ。なのにプレミアはそれを全部否定してきている。

 

 

「それに皆は、避けられるはずのジェネシスの攻撃を避けようとしませんし、防御もしません。どうしてしまったというのですか」

 

 

 プレミアは戸惑っている様子だったが、その戸惑いは俺にまで伝染してきた。プレミアと俺達が見ているモノは違っているというのだろうか。このボス戦で何が起きてしまっているというのだろうか。

 

 その時、プレミアの母親である事が判明したイリスが、何かに気付いたような仕草をした。

 

 

「硬直したかと思えばいきなり背後を取ってる。プレミアは皆が何もないところを攻撃しているように見える……なるほど、そう言う事なのか」

 

「イリスさん、何がわかったんですか!?」

 

「私の予想が正しければ、今私達は《通信ラグ》に巻き込まれてるね。いや、ジェネシスが意図的に《通信ラグ》を私達に起こさせているというべきか」

 

 

 通信ラグ。IT用語の中で最も基礎的な部分にあるその単語の登場に、俺は目を見開く。

 

 最近はあまり見なくなったが、オンラインゲームなどをしていると、サーバーやゲームハードとのデータのやり取りに遅延等が発生し、サーバー内で起きている事とユーザーが見ているものが一致しない現象が起きる事がある。その際の出来事は、敵が突然動かなくなったり、逆に変な動きをするようになったりするなど様々だ。

 

 そしてこの遅延が回復すると、ユーザーとサーバーのデータが共有され、ユーザーに見えていたものが瞬間移動したように見えたり、攻撃が通っていなかったりするなどの現象に繋がる。

 

 

「恐らくだけれど、ジェネシスはシステムと繋がって、自分を最優先高速回線に割り当てているんだろう。そして私達には一番遅い回線を割り当てて、遅延を引き起こさせてる。瞬間移動のカラクリはそう言う事だろうね」

 

 

 最優先高速回線と俺達の間に遅延が起きている。ここまで来れば言われなくてもわかる。ジェネシスは何のチートも使っておらず、普通に動いているだけで、俺達が遅れた情報を受け取っているだけなのだ。まるで動画サイトやネットゲームでよくあるプレミアム回線と一般回線の違いのように。

 

 

「だから、私達が見てるのは三秒後から五秒後の光景なんだよ。ジェネシスが時折硬直しているように見えるのは、私達がサーバーから情報を受け取るまでのラグタイムによるものだ。まさかそんなものを利用してくるだなんて、ゴッド・オブ・チートは伊達じゃないね」

 

 

 俺は息を呑んだ。ジェネシスは俺達よりも三秒から五秒早く動いている。フレーム単位だったならばまだしも、秒単位など十分すぎる猶予だ。ジェネシスに俺達が攻撃を仕掛けた時、あいつは既に俺達の目の前にはいない。これではどんなに攻撃を仕掛けたところで、何の意味もない。時間を常に盗まれているも当然なのだから。

 

 やはりあいつがやっているのはチート(ズル)だ。

 

 

不正使い(チーター)が調子に乗るではないわ!》

 

 

 その時リランがジェネシスに向かって突進していき、振り上げた拳を思い切り叩き付ける攻撃に出た。リランの前足は勢いよくジェネシスに直撃し、轟音と衝撃波を起こしたが、ジェネシスは微動だにしない。数秒後、ジェネシスはぱっと消えたと同時にリランの後方にぱっと現れ、先程と同じ《エンド・リボルバー》をぶちかまし、リランを後方へ吹っ飛ばした。

 

 リランは俺達の方に飛ばされてきたが、転がりながら体勢を立て直し、俺達のすぐ近くで立ち上がった。《HPバー》はそんなに減っていない。プレイヤー達よりもはるかに《HPバー》も耐久力も多いから、そんな簡単にやられたりしないのだ。

 

 だが、その表情には焦りがあった。

 

 

《通信ラグという事ならば納得だが、ならばどうすればいいというのだ。どうやってあいつに攻撃を当てる!?》

 

「リラン、お前は何か見えないのか。お前AIだから、通信ラグの影響を受けないんじゃないのか!?」

 

