彼らが集結するのは、第四章第二話。
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「カイムー! 急いで急いでー!」
ぼくは今、一人の女の子を追って街中を走っていた。その町は現実世界に存在しているところではなく、仮想世界にのみ存在している。その中にぼくは今、女の子と一緒に潜っているのだ。
仮想世界の名前は《ソードアート・オリジン》。アミュスフィアという機械を使っていく事の出来る場所。
かつてぼくが憧れて、行こうと思っていたけれど、行かずに済んだ世界《ソードアート・オンライン》によく似た名前と、よく似た中身を持っているVRMMO。《SA:O》という名前で呼称されるその世界の中で最も大規模とされている街、《はじまりの街》の中が、今のぼく達の居場所だった。
「あぁもう、待ちなってばユウキー! そんなに皆を待たせてるんじゃないんだよー!」
ぼくの前を走っている女の子はちらりと振り返った。自分の足の速さを誇っているかのように、もしくはぼくが遅い事をからかっているかのように、悪戯っぽく笑っていた。
女の子は菖蒲のような綺麗な紫色の長髪で、赤いリボンを付けている。髪の毛とはまた違う色相の紫の、身軽そうなデザインの軽装に身体を包んでいて、妖精のような身のこなしで、花弁のような赤い瞳が特徴的だ。
こんなにも特徴が沢山あるおかげで、街の中ではぐれそうになったとしても全く見つける事に難儀はしない。実際今この時まで、何回か見失いそうになっているけれども、すぐさま見つける事が出来ている。隠れる事が何よりも苦手な、元気さを隠さない女の子――ユウキにぼくは追いつき、隣に並んだ。
手を伸ばしてぐっと掴むと、ユウキは一気に減速して立ち止まった。
「捕まえた。そんなに急がなくてもいいって言ったじゃないか」
ユウキはむすーっと息を吹いた。如何にも不機嫌そうな様子だった。ぼくに捕まえられた事が気に食わなかったのだろう。いつもの事だ。
「だって皆が来るんだよ? 皆と待ち合わせのところには、早くいきたいじゃないか」
「そうだけど、まだ十五分近く時間が余ってる。そんなに急がなくたって大丈夫だよ」
「《はじまりの街》の大宿屋の席はすぐいっぱいになるじゃない。ボク達で場所取りしておこうよ。皆を出迎えたいのはカイムだって同じでしょ?」
ぼく達が向かっている場所はこの《はじまりの街》の大宿屋だ。ぼく達は普段キリトのパーティに参加して、一緒に攻略を進めているけれど、今日はキリト達から離れて行動をしている。その証拠にフレンドリストを確認してみれば、パーティリーダーのキリトがまだログインしてきていないのがわかる。
ぼく達はキリト達よりも早くログインして、《はじまりの街》の大宿屋に向かっているのだった。今日、キリト達とはまた違うぼく達の仲間が、この世界にやってくるのだ。
その事を知ってからユウキは盛り上がりっぱなしで、今日だってぼくを轟音で叩いて早起きさせて、予定にはなかった早朝の散歩をさせたりしたくらいだ。ユウキは尋常じゃないくらいにはしゃいでいた。
でも、盛り上がっているのはユウキだけではなく、ぼくもそうだった。ぼくも今日が楽しみで仕方がなかったから、前日のうちにキリトに今日はパーティの参加が出来ない事を伝えていたし、待ち合わせの予定だって細かく立ててきた。
仲間達との合流の場所は《はじまりの街》の大宿屋のロビーで、時刻は午前九時。前日のうちにしっかり確認し合って、ぼく達は今日という日を迎えた。だが、待ちきれなかったユウキは午前八時半にぼくを巻き込む形でログインしてしまい、大宿屋を目指して走ったのだった。
「確かに皆が来るのは待ち遠しいけれど、それでも時間が早すぎるよ。これじゃあしばらく待ちぼうけする事になるよ」
「その時はその時。それにボクにはカイムがいるから、全然退屈じゃないよ!」
子供っぽく笑うユウキ。ユウキ/木綿季は困った時はいつだってぼく頼みだ。退屈していればぼくを話し相手にする。しかも不思議な事に、ユウキはぼくと話し始めると話が止まらなくなるらしく、何時間もの待ち時間があろうとも本当に退屈を凌いでしまう。
