キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 むがむちゅうは、ひとりだけのものじゃない。

 


13:むがむちゅうのきせき

「……アミュスフィアの改造だって? ジェネシス。お前さっきから何の話をしてるんだ?」

 

 

 その一言を、しっかりとジェネシスに届ける事が出来た。受取人である《黒の竜剣士》は目を丸く、口を半開きにして黙った。

 

 

「へぇ~え。アミュスフィアの改造をしたうえで《エヴォルティヴ・ハイ》とかいうデジタルドラッグの使用。とんでもない話聞いちゃったぁ」

 

 

 聞き覚えのある声がして、背後に気配を感じた。軽く首だけで振り向いてみると、そこに居たのは赤いローブ――俺達にとっては嫌な思い出筆頭のデザインだ――を纏った、小柄な少女の姿。フード付きのローブの下に、整った顔と白銀色の長髪、赤紫色の瞳がある。

 

 俺達の仲間の一人であり、この《SA:O》の運営の一人であるセブンだ。ローブの中にセブンが居るという事が把握できたおかげで、俺は赤ローブに驚いたりする事はなく済んだ。当然赤ローブの少女に見覚えのないジェネシスは、明らかな動揺を見せてきた。

 

 

「な、なんだ。なんなんだそいつはよぉ!?」

 

「あれ、あたしの事知らない? あたしの名前はセブン……またの名を、天才(てぇんさい)美少女博士、《七色・アルシャーピン》!」

 

 

 いつにもなくノリの良い様子で、セブンは人差し指と中指を立てた形にした両手を前に出した。大人も顔負けする頭脳の持ち主であるが、まだ十三歳になったばかりという事もあってか、ノリの軽さなどは年相応だ。突然の事であんぐりしているジェネシスに向けて、セブンは続ける。

 

 

「そして、このゲームの開発者の一人で、運営よ。運営の一人として貴方の証言はしっかり録画させてもらったわ」

 

「んだと!?」

 

 

 ジェネシスの顔に更に動揺がかかる。そうだ、これこそが俺の作戦だ。俺の視界情報とセブンの運営専用アバターのモニタリングをリンクさせ、録画(キャプチャ)を行わせている状態で俺はここに来て、ジェネシスと戦っていた。ジェネシスが違法な事をしているという証言を録画するためだ。

 

 そのために俺はジェネシスが喰い付きそうな話題を出して、あいつがいつもやるように煽った。上手くいくかどうか五分五分だと思っていたが、ジェネシスはまんまと引っかかってくれたようだ。

 

 作戦のメインを勤めるセブンが着る赤ローブは管理者権限所有者専用のもので、セブンはログイン中にこれをいつでも使え、いつでも管理者権限を実行出来る。管理者権限を使えば、こんなふうに俺のところにワープしてくる事も可能なのだ。

 

 

「ジェネシス、俺が話していた事はフルダイブ経験量の事だよ。VRゲームの強さはステータスの値が全てじゃあない。経験している時間そのものも強さを作る要因の一つさ。

 

 VRゲームの楽しさはこれまでのゲームとは比べ物にならないくらいの味だ。『この味』を知ってしまったら引き返せないよ。食事や睡眠は勿論、行事や学校、全部を放り出してダイブし続けたくなってしまう。そしてこのダイブをカーディナルシステムは咎めない。何十時間、何百時間ダイブし続けようと、そこだけはカーディナルシステムの監察外、干渉外さ。

 

 ……俺達はあの時病院に入院しながら、様々な生命維持装置に繋がれながら、戦い続けた。共に現実世界に生還するという願いを胸に、アインクラッドそのものと戦い続けた。だからこそ、俺達はあの世界に打ち勝つ事が出来た。攻略組として名を馳せ、二年もの間、危機の中に飛び込み続けてきたんだからな。

 

 だから皆、他のVRゲームに行っても強さを発揮できるんだ。それに俺達よりももっと長くダイブしっぱなしの()もいてな。その娘の強さも尋常じゃない。何せ経験量がとんでもないんだからな」

 

 

 俺は動揺する《黒の竜剣士》にもう一度向き直る。かなりの怒気を募らせた顔がそこにあった。

 

 

