キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ※ただいまアンケート実施中。もうしばらくは続けます。

 


03:浮遊城へ近付く大地

 

 

 

         ◇◇◇

 

 

「アインクラッドが、アイングラウンドから生まれようとしてる!!?」

 

 

 俺の話を聞いた仲間達――アインクラッドの生還者達は一斉に声を合わせて驚いた。セブンに教えてもらった座標にあった内部コンソールを操作したところ、驚くべき情報が山のように出てきて、俺達は長らく混乱していた。そしてその混乱は今、仲間達のところに伝染している。伝染させない――話さないわけにはいかなかったのだ。

 

 

「カーディナルがあのアインクラッドを作ろうとしていただなんて……それで、俺達がその手伝いをさせられていたとは……!」

 

 

 珍しく慌てているディアベル。他の者達もほとんど似たような状態だ。この反応はごく自然なものだと言えるだろう。それだけ、わかった事実は衝撃的なものだった。

 

 

 俺達が進めていたのはやはりグラウンドクエストとして設定されたものだった。そのグラウンドクエストとは、《聖石の女神》という者が大きくかかわってくるストーリーのそれであり、プレミアはこのクエストを担当するNPCだった。

 

 だが、そのプレミアをシステムが女神から《聖大樹の双子巫女》へ書き換えを行い、双子巫女のうちの一人に仕立て上げてしまった。そのシステムの正体が、あのアインクラッド崩壊シミュレーションテストモジュールであった。

 

 それはかつてアインクラッドに組み込まれ、アインクラッドがクリアされた時に動き出し、アインクラッドを崩壊へと導いた。そのアインクラッドのコピーサーバーを使っている《SA:O》にも、それはひそかに存在し続け、動き続けていた。アインクラッドがどこにもないと言うのに。

 

 消滅したはずのアインクラッドを崩壊させる使命を持ったモジュールは開発にもばれない状態で一人で動き、無数のアミュスフィアを使って並列計算、分散コンピューティングを行っていたのだった。

 

 だが、それも元を辿ればカーディナルシステムの一部。崩壊モジュールを動かしているのは結局カーディナルに違いなかった。

 

 そのカーディナルについて、かつてカーディナルより生まれたとされるリラン、ユイ、ストレア、ユピテルの四人が徹底的に調べたところ、現状が割れた。

 

 カーディナルは《SA:O》をラスボスであるヒースクリフ――リランにとっての父親――が倒された後の世界と認識し、崩壊モジュールを起動させようとしている事が分かった。

 

 そんな事が起これば、フィールドの多くが消滅する事になり、このゲーム自体が続行不可能になってしまう。VRMMOという分野そのものも壊滅的な被害を受ける事になるだろう。これだけでも大きすぎる問題なのだが、それだけで終わってはくれなかった。

 

 更なる問題がそれ以前に存在し、カーディナルの手によって発生しようとしているのだった。

 

 聖大樹の双子巫女は、アインクラッド創世を行ったとされる存在。その役割は今、プレミアに組み込まれている。そのプレミアの受け持つクエストの内容、俺達の現状の先について調べてみたところ、事実は明るみになった。

 

 

 『五つの聖石を集めて祈りの神殿に祈りを捧げた時、双子巫女は完全なる覚醒をし、創世を行う』という神話のようなストーリーが、俺達の先にある未来だった。

 

 

 この話が分かった時が、俺達の驚きのピークだった。

 

 この世界のカーディナルは矛盾を起こしていた。ラスボスが倒された後のアインクラッドと認識した世界はあれども、それはアインクラッドではない。だから崩壊させる事は出来ない。崩壊させなければならないのに、崩壊させなければならないモノがない。

 

 この矛盾を解消させ、崩壊を起こすために、カーディナルはわざわざアイングラウンドを素材にして作ろうとしていた。

 

 

 俺達を閉じ込めていた悪夢の鋼鉄城、アインクラッドを。

 

 

 そして俺達はプレミアのクエストを進めるという行為によって、カーディナルシステムのアインクラッド創世を手伝ってしまっていた。

 

 

