そしてまたまた本日二本立て更新。
『あっ、出てきました! 警察は、我々はついにやりました! ついに世界を滅ぼす悪魔、《壊り逃げ男》を逮捕する事に成功したのです!!』
リランが進化を遂げた翌日、日曜日の朝八時十分
和人と直葉、その母親である翠はテレビに釘付けになって絶句していた。仕事の忙しさが和らいだ事によって翠を加える事が出来た和人と直葉は、いつものように朝食を摂っており、日曜日の朝八時から放送されている特撮番組を見ていた。
二十年近く前からずっと放送され続けているというその特撮番組は、根本こそは子供向け番組であるものの、内容が大人でも楽しめるようになっているという事から和人も直葉も気に入っており、日曜日の楽しみのようなものとなっていた。
「な、なんなんだ、これ……!?」
しかし、その番組は放送開始から十分後、丁度主人公が変身したシーンのその時に突然切られ、報道番組に切り替えられた。
番組が途中で切られて報道番組になるタイミングと言えば、基本的には巨大地震や火山の大噴火、超局地的豪雨による大水害などの甚大な災害が起きた時なものだから、まさかそのような事が起きたのではないかと三人は身構えたが、その予想はすぐさま裏切られる事になった。
特撮番組を強制終了させて開始された報道番組が映したのは、地震で倒壊した家屋でも、火山弾や溶岩を噴出する火山の映像でも何でもなく、街中に建つ一軒のアパートの一室に大量の警察官と報道陣が詰め寄せ、一人の男が連行されてくるという映像。
それは何らかの罪を犯した犯罪者が警察に逮捕されて、警察署まで連行されようとしている時の映像そのものであり、なんの驚く点もなかったのだが、この映像の上に出ているテロップとアナウンサーの言葉によって和人、直葉、翠は驚きのあまり絶句する事になったのだ。
テロップに書かれていたのは《《壊り逃げ男》をついに逮捕》。アナウンサーは一人の男が連行されてくる様子を見ながら興奮した様子で、「あの《壊り逃げ男》が逮捕された」とか「世界を滅ぼす悪魔から世界は救われた」などと言った。
「《壊り逃げ男》が逮捕って……えっ、えっ!? どういう事!?」
直葉が慌てた様子で和人とテレビを交互に見るが、和人はテレビに視線を向ける事をやめない。《
《壊り逃げ男》は規格外に達した高さを持つネットスキルをもてあそぶように使い、その攻撃対象を日本の最高権力機関とも言える警察やマスコミとして、ありとあらゆるサイバーテロリズムを行い、激甚な被害を与えた。
当然この存在の事を警察やマスコミや政治家は討伐しようと躍起になったが、どれだけ迫ろうとも逃げられ、犯行現場を特定しても滅茶苦茶な場所に行かされ、寧ろ一方的に攻撃され、国民の信頼を失わされる一方を作り出されるだけで、何一つダメージを与えるような事は未だに出来ずにいる。その強さは海外にも知れ渡っており、日本の近隣国ではいつ我が国にこれが来るのかと恐れている有様だ。
警察やマスコミがどんなに追い詰めようとも追い詰められない、最早不死身とも言えるネット世界に現れた魔物。その存在の事をいつしか警察や政治家よりもマスコミが憎悪するようになり、正気を失ったかのように《壊り逃げ男》を批判、叩くような報道を毎日繰り返していたのだ。
(……
警察に連れられて部屋から出され、警察署へ連行されようとして居る男の映像を見ている和人の頭の中に、かつての《壊り逃げ男》の姿と顔が浮かび上がる。
かつて《壊り逃げ男》と言われていた者の本当の名は
しかしそれらは全て演技であり、本当の目的はSAOにログインしてしまったプレイヤー達を対象にした人体実験をする事だ。その事がわかると同時に、須郷は自らが世間が話題を呼ぶ《壊り逃げ男》であると告白し、攻略組の敵となって立ち塞がったが、最終的に思わぬ助けを得ながら力を結集させた攻略組に敗れ、脳を焼かれた遺体となって見つかった。
《壊り逃げ男》であった須郷の死によって、《壊り逃げ男》は日本社会から消滅したと思われていたが、ある時再びマスコミが使用するテレビの電波がジャックされるというテロリズムが発生し、《壊り逃げ男》は――正確には二人目が――存在している事が明らかになった。