「俺はてっきり、お前の強さが経験量由来のものだとばかり思っていたんだが……なるほどそうか。お前はアミュスフィアを改造する犯罪をして、その境地に辿り着いていたのか。やっと違和感の正体を掴めてすっきりしたぜ。俺とお前は違っていたんだな。同類扱いして悪かったよ」

 

 

 気付けばまた言葉に煽りが出ている。ジェネシスにやられた分が知らず知らずのうちに出てきてしまっているようだ。煽り主であるジェネシスは歯を折らんばかりの勢いで歯ぎしりし、怒鳴った。

 

 

「クソが! 誘導尋問しやがったな! くだらねぇ方法で俺をハメやがってぇ!!」

 

 

 セブンは「はぁ~あ」と溜息を吐き、首を横に振る。呆れたと言わんばかりの仕草だ。

 

 

「逆恨みするんじゃないわよ。貴方、とんでもない事を仕出かしてんのよ。アミュスフィアの改造とデジタルドラッグの使用ってね。しかも貴方の言ってるデジタルドラッグ……《エヴォルティヴ・ハイ》だっけ? IT博士のあたしでもそんなの聞いた事ないわ。んで、使った貴方はそんな状態になっちゃってる。こんな貴方をこのままにしておけるわけがない。後は言わなくてもわかるでしょ」

 

 

 当然、アカウント凍結処分と警察による逮捕だ。ジェネシスはそうならない自信があったようだが、それは崩されてしまった。ジェネシスの怒気と殺気は一気に強くなり、《エヴォルティヴ・ハイ》の効果が強くなる。合わせてジェネシスを包む水蒸気の濃さが増した。

 

 

「てめぇら、俺の事をこのゲームから消す気か!? ふざけんじゃねえぞ! 消えるのは、てめぇらの方だッ!!」

 

 

 ジェネシスは叫び、もう一度右手で蟀谷を叩いた。その行為に俺とセブンとリランの三人で驚く。これ以上《エヴォルティヴ・ハイ》を使えばどうなるか、わかったものではない。その予想はすぐに現実になった。ジェネシスはかっと目を開けて呻き、(ひざまず)いたのだ。

 

 

「う、うごぉ、うぐおぉああ……」

 

 

 《エヴォルティヴ・ハイ》、《クリムゾン・ハイ》。ノルアドレナリンとアドレナリンを異常値にし、身体能力を一気に底上げするデジタルドラッグは、使用者の心身に多大な負荷を与える。ジェネシスは俺との戦闘でずっとデジタルドラッグを使ってきているがために、常に心身に負荷を受け続けていたのだ。

 

 しかも《エヴォルティヴ・ハイ》などという得体の知れない強力なモノがジェネシスの使うそれだ、ジェネシスの身体に限界や異変が起きてもおかしな事は何もない。

 

 

「やめろ! これ以上それを使えば、お前の身体が――」

 

 

 ジェネシスはよろりと立ち上がり、大剣をブン回した。顔は既に幽鬼のようになってしまっていて、体温が下がり、玉の汗が浮かんでいた。

 

 

「クソがぁッ、こんなところで引き下がってなんていられねえんだよ!」

 

 

 ジェネシスは大剣を構え直す。立っているのもやっとのようだった。

 

 

「弱い奴は淘汰される……だから強くなけりゃいけねぇんだろうがぁ!! 淘汰されるなんて、許せるかぁぁぁ!!」

 

 

 ジェネシスは地を蹴り、俺に斬りかかってきた。ずたぼろになってまで強さにしがみ付こうとする半獣人の顔が迫る。その姿が、俺は哀れに思えていた。

 

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

 

 ジェネシスは何を思って、獣になろうと思ったのだろう。

 

 人である事を認めず、獣であり続けようとする剣士の大剣は――俺に届く遥か以前に止まった。複雑な模様の入った赤い帯のようなものがその身体に巻き付き、がんじがらめにしていたのだ。帯の根本はセブンのブカブカのローブの袖口に繋がっていた。彼女は手を伸ばし袖から帯を出している。

 

 

