キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:目覚めてしまったモノ

 オルトラム城砦の探索で迷っている途中で、俺達は家に戻る事になった。

 

 理由は俺を呼ぶメールがあったからだ。差出人は滅多にメールもしてこなければ、ログインしてくる事も少ないイリス。メールを受信した事を示すウインドウにその名前が表示されているのには流石に驚いた。

 

 その用件は簡潔に、『今日はログイン出来た。一緒に重要人物を連れてきているから、君の家に戻ってきてくれ』とだけ書かれてあった。重要人物とは何か、誰の事を指しているのかは書かれていない。

 

 しかしイリスが直々に送ってくるという事は、何か重要な事があったのは確か。俺達は急遽探索を中断し、家に戻った。

 

 アインクラッドの第二十二層とほとんど変わりのない草原の中を歩き、進んでいたところ、シノンが疑問に思ったであろう事を話してきた。プレミアの事だ。

 

 彼女はプレミアのクエストが結局明かされないまま進んでしまっていると俺に話してきた。彼女がそう思うのも無理はない。俺もプレミアのクエストの真相には頭を抱えている有様だ。

 

 

 プレミアのクエストはカイム達がクルドシージ砂漠のエリアボスを倒した事で進行を見せた。エリアボスのいたところに秘密通路のようなところがあったのだ。

 

 カイム達はその中に向かったそうだが、そこは俺達がこれまで見つけてきた神殿のような場所であり、その最奥部に例に漏れず聖石が安置されていたと話していて、実際に聖石を持ち帰ってきた。プレミアはその聖石を受け取り、これで四つの聖石が集まった事になった。

 

 しかしこれでも、プレミアのクエストがどういうモノなのか、見えてきていない。ストーリーも見えてこないし、何のために聖石を集めているのか、あといくつ集めればいいのか、何もヒントがない。

 

 それにそもそもプレミアはNPCであるにも関わらず、初期設定がされていない、《Null》のまま放置されているという、最初から異様な状態だった。

 

 それだけじゃない。今はとても感情豊かになりつつあるが、この成長力も他のNPCと比べてずば抜けている。まるでプレミアだけが本来のNPCの規格から外れた設計になっているかのように。

 

 そんな彼女のクエストをクリアする事ばかり考え、俺はここまでやって来たが、冷静に考えてみれば、プレミアのクエストは異様の塊としか言いようがない。石を集めたりするときもあれば、大樹に祈りを捧げたりする事もあるなど、やっている事に一貫性がない。

 

 プレミアは結局何で、このクエストは結局なんなのか。イリスは以前、「コンソールを見つける事が出来れば、何かわかるかもしれないよ」とは言っていたけれど、そのコンソールも見つからない始末だ。

 

 そのイリスに聞けば、更なるヒントを聞き出す事も出来るかもしれない。そんな事を考え、周囲の皆と話をしていると、あっという間に家に辿り着いた。

 

 ドアを開けて中に入ると、既に人影が二つあった。一つは背が高く胸が大きいのが特徴的な、白衣のようなコートを纏った黒髪ロングヘアの女性。俺達をここに呼び出したイリスだ。

 

 イリスに声をかけようとしたその時に、もう一人の人影の正体がわかり――俺達は驚いた。

 

 

「プリヴィエート、キリト君!」

 

 

 イリスと並んでいたのは、青と白と金色を基調としたスカートを伴う軽装に身を包み、小さな帽子を被っている、銀色の長髪と強く赤みがかった紫色の瞳をした小さな少女。

 

 ALOでのアイドルであり、レインの妹であり、この《SA:O》の開発者の一人であり、現実世界では小さな天才科学者《七色・アルシャーピン》として名高い、セブンだった。

 

 

「セブン、どうしてここに?」

 

 

 セブンは開発や研究が忙しく、《SA:O》にはログインできないという話だった。クローズドベータテストの間は一緒に遊べないとばかり思っていたセブンが、今ここに居るのには驚くしかなかった。そんな俺達の注目を集め、ALOのアイドルは自慢そうな笑顔を見せる。

