キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:一人歩きする意思 ―従者達との戦い―

 

           ◇◇◇

 

 

 《ビーストテイマー》によってきちんと育てられた《使い魔》は、時にボスモンスター以上の強敵となって他のプレイヤーに襲い掛かる。その話がきわめて真実に近しいものだったという事を、いや、真実であったという事を俺は痛感する事になった。

 

 裏世界攻略を進めていた俺達の目の前には、この裏世界を含むスヴァルトアールヴヘイムの攻略を進めるうえでのライバル関係となっているシャムロックの者達が五人立ち塞がっている。

 

 このゲームは本来PK推奨とされ、プレイヤー同士が戦う事自体珍しいものでも何でもないので、こうして他のプレイヤー達が挑んできているというのは理解できるのだが、そのプレイヤー達は強力なドラゴンをテイムする事に成功した《ドラゴンテイマー》を含んだ《ビーストテイマー》が四人も揃っている。

 

 こちらは俺とリランとレインとイリスの四人だけなのに、相手は五人と四匹、合計九人で戦っているのとほとんど同じ状態だ。五人分も戦力では劣っているというのに、相手は俺の事を最優先排除対象とみなしているらしく、逃がしてくれそうもない。それがわかっていたからこそ、俺は彼らと戦う事を選んだようなものだ。

 

 けれども、五人分も戦力で負けているというのは、流石に分が悪いと言わざるを得ない。これは俺達が撃退される側となってしまったかもしれない。――そう頭の中で思いつつ、俺は《使い魔》であるリランの項に跨って、前へ向き直る。

 

 

「リラン、あいつらに勝てそうか」

 

《……これは》

 

「おいリラン、どうかしたのか」

 

 

 項という場所にいるせいで顔を見る事が出来ないが、頭の中に送られてくる《声》は驚くべき光景を目にした時などに出す事が多い声色だ。

 

 無理もない。これまで俺達は他のプレイヤー達と戦う事もあまりなく、更にこれだけの数の《ビーストテイマー》と《使い魔》を相手にするのも初めてだ。しかもあの《使い魔》達は全てしっかりと育てられた《使い魔》らしく、安心しているかのような、あるいは背中に主を乗せている事を誇りに思っているかのような素振りを見せている。

 

 赤い毛並みの熊、黄色い鱗の蜥蜴、緑色の甲殻の飛竜、白い外殻の蜘蛛という大きなモンスター達が並んでいて、尚且つそれらが全てボスモンスター達を上回る強さを持っているという光景には、他の《使い魔》よりもずば抜けて強くなったリランでも動じずにはいられないのだろう。

 

 

「確かにいっぱい相手にする事になっちゃったな。けれどリラン、ここまで来たら俺達も全力であいつらを――」

 

《そうではない、そうではないのだ。あいつらは……》

 

 

 俺の言葉を遮る形でリランの《声》が響いたその時、目の前の獣使い達の操る獣達は一斉に動きを見せた。まず、俺と話していた赤い鎧の男を背中に乗せた――リラン程ではないけれども――身体のあちこちを鎧のような甲殻に身を纏う、赤い毛並みを持った大きな熊のような姿をした赤熊(せきゆう)という別名が似合いそうな《使い魔》が先手を斬るかのように駆け出してきた。

 

 それに続くかのように、ノームの男を乗せた黄色い鱗の蜥蜴竜も突進を開始し、シルフを乗せた緑の飛竜が飛翔を開始する。そしてウンディーネの男を乗せた白蜘蛛は壁に張り付いてどんどん上と駆けあがっていき、緑の飛竜のいる高度とほとんど同じところまで登ったところで停止。

 

 相手のチームが空中勢力と地上勢力に分けられている事がはっきりわかるようになった頃に、赤熊がレインの元へと到達、大きな身体を最大限に利用した突進攻撃を繰り出してきた。

 