「そんな、今まで集めてきた聖石は全部、アインクラッドを作るためのものだったっていうの?」

 

 

 戸惑いを隠せないアスナに、俺達は頷くしかない。聖石を集めて双子巫女となる二人の女神を集めれば、大地切断は行われ、アインクラッドは作られる。聖石はアインクラッドを作るための素材の一つだったのだ。

 

 

「それで、プレミアちゃんは本来の役割を上書きされて、システムにいいように使われてたなんて……ひどすぎますよ、そんなの!」

 

 

 シリカは悲しそうな表情でプレミアの傍に居た。プレミアは俯きっぱなしで何も言葉を発していない。理解できない事を話されて混乱しているのか、あまりに悲しくて何も言えないのかもわからない。

 

 その直後に、クラインが頭を掻きながら声を出す。

 

 

「そんなもんが放置されてるってどういう事なんだよ。開発は作ってて気が付かなかったって言うのか? こんなにでかい問題起こしてるモノをよ」

 

「いいえ、気付けなかったんです。カーディナルシステムはそれ自体が何百ものセキュリティが施されたブラックボックス……それもSAOに使われていたものと同じですから……」

 

「そこら辺のゲーム会社の運営でどうにかできるものじゃあないよ、カーディナルは」

 

 

 ユピテルの説明の後にイリスが言う。茅場晶彦の右腕として活躍し、リラン達《MHHP》、ユイ達《MHCP》を作り出した彼女もまた、カーディナルシステムを作った一人だ。そのイリスは今、クライン同様困り果てたような顔をしている。そのイリスに向けて声を掛けたのはエギルだった。

 

 

「聞いた話だと、あんたがカーディナルシステムを作って、《SA:O》の製作に協力していたって事なんだが」

 

「そうだよ。カーディナルシステムは茅場さんと私達の汗と涙の結晶とも言える最高傑作だ。VR世界を独自に動かしていけるための機能をいくつも兼ね揃えてる、世界を動かすシステム。だから常人に簡単に扱えないように、何重ものセキュリティが張られてるんだ。私と茅場さんで作った最強セキュリティがね。だから、このゲームの運営が気付かないでいたのも無理ないよ。解けないパズルが相手なんだからさ」

 

 

 いつの間にか家の中の全員の注目がイリスに集まっていた。それまで壁に(もた)れ掛かっていたイリスは、俺達の元へ歩いてくる。

 

 

「それで、カーディナルシステムがやろうとしてる事、やった事だけど、崩壊させたいアインクラッドを作るために、プレミアを無理矢理双子巫女に変えて、キリト君達にクエストを手伝わせたんだ。

 いくら世界の全てを制御するカーディナルでも、世界全部の設定を書き換えて実行するような事は出来ない。大地切断やアインクラッド創世みたいな大がかりな事なんか出来やしない。だから自分でできる範囲の改変をして、後はキリト君達にやらせるという方法を取ったんだ。アインクラッドを作り出すというイベントをキリト君達プレイヤーの手で起こすためにね。

 アインクラッド創世はあくまで、プレイヤーの手で行われたイベントという事にするつもりだ」

 

 

 皆の間から「そんな」という声が上がる。ここまで進めてきたプレミアのクエストは、全てカーディナルシステムの(おぼ)()し。俺達は無自覚なまま、この世界の存亡にかかわる出来事の手伝いをさせられていた。俺もその事を信じるのが難しく感じられた。

 

 その中、イリスはプレミアに近寄り、やがてその目の前で立ち止まった。

 

 

「セブンがプレミアのデザインがおかしな事になってたって言ってたけど、それも何か影響してるのかな。まぁいずれにしても、このままいけば何が起こるかわかるね、キリト君」

 

「……このままプレミアのクエストを進めれば、アインクラッドが作られて崩壊させられる厄災が起こる。そうなったらこの仮想世界分野、VR技術は終わりだ」

 

「そうだよ。そんなの私は御免だ。君達もそう思ってくれているだろう? どんな事情があってそんな事になったかは定かじゃないけれど、何としてでも食い止めなきゃいけない」

 

 

 俺達はイリスに頷く。

 

