キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 キリト、あるものと遭遇。




08:《白の竜剣士》との接触

          ◇◇◇

 

 

 シュピーゲルと《SA:O》での出会いを果たした後、俺とシノンはシュピーゲルを連れて皆のところへ行った。シュピーゲルはさぞかし緊張した様子を見せていたけれど、そのシュピーゲルを見るなり、皆は「久しぶり」「どこ行ってた」などと言いながらも、この世界にシュピーゲルがいる事を喜んでくれ、それまでのシュピーゲルの事情をあっさりと飲み込んでくれた。

 

 やはり《SAO》生還者であろうとも、それ以外を排除しようなどと考えないのが皆だ。かなりあっさりとした展開だったけれども、改めて皆をわかってくれたシュピーゲルは同様に喜び、晴れて皆の中に加わる事となったのだった。

 

 だが、問題はその後だ。プレイヤーたちの間で噂になっていて、シュピーゲルが実際に見たという黒服のブルーカーソルの女性プレイヤー。世界そのものから敵視されて、排除されるはずであるのに、逆に向かってくるモノを全て屠っているというそいつの話は、既にアルゴも掴んでおり、詳しい情勢はアルゴによって話される事となった。

 

 それによると、そのプレイヤーはアルゴたち情報屋からも危険視されるくらいに凶暴かつ凶悪で、近付いてその名前を確かめられた者はいないらしい。このため、アルゴでさえも何も掴めておらず、この《SA:O》のどこにもそれに関する詳しい情報は何も存在していないという。

 

 しかしそいつは、凶暴な事で有名なジェネシスさえも超える異常性と凶悪さ、名前さえも掴めないという点を持っている事から、既にジェネシスや俺、ヴェルサのように有名人扱いされているそうだ。

 

 ブルーカーソルになりながらも戦いに明け暮れ、近付くものを高笑いしながら虐殺していくという、あまりに常軌を逸しているプレイヤーなのだから、有名人として扱われるようになるのは不思議な話ではないだろう。

 

 そんな前代未聞のブルーカーソルのプレイヤーの事が事細かくアルゴから話されると、皆のほとんどがそのプレイヤーを怖がるような様子を見せ始めた。

 

 一体何の目的があってそんな事をしているのか。

 どうしてブルーカーソルになってしまったのか。

 

 不明な点はいくつもあるのに、誰一人としてその理由を知りたがろうとはしなかった。情報解析を得意分野としているユイ、リラン、ユピテルさえも。

 

 最終的にアルゴの「女の高笑いがして、近くのモンスターがいなくなっていたら、なるべく早めにその場から離れロ」という対処策が話されたところで、ブルーカーソルのプレイヤーの話は打ち切られた。

 

 俺もそうだったけど、皆も深掘りしたくはなかったのだ。ブルーカーソルになってまで戦いの快楽を求めるプレイヤーの情報なんか、知りたくなかった。

 

 この世界には気を付けるべきプレイヤーもいるから要注意。皆でそう確認し合い、俺たちはその日の集会を終えた。

 

 

 その翌日。俺はリランを連れて《はじまりの街》に出ていた。

 

 俺達には帰る事の出来る家があるし、近くに村もあるけれど、そこにはクエストの確認や受注、情報収集や武器のメンテナンスをするだけの機能はない。クエストを探したり、攻略の準備をするには、結局《はじまりの街》に寄るしかなかったのだ。

 

 あの家と近くにある村は辺境の地だから、これはそこに住まう俺たちの問題。運営や開発に文句を言ったりせず、素直に《はじまりの街》へ向かっているのだった。

 

 

 辿り着いたはじまりの街は相も変わらず多くのプレイヤーで賑わっていた。ここはそもそもこの《SA:O》で最も大規模な街であり、冒険や攻略の必需品が揃っている商店街がある。

 

 そしてアスナとユピテルの住まう家もある居住区もあり、そこに家を構えているプレイヤーの数も日に日に増えてきている。

 