そして更に不思議な事に、ユウキの退屈凌ぎはぼくにも効く。ユウキと一緒に居た時に、ぼくは退屈を退屈と思った事が無いのだ。その事が自覚できているからこそ、ユウキはこう言ってくるのだろうし――ぼくもこれに関しては全然反論できない。
「ま、まぁそうだけど……ぼくもユウキと一緒なら退屈じゃないし」
ユウキは掴んできているぼくの手を掴み返してきた。仮想世界でのみ感じる事の出来るユウキの温もりが掌に、腕全体に広がってくる。
「そうでしょ! だから早く行って皆の事を待ってようよ。誰よりも早く着いて、皆の事を驚かせてあげようよ!」
元気さを隠しもしない笑みが、ユウキの顔には浮かんでいた。ぼくは最近それを見ただけで、ユウキの考えている事がわかるようになってきている。
ユウキは本当に皆の事を迎えたくて仕方がないのだ。皆とこの世界で会えると思っていなかったから、今すぐにでも駆け付けたいのだろう。ユウキには散々振り回されてきたけれども、そこに悪意がないのがわかるから、どうにもユウキの事は怒れないし、ユウキの言っている事や思っている事は肯定してしまう。――今だってそうだ。
ぼくは気付かれないくらいの大きさで、鼻で溜息を吐いた。
「わかったわかった。席を確保しておこっか。皆のためにも」
「決まりだね! それじゃあ大宿屋まで競争再開!」
「え!?」
ユウキはぱっとぼくの手を離すと、再び街の中へ走り始めた。ユウキはログインしてから今まで走っていたけれど、どうやらぼくと競争をしていたらしい。
大宿屋への道筋はしっかり覚えているけれども、今日は朝からでも人の数が多い。場合によっては道を間違えてしまうかもしれないし、それで後れを取って約束の時間に間に合わなかったなんて言ったら、本末転倒もいいところだ。
「だから、待ちなってば!!」
ぼくは大きな声を出して、走りを再開した。
ユウキのステータスは特徴的で、
今の速度の緩めもしないで全力で走るユウキには、AGIが下回るぼくでは追いつけそうになかった。
ステータスの差を利用した不正極まりない競争をしているうちに、ぼく達は転移門広場付近から公園地帯を抜けていき、商店街エリアに差し掛かり――あっという間に大宿屋の前に辿り着く事が出来た。
競争の勝者は勿論ユウキであり、大宿屋に着いた途端その扉にタッチして、ゴールと言って喜んだ。ぼくがユウキに追い付けたのは、その声がした十秒後くらいで、その時ぼくは息切れを起こすくらいにへとへとになっていた。
膝に手を乗せて息を切らしているぼくの横で、ユウキがへっちゃらな顔をしているのには流石に怒りたくなったけれども、時間を確認してみれば午前八時五十分。待ち合わせの時間に間に合う事がしっかりと出来ていた。もしゆっくり歩いていたならば、この時間に着く事は出来なかったかもしれない。結局ユウキにまた助けられた事がわかって、ぼくは渋々怒るのをやめた。
そして二人で大宿屋に入ったところで、ぼく達は驚く事になった。
ただでさえ人の多い《はじまりの街》の大宿屋のロビーはいつも、多くのプレイヤーやNPCが行き交っている。けれど今日の人の数は異常と思えるくらいに多かった。どこもかしこも人、人、人で、人が森を作っているかのようだ。
備え付けられているテーブルや椅子にもプレイヤーは集まっており、空席が見当たらない。
……ユウキの狙いはものの見事に詰んでいる。こんな光景は予想外だったのだろう、ユウキはひどく驚いたような顔をしていた。
「あ、あっれぇ……今日は一段と人が多いねぇ……」
「そりゃあそうでしょう。皆と同じ新規参加者が集まってるんだから。それにしたって多いけれど……」
今日はぼく達にとっても特別な日だけれども、他のプレイヤー達にとっても特別な日だ。だからこそ《はじまりの街》の中はこれまでよりも人が多く、大宿屋もまた混んでいる。
混み具合の事は考えていたのだろうけれども、これくらいになっているというのは完全に予想外だったようだ、ユウキはしゅーんとしょぼくれていた。
そんなユウキを横目にしながら店の中を見回したその時だ。
「あ、居た居た! お二人さーん!!」
