この『偽りの勝利者』で、わかる人はわかるはず。
『
動画が動き出して早々飛び込んできたのは、派手なブルーシルバーの長髪にサングラスのようなアクセサリで目を隠した、銀色の戦闘服を纏う男。その甲高い声が、喫茶店の中に響き渡る。この男が、《今週の勝ち組さん》に呼ばれてきたトッププレイヤーのようで、尚且つALOでのトッププレイヤーである事も、話の内容でわかった。
『まぁ確かに、AGIを上げるっていうのは重要な事ですよ。現に素早い《使い魔》は回避力も高いですし、AGIを高める事で進化する《使い魔》もいますからね。だけど、全部が全部AGI上げとけば強い《使い魔》になるなんて事はありませんし、ドラゴン族だってAGIを上げさえすれば全てが最強種に進化するなんて事はないですからね。早い《使い魔》が強いなんて事は、今となっては過去の話なんですよ』
得々と語る男。話し声はかなり甲高いものだけれども、その中に嫌味や皮肉がたっぷりと含まれているのがわかる。そんな男に、司会進行役であろう、テクノポップな衣装に身を包んだ少女が話しかける。
『けれど、一番最初にそう言ったのは貴方じゃないですか、ゼクシードさん? 《使い魔》はAGI特化が最強って。それにドラゴン族をテイムできたら、AGIを特化させれば最強の狼竜種に進化するって、言いませんでした?』
『言いましたよ。狼竜種は強力なモンスターですから、ボクも狼竜種を従える《ドラゴンテイマー》になろうと思いまして、いろいろ試行錯誤したんですよ。
けれど、狼竜種の進化条件は、AGI特化じゃなかったんです。狼竜の元となっている狼は素早いから、AGIを上げる事こそが進化への鍵なんじゃないかって思ったんですが、どうもそうじゃなかったみたいなんです。あれはボクの早とちりでした。まぁその後すぐに正しい方法を見つけて、無事に狼竜種を手に入れましたけれどね』
ゼクシードと呼ばれた男が言うなり、その背後で光が爆発し、とあるものが出現する。狼の輪郭を持ち、黒とオレンジ色の混ざった毛並みに身を包み、背中から猛禽類のそれによく似た形の翼を一対生やしたドラゴン。甲殻が無かったり、そもそも色が異なっていたりしているが、基本的にはリランと同じ形をしている狼竜の姿に、皆が驚きの声を上げ、俺の隣に来ていたシノンが言う。
「ちょっ、リランがもう一匹!?」
「多分リランとは違う種類の奴だよ。けど、こいつ俺と同じ《ドラゴンテイマー》だったのか」
恐らくこのゼクシードという男は、テイムが困難なレア種族のドラゴン族、それもレア中のレアである狼竜種を手に出来た《ドラゴンテイマー》であるからこそ、《今週の勝ち組さん》に呼ばれてきたのだろう。
画面の中のゼクシードは続けた。
『まぁあれですよ。ドラゴンはAGIを上げれば狼竜になるっていうのは、誤情報でした。本当にすみません。けれど大丈夫です。《使い魔》はいくらでも替えが効きますし、間違った育て方をしちゃったなら、消去して違うのをテイムして、そいつを育て直せばいいんです。
弱い《使い魔》は足手まといにしかならないんですから、間違ったらスッパリ捨てて、育て直しましょう! あ、ちなみにこのドラゴンの進化方法は企業秘密ですので、皆さんで模索し合ってくださいね』
ゼクシードの発した言葉を耳に入れた途端、心の奥底から怒りが込み上げてくるのを感じた。
なんて心無い事を言うのだろう。《使い魔》はプレイヤーと一緒に戦ってくれる仲間であり、寧ろプレイヤー達となんら変わらない存在であるはずなのに、弱いのは足手まといだから捨ててしまえなんて。しかも、そんな事を言い出すような奴が、俺と同じ狼竜を使っているものだから、余計に腹が立って仕方が無かった。
その直後に、アリシャがクィネラに動画を止めるよう指示。次の瞬間、クィネラの開いていたブラウザは閉じられて、ウインドウは元の大きさに戻る。だが、その時には喫茶店の中は重い沈黙に包み込まれており、動画が終わっても尚、誰もが言葉を発する事が出来なかった。
「なんだよ……弱い《使い魔》は捨てちまえって……!」
静寂を最初に破ったのはクラインだった。目を向けてみれば、とても悔しそうな表情を浮かべて、拳を握っているのが見えた。ゼクシードの言葉を聞いて、ほとんど俺と同じ気持ちを抱いていたようだ。
それに続けて、シリカが大事な《使い魔》であるピナを抱き締めつつ、言う。
「《使い魔》は、そんなふうに扱っていいようなものじゃありません。なのに、なんで……」
「姐、アリシャさん、このゼクシードって?」
カイムが尋ねると、アリシャが皆に説明を施した。このゼクシードというのは、ウンディーネ族のプレイヤーで、尚且つ俺とシリカと同じ《ビーストテイマー》であり、《ドラゴンテイマー》であるという。
