キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ついに邂逅する者達。


 


05:双子の邂逅

 

 

          ◇◇◇

 

 

 昼食会は突然打ち切られ、俺とシノンとリランの三名はプレミアと共にフィールドへ赴く事になった。もう進めてはならないと決めていたプレミアのクエストが勝手に進行し、プレミアが目的地へのナビゲートを開始してしまったのだ。

 

 それ以降プレミアはぼーっとしたような状態、盲目的に目的地へ向かうような状態となってしまったため、俺達は結局ナビゲートをするプレミアを守るようにして、目的地のあるフィールドであるというクルドシージ砂漠へ向かった。

 

 俺達はもうプレミアのクエストを進めない。プレミアのクエストはカーディナルシステムが世界を崩壊させようとして作り出しているモノであり、クリアされた時は世界の終わりが訪れる。

 

 それを阻止しようと思っていた矢先に、プレミアのクエストが勝手に起動したものだから、焦りと戸惑いが胸の中に渦巻いて仕方がなかった。

 

 

 既にクリアされたクルドシージ砂漠、その岩山地帯が今の俺達の居場所だ。プレミアのナビが示す場所は広大なクルドシージ砂漠の奥にある岩山を指しており、彼女は実際そこへ向けて一直線に歩き続けている。

 

 クエストウインドウを確認してみれば、『岩山地帯にある石祀りの祭壇へ赴き、聖石を入手せよ』という目的が表示されている。もしここで五つ目の聖石が手に入るのであれば、聖石はすべて俺達の、プレミアの手元に集まる事になる。カーディナルの思惑通り、アイングラウンドを素材にアインクラッドが誕生し、崩壊するのだ。

 

 そんな事は絶対にさせないと皆と決めてきたが、結局カーディナルの思惑通り進んでいる。今の砂だらけの岩山へ続く道だって、カーディナルが指定してきているものだ。

 

 その道中で、シノンが俺に声をかけてきた。

 

 

「どういう事なの、プレミアのクエストが勝手に起動してるなんて」

 

「俺にもよくわからない。普通俺達プレイヤーが何かしなければ、クエストが起動する事なんてないはずだ。明らかに独りでに動いてるな」

 

 

 シノンはプレミアの方を見た。プレミアは俺達をナビゲートするため、俺達の前方をずんずんと歩いている。何回か声を掛けたりしたが、全く反応せずにただ歩き続けている。いつもの彼女ならば何かしらの反応を返すというのに。クルドシージ砂漠に着いてからは完全に無言だ。

 

 そんなプレミアの後ろ姿を目にして、リランが《声》を送ってくる。

 

 

《今のプレミアはいつものプレミアではない。この前の聖大樹の時と同じようだ》

 

「そういえばそうだな。あの時のプレミアも心ここにあらずみたいな状態だった」

 

《考えたくはないが、プレミアのクエストはカーディナルが動かしているもの……今のプレミアを動かしているのもまた、カーディナルなのかもしれぬ》

 

 

 リランの言葉は否定できない。いや、恐らくそうなのかもしれない。カーディナルはこの世界を動かしている基幹プログラムだから、NPCであるプレミアを彼女の意思に関係なく動かす事も出来るのだろう。SAOの時にリランを暴走させたりしたのも、またカーディナルなのだから。リランに続き、シノンが軽く腕組をした。

 

 

「だとすれば、早くあの娘を解き放ってあげたいわね。どうすればプレミアをカーディナルから引き剥がせるのかしら」

 

 

 プレミアはカーディナルに囚われている。だから開放してやりたいというのは、俺も思っていた事だ。もし彼女に何もなかったとしてもそう思っていたが、現状の彼女を見ているとひと際強く思う。

 

 

「早く解放してやりたいよな。プレミア、最初と比べて随分と成長したものだよ」

 

 

 シノンが頷き、微笑みを浮かべた。俺と同じ事を思っていたようだ。

 

