◇◇◇
ヴェルサと出くわしてから一時間後、俺達はジュエルピーク湖沼群の最奥部付近へと赴いていた。ジュエルピーク湖沼群の最奥部と思わしきその場所は、遥か昔に建造されて、現在は朽ち果てた神殿といった風貌のフィールドであり、まさしく他のプレイヤーが言っていたような光景が広がっていた。
「ねぇキリト、本当なの。プレミアのクエストがまだ進んでるって」
「あぁ、現にヴェルサはボスの話をしてたけど、聖石の話はしてなかったからな。だからまだ、プレミアのクエストに関連する場所がここにあるはずなんだ」
傍を歩くシノンの問いかけに応じる。
アルゴによると、先程遭遇したヴェルサのチームがこの場所の奥に巣くうエリアボスを倒したが、このフィールドの主が倒れても次のエリアが解放される事はなかったという話だった。
これをヴェルサ達はクローズドベータテストの限界ではないかと言って、攻略を打ち止めるような事を言っていたが、俺達はそうとは思わなかった。
クローズドベータテストという限界は確かに存在しているだろうけれども、こんなに早くそんなものがくるとは思えない。きっとまだ俺達にはやれる事があるはず。
そもそも俺達のやっているプレミアのクエストだってまだ途中なのだ。こんな形で打ち切られる事などあり得ない。
そう思った俺に皆は頷いてくれて、ほぼ総動員という形で攻略に出てくれていた。だが、総動員と言っても全員でパーティを組んで動いているのではなく、四人一組の個別パーティに分けての行動という形で、それぞれが何かありそうと感じるところを探索に当たっていた。
その中で俺は、シノン、リラン、プレミアの四人という、プレミアのクエストを進めるためのいつものパーティを組んで廃墟神殿の中を進んでいる。
「わたしも感じます。ここにはまだあります。これまで手に入れてきたものと同じものが存在しているようです」
俺の近くにいるプレミアが言うが、その証言こそが俺達に希望を与えてくれた。ヴェルサとの邂逅の後にここに来てみたところ、プレミアは「ここに聖石はある」と言ったのだ。
これまでエリアボスを倒すと、エリアボスのいた場所で神殿が見つかり、プレミアのクエストを進めるための聖石が手に入れる事ができた。
ヴェルサが聖石を見つけていない、そのための神殿を発見できなかったという事は、まだどこかに道があるという意味だ。もしクローズドベータテストの限界が理由ならば、もう既にプレミアのクエストは終わっているはず。
なのにプレミアのクエストはまだ終わってないのだから、クローズドベータテストの限界だってまだ遠い。
その思いに駆られ、俺達はこのジュエルピーク湖沼群の最奥部に赴いている。ヴェルサ達が見つけられなかったものを俺達で見つけ出すために。その攻略道中に参加する俺の《使い魔》、リランは困ったような顔をしてプレミアを見つめた。
《しかしプレミア、これまでお前は具体的な位置も把握できただろう。今回はないのか》
「……具体的な位置まではわかりません。けれど感じるのです。ここに聖石はあります」
プレミアからの返事にリランは溜め息を吐く。
これまでプレミアは最奥部に到達すれば、聖石の位置までナビゲートしてくれて、俺達をエリアボスの
《ジュエルピーク湖沼群》のごく一部であるとはいえ、かなりの広さがあるのがこの最奥部の廃墟神殿。この中で一パーティだけでそれを見つけ出すのは極めて困難だろう。だからこそ、俺達は各自散開し、廃墟神殿の探索を地道にやっているのだ。
探索を開始してから既に一時間近く経過しているが、俺達のパーティは一向にプレミアの求める聖石、それが祀られていると思わしき場所を見つけられていない。
皆にもそれらしき場所が見つかったら連絡してくれと頼んでいるが、連絡も来ていない。皆も聖石を見つけ出すのには難儀しているようだ。
