キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 キリトvsジェネシス&アヌビス。

 


11:Revelation ―黒の竜剣士との戦い―

          □□□

 

 うつ伏せになって倒れていたシノンは、ようやく上半身を上げた。

 

 シノン達はジェネシスとアヌビスのコンビとの戦いに臨んでいた。既に高い知名度を持つ《黒の竜剣士》であるジェネシスは、アヌビスを戦闘前に進化させるという行動に出て、アヌビスを次の段階に進化させた。それだけならばまだよかったと言える方だろう。途中までは明らかに自分達の方がジェネシスを追い込んでいたのだから。

 

 しかし、状況は一変した。ジェネシスとアヌビスのコンビとの戦いの途中で、あの不可解な現象は再度発生したのだ。ジェネシスとアヌビスが突然狂暴化して、AGI(アジリティ)を異常値にしたかのような速度と攻撃力を発揮して攻撃してきた。

 

 繰り出されるジェネシスの斬撃とアヌビスの獣牙と雷撃はまさしく常軌を逸した嵐だった。嵐はシノンは勿論、周りの仲間達も容赦なく呑み込んでいき、瞬く間に戦闘不能に追いやった。

 

 

 その中でシノンはかろうじて《HPバー》は全て削られる事なく済んだものの、地面に叩き伏せられていた。

 

 狂暴化したジェネシスとアヌビスの繰り出す攻撃は一撃一撃が異常なまでに重かった。現実世界の身体にまで影響を出るのではないかと錯覚するくらいにだ。そんなものを何度も叩き付けられたものだから、シノンは戦闘不能になっていなくても、立ち上がる事が出来なかったのだった。

 

 今だって、武器である槍を杖のようにすることで、ようやく立ち上がれたくらいだ。

 

 

 近くに目をやると、同じように倒れている友人達の姿があって、シノンは驚いた。戦闘不能に陥り、プレイヤーによる救命コマンドを待っている状態になっている。今すぐにでも駆け付けて蘇生させてやりたかったが、起き上がったばかりなせいなのか、脚が上手くいう事を聞いてくれない。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 早く皆を蘇生しなければならない。それにこんなふうに立ち止まってしまっていられるような状況じゃない。今の自分と自分達は辛うじて立っているけれども、この状況を作り出した張本人からすれば、止めを刺すチャンスだ。このまま動けないでいるのは、止めを刺してくださいと言っているのと変わらないし、その時を狙って()は来る。

 

 

 奴が来る前に動き出して、皆を蘇生しなければ、それで終わりだ――意思が通じたのか、シノンの足に力が戻ってきている。もうすぐ歩けるくらいになりそうだが、シノンはそこで疑問を感じた。

 

 奴が来ない。あんなに狂暴化しているのだから、獲物がまだ動いているのが分かればすぐさま来るはずなのに、来ないのだ。狩り終えたと勘違いして、視線を別なところへ向けているのだろうか。

 

 だとするならばこっちがチャンスだ。奴が来ないのであれば、隠れて皆を蘇生させて、体勢を取り戻させられる。その後の事は別に今考えなくていい。

 

 今は皆を――。

 

 

「……!」

 

 

 倒れる皆から視線を戦場へ戻した時、シノンははっとした。瓦礫の山がいくつも築かれている廃墟神殿のだだっ広いこの場所。

 

 そこの中心付近に、狩人は居た。血のように赤い髪の毛をオールバックにしている、黒い装束を纏った男と、それに付き従う黒い毛並みと鎧が特徴的な巨大な狼竜。

 

 名をジェネシスとアヌビスという狩人達。この状況を作り出した張本人達は、こちらに背を向けていた。

 

 ここに獲物が残っているのに、ある一点に視線を向けたまま、大きな動きを見せないでいる。視線の先に何かを見つけ、釘付けになっているようにも見えなくない。

 

 

「なに……?」

 

 

 気付かれないくらいの声で呟くと、シノンはジェネシスとアヌビスの見つめる先に目を向けた。狂暴な狩人達の注目を集める存在を捉えたその時に、シノンは絶句する。

 

