キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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オリキャラのお話。


03:紫色と黒色

「っていう事なのよ。これからレインっていう女の子が来たら、皆仲良くしてね」

 

 

 アスナの話が、今終わった。

 

 イリスと話をした後に、エギルの店にいつものメンバーは集結した。俺は揃ってきた皆に挨拶してから、早速昨日出会った謎の多いプレイヤーであるレインの事を話した。

 

 しかしやはり、レインが俺達がSAO生還者である事を知っているという話は皆にとって衝撃的なものだったようで、その部分に差し掛かった時には一斉に驚きの声が上がった。

 

 そして話が終わった頃、クラインがさぞかし羨ましそうな顔をして、俺に言って来た。

 

 

「キリトよう、お前ってば、なんでそう女の子プレイヤーホイホイなんだよ。そろそろ一人くらい俺にも譲れっての!」

 

「お前、セブンのクラスタになったから女の子プレイヤーは必要ないんじゃないのか」

 

 

 目を半開きにしているエギルに向けて、クラインは噛み付くように言った後、俺に向き直る。

 

 

「それはそれ、これはこれだ! っていうか、そのレインちゃんっていうのは、今どこに居るんだ。少なくともこの辺にはいないよな」

 

「いないな。いやそもそも、詳しい居場所だってわかってないんだ。ただ付いてきていいって言っただけで、フレンド登録したわけじゃない。だからレインが今どこに居るかなんて、わからない」

 

 

 そこで、レインと同じ種族レプラコーンであるリズベットが、如何にも疑っているような顔をして、呟くように言った。

 

 

「でも、なんだか腑に落ちないわね、そのレインってレプラコーン。なんというか、信用ならないっていうか」

 

 

 そこで、椅子に座りながら話を聞いていたリランが、腕組みをしつつリズベットに踵を返す。

 

 

「そうだな。レイン曰く、我らのパーソナルデータを裏サイトで手に入れたそうだが、あれは確実に嘘だ。そのような事は常人には到底出来ぬ」

 

「え、そうなのリラン」

 

「そうだ。レクトの運営はその辺りのセキュリティ管理もしっかりやっている。

 仮にクラインが卑猥なサイトで変なウイルスに感染して、フレンド情報を流出させたとしても、即時に検索をして発見し、その出所に注意勧告をした上で即座に抹消する事が可能だ。だから、レインの裏サイトというのは、完全な嘘だと言える」

 

 

 途中で出てきたリランの例えに皆が吹き出しそうになり、当の本人であるクラインは驚いたように皆を見回す。その最中で、イリスは「あっははははは」と腹を抱えて大笑いを始めた。

 

 

「な、なんだよその例え!? 俺はそんな事しねぇっての! っていうかイリスさんも笑わないでくださいって!」

 

「おっとっと、ごめんごめん、リランの例えが余りに面白くてっ、つい、笑いがっ、くっははははははははは!!」

 

 

 あまりに面白そうにイリスが笑うものだから、ついに皆が一斉に笑い出そうとしたその時に、全く笑う気配を見せていなかったシノンが俺に声をかけてきた。

 

 

「というか、ALOに私達が登録したパーソナルデータには、SAOプレイヤーだったっていう情報は含まれてないでしょう。なんでそんな事がわかるっていうの」

 

「なくても、SAOから引継ぎされたアバターは、ALOプレイヤーのそれに比べて異常なまでにやり込まれているから、雰囲気でわかるんだろう。現にカイムやシュピーゲルと俺を比べれば、ALOにいる時間が短いはずの俺の方が明らかにやり込まれているっていうのがわかるだろ」

 

「確かに」

 

 

 そこで、クラインに笑おうとしていなかったディアベルが、シノンに続く形で俺に声をかけてくる。

 

 

「じゃあ、そのレインっていう女の子は、どうやって俺達の情報を掴んだんだ。そんな事、普通は出来ないはずだろ」

 

「わからない。けれど、俺は大丈夫だって思うんだ。あいつは悪人に見えなかったし、リランだって悪人の気配を感じていないみたいだからな。どこで会ったら皆にも紹介するよ」

 

「本当にそんなのでいいの。ぼくはかなり心配なんだけど」

 

 

 ユウキの隣で腕組みをしているカイム。まぁ確かに、俺も結構突拍子もない事を言ったつもりでいるし、実際カイムはリランと過ごしている時間が俺達よりも遥かに短い。なので、リランの気配というのが信じられないのもすごくよくわかる。