 

「同感だわ。あの娘、進んで皆と協力するようになったし、私達とも積極的に話をしてくれるようになった。最初は全然そんなふうじゃなかったって言うのにね」

 

《我らと一緒にいる時の対応の仕方も随分と良くなったぞ。全体的な仕草も女の子らしくなってきている。空腹になれば飯にがっついたりもするしな》

 

 

 同じAI娘であるリランの狼の輪郭にも、微笑みが浮かんでいた。リランはユイとストレアとユピテルの姉であり、俺達がログアウトしている間ずっとプレミアを見てきたAIでもある。同種の成長具合には嬉しさを感じるのだろう。

 

 だが、そんなプレミアにはずっと抱き続けてきた疑問がある。彼女の成長速度は他のNPCと比べて格段に速く、知能の発達もかなり早い。他のNPCでは出来ないような事を彼女は出来るし、本当に自我や心を持っているように振舞っている。他NPC達はそんな事全然ない。あの人間性は、彼女だけのものだ。

 

 

「人間性が豊かになったって事なんだろうな。けど、やっぱり他のNPCと比べて成長が早いんだよなプレミアは。多分《SA:O》の中のNPCの中で一番成長してるNPCだと思うぞ」

 

 

 その疑問はシノンの中にもあったようで、シノンはぴくりと反応を示した。

 

 

「そういえばそうね。あの娘だけ成長力が半端ないっていうか……これもカーディナルの干渉のせいなのかしら?」

 

《それに、プレミアのデザインはワールドデザイナーが作ったものではないというしな。明かさなければならない事は多いようだ》

 

 

 俺はリランを横目にしながら、もう一度プレミアに向き直った。クエストがカーディナルによるものだという事実は判明したが、彼女の中にはまだ解き明かしていない謎が沢山眠っている。カーディナルの干渉をどうにか出来たら、次は彼女の中に眠る謎を解き明かしてやらなければ。

 

 そう思って、ナビを続けるプレミアに追いつこうとしたそこで、リランがもう一度《声》をかけてきた。リランは頻りに周囲を見回している。

 

 

《そういえばキリト、何かおかしくないか》

 

「え?」

 

《先程から、モンスター一匹とさえ交戦しておらぬぞ。トラップらしきものにもあたっていない。更にイベントも何も起きておらぬ》

 

 

 リランの言葉でようやく気が付き、俺ははっとする。そうだ。プレミアのナビを受けながら、この岩山地帯に入り込んだものの、何も問題なく進む事が出来ている。邪魔するモンスターや道を塞ぐトラップは一切なく、安全に進む事が出来ているのだ。

 

 ここはクエストによって発生している専用のインスタンスマップだから、モンスターやトラップがないというのは明らかにおかしい。これは一体どうしたものか――そう思った矢先、シノンが突然道を外れて走り出した。そのままある程度進んで止まる。何かを見つけたようだ。

 

 

「キリト、これって!?」

 

 

 リランと一緒に俺はシノンの許に駆け付けた。そのままシノンの視線が向けられているところへ、同じように目を向ける。そこにあったのは宝箱だった。よくダンジョンやフィールドの中に設置されているモノと同じだが、それは様子が異なっていた。

 

 

 既に開けられていたのだ。誰も開けていないと言うのに、中身が無くなっている。

 

 

「開けられた宝箱……? どういう事だ」

 

「私達、何もしてないわよね? なんで宝箱が開いてるの」

 

「何なんだこれは……」

 

 

 モンスターがおらず、トラップもなく、おまけに宝箱まで開けられている。明らかに異様だ。まるで他の誰かが俺達よりも先にこの場所に来て、攻略し終えたかのようだ。

 

 

(いや)

 

 

 そんな事はあり得るはずない。ここはプレミアのクエスト専用の場所であり、彼女のクエストを進めている者以外は立ち入る事が出来ないようになっている。現状プレミアのクエストを進めているのは俺達だけだから、俺達以外にここに立ち入れる者などいないのだ。