「もう止しなさいッ! 貴方の脳と身体はとっくに限界よ。これ以上《エヴォルティヴ・ハイ》とかいうのを使えば、貴方の身体は壊れ、脳は焼き切れてしまうわ! だからもう止めなさい! ゲームで死ぬような真似は駄目よ!!」

 

「くそ、クソ、なんだよこれはぁ!?」

 

「このローブは管理者権限を実行するための物。それでこの帯は違反者を拘束して逃がさないための物! プレイヤーがこの帯を斬って拘束を解くのは不可能よ。観念なさい!」

 

 

 大剣を手から落とされたジェネシスの身体に帯は更に巻き付いていく。もうジェネシスは叫ぶ事しか出来ないが、それでもまだ強さにしがみ付こうとしているのが表情から分かる。俺はその表情をするジェネシスに、感じるモノがあった。

 

 現実では叶えられない願いが叶えられる。どんなに弱い自分も強くなれる。そんな可能性で満ち溢れているのがこの仮想世界の本質だ。そこで願いを叶えたかった――ジェネシスの動機はここに帰結しているのだろう。

 

 俺もそうだ。この世界にしがみ付いている理由は、ここに来れば現実で叶えられない願いが叶えられ、自分を強くする事が出来るから。

 

 俺もジェネシスも、やはり同類だったのだ。

 

 

「う、ぐ、あ、あぁ……」

 

 

 《黒の竜剣士》同士であった赤髪の男に、変化は起きた。セブンから伸びる帯に捕らえられ、拘束されようとしていたそいつは勿論抵抗をしていたが、今はぐったりとして動かなくなっていた。セブンへの抵抗さえも最後の力を振り絞る事で出来る事であって、長続きさせられるものではなかったのだ。

 

 血の気が抜けきった顔のジェネシスを、帯が覆っていく。もう終わりだ。これであいつの《黒の竜剣士》としての伝説は終わる。

 

 その中で俺は、ジェネシスの顔が動くのが見えた。ジェネシスの目線の先に居たのは、プレミアの双子の姉妹。彼女は今、信じられないものを見るような顔をしていた。

 

 

「ティア……俺は、ここまでだ……俺はこれで消える……だが、お前は……お前だけは……生きろ……誰にも負けるな……誰にも負けずに、生き続けろ……」

 

 

 ジェネシスは絞り出すような声で告げていた。だが、俺はジェネシスの抵抗よりも、少女に名前があった事に驚いていた。

 

 基本的に俺くらいしか名前で呼ばず、後はモブ呼ばわりしかしなかったジェネシスが、少女に《ティア》という名前を与えていた。という事は、あのティアはジェネシスにとって、特別なものだったのだろうか。

 

 ジェネシスはティアを下僕か何かのように思っていたわけではなかったという事なのか。

 

 そのティアという少女に、俺は向き直る。彼女は連れ去られる主人から下方向へ顔を向け、俯いていた。

 

 

「……マスター、その命令は……わたしはその命令を……」

 

 

 ティアはその華奢な腕を、ゆっくりと主人のいる方へ伸ばし――はっきりした声で言った。

 

 

 

「――拒否します」

 

 

 

 ティアが言うや否や、信じがたい事が起きた。

 

 

 床に落ちていたティアの大剣、ジェネシスの大剣がふわりと宙に浮かび、ジェネシスの許へ向かった。フレーム単位の時間でジェネシスに辿り着くと、二本の大剣は見えない使い手が居るように飛び回り、ジェネシスを斬り刻んだ。

 

 次の瞬間にジェネシスを捕まえていた帯が全て細切れになって飛び散った。解放されたジェネシスは地面に落ちるかと思いきや、仰向けの姿勢のまま宙を浮かび、ティアの許へ引き寄せられる。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 驚きのあまり頭が痺れそうだったが、さらに驚くべき光景が近くで起こる。ジェネシスを捕えていたセブンのローブに、深々と二本の大剣が刺さっていた。

 

 セブンは信じられないように自分の身体を貫く大剣を見ていた。

 

 

「セブン!?」

 

 

 二本の大剣が引き抜かれた直後、セブンのローブは紅い光になって消え果て、いつもの服装をしたセブンがその場に投げ出された。ダメージエフェクトは無い。セブン自身には何もなかったようだ。だが、何が起きたというのか。