 そういった事もあってか、この街はいつだって賑わっているのだ。街が喧騒で包まれているのなど日常茶飯事みたいなものだから、反応する必要もないくらいだった。

 

 そのいつもどおりの《はじまりの街》、奥に黒鉄宮のある転移門エリアから、商店街エリアの大宿屋付近に立ち寄った時だ。大宿屋前の広場にある掲示板でウインドウを操作している人影を見つけた。二人で揃ってその姿を凝視する。

 

 耳を隠すくらいの長さの金髪の上から茶色いフードを被り、腹部を露出させた軽装を纏う、頬に赤い猫髭のような模様を入れている女性。俺たちの中で最も情報通で、実際に攻略も進めてくれている、《SAO》の時からの仲間であるアルゴだった。

 

 掲示板の前でウインドウを操作しているアルゴは、周りの喧騒などどこ吹く風と言わんばかりに夢中になっているようだった。きっとクエストの情報を集めているのだろう。いかにも情報屋らしい事をしているなとリランと言い合い、ゆっくりと近付いていく。

 

 

「んナ? おい、二人とモ」

 

 

 距離があと十メートルほどになったその時だ、アルゴはくいっとその顔を俺とリランに向けてきたものだから、二人でぎょっとしてしまった。アルゴはウインドウ操作をやめて、得意気な笑みを浮かべて俺達の許へやって来た。

 

 

「この距離で気付いたのかよ、アルゴ」

 

「勿論ダ。オレっちをなんだと思ってるんだヨ」

 

「流石は情報屋と言ったところか。あの距離で仲間に気付けるのは我くらいだったというのに」

 

 

 アルゴは「ニャハハ」と不敵に笑う。いつの間にかアルゴの感覚スキルはリランに負けず劣らずの段階にまで達していたらしい。アルゴ曰く情報屋はいつだってライバルだらけで、情報の仕入れと売りの戦いの日々だと言っていた。同業者(ライバル)を出し抜くにはそれくらいのものが必要なんだろう。

 

 

「キー坊、お前から来てくれてよかったヨ。共有したい情報があったんダ」

 

「共有したい? 売りたいんじゃなくてか」

 

「そうダ。リランもそうだし、他の皆にも共有するつもりだったんだヨ」

 

 

 普段はかなりの金額(コル)と引き換えに情報を与えてくれるアルゴは、金額の事を取り上げずに話を始めた。

 

 なんでも、俺達と同じくらいのペースで攻略を進めていたプレイヤー達が《ジュエルピーク湖沼群》の最奥と思わしき場所に到達したそうだ。如何にも遥か昔に作られた神殿のような外装のそこには当然のごとくボスが居て、そのプレイヤー達は交戦。見事にボスを倒す事に成功したというのだ。

 

 いつもならば俺達が一番最初にエリアボスのところへ辿り着いて、討ち倒し、次のエリアに進むものだが、どうやら今回は先を越されてしまったらしい。いつも一番乗りで次のエリアを開放してきたものだから、それを先取りされてしまったのには、若干の悔しさを感じた。

 

 

「俺達より先に攻略しちまったパーティが居たのか。まぁ、よくある事だけどさ」

 

 

 リランが感心したような顔をする。あまり悔しそうな様子はない。

 

 

「しかし、そのパーティは随分とやり手だったようだな。下調べもせずにいきなりボスに挑んで、ボスを倒してみせたのだろう」

 

「そうだヨ。何せそのパーティの中心にいたのハ……」

 

 

 アルゴが言いかけると、大宿屋の方から一際大きな喧騒が聞こえてきた。まるで歓声が上がっているかのようだ。誘われるように目をやると、比較的大きい人だかりができているのが見えた。

 

 《ALO》の《スヴァルト・アールヴヘイム》で見た、セブンのクラスタたちの集いのようなもの。誰か一人を中心にして外野が集まっているという光景。だが、セブンの時よりかは比較的小規模に見えるそれを、俺達は既に目にしていた。