 

 ならばこの状況は何だというのだろう。プレミアはどこに向かおうとしているのか、カーディナルは俺達をどこに向かわせようとしているのか。

 

 ナビゲーターであるプレミアの方へ再度向き直ったその時、プレミアは突然立ち止まった。直後、軽快なファンファーレがどこからともなく聞こえてきて、俺達の耳に入り込む。その音色は驚くべきものだった。それはクエストがクリアされたときに鳴らされる音だったのだ。

 

 どうしてこの音がと思った時には、プレミアの眼前に一枚のウインドウが出ていた。――中に『Quest Complete!』という文字が書かれている。そのウインドウをじっと見つめて、プレミアはようやくここにきて最初の言葉を喋った。

 

 

「あれ……クリアです」

 

 

 その報告を受ける以前に、シノンが声を荒げた。

 

 

「クエスト完了!? なんで勝手にクエストが完了してるの!?」

 

「まだ何もしてないし、何も見つけてないぞ!?」

 

 

 突然起動したクエストが同じく突然クリアになったのには、流石に声を荒げて驚くしかなかった。本当に何もしていないうえに、まだ何にも辿り着いていないというのにクエスト完了と言い渡されて、納得できるわけがない。何かしらのバグがカーディナルに味方してしまったのだろうか――。

 

 思考を回そうとしたその時に、頭に再びリランの《声》が飛び込んできた。

 

 

《キリト、シノン! 何かいるぞ!》

 

 

 身構えて喉を鳴らすリランの視線に二人で向き直る。ところどころ砂の落ちてくる少し薄暗い岩山トンネルの奥の方から、明確な気配が確認出来た。人型のそれが出す気配が二つ、一際大きな体躯を持つ者が放つ気配が一つ。こちらに向かってゆっくりと近付いてきていた。

 

 プレミアを一旦リランの隣に下がらせ、俺とシノンはいつでも武器を抜ける姿勢を作る。間もなく、気配は人影に変わり、声を飛ばしてきた。

 

 

「ァん? やっとご登場かよ、《黒の竜剣士》様よぉ」

 

 

 聞き覚えのある声だった。聞く者全てを恫喝しているような声色と口調の男の声。その発生源が、俺達の目の前にぬるりと姿を現した。

 

 血のような色合いの髪をオールバックにして、ノースリーブの黒い戦闘服に身を包んだ、ぎらついた目つきと黄色い瞳が特徴的な長身の男。俺と同じ《黒の竜剣士》と呼ばれて批判を呼んでいる、ジェネシスだった。

 

 後ろには天井に向かって立つ耳と同化した角、鋭利な狼の輪郭と黒銀の毛並みと鎧のような甲殻、四枚の翼が特徴的な、リランと同じくらいの巨躯を持つ狼龍の姿もあった。

 

 本来ならばいるはずのない悪名高き《黒の竜剣士》の登場に、俺達全員で驚く。

 

 

「ジェネシス!?」

 

「遅え到着じゃねえか。てめえらがいつまでも来ねえから、ここにいるモブもボスも全部片付けちまったよ。道は綺麗だったろ?」

 

 

 如何にも誇っているように言うジェネシスの背中で、背後の狼龍アヌビスの尾だったモノを加工して作ったとされる大剣が光っている。ここにいたモンスターは全てあの大剣の錆に、そしてジェネシスとアヌビスの経験値へと変わってしまったようだ。

 

 だが、それはありえないはずだ。ここはプレミアのクエストを受けたモノしか入れないインスタンスマップであり、ジェネシスが侵入できるような場所ではない。

 

 俺が聞きたかった事を受け取ったように、シノンがジェネシスに尋ねる。

 

 

「ジェネシス、なんであんたがここにいるのよ。ここはプレミアのクエストを進めてなきゃ入れないところなのに」

 