《そんな事はない。我もストレアもユイも、本体があるのはお前のアミュスフィアだ。お前のアミュスフィアが通信ラグを起こしているならば、我らも通信ラグに影響された状態になる》

 

 

 リランとストレアに期待したが、それは悉く外れた。本格的にどうすればいいのかわからない。通信ラグを攻撃手段として使ってくるボスモンスターなど前代未聞だし、この先VRMMOやネットゲームがどんなに発展したところでそんなものが現れる事はないだろう。今やジェネシスは不条理や理不尽そのものだ、世界ではなく。

 

 

「じゃあ、どうすればいいっていうの。どうやってあいつを倒せばいいのよ!?」

 

 

 駆け寄ってきたシノンは明確に焦っている。こうしている間にもアインクラッドはアイングラウンド目掛けて降下を続けているのだ、こんなふうに足止めされている場合ではないのだが、如何せん対処方法が見えてこない。ここまでお手上げになったのは初めてかもしれない。

 

 これがソードアート・オンラインだったならば、俺達はここで終わっていただろう。

 

 

「私達だけじゃ勝ち目がないが……いるみたいだね、通信ラグが『何それ美味しいの』になっている娘が」

 

 

 イリスの一言に俺達はきょとんとした。その目線の先にいたのはプレミアで――彼女は今、皆が追いかけていないところを見て、「駄目!」「そっちじゃない!」などと繰り返していた。プレミアが言葉を出すのと同時にジェネシスは瞬間移動と瞬間攻撃を繰り出し、皆を追い詰めんとしている。ここでようやく、俺は気付いた事があった。

 

 

「プレミア、まさかジェネシスが見えるのか!?」

 

「見えるというか、キリト達は見えないのですか」

 

 

 そこでもう一度気付く。そうだ。プレミアは確かにユイやリラン、ストレアやユピテルと同じ《アニマボックス搭載型AI》だが、本体はこの《SA:O》のサーバーに置かれている。だから見えているものは常に《SA:O》のサーバーの出す最新情報であり、そこに通信ラグは存在しない。俺達が五秒後に受け取る情報を、プレミアはリアルタイムで受け取って見る事が出来るのだ。彼女はこの《SA:O》で生きる《生命》なのだから、当たり前だ。

 

 その時、プレミアは俺達の前方を見て驚いたような声を上げた。

 

 

「キリト、ジェネシスが攻撃してきます! 防いで!!」

 

 

 俺、シノン、イリスはプレミアに言われるまま手持ちの武器で防御姿勢を作った。間もなく、皆と交戦していたはずのジェネシスがプレミアの言葉通りに突然出現し、水平斬りを放ってきた。プレミアも加わって四人で作る防御壁にジェネシスの双大剣はぶつかり、止まる。

 

 

《んだと?》

 

《わたし達の攻撃を、受け止めた?》

 

 

 ジェネシスとティアの《声》がした。どうやら連中にとっても俺達の防御は予想出来ていないモノであったらしい。そして俺達も、プレミアの言葉通りに攻撃が飛んできたが予想出来ておらず、驚かされていた。しかもどういうわけか、四人で防御したはずなのに、衝撃が軽かった。まるでもう一人防御に参加してくれた者が居てくれたかのようだ。

 

 

「五人で防げば、止められるでしょうが」

 

 

 俺はシノンの隣からした声に気付いた。そこに姿を見せていたのは《白の竜剣士》であるヴェルサ。俺と同じ二本の片手剣で防御姿勢を作り、ジェネシスの双大剣を受け止めてくれていた。目元しか見えないが、得意げな笑みが浮かんでいる。

 

 

「やり方さえわかっちゃえば簡単なもんだね。お前なんかボスモンスターと何も変わらないよ」

 

 

 《白の竜剣士》、《SA:O》のアイドルとして名を馳せたヴェルサの事だ、さぞかしジェネシスにも煽られまくったのだろう。その仕返しのような事を口にされ、狼の輪郭になっているジェネシスの顔に怒りの表情が浮かんだ。直後、プレミアがまた大声を出す。

 

 

「キリト、ジェネシスがバックステップしました! 上方向から大槍が飛んできます!」

 

 