 

 

「あれは……」

 

 

 呟いた直後、人だかりを作る男の一人が声を上げた。

 

 

「すごいよヴェルサちゃん! まさかあんな小規模のパーティでボスに勝っちゃうなんて!」

 

「やっぱヴェルサちゃんは強いなぁ! これからは攻略を進める時は言ってくれよ。なんでも手伝ってあげるからさ!」

 

 

 男達の言葉を聞いた瞬間、やはりなと思った。この《SA:O》にも《ALO》のセブンのようなアイドルがいる。男達はそのアイドルがここにいる事を、或いはそのアイドルが大きな事をしたというのを聞いて、ここに集まってきていたのだ。

 

 そしてそのアイドルの姿は、俺達の位置からも男達の間から、ちらちらと見えていた。

 

 

 非常に長い垂のある白い猫耳の帽子を被って、垂をマフラーのように首に巻いて顔を目元以外隠している。身体の側面を露出したコート状の軽装を纏い、セミロング未満ショートヘア以上の長さの青みがかった黒髪が特徴的な少女。

 

 

 一見可憐な少女といった出で立ちだが、その見た目からはあまり想像できないくらいのプレイヤースキルを持ち合わせ、尚且つ俺のリラン、ジェネシスのアヌビスと同様にドラゴンを操っていて、自身のプレイヤースキルを献身的に使い、各地に赴いては攻略に難儀するプレイヤー達を助けて廻っているプレイヤー。

 

 その行動と中身と外観の白さから《白の竜剣士》と呼ばれて慕われている、名を《ヴェルサ》というあの少女こそが、この世界のアイドルだ。

 

 

「なるほどな。そのボスを倒したっていうのは、あのヴェルサのチームか」

 

「そういう事ダ。あのヴェルサに協力してもらったチームが、ボスを倒したんだヨ。納得だロ」

 

 

 思わずリランと一緒に頷く。

 

 ヴェルサのプレイヤーとしての力量がどれくらいなのか、テイムしているドラゴンがどのようなものなのかは、俺自身まだ知らない。

 

 しかし、ヴェルサはこれだけの集まりを作るくらいに慕われていて、尚且つ男達もアルゴもボスを倒したと言っている。きっとその実力は俺やジェネシスに充分匹敵しているのだろう。

 

 だからこそヴェルサは、これだけの騒ぎを起こしているのだろう。そんな事を考えていると、人だかりの奥からはっきりとした声が聞こえてきた。

 

 

「勝てたのは皆のおかげだよ。皆があたしと一緒に力を合わせてくれたから勝てたんだ。だから皆で喜ぼうよ!」

 

 

 声の主はヴェルサだった。俺でも可愛さを感じる――それでもシノンには及ばないが――くらいのその声色によって、男達が一斉に盛り上がる。

 

 その様子を目にしたリランが溜息を吐いた。……耳を少し倒して。

 

 

「献身的とは聞いていたが……あれは周りに媚を売ってるのではないか」

 

 

 確かにリランの言う通り、ヴェルサの態度と声色は、周りの男達に媚を売っているように見えなくもない。しかし、ヴェルサ自身を見てみればそんな感じは全然なく、寧ろ自然体で振舞っているように感じられる。演技しているような不自然さもない。

 

 あれがヴェルサの素であり、地声なのだろう。その部分もまた、ヴェルサをアイドルに仕立て上げているのだろう。俺と同じ事を考えたのか、アルゴがリランに返事する。

 

 

「そういうふうに見えるかもしれないけど、彼女はそんな事ないみたいだゾ。本物の性格と本物の実力でプレイヤー達を助けてル。だからアイドルなのサ」

 

 

 リランが腑に落ちないような様子で「そうか……」と呟いた直後、自然体で男達を喜ばせていたヴェルサが、リランのような気難しそうな顔をした。

 

 

「けれど、なんか嫌だなぁ。これで皆との楽しい時間はお(しま)いだなんて。もっともっとステージもボスもいると思ってたのに」

 