 しかし、戦闘があまり得意ではないレプラコーンでもありながらも、俺達のパーティメンバーとなってこれまで多くのモンスター達を相手にしては叩き伏せてきたレインがそれを受けてしまう事はなく、咄嗟に側面へステップする事で赤熊の突進を回避して見せる。目標に攻撃し損ねた赤熊はそのまま走り続けたが、それから間もなくして突然ぐるりとドリフトするかのように振り返り、もう一度レインの元へ走り始めた。

 

 

「ちょっ、そんな事出来るの!?」

 

 

 流石に赤熊がドリフトしてくるのは読めなかったのか、レインは驚きの声を上げてしまう。それからおよそ二秒後に赤熊はレインの元へ戻ってきたが、レインは咄嗟にもう一度ステップする事でその突進を回避した。一度目の時と違って余裕がなく、本当にすれすれの回避だった。

 

 あの赤熊のようなモンスターを相手にした事はあるけれども、あれらの突進は直進する事しか出来ないという欠点を抱えていたため、それを理解していれば簡単に回避する事が可能だった。

 

 だが、あの赤熊はそれらと同じような骨格と動きをしていながら、弱点を克服したような攻撃を繰り出して来ている。恐らく、あれらが《使い魔》となった時には、攻撃自体に存在する弱点を克服した攻撃が出せるようになっているのだろう。

 

 しっかりと育てられた《使い魔》がプレイヤー同士の対戦時、相手に猛威を振るうのはそこから来ているのだ。そんな上手に育てられた《使い魔》であろう赤熊の動きを目にした俺は、咄嗟にレインとイリスに指示を下す。

 

 

「こいつらは良く育てられた《使い魔》だ! ボスモンスターの時とは全然違う動きをしてくるから気を付けろッ!」

 

「しかしどうするね。私は腕に自信はあるつもりだけど、《ビーストテイマー》じゃないからやっぱり不利だよ」

 

 

 イリスにぼやきにも似た言葉に俺は頭の中を回す。確かに相手が《ビーストテイマー》である以上、ほぼ互角に戦えるのは俺とリランだけ。レインとイリスからすれば、あの《使い魔》達はかなり面倒な相手となっている事だろう。

 

 だが、いくら良く育てられた《使い魔》だからと言って無敵ではない。《使い魔》は《ビーストテイマー》がその場にいるからこそ存在していられるようなものであり、《使い魔》の持ち主である《ビーストテイマー》が敗れれば、そのまま《使い魔》も敗れてその場から消えるようになっているのだ。

 

 つまり、ボスモンスター達よりも敵にすると厄介な強さを持っているあの《使い魔》達を倒すには、《使い魔》達のHPを削り切るよりも、登場している《ビーストテイマー》を狙うのが有効であるという事。

 

 

「《使い魔》は《ビーストテイマー》が倒されれば消えます。イリスさんとレインは《使い魔》の背中に乗ってる《ビーストテイマー》を狙ってくれ」

 

「あっ、そうだったね! わかった、狙ってみるよ!」

 

 

 良い意気込みを感じさせる返事をするレインとただ頷いて武器を構え直すイリス。だが、《ビーストテイマー》の敗北が《使い魔》の敗北を意味するというのは、俺とリランにも言える事。それにあいつらは俺の事を最優先排除対象と言っているくらいだから、激しい攻撃を俺目掛けて放ってくるのは予想できる。俺自身もしっかりと気を付けて戦わなければならない。

 

 そう思っていた矢先、緑の飛竜がその咢を開き、身体の奥底から発生させたであろう炎を弾丸のようにして放ってきた。リランのブレスほどの速度は出ていないけれども、放たれた火炎弾はかなりの早さで真っ直ぐ俺の方へ向かって飛んできたが、それは俺に届く前に突如として空中で炸裂してしまった。

 

 爆音と共に熱風が吹き付けてきたのに顔を逸らす事で耐えてから、視線を戻してみれば、そこにはリランの肩付近から生える巨腕と融合した武器の姿。リランが咄嗟に武器を立てのようにする事によって、俺を守ってくれたというのがわかった。

 

 

「リラン、助かった……えっ」

 

 