ぼくのものとは違う、はしゃぐような少年の声が店の奥から聞こえてきた。キリト達からすればそうじゃないだろうけれども、ぼくとユウキからすればひどく聞き覚えのある声。
導かれるように目を向けると、多くのプレイヤー達が席を埋め尽くす店の奥で、丸テーブルを陣取っている五人のプレイヤーを見つけ出す事が出来た。
その五人を認めるなり、ぼくは胸が高鳴り――思わず大きな声を出してしまった。
「「皆!!」」
声はユウキと同時だった。二人でプレイヤー達をかき分けながら店の中を進んでいき、やがて五人の
「やっと来れたよ! ここがカイムが来たかったところなんだってな!」
「そうそう。元気そうで何よりだよ、ジュン」
入り口に居たぼく達に声を飛ばしてきた人が、最初に声をかけてきた人だった。頭の後ろで尻尾を作るような髪型をして、オレンジ色の髪の毛の、赤い鎧の混ざった服を着ている――現実世界のぼくよりかは背が高い、少年。ALOに居る時はサラマンダーであり、前衛担当だったジュンだ。
「ここでカイムとユウキと楽しめるんだから、嬉しいよ」
「ははっ、テッチののんびりは変わらないね」
続けて声をかけてきたのは、砂色のくせっ毛と、巨漢というべき身体をしているのと、にこに事した穏やかな細い目が特徴的な男性。ジュン同様前衛担当、ALOではノームだったテッチだ。のんびりとした口調は全然変わっていない。
「ここって……女性多いですね。なんだか緊張します……」
「タルケン、そんなふうになってるとクエスト受けられないよ。可愛い女の子のNPCがクエスト持ってる時多いからさ」
一人椅子に縮こまって周りを見ているのが、黄銅色の髪の毛を礼儀正しく分けたような髪型にしていて、丸渕眼鏡をかけている青年。ALOではレプラコーンで、女性相手にのみ発動する奇妙な性質のあがり症持ちだったタルケンだ。
そのタルケンを呆れたような顔で見ている女性が、ぼくに話しかけてきた。
「タルケン、ここに来てからずっとこの調子だよ。ALOでも同じような感じなのに、ここに来た途端この有様でさ」
「ははは、タルケンというか皆にとってここは未知の大地だからね。ALOと違うせいで調子が崩れたりしてるのかも」
浅黒い肌にぐいっと太い眉毛、きりりとした目つきが特徴的で、黒と灰色を基調としている――言い方が悪いかもしれないけれど――
ALOではキリトやフィリア、シュピーゲルと同じスプリガンだったノリだ。
「調子悪いのはタルケンだけ? ノリはそうでもないみたいだけど」
「そうだよ。アタシはいつもの調子保てちゃってるんだよねぇ」
「それは何よりだよ。ノリはやっぱり順応性高いね」
ノリが調子良さそうに笑う様を横目に見つつ、ぼくは最後の一人に向き直る。
アクアブルーなんだけれども、見た感じでは白にしか思えない長髪を両肩に垂らしていて、穏やかな目つきと濃紺の瞳が特徴的だ。キリトの仲間達には見られないくらいの華奢な身体を、白い法衣のような衣装で包んでいる女性――ALOではアスナやディアベルと同じウンディーネで、ぼくと同じ
シウネーはぼくと目を合わせるなり、穏やかに微笑んできた。
「ここが《SA:O》……カイムのお気に入りの場所、なんですね」
「そうだよ。皆も来れて、本当に良かったよ」
そう言ってぼくはもう一度皆の事を見回した。
皆、ユウキやぼくと同じだ。ずっと長い間この振るダイブ環境の中に入り浸っていて、完全に適合している。実際武器を取ってみれば、並みのプレイヤー達なんか軽々と倒せてしまうくらいの強さを発揮する事が出来る。活動地をALOとし、ぼくの隣に立つユウキをリーダーとして活動しているギルド。
《スリーピング・ナイツ》。
その人達がALOではなく、この《SA:O》の《はじまりの街》の大宿屋に集結しているという光景には、感動さえも覚えるくらいだった。ユウキも同じような様子を見せつつ、皆に話しかけている。その中で、ジュンが周囲を見回しながら、再度ぼくに声をかけてきた。
「ところで、すごい人だかりだな。ここっていつもこんな感じなのか?」
「そうでもないよ。ただ、皆と同じように追加ログイン出来た人達が集まってきてるんだ」