「そうだよな。このゲームはクローズドベータテストだから、限界があったのかもしれないな」

 

 

 ヴェルサに応えるように、周りのプレイヤー達が「残念だ」「これで終わりなんて」などといった声を上げ始める。いかにも残念そうな様子だが、何の事を言っているのか、察する事さえもできない。

 

 

「これで終わりって、何を言ってるんだ」

 

「そう、ここからが本題ダ、キー坊」

 

「え?」

 

 

 きょとんとする俺にアルゴは話してくれた。ヴェルサとそのチームメンバーは、確かにボスを討伐する事に成功した。しかし、その後何も起きなかったというのだ。

 

 普通ならばそこで次のエリアが解放されるなどのイベントが起こるはずなのに、何一つ変わった出来事はなかった。だからこそ、彼女達は落胆しているらしい。

 

 

「何も起きなかったって……なんだそれ」

 

「いつまで経っても新しいエリアが解放されないんだヨ。だから、オレっち達が遊べるエリアはここまでっていう、ベータテストの制限がされてるんじゃないかって話になってるんダ」

 

 

 俺は咄嗟に《SAO》のベータテストをやった時の事を思い出す。

 

 確かにあの時も、登っていける層や扱える武器やアイテムなどに明確な制限が存在していた。この《SA:O》はその時と――クローズドではあるという違いはあるけれども――同じベータテストだから、そういった制限があったとしても不思議ではないだろう。

 

 

 

「クローズドベータテストの制限……って事はこれで終わりなのか、アルゴ」

 

「キー坊の方こそどう考えてるんだヨ。まぁ、言うまでもないとは思うけド」

 

 

 流石《SAO》の時から俺を見ているアルゴだ。俺の様子だけで考えが分かるらしい。

 

 確かに、今の《SA:O》にはきっと限界はあるだろう。だとしてもここで終わりはあまりに早すぎる気がする。《SAO》のベータテストの時には制限のエリアに到達するまで現段階以上のボリュームがあり、ベータテストの時点でも長期間楽しむ事が出来た。その《SAO》を元にしているはずの《SA:O》のベータテストがこんなに早く制限が来るなど、あまり考えられない。

 

 今攻略している者達が詰まっているのは、《SA:O》のクローズドベータテストの制限に引っかかってるんじゃなく、何かしらの仕掛けに引っかかっているのかもしれない。

 

 ヴェルサ達も調べていないようなエリアやフィールドを隈なく探し、調べ尽くしてみれば、その仕掛けを解くためのヒント、もしくは答えそのものに辿り着ける可能性がある。

 

 俺達の遊んでいる《SA:O》は、こんな早く制限の来るゲームではないはずだ。その事を話すと、アルゴはもう一度「ニャハハハ」と笑って見せた。

 

 

「そうだナ。キー坊の言う通り、《SA:O》のベータテストはこの程度で終わるようなゲームじゃなイ。新エリアが解放されないのはクローズドベータテストの制限のせいなのか、調べ尽くしてみるヨ。探索エリアマップの拡大も含めてナ」

 

「それに、お前には我の翼があるぞキリト。陸続きで見つけられないものがあるならば、空から探してみるのも大いにありだろう」

 

 

 強気な笑みのリランに頷く。これは《ビーストテイマー》の中の一部の一部、《ドラゴンテイマー》に限られた特権だから、奥の手と言えるものだけれど、本当に陸を調べ尽くしてわからなかったら、リランの翼で空に飛び上がる方法がある。

 

 空からならば開放しているエリアを多角から見下ろせるから、普通に歩いて探索しているだけでは見つけられないようなものも見つけられる事がある。俺達が見つけ出した家のある一帯のように。

 

 けれどそれは最後の方法。その方法を使う以外でも見つけられる、俺達にできる事はあるはずだ。これまで以上に注意深く、フィールドを隅々まで調べ尽くし、本当にクローズドベータテストがここで限界なのか、真実を見つけ出すのだ。

