キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

227 / 565
06:当たり前の事、そうじゃない事

 リランから詳しい事情を聞き、尚且つ伝えなければならない事を伝えるために、俺とシノンは皆と一旦分かれて、宿屋へ向かっていた。

 

 街の中は相変わらず様々な種族のプレイヤーが行き交っており、プレイヤー達のぶつからないように進むのも一苦労のように見えたが、SAOの時からこういう場所を走っていた俺達からすれば、プレイヤーの群れの中を進む事など容易かった。

 

 まるで樹木のように立ち並んでいるプレイヤー達の集まる広場を抜けると、すぐに目的地である空都ラインの唯一の巨大宿屋に到着。プレイヤー達の喧騒の聞こえてくる入口の戸を開けると、古代と現在の西洋文化が入り混じっている、如何にもファンタジーの世界を感じさせる巨大宿屋のロビーの内観の中で、プレイヤー達が様々な話をし合っているという見慣れた光景が飛び込んできた。

 

 一旦その場で立ち止まり、その光景を注視したその時に、俺達はプレイヤーの中に紛れる、白紫色の髪の毛で頬の辺りに白い模様のある、紫を基調としている露出度がそれなりにある戦闘服に身を包んだ、大きめの胸と赤色の瞳が特徴的な少女、ストレアを発見。それとほとんど同じタイミングでストレアもまた俺達を発見し、俺とシノンの元へとやってきた。

 

 リランと一緒に居るはずのストレアがどうしてと、その時に聞こうとしたが、先にストレアが、俺を探しに行こうとしていた事、リランがどの部屋にいるのかなどを話してくれて、俺とシノンをリランのいる部屋へと導いてくれた。

 

 そして、ストレアに導かれる形で宿屋の中を歩き、やがてリランのいる部屋の前に、俺達は辿り着いたのだった。

 

 

「この中にリランが居るんだよな」

 

「そうだよ。けれどキリトとシノンが自ら来るなんて、どうしたの」

 

「リランの考えてる事がわかったような気がしたのよ。詳しい事は中で話すわ」

 

「そうしてあげて。リランも、キリトに言いたい事があるみたいだから」

 

 

 リランから詳しい話を聞いているけれども、その事を黙っているのか、それともそうではないのか。廊下を歩いている時にもほとんどリランの事を話さなかったストレアの声を聞きながら、俺はストレアがくれた合鍵を使い、扉を開ける。

 

 

 その向こうには、この宿屋のどの部屋にも共通している内観が織り成す光景が広がっていた。鈍い白銀色の壁に大きな絨毯の敷かれたフローリング、部屋の中央に置かれた少し大きめのベッドに、壁際にある少しだけ豪華な装飾品が施されているクローゼット、ベッドの近くにある白いテーブルの組み合わせ。

 

 この宿屋を使った事のある者ならば誰しも見た事のある光景を見回すよりも先に、俺は金髪と白金色の狼の耳と尻尾が特徴的な少女がベッドの上で上半身を起こしている事、ベッドの近くに置かれた椅子に腰を掛けている、白いワンピースを着こんだ黒い長髪の少女の姿がある事、そして黒髪少女とほとんど同じ色の長髪に、白いコートのような服を着こんだ、ストレアのように胸の大きい女性がベッドから比較的近い壁に寄りかかっているのを把握する。

 

 

 俺の《使い魔》であるリランと、リランと一緒に居るために俺達よりも先にここに来たユイ、そして彼女達の開発者であるイリスだ。三人は俺が声を出すよりも先に、俺達の方へと振り向いてきて、ユイに至っては俺とシノンを呼びつつ、駆け寄って来た。

 

 

「パパ、ママ、来てくれたんですか」

 

「あぁ、お前のおねえさんが心配になったんだ。というか、言いたい事が出来たんだよ」

 

「キリト君、シノン」

 

 

 ずっと相棒を見てくれていたであろう娘に言った直後、壁に寄りかかるというSAOの時から見てきている姿勢をしていたイリスが、静かに歩いてきた。イリスは生活リズムの関係があるのか、俺達よりもログインする時間が遅めで、俺達の攻略に協力してくれる時も、かなり遅いタイミングでパーティに加入してくる。恐らく、今回もそうなのだろう。