 

 

「開発が落ち着いてきて、あたしもログインできるくらいの時間を確保できるようになったのよ。無理して徹夜開発と研究をしまくった甲斐があったわ」

 

 

 イリスが「おいおい」という仕草を見せ、俺達は苦笑いする。

 

 以前散々無理したせいで色々厄介な事を起こしたセブンは今、姉であるレインに無理をしたり、徹夜したりするなと言われていた。この少女は姉の言いつけと約束を破って、ここにいるという事になる。

 

 

「そんな事して……レインがまた怒るぞ」

 

「勿論、これから怒られる予定よ。怒られる事前提にしてやってたからね」

 

 

 流石セブン、全て計算づくでやっている。改めて思いつつ、俺はイリスに向き直る。その時既に彼女を専属医師とする患者、製作者とする娘が彼女を見ていた。

 

 

「今日たまたまログインできるくらいの時間が確保できたから、来てみたらセブンと鉢合わせしてね。まさかこの()がここにいるとは思わなんだ、びっくりしたよ。だけど幸運であると言えた。わかるね?」

 

 

 イリスは軽くウインクしながら尋ねてくる。セブンはこのゲームの開発者だ。与えられている権限こそ少ない方に入るが、このゲームの中身に対する知識は豊富である。

 

 セブンならば、謎だらけのプレミアのクエストの事もわかるかもしれない。そういう事だろう。

 

 イリスが重要人物と言っていたのはセブン。ちょっと予想できない展開だったが、イリスの言う通り幸運だ。今ならばプレミアの事を詳しく聞けるかもしれない。

 

 

「そうだセブン。君に聞きたい事があったんだ。前に正体不明のNPCの女の子が居るって話をしただろ。あれから俺達、その娘の出すクエストを進めたんだが――」

 

 

 言いかけたそこで、俺は真横を通り過ぎるものを見た。驚きながら振り向くと――今から話をしようと思っていたプレミアにセブンが掴みかかっていた。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと、ちょっとこれって!?」

 

 

 セブンは明らかに慌てていた。突然初対面の相手に掴み掛られ、慌てられ、プレミアもひどく混乱した様子を見せていた。

 

 

「セブン、どうしたんだ」

 

「どうしたですって!? そんなのこっちが聞きたいわ!」

 

 

 セブンはそのままプレミアの顔に掴み掛り、ぐにぐにと頬を弄繰り回し始めた。プレミアは更にわけがわからなくなったようで、変形させられる顔のまま俺を見つめてきた。俺に助けを求めているようだが、残念ながら助け舟を出せそうになかった。

 

 直後にセブンまでも俺に顔を向けてきて、二人並んで俺を見つめている状態になる。

 

 

「キリト君、この娘は一体どうしたっていうの!?」

 

「だからその娘がそのクエストNPCなんだよ。それで、その娘のクエストが妙なんだ。聖石とかいう石は集めてるけどストーリーは見えてこないし、女神とかいう単語まで出て来るし……」

 

「聖石、女神!? その話は本当なの? なんで今そのクエストを君達が進めてるっていうの!? キリト君達はそのクエストがどういうモノなのかわかってやってるの!? そもそもなんでそんなものがここに存在しちゃってるっていうのよ!?」

 

 

 慌てているのもあるのか、癖なのか、セブンは非常に早口で問い詰めてきた。間違いなく何か重要機密のような事柄に触れているようだった。

 

 

「顔だけじゃない、この服装ッ……!!」

 

 

 更にセブンはプレミアの顔から、今度はその服に掴み掛る。脱がされるとまでは認識しなかったのだろう、プレミアははにかむ様子無く、ただセブンを見ているだけだった。

 

 

「このデザイン、間違いないわ……でもどうなってるっていうのよ」

 