 

 わかっていたようにジェネシスは笑う。いつもの他人を煽る姿勢は崩していない。

 

 

「そうだな。ここに俺がいるのはおかしい事だよな。どうして俺がここにいるのか、餓鬼でもわかるように教えてやるよ」

 

 

 そう言った後に、ジェネシスはアヌビスへ軽く振り向いて「来い」と言った。間もなくして、黒き狼竜の足の間から人影が出てきて、ジェネシスの背後を歩き、やがてその隣に並んで止まった。

 

 その姿に俺達は目を奪われ、言葉を失ってしまった。

 

 ジェネシスの隣に居るのは、紺色がかった髪を切りそろえたショートボブにして、羽のような髪飾りを付けている、水色と白を基調としたゆったりとした服装に身を包んだ、水色の瞳の少女。

 

 

 その顔立ち、姿形は、プレミアと全く同じ、瓜二つだった。

 

 

「なっ……プレミア!?」

 

 

 俺はプレミアの向き直る。彼女はリランと俺の隣に並んでいる。確かに俺達の傍に居てくれているが、俺達同様信じられないような顔をして、目の前にいる少女に釘付けになってしまっていた。

 

 

「わたしと同じ、姿……どういう、事ですか……あなたは、誰、ですか……」

 

 

 プレミアはたどたどしい言葉で目の前の自分と同じ形を見ていた。彼女の瞳と少女の瞳が交差し、同じ色、同じ形の瞳が見つめ合う。両者の間に合わせ鏡の無間地獄でも出来てしまいそうだった。

 

 そんな様子を満足げに見ながら、ジェネシスは大きな声を出した。

 

 

「わかったか? こいつらこそが二人の女神、《聖大樹の双子巫女》って奴なんだよ。俺は今、お前と同じクエストを進めてるんだ。だからこうして俺はここに居て、攻略できてるってわけだ。どうだ。餓鬼でもわかるような説明だろ?」

 

 

 そう言うジェネシスの話は信じられるものではなかった。

 

 あのコンソールルームで調べた時の情報によれば、プレミアには双子の姉妹がいるという事がわかっていた。それを俺達は保護する事で、クエストをそれ以上進まないようにする作戦を立てたというのに、よりによってプレミアの双子の姉妹はジェネシスの手に渡ってしまっている。しかも何故かジェネシスはこのクエストに途中参加でき、実際に進める事が出来ている。

 

 絵に描いたような最悪の状況だった。

 

 

「こいつらが揃ってるんだ。同じクエストを受けてる者同士、協力し合ってこのクエストをクリアしようぜ?」

 

 

 ジェネシスはくっくっくと笑ってプレミアを睨んでいた。プレミアは相変わらず双子の姉妹から目を離す事が出来ないでいたが、割り込むようにシノンが言った。

 

 

「そんな事をすればどうなるか、分かってるの。このクエストの結末、どうなってるか知ってる?」

 

 

 明らかにジェネシスを挑発するような言い方だった。常に他人を煽り、挑発するジェネシスには丁度いいと思ったのだろう。そしてそんなジェネシスは一般プレイヤーであるから、プレミアのクエストの結末を知っているわけがない――と思われた。ジェネシスはもう一度くっくっくと笑い、シノンに返答する。

 

 

「あぁ知ってるぜ。アインクラッドが創世されて、世界が崩壊するんだろ。とんでもねえイベントが起きちまうんだよなぁ」

 

 

 俺達はもう一度絶句する。その情報はコンソールを操作した者のみが知る事の出来たもののはずなのに、それさえジェネシスは知っている。あの時コンソールルームにこいつが居たというのか。

 

 

「お前、なんでそれを知ってるんだ。お前もコンソールを!?」

 

「はッ、やっぱりグダってて間抜けだな。あの時のお前らをこいつに尾行させてたんだよ。思ったよりハイディングスキルが高い奴だったんでな」

 

 

