キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

307 / 565
02:見つけられた安住の場所

          ◇◇◇

 

 

 

 様々な国や文化で織りなされるこの大地には大昔、《聖大樹》と呼ばれる二本の巨木があり、そこにそれぞれ二人の巫女が仕えていた。

 

 《聖大樹》とその巫女による恵みがもたらされる事によって、文化の異なる国々やそこに住まう住人達は争う事なく暮らしていたが、ある時エルフ族同士による戦争が起きてしまった。

 

 戦争はその大きさを徐々に拡大させていき、エルフ族以外の種族や国を巻き込むほどとなった。混沌そのものと化し、世界を飲み込まんとする戦争を終わらせる事を決めた二人の巫女は《聖大樹》へ祈りを捧げ、大地を円形状に切り離し、空へと浮かばせた。

 

 浮かび上がった大地は集まって形を形成していき、やがて一つの城の形をとった。

 

 

 それこそが、《浮遊城アインクラッド》である。

 

 

「……っていうのが、あのアインクラッドの舞台設定と、《大地切断》の話だよ」

 

 

 そこまで言って、俺は説明を終えた。

 

 今俺達のいる場所は《はじまりの街》の大宿屋の一室。そこで皆と集まって収集した情報の交換会を行っていた。プレミアのクエストに関連する情報を集めた皆と話し合っている途中で、SAOに途中参加したリーファとシノン、ユウキの三人が、「そもそもアイングラウンドの設定はどうなっているのか」「アインクラッドと似たような名前である意味とは何か」と尋ねてきた。

 

 そこで俺は、このアイングラウンドとアインクラッドの繋がり、その世界観の繋がりを話したのだ。最後まで話したところで、三人はよく理解してくれたような表情で何度か頷いていた。

 

 

「そういう事だったんだね。アイングラウンドからアインクラッドが生まれたんだ」

 

 

 頷くリーファに同じく、俺もまた頷いてやる。SAO開始当時はゲームというものに全く興味を示していなかったのがリーファだから、SAOの設定も新鮮に感じられるのだろう。

 

 

「そうだ。だからアインクラッドと似てる部分があるんだよ、このアイングラウンドにはね」

 

「それにしても、二人の巫女と《聖大樹》か。今のところそれっぽいものは見つかってないわよね。アインクラッドの大地切断が行われた場所がここアイングラウンドなのだから、そういうものがあっても良さそうな気がするのだけれど」

 

 

 そう言うシノンの言葉もわからなくない。

 

 俺達は既にリューストリア大草原、オルドローブ大森林、そしてジュエルピーク湖沼群まで攻略を進めているけれども、それらは全てアインクラッドでは見られなかったもので溢れかえっており、懐かしさを感じさせるものはほとんどないのだ。

 

 シノンの言っている通り、見た事のあるものと言えばこの《はじまりの街》の有様(ありよう)くらいで、その他は新鮮なものばかりだった。現に今でも《聖大樹》と思わしきものもみつかっていなければ、それに関連するイベントだって見つけられていない。

 

 

「それはこれから実装される予定なんじゃないの。確か前に、セブンがグランドクエストがどうとか言ってたじゃない」

 

「そうですね。もしかしたらセブンちゃんの言ってたグランドクエストが、《大地切断》とか《聖大樹》に関連するものなのかもしれませんね」

 

 

 リズベットとシリカが言うなり、周りが納得したように頷く。

 

 以前プレミアの事を話した時、セブンはうっかりという形で、《SA:O》の正式サービス開始時に実装されるイベントクエストである《グランドクエスト》の存在を漏らした。その内容こそは漏らされなかったけれども、実装される事だけは確かなモノ。

 

 その話を聞いた時から俺も考えていたのだが、この《グランドクエスト》こそがアインクラッド誕生に関わる、《聖大樹》と二人の巫女のクエストになるのだろう。《大地切断》はそれだけ大きなイベントと言えるものなのだから。

 

 そこで誰より早く反応を示したのが、情報収集のリーダーを務めていた騎士、ディアベルだった。

 

 

「それと今回集まった情報は、何か関係しているのかな。なんだか似たようなキーワードを含んだ情報がかなり集まってるぜ」

 

 

 《聖大樹》、《二人の巫女》、《大地切断》。グランドクエストにかかわってくるであろうアインクラッド創世時に登場する言葉に関係しているような言葉がここに集まっていた。