「セブン、一体どうしたっていうの。あんた、なんか変よ」

 

 

 シノンの問いかけにセブンは顔を上げて答える。

 

 

「変なのは全部よ! どうして稼働前のはずのグラウンドクエストが進んでしまってるのよ!? どうしてグラウンドクエストの《聖石の女神》がここにいるっていうの!?」

 

 

 その一言に俺達は声を上げて驚く。

 

 グラウンドクエストとは、いわばストーリーに沿って進める形式のクエストを指しているモノの事だ。それは勿論《SA:O》にも実装される予定であり、クローズドベータテストが終わり、正式サービスが開始されると同時に実装されるという話をセブン本人から聞いた。

 

 それが動き出しているというのだから驚くしかないが、それだけに終わってくれない。セブンの口から、確かに《聖石の女神》というワードが飛び出した。プレミアのクエストを進めていく途中で知る事になった、アイングラウンドに聖石を授けたとされる女神という存在。

 

 それがプレミアであると、彼女は言った。

 

 

「どういう事だ。グラウンドクエストに聖石の女神って……プレミアは女神だっていうのか!?」

 

 

 セブンは頷いて説明してくれた。

 

 俺達にも少しだけ話してくれたグラウンドクエストには、《聖石の女神》に纏わるもの、アインクラッド創世に関わる《聖大樹の双子巫女》の二つが企画されているそうで、プレミアのその顔の特徴は《聖石の女神》のそれ、服装は《双子巫女》のそれとなっているというのだ。勿論そんなものが現時点の《SA:O》に実装されているのありえない話だ。

 

 だが、もっとあり得ないのはプレミア。彼女は交わるはずの無いものが混ざり合い、異様な形になってしまっている。女神と巫女がごちゃ混ぜになってしまった歪な何か。セブンはそう言った。

 

 その後に俺達もセブンにプレミアの特徴について詳しく話し、これまでの彼女を教えた。

 

 

「記憶がないですって? 巫女の記憶も女神の記憶もないの」

 

「あぁ、何も記憶を持ち合わせてない状態で《はじまりの街》を歩いていたみたいなんだ。俺達が最初に保護したときはフィールドにいたけど」

 

「増々おかしな事になってきているわ……プレミアだっけ。その娘の特徴は明らかに《聖石の女神》のものだわ。顔の作りといい、髪の色といい、泣き黒子といい、誰がデザインしたのかデザイナーさえもわからないけれど、とにかくグラウンドクエストの《聖石の女神》に割り当てられているNPCの特徴そのものだわ」

 

「誰がデザインしたのかわからない、だと?」

 

 

 リランの問いかけにセブンは頷く。《SA:O》の重要なクエストの発注を担うNPC、大規模なクエストに関わるNPC達は全てワールドデザイナーがデザインした専用の容姿をしており、誰がどのクエストを担っているのかわかりやすくなっている。グラウンドクエストに関わるNPCであるプレミアにも、それ専用の特別なデザインが与えられる予定だった。

 

 しかしワールドデザイナーがグラウンドクエストのNPCのデザインを手掛けようとしたその時、既にそのNPCにはデザインが適用されていて、それが現在のプレミアのものだったという。

 

 しかもそれはいくつもの強力なセキュリティの基にロックされていて、役目やデザインを変える事が不可能となっていたらしく、更にそのデザインはデザイナーの誰も心当たりのないものであったらしい。何故グラウンドクエストのNPCが今のプレミアの姿でいるのか、誰がこのデザインを作ったのかわからなかった。

 

 この事で開発の間で揉めたそうだが、どうやってもデザインを変える事は出来なかったため、結局今のプレミアの姿のまま放置される事になったという。

 

 

「プレミアが、誰がデザインしたのかわからない姿をしていたなんて……全然思いもよらなかったかも」

 

 

 シノンの一言に俺達は頷くしかない。出会った最初から値が何もなく、記憶もない、割り当てられているのはクローズドベータテストの段階では実装されていないはずのグラウンドクエスト。これだけでも十分プレミアは異常が積み重なった存在だと思えるが、これで終わらない。

