キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 新章開幕。




―アイングラウンド 05―
01:頼りになる人


          □□□

 

 

「へぇ……モブ連中でもここまでやれるってのか」

 

 

 時折砂嵐の吹き付ける広大な砂漠の中に建つ塔。その中に少女は来ていた。ここに来るまでにあまりに激しい砂嵐に見舞われたので、砂嵐を防げるケープを被り、やり過ごしてここまできた。

 

 

「ここまでの効果が出てるってのは、想像以上だぜ。いや、ここまで出来ねえと面白くねえよなぁ」

 

 

 少女の隣には男が居た。血のような色合いの赤髪をオールバックにし、ノースリーブの黒い戦闘服に身を包み、背中には周りの者達が装備しているモノとは比べ物にならない存在感を放つ大剣が背負われている。少女の隣にはいつもこの男が居た。

 

 塔の中に入ると、当然のように砂嵐は止んだ。そこで少女は着ていたケープを脱いでいつもの服装になった。だが驚くべき事に、隣にいる男は砂嵐の中でもケープやローブを着る事なく突き進み、ここまで来た。

 

 

「ここにはモンスター達は居ないのでしょうか」

 

(ちげ)えよ。俺達よりも先に来たモブ連中共が狩り尽くしたんだ。俺が手を下すまでもねえ」

 

「はい。この塔に居るモンスターなど、マスターには遠く及びません。当然、わたしの足元にも」

 

 

 少女がマスターと呼ぶその男は「だろうなぁ」と得意げに笑んだ。

 

 この男は誰よりも強い。この世界に生息するモンスターなど、群れを成してかかってきたところで、この男に狩られるだけで終わる。自分を「世界の誰よりも強い」と言っているのが男だが、その言葉に嘘はないのだ。本当にこの男に勝てた存在が居たところを、少女は実際に見た事が無い。

 

 そして今その男は、少女に強さを与えてくれていた師匠もであった。男が事実上少女の師匠になり、その傍に少女が随伴するようになってから、強い大剣を少女の背中に与えた。

 

 男と出会う前までは細剣を持っていた少女も、今や男の与えてくれた大剣の使い方にすっかり慣れて、細剣よりも安易に振るって戦う事が出来るまでになっている。

 

 しかも、男の教えた事は大剣の使い方に限らない。世界の在り方、モンスター達の狩り方、モブ達の狩り方、今後何をしていくのか。ありとあらゆる事を、男は少女に知識として教えてくれた。

 

 おかげで、何も知らなかった少女はこの世界の様々な事を知るに至っている。空っぽだった少女の中身を、男は埋めてくれたのだ。

 

 

 わたしが強いのはマスターが教えてくれたおかげ。

 

 世界の誰よりも強いマスターが傍に居てくれるおかげで、わたしは様々な事を知れた。

 

 だからマスターは素晴らしい人だ――少女はいつもそう思って、男の傍に居た。そして今も。

 

 

「この塔に居るモンスター達はとても弱いです。アヌビスのおやつになれば良い方じゃないでしょうか」

 

「へっ、アヌビスに食わせるまでもねえよ。まぁ経験値になる事に代わりはねえが、もっと美味い奴がいるっつーの」

 

 

 男の強さは剣技に留まらない。男にはアヌビスという名を持つ黒き狼竜がいる。絶対の忠誠を誓うそれは男や少女と共に戦闘に戦闘へ臨み、モンスターもモブも狩り尽くす、頼もしい存在だ。

 

 男はアヌビスと共に戦っている時こそ真骨頂を発揮していると言え、本当に負け知らずとなる。アヌビスと共に戦う男には、誰もが成す術の無いまま敗れていく。勝てたものなど一人もいない。

 

 だから男は《黒の竜剣士》という二つ名でモブどもから呼ばれるのだ。

 

 そのアヌビスは少女にも気を許しており、少女にとってアヌビスとの触れ合いは、日常の楽しみの一つでもある。

 

 だが、今ここにアヌビスの姿は無い。ここはアヌビスが入るまでもない場所だと言って、男がアヌビスに外を飛んでいろと指示を出したのだ。

 

 しかし男が呼べば、いつでもここにアヌビスはやってくる。離れ離れというわけではないというのが、少女は何気に嬉しかった。

 