 

 ディアベルやカイム、アスナといった情報収集にあたっていた者達が集めてきた情報はいくつかある。一つはこれまで立ち寄ってきた神殿についてだ。エリアボスを倒した先には必ずと言っていいほど神殿があり、その中に光を放つ卵型の石が安置されていた。

 

 石を手に入れた後ではあるものの、ここの調査に改めてあたってみたところ、この神殿は《石祀の神殿》という名であり、安置されていた卵型の石はなんでも、女神より授かりし力の象徴の一つである《聖石》であるというのだ。

 

 更に、続けてリズベット達が開示してきた情報によると、フィールドの一部にあった村の宿屋に伝承が残されていて、遥か昔に女神が人々のために自らの力の一部として地上へ送ったものが《聖石》であり、かつてはそれを巡って戦争が起きていたという。

 

 その戦争を防ぐために、五つ存在する《聖石》は各地の神殿の最奥部に封印された――というのが、仲間達の集めてきた情報の全てだった。

 

 

「ディアベルの言う通りだね。女神とか《聖石》とか、神話みたいな話が出てきてる。アインクラッドの創世神話とはまた違う話みたいに感じるけれど、似てるように感じられる」

 

 

 腕組をしながらカイムが言うと、皆が俺の隣に座っているプレミアに目を向ける。

 

 確かにここまで集まっている情報の数々は女神や《聖石》、《石祀の神殿》といった、何かしらの神話に関係しているようなキーワードを含んだものばかりだ。

 

 そしてその《聖石》に導かれるようにして神殿へ向かい、実際に《聖石》を手に入れているのがプレミアだから、この神話のようなものとプレミアが何か関係しているように感じられるのは自然な事だった。

 

 

「もしかしてプレミアちゃん、その女神様の末裔とかそういうものじゃないかな」

 

「或いは女神そのものか……キリトの言っていた《大地切断》とも関係があるのではないか」

 

 

 探求心に満ちた顔をするフィリアと、いつもの冷静さを崩さないリランが呟くように言うと、周りの仲間達が「プレミアが《大地切断》を起こす?」「プレミアが巫女?」などの声を上げ始めた。

 

 確かにディアベルとカイム、その他の皆が集めてきた情報の数々はプレミアのクエストとも合致しているように思えるし、アイングラウンドに伝わる神話とも繋がっているようにも見える。特に《聖石》と女神というのが、かなりつながっているように思える。

 

 だが、その神話とアインクラッド創世神話はまた違う話であり、女神が《聖大樹》の巫女であるという記述も設定の中には存在してない。

 

 仮にアインクラッド創世神話である《大地切断》に関連するクエストがあったのだとすれば、それこそまさにグランドクエストと呼べるものとなっているはずだ。

 

 そのグランドクエストがベータテストに実装されるなどありえないし、そもそも開発者の一人であるセブンが「ベータテストにグランドクエストは実装されない」と言っていたのだから、間違いない。

 

 

「いやいや、プレミアが《大地切断》に関わる巫女とか、そういうのはないと思うぜ。もし本当に巫女、プレミアのクエストは《聖大樹》とかに関わるグランドクエストになるはずだ」

 

「けれどグランドクエストは、サービスが正式に開始されるまで実装されないんでしょ。プレミアのクエストはあくまで神話と話が似てるだけなんじゃない」

 

 

 俺とシノンで言うと、皆の声が「確かに」「神話とプレミアとは無関係か」という声に変わっていった。

 

 皆の集めてきた情報に間違いはないだろうし、プレミアが手に入れている石も、アイングラウンドの伝承に伝わる《聖石》なのだろうが、《大地切断》や二人の巫女と関係があるようには思えない。プレミアと《大地切断》を結び付けるのは気が早いといったところだろう。

 

 

「《聖大樹》……? 大樹……大樹……樹……」

 

 

 その時、ふと耳元に届いてきた声の発生源に目をやる。プレミアだったが、何かを探しているかのような、もしくは何かを思い出そうとしているかのような表情をしていた。その顔のまま、《聖大樹》と()という言葉を繰り返している。

 

 

「プレミア、どうかしたのか」

 

「……!」

 

 

 急にプレミアは立ち上がった。その頭上にクエスト発生を示す《!》マークが出現している。大分前に見て以降だったマークの姿に皆で少し驚き、リーファが大きめの声を出す。

 