 

 プレミアは他のAINPC達と比べて成長力が著しく高く、かなり早い段階で感情や思いを抱くようになり、現在では人間性を獲得していると言えるくらいになっている。そして誰がデザインしたのかわからない外観をして、それが固定されてしまっているとまで来た。

 

 俺達が知っているプレミアの情報は、やはり異常性の塊だ。しかもこれを今この時まで、セブン以外の開発陣は知らない。開発の見ていないところで、異常な事が起きていた。

 

 直後、俺は思いつくモノがあった。今セブンはグラウンドクエストの話をしたが、その中でプレミアは《聖石の女神》の身体的特徴を持ち、《双子巫女》の衣装を身に纏っていると言った。

 

 彼女に女神だけではなく、双子巫女の役割も付けられてしまっているのだとしたら、双子巫女の役割によって彼女は双子のうちの片割れという事になる。

 

 

「待てセブン。プレミアが女神だけじゃなく、巫女でもあるなら、双子って事にならないか」

 

「そうなるわ。《聖大樹の双子巫女》にまでされちゃってるのだから、この娘には双子の姉もしくは妹と呼べる存在がいる。キリト君達、もう一人のプレミアみたいな女の子を見かけたりしなかった?」

 

 

 セブンからの問いに答えられなかった。俺達はずっとプレミアを見てきたし、彼女を保護するために俺達が居ない間はリラン達の傍に居させるようにしてきた。しかしその中で俺達がプレミアの双子の姉妹を見つける事はなかったし、リラン達もそんな報告をしてくる事もなかった。

 

 俺達の事情を把握してくれたのだろう、セブンは少し顔を伏せ、交代するようにイリスが口を開いた。

 

 

「私もこのゲームを幾分か開発させてもらったけれど、グラウンドクエストの担当じゃなかったから詳しい事情はよく分からない。けれど、大方女神と双子巫女を担当するNPCはクエストが進行しないと出てこない予定だったんだろう。その女神と双子巫女の設定が混ざり合ったうえに、運営の言う事を聞かないで動き出して、勝手に実装予定のクエストを進行させてしまっているんだから、事はかなり深刻だ。運営がこの事を知ったらどうなるか、わかったもんじゃない」

 

「即ち、プレミアと双子の姉妹の両方の消去が考えられるという事か」

 

 

 母親から継ぐように言うリラン。その表情は悲しそうだった。イリスとリランの言っている事は正しい事だ。この異常事態を運営が知ろうものならば、運営はまず修正に取り掛かる。その修正の内容によっては、ここまで育ったプレミアの削除が行われても不思議ではないだろう。

 

 

「わたしが消える? わたしは消されてしまうのですか」

 

 

 プレミアは戸惑ったようにイリスとリランを見ていた。今は何とか開発や運営に見つからずに済んでいるが、時間の問題だ。そうなったらプレミアは――次の事を想おうとしたそこで、イリスが待ったをかけるよう言った。

 

 

「いや、プレミアが消えるのを防ぐ方法はあるし、運営に見つかったら消されると断定するのは気が早い。理由はわかるね、セブン」

 

 

 問いかけられたセブンは首を傾げたが、やがて何か思いついたような顔をした。

 

 

「そうね……そうね! まだ致命的なところまで行っているとは限らないし、そもそも取り除いて大丈夫なのかもわかってない」

 

 

 セブンの言葉で、俺もイリスの言いたい事が分かった。

 

 プレミアのクエストはここまで進んでしまってはいるけれども、これ以上進めなければ何も起こらない。そしてプレミアそのものも、動き出している原因や中身を特定しないと削除に取り掛かれない。彼女という存在が、クエストがシステムに深く関わっているモノなのだったならば、彼女を消してしまう事で巨大な不具合がゲームそのものに起こり、このゲームが稼働不可に陥る危険性があるからだ。