 

「あ?」

 

 

 そんな男と歩き続け、塔を登っていってある程度進んだところで、男が足を止めた。同じように足を止めて目の前を見る。塔にいたのは男と少女の二名だけだったが、ようやく男と少女以外の存在を見つける事が出来た。

 

 

「ぐ……ぐぇ……あ……」

 

「うぐえ……お……」

 

 

 それは人影――マスター曰くモブ――であった。鎧や戦闘服に身を包んだモブ共が、砂の地面の上に這いつくばっている。

 

 

「おぇ……うぇ……」

 

「あ……が……ぁ……ぁ」

 

 

 どいつもこいつも真っ青な顔をして(うめ)き声をあげ、身動き一つとらずに地面に倒れていた。目の焦点が合っておらず、遠くや近くを見ているようだった。何が起きてこんな事になっているのかは少女にはわからない。

 

 ただとりあえず、見えているものをマスターに報告する。

 

 

「マスター、前方にモブがいっぱいいて、這いつくばってます」

 

「見りゃわかるが……ふぅん、こいつらこうなってるのか」

 

 

 モブ達は武器を持っていた。中には武器を放してしまっている者もいたが、全員がとりあえず武器を装備していたのは確かだった。そしてマスター曰く《命の値》がゼロ付近になっている。激しい戦闘を繰り広げた後であるのがようやくそこでわかった。

 

 そんなモブ達の一人と少女の目が合ったその時、モブの身体が水色のシルエットとなり、ガラス片を巻き散らして爆発した。最初の一階を皮切りに次々とモブ達は爆発して消えていき――瞬く間に全員が爆発して消えた。

 

 砂漠の塔の中は再びマスターと少女だけの空間となった。

 

 

《おや、おやおやおや……》

 

「あン?」

 

「!」

 

 

 しかし世界はマスターと少女だけのものにはなっていなかった。二人のものではない声がしたかと思えば、マスターが一枚のウインドウを呼び出して、会話を始める。

 

 

「今の奴らがそうか?」

 

《そうだとも。今の者達は全員、()()()()()()()()()()()不特定多数の者達だ》

 

「三十人くらいしかいなかったぞ。公開したのは十五分間だったはずだ。もっと多くの奴が喰い付いていてもおかしくねえだろ。それとも、本当にそんなしか喰い付いた奴が居なかったって事か?」

 

《君の言う通りだ。数はもっと多いだろう。十五分間でも五百人近くは()()()を獲得できたはずだ。ここにいないだけで、他に居るのは間違いない》

 

 

 マスターは「だろうな」と返す。

 

 少女はこの光景をよく見ていた。マスターには時々こうして会話を送ってくる者がいる。マスターはそれに応じなかった事は無く、時には少女との会話よりも優先した。

 

 そんなマスターの話し相手を少女は見た事が無い。姿も形も知らない。ただ声の質からして、男である事はわかっていた。

 

 

「それで、そいつらは()()()()()()()を試したわけだが……全滅してやがるなぁ?」

 

《モンスター以外の者達と交戦したのかもしれない。その途中で限界が来て、情けなくも全滅したのだろう。持った時間は個人差もあるだろうが……(おおよ)そ十五分持っていたならいい方だろう。……私の見込みは大幅に裏切られたな》

 

 

 マスターの声が上ずる。モブ達への嘲笑と喜びが混ざっている。

 

 

「はっ、たった十五分だ!? 俺の何分の一だよ? そんなしか使えねえのかよ! 誰も《化け物》にはなれなかったって事だなぁ?」

 

《そうだ。やはり君だけのようだ。おめでとうジェネシス。君こそ《エヴォルティヴ・ハイ》を真に使いこなせる者だ。君は君を《化け物》呼ばわりする者達を超越した存在として、君臨している》

 

 

 ジェネシスと呼ばれたマスターは大笑いする。モンスターもモブもいないおかげで、その声は塔の隅々まで行き渡っているようだった。

 

 

「そりゃあそうだろうが! 俺は俺を《化け物》呼ばわりする連中と違え! そいつらの事なんかとっくに超えてる。……今なら《化け物》って呼ばれるのも気持ちよく感じるぜ」

 

 

 少女は首を傾げる。

 

 マスターが化け物?