 だが、俺はそこで驚く事になってしまった。緑の飛竜の攻撃は俺ではなくリランに直撃して、リランのHPが俺のそれの代わりに減る事になったはずなのだが、視線の中に表示されているリランのHPは微動だにしていない。確かに緑の飛竜の攻撃を受けているはずなのにダメージを受けていないのだ、リランは。

 

 確かにリランの使っている属性は火属性と光属性であるから、これらの属性攻撃が飛んできてもある程度軽減できるようになっている。けれど、これらはあくまで軽減であって、完全にゼロになるなんて言う事は基本的にありえないケースだ。もしそれがあり得たのであれば、それは全く攻撃が通らないくらいにステータスの離れた相手に攻撃をした時などの限られた場合のみだろう。

 

 それがあり得たという事は……頭の中でその要因を当てたその時、リランが報復と言わんばかりにその口を開き、火炎の熱を通り越した白化熱によって構成されたブレス弾を発射する。が、ほぼそれと同時に緑の飛竜の元で白化熱の大爆発が発生し、緑の飛竜はその中に消えてしまった。

 

 普通、モンスターの放つ火炎弾が着弾するまでは一秒ほどの猶予があるのだけれども、リランの放ったそれは明らかにそれを上回り、発射と同時に着弾している。そんな恐るべき速度で飛び、尚且つ火炎の熱量を遥かに上回る白化熱の弾丸を受けた緑の飛竜は、白化した爆炎の中から墜落する形で現れ、それから二秒も経たないうちに水色のシルエットと化し、破砕音と共にガラス片のようになって消えた。

 

 その背に乗っていたであろうシルフの男性プレイヤーも緑の飛竜が消えた直後に地に落ち、その身体は緑色の炎に包まれて、やがて身体全体が緑色のリメインライトとなってしまった。

 

 

「……!?」

 

 

 たった一撃でシャムロックの者とその《使い魔》を撃破する事が出来てしまった。確かにリランはあのクエストの最中に進化してから、見違えるくらいに強くなった。あのゼクシードの操るデビルリドラにも勝ったし、更に言えばあのクエストに登場したヴァナルガンドにすら勝利を収めるくらいになった。

 

 だが、それはまさか一般プレイヤーが相手になるとここまで力の差が出来るほどのものだったというのだろうか。他のプレイヤー達と自分との間に、大きな溝が出来てしまったような気がして、背中に奇妙な冷たさが走った。

 

 しかし、その隙を突かんと言わんばかりに、或いはシルフの仲間の仇討と言わんばかりに、相手チームのノームのプレイヤーが操る蜥蜴竜が真っ直ぐこちらに突っ込んできて、一気に間合いを詰めてきた。

 

 蜥蜴竜は瞬く間にリランの元へ接近しきり、緑の飛竜の時のように大口を開き、その鋭い牙をリランの右腕に突き立てた。どしんという音と共にリランの身体がぐらりと揺れて、その項に跨っている俺の身体も大きく揺すられたものだから、思わずしっかりとリランの項を覆う鎧にある、《ビーストテイマー》専用の取っ手を掴んで振り落とされないようにする。

 

 これだけリランの身体に衝撃を与えているのだから、蜥蜴竜の力がかなりのものとなっている事を悟ったが、そこでまた驚く事になる。攻撃を受けているはずのリランのHPが、また減っていない。しっかりと攻撃と衝撃を喰らってしまっているのに、緑の飛竜の時と同じようにダメージがゼロになっているのだ。

 

 それが見えたようで、蜥蜴竜を操るノームの男の顔に驚きの表情が浮かび上がる。まるで自分と相手にここまで決定的な差が発生してしまっていた事にようやく気付いたようなものだ。

 

 そんなノームの男の顔を見ていると、リランの巨腕と融合している武器の後部から、白化熱エネルギーの充填を知らせる音が聞こえてきて、白化熱エネルギーを勢いよく噴射し、その場で高速回転した。

 

 現実世界ではありえないような速度で世界が回転し、とてつもない遠心力に身体が振り回され、リランの身体から引きはがされそうになるのを、俺は取っ手にしっかりしがみ付く事で耐える。

 