 

 歩み寄ってきたイリスに俺が声をかけるよりも先に、シノンがその口を開いた。

 

 

「イリス先生……」

 

「やぁシノン。今日もログインしてたようだね」

 

「イリス先生、もう忙しくてって話じゃ」

 

 

 シノンから聞いた話によれば、イリスはゲーム開発を終えて、違う仕事に取り掛かろうとしているらしい。そしてその仕事に打ち込むようになれば、これまで以上に忙しくなり、俺達にも会えなくなるという事だったのだが、イリスはこうしてログインしてきている。それを不思議がっているシノンを見つつ、イリスはすんと鼻を鳴らした。

 

 

「だから、何もログインできなくなるくらいの忙しさじゃないよ。確かに忙しくはなったけれど、君達と遊べなくなったわけじゃない。というか、言わなかったっけ? ログインは出来るって」

 

「それも出来ないんじゃないかって、思ってました……」

 

「……それはないから安心して。わたしだって、あなたに会いたい時だってあるし、話したい事だってあるのだから。だから、安心して?」

 

 

 素の口調と優しげな声色でイリスが言うと、シノンは少し嬉しそうに頷いた。AI研究者という職業柄だから、ログインすらも出来なくなるくらいにイリスは忙しくなると、シノンは思っていたのだろう。それをイリス自らが否定したのだから、嬉しくなって当然だ。

 

 そんな二人のやりとりを見ていたところ、そのイリスが俺へ目を向けてきた。

 

 

「……ログインしてきたら、ロビーで偶然娘達と出会ったんだ。何かあったようだね」

 

「ありましたよ。というか、聞いてないんですか」

 

「君達が裏世界へ進んだ事しか話してもらってないね。詳しい事はまだ知らないんだ」

 

 

 開発者であるイリスにすら、リランは何も話さなかった。俺以外に話したいという気が起きなかったのだろうか――そう思いながら、ベッドの上の相棒に向き直ったその時に、相棒の人狼少女は三角座りになり、足の間に顔を入れて顔を隠してしまった。特徴的な狼耳も落ち込んでいる時のそれのように、ぺたんと倒れてしまう。

 

 一見すれば何も見ない、何も聞かないという意思表示に見えるけれども、俺は構わず人狼少女のいるベッドに近付き、ほぼ目の前に位置まで来たところで、腰をある程度落とした。

 

 

「リラン」

 

「……」

 

「……その、ごめんな。俺が悪かったよ」

 

 

 最初の言葉をかけると、リランはその耳を一瞬で立てて、顔を上げてきた。さぞかし驚いたような表情で、紅玉のように赤い瞳を見開いていた。

 

 

「何故だ。何故お前が謝る。お前が謝るような事は……」

 

「俺はお前の主人でありながら、《使い魔》のお前の事を何もわかっていなかった」

 

 

 驚くリランの肩に手を乗せると、リランはか細い声で「え?」と言った。ひとまずリランが話を聞いてくれるようになった事を把握した俺は、思っていた事を吐き出す。

 

 

「実は俺達、先週のMMOストリームの放送を見たんだ。そしたら、出てた《ビーストテイマー》がひどい事を言っていた。お前もあれを見たんだ。それで……お前はずっと不安だったんだろう。自分の強さが他のモンスターより下回って来ている事に、ずっと進化しないでいる事に。だからお前はあの時、無茶な戦いをしたんだろう。自分がまだ強いってことを証明したくて、自分が強い《使い魔》だって事を、俺に教えたくて……」

 

 

 心の中で思っていた事を伝えつつ、先程のリランの戦い方を頭の中で思い出す。

 

 リランは普段、冷静に敵モンスターの特徴や動き、攻撃方法などを観察したうえで戦いを繰り広げていくのだが、先程の戦いの時は、とにかく相手を倒す、相手にダメージを与える事だけを優先してしまって、結局やられてしまった。

 

