キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:竜の名

《我は……我の名前は何だったか、思い出せぬ》

 

「覚えてないのかよ」

 

《ううむ……我にはちゃんとした名前があって……ちゃんとした何かしらの役割があったような気がするのだが……それが何だったのか思い出せんのだ》

 

 

 これは、俺がこいつに名前を付けさせるためのイベント運びか。

 

 こういうイベントが起きた時に、仲間になってくれる無名のモンスターに名前を付けるのも、ゲームの醍醐味の一種だ。だからこういうイベントをやる事によって、俺に名前を付けさせる――。

 

 

《……何か考えているようだが、我の推測によれば、お前が我の頭を叩きまくったおかげで、名前を含めた記憶が全て飛んだらしい》

 

「ちょ、俺のせいなのか!?」

 

《冒険者。我に名を与えよ。我の事をずっとドラゴンと呼ぶつもりでもなかろう?》

 

 

 確かに、犬や猫に『犬』や『猫』と言う名前を付けるのは無粋だから、ドラゴンにドラゴンなんて名前を付けるのも無粋というものだろう。というか結局、俺が名前を付けなきゃいけないのか。

 

 まぁ、本当にそうなのかはわからないけれど、こいつの記憶喪失の原因は俺の攻撃によるものだそうだし、いきなり攻撃を仕掛けた俺も悪かったわけだし、それでもこいつは仲間になってくれるって言ってるから……やっぱり俺がやるべきだろう。

 

 

「わかったよ。えっと……じゃあ……」

 

 

 ふと、頭の中を検索して、いくつかの単語を見つけ出し、こいつに当てはまりそうな名前になるかどうかを考える。そもそもこいつは俺が今まで見てきたモンスターの中ではかなり強い方だから――

 

 

「じゃあ、ゴジラなんてどうだ」

 

《……ゴジラ? 我はゴジラなどという名前が合う見た目をしているか》

 

「じゃあ、キングギドラとか」

 

《その竜は金色ではないか? 我の身体は白いぞ》

 

「じゃあモスラ」

 

《そもそも竜ではなかった気がするが》

 

 

 さっきから名前を上げる度にナチュラルに反応を返してくる。こいつ、随分と高度なAIとやらを積んでいるらしい。やっぱりテイミングできるモンスターはAIから違うみたいだ。

 

 

「じゃあ間を取ってガメラとか」

 

《……》

 

「嫌か」

 

《嫌だ。我は怪獣ではないぞ》

 

 

 この無名竜は昔やってた怪獣映画に出てくる怪獣の事を知っているらしい。テイムモンスターの事はまだよくわかっていないけれど、やっぱりテイムモンスターに搭載されるAIは並大抵のものではない、随分と凝った作りのAIであるらしい。

 

 

「そうか……じゃあ……」

 

 

 ふと、ドラゴンの最大の特徴について俺は考えた。こいつは記憶喪失になっていて、まるで初期化されたうえに、再起動したかのような状態の奴だ。初期化、再起動。再起動……?

 

 確か再起動は英語で『リブート』、『リスタート』……IT用語まで行けば、『リラン』。

 

 

「リラン……リランなんてどうだ?」

 

 

 リランと呼ばれて、ドラゴンの表情がハッとしたようなものに変わる。

 

 

《リラン……聞き心地がいいな》

 

 

「気に入ってくれたみたいだな。じゃあ、お前の名前はリランにしよう」

 

 

 リラン。それが、これから俺の《使い魔》になるこのドラゴンの名前だ。

 

 そう言った瞬間、俺の目の前にウインドウが現れた。何かを入力する欄と、キーボードのような欄がある。――これは、文字を入力するウインドウだ。

 

 

「ここに、リランって入れればいいのか」

 

《そうらしいな》

 

 

 如何にも早く名を付けて欲しがっているドラゴンを横目に見ながら、俺は考え付いた名前をウインドウ内に入力した。スペルは再起動の英単語と同じ、《Rerun(リラン)》。

 

 入力を追えて決定キーを押すと、ウインドウは一回閉じて、再度開いた。

 

 そこには俺とは違うステータスが表示されており、名前の欄に目をやると、そこにあったのは《Rerun_The_SwordDragon》の名前と、《Lv:75》の文字だった。

 

 どうやら、最初に見えた《Rerun_The_SwordDragon》の《The_SwordDragon》というのがこいつの種族名であり、俺はこれの前に《Rerun》という名を加えたらしい。そして一緒にレベルを目の当たりにし、俺と同じくらいにこいつのレベルが高いのが、意外に思えた。