 

 皆へ伝える作戦を頭の中で考えつつ、俺は二人に言った。

 

 

「わかった。ひとまずアルゴ、お前は引き続き、俺達と一緒に探索を続けてくれ。リランも《使い魔》での感覚を頼りにして、見つけそびれてるものがないか探してみようぜ」

 

「アイアイサー。探索はオレっちに任せてくレ」

 

「了解した。我もこれで《SA:O》が終わりとは、納得できぬ」

 

 

 そう答えた二人はかなりワクワクとした様子だった。この世界にはまだまだ俺達が見つけられていないもので溢れかえっている。その全てを見つけ出し、暴き尽くすまで、俺達の攻略と冒険は終わる事はないだろう。俺達を待ち受けているものは数多いに違いない。

 

 それの一番最初を想像しようとしたその時だ。複数の気配が近付いてくるのが感じられた。

 

 

 ヴェルサを中心とした集団が俺達へと近付いてきている。周りを囲む数多くの男女のプレイヤー達はヴェルサに気を取られ、俺達やその他のプレイヤーには気付いてないらしい。

 

 このままでは俺達はあの集団に呑み込まれてぶつかりまくってしまいそうだ。

 

 

「おっと、アイドルさんがお通りだな。俺達は邪魔か」

 

「いーやキー坊。これはチャンスだゾ」

 

「え?」

 

「お前はジェネシスと顔を合わせたけど、まだヴェルサに顔合わせしてないじゃないカ。この機会に知り合っておけヨ」

 

 

 悪評が多い事で《黒の竜剣士》として有名になっているジェネシス。

 

 その真逆の評判を持っている事で、アイドル的に慕われている《白の竜剣士》ヴェルサ。

 

 ジェネシスとは既に嫌な形で知り合い、《黒の竜剣士》同士としてお互いをライバル視するようになっているような有様だが、ヴェルサは違う。

 

 ヴェルサも俺も顔を合わせた事もなければ、話をし合った事だってない。話しかけてみれば普通に応じるはずだ。

 

 それに前から考えていた事ではあるけれど、ヴェルサは《白の竜剣士》の二つ名をもらうほどの相当な実力者だ。俺達の攻略に誘い込めれば、大きな存在となってくれるに違いないだろう。

 

 向こうから来ているならば、このチャンスは活かすべきだ。

 

 あれこれ考えていると、ヴェルサの集団は俺達のすぐ傍まで来た。その時だ、ヴェルサの取り巻きのようになっていた男性プレイヤーの一人と目が合った。

 

 

「って、あれ。あんたは……あんたって確か!」

 

 

 男性プレイヤーを皮切りにして集団は動きを止めて、ほぼ全員が一斉に俺に向き直る。大勢の注目を浴びるという、あまり得意ではない光景を目にして冷や汗が出たが、幸いにも冷や汗は服の中で流れてくれた。

 

 そんな俺を横目に、違う男が周りに声をかけ始める。

 

 

「この人って確か……えと、誰だったっけ」

 

「黒いコートと二本の剣を装備してるって事は、ジェネシスと同じ《黒の竜剣士》の人だよな?」

 

「そうだ! NPCを守って戦ってる《黒の竜剣士》だ! 白い竜に乗ってるあの人だ!」

 

 

 集団は一斉に話題をヴェルサから俺へと移して騒ぎ始めた。アルゴによると、それまで《黒の竜剣士》と言えばジェネシスという風潮は最近変わり始め、俺を《黒の竜剣士キリト》と呼ぶプレイヤーが増えてきているらしい。

 

 俺はプレミアやその他のNPCを守りつつ、皆と一緒に攻略を進めているけど、そんな事をしているのは俺と俺の仲間達だけだった。そのためか、俺の姿は他のプレイヤー達にとってかなりのインパクトがあったのだろう。

 

 NPCを守って戦う、白き竜を操る黒ずくめの《ビーストテイマー》として、その名を広め始めたというのだ。

 