このVRMMO、《SA:O》はまだ正式サービスが開始されているわけじゃなく、クローズドベータテストの段階だ。このベータテストに参加できるのは、抽選でチケットを手に入れる事が出来た、他から見れば僅かなプレイヤーのみ。
ぼくを含めたキリト達は《SA:O》の開発者の一人であるセブンからチケットを譲り受けた事によって、すんなりと《SA:O》に参加する事が出来たけれど、ここにいるスリーピング・ナイツの皆はチケットを入手する事が出来ず、ALOに取り残されたような形になってしまっていた。
チケット配布終了時には、もっと沢山のチケットの配布をという声も沢山上がったけれど、運営は特に聞く耳を持たず、チケットの配布を打ち切ったのだった。
だが、その後も続いたチケット再配布の声が届いたのか、《SA:O》に変化が起きた。クローズドベータテスト参加チケットの再配布と再抽選が行われたのだ。
この隙を逃さなかったぼくとユウキはスリーピング・ナイツの皆にチケットの抽選に参加するように言い、実際皆をそこまで動かした。
――結果、《SA:O》に参加できないはずだったスリーピング・ナイツの皆を含めた多くのプレイヤー達が《SA:O》への参加チケットを入手。今日、《SA:O》への正式参加を迎えてデータを《SA:O》へコンバートしてきたのだ。
「それにしても《SA:O》かぁ。確か魔法もないし、空も飛べないんだっけ」
相変わらずのんびり口調のテッチが言う。確かにこの《SA:O》は、SAOやALOと同じで身体を動かして遊ぶゲームだけれど、ALOとは全くアクション性も挙動も違う。いきなりALOから来たならば混乱する事間違いなしの環境だ。
しかし、ぼくはそんな事を心配してはいない。皆はこれまで様々なゲームを遊んできている、VRMMOの猛者なのだから。
その証拠を示すようにノリが強気に言った。
「でも、ALO以上に身体を動かして遊べるんだから、いいところだよ。それにアタシ達なら、すぐにこんな環境も適応できる。そうでしょ」
ノリの言葉に皆が「そうだね」と言って頷く。やはり皆はすぐにここに順応するつもりのようだ。その光景を見て安堵を覚えたそこで、ユウキが何かを思いついたような顔をする。
「そういえば皆、ボク達より早くここに来たみたいだけど、何かあったの」
「いやな、せっかくユウキ達が楽しんでる《SA:O》に来れるって事になったじゃん。だから皆待ちきれなくて、早くログインしたんだよ」
ジュンに続いてシウネーが笑んだ。何かぼく達に隠して進めていた事があるかのようにも見える。
「それに、ここに来るのは初めてですからね、私達。道に迷ったりして、合流の時間に遅れてしまわないようにしたかったんです」
《はじまりの街》は《SA:O》で最も大きな規模の街というだけあって、かなり入り組んだ構造になっている。初心者の人は必ずと言っていいほど迷子になり、目的地に着くのにかなりの時間を要するのがお約束みたいなものだ。
あらかじめ《はじまりの街》の迷いやすさについては、前日に皆に言っておいたけれども、かなり役に立ってくれたようだ。
直後にノリが半目で笑いながら、タルケンに言う。
「でも助かったよ。最初の転送ポイントが大宿屋になってたおかげで。街中に放り出されたら、タルケンがどうなってたかわかったもんじゃないよ」
「ちょっ、ちょっとなんですか! ワタクシは迷子になったりなんかしませんよ」
「いいやなるね。迷っても道を尋ねる事が出来ないじゃないか。女性プレイヤー相手には」
タルケンが「なっ」というと、ついつい皆で笑ってしまった。その様子を見てぼくは更に安堵する。こうして何気ない話をして笑っているという事は、今この《SA:O》にスリーピング・ナイツは集結する事が出来たという事だ。皆の調子もすこぶる良さそうに見える。これなら今日からの攻略もどうって事ないだろう。
そう思っていると、もう一度ぼくに話しかけてきた人がいた。最初に話しかけてきたジュンだ。
「そういえばリーダー、僕達はこれからどこに行けばいいかな。このゲームって最初はどうなってるんだっけ」