 

 マスターは化け物でも何でもない。

 

 自分に世界を、様々な知恵を与えてくれた大切な人だ。強くて頼れる、自慢のマスターだ。

 

 なのに世界には、大切なマスターを化け物呼ばわりし、化け物扱いしている連中がいるというのか。

 

 少女は胸の中に怒りが込み上げてくるのを感じたが、マスターは気付いていなかった。

 

 

「全く情けねえモブ共だな! ()()()()《エヴォルティヴ・ハイ》を使ったってのに、全然使いこなせないだなんてな」

 

《《エヴォルティヴ・ハイ》を使っていた者達は確かに君と同等の戦闘能力を得ていただろう。君と並ぶ者が出てくると私は期待していたのだが……結局誰も君のようにはなれなかった。個人差で君に勝てなかったという事だ。使用者達は《禁忌》の犯し損、と言ったところだな》

 

「当然だろ。俺が最強の《黒の竜剣士》なんだからよ。俺は(つえ)ぇから《エヴォルティヴ・ハイ》を使いこなせる。俺以外に《エヴォルティヴ・ハイ》を使いこなせる奴なんかいやしねえ。連中は《クリムゾン・ハイ》使うだけで精一杯だ」

 

 

 《エヴォルティヴ・ハイ》、《クリムゾン・ハイ》。先程から少女の知らない言葉が出てきているが、《クリムゾン・ハイ》が何なのかは少女は理解していた。

 

 この世界には禁忌の薬と呼ばれるものが存在している。飲めば超常の力を得て戦う事が出来、そこで発揮できる力は世界の全てを叩き伏せる事さえ出来る。

 

 だがその代償に、その薬を飲んだ者は力を振るううちに全身が炎に包まれ、焼かれる苦しみに覆われながら消えるのだ。

 

 その薬の名が《クリムゾン・ハイ》というのだと、マスターは言っていた。

 

 その話をしてくれたマスターと男の会話の間には今、《エヴォルティヴ・ハイ》などという言葉まで登場している。恐らく《クリムゾン・ハイ》をより強くしたものが《エヴォルティヴ・ハイ》なのだろう。

 

 そしてマスターと男の話を聞く限りでは、それを使っているからこそマスターは強く、そもそもそれを使える事自体がマスターの強さだという事なのだろう。

 

 やはりマスターは強い。だからこそ禁断の薬である《エヴォルティヴ・ハイ》を使いこなせるのだ。

 

 マスターは化け物などではない。

 

 

「さぁてと、モブ共が情けねえ死に様晒してるこの先に、あるんだろ?」

 

《……残念だが、その先は既に他の者達に攻略されている。この先に行ったところで君が望んでいるモノを手に入れる事は出来ないだろう》

 

 

 マスターは「んだよ、くそっ」と不満と怒りを吐き出した。この塔を登った意味はなかったようだ。

 

 

「また先越されたってのか。あいつら、どこまでも出し抜きやがって……!!」

 

《だが、巻き返しの時だジェネシス。君が《エヴォルティヴ・ハイ》を使いこなせるのであれば、彼らなど相手にならない。最後に勝利するのは君だ》

 

「そうに決まってるだろ。あいつらなんかどうって事ねえ。すぐにぶちのめして、俺が主導権を握ってやる。世界全ての主導権ってモノをな……」

 

 

 会話相手の声が小さく笑う。この男の笑いを聞いたのは初めてだったかもしれない。

 

 

《その調子だ、ジェネシス。君には期待している。今後も《黒の竜剣士》の実力を思う存分発揮したまえよ。……Ciao(チャオ)

 

 

 男は会話を終了する時、Ciao(チャオ)と口にする。実際にその言葉を男が言って間もなく、マスターは通話を終了した。

 

 

「Ciaoか……何回聞いても皮肉だな。()()()()()()()()の言葉だろうが」

 

 

 マスターは独り言ちる。続けるように少女は言葉を掛けた。

 

 

「マスター、この先に意味はありません。塔を降りましょう――」

 

「ムカつかねえか?」

 

 

 マスターは少女の話の腰を折った。少女はきょとんとしてマスターを見つめる。

 

 

「せっかくここまで来たってのに、先に来た連中に全部取られちまったっつーのはムカつくだろ? 発散したくねえか」

 