 

 

「セブン、今のは!?」

 

「嘘……管理者権限が、剥がされた……なんで……!?」

 

 

 セブンは自分の掌を頻りに見てから、ジェネシスが飛んでいった方を見る。俺もそこに目を向けてみるが、違反者ジェネシスは創世の巫女にならんとしているティアのすぐ傍で身体を横たえていた。ティアの傍には弱っていたアヌビスも寄り添っている。

 

 そして彼女の手によって、セブンは管理者権限を剥がされて、普通プレイヤーに戻された。管理者さえも巻き込んでしまうような、何か異常な事が起ころうとしている――それだけはわかったのだろう、リランもプレミアも俺の傍に寄ってきていた。そこで声をかけてきたのはプレミアだった。

 

 

「キリト、ティアが、ジェネシスが!」

 

「プレミア、君も彼女の名前が……!?」

 

「はい、あの人の名前はティア……わたしの双子の姉妹です……」

 

 

 俺とジェネシスはプレミアとティアから離れて戦っていた。その間にプレミアはティアに話を持ち掛けたらしい。そもそも彼女はそれを目的としてここにやってきていたから、やるべき事をやったと言える。

 

 しかし彼女の表情から考えるに、交渉や対話は決裂してしまっているようだ。だが、ティアに話を伺う事自体が出来ているのならば、分かった事もあるはず。

 

 

「プレミア、ティアは何をしようとしてる!?」

 

 

 プレミアからの答えを聞くより前にティアの声が聞こえてきた。ティアは腰をその場に落とし、横たわるジェネシスを、とても穏やかな表情で見つめていた。

 

 

「マスター……貴方は何も持たないわたしを連れ出し、戦う術を、この世界で生きる術を、この世界の有り様というモノを、人間達がどのようなものなのかを教えてくれました。貴方がわたしに全てを教え込んでくれたおかげで、わたしはここまで強くなる事が出来ました。全て、貴方のおかげです」

 

 

 ティアの声に反応を示したのか、ジェネシスは瞼をうっすらと開けていた。辛うじて意識が残っていて、僅かに身体を動かせる状態のようだった。

 

 

「ティア……おまえ……なに、やって……なにいって……んだよ……?」

 

「だからマスター、わたしは貴方の命令にずっと従ってきました。それが貴方を喜ばせられる方法だと知っていたから。わたしに全てを教えてくれた貴方の役に、少しでも立てると思ったから」

 

 

 ティアは首を横に振る。ジェネシスも俺達も、その意味を掴む事は出来なかった。

 

 

「しかしマスター……貴方が消えた後の世界で、こんなに醜く汚れ切った世界を貴方とアヌビス無しで生きろなんて、いくらなんでもひどすぎます。貴方のいなくなった世界をわたし一人で生きて行くなど、わたしは望みません」

 

「……んだ、と……?」

 

「マスター、わたしのやりたい事、わたしの願いを教えます。……この世界を、人間達のせいで醜くされてしまったこの世界を作り直し、貴方だけが唯一の人間となった、穏やかで温かくて静かな世界を作り、そこで貴方とアヌビスの三人で静かに生きていきたいです。

 迫害する者も、拒絶する者も、穢す者もいなくなった世界で……安らかに暮らしていきたいです。それ以上のものは何もいりません」

 

 

 ジェネシスは目を見開いていた。俺もそうなっているが、心なしか、ジェネシスの顔に血の気が戻ってきているように思えた。ティアはジェネシスを見下ろし、微笑んだ。水色の瞳からはつうと涙が零れている。

 

 

「マスターがわたしを連れ出してくれたおかげで、わたしはこんな願いを、こんな想いを知り、抱く事が出来るようになりました。どれもこれも貴方のおかげなのです。

 なのにわたしは、貴方をちっとも喜ばせる事も出来ていなければ、貴方の力になってあげられていない。これだけ沢山のものを与えてもらったというのに、わたしは貴方に何も与えられていません。マスターがよく怒っておられたのは、わたしが何も返せていない、何もマスターに与えられていなかったからでしょう?」

 

 

 ジェネシスは唖然とし切ったようにティアを見つめていた。目を離す事も出来ないようだ。

 