ナビゲーターにはなってくれないから、プレミアがいたとしてもあまり変わりはない。けれどプレミアを狙うプレイヤーは依然として存在しており、攻略中でパーティを組んでいたとしても狙ってくる可能性がある。
だからこそ、どんなプレイヤーが来たとしても追い払えるリランの近くに、プレミアはいるのだ。
「そういえばキリト。リランってずっとそのままよね?」
「え?」
この先の事を考えようとしたその時に、唐突にシノンが問いかけてきたものだから、俺は思わず立ち止まる。リランもプレミアもそうで、特にリランは不思議そうな表情でシノンを見た。
《我がどうかしたのか、シノン》
「あんたってSAOの時も、ALOの時も進化してきたじゃない。今回はそういうイベントとかアイテムとか、ないの」
シノンの疑問にはっとする。シノンの言うとおり、これまでSAO、ALOと練り歩いてきたが、その時には必ずと言っていいほどリランを進化させ、より強い力を得てもらって、攻略の要にしてきた。
俺と同じように思ったのか、リランは何かを思い出したように《声》を出す。
《そういえばそうだな。ここはアインクラッドの基となった大地という設定であるし、完全に同じサーバーと基幹システムの基で成り立っているという話だ。《使い魔》の進化イベントがないはずがない。キリト、我の進化はどう考えている》
そう言うリランの顔を見上げ、俺は顎元に手を添えた。リランとシノンの言うとおり、この世界でも《ビーストテイマー》が存在していると言う事は、《使い魔》を進化させたり、強化するイベントも用意されているに違いないだろう。
だけど、アルゴやその他の情報屋の情報を見ても、同じ《ビーストテイマー》であるシリカやレインに聞いてみても、《使い魔》を進化させるようなイベントやクエストは見つけられていないのが現状だった。
「確かに進化には興味あるよ。けどさ、お前実際戦っててどうだよ。何か苦戦するような事あったか?」
問われたリランはもう一度ハッとしたような顔をする。
リラン達《使い魔》の進化イベントに遭遇していない俺はリランを進化させられず、次の姿を見る事ができないでいるが、別にそれに困っていないのも事実だった。
SAOやALOでは、ある時リランが力不足になり、進化せざるを得ないような状況になった事もあったけれど、今のところリランが力不足と言うような感じはない。モンスター達と取っ組み合いをしても余裕で優勢に立てるくらいで、苦戦するような事はないでいる。
進化すればより強い力を得られるのは確実だろうが、今はレベル上げをするだけで十分に足りていた。
《……ないな。敵もスヴァルト・アールヴヘイムの時のように強いわけでもない。邪神相手だったら無理だが、我は普通に戦えているぞ》
「そうだろ。それに、お前はかなり特殊なドラゴンだっただろ。もしお前を進化させるのなら、相当後になりそうだぜ。まぁ、お前が進化したいって言うなら、俺は付き合うけどさ」
いずれはリランを進化させるべきタイミングがくるかもしれないが、少なくとも今ではない。
それにそもそも、リランはSAOの時はデスゲームにならなかった場合の裏ボスであり、ALOの時は本土の裏ボスクラスのドラゴンだった。それらとあまり変わりのない姿と強さを持っているのが今のリランだから、進化させるのだとしたら、現段階では無理だろう。
ならば、今はリランの進化に関連するクエストを見つけ出してこなすよりも、プレミアのクエストを進める事を優先したいというのが、俺の考えだった。
似たような結論に辿り着いたのだろう、リランは少し残念そうな顔をした。
《……現段階で進化は難しそうだ。我の進化はしばらくお預けか》
「正式サービスが始まったら、お前の主人としてそういうクエストもこなすさ。だから今は我慢してくれ」