 あの時はリランの気持ちが何もわからなかったけれども、今ならばすべてがわかるような気がしてならない。リランは心の中に渦巻く不安を、俺に捨てられるのではないかという恐れを自分で打ち消そうとして、あのような戦いをしていたのだ。

 

 

「自分が捨てるには惜しい《使い魔》だって事を、俺に教えたかったから、あぁやったんだろう」

 

「……!!」

 

 

 更に驚いたリラン。やはり俺達があの時導き出した答えは、リランの図星を突いていたらしい。そして俺が発した言葉にユイとストレアが驚いた直後に、リランはまた耳を倒し、俯いた。

 

 イリスが溜息を吐きながら言う。

 

 

「なるほど、ゼクシードね。スヴァルトエリアのエリート《ビーストテイマー》で、強い《使い魔》を使っている事で有名だ。そして今週の《Mスト》に出て、持論を語っていたのも彼だった」

 

 

 イリスの言葉が終わったそこで沈黙してしまう事はなく、リランはか細い声を出して、俺達に言葉を伝えてきた。

 

 

「……当たっておる。我は水曜日のあの番組を見たその時から、あいつの言葉が忘れられなかった」

 

「弱い《使い魔》は捨ててしまえ……だろ?」

 

「そうだ。そして、あいつの《使い魔》の方が強いのがわかった。あいつだけではない、このスヴァルトエリアにいる《ビーストテイマー》達の《使い魔》の中に、我より強いのは沢山いる。我はもう、最強の《使い魔》でも何でもない」

 

「……」

 

「だから、我は怖かった。お前の足を引っ張っているのではないかと、お前の足手まといにしかなってないのではないかと……お前の事を守れていないのではないかと……捨てられて当然の《使い魔》なのではないかと……」

 

 

 リランは顔を俯かせたまま、膝を強く抱き寄せた。

 

 

「それだけではない。我はスメラギの《使い魔》にも負けている。スメラギの《使い魔》はあんな見た目だが、我よりも遥かに強い《使い魔》だ。我があれと戦ったとしても、勝てぬ。お前とスメラギが戦ったら、我があいつの《使い魔》に負ける」

 

 

 そこでリランは顔を上げ、その不安と心配が混ざり合った表情を俺に見せながら、もう一度その口を動かした。

 

 

「キリト、我は……我は、お前の《使い魔》に」

 

 

 リランが言い切るよりも先に、俺はリランの身体を抱き寄せて、その言葉を遮った。びっくりしてしまったのだろう、リランが黙ったところで、俺は胸元に来ているリランのその頭をそっと撫でる。

 

 

「リラン、お前は俺の自慢の《使い魔》だ。俺はお前を捨てたりなんかしないし、お前を足手まといって思った事だってないよ。これまでも、これからもずっとそうだ」

 

「……本当に?」

 

「本当だ。だからリラン、そう自分を卑下するな。お前は足手まといなんかでも、役立たずなんかでもない。俺の《使い魔》はただ一人、お前だけだよ、リラン。ずっと不安にさせたままにして……ごめんな」

 

 

 頼れる相棒であり、《使い魔》であり、家族である少女の髪の毛に顔を埋めると、もう一度か細い声が聞こえてきたが、やがてそれは嗚咽に変わり、背中の辺りを掴まれているような感覚が来るようになる。

 

 リランは俺の胸に顔を埋めて、精いっぱい俺の事を抱き締めながら、あまり大きな声を出さないようにして、咽ぶように泣き出した。

 

 

「キリト……我ッ……し……わた……しっ……わたしっ……キリトッ……キリトぉっ……」

 

 

 確かに、リランはもう他の《使い魔》に強さや力で追い抜かれてしまっているのだろう。だが、リランはそんな他の《使い魔》達とは違って、主人の事、仲間の事を思いやる事が出来て、共に喜びを感じ合う事も出来れば、悲しい出来事を悲しむ事も出来て、時には主人の胸の中に顔を埋めて、泣く事さえ出来る。そして、自分が捨てられないかどうか、恐れる事さえ出来てしまうのだ。

 