元々このALOではケットシーだけが《ビーストテイマー》になれるようになっていたが、俺達がALOを始める数か月前にザ・シードが組み込まれてから、ケットシー族以外のプレイヤーでも《ビーストテイマー》になる事が出来るようになった。
そしてその時に、強力なモンスターであるドラゴン族をもテイムできるようになったという事が公式発表され、《ビーストテイマー》の多くがドラゴンを求め、尚且つ強さと格好よさを持つ狼竜が最も求められたのだが、その中でゼクシードは、AGIを特化させれば狼竜へ辿り着く、そうでなくても《使い魔》はAGIを上げれば最強となるという情報を流していたそうだ。
その説明が終わりごろに近付いた頃に、アリシャは深い溜息を吐いた。
「けど、ゼクシードの言ってた事は嘘だったんだヨ。AGIを上げれば最強になるなんてありえないし、そもそも狼竜に辿り着くのがAGI特化なんて事もないんだ。速さだけが強さなんていうのはないんだヨ」
「そしてゼクシードは、他の者達が模索し合いっている間に、キリト君のリランと同じ種類の《使い魔》を手に入れる事に成功した。ゼクシードは誤った《使い魔》の育て方を広める事で他の《ビーストテイマー》の強さを削いで、自分だけ強力な《使い魔》を手に入れていたんだ。しかもゼクシード自身はかなり強いプレイヤーだから、余計に性質が悪い」
アリシャと同じように悔しそうな表情をするサクヤ。恐らくシルフ族の《ビーストテイマー》達の中にも、ゼクシードの嘘に踊らされた者が沢山いて、その声を聞いているのだろう。ゼクシードの嘘流行の被害は、かなり広範囲に及んでいるらしい。
「それにゼクシードは、出来るだけ強い《使い魔》を手に入れたいなら、弱い《使い魔》はさっさと捨てるべきとも言ってたのヨ。弱い《使い魔》は捨てて、最初から強い《使い魔》をテイムしようってネ。……どんな《使い魔》もしっかり育てれば十分に強いのにネ」
アリシャによる追加説明を聞いたその時に、俺は頭の中に一筋の光が走り、今日のリランに関する事柄が全て線で繋がったような感覚を覚えた。同刻、今日のボス戦での出来事、リランの態度や様子が、一気に思い出される。
リランはいつもの冷静さを失ったかのように、巨蛇龍を倒そうと焦り、負けた時には足手まといとかなんとか言っていた。そしてゼクシードの弱い《使い魔》は足手纏いだから捨ててしまえという言葉。もしかしたらリランは――考えようとしたその時に、リーファが俺の傍までやってきた。不安そうな表情をその顔に浮かべながら。
「おにいちゃん、リランはもしかして、おにいちゃんに捨てられるって思ってたんじゃないかな。自分は弱い《使い魔》で、足手まといだって勘違いして……」
「……!」
リーファの言った事は、まさに俺が考えようとしていたことそのものだった。リランは自分の強さに、既に限界を感じていたのだ。けれど、その時にゼクシードの発言を聞いてしまって、俺に弱い《使い魔》として捨てられてしまうと思い込んでしまったのだろう。でも、それを否定したくて今日、巨蛇龍に無理な戦いを挑み、結局やられてしまったのだ。
そして巨蛇龍に挑む前に言っていた、俺への話というのは、自分を捨てる気があるのかとか、足手まといじゃないのかとか、そういう内容だったのだろう。
今リランは……俺に捨てられると思ってしまっている可能性がある。結論には至らない可能性を考え出したその時に、アスナがユピテルとともに俺の傍へとやってきて、アスナが俺の名を小さく呼んだ。俺と同じ事を考えたのか、心配そうな表情が顔に浮かんでいる。
「キリト君……リランは……」
「……俺の《使い魔》はリランだけだ。非効率だと非難されようが、リランしか俺の《使い魔》は務まらないし、リラン以外の奴を《使い魔》にするつもりもないよ」
リランの気持ちがどうなっているのかはわからない。けれども、もしリランが本当に不安になっているならば、その不安を、俺が解消してやらなければならない。そしてリランに進化が必要で、リランがそれに悩んでいるのであれば、進化させて悩みを解消させてやるのもまた、主人である俺の役目だ――頭の中でこれからやるべき事を整理すると、俺は立ち上がり、皆に言った。
「皆、悪いけど俺、リランのところに行ってくるよ。やっぱり俺にはリランが必要なんだ。けれどこれは俺の問題だから、皆は予定通り攻略会議を進めてくれ。進行はディアベルとカイムに任せる。戻ってきたら、これからの攻略作戦の説明を頼む」
少し早口で言うと、ディアベルとカイムが頷いてくれた。ディアベルはSAOの時から攻略組の指揮系統を担当していたし、カイムも俺がいない時のチームリーダーをやってくれているから、慣れたようなものなのだろう。そしてその他の皆も、これからの俺の行動を容認してくれているような表情を浮かべてくれていた。