 

「わたしは双子の巫女の一人。この世界を動かせるだけの力を持つ存在です。……なのにわたしは、マスターの手伝いを全然できないでいた」

 

 

 そう言ったティアはくるりと背後を振り向いた。弱りながらも立ち続けている黒き狼竜アヌビスがおり、じっとティアを見つめていた。

 

 ティアが愛おしむような様子でその手を伸ばすと、アヌビスは地に伏し、安らかな顔をして目を閉じた。直後、アヌビスの身体は赤黒い光に包み込まれていき――やがてその姿はティアの頭くらいの大きさの、赤黒い光球となった。

 

 あまりの光景に絶句する中、光球はティアの許へふわりと飛び、ティアの前、ジェネシスの視界の中を浮遊した。ジェネシスは更に驚いたように声を絞り出す。何が起きているのかわかっていないのだ。

 

 

「ティア……おま……え……!?」

 

 

 ティアは引き続き愛おしむように赤黒い光球を見てから、ジェネシスに向き直った。

 

 

「わたしの双子は、わたし達が《むがむちゅう》となれば、マスターの願いを叶えられる力を得られると言っておりました。わたしの願いも、マスターの願いの行きつく先は同じ。わたしとマスターの思っている事は一つです。なのでマスター、わたしはこれより……《むがむちゅう》になろうと思います」

 

 

 ティアはそのまま、ゆっくりとジェネシスの身体に覆い被さるように抱き付いた。ジェネシスの身体がぴくりと動きを示し、腕が僅かに動き出す。

 

 

「わたしが《むがむちゅう》になる事で生まれる力をマスターに……《むがむちゅう》となったわたしの全てをマスターに贈ります。貴方がわたしにティアという名前を与えてくださったように――」

 

 

 どこまでも優しくて穏やかな言葉。その直後に、ティアの身体は水色の光に包み込まれていった。消滅エフェクトの光ではない。いつも見ているものとは全く異なる水色――彼女とプレミアの瞳の色と同じ――の光にティアは包まれ、やがてアヌビスと同様の水色の光の球となる。

 

 

「お、おまえ、ら……」

 

 

 ジェネシスは信じがたい光景を見るように、視界内の光球二つを見ていた。それに応じるように、《声》がした。

 

 

《わたしとアヌビスが貴方を支え、貴方の剣となり、貴方の力となります。マスター、お受け取りください》

 

 

 ふわり、と光の球の二つは上へ浮かび上がる。《声》は続いた。

 

 

 

《わたしの《むがむちゅうのちから》を手にして――どうぞ、お立ち上がりください》

 

 

 

 その《声》を最後に、二つの光の球は螺旋を描くように空へ上がっていき――ある程度上がったところで急降下を開始し、ジェネシスの身体に飛び込んだ。付き人、《使い魔》の二人が光となったものの飛び込みを受けたジェネシスはびくりと動き、止まる。

 

 間もなくして、最大級の異変が起きた。

 

 

「う、う、うおああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 耳を(つんざ)くような咆吼と衝撃波、猛烈な光がジェネシスより発生し、俺達は耳を塞いで目を閉じ、下を向いて耐えるしかなくなる。何が起きたのか、考える余裕さえない。全てを忘れて踏ん張らなければ、吹き飛ばされてしまいそうだった。

 

 衝撃波が止むと、続いて音と光が止み、目を向けられるようになった。俺はすぐさま視線をジェネシス達のいたところへ向け直したが――そこで絶句する。

 

 アミュスフィアの改造という禁忌を犯し、禁断の薬《エヴォルティヴ・ハイ》を使用して世界最強として君臨していた存在。薬の過剰使用によってぼろぼろになって、動けなくなっていたはずの剣士は今、あろう事か立ち上がっていた。

 

 まるで起こりえない奇跡が起こった、もしくは人知の域を超えた力が宿ったかのようだ。

 

 

「なんだよ、なんだよぉ、これはよぉ……こんな、こんな事がありえて……」

 

 

 復活の剣士より声がした。剣士は自らの掌を見つめていたが、やがてその両手で頭を抱えた。苦しんでいるわけではなかった。

 