その二人目の《壊り逃げ男》が誰なのか、和人はずっと気になって仕方が無かったが、今テレビによって繰り広げられている報道番組によって、その正体が明らかにされている。
「
眉を寄せながら、和人はテレビの中に映しだされている映像を睨みつける。鬼の首を取ったかのように興奮しているアナウンサーの話によると、逮捕された《壊り逃げ男》の正体は東京都中野区某のアパートに住んでいる二十六歳の男性であり、その名は茂村保というらしい。
その《壊り逃げ男》として逮捕された茂村の特徴を、テレビは全て映し出しており、灰色のTシャツと長ズボン、脂が若干溜まった顔に銀縁眼鏡、小太りの体形と、如何にも運動から縁の遠いインドア派といった容姿の青年。
先代の《壊り逃げ男》である須郷/アルベリヒと比べたら目立った特徴というものがかなり乏しく、どこにでもいる普通の青年としか言いようのない姿をしたそれが今、
「どういう事なの、これ……って、和人!?」
驚く翠も無視して、和人はリモコンを手に取りチャンネルを変えた。
マスコミは連日の攻撃によって《壊り逃げ男》を逆恨みし、最早滅茶苦茶な報道を繰り返していた。もしかしたらこの報道の映像は、《壊り逃げ男》が逮捕されたという嘘を流して国民を騙すためのフェイク映像なのではないだろうか。
そうだとするならば、他のチャンネルは全く違う番組を流しているはず――和人はそう思ってチャンネルを一通り変えてみたが、どこの局の番組も、「《壊り逃げ男》がついに逮捕」「《壊り逃げ男》、茂村保を逮捕」「速報、《壊り逃げ男》逮捕」と、チャンネルを変えるまで見ていた局の番組と同じような事をしている。唯一、一次ソースの情報を流している事で定評があり、地上デジタル放送の何倍もの視聴率を獲得し続けているネットチャンネルのニュース番組でさえも。
神出鬼没のサイバーテロリストである《壊り逃げ男》が逮捕されたというのは、紛れもない現実の出来事だ――その事に戸惑いながら、和人はゆっくりとリモコンを置いた。直後に、妹が話しかけてくる。
「おにいちゃん……これって、これってどういう事なの」
「俺にだってわからないよ。一体何が起きてるっていうんだ」
「《壊り逃げ男》が逮捕される……警察がついにそこまで行ったって事?」
戸惑う母の声を聞き、兄妹で振り返るが、兄である和人はすぐさまその言葉を心の中で否定した。散々マスコミと警察に攻撃を仕掛けておきながら、犯人である《壊り逃げ男》が逮捕されなかったのは、《壊り逃げ男》がありとあらゆる手段でその目を欺き続けて来たからであり、《壊り逃げ男》はマスコミも警察も、ネットも手玉に取っているに等しかった。
そんな《壊り逃げ男》に振り回される一方でしかなく、進展も進化もしていない警察が《壊り逃げ男》に辿り着き、その身柄を確保する事に成功したなど、到底信じられるような事ではない。もし《壊り逃げ男》が警察に少しでもヒントを与えるようなへまをしていたならば、もっと早く逮捕されていたはずだ。
一体この茂村という男は何者なのか。
そもそも本当に《壊り逃げ男》なのか。
そもそも警察は如何にしてこの《壊り逃げ男》と思わしき茂村に辿り着いたのか。
どうして《壊り逃げ男》は逮捕されるような事になったのか。
頭の中に次から次へと疑問という名の蝶の卵が産まれて孵化し、幼虫は瞬く間に蛹になって羽化して蝶となり、群れを成して頭の中を縦横無尽に飛び回る。答えが出ればどこかへ飛び去っていってくれるのだろうが、考えようとも一向に答えが出ないため、頭の中を飛び回るだけだ。
その気持ち悪さにも似た感覚に耐えかねた和人は歯を食い縛り、ポケットの中に入れていたスマートフォンを取って起動し、電話帳を開いて、ある連絡先を選択する。VRMMOに居る時には一緒に居るが、現実世界に居る時にはスマートフォンを通じて会話し、基本的にいつも一緒に食事をするリラン、ユイ、ストレア、クィネラ、ユピテルの五人。
昨日の五人のひどく疲れていた様子を見ていた和人は朝食を始める時、まだ寝ているだろうと思ってかけないでおいた。きっと今でも彼女達は寝ているだろうし、電話のコール音で叩き起こす事になるだろうが、最早気にしている場合などではない――和人はコールボタンを押して、スマートフォンを耳に沿える。
聞き慣れたコール音が数回鳴った後に切れ、スマートフォンは現実世界と