その様子はまるで、「リランの元へ向かってくれ」という皆の意思表示のようだったが、その中でただ一人だけそうせずに、俺の元へ駆け寄ってきた者が現れた。白水色の毛色と山猫のそれを思わせる耳を頭から生やした少女――シノンだ。
「待ってキリト、私も行く」
「シノン? いや、君は皆と……」
「私だってあの
シノンは良く見せてくれていた強い眼差しで訴える。シノンだって何度もリランに助けられているし、SAOの時には同じ家でずっと暮らしていたのだから、シノンにとってもリランは家族なのだ。放っておけなくて当然だろうし、そんなシノンを拒絶する理由は、何もない。
「……そうだな。一緒に来てくれ、シノン」
「えぇ」
シノンが頷いたのを見た後に、俺は皆にもう一度声をかけて、シノンと共に喫茶店を脱し、多くのプレイヤー、多くの《ビーストテイマー》で溢れそうになっている街の中を走り、リラン達が向かって行った宿屋へ急いだ。
□□□
「今回解放された《裏世界・岩塊原野ニーベルハイム》は、フロスヒルデのそれを遥かに超える強さを持ったモンスター達が出現するだろう」
「それに、攻略に躍起になってるシャムロック連中も向かってくるかもしれないから、モンスター意外とも戦えるように準備しておかないといけなさそうだね」
キリトとシノンが去った後、喫茶店ではディアベルとカイムを中心にして攻略会議が行われた。キリトとシノンの二人が居ない状態で攻略会議が行われるというのは、これまでも数回あったけれども、二人はSAOの時からの攻略組トッププレイヤーであったため、攻略会議に参加しなかったからと言って、戻って来た時に後れを取るような事もなかった。
なので、今回も二人無しで進めても問題なしで、二人が戻って来た時にはいつも通りに攻略が進む事だろう――ディアベルとカイムの話を聞きながらそう思っていたその時に、横から小さな声が聞こえてきている事に、アスナは気付いた。視線を向ければ、そこに居たのは、何か不可解そうな顔をして軽く下を向いている、灰銀色の髪の毛と黒緑色の戦闘服が特徴的な少年、シュピーゲルの姿。
「ゼクシード……ん? ゼクシード……んん?」
「どうしたの、シュピーゲル君」
声をかけてみると、シュピーゲルは静かに顔を向けてきた。その不可解そうな表情は変わる気配を見せない。
「あぁアスナさん」
「シュピーゲル君、どうしたの。なんだかゼクシードって言ってるけど」
「うん。何だか僕、その名前に嫌な感じがあるんだよ。なんでだろう」
「名前に嫌な感じがある?」
「うん。なんだか聞きたくないっていうか……嫌な気分になりそうになるっていうか、腹が立ってくるっていうか」
「もしかして、シュピーゲル君もゼクシードに騙されたとか?」
アスナの問いかけに、シュピーゲルは首を横に振り、もう一度軽く下を向いた。
「そうじゃないよ。ゼクシードっていう名前は今日初めて聞いたし、あいつがあんな事をしてたっていうのも初めて知ったんだ。けど、なんだか僕はゼクシードを知ってて、何かされた事があるような気がして……」
「何それ……シュピーゲル君も何かデジャヴを感じてるの?」
「アスナさんもそういう事があるんですか」
「うん。前に何回か……何なんだろうね、これ」
シュピーゲルは軽く首を傾げた後に、もう一度アスナに向き直る。
「僕にもよくわからないや……けど、あのゼクシードって奴が嫌な奴だって言うのはわかったし、やってた事が許されるような事じゃないっていうのもわかった」
「そうだね……なんであんなにひどい事を言えるんだろうね」
「あんな事はするものじゃない。調子に乗って悪事を繰り返せば、その時に何かなくても、そのうちドーンと大きなしっぺ返しが来る。場合によって天罰が下るかもしれない……」
思わず反応をするアスナ。シュピーゲルの言葉には、天罰やしっぺ返しなど、ある人物が使いそうな単語が多く含まれており、その言葉自体もその人が言い出しそうなそれだ。その人物の名前を思い浮かべて、アスナは問うた。
「それって、イリス先生が言ってたの?」
シュピーゲルは頷き、そのまま黙った。少年の声が遮断されると、アスナの耳には、ディアベルとカイムによる攻略会議の声が届けられてくるようになった。
――用語解説――
・ゼクシード
原作ではGGOプレイヤーで、AGIを高めれば最強なんていう嘘を垂れ流す悪質プレイヤーだった。
その悪質さは活動の場がALOになっている今作でも変わっておらず、周りのプレイヤー達を嘘で陥れて、自分だけ強力な《使い魔》を手に入れるという方法をしており、ALO内の《ビーストテイマー》の間では非難が相次いでいる。