 

 だから動き出してしまっているからと言って、安易に彼女を消したりする事は運営にもできないのだ。イリスは俺達を一瞥してからうんうんと頷き、再度言葉を紡ぐ。

 

 

「そうだ。まずはプレミアと双子の姉妹について調べないと何も言えないし、運営もこの娘の正体を割らないと修正や削除に取り掛かれない。だからこの娘について調べるために、内部コンソールを使うのさ。キリト君、前に言ったろう?」

 

「あの時俺に言ったコンソールは今この時のため、って事だったんですか」

 

 

 俺の問いかけにイリスは「んん~」という声を出しながら、軽く頭を掻いた。いかにも微妙だと思ったようなリアクションだ。

 

 

「コンソールを動かせばプレミアのクエストとかについてわかるだろうとは思ってたんだけど、まさかプレミアのクエストがここまで深刻な事態を引き起こしているとは思わなんだ。あの時もし言わなくても、今ここで言う事になっていただろうね」

 

 

 セブンが俺の許へ歩み寄ってくる。

 

 

「この問題はあたしの方でも調べを進めてみるけれど、キリト君達もコンソールを動かして調べて頂戴」

 

「任せてくれと言いたいところだけど、俺達じゃコンソールの場所がわからない。セブンはわからないか」

 

「勿論わかるわ。コンソールの設置されているところはオルトラム城砦の南の方。そこに見つかりにくいうえに普通のプレイヤーじゃ通る事の出来ない扉があるの。けど、一般プレイヤーじゃ見つけるのは困難だから、座標を教えるわ。ついでにパスワードもね」

 

 

 セブンはそう言って、俺に一枚のメモ用紙のようなものを差し出してきた。それを受け取ってストレージに仕舞おうとしたが、そこでリランが俺の傍に寄ってくる。

 

 

「座標とパスワードは我が受け取っておこう。我らならば座標がわかる」

 

「そうだな。道案内はお前に任せるぞ」

 

「任せておけ」

 

 

 俺はセブンから受け取ったものをリランへ廻した。リランならば《使い魔》形態になる事で敵を片っ端から跳ね飛ばして先へ進める。これで道に困る事は無いだろう。

 

 直後に、イリスが提案するように言ってきた。

 

 

「コンソールに向かうならユイとストレア、ユピテルも連れて行った方がいいだろう。皆で力を合わせてやれば、プレミアの異変の原因も掴めるはずだ」

 

 

 その四人ならば、コンソールを操作して深いところにあるデータを閲覧する事も、ログを調べる事も出来る。イリスに言われる前から、既に考えていた事だ。

 

 改めてそれを言われた俺は頷き、メッセージウインドウを展開する。宛先を三人にしてホロキーボードを操作すると、シノンがプレミアに声掛けした。

 

 

「プレミア、あんたはイリス先生とセブンと一緒に待ってて。私達が色々掴んでくるから」

 

「何故ですか。わたしについて調べてくるのでしょう。それに何故わたしが付き添ってはいけないのですか」

 

 

 プレミアの抗議もわからないでもないが、シノンの言った事は俺も言おうと思っていた事だった。

 

 オルトラム城砦は最新のエリアであり、敵の強さも最も高い。俺達プレイヤーならば何回倒されたところでいくらでもリスポーンできるからどうという事ないが、プレミア達NPCは一度倒されれば復活できない。最前線は常に危険だ。

 

 それにコンソールを使ってプレミアのクエストの仕組みを調べる事によって、プレミアにとって知りたくなかった真実を突き付けられる事になる可能性もある。コンソールのところにプレミアはいくべきではない。

 

 俺はメッセージを送り終えると、シノンと並んでプレミアに声掛けした。

 

 

「今から行くところはプレミアにとって危険なところなんだ。俺を守りたいっていうのもわかるけれど、ここは待っててくれないか。必ず君の事の調べて、色々と突き止めてくるからさ」