 カーディナルシステムという茅場のブラックボックスのせいで、この素晴らしき仮想世界がなくなってしまうのは絶対に避けなければならない。そうなればプレミアは勿論、ここにいるユイもリランもストレアもユピテルも、生きられなくなる。俺達は彼女達を喪う事になるのだ。そんな事を許すわけにはいかない。

 

 皆までどうかはわからないが、少なくとも俺はカーディナルの手によって起こされるであろう厄災を防ぐという決意が出来た。その直後に、リーファが挙手するように言った。

 

 

「けど、どうしたらいいんでしょうか。あたし達、プレミアちゃんのクエストをかなり進めてきちゃってますけれど……」

 

「プレミアちゃんのクエストを、今後は進めなきゃいいんじゃないかな。プレミアちゃんのクエストをここまで進めたのはわたし達だけだから、わたし達がやらないと、プレミアちゃんのクエストは進まないようになってるはずだよ」

 

 

 フィリアの答えが正解だった。プレミアのクエストの最後に起こるであろうカーディナルの厄災は、プレミアのクエストを進めるせいで起こる。ならば、プレミアのクエストを進めなければ未然に防ぐ事が可能という事だ。

 

 更にプレミアは俺達が保護しているため、他のプレイヤーがプレミアを連れ出して、俺達と同じくらいまでクエストを進める事も出来ない。俺達が何もしなければ、カーディナルだって何も起こせないのだ。

 

 

「そうね。まずはプレミアをしっかり保護して、これ以上クエストを進めない事にしましょう。けど、本当にそれだけで大丈夫なわけ」

 

 

 リズベットが俺に視線を向けてくる。プレミアの事はひとまず大丈夫と言えるが、問題はまだ残っている。それはもう一人の女神――プレミアの双子の姉妹の存在だった。プレミアは保護できているが、プレミアの双子の姉妹は保護できておらず、それどころか発見できてさえいない。

 

 もしこの双子の姉妹が他のプレイヤーの手に渡ろうものならば、それがカーディナルの厄災を引き起こす引き金(トリガー)になりかねない。この双子の姉妹も、俺達の保護下に置いておかなければならないだろう。

 

 俺と同じ事を考えていてくれたのだろう、シノンが皆に聞こえるようにリズベットへ応える。

 

 

「大丈夫とは言い難いわね。私達のところにいるのはプレミアだけで、もう一人の巫女候補、言うなれば《もう一人の女神》っていうのがいない。その娘もいないと危ないわ」

 

「シノンの言う通りだね。まずはプレミアちゃんの妹さんかお姉さんにあたるもう一人の女神を探し出すべきだよ。二人ともボク達のところにいればとりあえず大丈夫だろうし、それにプレミアちゃんも家族に会えるんだから、嬉しいよきっと」

 

 

 ユウキの言葉に皆頷く。

 

 そうだ。プレミアにとってもう一人の女神は家族と言える存在だ。俺達の都合もあるけれども、もう一人の女神を保護できれば、プレミアは家族と一緒に居られる事になる。彼女を悲しませる出来事ばかりではないのだ。

 

 

「となると、プレミアの双子の姉妹を探さなきゃいけなくなるけど……そんな人見た事も聞いた事もないよ。アルゴ、シュピーゲル、何か知らない?」

 

 

 カイムがアルゴとシュピーゲルに向き直るが、アルゴは首を横に振り、シュピーゲルは軽く俯く反応を返した。

 

 合流してからしばらくした時にわかったのだが、シュピーゲルも情報通で、俺達の知らない色々な情報を掴んでくる。今やアルゴ、フィリア、シュピーゲルが俺達の情報網の三柱であった。

 

 その二人のうちのアルゴが先に口を開く。

 

 

「残念ながら、オレっちのところにそんな情報は無いヨ。一応集めてはいるんだガ」

 

「僕のところにもないや。プレミアちゃんの双子の姉妹、どこにいるんだろう」

 

「意外と本人が知ってたりするんじゃないかな。ねえプレミアちゃん」

 

 