 

「え……」

 

 

 ジェネシスとアヌビスの視線の先に居たモノ。黒いコートに身を包み、両手に剣を持っている、線の細い顔立ちが特徴的な黒髪の少年。他でもない、この《SA:O》までずっと一緒にやってきて、愛し合ってきたキリトだった。

 

 

「……?」

 

 

 キリトの特徴を忘れた事など、シノンは一度もない。頭の中を動かしたかどうかわからない程度で、キリトの全ての特徴を思い出す事が出来る。そのシノンの視界に、確かにキリトは映し出されていた。

 

 だが、そのキリトは剣を握ったままの両腕をぐらりとぶら下げ、俯いていた。まるで脱力し切って、筋肉の凝りをほぐしているかのようだ。それらは別に何も感じなかったが、その目を見てシノンは凍り付いた。

 

 

 一種の美しさと温かさを与えてくれる黒色の瞳は今、血のような赤に染まっていた。しかもただ赤くなっているのではなく、光を放っているようにさえも見える。

 

 

 異変が起きているのは目だけではない。

 

 

 キリトの足元が燃えていた。

 

 

 草も何もない、純粋な土と石で構成されているキリトの足元に炎が上がっていた。だが、その炎さえも目を疑うものだった。

 

 赤色をオレンジ色をしているはずの炎は、白かった。

 

 

 白以外の色を抜いたような純白の炎がキリトの足を中心にして燃え上がり、地面を焼いている。

 

 

「キ……リト……?」

 

 

 シノンは少年から目を離す事が出来なかった。姿こそ自分の愛する人のキリトそのものだが、自分の知るキリトはあんなに赤い目をしていないし、白い炎を起こす力だってない。

 

 あそこのキリトは確かにキリトだ。そのはずなのに、そうではない気がしてならない。

 

 

「おいおいおい……てめぇもそんなスキルを持ってたのか。伊達に《黒の竜剣士》って呼ばれてねぇって事かぁ?」

 

 

 その正体不明の何かと化したキリトを眼中に入れているジェネシスには、戸惑いの様子はなかった。寧ろキリトがこうなった事に好感、もしくは興奮を覚えているようだ。

 

 ジェネシスには今のキリトが、ただでさえ美味そうな獲物が更に美味そうになったようにしか見えていないらしい。目の前に広がるのは異常になってしまった愛する人と狂人による異常なやり取りの光景だった。

 

 

 やり取りの流れを切ったのはアヌビスだった。キリトと同様に目を赤く爛々(らんらん)と光らせていたアヌビスは短時間溜め込んでいた獰猛な衝動を爆発させたように、キリトへと飛びかかった。

 

 リランの身体にいくつもの傷をつけ、その骨をへし折ったかもしれないアヌビスの右腕がキリト目掛けて振り下ろされる。アヌビスの右腕が轟音と共に地面へ突き刺さり、振動と共に地盤が捲れ上がった。

 

 

「!!」

 

 

 キリトが回避をする様子は見えなかった。リランでさえ重症を負う一撃を、キリトが受けたらどうなるかなど安易に想像がつき、シノンは声にならない悲鳴を上げていた。

 

 今のでキリトはやられてしまった――とシノンが思ったその次の瞬間。キリトに爪と腕を振り下ろしたアヌビスが突然大きな声を出して鳴いた。戦場となっているこの場全体に届くくらいの、悲鳴に近しい獣声だ。

 

 凶暴化して以降ダメージの一つの負うこともなかったアヌビスからの声に驚いたシノンは目線を再度アヌビスへ向ける。

 

 アヌビスの身体は土煙のエフェクトに包まれていたが、それを切り裂く者がいた。アヌビスと同じ黒い色をした影。キリトだった。

 

 キリトは矢のような早さで跳躍し、アヌビスの側面へ回り込んでいたのだ。

 

 

「キリト!?」

 

 

 アヌビスの側面に着地したキリトの身体には、一切のダメージエフェクトが認められなかった。キリトは確かにアヌビスの攻撃を受けていたはずなのに、無傷でいる。

 

 