 

 

 プレミアはじっと俺の事を見ていたが、やがて少し悲しそうな表情をして溜息を吐き、「わかりました」と小さく言った。

 

 

「……キリトとシノンが望んでいるならば仕方ありません。わたしはここで待っていようと思います」

 

「なるべく早く帰ってくるようにはするから、それまで留守番を頼むぞ」

 

 

 プレミアはもう一度頷き、俯いた。NPCでありながら俺の事を想い、守ってくれようとしている彼女からすれば、俺が未知のところに行ってしまうというのが引っかかるのだろう。だが、プレミアを連れていける場所ではないから、結局致し方ない。

 

 

「それじゃあ早速だけど、コンソールのところへ向かおう。まずは《はじまりの街》へ行って三人と合流だ」

 

 

 俺の号令にシノンとリランの二名が答えたのを確認して、俺達三人は家を出た。心配そうな顔をしたプレミアが見送ってくれていた。

 

 彼女ためにも、事情をしっかりと掴んで早く帰って来よう――そう思って、俺は近辺の村の転移門から転移し、《はじまりの街》へ向かった。

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

 到着した《はじまりの街》の転移門で、俺達はユイ、ストレア、ユピテルの三人と合流した。事情を知っていた彼女達はすぐさま俺達のパーティへ加入。合計六人のパーティでオルトラム城砦へ向かった。

 

 辿り着いたのはオルトラム城砦の最初のエリアである、石壁の迷路の中。また迷う事になるかと思いきや、《使い魔》形態となったリランが道案内をすると言って歩き出した。セブンから座標を受け取ったから、目的地がわかる――嘘を吐かないリランはそう言い、俺達は何も心配を抱く事なくリランの後に付いて歩いた。

 

 それはまるでプレミアのクエストをやっている最中のようだった。プレミアのクエストをやっている時は、プレミアが案内役(ナビゲータ)となって道を示してくれる時が多かった。

 

 今はその役をリランが受け持っているのがどこか不思議だったが、プレミアの時のように信頼して歩き続けられた。

 

 そうしてリランに付いていく事十数分、俺達はとある石壁の前に辿り着いた。それはセブンの言っていた、見つけにくい石の扉だった。見た目は完全に周囲の石壁と同じだ。質感から形まで、何もかも石壁の一部と同じなうえに、パスワードを入れなければ起動しない扉。

 

 これならばプレイヤーの誰もが、ここに扉があると気が付かないだろう。中々に良いセキュリティの仕方をしている。一人感心する俺の横、その扉の前でリランは人狼形態に戻り、ウインドウを展開してセブンから教わったであろうパスワードの文字列を入力した。

 

 石壁と見分けのつかない扉は静かな音を立ててスライドし、コンソールへ続く道を俺達に開けた。

 

 本来ならば開発者だけが通れるはずの道に俺達全員が踏み込んでしばらく歩いた後に、扉は自動ドアさながらの静けさと動きで閉まった。これで他のプレイヤーがやってくる事は無くなり、思う存分コンソールを調査す事が出来るようになった。

 

 

 しかし、その時俺は違和感を覚えていた。閉まるタイミングが少し遅かったようにも感じられたのだ。もう少し早く閉まってもいいはずなのに、俺達がかなり離れないと扉は閉まらなかった。見た目こそセキュリティがしっかりしているが、細かいところが抜けている――そんな気がした。

 

 

 だが、俺以外違和感を覚えた者はいなかったようだったので、俺もすぐに気を取り戻して、先に進む事に集中した。

 

 それから一分ほど歩いた頃、俺達の目の前に石造りの小規模な建物が姿を現してきた。家の一室くらいの大きさしかないその建物の入り口は開かれていて、中が見えていた。その中に入ってみたところ、すぐに目当てのものが見つかった。

 

 黒い大理石のような質感をしていて、上面にキーボードのような光が浮かんでいる正方形の台。それはアインクラッドの第一層の地下ダンジョンで見た管理者用のコンソールだった。