 この世界に存在する《ビーストテイマー》が従える、無数とも言える数の《使い魔》が出来ない事を沢山出来る《使い魔》を……デスゲームの世界でただ一人俺だけを選んでくれて、命を何度も救ってくれた、こんなに素晴らしい《使い魔》を捨てられる《ビーストテイマー》など、どこに居ると言うのだろう。

 

 そして、リランの不安を作り出した元凶であるあのゼクシードは、例え自分の《使い魔》がリランのようであったとしても、平気で捨てたりするのだろうか――そう思いつつ、リランの背を撫でたその時に、背後から声が届けられてきた。

 

 リランを抱き締めたまま、ある程度振り向いてみれば、シノンがひどくムカついているような顔をしているのが見えた。

 

 

「……それにしても、あのゼクシードとかいうのはムカつくわね。《使い魔》は大切な仲間のはずなのに、弱いなら捨てろなんて……あいつがあんな事を言ったばっかりに、リランみたいな心ある《使い魔》は不安になったんじゃないの。なんであんな《使い魔》を大事にしないのがトッププレイヤーやってんのよ」

 

「シノン……」

 

 

 シノンの苛立ちは、俺もよく理解している。いくらリランよりAIが劣っているからとは言え、《使い魔》はとても賢いAIを搭載しており、《ビーストテイマー》の力となって戦ってくれる、頼れる相棒とも言える存在だ。

 

 なのに、それが弱かったならば捨ててしまおうなんていうのは、《使い魔》をただの武器か消耗品のようにしか扱っていないという意識の現れであり、その発言は《使い魔》を大事にしている《ビーストテイマー》への最大級の侮辱や冒涜だ。シノンは《使い魔》を持っていないけれど、リランという俺の《使い魔》と家族のように暮らしてきているから、自分の《使い魔》が侮辱されたような気がしてならないのだろう。

 

 苛立つシノンに言葉をかけようとしたその時、イリスがシノンの傍へやってきた。

 

 

「君達が苛立つのもよくわかるけれど、ゼクシードの言っている事は間違ってないよ」

 

「イリス先生……なんでですか」

 

 

 珍しくイリスに噛み付くように言ったシノンの元へ、それまで話を聞いている一方だったストレアが歩み寄る。

 

 ストレア曰く、このALO、スヴァルトエリアの攻略を進める《ビーストテイマー》達の間では、《使い魔》は攻略の効率化に大きく繋がる存在っていう認識で通っているそうだ。それで、攻略の効率化のためには、弱いモンスターをテイムして長々と進化させていくよりも、最初から強いモンスターをテイムして、より強い《使い魔》にしていく方が効率的というのが、一般論であるらしい。

 

 現にこのスヴァルトエリアが解放され、そこの強いモンスター達がテイム出来るという事実が明らかになった途端、《ビーストテイマー》達はそれまで育てていた《使い魔》を捨てて、スヴァルトエリアのモンスターをテイムし直したそうで、更にこれは現在進行形で、流行っているという。

 

 聞いていて実に腹立たしいが、これがスヴァルトエリアの攻略を進める《ビーストテイマー》達の常識であるというストレアの話が終わった時に、深い溜息を吐きながら、イリスが言った。

 

 

「キリト君やシリカみたいに、一匹の《使い魔》をずっと使い続けて、育て続けているっていう方が、今となっては珍しいよ。周りの効率廃人の連中からは、キリト君達の方が異質の存在として認知されてるし、どうしてあんな弱い《使い魔》を捨てないのかとも思っているようだ。連中からすれば、弱い《使い魔》は捨てるっていうのが()()()()なのさ」

 

「リランは……弱い《使い魔》じゃない!」

 

「そうだよ。リランはこのスヴァルトエリアのモンスターと《使い魔》の中で最強のAIで、私と茅場さんと()()の可愛い娘だ。けれど、今のところ最強の知能を持つリランに、効率廃人共の《使い魔》の方がステータスの面で勝ってしまっている状態だ。《使い魔》を捨てるのを()()()()にしてない君達が、連中をぎゃふんと言わせるのには、やはりリランを強くするしかない」

 

 