リランは《わかった》と返事をした。この世界でのリランが該当するモンスターがどの位置にいるのかが定かではないけれど、進化しないモンスターである事はないだろう。
この世界でリランは今後どのようになっていくのか。
かつてのリランよりも強大な力、それ相応な姿となるのか。
ふと想像を働かせようとしたその時、突如目の前に小さなウインドウが現れた。メッセージが届いた事を知らせるものだ。展開してみたところ、送り主はアスナだった。内容を確認してみる。
『ボスと戦うエリアの前部屋みたいなところに来たよ。奥にボスがいるみたい。プレミアちゃんのクエストに関連してる場所があるかもしれないから、わたし達のところに来て。わたし達は一番北のところにいるよ』
そう書かれているメッセージは俺達全員に送ったもののようだった。こういう時はディアベルやカイムのパーティがよく次への仕掛けを見つけるものだが、今回はアスナ達のパーティが見つけ出したようだ。
これまでの傾向から考えるに、アスナ達の見つけ出した場所こそがプレミアのクエストを進めるためのアイテム、聖石のある《石祀の神殿》であろう。
ここに来るまでにそこに立ち寄った場合は、漏れなくボスモンスターによって守られていたから、今回もきっとボスが待ち構えているはずだ。強さはヴェルサたちの戦ったボスと同じくらいだろう。
もしかしたら探索の最中でボスにぶつかるかもしれないという懸念もあって、仲間を総動員したわけだけど、ビンゴだ。
メッセージウインドウを閉じた俺は三人に号令し、アスナ達の待っている北の方角へと向かった。
廃墟神殿の北方面はアスナ達が探索していたから、モンスターもほとんど倒されているはずだったが、生き残りが居たのか、もしくは
現在のフィールドの最奥部がここであり、ボスの間際という事もあってか、モンスター達の強さもレベルも結構高いものであり、普通に戦えば全滅させるのにかなりの時間を要するのは確実だった。
しかし、俺達が戦闘を行おうとした直前で、ディアベル達、カイム達、フィリア達といった俺達と別れて探索を行っていたチームが合流してきて、一気に加勢してくれた。皆が力を合わせて戦ったおかげで、俺達は結構な時間を要するはずだった戦闘を二分程度で終わらせ、アスナ達の待つ北の方角に向かう事が出来た。
そうして辿り着いた、廃墟神殿の北部。メッセージの通り、アスナ、リズベット、シリカ、ユピテルの四人が待っていたが、合流するなり俺は周囲に目を向けた。瓦礫がところどころに積み上がっており、間から大小様々な植物が生えているという、一見するとこれまで渡り歩いてきた廃墟神殿とあまり変わりのない光景だ。
しかし、北の方を見れば、不自然に瓦礫が退けられて、通路と思わしきものが出来上がっている。奥の様子はここからでは見えなかった。
だが、これまで攻略してきた時、ボス部屋の前はいつもこんな場所だった。アスナがメッセージで言っていたように、次の部屋はボス部屋で間違いないだろう。
ボス戦に向かう準備は既にしてきているし、俺達はこれまでずっと勝ち続けてきた。プレミアが気配を感じている聖石もあるに違いない。
「今回もこれまでどおりに勝利するぞ!」と皆に号令し、返事の声を聞いた俺は、いつでも武器を抜ける体勢にして通路に歩き出した。
一体どのようなボスが待ち構えているのか。
そいつを如何にして倒すか、如何なる戦法で行くべきか。
頭の中で思考を巡らせながら歩いたところ、俺達は予想通りの大部屋に入り込む事となった。外観はこれまで歩いてきた廃墟神殿のそれであるけれども、ボロボロになった外壁と瓦礫の山は俺達を囲むように
やはりここはボスとの闘技場だ。待ち構えているボスはジュエルピーク湖沼群を守る主であり、俺達はこれからエリアボスと戦うのだ。
そう思うと自然と身体に力が入り、臨戦態勢となれた。だがどうした事だろう。部屋の中を見回しても、何もいない。皆で周囲をくまなく見回してみるが、コボルドロードやギガースのようなエリアボスらしき存在は確認できない。