 

 セブンの言葉と座標に嘘はなかった事に安堵すると、リラン、ユイ、ストレア、ユピテルの四名は一目散にコンソールへ向かい、操作を開始した。直後、彼女達に反応するように、部屋のいたるところに大きさのまばらなウインドウが出現する。

 

 

「四人とも、大丈夫か」

 

 

 俺の呼びかけに答えたのはユピテルだった。今や四人の中で情報処理力の最も高いというユピテルは、余裕そうにコンソールとウインドウを操作していた。

 

 

「問題ありません。今、このゲームのクエストログを調べていますが、クローズドベータテストの段階だったおかげで、情報の絞り込みも容易です」

 

「それでも五万件以上のクエストが出来てるけどね~……」

 

 

 苦笑いしながらのストレアからの報告に、俺はシノンと一緒にびっくりする。

 

 《SA:O》はSAOと全く同じカーディナルシステムと、《ザ・シード》をプラスした基幹システムの基で稼働しているゲームだ。この《SA:O》にはSAOの時に猛威を振るったクエスト自動生成機能も搭載されているわけなのだが、そのクエスト生成の勢いは《SA:O》でも変わっていないらしい。

 

 

「まだベータテストなのに、五万以上もクエストがあるの、このゲーム!?」

 

「はい。しかも現在進行形で数が増えていってます。あ、今五万五千件に到達しました」

 

 

 驚くシノンへのユピテルの返事に思わず絶句する。クローズドベータテストの段階で五万を超えているならば、正式サービスが開始された時には百万単位に到達するだろう。その時の事を軽く想像するだけで、冷や汗が出てくる。

 

 そんな増殖中の五万以上のデータの中から、プレミアのクエストのデータ一つだけを絞り込もうとしているのだから、彼女らの処理能力の高さには脱帽するほかない。

 

 

「あ、ありましたよパパ!」

 

「こいつだな。これで間違いないぞ!」

 

 

 ユイとリランの声に反応した俺とシノンは咄嗟に駆け寄る。光の窓の中にはいくつもの英単語や数字が流れているのが見えた。勿論何がどれなのか把握しようがない。ユピテルとストレアも、ユイとリランの展開するウインドウに視線を向けていたが、内容はわかっているようだ。

 

 

「プレミアさんのクエストですが、現在稼働中と識別されています。しかもところどころにおかしな点が……これは、クエストが強制的に起動されたうえに、改変された痕跡でしょうか」

 

 

 ユイからの報告に首を傾げる。

 

 プレミアのクエストはグラウンドクエストだというに、それが強制的に起動できているというのはどういう事か。更に改変までされているというのだから、開発じゃなくても異常だとわかる。

 

 

「強制的に起動に改変なんて……そんな事出来るのか」

 

「普通は出来ないが、改変の痕跡が確かに残っているのだ。しかも、それだけではない」

 

 

 リランから引き継ぐように話したのは、ユピテルだった。大人っぽく顎もとに軽く手を添えている。

 

 

「部分的にはそのままになっているところもありますが、ところどころ大きく変更されている箇所もあります。特に『神木である大樹に祈りを捧げる』というのは、丸々後付けされたイベントですね」

 

「本来やる必要のない事が追加されちゃってるんだね、これ。そういえばキリトの家が見つかった時、プレミアが大樹に祈りを捧げてたって言ってたね」

 

 

 ストレアに頷く。

 

 あの時俺達はプレミアに案内されながらジュエルピーク湖沼群の最北部に向かっていた。俺はてっきり聖石のある場所ではないかと思っていたが、いざついてみればそこは巨大な樹木の目の前。そこで、プレミアはその大樹に向かって祈りを捧げるという行為に突然及んだ。

 

 

「あれがクエスト改変の影響によるものだったって事か」

 