 

 だが、リランは基本的に嘘を言わないし、危険な気配を感じ取れば全身の毛を逆立てて警戒するから、一発でわかるようになっている。――あの時リランは警戒自体はしていたものの、PoHとかそういった危険人物に出会った時みたいに極度の警戒状態にはなっていなかった。

 

 その事を説明しようとしたその時、抱腹絶倒していたイリスが涙を指で拭いながら、カイムに話しかける。

 

 

「カイム君、リランがそう言ってたんなら、それは真実だよ。リランは、嘘を吐かない娘なんだ」

 

「そうなの? だけど、ぼくは正直そのレインっていう娘は信用ならないな。キリト達がSAO生還者だって事も知ってて、尚且つ裏サイトで情報を掴んでたなんていう嘘まで吐いてた。怪しいどころじゃないよ」

 

 

 確かに、何故レインが俺達の情報を知っていて、尚且ついつも付けて来ていて、嘘まで吐いていたのか、全く把握できていない。そんな不確かな情報だらけのレインをいきなり信用しろというのも難しい。

 

 現に俺だって、そこまでレインを信用しているのかと言われたら、微妙なところだ――そう思ったその時、カイムの隣にいたユウキが、カイムの目の前に歩み出た。いきなりな事にカイムが首を傾げるなり、ユウキはカイムの顔に手を伸ばし、頬をグイと掴んで引き上げた。頬を無理矢理上げられたカイムの顔はそれまでの真剣な表情ではなく、いびつな笑顔になる。

 

 突然頬を掴まれて上げられたカイムは大きな声で驚き、俺達はきょとんとする。その中で、カイムは焦りながらその口を開く。

 

 

「ちょ、ちょ、なにふんほ、ユウキっ」

 

「カーイム。そんなに怖い顔しちゃ駄目だよ。キリト達が敵じゃないって言ってるんだから、レインって人は敵じゃないんだ。そんなすぐに警戒して怖い顔しちゃ駄目!」

 

「わ、わはった、わはっはかは、はなひてっ」

 

 

 カイムがかろうじて伝えたところで、ユウキはその頬を放してやる。カイムは「んにぃ」という何とも言えないような声を出して両手で頬を軽く撫で始めるが、今の様子を見ていたアスナ、リズベット、リーファの三人は、何やら黄色い視線をユウキとカイムのコンビに向け始める。それを見ているうちに、俺もその理由が何だかわかったような気がした。

 

 そもそもユウキは口を開くと、攻略の話とボス戦の話、何気ない日常の話をするわけなのだが、そこに交えて、尚且つそれらと同じくらいの頻度でカイムの話をよくする傾向にある。

 

 

 そして何より、ユウキがあのような事をただの友達だと思っているカイムにするとは思えないし、ユウキは俺達と分断行動をした時には、必ずと言っていいほどカイムと一緒に組むし、SAOに閉じ込められた時にもカイムの心配ばかりをしていた。

 

 間違いなく、ユウキはカイムとただならぬ関係を作っている。それこそ俺とシノンのように、だ。ただ、本人達――主にカイム――にその自覚があるかどうかは、定かではないだろう。

 

 

 そしてそのカイムはというと、アスナ、リズベット、リーファから黄色い視線を向けられている事に気付いていないで、ユウキに軽く怒っているのだった。なお、怒られているユウキは悪戯っぽく笑っているだけだ。

 

 その中、カイムに事情をある程度話した張本人であるイリスが、ユウキとカイムのやりとりをある程度見た後に、ふふんと笑った。

 

 

「まぁとにかく、そのレインっていう子にはある程度気を付けるって事にしたらどうだね。君達にはシャムロックやハンニバルに気を付けろとは言ってるけれど、君達が出会う人達の全員が全員そういう奴らってわけじゃないんだから」

 

「確かに、そのレインって子はひとまずわたし達に危害を加えて来てるわけじゃないから、ある程度気を付けるだけでいいのかもしれないね」

 

 

 イリスに続いたフィリアの言葉に、皆はある程度考えた後に頷く。

 

 俺達には気を付けるべき連中がかなりいる。しかし、怪しむべき点はあるが、レインがその中に一人と決めつけるのはあまりに早すぎると思うし、皆もそんなふうに考えてはいないだろう。

 

 

「そうだ。皆、もう一度言っておくけれど、レインはそこまで気を付けなきゃいけないようなプレイヤーじゃない。だから、そんなに気を張らないで接してくれ」

 