 

 顔を上げてリランの方へ目を向けると、リランの頭上に緑色のカーソルが出現し、左上に《Rerun》の文字と《HPバー》が見える。

 

 

「これで……俺はお前の主人、《ビーストテイマー》になったわけか」

 

《そういう事だ。我が名はリラン。そして我が主人の名は……》

 

 

 その時、俺はようやく気付いた。リランに名前を与えたはいいが、出会ってから今この時まで、リランに俺の名前を教えていなかった。

 

 

「ごめんリラン。言い忘れてたな。俺は、キリトだ」

 

《キリトか。呼ぶ時は何がいい。『主人』がいいか。『主』がいいか。それとも『ご主人様』がいいか》

 

「……普通にキリトって呼んでくれ」

 

 

 リランは頷くような仕草をした。

 

 

《承知した。只今より我はキリトの友となり、いかなる敵も障害も、はいじんに変えてくれようぞ!》

 

 

 高らかに宣言したリラン。だけど、何かが違う。いや、何かを間違えている。

 

 多分、「はいじんに変えくれようぞ」の部分に違和感があるんだ。こいつは炎を吐けるから、きっと「灰燼(かいじん)に変えてくれようぞ」って言いたかったんだろう。

 

 

「それを言うなら、灰燼に変えてくれようぞ、だろ」

 

《……そ、そうであるな》

 

「大丈夫か、お前の頭」

 

《お前に叩かれた時の衝撃がよほど大きかったようだ》

 

「結局俺のせいなのか」

 

 

 リランが俺に顔を向ける。狼のような輪郭をしている割には、表情がはっきりしているのがわかった。

 

 

《だが、お前についていけば、恐らくいつか記憶を取り戻せようぞ。お前の旅を、我の記憶を取り戻す旅にもする》

 

「なんだよそれ。でも、お前は俺のせいで記憶を失ったみたいだし、そういう事にするよ。戦闘になったら、さっきみたいにしっかりサポートしてくれよ」

 

《戦闘だけではない、普段からサポートさせてもらうよ》

 

 

 俺はふとリランの姿を目に入れた。

 

 リランの身体は普通のドラゴンよりも一回り程大きくて、とてもじゃないが街に入れそうじゃない。でもこいつは俺の《使い魔》で、俺は《ビーストテイマー》だから、こいつには圏内へ、街の中へ入れなければならない。まさか俺が圏内にいる間に、こいつを圏外へ放っておくわけにもいかないし……。

 

 

「そういえばリラン。お前は俺が街の中に入った時はどうするんだ。お前の身体じゃ、街の中は窮屈すぎるぞ」

 

《その点においては心配がないらしい》

 

「は?」

 

《とにかく我を連れて街の中へ入ってみろ。ほんの少しだけ残っている記憶に、我は街の中へ入っても大丈夫だとある》

 

「そういうけれど、プレイヤー……っていうか、冒険者は俺一人だけじゃないんだぞ。そして、みんなが《ビーストテイマー》っていうわけでもない。街の中にお前みたいにデカいドラゴンが出てきたら、大騒ぎだぞ」

 

《それも大丈夫なようだ。とにかく、もうここに用事はあるまい。街とやらに戻ってみよう》

 

 

 『灰燼』を『はいじん』に間違えていたリランの言葉はどうにも腑に落ちない。ボケてこんな事を言っているかもしれないが、もしかしたら本当のことを言っているのかもしれない。

 

 もし街に入れなかったり、街の中で明らかに嵩張るような事になったなら、その時は圏外へ連れ出した方がいいだろう。

 

 どうなるか予想が付かないが、このゲームではいつもの事だ。リランがこうして俺の《使い魔》になってくれる事だって予想外だったのだから、もうしばらくは何が起きても驚かなさそうだ。

 

 

「わかったよ。それじゃあ、街に戻ろうか」

 

《了解した》

 

 

 そう言って、俺は行きの時にはいなかった、《使い魔》リランを連れて、街へ歩き出した。

 

 

 

          ◇◇◇

 

 

 

 

 静かな森を抜けて、クリスマスムードに賑わう街に通じる門を抜けたところで、俺は振り返った。ちゃんと、リランが門を通る事が出来たのかと思ったからだ。……だけど、そこにリランの姿はなくて、俺は思わず驚いてしまった。

 

 まさか、来る途中ではぐれてしまったのか。いや、それでもリランの足音は門を通る直前まで聞こえていたし、気配もあった。だからいなくなるなんて事はないはずだ。

 