 二度にわたる高速回転は五秒程度で終わり、世界が元に戻ったのを見計らってリランの前方に目を向けてみれば、既にリランの右腕に噛み付く蜥蜴竜の姿は無くなっていて、リランは明後日の方向に視線を向けている。

 

 一体何があるのかと思いつつリランの向いている方に向き直ってみたところ、そこはこの広い部屋の壁際であり、壁の前には紫色の炎の玉と黄土色の炎の玉が揺らめいているのが確認出来た。それぞれインプとノームのプレイヤーのHPがゼロになった際に発生するリメインライトそのものだ。

 

 

「……これは」

 

 

 あくまで予想ではあるけれども、リランが白化熱エネルギーを噴射して高速回転した事で、蜥蜴竜とノームの男はリランの身体から引きはがされたのだ。そしてそこにリランが再度回転攻撃を仕掛けて蜥蜴竜を跳ね飛ばし、壁に衝突させた。

 

 その連続ダメージによって蜥蜴竜はHPをゼロにして戦闘不能となり、背中に乗っていたノームの男も、《使い魔》を持っていないインプの男もそれに巻き込まれてHPがゼロになったのだろう。

 

 俺達の敵となっていたシャムロックの者達は既に半数以上が撃破され、残すは赤鎧のサラマンダーとローブの姿のウンディーネの男、そしてその《使い魔》である赤熊と白蜘蛛だけ。

 

 しかも、三人と二匹をたった一撃のもとに叩き伏せたのは俺の《使い魔》であるリランだけという有様だ。敵との戦力の差にあまりに差がついていると、心地よさや快さを感じる事もあるけれども、今はそのような気はほとんど湧いてこず、不気味ささえも感じる。

 

 それを感じたのは俺だけではなかったようで、イリスが信じられないような顔をしてその口を開いた。

 

 

「どうなっているんだ。リランはここまで強いっていうのか……!?」

 

「リラン、お前……!」

 

《そうではない。あいつらは、あいつらは――》

 

 

 イリスと一緒になって声をかけるとリランが《声》を返してきたけれど、それをよく聞き取るよりも先に、赤鎧の男の操る赤熊が俺達目掛けて突進してきた。更にそれをフォローするかの如く、天井に貼り付いている白蜘蛛が腹部を上げ、その先端部から粘着質の糸玉のようなものを放って来ており、そのいくつかが既にリランの身体に着弾して纏わりついて、両腕を地面から離す事が出来ないようになっていた。

 

 蜘蛛型のモンスターの中には、当たった対象の身体に纏わり付く事でその身動きを阻害する粘液や粘着力のある糸玉を、口や腹の先端部から放つ攻撃方法がある。それを今使って来ているという事は、白蜘蛛の放つ粘液で確実に敵の動きを止め、赤熊の突進攻撃をお見舞いするという戦法を使って来ているのだろう。

 

 

「リラン!」

 

 

 いくらリランと言えど、身動きを封じられた状態で攻撃を喰らえばかなりのダメージを受けるし、あの赤熊だって他の二匹と違ってかなりの攻撃力を持っているかもしれないのだ。それにリランは狼竜形態となっている時、俺達のような痛覚抑制機能は持っておらず、ダメージを受ければ大きな痛みを感じるようにもなっているから、赤熊の攻撃はかなりの苦痛を伴うものとなるはず。

 

 思わず慌ててリランに指示を出そうとしたその時、リランは何も言わずに突然身震いした。身体が大きく揺すられて振り落とされそうになったものだから、咄嗟に取っ手に捕まり直したそこで、リランの身体からぶちぶちという糸が切れるような音が聞こえてきて、直後にリランの身震いが止まった。

 

 それから間を置かずにリランは上半身を(もた)げて後ろ脚で立ち上がり、リランを象徴するモノと言っていい額から生える大聖剣のような角に光を纏わせ、そのまま前方を一閃した。

 

 リランが立ち上がって角を振り下ろし切るまでの間、世界の時間がスローモーションとなったような感覚に陥り、俺は咄嗟に前方を見る。目の前にあったのは赤鎧の男を乗せた赤熊の姿であり、突然振り落とされてきた大聖剣の刀身を一身に受けて、その身体が真っ二つにされてしまっているのが認められた。