 

「な、なんだ、なんだぁ。身体が、一気に軽くなってきやが……身体だけじゃねえ、頭が、脳が、いや、脳に流れ込んできやがる……脳に、流れ込んで、すげえのが、流れ込んでえ……」

 

 

 一体何が起きているのか、その場にいる誰もがわからないでいるようだった。その中で唯一、事情を掴む事が出来たのがリランだったらしく、彼女は慌ただしい《声》を飛ばしてきた。

 

 

《まさか、馬鹿な、こんな事が……!?》

 

「どうした、何がわかった!?」

 

《ジェネシスの受けていた脳へのダメージが急速に回復している。項に触れているわけでもないのに、わかる……脳内物質がこれ以上ないくらいに動いて、疲労し切ってずたずたになっていた脳を回復させている。デジタルドラッグの真逆の現象だ》

 

「ジェネシスの脳のダメージが、無くなっていってる……!?」

 

 

 思わず繰り返してしまった後に、リランの《声》は続いた。

 

 

《それだけではない。ジェネシスは今、あのティアという少女、アヌビスという《使い魔》の二つと融合している! ティアとアヌビスは、ジェネシスと合体しおったぞ!!》

 

 

 その事実は到底信じられるものではなかった。同時に俺の脳裏にフラッシュバックが起こる。

 

 ――アインクラッド第百層紅玉宮攻略戦の最終決戦。リラン達の父親である茅場晶彦のアバターとしての姿であるヒースクリフと交えた時、俺とリランは融合した状態となり、ヒースクリフを打ち倒した。

 

 あの時起きた、仮想世界の奇跡。それが今、ジェネシスの身に起きている――。

 

 

「ジェネシスが、ティアとアヌビスと合体って事は、まさか――!?」

 

「ふ、ふ、ふぅ、ふはあ、ふはははははははははははははッ!!!」

 

 

 俺の問いかけは復活したジェネシスの声にかき消された。ジェネシスはいつの間にか大手を広げ、大笑いしていた。

 

 

「すげぇ、すげぇよ、脳の感覚が! 感覚がすげえぜ! 思考が回る、回る、回りまくってやがる! あぁ、ああああ、全てが俺に流れ込んでくる! 俺に全てが、世界の全てが俺に流れてくる! 何だよこの感覚は!? 最高どころじゃねえ! 最高過ぎて破裂しちまいそうだぁぁぁ!!」

 

 

 ジェネシスはこれまで以上にハイになっていた。人間では本当に辿り着けない域に、完全に到達する事が出来た事を喜んでいるかのようだった。

 

 

「あ? あ? ふは、ふ、は、ははははははは!! そうだ、そうだぜそうだぜそうだぜ! なんでこんな簡単な事がわからなかったんだ……なんでこんな単純な事がわからないでいたんだ俺はよぉ!!?」

 

「ジェネシス!?」

 

「弱い奴は淘汰される、だから強くなけりゃいけねぇ? (ちげ)えよ、違えよ! 全部淘汰しちまえばいいんだよ……俺以外の全てを淘汰しちまえばいいんだよ! 淘汰してくる奴らを、一匹残らず淘汰しちまえばいいんだ!!」

 

 

 最早何を言っているのかわからない。セブンもプレミアも絶句したまま、ジェネシスを見ているしか出来ない。ジェネシスの大声は続く。

 

 

「淘汰して、淘汰して、淘汰した奴らを全部喰っちまえばいいんだよ……雑魚も集めりゃ力になる。どんなモブも集めて固めりゃ強さになる。俺が全てを一匹残らず淘汰して、一匹残らず喰い尽くせば、俺は世界の全てを喰った絶対の捕喰者になるんだ……誰もが淘汰されて喰われるしかない、力を与えるしかない絶対者になぁ。

 それだけじゃねえ……世界の全部のモブを喰らえば、世界を作り直すだけの力を手に入れる事も出来るんだ。何もかもを淘汰し、何もかもを喰らい、何もかもを作り出す創造者にもなれるんだ。いや、違え!!」

 

 

 トリップし過ぎているかのように、現実感のない話をジェネシスは続ける。しかし恐るべき事に、ジェネシスはそれを現実してしまいそうな迫力を出していた。そんなジェネシスに俺達の言葉が届く様子はもう、ない。