 《SAO》ではあまりに特徴だらけだったからそう呼ばれていたけれど、《SAO》生還者がそんなにいない《SA:O》ではそんな事は起きないだろうとは思っていた。

 

 だが、周りのプレイヤー達はまた俺の事を《黒の竜剣士》と呼び始めている。

 

 

「まさかここで良い方の《黒の竜剣士》と会えるなんてな!」

 

「本当に黒ずくめなんだなぁ。けど何だろ、ジェネシスとは全然違うよ。なんか雰囲気が全体的に違ってる」

 

「そりゃあそうだよ。もう一人の《黒の竜剣士》はすごく良い奴なんだからさ」

 

 

 プレイヤー達の間で起こる会話を聞くなり、アルゴもリランもにへらと笑ってくる。如何にも「すっかり評判になっちゃって」とからかっている様子だ。

 

 実際周りのプレイヤー達から《黒の竜剣士》と呼ばれるたびに、胸の中に恥ずかしさにも似たくすぐったさを感じる。

 

 これがヴェルサやジェネシス――あいつまでそうなのかはわからないけど――が感じているものなのだろうか。

 

 

「黒の……竜剣士?」

 

「そうだよヴェルサちゃん。ヴェルサちゃんも知ってるだろ、キリトっていうNPCを守って戦う黒ずくめの《ビーストテイマー》の事」

 

 

 周りがここまで騒ぎ始めたのだから、それまでその中心にいたヴェルサが喰い付かないわけがない。ヴェルサの動きと望みを察知したのか、プレイヤー達は集団を崩してヴェルサの視線の中から退き、俺とヴェルサがしっかりと見合える場を作り上げた。結果として俺とヴェルサの視線が合わされる。

 

 

「……!」

 

 

 その姿を俺はまじまじと見つめていた。遠くから見てもわかるように、ヴェルサの服装と体型は特徴的だった。

 

 全体的にユウキくらいに小柄で、身体の側面を露出した白いコート状の軽装の上から胸当てを付け、紺色のスカートを履いている。

 

 その頭を見れば、非常に長い垂のある、デフォルメされた猫の顔が描かれた猫耳帽子を被っていて、垂をマフラーのように巻く事で顔の下半分がすっぽりと隠しているのが即座に目についた。しかし、帽子で隠されていても、髪の毛が少し青みがかった黒色で、長さがセミロング未満のショート以上の長さだというのはわかった。

 

 同時にその瞳が深緑の混ざる青であったというのも確認できる。

 

 

「……」

 

 

 ヴェルサは実力と行動、そして外観の可愛さから評判だったが、この可愛さの部分がずっと疑問だった。もしかしたらそんなに可愛いわけでもないんじゃないか。周りのプレイヤー達がそう思っているだけで、現実は違うんじゃないか。

 

 しかし、それは俺の思い違いだった。ヴェルサの外観は可愛い方に入るだろう。その可愛らしいヴェルサに、俺は声を掛けた。

 

 

「えぇっと、君が噂に聞くヴェルサか。こうして会うのは初めてだったよな」

 

「……キリト」

 

「えっ」

 

 

 ヴェルサに呼ばれた瞬間、俺は目を見開いてしまった。だが、すぐにそんな事をする必要はなかったと自覚する。

 

 アルゴの言っている通り、《黒の竜剣士》の二つ名で俺の名前と存在はプレイヤー達の間に流れていた。日頃から多くのプレイヤー達と接しているであろうヴェルサも、その話をさぞかしたくさん聞いていたに違いない。

 

 初対面でも俺を呼べても不思議ではないのだ。

 

 

「あぁそうそう。もう聞いてると思うけど、俺はキリトだ。君と同じで攻略を進めてるし、同じ《ビーストテイマー》だよ。名前は知ってたんだな」

 

「……」

 