「あれ? ボス、どこ?」
「ボスモンスター……いないみたいですよ」
リズベットとリーファが少し驚いているような様子で言う。
部屋の広さと前の部屋の様子から、ここがボスの部屋であることは間違いないはずなのに、肝心なボスモンスターが見当たらないのだ。部屋だけがあってボスはいない。広がる異様な光景に、全員が二人のような様子となっていく。
「なんだよ、オレはてっきりボスがいるんじゃないかとばっかし……」
「僕もてっきりそうだと……なんだ、これ?」
パーティを組んで探索に当たっていたクラインとシュピーゲルは首を傾げていた。
実際俺も同じような気分だ。これだけ大きな部屋なのだから、これまでの傾向から考えるに、ここがジュエルピーク湖沼群の最深部で、エリアボスの待ち構えるボス部屋であるに違いないのだ。しかしそれも疑問になり始めてきたのか、フィリアがアスナに話しかけた。
「ねぇアスナ、ここしか道はなかったんだよね」
「うん。他の場所とかも探してみたんだけれど、わたし達の探してるものがありそうなところは無かったの。それでここしかないって思ったんだけど……」
皆と合流した時に軽く話を聞いたけれど、やはり皆も聖石やそれを祀る神殿らしきものを見つけ出す事は出来なかったそうだ。現に俺達も見つけられなかったから、やはり道はここしかなかったのだろう。
もう一度顎元に手を添える。
「何か未達成の条件があるとかか? それでボスが出現してこないとか――」
咄嗟に考えこもうとしたところ、後方にいるストレアが急に声を出した。
「皆、あそこ!」
少し驚きながら、俺達はストレアの視線の先に目をやった。俺達から少し離れた、部屋の丁度中心付近に、一つの影があった。目を凝らしてよく見ると、それは人の形をしているのがわかった。
今回のエリアボスは純粋な人型か――そう思いそうになった俺の耳元に、声が届けられてきた。
「遅ぇ到着じゃねえか、モブの救世主よぉ」
確かで、しかも何度も聞いたことのある声色だった。直後に、人影が近付いてきて、その形をはっきりとしたものに変わった。
血のような赤い髪の毛をオールバックにして、ところどころ赤いラインの入ったノースリーブの黒衣に身を包んでいる、背中に魔剣のような大剣を背負った、獣のような鋭い目つきの男。
一度遭遇すれば決して忘れる事の出来ない、俺と同じ《黒の竜剣士》。
「ジェネシス!?」
ほぼ全員でその名を口にすると、《黒の竜剣士》はうるさそうに答える。
「いちいちでけぇ声で呼ぶんじゃねえよ」
「ジェネシス、どうしてここに。なんでお前がいるんだ」
ジェネシスは「ハッ」と鼻を鳴らした。如何にもこちらを嘲笑しているようなその様子は、この前見た時、襲われたときと何ら変わりがない。
「ムカつくが、てめぇらと同じだ。あの《白の竜剣士》とかいうモブがオレを置いてエリアボスを倒したのに、新エリアは解放されなかった。だからさ、まだ何かあるんじゃないかって思ってたんだよ」
ジェネシスは両掌を上げた。呆れた時によく見せてくる動作だ。
「そしたら、マップでちんたらと探し物をしてるてめぇらを見つけたから、手伝ってやったんだよ。てめぇらはガバガバで気付かなかったみてぇだけどな」
「俺達の後を付けてたのか!?」
ディアベルに続いてほぼ全員が驚きの声を上げた。ここまで俺達は分かれて探索に当たっていたが、この男もその中に混ざって探索をしていたのだ。俺達に気付かれないように、陰に隠れて。直後にジェネシスは大きな声を出す。
「そしたらどうだよ。倒されたと思われていたエリアボスがもう一匹いやがった。あの白モブが見つけられたなかったボスを見つけ出せたんだから、テンションがダダ上がりしちまってなぁ! 思わず叩きのめしちまったよ」