 そうだ。リランの持っている、自分が捨てられるのでは無いかという不安を解消する事が出来ても、その根底にある、強さに対する不安を打ち消す事は出来ない。それを打ち消し、リランの心を晴らす方法は、リランを進化させて、周りの《使い魔》よりも強くする事の一つだけだ。

 

 けれど、俺はリランを強くする方法を、進化させる方法をまだ見つけられていないし、ネットの中にあるALOの最大手攻略サイトにだって、リランが該当しているモンスターである鳳狼龍の入手方法や、次の段階への進化のさせ方は掲載されていない。狼竜種自体を手に入れられたプレイヤーは沢山いるのだろうけれど、鳳狼龍にまで到達しているプレイヤーは、今のところ俺一人だけなのだ。

 

 

 それに俺達はシャムロックとの攻略競争をしており、尚且つ後れを取ってしまっているし、スメラギにもぎゃふんと言わせてやると言ってしまっている。シャムロックとの攻略競争を放棄して、リランの進化を探る暇など、俺にはほとんどないと言ってしまってもいい。

 

 リランの強さを上げる必要があるが、そうしている間に、シャムロックに先を越され続けてしまう。完全に板挟み状態だ。

 

 

「けれど……なぁユイ、何かわからないか。リランみたいなモンスターを進化させる方法とか、何か見つけられてないか」

 

「すみませんが、それは出来ません。わたしが出来るのは、敵の行動パターンを知って皆さんにお伝えする事や、クエストの進行状況とか、システムそのものに関する情報を知る事くらいで……そういう攻略情報を手に入れる事は出来ないんです。おねえさんの進化条件は、アルゴさんやフィリアさん、アリシャさん達に頼むしか……」

 

「そうだよな……けれど――」

 

 

 どうするべきかと思って呟いたその時に、メッセージが届いた事を知らせるウインドウが、効果音と共に突然現れる。少し驚きながら差出人を見てみれば、《asuna》と書いてあったがわかった。

 

 

(アスナからだ)

 

 

 俺達は今リランのところにいるけれども、アスナ達は喫茶店で作戦会議を開いている。そのアスナがこうしてメッセージをして来たという事は、これからの攻略方法や方針が決まったのだろうか――そう思いながら、リランの頭を左手で撫でつつ右手を動かし、メッセージを開き、表示されてきた文面に注目する。

 

 

『キリト君へ。

 皆で話し合って、これからの方針を決めたよ。今、わたし達は宿屋の前にいるから、リランが落ち着いてるなら、出て来てください。大事な話があります。それと、いるならシノのんとストレアもつれて来てね。

               アスナ』

 

 

 アスナらしい簡潔な文章で(つづ)られている、作戦会議が終了したという報告。俺がまだSAOの時にいて、血盟騎士団の団長を務めていた時を思い出させるようなメッセージを閉じると、シノンが静かに近付いてきた。

 

 

「今のって、誰からの?」

 

「アスナからだよ。作戦会議が終わったみたいなんだ。それで今、皆は宿屋の前まで来ているらしい」

 

「皆が来てるの? 喫茶店で私達を待ってるんじゃなくて?」

 

「そうらしい。それに、重要な話があるみたいで、シノンやストレアにも来てほしいみいたいなんだよ」

 

 

 少し不思議そうな顔をしているシノンの横に、イリスが並ぶ。更にその横には、ユイも加わっていた。

 

 

「なら、君達は行っておいで。リランの事は私とユイで見ているから、皆の話を聞いて来るんだ」

 

「いいんですか」

 

「いいともさ。だから早く行っておいでよ」

 

 

 イリスはリランの母親だし、ユイも妹だから、リランの事は任せられる。そして皆が重要な話があると言っているならば、聞かないという選択肢は存在しない。それに、皆にもリランの現状を話しておかなければならないから、やはり行かなければ。

 

 

「……わかりました。イリスさん、ユイ、リランを頼んだ」

 

「任せておくれ」

 

「任せておいてください」

 

 

 二人の頼もしい返事を聞いて、俺はリランの方へ向き直る。リランは既に俺の胸から顔を離していて、泣いた跡がくっきりしている表情で、俺の事を見つめていた。

 

