キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:またね

          ◇◇◇

 

 

 

「ごめんなさいね、見苦しいところを見せてしまって……」

 

 

 俺達に包まれながら数分間泣いた神代博士は今、泣き止んでいた。彼女とは今日であったばかりだったけれども、彼女がマーテルの母親という事もあってか、彼女に泣かれても俺達はなにも嫌な気持ちを感じたりしなかった。

 

 寧ろ茅場晶彦の恋人がこんなにも素敵な人だったと知れて、嬉しいくらいだった。

 

 

「見苦しいなんてとんでもありません。寧ろ、神代先生の力になれたみたいで、よかったです」

 

「えぇ、あなた達のおかげで随分救われたような気がする。楽になったような気がするわ。まさか会ったばかりのあなた達にこんなにも助けられてしまうなんて」

 

 

 神代博士は並んで座る俺達に微笑んでいた。

 

 

「キリトとシノン……あなた達はとても素敵な人だったのね。だからこそ、あなた達はSAOをクリアした英雄になれて……茅場君を止められたのかもしれないわ」

 

「いいえ、俺達がSAOをクリア出来たのは、協力してくれた人が沢山いてくれたからなんです。俺達皆が力を合わせられたから、俺達はあの世界を終わらせる事ができたんです」

 

 

 神代博士は「そうね」と言ったが、すかさず詩乃が声掛する。

 

 

「あの、神代先生。神代先生がマーテルのママの一人なら、もう一人のママの事もご存知ですよね」

 

「えぇ。マーテルの産みの親の事ね……マーテルを作ったのは芹澤愛莉っていう、茅場君と同じアーガスにいた人よ。あの娘は私の大学時代の後輩でね。後輩って言っても同い年なんだけど、私の方が早生まれだったから私が先輩で」

 

 

 後で知った事だが、イリス/芹澤愛莉の出身大学は茅場晶彦、神代凛子と同じ東都工業大学重村研究室だ。茅場を部長とするそこで、彼女はAIの研究と開発をしていたらしく、その時から茅場の部下であったという話だ。神代博士は懐かしそうな雰囲気で話を続ける。

 

 

「あの娘とは仲良くしたものよ。入ってきた時点でアーガスのチーフプログラマやってて、AIの研究と開発なら右に出る者はいなかったようなとんでもない娘だったけど、話してみれば本当に普通の女の子で。私が故郷の言葉を喋れば、「先輩、お国言葉が出てはりますわ」なんて、自分もお国言葉話してきたりして」

 

 

 その内容に二人で軽く驚いた。神代博士の言った言葉は関西弁、それも京言葉だ。

 

 愛莉の出身地はずっと知らされないでいたし、詩乃も知らなかったけれど、愛莉は京都出身であるらしい。全く京言葉を話す気配なんかなかったから意外すぎる。

 

 ……そういえば、明日奈は結城の本家が京都にあると言っていた。更に海夢の家の神社の本家も京都にある。そして愛莉は京都出身の天才AI研究者。なんてこった、これで京都という場所に縁のある友人は三人じゃないか。俺の身の周りには京都に縁のある人物が随分といる傾向にあるらしい。

 

 

「マーテルとの出会いも愛莉の紹介だったし、愛莉はマーテルは自分の娘って言ってて。あの娘があんまりマーテルを可愛い可愛い言うもんだから、私もいつの間にかマーテルが可愛くて仕方なくなっちゃって。私も大分愛莉から影響を受けたものだわ。茅場君は面と向かって可愛いとか言わなかったけれど、満更でもなかったんでしょうね」

 

 

 神代博士は思い出を懐かしんでいるような表情だった。ここまで言っているという事は、愛莉と神代博士は余程良い先輩後輩の関係だったのだろう。その話を聞いた詩乃は、どこか嬉しそうな顔をしていた。自分の恩師と良い関係を築いていた人は居たのだ。

 

 しかし間もなくして神代博士は、何かに気付いたような顔をする。

 

 

「……って、あれ。あなた達、なんで愛莉の話を? あなた達は愛莉を知ってるの」

 

「えっ、神代先生は知らなかったんですか。愛莉先生がアーガスが解散した後、精神科医をやってたのを」

 

「それで愛莉先生、私の主治医になってくれてたんですよ」

 

 

 神代博士はかなり驚いたような顔をしている。愛莉のアーガスの後の話を初めて聞いたような様子だ。

 