 

「あれ、リラン? リランどこ行った?」

 

 

 戸惑いながら周囲を見回していたその時、

 

 

《そんなにデカい声を出す必要はないぞ、キリト》

 

 

 またもいきなり《声》が頭の中に響いてきて、俺はびっくりしてしまった。しかし、頭の中に響いてきた声は、リランの年老いた女性のような声色ではなく、俺と同じくらい……十五歳くらいの少女の声色によく似ていた。リラン以外に、念話(テレパシー)が使える奴がいたのかな。

 

 それとも、俺が《ビーストテイマー》になったから新しいイベントが起動したのか。

声の根源を探してみても、それらしきものはやはり見当たらない。

 

「なんだこの声……」

 

《我だ、キリト》

 

 

 俺の名を知っているし、我と言う一人称を使っている……これは、リランだ。だけど、どこを見てもリランの姿は見当たらない。見えている物と言えば、深夜付近になっているにもかかわらず光を放ち続けているクリスマスツリーと、露天商のNPC、道行くカップル同士くらいだ。どこにも、あのドラゴンの姿はない。

 

 

《こっちだキリト。お前から見て右方向の下だ》

 

 

 直接呼ばれて、その方向に視線を向けたら、目が点になった。そこにあったのはリランのあの猛々しくも美しいドラゴンの姿ではなく、あのドラゴンをデフォルメして、マスコット化させたような小動物の姿だった。大きさは、目測から考えるに、俺の肩に丁度のれるくらいの大きさだ。

 

 その小動物はリランと同じ紅い目で、俺の事をじっと見ていた。

 

 

「な……なんだこの小動物……」

 

 

 小動物はその翼を広げて宙に舞い上がり、落ちない周期で羽ばたきながら、俺の顔の前をホバリングした。

 

 

《我がわからぬか。お前の《使い魔》のリランだぞ》

 

 

 《声》が、この小動物から響いてきたような気がする。そしてこの喋り方といい、俺の事を知っているといい……まさか、これがあのリランなのか!?

 

 

「お、お前、リランなのか!?」

 

 

 思わず指しながら言うと、小動物はしっかりと頷いた。

 

 

《そうだとも。姿が変わっているから、驚いておるな》

 

「な、なんでそんな姿になってるんだよ。あのドラゴンのお前はどこに行ったんだ」

 

 

 小さくなったリランは周囲を見回しながら、呟いた。

 

 

《我の記憶にあったものは、どうやらこれの事を差していたようだ。我は、圏内へ入り込むと身体が縮んで、圏内に居ても嵩張(かさば)らない大きさになるらしい》

 

「なるらしいって……もうなってるだろ」

 

《そうだ。これならば、お前の肩に乗るかして、お前と共に居続ける事が出来よう。周囲の冒険者達もこの大きさの我ならば、驚く事もあるまい》

 

 

 いや、驚くよ。これまで肩に小型モンスターを乗せているプレイヤーが街を通った事なんてなかったんだから。さぞかし、珍しいものを見るような目で見られる事は間違いない。

 

 頭を掻きながら、リランに返す。

 

 

「街にいる間はその大きさになる事はわかった。移動の際は俺の肩に乗るのか」

 

《そうさな。流石にずっと羽ばたいているのも疲れる。街の中にいる間に疲れて、戦闘で本気が出せないなど、本末転倒であろう》

 

「俺はお前を乗せて歩くんだが……まあ、肩に乗ってれば盗難される事もなさそうだしな。じゃあ、これから宿屋に行くぞ、リラン」

 

《承知した》

 

 

 そう言って、リランは俺の肩にぴょんっと飛び乗った。剣などとはまた違った重みが肩にかかるが、まるで、腕を肩をかけられているような感じで、嫌な重さでもなかった。それに、こいつが毛皮に覆われているモンスターであるおかげなのか、不思議と暖かい。

 

 

「いくか」

 

 

 俺はリランを肩に乗せたまま、宿屋の方へ向かっていった。丁度道行く人々もほとんどいなくなっており、俺の肩にリランが乗っているところを見られる事も、騒がれる事もなく、俺は平然と宿屋の中へ、そして個室へ入る事が出来た。

 

 その時に、どっとこれまでの疲れが来て、俺は椅子に飛び付くように座った。同時にリランが軽く羽ばたいて、俺の目の前にある机に飛び乗る。

 

 

「人に会わなくてよかったな……会ってたら、今頃大騒ぎだ……」

 