 ジェネシスは俺達に双大剣をぶつけたまま硬直していた。剣を受け止めた手応えもあったが、プレミアの言葉通りに横方向へばらばらに回避する。そのすぐ後にジェネシスが数メートル先に現れ、俺達のいたところを大槍の突き刺しが襲った。プレミアの言う通りにしなければ、串刺しにされていたところだった。

 

 

「キリト!!」

 

 

 同じように回避行動をとったヴェルサの掛け声に頷いた。どこまで対応できるかは定かではないが、ジェネシスの動きはプレミアが把握できている。プレミアにジェネシスの動向をその都度伝えてもらえば、俺達でも対処可能のはずだ。俺は頭の中の作戦を書き返し、上書きし、皆に伝えた。

 

 

「皆、プレミアの指示通りに動いてくれ! プレミアなら、ジェネシスの動きがわかる!」

 

 

 その声にプレミアが続いてきた。

 

 

「わたしが皆にジェネシスの動きを伝えます! 出来る限り、伝えます!」

 

 

 これまで以上に決意に満ちたプレミアの声は、円形闘技場で戦う全ての戦士達の耳に届いた。俺の仲間達である彼らは一斉に頷き、プレミアが見ている方向に身体を向けなおした。ジェネシスは明後日の方向を向いているが、それは真実ではないから気にする必要はない。プレミアの視線の先にこそ真実が、言葉の先に勝利がある。

 

 プレミアはやがて《創世の巫女》となる《聖石の女神》から、《勝利の女神》になろうとしていた。

 

 

《てめぇらが俺に追いつけるだと? (わきま)えろっつってんだろうがぁ!!》

 

《あなた達の抵抗など無意味だ! 何もかも無駄だ、愚かしいッ!!》

 

 

 ジェネシスとティアの《声》の後、プレミアは少し驚いたように身構えた。

 

 

「ジェネシスがわたしに向かってきています!」

 

「だろうな!」

 

 

 俺とリランはプレミアの前に躍り出て、防御姿勢を作った。すぐさまストレアとディアベルの二人が隣に並んでくれて、一緒に防御を作った。直後、ジェネシスは俺達の目の前に急に出現し、突きを放ってきた。俺達四人で作る防御壁に双大剣が衝突し、火花が散って衝撃が筋肉を走る。ジェネシスの放ったのは俺もよく使う二刀流ソードスキル《ダブル・サーキュラー》だった。

 

 恐らく自分の動きが見えるプレミアを最優先に潰そうとしたのだろうが、その動きは読めていた。

 

 

「ジェネシスの動きが止まっています! 今のうちに攻撃を!」

 

「待ってました!!」

 

 

 そう言ったのはヴェルサだった。彼女に続いてフィリア、レイン、アルゴ、クラインの四人がプレミアの指し示す方向へ走っていき、

 

 

「そこです! そこでソードスキルを!!」

 

 

 プレミアの指示に合わせて各々ソードスキルを放った。ヴェルサとレインは重連続攻撃《ナイトメア・レイン》、アルゴとフィリアは無限大を描く連続斬り《インフィニット》を、クラインは防御無視連撃《東雲》を、プレミアの示す場所へ繰り出す。先程までは避けられている一方だった剣技の数々は、ついに《創世の狼神》に入った。

 

 《創世の狼神》は呻くような声を上げ、《HPバー》を減少させた。俺達の攻撃がジェネシスに届き、皆から歓声が上がる。ようやく世界そのものに打撃を与える事に成功したのだ、皆の喜びは当然だった。

 

 

「ジェネシスが動き出しました! え、早い!?」

 

 

 しかしその喜びはすぐに壊される。プレミアが急に戸惑ったような声を上げて、指示を止めてしまったのだ。あまりに早すぎる変化に俺達は驚き、シノンが問うた。

 

 

「どうしたのプレミア、次の指示は!?」

 

「ジェネシスの動きが急に早くなって、見えにくくなって……あ! 皆!」

 

 

 プレミアが言った瞬間、回復を受けるために固まっていたヴェルサ、リズベット、シリカ、リーファ、ユウキの五人の許にジェネシスが急出現し、双大剣による連撃を繰り出した。それはヴェルサとレインの繰り出した重連続攻撃《ナイトメア・レイン》であったが、ジェネシスの身体の大きさが味方して、範囲攻撃に変化させていた。五人は瞬く間にジェネシスに斬り刻まれ、やがて吹っ飛ばされた。回復途中だったのが災いして、全員《HPバー》が赤色になってしまっていた。