 

「愛莉が精神科医? 確かにあの娘は心理学者になってから大学には入ってたし、精神科医の医師免許も持ってたけれど……あの娘、アーガスが解散したあとは精神科医やってたの」

 

「はい。愛莉先生、私にすごく良くしてくれたんですよ。神代先生の作ったメディキュボイドを使って、私の治療もしてくれたりして……それでSAOに巻き込まれるような事になっちゃいましたけど」

 

「SAOに巻き込まれた? 貴方は愛莉と一緒にSAOに行ったっていうの」

 

 

 何やら驚いている神代博士に、俺は詩乃と愛莉の事情をある程度話した。話が終わった頃、神代博士は気むずかしそうな顔をする。

 

 

「メディキュボイド使用中にSAO内部からのクラッキングで……愛莉がそんなへまをしたっていうの」

 

「え?」

 

「あの娘はセキュリティとAI開発力については研究室一だったのよ。あの娘の作るものとか、あの娘が設定したものはクラッキングもものともしないような、異常なくらい強いセキュリティが敷かれてるのが特徴だったのに。そんな愛莉がSAOに連れ去られるようなへまをするなんて……変な話だわ」

 

 

 確かに愛莉と話をすると、セキュリティはいつも強くしておけと言われる事はあった。それは大学時代からも変わっていなかったものであったらしいうえ、彼女はセキュリティにやたら長けている人物でもあったようだ。

 

 

「それで、愛莉はあなた達と何かあったの」

 

「SAOで愛莉先生は色々サポートしてくれたんです。俺達がSAOをクリアできるようにって……それがSAO開発者である自分の償いだって言って。愛莉先生の協力もあったから、俺達はSAOをクリアできたんです。マーテル達の事もよく教えてくれて……」

 

 

 神代博士は何かが引っ掛かっているような表情を変えなかった。納得できないような事でもあるかのようだ。

 

 

「あの娘もSAO事件を受けて心境が変わったりしたって事……?」

 

「あの、神代先生?」

 

 

 神代博士の顔に再び影が落ちた。話したくない事を話そうとしているかのようだった。

 

 

「そんなふうに思ってたつもりはないと思いたいんだけど……愛莉には得体の知れない感じがあったっていうか……茅場君と同じように、お(なか)のうちをどこまで話してくれてるかわからない時もあって……茅場君みたいな、何をしでかすかわからないような危なっかしい部分もあったのよ。そんな愛莉があなた達に協力してたっていうから……それにあの娘が私以外に名前で呼ばせてるから……ちょっと意外で……」

 

 

 神代博士の話はわからないでもない。

 

 実際あの人は腹のうちを割っているのかそうじゃないのかわからない時が多いし、真面目な顔をして人をおちょくったり、からかったりする事もある。それが茅場のような得体の知れない危なっかしい部分のように見えても不思議ではないだろう。

 

 だが、そんな愛莉の協力のおかげで俺達はSAOを生き延びて、戻ってくる事ができたのだ。彼女が恩人である事に変わりはない。

 

 

「確かに愛莉先生は俺達から見ても変な人ですよ。でも、俺達の協力してくれて、俺達をSAOから帰還させてくれたんです」

 

「私達がSAOから出てこられたのは、愛莉先生の協力もあったからなんです。今だって愛莉先生は色々な事で私達に協力し続けてくれてるんですよ」

 

 

 詩乃と二人で主張すると、神代博士は気難しそうな顔をやめて、もう一度穏やかな雰囲気を出し始めた。胸の内のもやもやが晴れたかのようだ。

 

 

「……なるほどね。SAO事件が起きた時、愛莉はどうしてたのかって思ったけど、あの娘もあの娘なりにSAO事件に立ち向かっててくれたのね。それを聞いて安心したわ。

 それで朝田さん、愛莉は今でもあなたの主治医を?」

 

 

 詩乃は「あっ」と声を漏らした。愛莉は確かに詩乃の主治医をやっていた。だが、ある時を境に精神科医を辞めてしまい、元のAI研究者に戻っていった。そして今はどこでそんな研究をしているのかわからないような有様だ。

 

「実は、愛莉先生はもう精神科医を辞めちゃってるんです。それで元のAI研究に戻っていったみたいなんですけれど、どこに勤めているかどうかまでは……」

 

 

 詩乃がぎこちなく説明をするなり、神代博士は苦笑いした。詩乃の説明を予測していたかのようだった。

 