 

 少女ははっとする。

 

 そうだ。この先にマスターの望むもの、自分達が手に入れなければならないモノがあると聞いて、マスターと一緒にここまで苦労して来たというのに、それが奪われている。しかもマスターにやたらと楯突いて来る奴らがやった。

 

 自分達のやった事は、無駄にされてしまった――改めて現状を把握すると、少女は再び怒りが込み上げるのを感じた。

 

 大剣を振るって敵をかち割り、この怒りを発散したい。

 

 

「……ムカつきます。それに、頼りになるマスターを化け物呼ばわりする者達にもムカつきます。発散したくてたまりません」

 

 

 マスターは後ろ姿でぴくりと反応を示した。少し黙った後に、言葉を再開する。

 

 

「……そうだろ。探し物はなくても、この先にボス(サンドバック)がいるのは変わりねえ。叩き潰して発散だ。その後、もっと面白い奴らを叩き潰せるからよぉ……」

 

 

 マスターは少女に少しだけ振り返った。

 

 

 

「頼りになる俺のために力出せよ、ティア」

 

 

 

 少女――ティアは頷き、少し早く大剣を抜き払った。

 

 

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

 クルドシージ砂漠のエリアボスがカイム達の手で倒されてから、様々な事が起きた。

 

 まず、命が危ぶまれていたユウキ/木綿季は助かった。彼女は今度こそ本当にエイズでなくなり、カイム/海夢の家で生きていく事になった。しかも木綿季の体内のウイルスは史上最悪の生物学的災害(バイオハザード)を起こす危険性まであったらしいのだが、それらは全て治療によって回避され、木綿季も完全に病気を治す事に成功した。

 

 それを聞いた俺達は、カイム達の勝利後に開いたパーティーと同じくらいのパーティーをもう一度開き、祝福した。SAOの時から苦楽を共にしてきた木綿季を喪う事は無くなった。現実世界で会える日も近いというのが、俺はたまらなく嬉しかった。

 

 まぁ俺よりも本当に喜んでいたのは海夢と木綿季の二人だというのはすぐわかったし――他の者達まで気付いているかどうかは定かではないが、海夢と木綿季の交際が正式にスタートしている事にも気付いた。

 

 海夢は長らく木綿季と付き合える日を、思いを伝えられる時を今か今かと(うかが)っていたが、それはようやく成就したようだ。その海夢と同じ思いを木綿季もまた抱いていた。海夢と木綿季は俺と詩乃のように両想いとなり、一緒に生きていく事になったのだ。

 

 今のところ俺以外にその事に気付いている者は居ないように見えるが、皆の間に二人の交際が広がっていくのも時間の問題だろう。その時海夢と木綿季がどうするつもりでいるのか、見るのが少し楽しみだ。

 

 ちなみに木綿季は今のところ海夢の両親の養子縁組に入る予定であるそうだが、姓名を紺野のままでいるか、海夢と同じ白嶺(しらみね)にするかで悩んでいるらしい。彼女は白嶺神社の巫女になるのだから、白嶺木綿季になった方が色々都合がいいんじゃないかと俺は思ったりもしたが、それを決めるのは彼女達なので、口にしてはいない。

 

 

 本当に実に様々な事があった。結ばれた彼女達のおかげでクルドシージ砂漠はクリアされ、俺達は新エリアに踏み込む事になった。

 

 《オルトラム城砦(じょうさい)》というそこは、名前通り巨大な城砦と言える石造りの建物群であった。リューストリア大草原にあった古城よりも遥かに大規模で、リューストリア大草原の古城よりも破損が少なく、城壁や兵器といったオブジェクトが原型を留めているのが特徴的だ。

 

 その城砦の最初のエリアである、《オラシオン崩壁区》というその場所が、現在の俺達の居場所だった。

 

 

「さぁて……さぁて……さてさてさーて……」

 

 

 その中で、俺は小声を出しているしかなかった。なるべく周りにいる仲間達に気付かれないように、なるべく余裕そうに歩き続けている。

 

 

《本当にこの道で合っているのか? 先程からどこまで進んだ?》

 

「合ってるよ。俺のゲーマーとしての勘が叫び続けてる。こっちで合ってるってね」

 