 

「これってクエスト? プレミアちゃん、何か引っかかるものがあったの?」

 

 

 立ち上がっているプレミアはゆっくりと頭を動かし、顔を俺の方へ向けてきた。その時、俺が一番プレミアに近しい位置にいるという事に気づいた。

 

 

「プレミア?」

 

「キリト、連れていってほしいところがあります」

 

 

 少し機械的な喋り方でプレミアは言った。間違いなく、これまで進めてきたときと同様にクエストが発生している。だが、具体的な位置を教えてもらわなければどこにも行けそうにないというのも変わっていない。

 

 

「そこはどの辺りか、わかるか」

 

「ジュエルピーク湖沼群……北……北です」

 

 

 ジュエルピーク湖沼群の攻略はまだ序盤であり、今現在は地形に沿って西を目指して進んでいる。攻略に使っているルートは西に向かうものだから、西に進んでいけばエリアの最奥部に行けるのだろうが、北に進んだところにプレミアが行きたがっているのだから、そこになにかがあるのも確かだ。

 

 

「ジュエルピーク湖沼群の北か。攻略は西に向かってるけど、外れてみろって事か?」

 

 

 その時俺はある話を思い出す。この前のイリスから秘密裏に近い形で教えてもらった情報だ。

 

 確かあの時イリスは、オルドローブ大森林の次のエリアの、北に向かってみろと言っていた。

 

 そして今、プレミアもまたジュエルピーク湖沼群の北へと言っているのだから、やはり北になにかがあるのだろう。

 

 どうしてイリスが前以(まえもっ)てそれを知っていたのかというのも気になるが、今はプレミアのクエストを進めるのが先決だ。

 

 

「ジュエルピーク湖沼群北……そこへプレミアを向かわせてみるとするか。プレミアが言っているのだから、間違いはあるまい」

 

 

 リランに頷いてから、俺は皆へ向き直る。皆は既に俺へ視線を向けてきていた。

 

 

「そうだな。よし、俺とシノンとリランで北に向かってみる。他の皆はマップの探索と攻略の続行を引き続き頼む」

 

 

 皆の返事と頷きを見てから、俺達はその場を片付けて宿屋を出た。そのまま《はじまりの街》の転移門広場へ向かい、大勢の行き交うプレイヤー達の間を抜けて進む。

 

 やがて転移門へ辿り着くと、プレミアの示している場所でもあり、現在の攻略エリアであるジュエルピーク湖沼群へ飛んだ。

 

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

 

 ジュエルピーク湖沼群の北部方面は、森林地帯だった。オルドローブ大森林ほどではないけれども、沢山の木々が生い茂っており、相変わらず強い湿気に包み込まれているような場所だ。

 

 足元も水で満たされていて、水の下の地面から木や植物が生えている。(あたか)もマングローブの森林を彷彿させるような光景だった。現実の湖沼群のように地面にぬかるみはないが、足首辺りまで浸かるほどの深さのある水に足を突っ込んでいるから、戦闘をやるのも難しい。

 

 狼竜形態となっているリランこそいるけれども、それでも戦闘をしづらいのは確かであるため、俺は皆になるべくモンスターに見つからないように進むよう、声をかけて進んでいた。

 

 

 探索開始から時刻が進む事三十分近く。俺達はプレミアの示している場所に徐々に近づきつつあった。理由は目的地を目指して歩くプレミアに同伴する形で進んでいるからだ。プレミアはクエストを起動しているときは目的地へ黙々と進んでいき、同伴すれば確実にその目的地に着くようになっている。

 

 もしプレミアが人間だったならば道に迷ったりするだろうが、彼女はNPCであり、AIだからそんなへまはしない。プレミアは事実上ナビゲーターであり、俺達はその導きにしたがって動くのだ。

 

 ナビゲーターの邪魔をする敵がいれば、すぐさま俺達が排除して道を切り開く。切り開かれた道をナビゲーターが進行する。

 

 これこそが、ある程度進行したプレミアのクエストの現在の形だった。

 

 

「ねぇキリト」

 

「ん、シノンどうした」

 

「なんだか、敵の数がもっと少なくなってない?」

 

 

 プレミアのナビに従いながら歩く中、シノンの声かけに応じる。もとよりジュエルピーク湖沼群のエリアは敵モンスターが少ない傾向にあるような気がしていたが、今現在の場所はより敵モンスターに出会う機会が減っている気がしていた。