 

「……やっぱりね。そんな事だろうとは思ったわ」

 

「え?」

 

「あの娘って、AI研究一直線な娘だったのよ。私みたいに料理くらいは作れたりしてたけれど、それ以外はてんで興味なしの一点張りで。本当にAI研究とそれに必要な知識以外何も学ばないような娘だったの」

 

 

 そこからの神代博士の話は目を見開いてしまうような内容だった。

 

 

 まず愛莉は小学校は六年生くらいまでしか行っておらず、周りが中学生高校生の間はアメリカの大学に籍を置き、心理学とAI研究を勉強したというのだ。理由としては、「普通の小学校や中学校じゃ心理学だとかAI研究だとかは学べないから、アメリカなら学べるから」という、心理学とAI研究を学びたいという気持ちが渇望の域にまで達していたからだという。

 

 そして俺がSAOに閉じ込められた時の年齢である十四歳くらいの時には、アメリカの大学で心理学者としての資格、精神科医としての医師免許を手に入れていたらしい。更にその時には当時の企業が作れなかった高性能AIを利用したソフトをいくつも作り上げて企業に売り捌き、茅場同様莫大な資金を手にしていたというのだ。

 

 そして日本に帰って来た時にアーガスに入社して、チーフプログラマに就任。茅場と神代博士と学び舎を一緒にしながら、これまで同様にAI研究に打ち込み続けたという。

 

 本来ならば本人から聞くべき事細かい経歴を話し終え、神代博士は軽く溜息を吐いた。

 

 

「愛莉も茅場君もとんでもない人だったわ。でも、私からすれば愛莉も茅場君も引きこもりのもやしっ子にしか見えなくてね。ただの大学生みたいに仲良くしたものよ。それに愛莉はそんな事出来てるような娘だったのに、私にはとても懐いてくれたみたいで。今の経歴も全部愛莉が話してくれたのよ」

 

「愛莉先生、そんな人だったんだ……」

 

 

 改めて恩人がとんでもない人だったとわかり、俺も詩乃も目を丸くするしかなかった。そういえば以前、どこか愛莉とセブンが似たような雰囲気を持っている、二人に何かしらの共通点があるような気がする時があった。

 

 その理由は愛莉もセブンも、小学校時代から既に科学者としての道を歩み、莫大な資産を築き上げていた経歴があるという事だったようだ。

 

 

「あの娘のAI研究へのこだわりや考え方はとてもすごいの。だからきっと、精神科医なんてやったところで長く続くはずはなくて当然。でも、あの娘はそれだけAI研究に一途だからこそ、マーテルっていう素晴らしい娘を作る事が出来たんだと思う。本当に、私の周りは変な人でいっぱいだわ」

 

 

 そうだ。俺も詩乃も、愛莉の作ったユイとマーテル、ストレア、ユピテルに随分と助けられている。愛莉はAI研究一筋だけで生きているからこそ、俺達を助けてくれて、一緒に生きてくれる彼らを作り出す事が出来たのだろう。詩乃は悲しんでいたが、精神科医を長く続けるつもりは最初からなかったのだろう。

 

 そんなこんなで後輩の事を話した神代博士の雰囲気は、出会った時とは全く異なる、柔らかいものとなっていた。胸の内に溜まっていたものを全て吐き出したかのような、すっきりした雰囲気がある。

 

 

「……愛莉は変な娘だけれど、それでも私の自慢の後輩なの。だから、今も交流があるっていうなら、どうか仲良くしてあげてね。あの娘は友達も全然いなかったから」

 

「愛莉先生は俺達を助けてくれた恩人です。これからも仲良くしていくつもりですよ」

 

「そうしてあげてね」

 

 

 神代博士はそう言うと、自分のスマートフォンを取り出して、モニタを確認した。すぐさま口を少しだけ開き「あ……」と小さな声を出す。

 

 

「神代先生?」

 

「……ごめんなさい、桐ヶ谷君に朝田さん。私、実はあまり時間を設けられてないの。もう、戻らなくちゃいけない時間になっちゃったわ」

 

 

 俺はマーテルと繋がり続けているスマートフォンのモニタを見た。時刻は既に午後十二時を過ぎている。神代博士と話し始めてから、もう一時間半も経過していた。

 

 神代博士はメディキュボイドを作った有名人であり、天才科学者とも言っていい人だ。俺達と話をする時間も何とか作り上げたものだったのだろう。

 