「どう、なって……」

 

 

 アヌビスは咄嗟に身を(ひるがえ)し、眼中にキリトを入れた。そのまま再度攻撃の姿勢を向けたその時――キリトは既にアヌビスの顔のすぐ前まで跳躍していた。

 

 感情も何も持たないはずのアヌビスが呆然としたような表情で凍りつくと、キリトは無表情無言のまま両手の剣で突きの構えを作り――アヌビスの両目に向けて放った。

 

 

「ッ!!」

 

 

 その目に剣を突き立てられたアヌビスは絶叫した。脳を揺さぶるような不快感を与えてくるその声に、シノンは思わず耳を塞ぐ。気付けば、周囲の辛うじて立ち上がっている仲間達も同じように耳を塞いでいた。誰も耳を塞がずにはいられなかった。

 

 しかし、その中でもキリトだけは違っていた。キリトは声を上げるアヌビスの両目から剣を引き抜き、返り血のような赤い光を身に浴びると、アヌビスの鼻先を足場にして、間髪入れずその顔を斬り刻み始めた。

 

 シノンはキリトの手元に目を向ける。キリトによって振るわれる二本の剣は、白い光を帯びていた。それはキリトがソードスキルを使用しているという意味だったが、キリトの繰り出す動きは明らかにソードスキルによるものではなかった。

 

 

 いや違う。そもそもあれは光ではない。――炎だ。つい先程キリトの足元から生じていた白い炎が、今度はキリトの両手の剣を包んでいた。

 

 

 属性を宿らせるスキルは、ALOでは基本スキルのうちの一つとして存在していた。この《SA:O》はSAOのサーバーとフルスペックのカーディナルシステムを完全流用していると聞いていたから、ALOにしかないものが存在しているとは考えていなかった。あぁいったスキルは、この《SA:O》にもあったのだろうか。

 

 

 だとしたらいつの間にキリトはそんなものを習得したのか――シノンが疑問を抱く間にも、キリトは白き炎に包まれた剣でアヌビスの顔を容赦なく斬り刻んでいた。剣がアヌビスの肉を抉る度に、白い炎が追い討ちを仕掛けて焼き上げる。

 

 キリトの周囲は白い炎と赤いエフェクトが飛び交う混沌そのものと化し、アヌビスを呑み込まんとしていた。しかしアヌビスもただやられる一方ではなく、キリトを振り払うべく身をばたつかせて抵抗する。

 

 巨躯を振るわれて落ちるかと思いきや、キリトはアヌビスが激しく身体を揺るがした瞬間、大きく跳躍して顔から離脱。背中を真下に捉えると、剣先を下方向に向けながら急速に落下した。

 

 アヌビスの背中は鎧のような漆黒の甲殻に包まれていて、剣を振るったところで歯が立ちそうにないように見えた。だがキリトと共に落下した二本の白き炎の剣は易々と鎧を貫通し、内部の筋肉に深々と突き刺さった。

 

 剣と共にキリトがアヌビスの背中に着地すると、アヌビスは重いものに圧しかかられたのようにその場に倒れ込む。白い炎がアヌビスの筋肉組織を焼き、アヌビスはもう一度悲鳴を上げた。

 

 

「あ……あ……」

 

 

 気付いた時、シノンは両手で口元を覆っていた。

 

 自分達をあんなに追い詰めたアヌビスが、今度は一方的に追い詰められている。信じがたい光景だったが、本当に信じがたいのはそっちではない。

 

 アヌビスを追い詰めているのは、黒いコート状装束に身を包む、二刀流剣士の少年ただ一人だけというのがそれだった。

 

 少年は常軌を逸したような速度で動き、その目からは赤い残光が生じる。黒いコートは少年の動きを正確に追って、ドラゴンの翼のようにはためく。これだけでも十分に異常だと言えるが、一番は少年の表情と声だった。

 

 少年は普段は戦闘中も決して感情表現を欠かさない、優しく、多少下手くそではあるものの誰かを思いやれる人物だった。シノンもずっとその認識で少年と触れあってきた。

 