 

 そう言ったところで、皆それぞれの顔を見合った後に、もう一度頷いてくれた。俺達がSAO生還者である事をレインが知っている事を初めて伝えた時のような、警戒の雰囲気が皆から感じられなくなった事で、俺は皆がレインへの警戒心を薄くした事を把握した。

 

 

「さぁてと。ここからは次の島の攻略の事についてだが……皆、次の島の仕掛けとか、そういうもので、何かわかっている事はあるか」

 

 

 話題を切り替えると、早速食いついて来たのが蒼い髪の毛が特徴的なウンディーネの騎士ディアベルだった。

 

 

 ディアベルによると、俺達がレインに出会ったあの日あの時、皆はバラバラに散って砂漠浮島ヴェルグンデの空を飛び、捜索と地形把握、生息しているモンスターとテイムできそうなモンスター探しをしたそうだ。

 

 その中でわかったのは、生息しているモンスターは俺達がレインと出会った時に見た蠍型、蜘蛛型、砂地に適応した色合いの甲殻を持つワイバーンなどが中心で、ある程度奥まで行ってみると今度はゴーレムなどがいたそうだ。それらをテイムする価値があるかと言われたら、あるらしい。

 

 

 そして、ヴェルグンデにもまた、草原浮島ヴォークリンデの時のように遺跡や洞窟があったそうだが、それらの前には強力な気流を発生させる装置が設置されていて、尚且つフル稼働しており、迂闊に近付けるような状態ではなかったそうだ。

 

 この事から、この気流発生装置を解除して先に進む事こそが、グランドクエストの進行に関わっているのではないかという答えが導き出された。

 

 

「なるほどな。という事は、その気流発生装置を止めて先に進むって流れになってるのか」

 

「そういう事らしい。これから時間も沢山あるから、皆で探してみようぜ」

 

 

 ディアベルの提案に俺は頷く。話で聞いても、ヴェルグンデ全体がどのような状態で、どのような攻略方法で進んでいくべきなのか全く見当が付かない。なので、攻略方法を把握するには、直接マップに赴いて、自分の目でそれらを確かめるしかないのだ。

 

 

「そうと決まったら、早速攻略準備を始めるとしよう。今は九時半だから、出発は九時五十分程度でいいかな」

 

 

 提案すると、皆が先程と同じように頷く。ちょっと短めに集合時間を設定したけれど、皆にとってはそれほど問題でもなかったらしい。もしかしたら準備しないで直接ヴェルグンデに赴いてもいいのかもしれないけれど、ヴェルグンデは砂漠地帯であり、尚且つ詳しくフィールド状況がわかっていない未知のエリアだ。万が一の事態に備えて、準備していく方が賢明だろう。

 

 

「よし、それじゃあ一旦ここで解散。九時五十分になったら転移門に集合だ」

 

 

 その言葉を聞くなり、皆の方から「おおっ」という声が上がり、直後に喫茶店の出口の方へ向かって、皆は歩き出した。間もなくして、俺もアイテムの確認と買い出しのために、その中の一人になろうとしたのだが、咄嗟にある事を思い出して立ち止まった。

 

 そうだ、気になっていた事があった。そしてそれは、今すぐ確認しておかないと、気が済まない。多分だけど、このまま攻略に出かけてしまったら、頭の中で気になって仕方がなく、戦闘も上手く出来ないだろう。

 

 

 そんな事を考えつつ、俺はある方向に向き直る。そこにいるのは、和と洋を合わせたデザインの戦闘服を纏い、腰に刀を下げた黒に極めて近い茶色長髪の、俺の親友カイム。

 

 先程はユウキに頬を無理矢理掴まれて怒っていたカイムだけれど、今注視してみると、その様子は全くなく、普段と同じようにやんわりと話をしている。ユウキにされた事は、そこまで気に障る事ではなかったようだ。そんなカイムに近付きつつ、俺は声をかける。

 

 

「おい、カイム」

 

「ん、どうしたのキリト」

 

「ちょっと外で話があるんだけど、時間良いか」

 

「別にいいけれど……なにさ」

 

 

 俺に突然話しかけられるとは思っていなかったのだろう、カイムが少し不思議そうな顔をすると、すぐさま隣のユウキが、顔に興味深いと言わんばかりの表情を浮かべて、話に食いついてきた。

 

 

「えっ、なになに? 攻略の話ならボクも混ざっていい?」

 