 そう言ってジェネシスは少女に目を向けた。少女は何も言わず頷く。あの時全く気配を察知する事が出来なかったし、リランでさえも無反応だった。この少女の隠密能力はかなり優れたものだったらしい。

 

 

「アインクラッド創世? 楽しいじゃねえか。自分の進めたクエストによってそんなバカでかい出来事が起きちまうなんてよ。ゲーマーなら是非ともやっておきたい事だろ?」

 

「……やる気なのか、お前は」

 

「そうだぜ。俺だけじゃねえ、そいつもだ」

 

 

 俺に答えたジェネシスの声を受け、少女は一歩踏み出した。少女とプレミアの距離が縮まり、プレミアは一瞬戸惑った様子を見せた。しかし、やがて取り戻したように言葉を発する。

 

 

「わたしは、わたしはプレミア。あなたはなんていうのです、か。もしあなたがわたしと双子なら、わたし達は家族、という事に……」

 

 

 いつものプレミアとは程遠いほど途切れ途切れの声だった。いきなり自分の双子――唯一自分の家族と呼べる存在に出会えたのだ、こうなってしまっても仕方がないだろう。その言葉をかけられた少女は――口角を少し上げた。

 

 

「……あぁそうだとも。わたしとお前は家族だ」

 

 

 少女の声は少し低いように感じられた。喋り方もプレミアとは全く異なるものだ。だが、家族である事を否定しなかった。若干の&の笑みを浮かべるプレミアに、少女は続けた。

 

 

「そしてわたし達のマスターは、わたしとお前が揃って行動し、目的を達成する事を望んでいる。ここに聖石は無かった。さぁ、わたし達と一緒に来て次の場所へ向かおう。マスターの望みを叶え、アインクラッドを作るんだ」

 

 

 少女から発せられた言葉にジェネシスを除く全員が絶句する。少女は、NPCであるはずの少女は全てを知っている。自分達が何をしようとしているのか、最後に起きる事は何か、厄災の末に生まれるものが何なのかであるという事を。

 

 何より信じがたいのが、少女が自ら厄災を起こしたがっているという事だった。

 

 自分と瓜二つの少女の発言を耳にして、更に戸惑ったようにプレミアが問いかける。

 

 

「あ、アインクラッドを作る……どういう事なのですか。どうしてアインクラッドを作らなければならないのですか」

 

 

 俺はプレミアからの言葉に少し驚いた。カーディナルの厄災、アインクラッド誕生によってこの世界が崩壊する事を、プレミアは聞いていなかったとばかり思っていたが、空腹になりながらも聞いていたらしい。プレミアからの問いかけに少女は右手を少し上にあげて答える。

 

 

「わたし達が本当の力を得れば、アインクラッドを創生できる。アインクラッドを創生する事により、世界が崩壊する。そうすればわたし達に危害を加える者達は全て、世界諸共消え去るんだ。

 けれどわたし達は滅ばない。わたし達が邪魔者達を滅ぼす側なのだから。そしてアインクラッドはわたし達のための場所……わたし達が誰にも迫害されずに生きられる最後の楽園だ。そこを作るためにも、わたし達を迫害する者達に報復するためにも、一緒に来るんだ」

 

 

 少女は強い瞳をしてプレミアに語り掛けていた。その内容も驚くべきものだ。アインクラッドを創生する事によってどれ程の被害が起きるのか、まだわかっているわけではないし、何よりアインクラッド創世時にプレミアと少女が無事でいられるという保証もない。

 

 それに彼女は明確に世界を滅ぼしたがっている。自分達を迫害した者達とやらを全て消し去るという報復を成し遂げるために、この世界を巻き込んでしまおうと考えている。一体誰がそんな事をこの娘に吹き込んだというのか。

 

 その目星はすぐに付き、俺はすぐさま少女の連れ人の剣士を睨みつけた。やはりこちらを挑発しているような姿勢は変わらない。

 