 なのに今の少年は一切の声を出すことなく、一切の感情も抱いていないような無表情のまま、自分達を追い詰めたアヌビスを残酷に斬り刻んでいっている。

 

 

 自分達のよく知る存在が、世界の(ことわり)ごと何かを一方的に破壊しようとしている、目の前の光景にシノンは見覚えがあった。

 

 

 この世界と同じシステムと設定の基に作られた、悪魔のゲームと(そし)られた世界で起きた、大虐殺。絶対に忘れる事の出来ない悪夢。

 

 百十何人もの狂人達が文字通り狂って襲い来るのを、同じく狂った狼竜が次から次へと虐殺の限りを尽くしていく。狼竜へ襲い掛かるのを狂人達はやめず、狼竜もまたそれらを殺すのをやめない。地獄の混沌が開いたような光景。その光景が今ここで、再度展開されている。

 

 

 狂人を二人にして、狼竜を少年に置き換えて、再現されている――シノンはそう思うのをやめられなかった。

 

 何より信じられなかったのは、あの時の狼竜が今のキリトであるという事だ。

 

 

 今、キリトが狂った狼竜――或いは狼男(ライカンスロープ)というべきか――と化し、狂人達を虐殺せんとしている。しかし、キリトは狼男のように荒ぶっているような様子は全くなく、無表情と無言のままだ。

 

 素早くて凶悪な狼男と、感情も声も持たない殺戮兵器の合成物(アマルガム)こそが、今のキリトだった。

 

 

 大切な仲間達からどう思われているのかもわかってないであろうキリトは、白い炎の剣をアヌビスの背中から引き抜き、勢いを付けて小さくジャンプ。そのまま縦回転して連続でアヌビスの背中を斬り裂いた。次から次へと出来上がる傷口から血のような赤い光が(ほとばし)り、アヌビスは大きな悲鳴を上げる。

 

 そしてキリトの最後の一撃が炸裂すると、ついにアヌビスの姿勢が崩れ、轟音と共に地に伏した。

 

 自分達では全然減らす事の出来なかったアヌビスの《HPバー》は既に赤色になるまで減っており、あと一撃でも加えれば仕留められるくらいになっていた。たった一人でキリトはアヌビスをあそこまで追い詰めたという事を、シノンは相変わらず信じる事が出来なかった。

 

 その張本人であるキリトは、アヌビスが倒れたのと同時にその背中からジャンプし、アヌビスの眼前に着地。ぐるりと振り返って、僅かな体力で倒れ伏す黒き狼竜を赤い目で見降ろす。チャンスが回ってきたのを掴んだかのように、キリトは白き炎で燃える剣をしかと握る。

 

 そして最後の一撃を放つ姿勢を――

 

 

「どおらぁッ!!」

 

 

 取った次の瞬間、キリトの背後から一発の斬撃が襲った。咄嗟に聞こえてきた声に向き直れば、そこには魔大剣を装備している一人の剣士の姿。アヌビスを相棒としているジェネシスが、魔大剣を振り下ろした後のような姿勢を取り、キリトの背後に立っていた。

 

 

「……俺を忘れて楽しんでんじゃねぇよ」

 

 

 ジェネシスの様子も変わっていない。獲物に飢えて興奮した獣を連想させるような雰囲気を漂わせている。

 

 

「それに、そいつを倒されると困るんだ。復活させるのが面倒なんだよ。てめぇもわかるだろ」

 

 

 ジェネシスの一撃を諸に受けたキリトの背中には大きなダメージエフェクトが発生していた。《HPバー》も瞬く間に減っていき、黄色になったところで止まる。いくら今のキリトでも、ジェネシスの攻撃力から来るダメージを緩和する事は出来なかったようだ。

 

 

「キリトッ!!」

 

 

 思わず叫んだ直後、キリトは目から赤い残光を放ちながら受け身を取って着地した。かと思えば一瞬のうちに向きをジェネシスへ直し、地面を思い切り蹴り上げてジェネシスへ斬りかかった。

 

 

「来やがったなぁ!!」

 

 