「ごめんユウキ。ちょっと個人的な話なんだ。だからちょっと、ユウキの事は巻きこめない」

 

「そうなの? なんだぁ~」

 

 

 のけ者にされた事が残念なのか、少し残念そうな顔をするユウキ。その可愛さを感じさせる表情を横目で見た後に、カイムは俺に目を向け直す。

 

 

「出来れば早くしてよ。ぼくも準備がしたい」

 

「わかってるよ。それじゃユウキ、少しの間カイム借りてくぞ」

 

 

 ユウキの返事を聞いた後に、俺はカイムを連れて喫茶店の外に出て、やがて空都ラインの街路へ赴いた。

 

 沢山のプレイヤー達が集まっているそこをある程度歩いた後に、俺は立ち止まって、カイムに向き直った。相変わらず、その顔にはこっちを不思議がっているような表情が浮かべられている。

 

 

「それで話って何、キリト」

 

「お前のリアル親友として単刀直入に聞くぞカイム。お前は、ユウキの事が好きなのか」

 

 

 俺が気になっている事。それは、親友であるカイムが、いつも一緒に居るユウキの事をどう思ってるかだ。

 

 カイムは俺がSAOに行くまでは、俺と一緒に遊んでいる事が多かったけれど、俺がSAOに閉じ込められてからは、フリーの時はユウキと一緒に遊んでいる事が多くなったし、何かとサクヤとユウキの事を口にするようになった。

 

 まぁそもそも、カイムはALO内ではサクヤの側近だし、サクヤの事を姐と呼ぶくらいに慕っている。だから、カイムの口からやたらサクヤの話が出て来たとしても何ら不思議な事はない。

 

 

 ではユウキはどうか。これはアスナから聞いた話だが、ユウキは不治の病と言えるHIV、即ちエイズを患っていたそうだ。しかもそれは治療薬に耐性を持っているものであったため、薬は意味をなさなかったという。

 

 ユウキの余命はごくわずか、生存は絶望的とされていたそうなのだが、そこに変異を遂げた免疫細胞を持ったカイムが現れた事により状況は一変。

 

 カイムの免疫細胞がユウキの身体に投入されるなり、ユウキの身体からはHIVが消滅、更にカイムの免疫細胞は弱ったユウキの身体を支え始め、ユウキの寿命を普通の人間のそれに戻してしまったというのだ。

 

 

 生存が絶望視されていたユウキへ、予想外の形で伸ばされてきた救いの手。それをユウキが受けた時から、ユウキとカイムの極めて友好的な関係は始まったらしい。

 

 この話が終わった時、アスナはこう言ってもいた。

 

 「自分の命を救ってくれたのが、自分と同じくらいの歳で、裏表無くて、優しい男の子だったなら、好きにならないわけがない。ユウキはカイムが好きだから、何かとカイムの話をして、カイムと一緒に居るんだ」と。

 

 そして先程見せつけてきた、ユウキとカイムのあのやりとり。ユウキとカイムは、明らかに恋愛関係を持っているとしか思えない。

 

 その話が真実かどうかを尋ねられるなり、カイムの顔は一気に紅潮して、ひどく驚いているような表情が浮かぶ。

 

 

「な、な、な、何を言い出すんだよいきなり!」

 

「お前とユウキのさっきのやりとり、どう考えても恋愛関係持ってる奴じゃないとやらない奴だぞ。それにお前、最近何かとユウキの話をするし、実際ユウキと一緒に居る時間もかなり多い。俺とシノンの関係にそっくりなんだがな、お前とユウキ」

 

「べ、別にぼくは、ユウキが好きなわけじゃない。ユウキは単に、ぼくのおかげで命が助かったから、ぼくと仲良くしてくれてるだけで……ぼくだって……」

 

「もしお前がユウキをただの友達しか思ってないなら、そんなに長い時間一緒に居る事なんてないと思うんだが? お前、俺がいない時とか、パーティ参加してない時とか、とりあえずユウキと一緒に居るじゃないか」

 

「……」

 

 

 黙り込んだカイム。その顔は相変わらず赤く、何かを頻りに気にしているように見える。そこへ続けて、俺は声をかける。

 

 

「別にからかったりなんかしないよ。ただ気になってるのさ。お前とユウキが、あまりに俺とシノンに似てて……友達とか親友とか、それ以上に仲良く見えるから」

 

「……皆には言わないよね」

 

「そんな事しないよ。していい話としちゃ悪い話くらい、わかる」

 