歓喜するジェネシスに皆がもう一度驚いたその時、呼応するようにジェネシスの後方でふわりと何かが浮き上がった。
狼の輪郭を持ち、耳と同化した一対の黄金の角を生やし、ところどころに金色の模様の走る、古代エジプトの戦士を思わせる黒い鎧のような甲殻と黒銀の毛並みに身を包み、切られたような尻尾を伸ばしている、小さな竜。
名をアヌビスというそれは、背中から一対の黒い羽毛の翼を生やして、主たるジェネシスの傍をホバリングしていた。
「お前が……!」
ジェネシスと黒き狼竜アヌビス。その姿を目にした俺はここで起きた事を察する。
ジュエルピーク湖沼群には二匹のエリアボスが居た。一匹はヴェルサのチームに倒されたが、残されたもう一匹がここに居たのだ。この男はいち早くここを見つけ出して辿り着き、先に勝利を収めてみせたのだ。
だからここにボスはいないし、ジェネシスというクリア者が存在しているから復活もしてこない。
「……ボク達を付け回して、探索だけさせて、見つかったボスを独り占めして……!!」
そう言うユウキの顔には明確な怒りが見えた。力を合わせて頑張ろうと意気込んでここまできたというのに、肝心なボス戦をこの男に奪われたのだ。しかもこの男の言っている事から考えるに、こいつは俺達が探索していないところをわざわざ選び、ここに辿り着いたに違いない。俺達を利用した挙句に、自分だけ最後のボスと戦って、報酬を奪い取った。
その行為に怒りを覚えぬ者などいやしないだろう。
「それだけじゃねえよ。ボスを倒したら、なんだか変なところに続く道を見つけてな。そこでこんなもんが見つかったんだよ」
そう言ってジェネシスは懐に手を突っ込み、引っこ抜いた。その際に掌に載せられていたのは、白い光を放つ卵型の石。これまで俺達が集めてきた、プレミアのクエストを進行させるためのアイテム、聖石そのものだった。あまりに意外過ぎる登場の仕方に、受け取り担当のプレミアが驚いてみせる。
「聖石……!!」
「あぁ? てめぇって確か、クエストやっても一コルしか渡してこねぇクソモブ……」
直後、ジェネシスの表情が変わった。何かを思い出したかのような反応だった。
「ん? あ、そうか! これがてめぇらがそのモブを連れまわす理由か。クソモブ連れまわして頭イカれてんのかって思ってたのによぉ」
俺達がプレミアのクエストを進めているという情報はその他のプレイヤー達にも伝わっているという話だった。一コルしか渡してこないプレミアを何故連れまわすのかと、皆奇異な目で俺達を見ていたそうだが、ジェネシスもそうだったのだろう。
「てめぇら、他のモブ共から隠れて何やってんだよ? こいつはそんなに大切なものなのか」
「お前には関係ない事だし、そのアイテムはお前が持ってても仕方ないものだよ」
カイムが言うが、ジェネシスは鼻で笑うだけだった。あり程度は読めた反応だ。
「ハッ、そうだろうな。オレが持ってるのはこの一つだけだ。たった一つじゃ意味ねぇだろうな」
ジェネシスは凶悪な目付きになって、俺達を睨み付けてきた。何かを狙っているような眼光に皆が身構える。
「だが、てめぇらが持ってるのと合わせれば、何か起きるのは確実だ。てめぇらのぐだっぷりは見てられねぇ、オレが代わりにそのモブのクエストを進めてやるよ」
プレミアのクエストは未だに内容が理解できていない、正体不明のものだ。けれどそれでも俺達はプレミアと仲良くし、手を取り合ってここまで来た。この男はボス戦を奪い取っただけじゃなく、プレミアさえも奪い取り、クエストを進めていこうとしている。あまりの傍若無人っぷりに皆と驚くが、ジェネシスが本気でやろうとしているのもわかった。
ジェネシスが睨んでいるのを見るなり、アスナがプレミアとジェネシスの間に入り込む。
「そんな事を許せるわけないでしょ! プレミアちゃんはあんたなんかに渡さないわ!」