思わず苦笑いする。凄腕の実力者ぞろいのギルドであるスリーピング・ナイツ。そのリーダーはぼくの隣にいるユウキだ。なのにどうしてか、皆はユウキよりもぼくをリーダーだと思っているらしい。
「ジュン、リーダーはぼくじゃなくてユウキだよ」
「そうだよジュン。リーダーはボクなんだからね。指示はボクに仰ぎたまえ!」
ユウキは如何にも調子に乗っているような様子を見せていた。多分リーダーとしての威厳を見せようとしているのだろう。しかし本人の思っているのとは逆に、ユウキからはリーダーらしさがあまり感じられなかった。それがわかっているのだろう、ジュンもまた苦笑いしていた。
「いやいや、ユウキは全然作戦とか計画とか立てないじゃないか。それでいつもカイムが計画や作戦を立てるし、ユウキだってそれに従ってるばっかりだろぉ」
「……あぅ」
図星を突かれたようにユウキはしょぼくれた。
スリーピング・ナイツの活動方針や攻略計画などを立てているのはいつもぼくだ。リーダーであるはずのユウキは全くこうした作戦や方針を作ったりしないし、ぼくの立てた作戦や方針を飲み込むばかりだった。確かにユウキの強さは本物なのだけれども、やはり作戦を立てたりする事はない。
そういう事もあって、スリーピング・ナイツの皆はぼくの事を事実上のリーダーとしているのだった。
そんな事を頭の片隅で考えながら、ぼくは思考を巡らせる。この《SA:O》では、初心者プレイヤーは最初のエリアである《リューストリア大草原》へ向かうのが通例となっている。その後のエリアでは敵のレベルが高くて、勝ち目がほとんどないからだ。
だからこそ大人しくリューストリア大草原で身体を動かして、敵と戦って経験値を稼ぎ、次のエリアを目指していくのがセオリーとなっているのだ。
けれども、他のゲームで実力を付けているプレイヤーによっては、最初から最新のエリアに向かう事もあると言えばある。動きを見極めさえすれば、最新のエリアに居る高レベルの敵達を相手取って勝利する事も可能だからだ。
「そうだなぁ……」
マップウインドウを展開して操作を加えると、場所が最新エリアの地図に切り替わった。
最新エリアは《クルドシージ砂漠》という砂漠地帯だ。まだ探索途中だからわからないところだらけだけども、主に植物型、蠍型、蜥蜴型のモンスターが生息している事は掴めている。レベルは主に三十付近だ。
あらゆるクエストをこなした事で、レベルが四十に到達しているぼくやユウキ、キリト達ならどうという事ない。一方でスリーピング・ナイツの皆は今朝コンバートしてきたばかりだから、レベルはぽっきり一。《クルドシージ砂漠》に挑むにはあまりに早すぎるようにしか見えない。
これまでありとあらゆるモンスターを相手取ってなぎ倒してきたのが皆だから、いきなり三十の相手と戦ってもいけるかもしれないとは思うけれど、どうだろうか。
頭の中で情報をまとめて、ひとまず話してみる。
「最新エリアはレベル三十の敵がうようよしてるんだ。レベル一の皆が行くには早いかもしれないね」
「えぇーっ。僕達ならいきなりレベル三十のモンスターでも倒せるよ。それで経験値バーストさせて一気にレベルアップすれば早いじゃないか」
残念そうな顔をするジュン。
確かに最新エリアに向かっていって、敵から経験値を取る事が出来たならば、一回でレベルが五くらい上がっていって、あっという間に最前線のレベルに到達する事が出来るだろう。
しかし、それくらいの事をやるにはこの世界での慣れが必要だ。皆はALOから《SA:O》に来たばかりだから、まずはこの世界の環境そのものに慣れる必要があるだろう。
「その気持ちはわかるんだけど、まずはこのゲームの事をしっかり理解しておかないと。ボクとカイムでレクチャーするから、任しておいてよ!」
ユウキはぽんと胸を叩いた。女の子っぽくないからあまりそういう事はするなと言ってあるけれど、ユウキの根っこは少年のようだ。あまり効果がないらしい。そしてユウキの言う通り、まずは皆を最初のエリアに連れて行き、身体を慣らしてもらうのが一番だろう。
その次の事を考えようとしたそこで、今度はシウネーが声をかけて来る。
「あの、カイム。カイムとユウキは確か、他のギルドの皆さんと攻略を進めていたのではなかったでしょうか。その人達の事はいいんですか」