 

 そして世界の時間が元に戻ると、赤熊は水色のシルエットとなり、無数のガラス片のようなエフェクトをまき散らして爆散。赤鎧の男は何も言えないまま赤とオレンジの色で構成された炎の玉となってしまった。

 

 俺達に立ち向かって来たシャムロックの者達は、たった一匹の狼龍によって四人と三匹を失い、残すは天井に貼り付く白蜘蛛を操るウンディーネの男だけになっている。そこへと顔を向けてみれば、白蜘蛛の背中に跨るウンディーネの男の顔に明らかな恐怖の表情が浮かんでいるのが見える。

 

 赤鎧の男が敗北する事が読めなかったのか、あるいは対峙している狼龍の強さを予想する事が出来なかったのか。いずれにしても予想外に出来事に見舞われてしまって動けないでいるウンディーネの男――俺達の目の前に立ち塞がっている最後の敵を見ていると、すかさずリランが口を開き、現実世界のどの生物も持たない内臓器官より発生させた白化熱を弾丸にして放った。

 

 先程と同じように発射とほぼ同時に白く色が飛んだ爆発が巻き起こり、白蜘蛛と背中のウンディーネの男を呑み込んだ。数秒後、天井に貼り付いていた白き蜘蛛は白き爆炎の中から落下する形で再度現れ、地上に達する前にシルエットとなり、ガラス片となって爆散。その背中に跨っていたウンディーネの男は鈍い音を立てながら地上に墜落し、その身体を青と白で構成されたリメインライトと化させた。

 

 決着がついた。俺達とシャムロックの戦いは、俺達の勝利で終わった。それもこちらの被害は全くない、相手だけがほぼ一方的にやられたような戦いであり、俺達全員のHPは戦闘開始時からほとんど変化がない。事実上シャムロックの返り討ちみたいなものだ。

 

 そんな事になるとは予想できていなかったのだろう、レインとイリスがリランの元へ寄ってきて、俺もそれに応じる形でリランの項から飛び降り、着地した。

 

 

「き、キリト君……こんなに簡単に勝てちゃったよ……?」

 

「あぁ……俺にもよくわからないような事になったよ」

 

「どうなってるんだい。この人達はシャムロックのメンバーで、ここの攻略を進めてる連中の中じゃエリートのはずだろう。それがこんな簡単にやられるのかい」

 

 

 イリスの言葉を聞いたその時に、俺はある事を思い出した。この戦闘を始めた時、相手を見たリランが何か気になる事をずっと口にし続けていた。それの答えを聞こうとしたその度に倒した者達が襲い掛かって来たから、答えを聞く事が出来ないでいたが、今ならば聞く事が出来る。そう思いながらリランに声をかけようとしたその時、頭の中に《声》が響いてきた。

 

 

《このような事になって当然だ。こいつらは……我らよりうんと、弱い》

 

「リラン? それってどういう意味だ」

 

 

 そこからのリランの話には驚くばかりだった。リランはこの戦闘が始まる前に戦いを挑んできたシャムロックの者達、及びその《使い魔》達に大よその強さを感じ取る事が出来たそうなのだが、その時に導き出された強さの数値は、俺達を遥かに下回るモノだったというのだ。

 

 《使い魔》達も一見すればかなりの強さを持っているように見えたけれども、その力はこのニーベルハイムにいるモンスター達を辛うじて上回っている程度で、リランに挑めば間違いなく返り討ちになる事が確定していたという。

 

 それだけじゃない。この者達は俺達の裏を書いてボスに挑んだそうだが、そのボスに苦戦を強いられたうえでやっと勝利し、そのまま回復もせずに俺達と戦ったらしいのだ。いくら様々な場面を見てきたイリスでも予想できなかったのか、その顔に驚きの表情が浮かんだ。

 

 

「この人達は私達に勝てないとわかっていながら、突っ込んできたのか」

 

《そういう事になるな。更にろくすっぽ回復もせずに我らを迎え撃ってきた。恐らくボスとの戦いで回復する余裕すらも失っていて、街に帰るしか回復する手段がなくなっていたのだろう》