 シュピーゲルの主張の後にフィリアがプレミアに尋ねる。イリスとシリカの近くにいるプレミアはじっと俯いたまま反応を返さない。先程からずっとこうだ。この家に皆が集まってからというものの、プレミアは一言も言葉を発していない。

 

 いよいよ怪しく思ってきたのだろう、アスナが近付きながら声を掛けた。

 

 

「プレミアちゃん、どうしたの。大丈夫?」

 

 

 アスナがその手でプレミアの肩に触れたその時だった。

 

 

 ぐぎゅるるるるるうううという、獣の咆哮にも似た大きな音が家の一階いっぱいに木霊した。

 

 

 あまりの音に俺を含めた全員が驚き、その発生源に注目する。それは――プレミアだった。

 

 信じがたい音を突然立てた女神の姿に茫然としている皆の視線を集め、彼女はゆっくりと顔を上げた。如何にも元気がなさそうな表情で――口元からヨダレが垂れ下がっていた。

 

 

「ううっ……我慢していたのですが……鳴ってしまいました」

 

「鳴ってしまったって……え?」

 

「さっきからずっと、おなかが空いて仕方がありません……」

 

 

 モンスターの咆哮か何かと思われた音の正体は、プレミアの腹の音だった。プレミアが俯いていた理由は、腹が減って元気が出なかった事が原因であったらしい。

 

 あまりの事実に全員がその場にずっこけ、何人か「ずこー」とひっくり返った。何か異変が起きてしまったかとばかり思っていたから、拍子抜けなどというレベルではない。

 

 そんな女神からの報告を受けて、イリスが小さく笑う。

 

 

「おやおやおや、当の女神様はこのとおりかい。てっきりもっと悲しんでるかと思ってたんだが、心配無用だったね」

 

「プレミア、お前さっきからの我らの話、聞いておったか」

 

 

 リランの恐る恐るの問いかけにプレミアはげんなりした顔のまま答える。

 

 

「何かお話されていたのですか。おなかが空いている事に頭がいっぱいでそれどころではありませんでした」

 

 

 女神からの追撃に、ついに多くの者達がひっくり返った。一番話を聞いていなければならないはずのプレミアは何も覚えていない。話の中心となる彼女が実は蚊帳の外だった。彼女にとっての重要事項とは、自分に規格外の使命を課させた存在やその狙いをなんとかするよりも、自分自身の空腹をどうするかだったようだ。

 

 あんまりすぎる告白にリランは脱力したように肩を落とし、イリスはついに大きな声で笑い出す。

 

 

「これは駄目そうだ。ひとまずプレミアのおなかを満たしてあげるとしよう。話はそれからでいいだろう」

 

 

 確かに今のプレミアには料理や飯の話以外何も通じなさそうだ。プレミアの空腹という状態異常を治療してから、本題に入るべきだろう。まさかこんな事になるとは一切予想できていなかったが。しかし、そうと決まればと言わんばかりに、アスナとユピテルが挙手するように言った。

 

 

「それならまず、皆でご飯にしましょう。丁度お昼ご飯もまだだったしね」

 

「空腹は大きな敵です。今のうちに叩いておいてから、これからの事を決めましょう」

 

 

 二人に続いてシノンとリーファも立ち上がり、キッチンの方へ向かっていく。それからシノンが振り返って、俺達の方へ向き直る。

 

 

「皆、食材アイテムは持ってるわね? なるべく美味しい料理にするから、出してくれないかしら」

 

「料理スキル上げる人達全員で力を合わせて作りましょう。プレミアちゃんが大喜びしてくれる料理を!」

 

 

 シノンとリーファの呼びかけに応じ、皆が次々とウインドウを展開し、各々食材アイテムを具現化させてテーブルに置き始めた。

 

 魚系アイテム、野菜系アイテム、肉系アイテム、調味料系アイテムと、料理に使われるアイテムが次々と召喚されてきて、すぐさまいつも使っているテーブルが食材アイテムで埋め尽くされた。全員の腹を満たせるだけの料理を作れる量は揃っているようだ。

 

 それらに目を輝かせるなり、ユピテルが軽く腕まくりをする。

 

 