 

 頭の中に響く《声》に応えながら、俺は歩みを進める。仲間達も一緒に進んでおり、《声》はそのうちの一人――正確には一匹――が発したものだった。

 

 

「敵は皆とリランの力で全部倒せてるけれど、なんだか……」

 

 

 《声》に続いて少女の声が耳元に届いてくる。同行している仲間であり、最も付き合いの長い人のものだったが、どうも不安を抱いているような声色だった。そしてその声は、十数秒後にもう一度耳に届けられてきた。

 

 

「キリト、一つ聞いていい?」

 

「……どうぞ?」

 

「迷った?」

 

「……はい」

 

 

 問い詰められた俺はついに自白し、歩みを止める。振り返ってみれば、黒髪のセミロングヘアで露出度がそれなりに高いのが特徴の軽装を着た少女と、紺色がかった髪を切りそろえたショートボブにして、ゆったりとした水色が基調の服を着た少女が俺に視線を送っていた。

 

 何度も見てきた髪型と露出度高めの服装の少女――シノンは随分と不満そうな表情をしている。

 

 

「もう、だったら早くそれを言いなさいよ。本格的にどこまで来たかわからなくなったじゃない」

 

 

 シノンの言っている事はもっともだった。

 

 この《オラシオン崩壁区》は、侵入者撃退の役割を果たすようになっているのか、まるで迷路のように入り組んでいたのだ。どんなに進んでもあちこちが崩れた石造りの城壁が続いている。最初の時点で、迷路のようになっているとはわかっていたけれども、ここまでの入り組み方は予想外だった。

 

 申し訳なく思いながら、一応シノンに弁明する。

 

 

「俺もまさかここまで入り組んでるとは思ってなかったんだ。フィールドマップでよく見ればわかったかもしれないけど、迂闊だった」

 

 

 シノンの隣で、紺黒髪の少女――プレミアが少し不安そうな表情をする。

 

 

「わたし達が今どの辺に居るのか、全然わかりません。わたし達はどこまで進む事が出来たのでしょうか」

 

「んーと、俺にもよくわからないっていうか……プレミアは何かわからないか」

 

 

 プレミアは首を横に振る。当然シノンも正解ルートを掴んだ様子ではなかった。直後、俺の頭の中に再び《声》が響いてきた。

 

 

《となると、一度戻るのが先決か。途中で枝分かれしているところがいくつかあった。その中に正しい道が存在しているやもしれぬ》

 

 

 《声》を届ける存在に俺は向き直る。そこにいたのは竜だった。竜と言っても全身が白金色の毛に包まれていて、身体のところどころが鎧のような甲殻に包まれている。額から聖剣のような角が生え、頭の周囲に金色の長い(たてがみ)(なび)かせている。

 

 更に肩と背中から、猛禽類のそれを思わせる形状でありながら、先端は金色のエネルギーで作られている大きな白い翼を一対ずつ生やし、先端が斬られたような形の尻尾を生やして、狼の輪郭をしているという特徴だらけなのがその竜だった。

 

 

「リラン、空に飛び上がる事は出来ないか。進化したお前なら今までよりも飛べるとか――」

 

《我もそれは一度考えたが、どうも進化の影響外のようだ。まだこのフィールドの空を飛ぶ事は出来ぬ》

 

 

 頼もしき俺の《使い魔》であるリランの言葉に軽く落胆する。リランの力でも流石にそんな事は出来ないのはわかっていたつもりだが、それでも望みを掛けられずにはいられなかった。

 

 クルドシージ砂漠のエリアボスが倒された時、カイム達があるアイテムを入手したと言って、俺のところに持ってきた。それは鋼鉄の質感で出来たオブジェのようなものだった。しかも数は二つもあり、二つとも形状が異なっているという有様だ。

 

 カイム曰く「エリアボスの身体の一部に似てる」というそのアイテムが届けられて、俺も仲間達も首を傾げるしかなかったが、試しに操作を加えてみたところ、《使い魔》に使用できるアイテムであると判明。そしてそれはリランに使用できる事もわかり、俺は迷わずアイテムをリランに使用した。

 