 

「ジェネシス、お前がこんな事を吹き込んだのか。本気でこの世界を滅ぼすつもりでいるのか」

 

「あぁそうだぜ。これまで俺も色々VRゲームをやって来たもんだが、世界が崩壊するなんて言うイベントは見た事がねえ。お前だって見てみたいだろ? この世界が崩壊する超極大のショーをよ」

 

 

 ジェネシスの言っている事は常軌を逸しているように感じられた。この世界はただのゲームではない。NPCという住人達が本当に生きている世界だ。NPCが二度とリポップしてこないという仕様を見て、それがわからないとでもいうのか。

 

 

「それじゃあ、この世界が崩壊する時、彼女達はどうなる。他のNPC達はどうなる!?」

 

「死ぬだろうな! けどいいじゃねえか。この世界は所詮VRMMO、仮想現実だ。どんなふうになろうが俺達の知った事じゃねえ!」

 

「そんな事はない! この世界は彼女達にとって本物の世界だ。彼女達にとっての現実世界だ!!」

 

 

 胸の中から熱いものが込み上げてきて、それが言葉になって出てきていた。ジェネシスと論争を繰り広げている俺をプレミアはちらと見てから、目の前の少女に目を向けなおした。

 

 

「……この世界では、沢山の人々が生きて、暮らしています。その人達が住んでいるこの世界を、わたし達の勝手だけで滅ぼす事が許されるとは思いません。あなたは何故そうまでして、この世界を滅ぼしたがっているというのですか。何故、世界を滅ぼそうというあなたのマスターの意思を尊重するというのですか」

 

 

 少女は一瞬驚いたような反応をした後に、歯を食いしばった。見る見るうちに怒りで顔が満たされていく。

 

 

「お前は奴らが憎くないとでも言うのか。わたし達をレアモブなどと言い、命を狙ってくる者達を。迫害し、攻撃し、略奪して来ようとする者達を。お前だって奴らに危害を加えられ、命を狙われた事もあったはずだ」

 

 

 プレミアは少し俯く。レアモブと呼ぶ者達とは、恐らく俺達プレイヤーの中の悪質な者達の事であろう。連中はNPC達を攻撃したり、罠に填めて殺そうとするような行為を取り、自分達だけいい思いの出来る物を手に入れようとしていた。プレミアも一度連中に命を狙われ、俺達の手で助けられた事があった。

 

 そこまで思い出したそこで、俺は引っかかるものを感じたが、口にするよりも先にプレミアが返答をした。

 

 

「確かに、わたし達を攻撃してくるような人達も居ました。けれど、そんな人達ばかりがこの世界にいるわけではありません。ここにいるキリトやシノンのように、わたし達を守ってくれて、わたし達と仲良くしてくれる人も沢山います。だから、世界を滅ぼして報復しようだなんて、わたしは思いません」

 

 

 俺とシノンは思わずきょとんとしてしまった。今、初めてプレミアが思っていた事、内に秘めていた事を喋ってくれたのかもしれない。プレミアはそんなふうに俺達の事を思ってくれていたのか――そんな感傷に浸る暇はなかった。少女は更なる怒りを募らせて、プレミアではなく、俺を睨みつけた。

 

 

「そいつらはいい人などではない! わたしを守ってくれると約束しておきながら、それを一度たりとも守りはしなかった。わたし達を守ろうとなどしていない!」

 

 

 少女の怒号を聞いたその時、俺の中に光が走ったような気がした。ようやく引っかかっていたものの正体を掴めた。

 

 ジュエルピーク湖沼群を攻略し始めた頃に、俺達はプレミアを狙うプレイヤー達を撃退し、彼女を守った事があった。しかしその時、プレミアは妙な反応ばかりを返していて、わたしは狙われているなどと言っていた。いつもの彼女のような反応を、何一つとして返さなかったのだ。だが次に会った時には、いつもの彼女に戻っていた。