「こんなに沢山! これは腕が鳴ります!」

 

「そうだね! 皆、今日のお昼はフルコースにできるよ!」

 

 

 アスナとユピテルの親子は、随分と気合が入っているようだった。

 

 アスナは《SAO》、《ALO》、《SA:O》の全てで料理スキルをカンストさせているため、どんな料理でも作れるし、振舞える。沢山の食材に腕が鳴るのはわかるが、ユピテルまでそうなっているのには首を傾げる者が多かった。

 

 そのうちの一人であるクラインがユピテルに声をかける。

 

 

「ん? ユピテルお前、料理できたのか?」

 

 

 問われたユピテルは少し答えづらそうにしながら説明した。

 

 ユピテルはウイルスに感染して破損が広がった際、アスナのアバターのデータを吸収して修復した。その時アスナの持っているデータのうち、料理や裁縫などのスキルもコピーと吸収をしていたらしく、アスナ同様の料理を振舞えるようになっていた。ユピテルはアスナの外観のデータだけではなく、内部のデータのいくつかも取り込んでいる、ある意味母親の持っているものを継承、遺伝させていたのだった。

 

 だが、本来ならば起こりえない事であり、見方を変えればチート行為にも等しいので、ユピテルはこの事をあまり話したくないそうだ。だから、今この時初めてその事を知る者も多かった。

 

 そんな事実を初めて知る事になった者には腹ペコのプレミアも含まれており、彼女はきらきらした目でユピテルを見た。

 

 

「ユピテルの料理、興味あります。美味しいのでしょうか」

 

「味の保証は出来ますし、お代わりできるように作ります!」

 

 

 先端が白色、大部分が栗毛色の髪の少年は意気込んでいた。あの時まで、ユピテルがこんな風になるとは誰も予想できていなかったし、今も少し信じられないくらいだ。しかもユピテルは今や、俺達の攻略の戦力の一人にさえなっている。

 

 あのユピテルがこんな風になるように、この世界では信じ難くも素晴らしい出来事が沢山起こる。それがこの世界を統制するカーディナルシステムが起こす厄災で滅ぼされるなど、絶対に回避しなければならない。

 

 俺は改めてそう思いながら、キッチンへ向かっていく女の子達三人と少年一人を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

 

 

 

「マスター、ただいま戻りました。情報が沢山集まってきましたよ」

 

「『情報が集まってきた』じゃなくて、『情報を集めてきた』だろ。まだ変な言い回しが多い気がするぜ」

 

 

 マスター曰く《リューストリア大草原》という草原地帯の丘の上、廃墟の一つにティアは来ていた。

 

 大きな石造りの城の廃墟の一部、屋根と壁がしっかり残っているそこが、ティアとマスターとアヌビスの住居であった。ティアはそこから出て《オルトラム城砦》へ向かい、やがてマスターのいるこの場所へ戻ってきたのだった。

 

 マスターが灯りを点けなければ薄暗いそこには、沢山のマスターの持ち物が置かれている。それでも並びなどはしっかり整頓されていて、散らかっていない。

 

 その中にある小さな正方形の石を椅子代わりにしているマスターに、ティアは一冊のノートを手渡した。オルトラム城砦で、マスターが狙う者達を追跡する事で得た情報をまとめてある。

 

 

「こちらを読んでみてください。これが、《連中》から集めてきた情報です」

 

「《あの連中》を追跡出来たって事か。お前も随分やるようになったじゃねえか」

 

 

 マスターはどこか嬉しそうにそれを受け取ると、ランタンを近くに置いて読み始めた。

 

 それだけでティアの中に喜びが生まれる。誰かに狙われるしかなかった自分に役目を、武器を、戦い方を教えてくれたマスターは、時折こうして自分を褒めてくれる。

 

 マスターの力になれている。それがわかる時が、ティアにとって一番の喜びが生まれる時だった。

 

 直後に、ティアの許へ小さい何かが飛んできた。周囲が薄暗いせいでよく見えないが、マスターの近くのランタンに照らされる事で、姿がはっきりとする。四枚の翼で宙に浮いている、黒くて小さな犬のような竜。マスターと自分の仲間であり、友達であるアヌビスだった。