「確かにあのイベントは変なものだったわね。唐突に大樹のところに行って、いきなり祈りを捧げ始めたんだもの。おまけに本人も何もわかってなかったみたいだし。あれが無理矢理追加されたものなら、納得ね。けど、一体なんでそんな事に?」

 

 

 シノンの疑問に答えたのはユイだった。ウインドウの中に表示されているログをきょろきょろと見回している。

 

 

「そうです。どうしてプレミアさんのクエストに必要のないイベントが切り貼りされているのか、疑問でなりません。大樹に祈りを捧げるというのは、プレミアさんが受け持っているグラウンドクエスト、《聖石の女神》には含まれないモノなのですが……」

 

「ん? おい、これを見ろ!」

 

 

 急にリランが声を張り上げると、妹達は一斉に姉の指差すところに向き直った。俺達が見ても何が書かれているのかは把握できなかったが、彼女らは把握できたらしく、やがて四人全員で驚きの声を上げた。

 

 思わず俺は焦って、四人に問いかける。

 

 

「おい、何があった」

 

 

 答えたのはリランだったが、顔を向けてはくれなかった。

 

 

「仕組みが割れたぞ。プレミアは女神役のNPCだ。そして最初はちゃんとそれ用の設定がされていた。だが、それをシステムが強引に改変して、《聖大樹の双子巫女》に作り替えていたようだ。プレミアが来ているあの服、《聖大樹の双子巫女》が着用する衣装を強引に着せたりしてな」

 

 

 俺は「なんだって」と声を上げた。

 

 プレミアは女神であり、女神としての役割と記憶を持っていたけれども、システムにその役割を消され、代わりに双子巫女の役割を与えられてしまっただなんて。プレミアの《Null》はシステムによって理不尽に与えられたものだったのだ。

 

 事実に驚く俺達を差し置き、今度はユピテルが指差す。

 

 

「プレミアをあんなふうにしてるモジュールはこれですね……あれ、でもなんだかおかしいです。明らかに《SA:O》の稼働に関係ない処理……これ、《SA:O》のために作られたものじゃありませんよ」

 

「これ、一人で動いて……何か巨大な計算処理をしてるみたいだね。しかもこれ外部にデータの送受信までしてる。送信先は……カーディナルシステムの使われてるソフトがインストールされてるアミュスフィア? しかも数が尋常じゃないって……なにこれ?」

 

 

 ストレアは首を傾げているが、俺達もそうなった。

 

 カーディナルシステムの中に謎めいたモジュールがあり、それが勝手に稼働して、更に無数のアミュスフィアにデータの送受信をさせていると来ている。外部アミュスフィアへのデータの送受信は恐らく分散コンピューティング、いくつもの機器を繋げる事で巨大な計算を成すためのモノだろう。

 

 しかし何故そんな事をする必要があるのか。何の計算をするための分散コンピューティングをしているというのか。それとプレミア――女神と双子巫女に何の関係があるのか。全く読めてこない。

 

 このモジュールは何だ――ふと口にしようとしたその時、リランがまた大きな声を上げた。妹達もそれに続いてまた声を張り上げて驚いた。四人の大声が建物の中に木霊し、大音量となる。

 

 

「今度は一体何よ!?」

 

 

 ついにシノンが不満をぶちまけたその時、娘であるユイが振り返ってきた。ひどく焦燥した表情を顔に浮かべて。

 

 

「パパ、ママ、大変です!!」

 

 

 ユイの一言の後、俺達の前方に一枚のウインドウが出現したが、その中に表示されている光景に絶句する事になった。

 

 光の窓の中にあるのは、空の中に浮かぶ鋼鉄の巨大な城がバラバラになって、地上へ崩れ落ちていく光景。

 

 その空飛ぶ城の姿が、俺達に言葉を失わせた。

 

 

 

「これは、アインクラッド崩壊シミュレーションテストモジュールだ……!!」

 

 

 

 その空飛ぶ城の住人であったリランは、確かにそう言った。

 




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