 そこでリランは進化した。しかも驚くべき事に、一度進化したかと思えばすぐにもう一度進化し、結果的に一気に二段階も進化したのだった。それまで《刃狼竜ウプウアウト》という名前と姿だったリランは、《守剣龍ウプウアウト》へと名前が変わり、姿も今のものへと変わった。強さもそれまでの倍になり、より一層頼もしい存在へと変わったのだった。

 

 それだけに終わらない。リランが進化した事によって、リランの尾から作られた剣である俺の《エリュシデータ》も進化を遂げた。リランのように形が変わったりしては居ないが、ステータスは倍増。強力な魔剣となって、俺の背中の鞘に収まる事になった。

 

 そんな頼もしさを増してくれたモノを持ち合わせているが、それらは現状を打破するアリアドネの糸というわけではなかった。

 

 

「リランの翼も使えないとなると、これは本格的にまいったな。正解ルートに辿り着くまでどれくらいかかりそうか……」

 

「もう、頼りないような事を言わないで頂戴」

 

 

 シノンに言われ、俺は思わず肩を落とした。ここまで言われているからには、一刻も早く正解ルートを見つけなければならないだろう。だが、そうするにはどうするべきか思いつかない。本当にどうするべきなのか――そう思ったところで、俺はプレミアの視線に気付いた。

 

 

「頼りない? キリトは頼りないのでしょうか」

 

 

 皆で思わずプレミアに注目する。プレミアは軽く首を傾げて、シノンに話しかけた。

 

 

「シノン、ずっと前に教えてくれた事と正反対の事を言っています」

 

「え?」

 

「シノンは前、キリトの事は頼りにしていると言っていました。キリトと一緒に居れば必ず上手くいくから、あんたもキリトを頼りにすると良いって、言ってました。なのでわたしもキリトを頼りにしていましたし、それを実感していたのですが……」

 

 

 シノンの顔が若干の紅潮を見せる。確かに、時にはシノンとプレミアの二人だけで街に出かけたり、フィールドに探索に出かける事はあった。その時シノンはプレミアに様々な事を話したんだろうが、そこに俺の事も入っているというのは意外だった。

 

 

「シノン、そんな話を?」

 

「え、ええっと……確かにそういう話はしたけど……」

 

「今のシノンはキリトに頼りないと言っています。どちらが真実なのでしょうか」

 

 

 プレミアに問い詰められ、シノンはぎこちない様子を見せる。言うべきか言わないべきかを迷っているようにも見えた。そんな問答を少しだけした後に、シノンは思い切ったように顔を上げて、俺と目を合わせた。

 

 

「キリトは本当に頼りになるのが真実よ。キリトってね、私のために何度も戦ってくれて、私を何度も守ってくれたの。どんなに強い敵が来ても負けないで、私を守ってくれてるのよ」

 

 

 俺はシノンを守る。それはSAOの時からずっと決めてきた事であり、俺の使命だ。今となっては当たり前の一つみたいなものなのに、改めて言われると、なんだか胸の中がくすぐったくなった。

 

 

「それに、プレミアもわかるでしょ。これまでキリトはあんたの事を必死になって守ってくれたし、あんたのために戦ってくれたでしょ」

 

「はい。キリトはわたしのために何度も戦ってくれましたし、何度もわたしを守ってくれました。だからわたしもキリトを守ろうと、キリトのために戦おうと思うのです」

 

 

 プレミアに言われると、胸の内のくすぐったさが増す。しかし二人はお構いなしだった。

 

 

「だからねプレミア、キリトの事は頼りにしていいわよ。キリトは誰よりも強くて、どんな敵にも負けないんだから。どんな敵にも打ち勝って、道を切り開く人なのだから」

 

 

 プレミアはシノンから俺へと視線を移す。水色の瞳の中に俺の姿を映し出すなり、プレミアは静かに口角を上げて、微笑んだ。

 

 

「はい。キリトは今までもそうでした。ずっとわたしのために戦ってくれて、わたしを守ってくれました。キリトが一緒に居てくれたから、わたしは今ここに居れるんだと思います。だからわたしは、キリトを頼りにしています。これまでも、これからも……」

 

 

 俺は小さくプレミアの名前を呼んでいた。

 

 俺はそんなに強いのだろうか。確かに彼女達を守るためには力が、強さが必要だ。だから俺は強くあろうと思って、ここまで来た。結果として彼女達を守れている事実があるけれども、それが俺一人の力だけによるものというわけではないのもわかる。