 

 

「アヌビス」

 

 

 ティアの呼びかけに応じるように、アヌビスは小さく鳴いてティアに近付く。手を差し伸べ、その頭を撫でてやると、ふかふかの感触が手に広がった。撫でられたアヌビスは気持ちよさそうな声を出す。

 

 アヌビスは自分のいない間、マスターと共にあり、マスターを守ってくれていたのだ。

 

 

「アヌビス、わたしが居ない間に何かなかった?」

 

 

 答えたのはマスターだった。声を掛けたところでアヌビスが言葉を出す事は無い事はわかっている。

 

 

「特に何もねえよ。クソモブ共が襲ってくる事もなかったぜ……ん?」

 

 

 アヌビスは今こそこのような小さな竜の姿をしているが、戦いになれば自分やマスターの何倍もの体躯となり、マスターに及ばんばかりの力を発揮してくれる。その力を持って、アヌビスはマスターや自分を守ってくれるから、ティアはアヌビスが心強くて仕方がない。

 

 そう思ってアヌビスに微笑んだその時だ。マスターが軽く舌打ちをした。

 

 

「くそっ、《あいつ》も《使い魔》を進化させやがったのか。俺に並ぶんじゃねえよ」

 

「《あいつ》の竜の強さも増しているようです。侮れないかもしれません」

 

「……かもな。けど、俺が最強だって事は変わりねえ。それにあいつはお前がいる事に気が付かなかった間抜けだ。どうって事ねえよ」

 

 

 《あいつ》とは黒尽くめの剣士の事だ。

 

 マスターと同じ黒い服を着ているものの、大剣ではなく双剣を使う剣士。ティアと面識のあるその剣士の許に、ティアはつい先ほどまで向かい、尾行していた。その際、あの剣士の傍にいるアヌビスのような竜の姿が変わっていた事、力強さも大きくなっていた事がわかった。

 

 あの剣士の強さは増していた。

 

 

「……」

 

 

 だからこそ、ティアはその剣士が許せなかった。

 

 

 以前に会った時、あの剣士とティアは約束を交わした。あの剣士は「君の事は守る」と言ってくれて、約束をしてくれた。だからティアはその時安心した。この人が今後守ってくれる。そう思って安心した。

 

 だが、その約束は守られなかった。ティアがモブ共に囲まれて傷付けられても、追い掛け回されても、あの剣士はティアの許に現れる事は無かった。ティアが何度助けを求めても、あの剣士は助けようとしてくれなかった。あの剣士は初めから約束など守る気はなかったのだ。

 

 結局、あの剣士は最後まで現れず、ティアはマスターに拾われ、現在に至っている。あの剣士が放棄した約束を代わりに果たしてくれているのが、マスターだった。

 

 そしてその時にわかったのだ。あの剣士がマスターとアヌビスに歯向かう敵だったと。マスター以外のすべての人間が敵であると言えるのだと。

 

 だからこそティアは、あの剣士をその背後から追跡し、情報を盗み出してくるのは気分がよかった。出来れば後ろから近付いて頭をかち割ってやりたい気分でもあったが。

 

 

「ん、おい、ちょっと待て。これは……!?」

 

 

 ティアは首を軽く傾げた。マスターはぱらぱらとノートを捲る。

 

 

「大分情報が断片的ではあるが……聖石が全部揃えば二人の女神は双子の巫女になる。そして双子の巫女の力と祈りによって、あのアインクラッドが出来上がる、だと!!? そんなイベントがあったっていうのかよ!?」

 

 

 マスターは大きな声を出して立ち上がった。興奮を隠せないでいるようだ。あの時あの剣士達が頻りに口にしていたアインクラッドというのは地名か何かだったらしく、マスターを興奮させるものであったらしい。

 

 だがその興奮は長くは続かず、マスターは数秒後に深呼吸をして、落ち着きを取り戻したように石に座った。

 

 