 

「キリト……」

 

「リラン、ちょっと待っててくれ。皆のところに行ってくるからさ」

 

「……わかった……行ってきて」

 

「ありがとう」

 

 

 そう言って俺は相棒を離し、ベッドから降りてからシノンとストレアに声掛けし、二人を連れて部屋を出た。西洋の装飾が所々に見る事の出来る壁と床で構成された廊下を逆戻りし、沢山のプレイヤー達が集まるロビーに戻り、やがて宿屋を出る。そこで周囲を見回したところで、宿屋の入り口から右方向に少し離れた位置に、先程まで喫茶店にいた皆の姿を見つけ、合流した。

 

 その時に真っ先に俺に駆け寄ってきたのは、アスナとシリカだった。

 

 

「皆、待たせたな」

 

「キリト君、リランと話せた?」

 

「あぁ、なんとかな。俺達が予想していた事は当たってたみたいだぜ」

 

「やっぱりリランさん、不安になってたんですね……ゼクシードって人の言葉に」

 

「うん。()()()()が出てくるくらいに不安になってたよ。それで皆、こうしてここに集まったって事は、今後の攻略方針が決まったって事だよな」

 

 

 皆に問うたけれども、誰も咄嗟に答えを返さなかった。いつもならばすぐに頷いてくれるものだから、どうしたのかと思ったその時に、俺とシノンが抜けた後で攻略会議を進めてくれていた水色の髪の騎士ディアベル、黒色の長髪の少年カイムが俺の元へやってきた。

 

 

「そのとおりだ。これからの攻略方針も決まったし、裏世界をどうやって攻略していくかとか、シャムロックにどうやって追いつくかも決めたぞ」

 

「けど、それでキリトに頼みたい事が出来たんだよ」

 

「俺に頼みたい事?」

 

 

 ディアベルはほんの少しだけ皆を見回した後に俺に向き直り、強い眼差しで言った。

 

 

「キリト……裏世界攻略は俺達に任せて、お前はリランを進化させてやってくれないか」

 

「えっ!?」

 

 

 ディアベルの口から飛び出した言葉に驚くと、咄嗟にカイムが説明を加えてきた。皆は俺とシノンが抜けた後、これまでと同じように攻略会議を進めたそうなのだが、その中でリランを進化させる事も最重要項目であると判断し、俺に任せるという結論を出したらしいのだ。

 

 確かに俺は、リランの不安が進化できずにいる事であるとわかった時から、リランの事を進化させたいと思っていたし、それのための時間を割くにはどうするかと思っていたけれども、グランドクエスト攻略を放棄する事など、思い付かなかった。

 

 

「ま、待ってくれよ皆。別にリランの進化は、そんなに急がなきゃいけないような事じゃないよ。リランだって、戦えないわけじゃ……」

 

「リランは今、自分の強さに不安を持ってるんでしょ。そんな状態で戦っても、上手くいかないだろうし、そこで負けたら、尚更不安になっちゃうよ。それにおにいちゃんだって、リランを進化させてやりたそうな顔してるよ」

 

 

 リーファが咄嗟に言ったのに続いて、クラインが俺の元へとやってくる。その顔は、どこか自信に溢れているように見えた。

 

 

「それによ、俺達ってSAOで《壊り逃げ男》にも勝ってるんだぜ。あいつらに比べたら、シャムロックなんてどうって事ねぇよ。すぐに追いつけらぁ」

 

「ぼくとシュピーゲルとかは戦った事ないけれど、シャムロックよりも凶悪な奴らと戦って、皆は勝ってるんでしょう。なら、キリトが一時的にいなくなったとしても、大丈夫だよ」

 

「ボク達が本気を出した時の恐ろしさを、シャムロックの人達は知らないからね。キリトが抜けてる間に追い抜いて、びっくりさせてあげるんだから!」

 

 

 時には俺の代わりに作戦を立てる事もあるカイムが、ユウキと一緒に近付きながら言う。確かに、俺達はSAOの時にはもっと凶悪な連中と戦っていたし、それと比べたらシャムロックなど恐れるに足らないような連中だ。皆が本気で戦えば、人海戦術を組もうが、勝てそうだが……。