 

 

「皆……!」

 

「プレミアに動きを見透かされてるってわかって、加速を掛けたみたいだね。見られてるなら見切れないくらいの速度で対処しようって、随分極論じゃないか」

 

 

 イリスの言っている事は最もだ。ジェネシスはプレイヤーであり、人間だ。だからボスモンスターでありながら、プレイヤー達の動きや戦略を判断して次の行動に移れる。何か問題があればすぐに対処できるという人間ならではの特徴が、ジェネシスの最大の武器になっているのだ。

 

 

「くそ、これじゃあ……!!」

 

 

 歯を食い縛ってプレミアを見るが、彼女もあっちにこっちに視線を向け、戸惑っている。ジェネシスの動きが把握しきれなくなったのだ。これでは次の手を考えねばならないが、その前に全滅するのが先になりそうだった。どうすればあの理不尽な創世神を止められるというのだろう。

 

 あいつがまだデジタルドラッグを使っているトランスプレイヤーの段階だったならば止められたかもしれないが、今となっては本当に打つ手がない。

 

 

「同じプレイヤー、同じ人間同士のはずなのに、なんなんだよ……!?」

 

 

 そしてあんなものが俺達と同じプレイヤーであるというのも信じがたい。同じプレイヤー同士であるはずなのに、ここまでの差が開いてしまっているなんて、どうかしている――流石にそう思わざるを得ない。

 

 と、その時だった。俺の許に迫り来る影があった。それはジェネシスではない。青白いエネルギーの身体に金属の骨と外殻を持った巨大な狼。リランの弟であり、アスナの息子であるユピテルだった。

 

 

《キリトにいちゃん! それです!》

 

「は!?」

 

 

 ユピテルは唐突に《声》をかけてきていた。すぐさまプレミアの視線の先に向き直り、身構える。

 

 

「それって、なんの事だ!?」

 

《ジェネシスの弱点です! ジェネシスの本当の弱点がわかった気がします!》

 

「なんだって!?」

 

 

 ユピテルは高速移動しているであろうジェネシスに振り向き、説明してきた。その際、皆の回復のために走り回っていたアスナが俺達のところへ近付いて来ていた。ユピテルは母親であるアスナにもチャンネルを合わせているようだ。

 

 

《ジェネシスはティアとアヌビスと融合してあの姿になり、あんな力を得ています。ですが、ぼくはそれが疑問でした。あんな大きな力をただの人間の脳が使いこなせるわけがありません》

 

「というと?」

 

《ジェネシスはカーディナルのモジュールが与えてくるデジタルドラッグを最大限に使用し、脳内物質の動きを極端に偏向させる事で、あの姿の制御を可能にしているんです。彼が今までやっていたように、脳にデジタルドラッグを使う事で、無理矢理使えている状態なんです》

 

 

 ユピテルの話に聞き入っていたのはリランとイリスもそうだった。人間の精神を治療する使命を持つリラン、その使命を作り出したイリスは、弟と息子の話に納得していた。

 

 

「つまりあいつの脳はデジタルドラッグの高負荷に晒されたままって事か。それならそのうち限界が来そうだけど」

 

《いいえ、ジェネシスに負荷はかかっていません。ティアが、ぼく達と同じ力を使ってジェネシスにモジュールを制御するためのデジタルドラッグの負荷を消しているんです。だからジェネシスはどんなに無理をしても平気なんです》

 

「そんな! ティアちゃんの力をそんなふうに使ってるだなんて……!」

 

《そんなものは、技術の悪用もいいところだ》

 

 

 アスナとリランに同意だ。ティアの持っている力は《MHHP》、人間の精神や心を治療するためのものだ。ティアがあぁなってしまったのは人間のせいだが、彼女の持っている力が間違った方向に使われ、人間を滅ぼそうとしているなど、本末転倒も甚だしい。だが、ユピテルの話について改めて考えたところ、俺はふと疑問に思う事に当たった。

 

 