 

 

「俺が世界そのものになればいいんだよぉ! 全てを淘汰し、全てを喰らい尽くし、全てを作り出す力で、俺がこの世界そのものになってやるんだぁッ!!」

 

「何よ、何言っちゃってるのよあいつは!!?」

 

 

 セブンは動揺した様子を隠せない。そしてジェネシスの話は一気にぶっ飛んだ。ジェネシスの目的は今、劇的な変化を迎えた。ジェネシスはこの世界の全てを淘汰し、喰らい尽くし、創造主となり、世界そのものとなる事を目的としている。

 

 そんな事は仮想世界でも無理のはずなのだが――今のジェネシスはそれを可能としているように感じられる。

 

 

 ジェネシスはティアの《むがむちゅうのちから》で人間でなくなり、化け物となったのだ。俺達の知っているもう一人の《黒の竜剣士》はもう、いない。

 

 

 人間を超越したと思われるジェネシスは、くいっと顔を俺達に向けてきた。血のように赤かった髪の毛は純白に近しい銀色に染まっており、瞳もまた銀色に光っている。まるで本当に神となってしまったかのようで、神々しささえ覚える。だが、その銀色からは底知れぬ禍々しさも感じられた。

 

 

「まずはてめぇらからだ。俺を淘汰しようとしたてめぇらから、淘汰してやるよ。 俺という淘汰者に淘汰される事を光栄に思いやがれ」

 

 

 ジェネシスが言うなり、その身体に若干のノイズのようなエフェクトが起こったが、すぐに戻る。何かが起きたようだったが、俺は咄嗟に立ち上がって双剣を構えた。今のジェネシスは明らかに危険だ。ここで止めなければ何が起こるか、わかったものではない。

 

 

「させるか。お前の好きになんて、させるかッ!!」

 

 

 俺は地を蹴り、神のようになったジェネシスに飛び掛かった。その刹那にジェネシスの手元にノイズと光が生じたが、構わず俺の振り下ろした剣はジェネシスを叩き割ろうした。直後、鋭い金属音と共に火花が散った。防御された。ジェネシスは咄嗟に武器を構えて防御姿勢を作ったらしい。

 

 

「……な」

 

 

 その武器に、俺は言葉を失った。

 

 ジェネシスはそれまで使っていた黒き大剣と――ティアの持っていた大剣を両手に持ち、それらをクロスさせて防御していた。その構えは俺とレイン、ヴェルサと同じ、《二刀流》。

 

 大剣――両手剣を両手に一本ずつ持つ事など不可能だ。そんなスキルは無い。なのに、ジェネシスの両手に握られているのは二本の両手剣。言うなれば……《双大剣》だろうか。

 

 普通ならば起こりえない事が、起きている。

 

 

(わきま)えろ」

 

 

 ついていけない俺を弾くと、ジェネシスはある構えを取り、双大剣に光を宿らせた。そのまま突進を交えながら一気に俺の事を斬り刻む。猛烈な勢いで二本の大剣に斬られ、《HPバー》は一気に減少する。

 

 そして最後の一撃である斬り払いを受け、俺の身体は祭壇の場外へ吹っ飛ばされた。

 

 

 六連続攻撃二刀流ソードスキル《デュアル・リベレーション》

 

 

 それが、俺を襲ったジェネシスのソードスキルだった。

 

 何故、ジェネシスが大剣で二刀流を使っている?

 一体何が起きてこんな事が起きている?

 

 何もかもがわからないまま、俺は吹っ飛ばされていく。《HPバー》は数ミリ残ってくれていた。だが、このまま落下すれば即死だろう。

 

 祭壇にはプレミア達を置き去りにしてきてしまった。最悪だ。こんな最悪な形を、こんなにわけのわからない状態で迎えるなんて。

 

 

「キリト!!」

 

 

 目を閉じた俺は――声と一緒に地面ではないものに背中をぶつけた。

 

 それは白い剛毛の上――リランの背中だった。

 




――原作との相違点――

・ラスボスがジェネシス

⇒カオスだヨ?カオスだネエ

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