「んだよ、そいつを守る気かよ」
ジェネシスに返事するように、シノンがアスナの隣に並ぶ。
「そうよ。あんたがプレミアをさらおうとしてるなら、私達が相手になるわ。あんたは随分と自分と使い魔の強さに自信を持ってるみたいだけど……」
「言っておくが、オレっち達はお前が片付けたボスモンスターよりよっぽど強いし、オレっちも本気でお前と戦うゾ。お前でもこれだけの戦力差があるんじゃ、いくらなんでも無謀じゃないカ。まぁ、その聖石を渡してくれるっていうんなら、ここで見逃してやってもいいガ」
ボスの情報を求めて同行したアルゴさえもジェネシスに警告する。ジェネシスの情報は持っていても、本人に向けて何かを言う事はなかったから、アルゴはジェネシスに話しかけるのは初めてだろう。
そのアルゴの言う通りだ。そもそも俺達のレベルは他のプレイヤー達と比べれば高い方で、ジェネシスのレベルよりも少し高く、ステータスの値だって違っている。更に俺達はSAOという本物の戦場、ALOの高難度エリアを突破してきているのだ。
慢心しているつもりはないが、同レベル帯にいるジェネシスとアヌビスの両方くらいならば、ボスモンスターとの戦闘よりも容易に立ち回れるだろう。俺と同じ事を考えているのか、皆も少し余裕のある表情で武器を引き抜かんとしている。
今から俺達と戦うならば、ジェネシスはかなり不利な方だからこそ、アルゴは警告をしたのだ。
しかし当のジェネシスはというと、相変わらず傍若無人といった顔で俺達を見ているだけで、俺達の事を警戒しているような様子は見せていなかった。
「てめぇらがオレに勝つだと? ハッ、本当に頭のめでてぇ連中だな。ここのボスをオレに先に倒されておきながら、オレに勝とうだなんてよ」
「お前とお前のアヌビスの実力は知れてる。お前がどれだけ強かろうと、この数の差を埋められるわけがないだろ」
いち早く剣と盾を抜いたディアベルが言った瞬間、ジェネシスは片手で顔を覆いながら笑い出した。前から何を考えているのかわからない奴だとは思っていたが、いよいよそれが極まってきている。
「大口叩いて笑わせんじゃねぇよ、雑魚モブどもが」
笑いを終えたジェネシスはもう一度手を懐に突っ込んで聖石を仕舞い込み、そのまま引き抜いた。聖石の代わりにその手に持たされているのは、銀色のボディに緑色のラインの入った、鋭角的なフォルムの金属片と思わしきアイテムだ。
見知らぬアイテムの登場に皆の視線が集まった次の瞬間、リランが《声》を発した。
《あ、あれは……!!》
「リラン、どうした!?」
その答えを聞くよりも前に、ジェネシスが言葉を再度発する。
「オレが倒してやったボスから剥ぎ取ってやったものだ。おいモブの救世主。これが何か、 てめぇならわかるよな」
問われた俺は咄嗟に考える。ジェネシスが出しているアイテムは本人の言っている通り、ここのボスを倒した結果手に入ったものだ。所謂ラストアタックボーナスなのだろうが、それは普通は装備品であり、あのような素材的なものではないはず。
「……!」
もう一度考えを巡らせたその時、閃くものがあった。ジェネシスは俺と同じ《ビーストテイマー》だ。そしてここはSAOの基となった設定を持つ世界。俺がSAOで各層のボスを倒した時、ある一定の周期で手に入るものがあった。
もしこの設定がこの世界でも生きているのだとすれば、ジェネシスの持っているモノは――!
「まさか、それは!」
「丁度いい、今から見せてやるよ。アヌビスッ!!」
叫ぶなり、ジェネシスは空高く金属片を投げつけた。次の瞬間、ホバリングしていたアヌビスが急上昇して、宙を舞う金属片を見事に咥えた。何が起こると皆が戸惑ったその時、金属片は見覚えのある白い光の玉へ姿を変え、アヌビスの口の中に吸い込まれるように消えていった。
アヌビスがアイテムを喰った――?