「話は聞いたよ、今攻略中のフィールドのボスを一発目で倒したんだって? そんな事はそうそう出来る事じゃないから、君は評判通りにすごいプレイヤーらしいな」

 

「……」

 

「えと、えぇっと……君の話はよく聞いてたけど、君も俺と同じ《ドラゴンテイマー》なんだってな。どういう奴をテイムしてるんだっけか」

 

「……」

 

 

 ヴェルサはじっと黙ったまま俺の事を見ている一方だった。顔が隠れているせいで表情を伺う事は出来ない。

 

 アルゴとリランの二人を含めた周りのプレイヤー達はきょとんとした様子で俺達を見ているばかりで、会話に参加しようとしてくれなかった。あまりに俺が一方的に喋っているものだから、俺が言葉を途切れさせればすぐさま沈黙が満ちる。

 

 ヴェルサは周りを囲むプレイヤー達に対してあんなに明るく振舞い、喋っていた。だから俺と会った時にも同様の反応をするとばかり思っていた。

 

 人見知りの人は、知らない人物に話しかけられると言動が滞ったりするという話をイリスから聞いた事があるけれど、もしかしたらヴェルサは実はそうだったのだろうか。

 

それとも俺があのジェネシスと同じ《黒の竜剣士》の二つ名を持っているから、警戒しているのか。

 

 推測――おおよそ邪推だろう――しながら、俺は何とか言葉をヴェルサにかける。

 

 

「えっと……確かに俺も《黒の竜剣士》だなんて呼ばれてるけど、ジェネシスみたいじゃないって言えるよ」

 

「……わかるよ。キリトはあんなのとは違う。知ってるよ、あたし」

 

 

 ヴェルサはようやく口を開けてくれた。どうやら俺の事をジェネシスのように思って警戒していたわけではなかったらしい。だが、ヴェルサはそのまま俺に安堵をさせてはくれなかった。

 

 ヴェルサは急に俯き、本当に顔を隠してしまったのだ。

 

 

「だってキリトは……キリト……は……」

 

「え?」

 

 

 俺はヴェルサの両手に目を向けた。ぴんと地面に向けられているヴェルサの両手はぶるぶると震えている。何かに触りたい、何かを掴みたいという欲求を我慢しているようにも、何かしらの衝動を抑え込んでいるようだ。

 

 日頃ヴェルサを見ているけれども、これは未知の有り様だったのだろう、ヴェルサを目にしたプレイヤー達が心配するような声を上げ始める。

 

 

「え、ヴェルサちゃん、どうした」

 

「ヴェルサちゃん?」

 

 

 数人に声を掛けられたその時、ヴェルサは蠢いているような両腕を咄嗟に身体の後ろに突っ込んだ。見られたくないものを隠すような動作に、俺も皆と一緒に驚くと、ヴェルサはすっと顔を上げた。

 

 

「キリト、会いたかった」

 

「へっ?」

 

「あたし、前からキリトの事は知ってたし、ずっとキリトに会いたかったんだ。こうして会えて、すごく嬉しいよ」

 

「え?」

 

 

 ヴェルサの表情は変わっていなかったが、目元を見る事で、笑っている事がわかった。

 

 

「それにキリトが特別だって事も、あたしは知ってるんだ。他の人と違う、特別な人がキリト。だから、こうして会えて本当に良かった」

 

 

 きっと俺は今、目を丸くしているだろう。それくらいにヴェルサの話は唐突だった。

 

 ヴェルサは随分と俺を特別視しているようだ。確かにそう思えるような行動をとってこなかったわけではないけれども、ヴェルサという有名人からもそう思われるような事だったのだろうか。

 

 それに、そもそもヴェルサの様子が変に感じる。ヴェルサはさっきまで周囲のプレイヤーと気軽に話していたというのに、俺と出会ってから急にぎこちないような、何かを抑え込んでいるような感じになってしまっている。

 

 一方で、本当に求めていた相手と巡り会えた事を喜んでいるかのようにも見えなくもない。いずれにしても、ヴェルサの気持ちや意図は読めそうになかった。

 