「…………」

 

 

 もう一度口を閉ざしたカイム。その目はユウキが待っているであろう喫茶店の方へと向けられており、大切な人を思っているかのような暖かい光が浮かんでいた。そしてそれは、カイムの話をした時のユウキの目に浮かぶそれに、ひどくよく似ている。

 

 ほんの少しの沈黙を続けた後に、カイムは閉ざした口を小さく開き、声を出した。

 

 

「……ユウキは、傍に居てくれたんだ。ALOに居る時は」

 

「サクヤさんの側近をやってる時もか」

 

「流石に姐の傍に居る時は無理だけど、その時以外はずっと一緒に居てくれたんだ」

 

 

 そこでカイムは俺に向き直る。その表情からは赤が消え、標準の色に戻っていっていた。

 

 

「もう知ってるだろうけれど、キリトがSAOに閉じ込められた後、ぼくはずっと不安だった。SAOにキリトが殺されるかもしれないって思ってたから」

 

 

 SAOにいた時、ユウキによれば、カイムはALOをプレイしながらも、ずっと俺の事を心配してくれていたという。

 

 それに、SAOに閉じ込められる前までは、MMOをプレイする時には俺達は揃っていたし、頻度はそこまで高くないものの、それがある種の当たり前だった。それが崩されてしまった上に、SAOというデスゲームに俺が閉じ込められたのだ――その時のカイムの心境を想像するのはそんなに難しい事ではない。

 

 

「まぁ、ゲームする時は一緒だったもんなぁ……だけど、俺がSAOに閉じ込められた後なんだよな、お前がALOを始めたのは」

 

「うん。キリトはどうかわからないけど、ナーヴギアとSAOを回収された時、一緒にお金ももらえたんだよ。そのお金でアミュスフィアとALOを買ったんだ。SAOで危険視されるようになっても、ぼくはVR世界を諦められなかった。行きたくて、仕方がなかったんだ」

 

「確かに、お前はSAOが発売された時は、ものすごく喜んでたもんな」

 

 

 カイムは話を続ける。

 

 一度は完全に危険視されたVR世界。その一つとなったALOに旅立ってしばらくした後、カイムの身体からHIVを殺す突然変異を遂げた細胞が発見され、世界的大ニュースに発展。カイムは一躍有名人になり、その突然変異細胞は世界中に展開されている無数の病院や医療機関に提供される事になった。

 

 この事で、カイムの家にはかなりの金が流れたそうだが、カイムはそんな事を大して気にはしていなかったし、カイムの両親も驚きはしたものの、突然入って来た金は全て貯金するくらいにしか使わなかったそうだ。

 

 そうした事を経て、シルフ領の領主であるサクヤに気に入られてその側近となった後だった。ALOの空を一人飛んでいたカイムの元へ、突然全身紫ずくめの女の子が現れたそうだ。

 

 

「それがユウキ、か」

 

 

 カイムは頷き、軽く上を眺めた。藍色の瞳に空都ラインの空が映し出されるが、きっとカイムの視線には空も雲も映ってはいないのだろう。そしてそこでまた、カイムの話は再開される。

 

 突然現れた女の子はカイムに「ボクを助けてくれてありがとう!」と、いきなり礼を言った。カイムは一体何の事か全くわからなくて、その事を尋ねると、女の子はすぐに事情を話してくれたらしい。

 

 女の子はエイズに苦しめられていて、余命があとほんの少ししかなかったのに、カイムがくれた突然変異細胞によって全部ひっくり返り、余命がものすごい勢いで伸びてしまったと話した。自分の命が助かったのは、君のおかげだ――女の子はそう言った後に、自分の名前はユウキである、と言った。

 

 

「確かに、ユウキはお前の細胞が提供されなきゃ、そのまま死んでたらしいからな。お前はユウキの……いや、全世界のエイズ患者の命の恩人だな」

 

「そうかもしれない。だけど、誰もぼくにお礼を言いやしなかったさ。すごいのはぼくじゃなくて、ぼくの身体の中にある突然変異細胞だからね。エイズから助かった人達は、ぼくよりもぼくの細胞に感謝したんだ。その証拠に、誰もぼくのところに会いになんて来なかったからね」

 

「まぁ、どこに住んでるかなんて教えたら偉い事になるからな、今のご時世。それはある意味仕方がない事なんじゃないのか」

 