シウネーの言っているのはキリト達の事だ。勿論この瞬間を迎えるまで、ぼくとユウキはキリトに話しておいたし、ちょっと間別行動するとも言っておいた。だからしばらくは気兼ねなく皆との遊びを楽しむ事が出来るのだ。
「大丈夫だよ。その人達にはちゃんと連絡しておいたから。だから皆は心配しないで――」
シウネーに応えたその時だ。ユウキの目の前に一枚のウインドウが突然出現した。急な事にユウキは驚いたが、すぐにウインドウに手を添える。特殊なダイブの仕方をしているユウキにだけ出来る、通話だった。誰かから電話ががかって来たらしい。
「もしもし、
ユウキの言葉の中の、最後の名前にぼくは思わず反応した。ユウキと話しているであろう人物の声は聞こえてこない。通話者の声はユウキにだけ聞こえるようにプログラミングされているから当然だ。
ユウキは周りの皆の注目を浴びながら、続ける。
「どうしたんですか……えっ、九時半から検診!? 今日って検診でしたっけ!?」
ぼくも思わず驚いてしまった。普段は忘れ物をなんか珍しいユウキが忘れ物――正確には忘れ事――をしてしまっていたらしい。
「あっ……そ、そうでした。治美先生の検診、今日でした。ちょっとVRMMOの方で嬉しい事があって……はい、つい忘れちゃってて……えっ、カイムもですか。カイムにも……?」
唐突に名前を口走られたぼくは思わず驚いた。ユウキは通話を続ける。
「……わかりました。カイムにも言っておきます。今から戻りますねぇ」
ユウキはしょぼくれた様子で通話を終了させて、ウインドウを閉じた。間もなくぼく達に向き直ったが、その顔はとても申し訳なさそうなものになっていた。
「えと……皆、ごめん。ボク、九時半から検診だったんだ」
「あらら、忘れてたんですか」
シウネーの問いかけにユウキは頷いた。皆と《SA:O》で遊べる事が嬉しくて、重要な事を忘れていたのは確かのようだ。
「……うん。皆と《SA:O》で遊べるって話になってから、あんまり嬉しくて。初っ端からこんな事になっちゃってごめんなさい」
「別にいいよ。ユウキはまだ一応病人だもんね。アタシらの事は気にしないでいいけど……なんかカイムの事も言ってなかった?」
ノリに尋ねられるなり、ユウキはぼくに歩み寄ってきた。
「カイム、治美先生が来てほしいって。カイムと話がしたいって言ってる。ボクと一緒に」
ぼくは言葉を詰まらせた。こうして誰かに来てほしいと言われるのは珍しくない。ユウキの言葉の中にある名前の人からも、何度も呼ばれている。だから、こうして途中でログアウトするのは嫌とは思っていない。
けれど、ぼくにはどうにも、その人のいる場所に行くのには苦手意識がある。出来れば行きたくない。しかし、こうしてユウキからもお願いされているうえに、その人から呼ばれているなら仕方がない。
「……わかったよ。先生が話があるって言うなら、行かないと。それに、現実世界の君の様子も見に行かないといけないし」
ユウキは小さく頷いた。見届けたぼくはもう一度皆の方に向き直る。ALOで一緒に戦った、頼れる戦士達はぼくとユウキに目を向けてきていた。けれども、誰も批判的な顔をしてはいない。寧ろ「行ってこい」と送り出してくれているかのようだ。
「ごめんね、皆。きっと夜にはまた戻ってこれると思うから。その時また」
「心配しないでいいって。僕達は僕達でレベル上げしておくからさ」
「この世界にもすぐに慣れるだろうから、夜には一緒に攻略をお願いするよ」
ジュンとテッチに続くようにして、周りの皆は頷いた。せっかく来てもらった皆と一緒に遊べないのが悔しいけれど、ユウキの現状が現状である以上、仕方のない事だ。ぼくは皆に軽く頭を下げると、そのままログアウト処理を進める。
「ごめんね皆。また後で!」
いつの間にかぼくよりも早くログアウト処理を進めていたユウキはそう言って、全身を白い光に包み込ませた。光が収まった頃には、アイングラウンドから《絶剣》ユウキの姿は消え去り、ぼくもまたそれに続いて身体を光に呑ませた。
まんまと出鼻が
次回はキリトパート。この作品は、『