 

 なるべく敵モンスターとの戦闘にならないような行動をとって来ているけれども、それにしたって敵モンスターが少ない。徐々に敵モンスターの居ない安全圏内へ進んでいるようにも思えた。

 

 

《シノンの言うとおりだ。ここいらにはモンスターがほとんど生息しておらぬ。近くにはモンスターの気配さえないぞ》

 

 

 《声》を飛ばすリランは周囲を頻りに見回していた。モンスターを探しているようだろうけれども、一向にそれらを見つけられるような感じはしない。やはり俺達のいる場所はモンスターの居ない場所のようだ。

 

 プレミアの道を塞ぎ、その身を危険にさらしてくる事がないのだから、好都合と言えば好都合だ。

 

 

「モンスターが居ないなら戦闘にならない。プレミアが危なくないから、いいじゃないか」

 

「確かに、モンスターが居ないおかげで快適に進めています」

 

 

 そう俺に答えるプレミアはというと、これまでどおりナビをするように歩き続けている。やはりモンスターと出会う事がないためか、かなりスムーズに足を目的地へ運んでいっている。このままいけばあと少しの時間でプレミアの示す目的地につけるだろう。プレミアも雑談を交えながら進めるほど余裕を持てているようだ。

 

 思いながら、俺はふとウインドウを開いて現在地の地名を確認する。ジュエルピーク湖沼群、ツリンヴィル森道。この前イリスの口から聞いた地名であり、その時によればここを北に進むと《いいもの》が見つかるという話だった。

 

 現在俺達――というかプレミア――はここを北に進んでいるから、イリスの言う《いいもの》が見つかる場所へ進んでいるのだろう。

 

 そこにあるものは何で、モンスターの数が減っているのとなにか関係があるのか。様々な事を想定しながら足を運び続けていると、足元の水の高さが低くなってきた。

 

 やがて水がなくなり、マングローブ樹林のような木々が普通の木々に変わり始める。モンスターの気配ももっと感じられなくなった。どうやら次のエリアへ差し掛かろうとしているらしい。

 

 周囲の変化に気付いたのか、シノンがもう一度俺に声をかけてきた。

 

 

「なんか、周りの感じが変わってきてるわね」

 

「このままだと次のエリアへ向かうみたいだな。プレミア、道はあってるよな」

 

 

 俺からの問いかけにプレミアは頷き、歩みを止めない。ジュエルピーク湖沼群は西側へ向かって攻略を進めていたから、北側は初めて寄りかかる。どんなモンスターや仕掛け、風景が待ち構えているのか全く想像がつかない。完全なる未知のエリアはどうなっているのか。期待と不安と好奇心を胸にプレミアに付いていくと、やがて森の出口のようなものが見えてきた。

 

 本当に森の終わりの地にやって来るとは。この先に何が待ち構えているのか。様々な予想をたてながら進んでいき、森の出口に俺達は辿り着いた。

 

 見えてきた光景に、俺達は驚いて立ち止まる事になった。そこは広大な開けた土地だった。地面は芝生に覆われており、所々に大小様々な川が流れている。

 

 少し遠くに目を向ければ大きさの異なる湖が複数見受けられ、奥には針葉樹林が広がり、更に奥地には木々がびっしりと立ち並ぶ大きな山が連なっていた。

 

 

「ここは……」

 

「……」

 

 

 俺達は言葉を発する事がなかなか出来なかった。目の前に広がる光景は、俺達がずっと見てきているものと酷似していた。いや、酷似どころではなく、完全に同じもののようにしか見えない。かつては当たり前のように見る事が出来たが、今となってはそれが叶わなかったもの。

 

 

「キリト、ここ……ここは……」

 

「あぁ、ここは……」

 

 

 茫然としてしまっているシノンと顔を合わせる。きっと俺も同じような顔をしているのだろう。それも仕方がない。何故ならここは――。

 

 

《プレミア!》

 

 

 頭の中に響いた《声》で俺とシノンは正気に戻った。《声》の主であるリランの目の先を見ると、プレミアが奥へ勝手に進んでしまっていたのが見えた。

 