 

「そ、そっか。それなら俺も嬉しいよ。俺に会いたいなんて言うプレイヤーはそんなに居なかったからさ」

 

 

 ヴェルサは再び視線を落とした。今度は何を言い出すつもりなのだろうかと思わず身構える。

 

 

「でもごめん。あたしはきっとキリトからパーティの誘いを受けても、組めそうにない。あたしはいっぱい組む人がいるからさ。それに、これからも行かなきゃいけないところあるから」

 

「え? いやいや、俺は別に君をスカウトしようとしてるわけじゃ――」

 

「ごめんキリト、また今度。また今度ね」

 

 

 俺の言葉をほとんど聞かず、ヴェルサは駆け足で離れていった。ヴェルサをかこっていたプレイヤー達もどうしたどうしたと言いながら、その後を追っていき、俺達から離れていってしまった。

 

 一帯の状況はヴェルサが俺達のところへ来る前に戻った。アルゴとリランはずっときょとんとしたまま、過ぎ去っていくヴェルサの後ろ姿と俺を交互に見ていた。

 

 

「キー坊……お前ヴェルサに特別な人って言われてるゾ。オレっち達が見てない間に何かしたのカ?」

 

「いやいや、何も知らない。ヴェルサとは今ので初対面だった……はずなんだけど」

 

「それにヴェルサ、お前と話した途端に様子が変になったゾ。お前、本当に心当たりないのカ?」

 

 

 そう言われても、俺は答えようがない。俺はヴェルサと知り合ったのは今が最初だ。何故ヴェルサにあのようになられたのか問われたところで、答えられるわけがなかった。

 

 アルゴへの返事に困っていたその時、リランが如何にも気難しそうな顔をして、ヴェルサの消えていった方を見つめた。

 

 

「お前に憧れてたとか、そういう事か?」

 

「憧れ?」

 

「気付かなかったか? あいつは二本の剣を背中に携えていた。お前と同じ二刀流だったぞ」

 

 

 リランに言われて、俺は咄嗟にヴェルサの容姿を思い出す。そういえばヴェルサの背中には俺と同様に二本の剣が装備されていた。この世界では《二刀流》スキルは特別なものではないから誰もが使用できる。現にレインもそうだ。

 

 だが、まさか噂に聞くヴェルサまでも二刀流使いとは。おまけに俺と同じ《ビーストテイマー》で《ドラゴンテイマー》なのだから、共通点の多さに驚くしかない。

 

 

「そういえばそうだったな。彼女も二刀流か」

 

「そうだ。お前とあいつは同じ二刀流使いで、挙句《ビーストテイマー》同士だ。あいつはお前を憧れの対象としていたから、あんな様子になったのではないか」

 

 

 確かに、自分が憧れに思っている人物に会ったりすると、緊張するというのはわかる。俺の知らないところでヴェルサは俺を憧れとしていたから、いざ俺と出会ったそこで、あんな反応を取ってしまったのかもしれないというのも、わかる気がした。

 

 

「俺、ヴェルサに憧れられてたのか」

 

「別に悪い気はしないだろう。それに、我らとあいつの攻略の調子はほとんど同じだから、今後も出会う事はあるだろう。その時話を聞いてみるのもありかもしれぬぞ」

 

 

 リランは俺よりも嬉しそう様子だった。主人である俺が周囲から良く思われている事を嬉しく思ってくれているのだろう。

 

 そのリランの言う通り、俺達はきっとこれからもヴェルサと接触する事があるだろうし、ヴェルサは俺に憧れている可能性がある。ならばヴェルサと仲良くなる事も出来るだろうし、もしかしたらそのうち、ヴェルサを俺達のパーティに加える事も出来るかもしれない。

 

 その時は詳しく話を聞きたいし、なんだかヴェルサの事が知りたい。

 

 俺はそう思って、《SA:O》のアイドルが向かっていった方角を見ていた。

 

 


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