《もしもし和人か。おはよう》
「その声、リランか。おはよう」
《どうしたのだ。まぁ、
「って事は、お前もテレビ放送を見たみたいだな」
直後に、妖精の世界から聞こえてくる声はリランのそれではなくなる。リランよりももっと幼い少女の声、ユイのものだ。ユイは和人に朝の挨拶をし、それに和人が応じたところで話を進めてきた。
《パパ、テレビでは何が起きていますか。ネットは大騒ぎです》
「こっちも似たようなものだよ。災害が起きた時並みの大騒ぎになってる」
《そんな気はしてたけど、テレビの方が大騒ぎになってるでしょ》
そう言って来たのがユイのものでもリランのものでもない声。少女のものにしては若干大人びているそれは、ストレアの声だった。和人はそれに応じてから、テレビで放送されている内容を一纏めにしたものを電話の向こうの家族と仲間に話す。それが終わった頃に聞こえてきたのは、ユイよりも幼い少女であるクィネラ、リランの弟でユイとストレアの兄の、アスナの息子である少年ユピテルの声だった。
《《壊り逃げ男》が捕まった……やっぱりそっちも同じ事になってるんだ》
《キリト兄ちゃん、ALOにログインできる? こっちもすごい事になってるんだ》
「あぁ、これからそっちに行く。エギルの喫茶店で落ち合おう!」
その言葉を最後に和人は通話を終了してスマートフォンを眠らせ、直葉と翠に状況を説明。直葉に早めにログインをするように言うと、途中だった朝食を一気に食べ進めて行った。
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アルヴヘイムオンライン スヴァルト・アールヴヘイム 空都ラインの街中
休日の朝食の際、和人には食器洗いと風呂掃除という役目もあったため、それらをこなしてからのログインになってしまった。その時には既に、リラン達との会話を終えてから軽く三十分以上経過していて、ログインする前に見た時刻は午前九時丁度頃だった。
時間としてはそんなにかかっていないが、結構時間を使ってしまったとように感じられ、キリトはログインしてすぐに空都ラインの宿屋を飛び出して、皆との集合場所であるエギルの経営する喫茶店へ向かった。
その間の街中の事などあまり気にかけていなかったが、街中に集うプレイヤー達や《壊り逃げ男》というワードをかなりの頻度で口にしていた事だけはよくわかった。その中を潜り抜けるようにしてキリトは走り、やがて目的地である喫茶店へ辿り着いた。
いつもならば仲間の皆が集まる喫茶店の中だが、午前九時頃という早い時間という事もあってか、どこもかしこも空席で森閑としていた。しかし、その中をよく見る事でいくつかの人影を見つける事が出来たキリトはそこへ向かう。
その場所は少し大きめのテーブルに椅子が並んでおり、その椅子に黒い長髪と大きな胸が特徴的な女性が腰を掛けており、その周りに四人の少女が寄り添うように立っている。黒髪の少女ユイ、白紫色の髪と大きめの胸が特徴的なストレア、白銀色の長髪が特徴的な幼いクィネラ、そして彼女達の長女であり金髪と頭に生える狼の耳が特徴的なリラン。どれもその女性が開発したプログラム達であり、事実上女性の産んだ子供達だ。
その子供達の開発者であり母親である女性と対面をしているのは、ひょろりとした長身を簡素なローブで包んだ、マリンブルーの長髪を飾り気のない方分けにして、銀縁の丸眼鏡をかけた男性。――随分と意外な人物が現れたものだと思いながら、キリトはひとまず女性の方に声をかける。
女性はキリトの声に反応するよりも前に向き直り、その赤茶色の瞳にキリトの姿を映し出す。
「イリスさん」
「おはよう、キリト君。随分とログイン時間が早いんじゃないのかな」
「えぇ、皆に話しておかなければならない事が起きましたからね。というかイリスさんもわかっているでしょ」
「まぁね。その事についてこの人と議論を進めていたところだ。娘達とも一緒にね」
そう言ってイリスが向き直った先に居るのは、アスナやディアベル、キリトが昨日のめした《ドラゴンテイマー》であるゼクシードと同じウンディーネ族の魔法使いの男性。一見すれば見た事のないプレイヤーのようにも見えるが、キリトは――正確にはキリト達の仲間達全員――この男性と既に知り合っている。