 俺達がどうなっていようとクエストは動き続け、プレミアも伴って動く。これまでの当たり前を思い出し、俺達はプレミアの後を追って走った。先程のような水の中ではなく、懐かしさを感じさせる踏み心地の良い芝生の上だったものだから、俺達はすぐにプレミアに追い付く事ができた。

 

 モンスターの気配は先程以上になく――いや、最早エリアそのものから感じる事ができない。俺達のいる場所はモンスターの脅威から完全に解き放たれた場所だった。その事実もまた、俺達の驚きを加速させて来ている。

 

 青々とした芝生と美しい空。湖と針葉樹林。そして存在しないモンスターの気配。

 

 このエリアの要素を全て頭の中で繋ぎ合わせると、どうしてもとある形になってしまう。かつて得られていたが、もう過去のものになっていた場所の形。それはーー。

 

 

「……!」

 

 

 思いかけると同時に、プレミアは足を止めた。伴う形で足を止めてみると、目の前にあるものに驚かされる事になった。俺達はいつの間にか針葉樹林の近くの一角に足を踏み入れており、尚且つとある一本の樹の前で足を止めていたのだ。

 

 

「これは……」

 

 

 眼前のその樹はただの樹ではなかった。

 

 外観こそは他の木々とあまり変わりがないように見えるけれども、他の針葉樹や広葉樹と比べて明らかに幹が太く大きく、枝葉は空を覆い隠すと言わんばかりに広がっている。そこら辺の木々が樹齢数十年くらいのものならば、この樹は樹齢数百年は超えているだろう。

 

 現実世界で日本ならば、ご神木という形で祭られていたに違いないし、その雄大な姿のせいなのか、畏怖や安堵に似た不思議な気持ちが込み上げてくる。

 

 

「こんなに大きな樹があるだなんて……」

 

 

 樹から目を離す事が出来ないでいるシノンの横で、リランが周囲の木々と目の前にある樹を見比べるようにしていた。まるでこの樹がどれほど違うものなのかを探り当てようとしているようだ。

 

 

《この樹はそこら辺のものとは明らかに違うようだ。何か特殊なイベントを持っているかもしれぬぞ》

 

 

 リランの《声》を受け取った俺はウインドウを開き、クエストの現在状況を確認した。

 

 これまで『目的地を目指して進め』と書かれていた部分には現在、『神木の加護を受けよ』という文章に書き換えられている。この地に足を踏み入れたタイミング、もしくはこの樹の前に来た事で目的が変わったのだろうか。

 

 だが何にしても、この樹はリランの指摘通り、神木なる特殊な樹木であるようだ。そしてプレミアは、俺達はこの樹に導かれてきたらしい。

 

 

「『神木の加護を受けよ』……この樹は神木っていうものなのか。プレミア、もう一回聞くけれど、君の来たかったところはここで合ってるんだよな」

 

 

 プレミアは頷き、ゆっくりと神木へと歩み寄っていった。まるで神木そのものがある種の力を持ち、プレミアを引き寄せているようにも見える。やがてプレミアは足を止めると、神木を見上げた後に手を胸の前で合わせ、下を向いた。初めて《聖石》を見つけた時と同じ、祈りの姿勢だった。

 

 

「神木に、祈りを捧げているのかしらね」

 

「これがきっと『加護を受ける』っていうものなんだろう。それがどんなものなのかはわからないけど」

 

 

 《聖石》と神木への祈りと加護。プレミアの神木への祈りというものは、どこかアインクラッドの創世神話である《大地切断》の、二人の巫女と《聖大樹》を彷彿とさせるものだった。

 

 だが、これはあくまでそれに似ているものであり、それそのものではないだろう。もし《聖大樹》が実在しているならば――それこそ《ALO》の《世界樹イグドラシル》と同じくらいの大きさと荘厳さが必要になった事だろう。

 

 そんなものと比べたらこの神木はあまりに小さすぎるし、荘厳さも足りない。これはあくまで《大地切断》の神話と似通ったクエストであり、それとは無関係であろう。

 

 もし他のプレイヤーがやったならば、神話のクエストだと思って大騒ぎしたに違いないが、ゲーマー歴の長い俺からすればそんなフェイクは簡単に見抜ける。……流石にプレミアのクエストの全容までは見抜く事が出来ないが。

 

 思っている事一分後。プレミアは祈りを捧げるのをやめて、俺達の元へ戻ってきた。ずっと頭の上に表示されていた《!》は消えており、クエストが進行した事を示していた。

 

 