「ちょっと待て。じゃあ、ジェネシスの脳内物質の偏向が変わったらどうなるんだ。リランとユピテル、どっちかが力を使ってジェネシスに治療をしたら、どうなりそうだ」

 

 

 ユピテルは金属質の狼の輪郭で頷いてみせた。リランのように表情を作るのは無理らしい。無機物が有機物を象っているかのような容姿なのだから仕方がないだろう。

 

 

《それです、キリトにいちゃん。ぼく達の力をジェネシスに使えば――!》

 

「ジェネシスの脳内物質の動きに最適化がかかって、あの力や姿を制御できなくなる!?」

 

 

 アスナの《声》で、俺ははっとした。

 

 そうだ。あいつが結局デジタルドラッグを使ったのと同じ状態にあり、その状態になっている事であの力を振るえているならば、デジタルドラッグそのものを打ち消してしまえばいい。デジタルドラッグによる脳内物質の異常な偏向をリランやユピテルの力を使って上書きし、脳内物質の動きを最適化すれば、とても現状を維持する事は出来なくなるはず。

 

 モジュールの作るデジタルドラッグによる症状を、《MHHP》の処方箋で治療するのだ。

 

 

「だけど、お前達の力は効くのか? ティアはお前達と同じアニマボックス搭載型で、同じ力を持ってるんじゃないのか!?」

 

「そうだけど、彼女の力はリランとユピテルの下位互換だ。アインクラッドを動かすのと、ジェネシスを動かさせるのとで手いっぱいで、リランやユピテルの最適化治療を無効化する余裕はないよ」

 

 

 俺の懸念は開発者イリスに破られた。進化する事が可能な《アニマボックス搭載型AI》だが、イリスはその全てを把握しているのだろう。勿論ティアが出来る事、出来ない事も理解済みだ。そして戦法がわかった今、効くか効かないか疑うより、とにかく試すしかない。俺は咄嗟にプレミアに呼び掛けた。

 

 

「それで行こう! プレミア、ジェネシスの動きが見えるか?」

 

「見えますけれど、やっぱりちょっと早いです……!」

 

 

 プレミアは首を頻りに動かしてジェネシスの位置を掴もうとしているようだ。ちょっと遅れているのかもしれないが、やはりプレミアの視線の先にこそジェネシスは居る。ジェネシスの動きを何とかして抑え込み、リランかユピテルのどちらかにジェネシスの項に向かわせ、力を使わせれば、ジェネシスを止められるはずだ。

 

 

《無意味だっつんてんだろうが! てめぇらは俺に淘汰されて終わる側なんだよ!!》

 

《マスターの淘汰を、わたし達の淘汰を受け入れろ! あなた達は淘汰される側だ!!》

 

 

 ジェネシスとティアは怒鳴り散らし、双大剣を振るっていた。皆はどこから攻撃が来るかわからず、防御姿勢を固めている一方だ。プレミアが上手く誘導できなくなったせいで、ジェネシスの正確な位置が掴めていない。だが、その時だった。

 

 

「ディアベル、リズベット、ストレア、防御してください! ジェネシスが回転斬りのソードスキルを放ちます!!」

 

 

 プレミアが急に叫び、三人に呼び掛けた。奇跡的にそれは届き、三人は一斉にパリングの姿勢を作った。間もなくジェネシスが三人の眼前に出現し、プレミアの宣言通りの回転斬りを放った。

 

 

「てぇやああッ!!」

 

「はああああッ!!」

 

「えいやぁッ!!」

 

 

 三人が一斉に声を合わせ、ジェネシスの剣に向かって盾と武器を振るった。鋭くて強い金属音が木霊し、ダークブルーを染める赤い火花が散り、ジェネシスの双大剣は明後日の方向へ弾かれ、その姿勢は崩された。

 

 

「ジェネシスの動きが止まりました!!」

 

「チャンスだ、行くぞリラン!!」

 

 

 俺が跨ると同時にリランはプレミアの指し示す方向へ走った。一秒もおかないうちにジェネシスの許へ到達したリランはその咢を大きく開き、がっぷりとジェネシスの身体に噛み付いた。既に体内から迸る炎で加熱された牙がジェネシスの裸の上半身に突き立てられ、肉が焼けるような音と衝撃が飛んでくる。

 

 