 

 目を手で覆うと、頭の中にリランの《声》が響いてきた。

 

 

《そういえばキリト。我の記憶が正しければ、お前は我と出会う直前まで落ち込んでいるように見えた。お前、我と出会う前に何かあったのか》

 

 

 そこで、俺はようやく、あの森に訪れていた理由を、そしてそこで起きた事を実感した。そうだ、俺のやっていた事はすべて無駄だった。蘇生アイテムは手に入ったけれど、効果はなかったし、大切な人を蘇らせる事など、出来なかった。最後の言葉だって、聞けなかった。それに、あの森に入る前に、俺は大事な友人と別れた。

 

 そいつはこのゲームが始まった時から一緒で、俺の事をすごく心配してくれていたのに、俺はその友人を突き飛ばすように、かけてくれた言葉を全て無意味にするような態度をとって、別れてしまった。

 

 散々だ。経験値に飢えた愚か者として蔑まれ、笑われながら経験値を積んでレベルを上げたのに、結果は無意味な蘇生アイテムを手に入れた事と友人を失った事と、喪失感に襲われた事。蘇生アイテムだって、リランの腹の中に消えた。

 

 ……あ、リランっていう使い魔を手に入れて、《ビーストテイマー》になったな、そういえば。なんだったんだ、俺のやってた事は――そんなふうに考えていると、《使い魔》リランの《声》が聞こえてきた。

 

 

《キリト。何があったか、話せるか》

 

 

 俺は手を目から逸らして、机に目を向けた。凛とした顔で、背中に月明かりを浴びている小竜の姿がそこにあった。

 

 

「お前に話してどうするんだ」

 

《我はお前の《使い魔》だ。そして、これから主人であるお前を支えていくつもりでいる。あの時のお前は苦しんでいたように見えた。そして今も尚、苦しみ続けている。その苦しみの原因を、教えてほしいのだ》

 

 

 随分言葉達者に言うが、言ったところで理解できない事はわかりきっている。こいつはまるで生きているように動くし喋るけれど、結局は命令を実行する事しか出来ないただのAIだ。俺の話を聞いて理解できるわけがないし、言ったところでAIに組まれた反応を返すだけだ。

 

 これだってきっと、俺が《ビーストテイマー》になったから発生している《使い魔》とのイベントの一種で、《ビーストテイマー》になる事が出来れば誰にでも起こるようなイベントだろう。

 

 感じ取り、共感し、考えて答えを出す――そんな人間みたいな事が出来るわけがない。

 

 

「お前に話したって意味はない。だから、話したくないよ」

 

《話したくないか》

 

「話したくない。だから、話さないよ」

 

 

 リランは少し悲しそうな表情を浮かべて、《そうか》と小さく呟いた。だけど、何故なのか、気分が妙に落ち着いている。

 

 それに、森を訪れてボス戦をこなした後のあの時、俺は完全に脱力、意気消沈して、もう死のうかとすら考えていた。なのに、あの森でリランと出会った時、そして話した時は、平常に戻れていたような気がする。――友人とはろくに話が出来なかったのに、リランとは普通に話が出来ていた。

 

 そして、今またその気持ちが帰って来ているのに、あの時のようにそこまで沈み込んではいない。寧ろ、心の中が少し暖かい気がする。こいつ、本当になんなんだ。これが、《ビーストテイマー》のイベントなのか?

 

 

《ならば、お前が話したくなった時に聞くとしよう。我はこれで休むから、お前も休むといい》

 

「あぁ、寝るといいさ」

 

 

 そう言って、リランはベッドの方へ飛んでいき、丸くなって、寝息を立て始めた。そうだ、あいつは所詮はAIなんだ。だからあいつに話したって理解できるわけがない。俺のみに起きた事なんて、理解できるはずがないんだ。

 

 俺はリランから目を逸らし、ふと考えに耽ろうとした。……その時に、いきなり聞き慣れない音が聞こえてきて、俺とリランは周囲を見回した。リランの音なのかと思ったけれど、耳を澄ませばアラーム音である事がわかった。

 

 その音の発生源……音が大きくなる方角に顔を向けたところで、ウインドウのそれと同じ、黄色いボタンのようなものが浮かんでいるのを見つけた。そしてそれこそが、アラーム音の発生源だった。

 

 

「……これは……」

 

 

 指を動かして、ボタンを押してみると、細長いウインドウが現れたが、そこに書かれている文字を見て、俺は思わず唖然としてしまった。

 


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