 

 

「皆、本当にいいのかよ」

 

「いいから言ってるんじゃないの。それに、あたし達だって仲間の一人が不安になって戦ってると、一緒に不安になっちゃうそうなのよ。だからキリトは、リランの不安を解き放ってあげる事を優先してあげなさい」

 

「俺達の底力があれば、シャムロックなんてすぐに追いつけるんだ。だからキリト、お前はリランに尽力してやれ。リランの主はお前だけなんだからよ」

 

「アタシも賛成だよ。リランは今すごく不安になってるの。その不安を解けるのは、やっぱりキリトだけ。裏世界攻略はアタシ達に任せてよ、キリト」

 

 

 

 リズベット、エギル、ストレアの順の発言を聞いたところで、俺は皆の事を見まわす。皆の顔はどれも、清々しくも、これからの激しい戦いに備えようとしているような強さと、俺にリランを進化させてほしいという願いを込めているような気持ちも感じる事が出来る表情が浮かべられている。

 

 恐らく、皆の気持ちは本気だし、これから本気で、俺のいない状態でシャムロックへ戦いを挑むつもりなのだろう。ここまでの決意の表情を見たのは、SAOの百層にいる《壊り逃げ男》に戦いを挑む前の時以来だ。――皆はあの戦いに挑む時と同じくらいの決意を、示している。

 

 こんな皆の願いを、跳ね除けるわけには、いかない。

 

 

「……いいんだな。いいなら俺は、そうさせてもらうぜ」

 

 

 血盟騎士団の団長という攻略組のリーダーをしていた時のように、皆に尋ねると、皆は強気の表情のまま一斉に頷いてくれた。その事によって、今後の目的が頭の中でまとまり、やるべき事がわかったような気を感じた。

 

 

「わかった。皆、ちょっとの間、俺は抜ける。けれど、そんなに時間をかけるつもりはないからな。すぐにリランを進化させて、戻って来るよ。俺とリランが居ない間の攻略を、頼んだ」

 

 

 号令のように言い放つと、皆はもう一度頷いてくれた。皆としばらくの間攻略が出来なくなるのは辛い部分もあるけれども、《ビーストテイマー》として《使い魔》を不安にさせておくわけにはいかないのだ。攻略は皆に任せ、俺はリランの進化条件を探さなければ――心の中で思い、尚且つ頭の中でこれからの事を計画を立てようとしたその時に、隣から比較的大きな声が聞こえてきて、俺は思わず向き直った。

 

 そこにいたのは、俺と一緒にリランの様子を見に来てくれていた、シノン。

 

 

「皆、悪いんだけど私もキリトに付いていくわ。リランは私にとっても大切な存在なの。だから、私もリランの力に、キリトの力になりたいの。だから……私もキリトと一緒に行くわ!」

 

 

 シノンの宣言にも似た発言に、俺を含めた皆が驚きの声を上げる。確かにシノンは、リランを家族のように思っているからこそ、こうやって俺と一緒に来てくれたわけなのだが、これからも俺に付いていくとは、全然想像出来ていなかった。

 

 皆は強いし、そこら辺のモンスターなんかには負けないくらいだけれども、それは皆がチームワークを意識して戦っているのが大きくて、そのチームワークの中にシノンも入っている。シノンという貴重な後衛攻撃手が皆の中からいなくなれば、戦力がかなり落ち込んでしまう。

 

 

「お、おいシノン。何も君までそんなことしなくたって……」

 

「さっきも言ったでしょ。私だってあの娘の事を放っておけないのよ。これはあなた一人だけの問題ではないの。だから、私も付いて行かせて、キリト」

 

 

 リランだって私の家族なのだから、あなた一人だけに背負わせるわけにはいかないの――シノンは先程とほとんど同じ、強い意思表示を宿した瞳で訴えてきていた。シノンが本気になる事はそれなりにあるけれども、リランの事で本気になる事はあまりなかった。

 