「そうか、このクエストがそうだったのか。だからあいつらはやってやがったんだな。何のために聖石なんてアイテム集めてんのかって思ってたが、最高に面白そうじゃねえか……いいよ、いいだろうよ。俺がそのクエストを進めてやる。俺がこの世界にアインクラッドを作ってやるよ」

 

 

 マスターはくっくっくと笑っていた。マスターが楽しいと思えるものが、この先に待ち構えているらしい。そこに辿り着く事が出来れば、マスターはより喜んでくれる事だろう。そしてそこは、自分とアヌビスにとっても最高の場所だ。

 

 わたしとマスターとアヌビスにとっての、最高で静かな世界が実現する場所――それがアインクラッドだ。

 

 ティアが思ったそこで、マスターは軽く頭に手を添えた。よくある仕草ではある。

 

 

「……それにしても、ティアと会ってからなんか妙だな。《エヴォルティヴ・ハイ》を使ってる時は何もねえが、興奮してもすぐに落ち着きが来やがるし、いつも余裕が出来てやがる。キレたくなってもキレる前に収まりやがるし、イライラもねえ……どうなってんだよ」

 

 

 マスターの問答にティアは答えられそうになかった。マスターの様子はいつもと変わりがないし、マスターの様子に変化があったところも見た事が無い。何も変化はありませんと言うしかないが、マスターがそれを求めていないのもわかったので、ティアは何も言わなかった。

 

 そのうちマスターはもう一度深い溜息を吐き、ティアの方へと顔を向けてきた。興奮は収まっているものの、楽しそうな表情である事に変わりはない。

 

 

「まぁいい。ティア、やる事が決まったぜ」

 

「アインクラッドを作る、ですね」

 

「わかってるじゃねえか。だが、俺達の邪魔をするモブ共は絶対に現れる。どいつもこいつも俺達の邪魔をして、手柄を横取りしようと必死になるだろう。その時どうすればいいか、わかるよな?」

 

 

 マスターの問いにティアは頷く。街に居るモブ共はどいつもこいつもマスターを敵視し、自分の命を散々狙ってきた。

 

 だからマスターはいつも言っていた。「この世界の奴らはどいつもこいつもクソだ。だから遠慮なく叩き潰せ。どんな奴でも殺せるように強くなれ。弱くいれば奴らの思う壺だ」と、ティアに教えてくれた。

 

 その言葉に偽りはなかった。この世界は敵で満ち溢れている。排除すべき敵が数えきれないくらいに居る。これまで見てきた連中の中に、マスターと友好的な態度をとったものなど一人もいない。勿論自分に対しても。この世界は穢れたモブ共の支配下にあるのだ。

 

 これからマスターと共に作るアインクラッドは、そういった連中が追放されて、自分とマスターとアヌビスが静かに暮らす事の出来る場所。自分達が安寧を手にする事の出来る最後の世界だ。

 

 その邪魔をする者は、絶対に許しはしない――マスターの与えてくれた大剣で叩き潰すだけ。

 

 

「叩き潰し、殺しましょう。わたしとマスターとアヌビスの力で、二度と抵抗できないようにしてあげましょう」

 

「はッ、わかってきてんじゃねえか。弱い奴は淘汰される。だから強くなきゃいけねえ――その事を邪魔するモブ共に教え込んでやろうぜ」

 

 

 マスターの言葉にティアは頷く。

 

 弱きものは淘汰される。淘汰されたくないならば強くあれ――ティアはいつもこの言葉を胸に生きて、戦ってきた。かつてモブに追い回されるだけの貧弱だった自分は、マスターの教えによって強くなれた。この世界で生きられる術を手に入れる事が出来た。

 

 

 だからマスターの望みをかなえてやらねばならない。共にアインクラッドを、自分達が活きられる世界の具現を――。

 

 

 そう思った時、ティアの意識は少し暗転した。かんがえている事がうまくまとまら亡くなったが、やがて遠いところからマスターの声がした。

 

 

「おいティア、お前また勝手にクエストが――ぁん? クエスト名は《五つ目の聖石》? って事はこいつぁ……!!」

 

 

 




――原作との相違点――

①プレミアの人間性が豊か

②ジェネシスが妙に落ち着いている

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