「クリスハイト。あんたが出てくるなんて珍しい事もあるもんだな」
「やぁキリト君。僕だって君達としっかり話をしたい時だってあるんだよ。そう邪険に構えないでおくれ」
クリスハイトと呼ばれた男性は少し困ったような顔でキリトを見る。このクリスハイトという男性の現実世界での名前は
この菊岡という人間は、現実世界に戻って来る事に成功したその時にキリト/和人が一番最初に接触した人間であり、SAOで起きた事などのあれこれを話した事の報酬として詩乃や皆の事も教えてくれた。
そして何より、詩乃のSAO生還者のための学校への転校の許可を下した張本人であり、その取引をこのイリスに持ちかけた者でもある。なので、今詩乃がSAO生還者の学校に通えているのは、事実上この菊岡のおかげなのだ。
しかし、明らかに何かしらの事を企んでいるというのが、SAOで様々な人間を見てきた和人はすぐに見抜く事が出来、完全に信頼するような事は出来ない男性であると思っている。菊岡がALOでキャラクターを作っているのも、本人は「VRMMOをプレイするというのを通じてキリト君達と仲良くなりたいから」が理由だと言っていたけれども、そんな事が第一の理由ではないというのもキリトは理解しているが、特に害を与えてきている事もないので、警戒しながらも、菊岡のアバターであるクリスハイトの事は仲間だと思ってはいる。
「それでクリスハイト、イリスさんと何を話していたんだよ」
「それは勿論、今朝のニュースの事だよ。今ネットもテレビも大騒ぎになっているっていうのは、君もよく理解しているだろうし、その事を僕達に話したいと思っていたんだろう」
「……あぁ」
小さく答えてから、キリトはイリスに向き直る。当のイリスはというと、ユイにブラウザに接続したウインドウを展開してもらって、それを興味深そうな目でじっと眺めていた。
「実に興味深いというか、妙な事が起きたもんだよ」
「予想は付きますけれど、今ネット上はどうなってるんですか」
「見て来てないのかい」
「それら全部すっ飛ばしてここにログインしたので」
「そうかい。ならキリト君、ちょっとこっちに来なさいな」
指示を受けたキリトはイリスの背後に回り込み、ユイの展開しているブラウザウインドウの中身に、周りの娘達と一緒になって注目する。ブラウザウインドウが表示しているのは、ニュースサイトと検索エンジンの様子、SNSの動きなどだったが、どれもこれもただ一つの話題だけを取り上げて凄まじい盛り上がりを見せている。
「《壊り逃げ男》がついに逮捕」「《壊り逃げ男》、茂村保容疑者を逮捕」。どこを見てもただそれだけが祭り上げられていて、ニュースサイトの一部はテレビでも流されていた映像を生中継して放映しており、その記事へのコメントのカウンタは凄まじい勢いで数字を叩き上げていっている。
「見たまえキリト君。《壊り逃げ男》が逮捕されたっていう話題で、ネット上は埋め尽くされているよ。今やどの話題よりもホットワードになってる。検索キーワードランキングも《壊り逃げ男》逮捕と茂村保でいっぱいだ」
確かにイリスの言う通り、ユイが表示させているブラウザの中には、《壊り逃げ男》と同じくらいに茂村保という名前がでかでかと表示されている。その様子はまるで世界を恐怖に陥れた連続猟奇殺人鬼が逮捕されたかのようだが、最早世間やマスコミにとっては《壊り逃げ男》は殺人鬼となんら変わらなかったのだろう。
しかし、どんなにメディアがでかでかと報道したところで、この茂村なる男がどのような人物であるのか、そもそもどうして逮捕されたのかまではわかっていない。
「テレビでもそんな感じでした。けれど、この茂村保っていうのは一体?」
「私もなんじゃそりゃと思っていたんだけど、ネット民の力はすごいね。すぐにこの茂村保とやらの正体が割れた。ユイ、『茂村保』で検索かけて」
開発者はイリスとしているが、キリトとシノンの娘であるユイは「はいです」と答えると、検索エンジンを呼び出してイリスの指示を実行する。世界でもっとも使われていると謳われている検索エンジンはすぐさま検索結果を弾き出してきたが、その一ページ目に表示されている言葉に、キリトは驚く事になった。
「ぜ、ゼクシード!?」