 そんなシノンがリランに本気になっているという事は、リランはシノンにだって思いやられているのに他ならない。――それがわかると、俺は胸の中が暖かくなったような気がした。

 

 

「……わかった。それじゃあ、君にも手伝ってもらうよ」

 

「任せて頂戴」

 

「皆、シノンもいなくなるけれど、これはほんの一時にする。すぐに戻って来るから、それまで攻略を頼んだぞ」

 

 

 皆は俺の頼みを受け入れるかのように、頷いた。皆はこうしてやる気になってくれているし、シャムロックだって《()り逃げ男》や《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》達などと比べるとどうってことないけれども、それでも戦力をいくつか削いだ状態で長く戦うには辛い相手だ。早く皆の元へ戻って来る事を、俺達は最優先した方がいいだろう。

 

 これからやるべき事は迅速さが求められるはずだと思ったその時に、黒い髪と青い瞳、多少の露出度のある戦闘服が特徴的な少女が俺の元へやってきた。トレジャーハンターであるが故に、アルゴよりかは幾分か劣るものの、情報通であるフィリアだ。

 

 

「キリト、実はわたしの情報の中に、使えそうなのがありそうなんだ」

 

「それって、《使い魔》の進化条件とかか?」

 

「そうだよ」

 

 

 フィリアによると、スヴァルトエリアを攻略している《ビーストテイマー》達は、スヴァルトエリアにいる強いモンスターをテイムする事によって、戦力の増強をしているのがほとんどなのだそうだが、ALO本土でテイムした《使い魔》に、スヴァルトエリアで手に入ったアイテムを使って進化させ、強くしている者も多いらしい。

 

 そして後者の話によれば、スヴァルトエリアで手に入ったアイテムで進化した《使い魔》は、スヴァルトエリアのボスモンスターをテイムした《ビーストテイマー》とデュエルしても、十分に戦えるくらい強い個体となる事がほとんどだという。

 

 

「つまり、リランもその可能性を持っているってわけか。その《使い魔》を進化させるアイテムは、どんなのなんだ」

 

「それは《使い魔》によって様々。武器だったり消耗品だったり、専用アイテムだったり素材だったりする時もあるみたい。けれど、見違えるくらいに強い《使い魔》に進化させたアイテムは、難しくて長くて濃厚な内容のクエストの報酬とかだったりする事が多いらしいよ。だから、こういうクエストを探してみるといいかもしれないね」

 

「なるほどな。じゃあ、とりあえずそんなクエストがあるかどうか、探してみるよ」

 

 

 クエストと言っても無数にあるから、探すのだけでも苦労しそうだけれども、リランの事もかかっているし、SAOの時の前血盟騎士団団長であったヒースクリフのように、皆に攻略を任せきりにするわけにもいかない。シャムロックの連中を追う事になる皆と同じように、俺達もまた、今日から急がねば。

 

 

「それじゃあ皆、それぞれ別なところを、攻略開始!!!」

 

 

 俺の号令の直後に、皆の「おおっ!!」という威勢のいい声が続き、空へと広がっていった。

 

 

 

 




 次回からは皆から離れ、アインクラッド編最初期以来のキリト&リラン&シノンの独自クエスト攻略。

 リランは無事に進化できるのか、乞うご期待。




――補足等――


 Q.リランの口調、途中で変わってない? というか『自分の素』って?

 A.リランの普段は一人称「我」の、「~のだ」「~であろう」「~ではない」といった堅苦しい口調だが、素は一人称「わたし」で「~だよ」「~じゃないよ」「~かな」といった、「~わよ」「~だわ」などを使わない口調。

 普段は自分がキリトの《使い魔》の狼竜である事を意識しているために、前者の口調で喋っているが、酷く動揺していたりすると、素の後者の口調が出る。
 《使い魔》狼竜と言えど、プログラムと言えど、リランだって素は女の子。しかし、余程の事がない限りは出ないため、リランの「わたし」は貴重。


 Q.じゃあリランって何歳くらいなの?

 A.MHHPとしての役目や能力を持っている、SAOを乗り越えてきたという事もあるが、精神年齢は十代後半くらい。シノンやアスナと同年代くらいである。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。