 

 

「……シノンが言うほど、俺は強くはないよ。俺もシノンやリランを頼りにしてるんだ。いや、二人だけじゃなくて、皆の事を頼りにしてる。頼りにしてる皆が、俺を頼りにして力を貸してくれるから、俺は君やシノンを守る事が出来るんだ。だから、俺も皆のために頑張ろう、強くなろうって思えるんだ。ここまで来れたのも、皆が俺を頼りにしてくれて、力を貸してくれたからなんだよ」

 

 

 俺はプレミアに一歩近付き、その頭に手を載せた。思えばよくやっている事だ。

 

 

「君が俺を頼りにしてくれるなら、俺ももっと強くなるし、頑張れる。だから、遠慮しないで頼ってくれ」

 

 

 プレミアはゆっくりと頷き、微笑みを更に強くして返事した。

 

 

「わかりました。頼りにしています、キリト」

 

 

 プレミアから言われると、胸の中が暖かくなった気がした。やがて手を離すと、《声》が頭に響いた。

 

 

《我も同じ気持ちだ。これからも頼りにしておるぞ、キリト(マスター)

 

「俺も頼りにしてるぜ、相棒。ただし、マスターって呼ぶのは無しだ」

 

 

 リランはふふんと笑った。人狼形態だったならば、さぞわかりやすくて良い笑みを浮かべてくれている事だろう。そんなリランを横目にしてから、俺はもう一度前方へ向き直る。そこにはシノンが居た。

 

 

「私も……頼りにしてるわ、キリト」

 

「あぁ、任せてくれ。これからも俺は君を守るよ、シノン。そのためにも、もっと強くなってみせなきゃだな」

 

 

 シノンは深々と頷いた後に、笑顔を返してくれた。この笑顔を向けて、俺を信じてくれるシノンのためにも、同じように俺を頼りにしてくれる人々のためにも、強くあらねば――胸の中に深々と刻み込むように、俺はそう思った。

 

 直後だ。プレミアが急に歩みを進め、俺達から離れ始めた。咄嗟に俺は呼び止める。

 

 

「おい、どうしたプレミア」

 

「頼りにさせてくれるキリトに、わたしも応えなければなりません。ここは一つ、わたしの《むがむちゅうのちから》で道を切り開きます」

 

 

 《むがむちゅうのちから》。そのパワーフレーズの登場に俺はずっこけそうになる。シノンもリランも同じようにずっこけそうになっていた。プレミアには確かに正体不明の大きな力が宿っているようだが、それは決して彼女が思っているほど様々な事に使えるものではないはずだ。

 

 前から今日まで「《むがむちゅうのちから》は何にでも使えるものじゃない、便利じゃないんだよ」と教え込んできたはずだが、最初に彼女に《むがむちゅうのちから》を教えたイリスの言葉は思いの外強かったらしい。

 

 

「キリト……プレミアだけど……」

 

「……あぁ、まだ抜けないみたいだな、あれ……」

 

 

 そう言ってから、俺はプレミアの後ろ姿を追いかけた。

 

 

 




 ――あとがき――

 更新日、おわかりいただけたでしょうか?

 2015年3月7日、本作キリト・イン・ビーストテイマーは始まりました。そして本日2019年3月7日を以って、キリト・イン・ビーストテイマーは4周年目を迎えました。

 描き続けて更新し続けたところ、いつの間にか4年も経過していた事に、作者である私は驚いております。ここまで本作が来れているのは、ここまで読んでくださり、感想や評価をしてくれて、応援してくれている読者の皆様のおかげです。

 本作を読んでくださる皆様のおかげで、本作は無事ここに辿り着き、4周年を迎える事が出来ました。

 ここまで本作を応援してくださった皆様に、心より感謝申し上げます。本当に、本当にありがとうございました。

 これからも更新を続けていくので、引き続き本作をよろしくお願いいたします。

 

 ちなみに、活動報告のオリキャラ紹介のイラストを更新しました。興味を持ってくださったならば、閲覧してみてください。


―副題的なもの―

『キリト・イン・ビーストテイマー アイングラウンド05 ―純黒ノ創世神―』

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