 

「今日は私から呼んでおいたのに、私の都合で振り回してしまってごめんなさい」

 

「そんな事ありませんよ。寧ろ神代先生が俺達と会ってくれて、お話を聞かせてくれたんですから、すごく嬉しかったです」

 

 

 椅子から立ち上がる神代博士を追うように、俺もまた立ち上がる。

 

 

「それに……神代先生。ありがとうございました」

 

「いいえ、こちらこそ本当にありがとう。あの人と戦って、あの世界を終わらせる事の出来たあなた達と話をする事が出来て、なんだかすっきりした気がするわ」

 

「それもありますけれど、それだけじゃないんです」

 

 

 神代博士は首を傾げる。俺はそのまま頭を下げた。

 

 

「神代博士。マーテルを育ててくれて、ありがとうございました」

 

「え?」

 

 

 顔を上げると、神代博士がとてもきょとんとしているのがわかった。急にこんな事を言われたのだから、当然だ。

 

 

「マーテルは今は俺の家族なんです。その今のマーテルがあるのは、神代先生がマーテルをただのプログラムとかAIとかと思わず、愛情を注いで育ててくれたからなんです。だから、お礼を言わせてください。マーテルを愛してくれて、ありがとうございました」

 

 

 神代博士は瞬きを数回繰り返した。やがて表情が微笑みに変わる。

 

 

「……そうよ、桐ヶ谷君。マーテルはただのプログラムやAIなんかじゃない。本物の心と人間性を持った生命(いのち)なの。それで、私の愛おしい子供なのよ。だから、これからも大切にしてあげてね」

 

 

 神代博士に迷わず頷いた。直後、神代博士は俺のスマートフォンに近付き、そのモニタを覗き込んだ。電脳世界の我が娘と、再びその瞳を映し合い、その頬を撫でるように手を添える。

 

 

「……マーテル。とても素敵な家族が出来たのね」

 

《リンコ……》

 

「いつになるのかはわからないけれど、私、またあなたに会いに行くわ。あなたのいる世界に会いに行って……そこでまた、沢山お話ししましょう」

 

 

 マーテルの瞳は揺れていた。涙が今にも溢れそうだったが、溢れるより前にマーテルは笑んでみせた。

 

 

《うん。わたし、信じてるよ。リンコが……ママがまた会いに来てくれるって、信じてるよ》

 

 

 神代博士はもう一度うんと頷き、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

 

 

「……またね、マーテル。愛してるわ」

 

 

 

 神代博士は静かに言うと、ゆっくりとスマートフォンから離れていった。その様子から目を離せないでいると、俺の隣にいる詩乃に顔を向けた。

 

 

「朝田さん。私、あなた達を見ててわかった事があるわ」

 

「え? なんですか」

 

「桐ヶ谷君はとても素敵な男性だわ。だから、これからも安心して付き合っていっていいわ。きっとあなた達は私達のようにならず、やっていけるわよ」

 

 

 神代博士に言われて、俺は身体の中が熱くなったような気がした。確かに俺の気持ちはずっと変わらないし、神代博士を置き去りにして電脳世界へ行ってしまった茅場のようにはならないと決めている。それを話したわけでもないのに、神代博士は見抜いたようだ。

 

 だが、それがわかった瞬間、俺の中の決意はより大きなものになったような気もした。俺は茅場のようにはならない。ずっと詩乃を会い続けて、守り続けていくのだ。

 

 そして詩乃はというと、少しだけ驚いたような顔をした後に、表情を微笑みに変え、

 

 

「……はい! 桐ヶ谷和人は私の自慢の恋人です!」

 

 

 と言い放った。それを聞いた神代博士は嬉しそうに笑んで、もう一度俺と詩乃を交互に見た。

 

 

「それじゃあ、私はこれでね。今日は本当に……ありがとうございました」

 

 

 そう言って頭を下げてから、茅場晶彦の恋人であり、マーテルの育て親である神代博士は店を出ていった。見えなくなるまで、俺はじっと彼女の後ろ姿を見つめ続けていた。

 

 そして彼女の後姿さえも見えなくなると、一気に店の中が音で満たされていった気がした。周りを見回してみたところ、いつの間にか客がかなりの数店の中に入ってきている。既に開店から一時間半も経過しているのだから当然だ。にもかかわらず、神代博士と話している間は、店の中に満ちる喧騒も、料理やコーヒーの匂いさえも感じなかった。