 

「そんな無茶苦茶な……」

 

 

 一応元シャムロックであるレインの戸惑う声を聞きつつ、俺は顎元に手を添える。この者達はボスにやっとの思いで勝ち、そのまま俺達に戦いを挑んできた。更にこの者達は昨日の《Mスト》を見たうえで俺を最優先排除対象とし、襲い掛かってきたようなのだが、その時既に自分達が挑んでも俺に、リランに勝てないという事はわかっていたはずだ。このスヴァルトエリアの攻略を進める一番の大ギルドであるシャムロックならば、尚更その判断が出来ていたはず。

 

 

「……」

 

 

 この者達はセブンの考えや研究に賛同し、信奉しているとも言っていた。まさかとは思うが、セブンはシャムロックのメンバーの一部を洗脳する事に成功しており、その結果としてこの者達は勝てない戦いを繰り広げたのではないのだろうか。そうであるならば、この者達の行動もわかるような気がしてならない。

 

 あの娘に限ってそんな事はないだろうとは思うけれども、俺達は一度SAOで《疑似体験の寄生虫》というプレイヤーが正常な判断を失い、一種の暴走状態に陥る現象を見てしまっているため、その可能性を否定しきる事も出来ないのだ。

 

 一体セブンを中心としたシャムロックに何が起きているのか。SAOで不可解な現象や凶悪な集団に挑むため、思考力を日々鍛えていた俺でも、その答えは導き出す事は出来ない。こればかりはセブン本人に聞くべきしかないだろう。そう頭の中で考えたその時、すぐ目の前に効果音と共にウインドウが出現し、俺は咄嗟に思考を止めた。

 

 ウインドウはメッセージウインドウであり、差出人は俺達と別行動をしているシノン。向こうにも何か起きたのか――思いつつ開き、その中の文章を確認する。

 

 

『キリトへ

 

 ダンジョンの中を進んでいたらシャムロックの連中に出くわして、いきなり襲い掛かられたわ。それでもそんなに強くなかったおかげで勝てたけれど、そっちは何かなかった?

 街に戻ったら色々教えるから、そっちで起きた事も出来る限り教えて頂戴。

 

 それと、今日の午後七時からセブンのライブコンサートが始まるらしいの。もしかしたらセブンが何かしら関係しているかもしれないから、見に行ってみましょうよ』

 

 

 シノンらしい簡素なものだったけれども、俺達と離れて行動しているチームがどのような状況になっていたかははっきりと判断する事が出来る内容だ。そしてこれによれば、シノンのいるチームも、俺達と同じようにシャムロックと交戦する事になったようで、俺達はかなり似た状況に出くわしていたらしい。

 

 てっきりシャムロックの狙いは俺だけなのではないかと思っていたけれども、そうやらそうではないようだ。実に厄介な事になったものだと思いながらウインドウを閉じると、早速リランが《声》をかけてきた。

 

 

《プライベートなものではなさそうだ。誰からで何と書いてあった》

 

「シノンからだよ。どうやらシノン達も俺達と同じようにシャムロックと交戦したらしい。それでなんとか勝ったみたいなんだけれど……」

 

「シノンちゃん達も同じような事になったの。それって、わたし達が完全にシャムロックから狙われてるって事なんじゃ……」

 

 

 レインの言うように、シノン達も同じようになったという事は、俺達全員がシャムロックのターゲットとなっているという事を意味するのだろう。だが、もしそうなのだとすれば、今朝セブンが何かしらの事を俺達に教えているはずだし、もっと俺達に敵意を抱いていたはずだ。しかし、セブンの状態はそんなふうではなかった。

 

 

「……()せないな。とりあえずこのダンジョンの仕掛けを解除して、皆と一度合流しよう。それで今日の夜七時からのセブンのライブコンサートに参加。本人の話を直接聞いてみる事にしようぜ」

 

 

 三人は俺の言葉に答え、それを見た俺は現在のダンジョンの最深部までの道のりを歩き始めた。

 


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