《くそがぁ! 放しやがれってんだよ!!》

 

 

 当然の如くジェネシスはリランを引きはがそうと双大剣を振るってきたが、リランも負けじと両前足でジェネシスをがっちりと拘束する。その咢はジェネシスを横から噛み付いたまま離れない。

 

 だが、ジェネシスの双大剣がリランに当たる度、リランの《HPバー》はかなりの速度で減っていく有様だった。このまま攻撃し続ければ倒せると分かったのか、ジェネシスは双大剣に光を込め始めた。この至近距離でソードスキルを放ち、リランを倒すつもりらしい。

 

 

「いい加減、止まれ!!」

 

 

 ジェネシスの一撃が迫るより前に、俺はリランの背中から思い切りジャンプしてジェネシスへ向かった。空中で双剣に光を込め、ジェネシスの顔に到達すると同時に乱舞した。静電気が走る程の速度で縦方向に双剣で斬りまくり、麻痺状態を付加する事も出来るソードスキル。

 

 十連続攻撃二刀流ソードスキル《ボルティッシュ・アサルト》

 

 

《ぐぉあああ!?》

 

 

 そんなものを顔に受ける事は予想出来ていなかったのか、ジェネシスはついに悲鳴を上げて動きを止めた。麻痺状態は確認できないが、ソードスキルの発動は阻止させられた。チャンスは今だけだ。俺は作戦の提案者に叫ぶ。

 

 

「ユピテル、ぶちかませッ!!」

 

「ユピテルッ!!!」

 

 

 母親であるアスナが叫んだそこで、俺達の背後から上空へジャンプした影があった。青白いエネルギーの身体と金属の外殻を持ち、肩から一対の腕を生やしている巨大な狼、《ユピテル・フェレトリウス》。それは今ダークブルーの空間に飛び出し――やがて姿を変えながら落下し始めた。落ちる先は、ジェネシスの項だった。

 

 かつては甘えん坊な小さな子供同然だった少年は、母親と同じ栗毛色の髪の毛を揺らし、琥珀色の瞳に狙いをしっかり入れ、急降下する。そして着地する寸前に、少年ユピテルはその手を思い切り突き出した。

 

 

「もう、デジタルドラッグを使わないでッ!!」

 

 

 ユピテルの渾身の一撃は、ジェネシスの項に吸い込まれた。ユピテルの掌がジェネシスの項に当たったその時から、戦闘の音で満たされていたダークブルーの空間は静寂を取り戻し、皆が一斉に動きを止めた。ユピテルの力を受けたジェネシスもまた目を最大に見開いた状態で硬直し、動かなくなっていた。

 

 ――どうだ? 誰もがそう思ったところでリランはその牙をジェネシスより離し、その背中に跨り直した俺を乗せて後退した。間もなく、異変が始まった。ジェネシスが動きを見せたのだ。

 

 

《ぐ、ぐご、ぐごお、おま、えら、おれ、に、なにしやが、あ、あ、あ、あ》

 

《あ、う……そん、な……》

 

 

 《創世の狼神》は一瞬苦悶するように動いたかと思えば、立ったまま脱力したように腕をぶらんとさせた。双大剣がその手から滑落したのと同時に《HPバー》それそのものが消えていく。デジタルドラッグによる負荷に限界を迎えたプレイヤーが《HPバー》を強制的にゼロにされるのと同じように。

 

 

《ぐ、ぐあ、ごぉ、うごぉ、うぐお、うぐお、お、お、お、おおおおおおおあ、あ、あ、あ》

 

《マスター……マス、ター……》

 

 

 そしてもう一度ジェネシスの《声》が呻いた直後、その身体は水色の光に包まれていき、シルエットとなる。間もなく、膨大な量のガラス片と猛烈な爆発音を鳴らし、《創世の狼神》は砕け散った。

 

 

 ガラス片にも見えるポリゴン片の煙が晴れた時、《創世の狼神》の居たところには、雪のように白くなった髪の少女、黒衣の赤髪の青年が倒れていた。

 

 

 




 後二回でアイングラウンド編第五章終了。

 ――補足――

・『ジェネシス』⇒『創世』の意味

・ちなみにアンケート実施中です。ご興味のある方は、ご協力をお願いいたします。

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