 

 その音と匂いを感じながら、俺も詩乃も椅子に座り直した。

 

 

「……いい人だったね。茅場晶彦の恋人」

 

「あぁ。茅場にもあんなに素敵な人がいたなんてな。それでその人がマーテルを育てた人だったなんて」

 

 

 マーテルはとてもAIとは思えないくらいに感情が豊かで、人間そのものと言ってもいいような人間性を持っている。

 

 マーテルがそれだけ物を得られた要因としては、愛莉の基礎設計や茅場やアーガスのスタッフ達による教育もあったのだろうが、神代博士から愛情を受け取り続けた事が最も大きいのかもしれない。彼女が愛情を注いでくれたから、今のマーテルがいる。そう思うと、彼女への感謝の思いが強くなった気がした。

 

 そんな中で、俺はスマートフォンに映し出されている彼女の娘に声をかけた。

 

 

「マーテル、連絡先を聞いたりしなくてよかったのか」

 

 

 マーテルは深く頷いて見せた。

 

 

《わたし、信じてるんだ。きっといつか、またリンコに会えるって。リンコと直接会って話が出来るって。だから、いいんだよ。電話なんかじゃ伝えたい事も伝えられないと思うし、リンコもリンコで忙しいだろうから》

 

「そっか。育ての親から離されてたわけだけど、寂しくはないか」

 

 

 次の瞬間、マーテルは鼻で笑った。呆れが混ざっているような笑い方だ。

 

 

《……何を言い出すかと思えば。そんな事あるわけないよ。だってユイもストレアも、ユピテルもいて、和人も詩乃もいるんだよ。寂しいわけない》

 

 

 マーテルは顔を上げて、紅い瞳を見せつけてきた。

 

 

《それに、今の()はマーテルにあらず。我はお前の《使い魔》であるリランだ。我の幸福はお前の《使い魔》として、お前の力になる事なのだ。それを忘れたわけではないだろう、主人(あるじ)よ》

 

 

 先程の母との再会を喜ぶ少女と同一人物とは思えないくらいに厳格な口調。マーテルはリランに戻っていた。リランは俺の《使い魔》になってからずっとこの調子であり、親に会いたいと思ったりした事はなかった。今更何を言っていると呆れられても仕方がなかった。

 

 

「そうだな、リラン。お前には俺達がいるんだ。寂しいとは思わせないぜ」

 

《あぁ、わかっておるよ。……今の我は、アキヒコやリンコと一緒に居た時よりもずっと幸せだ》

 

 

 直後、リランは両手を後ろ頭に添えた。目線が全く別の方向に向けられる。

 

 

《しかし、もう十二時となったせいか、腹が減った。飯時だな》

 

「近くに皆は居ないのか」

 

《皆はフィールドに出かけておる。ここにいるのは我だけだ。我一人での食事にさせてもらおう。「一人で空腹を満たす時は自分勝手で、自由であれ」という父の教えどおりにな》

 

 

 その言葉に二人して苦笑いすると、リランは更に言葉を続けてきた。

 

 

《和人、せっかく詩乃との時間を得られたのだ。午後からはデートにしたらどうだ》

 

「えっ? デート?」

 

《我は邪魔せぬから、ゆっくりするといいぞ。お前もアキヒコのように、大切な想い人がいるのだから。二人の時間を楽しむのだぞ》

 

 

 そう言ってリランは勝手に通話を終えてしまった。俺はゆっくりと顔を動かして――その想い人と目を合わせた。彼女は何かを待っているような様子で、俺の事を見ていた。

 

 

「えぇっと、色々あった後だけど……これからデートさせてくれないかな。神代先生と茅場みたいに、さ」

 

 

 そう言って伸ばした俺の手を、彼女は

 

 

「……うん。デートして、和人」

 

 

 と返事をして取った。

 

 当時の二人がどのような感じのカップルだったのかはわからない。けれども、きっとそれなりに仲の良いカップルだった事は間違いないし、俺達はあの二人よりも仲の良いカップルのはずだ。

 

 

 そう信じて、俺は恋人との大切なデートを開始したのだった。

 

 

 

 

 

 

《キリト・イン・ビーストテイマー アイングラウンド 03.5 終わり》

 




 次回からいよいよ第四章、ユウキ&カイム編!

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