 

 あの時プレミアはどうしたのだろうかとずっと思っていたが、ようやく謎が解けた。

 

 あの時のプレミアはプレミアではなく、この少女だったのだ。

 

 そしてようやく、この少女の報復心の元凶を掴めた。プレミアは確かに俺達に保護されていたから大丈夫だったが、この少女はそうではなかった。俺達に保護されたりせず、悪意のある連中のターゲットになり続けていたのだ。

 

 だからこそ、彼女はここまでの報復心をプレイヤーに抱いている。

 

 

「まさか君は、あの時俺達が守った……」

 

「そうだ、《黒の竜剣士》。あれ以来お前達は一度たりともわたしの目の前に現れてはくれなかった。連中と同じように、自分達の事だけを考えて、わたしを危険に曝し続けたんだ!」

 

 

 少女の怒りに、シノンが首を横に振って答えた。

 

 

「そうじゃない! 私達はあんたを本当に守ろうと思って――」

 

 

 シノンの言葉を遮り、少女は剣を抜いた。それはプレミアと同じ細剣ではなく、ジェネシスと同じ大剣だった。身の丈よりも大きな鋼鉄の板のような剣を握り締め、少女は敵意を剥き出しにした。

 

 

「マスター、こいつらはやはり障害です。マスターの明確な敵です。ここで始末しましょう」

 

 

 少女の声に呼応するように、ジェネシスの背後のアヌビスも咆哮して身構える。厄介な事に、少女とアヌビスは本気でこちらと戦うつもりでいるようだ。彼女の抱いている俺達への敵対心、報復心はそこまで根深いものというのが、信じ難かった。

 

 しかし、その少女と黒き狼竜を止めたのは、意外にもマスターであるジェネシスだった。ジェネシスは少女の前に腕を伸ばし、制止を呼びかける。

 

 

「いや駄目だ。戦うわけにはいかねえ」

 

「な、何故ですか!? 敵が目の前に居るのですよ!?」

 

「あいつらが攻撃する分には大丈夫だと思うが、お前がブルーカーソルになっちまったら最悪だ。ここまで進めたクエストが続行不能になるなんてつまらねえよ」

 

 

 ジェネシスは少女から俺の方へ目を向ける。禍々しい狩人のような瞳だ。

 

 

「《黒の竜剣士》さんよぉ、そんなに世界を救いたいなら力づくで止めてみせろよ。お前の二刀流で、ヒーローらしく俺を倒してみせろ。最後の聖石を手に入れるのは、どっちだろうな?」

 

 

 そう吐き捨てるなり、ジェネシスはウインドウを展開して、手早く操作した。次の瞬間、ジェネシスの一行は青い光に包み込まれて、姿を消した。どうやら転移を使ったらしい。それと時を合わせるようにして、周囲の風景が変わっていき始め、やがて岩山の中にあるトンネルだった周囲は本当にただの岩山の間になった。

 

 クエストが完了した事により、インスタンスマップが解除されたのだ。

 

 進めてはならないはずのプレミアのクエストが、進行してしまった。実感したかのように、シノンが俺に声をかけてきた。

 

 

「キリト、あいつ……」

 

 

 俺は思わず頭を片手で抱えた。

 

 物の見事な最悪の展開だ。保護しなければならないプレミアの双子の姉妹は、よりによってジェネシスの手に渡っていて、尚且つ彼女はアインクラッド創世に猛賛成している。

 

 その原因を作ってしまったのが、他ならない俺達プレイヤー。散々働いた悪事の因果が今になって応報されてしまっているようだ。

 

 何にしても、今回のクエストで、あまりに多くの事がわかりすぎた。ここは一つ、皆と情報の整理をするべきだ。

 

 

「ひとまず皆のところへ戻ろう。話はそれからだ」

 

 

 俺の指示にシノンもリランも頷いたが、プレミアだけ少し遅れて頷いた。

 


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