「プレミア、終わったか」

 

 

 声を掛けられたプレミアは、ゆっくりとお辞儀をする。普段の礼儀正しさというものが垣間見えていた。

 

 

「終わりました。今回もここまで守っていただき、ありがとうございました」

 

「礼には及ばないわ。けれどプレミア、あんたは《聖石》とか神木とかに祈りを捧げてるけれど、あんたの祈りの対象っていうのは何なの」

 

 

 シノンからの問いかけにプレミアは首を傾げる。確かに、プレミアは《聖石》や神木に祈っているけれども、《聖石》や神木はあくまで媒体みたいなものであり、本当の祈りの対象は違うもののはずだ。

 

 それがわかっているからこそプレミアは祈っているのだろうが、シノンに言われてもプレミアは何が何だかわかっていないような顔をする一方だった。

 

 

「……祈りの対象……わたしの祈り……」

 

《……その様子だと、わからぬようだな》

 

 

 少し残念そうな顔をするリランに「まぁまぁ」と言葉を掛ける。プレミアのクエストと神話は無関係だろうけれど、このクエストの行く末に何かがあるのは確かだろうし、その時にプレミアの祈りの正体もわかるようになるはず。

 

 ここは気長にクエストを進めていくべきだ。

 

 

「ひとまずプレミアのクエストが進行したのは確かみたいだから、これでよしとしようぜ。それよりも……」

 

 

 ようやく話すべきチャンスを捕まえた――そう思って言いかけると、シノンもリランも俺に視線を向けてきていた。俺と同じ事を考えていたと言わんばかりの表情が顔に浮かんでいる。

 

 

「キリト……ここって!」

 

「あぁ、俺も同じ事を考えてたよ。ここは、()()()に似てる」

 

 

 アインクラッド第二十二層。事実上すべてのエリアが非戦闘区域でモンスターがおらず、芝生に覆われた大地と大小さまざまな複数の湖、針葉樹林と山々で構成されていた平穏な階層。俺達家族が暮らしていた家の存在していた場所。かつてのその景観と、今ここの景観は非常に似通っていた。

 

 現にここから見渡してみると、見覚えのある景色がちらほらとみられるような気がしてならない。

 

 そもそもこのアイングラウンドはアインクラッドの原型となった大地なのだから、アインクラッドに内包されていた階層に似た地形や景色があっても不思議ではない。

 

 そのアインクラッド第二十二層の基となった場所を、俺達はずっと求めて進んできた。ここまでスピードを上げて攻略をしていたのも理由の一つだ。他のプレイヤー達からは異様と思われるくらいの速度で攻略を進め、解放されたエリアを隅々まで探索するようにしてきた。

 

 今もその中にいたのだが、俺達はついに辿り着いたというのだろうか。帰るべき家のあるあの場所を、再度見つけ出せたというのだろうか。

 

 想いに駆られた俺はスキルを使って遠視する。周りに広がっているのはやはり第二十二層に酷似している芝生に覆われた大地と針葉樹林。

 

 ここが第二十二層の原型ならば、皆で暮らしたあの家だって存在しているはず。そう思って探しても、それらしき建物を見つけ出す事は出来ない。現在地が少しだけ小高い丘の上だからだろうか。

 

 もし空から見る事が出来れば、或いは――。

 

 

《キリト、ここは飛べるぞ!》

 

「本当か!?」

 

《あぁ! モンスターが居ない事で飛行制限がなされていないようだ!》

 

 

 相棒からの《声》に思わず大きな声で反応してしまった。狼竜形態となったリランが飛べるのは、既にエリアボスを倒して解放されたエリアのみであり、攻略中のエリアを飛ぶ事は出来なかった。その縛りが無効化されているのならば、使わない手がない。

 

 

「それならリラン、私達を乗せて飛んで! 空からなら、何があるかわかるでしょ!」

 

《我も同じ事を考えていた。早速空へ飛びあがってみるぞ!》

 

 

 シノンは俺より先に言うなり、リランの背にジャンプして(またが)った。続けて俺がプレミアを抱えてジャンプし、リランの背の上シノンの前方に跨る。

 

 そしてプレミアが俺とシノンに挟まれる形でリランの背に跨ると、リランはすっとその身体を起こして立ち上がった。重そうにしているような様子はない。リランの最大積載量は未だにわかっていないけれど、一度俺とアスナとユイを乗せて飛んだ事もあるから、三人くらいはどうという事なく飛べるらしい。