皆が信じられないような顔をしたその時、アヌビスの身体に赤黒い電気がスパークした。スパークはその規模をどんどん大きなものへ変えていき、アヌビスは赤黒い電気の球体となっていく。やがて風の流れがアヌビスを中心にして流れるようになり、球体を作る赤黒い電撃が竜巻状へ変形して、天へ昇る螺旋を描いていく。
禍々しい電撃の嵐に、ジェネシスを除くその場の全員が戸惑いと混乱の声を上げていた。一体何が起ころうとしている――俺がそう言おうとしたその時、禍々しい稲妻の竜巻が爆発した。猛烈な風が地表の俺達を撫で上げ、俺達は吹き飛ばされないようにその場に踏み留まりながら、目を腕で覆う。
そして目を再度戻したその時、俺達は絶句した。
「あ……!!」
俺達とジェネシスの間に、一匹の竜がいた。
それは狼の輪郭を鋭角にしたような顔立ちで、天へ伸びる耳と同化した黄金の角を一対生やしている。全身は美しささえ感じる黒銀の毛並みと、先程俺達が見ていたものをより豪勢にしたような外観となった、漆黒の中に黄金のラインと紋様の走る鎧の甲殻で包み込まれ、鎧の装着された、背中から生える二対の羽毛の翼を羽ばたかせて空を飛んでいる、斬られたような尻尾を生やした黒き狼竜。
その姿に茫然としていると、頭上に《HPバー》と名前が出現する。
《
《
注目を集めるアヌビスはやがて、ゆっくりと地面へと降り立った。どしんという轟音と共に軽い地震のような揺れが起こる。俺でさえも足を取られるような揺れの中、ジェネシスは平然と歩き、かなり興奮した様子でアヌビスへと近付いていく。
恰も神を召喚する事に成功して歓喜しているかのようだ。
「ははははッ、すげぇじゃねえかアヌビス! まさかそこまで変わっちまうとはな!」
「そんな、嘘でしょ、こんなに早く《使い魔》が進化するなんて……!?」
一応同じ《ビーストテイマー》であり、《ドラゴンテイマー》でもあるシリカが信じられないようにアヌビスを見る。
その時だ、見られていないはずのジェネシスの背中から赤黒い光が生じた。ジェネシスの得物である大剣が光を帯びている。
流石に違和感があったのだろう、ジェネシスが大剣を引き抜いた次の瞬間、光は大剣全体を包み込んだ。シルエットになった大剣にジェネシスが首を傾げた直後に光は弾け、中のモノを曝け出させた。
新たな姿となったアヌビスの纏う鎧に近しいデザインで装飾された、象形文字のような金色の文様を走らせる漆黒の大剣。それがジェネシスの手に持たされていた。突然の武器の変形に、リズベットとレインが驚く。
「えぇっ、武器の形が変わった!?」
「まさか、武器まで一緒に進化したっていうの!?」
信じがたい出来事の連続で、皆は混乱しきっていた。だが、その中でわかる事はある。今、ジェネシスの与えたアイテムによってアヌビスは進化し、アヌビスの進化に合わせてジェネシスの持っている武器も進化したのだ。やはりジェネシスの武器はアヌビスの身体の一部であった。だが、まさかそれが切り離されても尚繋がっているだなんて、信じられなかった。
混乱に包まれた俺達を目にしたジェネシスは、さぞかし楽しそうに高笑いする。
「最高じゃねえか! まさかここまですげぇ進化するだなんてよ!!」
「じ、ジェネシス……!!」
相棒の進化した姿に酔いしれるジェネシスの姿は、以前の俺に酷似していた。
ただでさえ頼れる相棒がもっと頼もしい存在になったという好況に歓喜し、昂るものを感じざるを得ないのは、俺もずっと味わってきたものだ。この男も今、その歓喜に包み込まれている。
だがそれはごく短時間で、すぐさまジェネシスはかっと俺達に向き直った。眼光は得物を目にした荒ぶる狩人のそれとなっていた。
「てめぇらモブ如きがオレに勝つなんて事はねぇ。今から証明してやるよ」
ジェネシスが言うなり、禍々しい姿に進化したアヌビスは吼えた。その狙いは目の前にいる俺達。
《ジュエルピーク湖沼群》でのボス戦が、始まった。
――小ネタ――
Q.ユピテルがフィールドにいるんだけど?
A.修復後にユピテルは戦力化。スキルはびっくりもの。詳細は今後。