 そうでなくてはと言わんばかりに、ジェネシスは顔に笑みを浮かべ、キリトの二本の剣を魔大剣で受け止めた。大きさの異なる剣同士がぶつかり合う事で鋭い金属音が木霊し、赤い火花が散る。

 

 そのまま鍔迫り合いになるかと思いきや、キリトは咄嗟にジェネシスの魔大剣から剣を離し、姿勢を低くして回し蹴りを繰り出す。ジェネシスの足元を掬い上げようとしたが、ジェネシスは読んでいたようにバックステップして回避。キリトの時と同様に勢いよく飛び出して、魔大剣を垂直に振り下ろした。

 

 AGIだけでなくSTR(ストレングス)まで異常値になっているのか、ジェネシスの魔大剣は地を砕き、地表を捲り上げた。砕かれた地面が(つぶて)のようになって周囲に飛び散る。

 

 だがキリトは、ジェネシスが振り下ろした時点でその範囲から離脱していた。ジェネシスの動きが一瞬だけ止まったのを見計らい、水平に二本の剣を振るう。切っ先が向かう先にあったのはジェネシスの喉笛だ。だが、またも読んでいたようにジェネシスは魔大剣を構えてキリトの剣を防御する。キリトは無表情無言のままジェネシスに白炎に包まれた剣を振るい、ジェネシスも負けじと応戦していく。

 

 酷く興奮しているジェネシスと、無表情無言のキリトの攻防戦によって、金属音が何度も何度も廃墟神殿の中に鳴り響く。ジェネシスは異常なSTRとAGIを発揮しているような動きと攻撃力を見せ、キリトは平然とそれについていく。

 

 常人のプレイヤーがついていけそうにない戦いが続いて、どれくらい経った頃だろうか、キリトと対峙するジェネシスが渾身の力を込めたように魔大剣に赤い光を纏わせ、突き攻撃を繰り出した。

 

 名前はわからないが、ついにジェネシスがソードスキルを使った――シノンを含めた皆がそう思った次の瞬間、ジェネシスのソードスキルはキリトに炸裂したはずだった。

 

 ジェネシスが踏み込んだその時には、キリトはジェネシスの側面へ回り込んでいた。ジェネシスは相当な速度を出してソードスキルを放っている。常人では到底避けられそうにない速度で繰り出されている攻撃を、キリトは平然と避けていた。

 

 まさかソードスキルをこんなに簡単に回避されるとは予想していなかったのだろう、ジェネシスがはっとした時。キリトは白い炎が包む剣の刀身に金色の光を纏わせ、そのまま渾身の力を込めた突きを放った。

 

 

 重突進攻撃二刀流ソードスキル《ダブル・サーキュラー》。

 

 

 光を纏う刃は音速ともいえる速度でジェネシスの腹部に突き刺さり、その勢いに押されてジェネシスの身体は大きく吹っ飛ばされた。

 

 

「ぐぉああッ!!?」

 

 

 初めてジェネシスが悲鳴もしくは呻き声を上げた時、その懐から飛び出す物が見えた。それは空中を舞い、やがてキリトの後方に居たプレミアの足元へ落ち、転がった。卵型の白い石。この場所の先駆者であるジェネシスが獲得してしまっていた《聖石》だった。

 

 

「――石!」

 

 

 自身の持ち物としているプレミアは即座に《聖石》を拾い上げて懐に仕舞い込んだ。その様を見ていたシノンはひとまず安堵する。自分達がジェネシスと戦っていた理由は、プレミアのクエストのためのアイテムである《聖石》を奪われていたからだ。《聖石》を奪還出来た今、ジェネシスと戦う意味は消え失せた。

 

 

「くそがぁッ……!!」

 

 

 同じ二つ名を持つキリトに追い詰められていたジェネシスは、いつに間にかアヌビスの背中に飛び乗っていた。アヌビスはキリトに目をやられていたが、それは一種の欠損状態異常という事になっていたらしく、その目は元に戻っていた。しかし《HPバー》の中身は回復されておらず、キリトにやられたままとなっている。ジェネシスもかなり《HPバー》の残量が減っており、戦闘継続は困難そうだった。