 

 

「いいぞリラン、飛べ!」

 

「プレミア、リランとキリトにしっかり掴まって!」

 

 

 あまりに急にされたせいか、プレミアは驚きを隠せないような様子だったが、シノンの指示通り俺の腹部辺りに手を廻してしっかり掴まった。

 

 乗員を全て確認したリランはきっと上を向いて地面を蹴り上げ、その大翼を広げて羽ばたき、一気に上昇を開始した。

 

 身体が一気に上空へ引っ張られて、台風のような暴風が吹き込んでくる。手を離したら瞬く間に投げ出されてしまいそうだ。咄嗟に俺は背後のシノンとプレミアに声かけする。

 

 

「二人とも、大丈夫か!?」

 

「大丈夫よ、このくらい!」

 

「プレミアはどうだ!?」

 

「――!!」

 

 

 プレミアはほぼ蹲る形で俺の背に顔を埋めていた。あまりに強すぎる風が吹いてくるせいで前を見る事さえ困難なようだ。それにプレミア自身、これがリランの背に乗った飛行の初回だから、不慣れな事の連続で何もできなくなってしまっているのかもしれない。

 

 ただ、それでも俺を離すまいとは思っているようで、力を込めて俺の腹に手を廻し続けていた。

 

 ふと目の前に目をやると、青い空が見えた。いつもは遥か遠くにある雲がどんどん近付いてくる。視界の両端では、鳥のそれよりもずっと大きな翼が力強く羽ばたきを繰り返している。

 

 リランの上昇は続いている。このエリアは相当限界高度が高く設定されているようだ。

 

 

「もう少しか……!」

 

 

 手に力を込めてリランの剛毛を握り締めて風の音だけを聞く。吹き付けてくる風に匂いがあった。暖かい日の匂い、風に揺られる植物達の匂い、そしてリランの持つ獣の匂い。《SAO》の頃に第二十二層で嗅いでいた匂いが、またここに満ちている。

 

 やはり俺達は――そう思おうとしたそこで、リランの上昇は止まった。風が一定になり、翼の羽ばたきもまた一定間隔になる。リランは限界高度寸前の位置まで飛び上がって、ホバリングをしているようだ。

 

 

「!」

 

 

 ホバリングするリランから少し身を乗り出して、俺は言葉を失った。眼下に広がっていたのは、緑と青が織りなす大地。ところどころに大きさのまちまちな湖があって、小川が流れている。針葉樹林もまた点々と存在していて、遠くにはとても大きな山が連なっている。

 

 アインクラッド第二十二層の限界高度寸前までリランが飛び上がった際に見渡せていた光景と、瓜二つだ。いや、あの時そのものと言ってしまっても過言ではない。

 

 

 俺達は戻ってきた。皆で暮らしたあの家のあるあの場所に。

 

 

「キリト、ここってやっぱり!」

 

「あぁ間違いないよ! ここは第二十二層の原型になった場所だ! 俺達は来たんだ!!」

 

 

 俺からの言葉への応答なのか、シノンの震える声が耳に届いてくる。シノンもまた身体を少しだけずらして、眼下に広がる大地の姿を目にしているのだ。そして俺と同じ事を思っている。あの場所へ戻ってきたと。

 

 

《……! キリト、あそこを見ろ!!》

 

 

 《声》を飛ばしながら、リランは頭を軽く動かした。その視線は眼下の大地の一部に向けられている。俺よりも遠くを見渡す事の出来る狼竜であるリランを追いかけるように目を向けたところで、俺はハッとした。

 

 リランの紅い目の向かう先にあったのは、針葉樹林の一角だった。目を凝らしてよく見てみると、そこにぽつんと一軒のログハウスが建っているのがわかった。

 

 全体的な形、色合い、そして立地と周りにあるもの。

 

 そのどれもが――俺達の過ごしたあの家と同じだった。すっかりその姿に目を取られてしまった時には、シノンも既に呆気にとられたように針葉樹林の中に立つログハウスを見ていた。

 

 

「キリトッ……!」

 

「あぁ……行こう」

 

 

 シノンの震える声に答え、俺はリランに指示を出した。すぐさま、リランはゆっくりとその場所を目指して降下を開始した。

 

 

 




ついに、見つかる場所。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。