 

 アヌビスと同じ状態に追い込まれたジェネシスは、その背中の上からキリトを見下ろして、奇妙な笑みを浮かべた。

 

 

「……てめぇ、俺と同じか?」

 

 

 ジェネシスが呟くなり、キリトはアヌビスへ、その背中のジェネシスの許へ飛び掛かった。今度はアヌビスの方が早かった。アヌビスは四枚の翼を羽ばたかせて暴風を起こし、キリトを吹き飛ばした。そのままアヌビスは空中へ舞い上がり、持ち主と共に空の彼方へと消えていった。

 

 いつの間にか自分達を付けていて、ボスを奪い取った挙句、自分達のクエストに必要なものまで取り上げようとしていたジェネシス。その《使い魔》の進化によって、自分達は負けると思っていたが、誰も予想していなかった事情によって勝利という形になった。

 

 その根源である存在に、シノンは向き直る。

 

 

「ッ、キリト!!」

 

 

 空から地へ目を向けたところ、アヌビスのいたところにキリトは居た。戦闘が終わっているというのに、二本の剣を抜いたまま空を見上げて立ち尽くしている。その目は赤く染まったままだ。キリトは元に戻っていない。

 

 

「キリト……!!」

 

 

 シノンの声にさえもキリトは反応を示さなかった。ずっと無表情のまま、空を見上げている。

 

 シノンはキリトへ近寄る事が出来なかった。

 

 いつもならば何も考えずに歩いて行けた。

 

 近付けばキリトの匂いがして、それが心地いいから、寧ろ積極的に近付けた。

 

 

 なのにシノンの足はいつものように動いてくれない。

 

 

「……ッ」

 

 

 あそこにいるのはキリトだ。

 

 

 間違いなくキリトだ。

 

 

 私の大好きなキリトだ。

 

 

 それがわかっているはずなのに、シノンの足はキリトの許へ向かおうとしてくれなかった。何か恐ろしい存在を目の前にしてしまって、足が(すく)んでしまっているようだ。

 

 

 キリトは何も怖くない。

 

 キリトは恐ろしくなんかない。

 

 そう言い聞かせても、シノンの足はやはり動いてはくれなかった。

 

 

(なん……で……?)

 

 

 思わず自分自身に疑問を抱いたその時だった。静まり返っていた戦場の中を走っている者が居た。剣と盾を背中に戻した、ユピテルだった。

 

 

「ユピテル!?」

 

 

 戦闘不能から立ち直った、母親であるアスナが驚いても、ユピテルは走り続けていた。向かう先は棒立ちしている赤い目のキリトの許だった。

 

 

「キリトにいさんを、止めてッ!!」

 

 

 ユピテルは叫んだ。キリトにではなく、どこか別なところにいる存在に向けて叫んでいるようだった。その声と足音は聞こえていなかったらしく、キリトは立ったまま動かない。それをチャンスと捉えたのか、ユピテルは一気にキリトに接近し、勢いを乗せた右手を思い切りキリトの項に叩き付けた。

 

 

「……ぐぁぁ……!!?」

 

 

 その時、無言だったキリトからようやく声が出た。思わずシノンはキリトを呼ぶ。

 

 

「キリト!!」

 

 

 声が届いたかはわからなかった。キリトは雷に打たれたかのように硬直し、手元から剣を滑落させる。やがてキリトは痙攣しているような動きをし始め、か細い声を漏らすようになった。まるでキリトに憑いていたモノが、その身体から抜け出しているかのようだ。

 

 痙攣が終わるなり、キリトはその場に崩れた。

 

 倒れ込む身体をユピテルが受け止めようとしたが、それより先にキリトの全身を白い光が包み込んだ。

 

 

「あっ……!」

 

 

 キリトを包む光は瞬く間に強くなり、キリトの全身を覆った。

 

 数秒後に光が弾けた時、キリトの姿は跡形もなく消え去っていた。

 




 ――タイトル元ネタ――

 ・Revelation→啓示の意味だが、エースコンバット3の楽曲の一つ。

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