「そうだけどさ。でも、ユウキは違ったんだ。ユウキってば、ぼくがALOをやってる事を何とかして掴んで、ALOの中を飛び回って、情報屋に詰め寄ってぼくの情報を集め、それでやっとぼくのところに来たんだってさ。どうしても、ユウキはぼくに礼が言いたくて、会いたくて、仕方がなかったんだって」

 

 

 如何にもユウキらしいと、俺は思った。

 

 あの時そのまま死へ進もうとしていたユウキからすれば、カイムがくれた細胞はまさに突然伸ばされてきた生へ導く手。それを伸ばしてきてくれたカイムの存在は、ユウキにとってこれ以上ないくらいに嬉しくてたまらないものだったに違いない。

 

 天真爛漫なユウキの事だ、その人がどのような人なのかという疑問と直接顔を合わせて礼を言いたいという欲求に自然に駆られ、そのような行為を取ったのだろう。

 

 

「それからか。お前達の関係が始まったのは」

 

 

 またカイムは頷き、話を続ける。ユウキはカイムを見つけて礼を言うなり、いきなりボクと友達になってなんて頼み込んだそうだ。あまりにいきなりな事だったものだったから、カイムは当然驚いて焦ったらしいが、特に断る理由なんてなかったので、そのままユウキと友達関係を結ぶ事になったそうだ。

 

 だけど、その時からカイムのALOでの日々は大きな変化を遂げた。サクヤの傍に居る時以外は、何をするにも必ずと言っていいほどユウキが傍に居てくれて、どんな話も聞いてくれて、どんなクエストも一緒に攻略に行ってくれた。

 

 

 そんな日々を繰り返すうちに、いつしかカイムはユウキのいないALOを想像出来ないくらいに、ユウキの存在を大きく感じるようになったそうだ。その大きさが、俺のそれを越えるのに、そんなに時間は要されなかったらしい。

 

 そしてそんなユウキに、カイムは自然と心を開き、自分の身の内の事も、自分自身がどのようなものなのかも、全てを話した。そしたら、ユウキは尚更カイムの事を受け入れて、ALOに居る時は基本的に傍に居てくれるようになって……同時にあまり人に話す事など無い自らの事情なども、話すようになったそうだ。

 

 そのおかげで、カイムはより深くユウキの事を知る事が出来るようになったらしい。

 

 

「俺の見てない間に、随分と仲を深めたんだな」

 

「そう言うけど、君だってぼくの見てないところでシノンさんに会って、あんなに仲を深め合ってるじゃないか。それとお相子だと思うんだけどね」

 

 

 そこでまたカイムは話を再開する。

 

 もはやユウキは俺以上のカイムの親友となり、カイムの隣にユウキがいるのが当たり前になっていたそうだが、ある時を境に、ユウキはALOから姿を消した。カイムはその事でさぞかし心配になったそうだが、その真相を知った時には生きた心地というものを感じなかったそうだ。

 

 それは、ユウキがSAOに拉致されたという話だった。

 

 

「あぁ。ユウキは突然アインクラッドに現れたんだよ。その理由もしばらくは不明で……だけど、自分がSAOの中にいるってわかった途端、お前を心配してたな。何も言わないで来てしまった、今頃どうしてるかって……そんな感じだったぞ」

 

「ユウキ……デスゲームの中に行っても、ぼくの心配を……?」

 

「うん。というか、お前だってそうだろ。ずっと、ユウキの心配をしてたんじゃないのか」

 

 

 カイムは驚いたような顔をした後に、少し困っているような表情をしつつ下を向く。恐らく、今俺が言った事は全て図星だろう。もうカイムは基本的に、ユウキを中心に思考を回しているのだ。それこそ、シノンを思考の中心にしている俺のように。

 

 

「それくらいいってるなら、もう打ち明けてしまってもいいんじゃないか。ユウキに好きだって。もう一回聞くけど、お前、ユウキの事が好きなんだろう」

 

「……うん」

 

「なら、早いところ打ち明けてしまって、関係を進めてしまった方がいい。きっとユウキも、それを望んでいるはずだぜ」

 

「えっ」

 

 

 そこで突然、カイムは驚いたような顔をする。まるで、俺に言われた事が余程予想外だったと言わんばかりのものだ。

 

 

「ユウキが、それを望んでる……?」

 

「そうだと思うぜ。だってユウキはお前の傍にずっといる女の子だぜ。きっとお前の事が好きだから、そういう事をして、それを続けてるんだろうし、好きだって言われるのを待っているはずだ。いや、きっとお前と似たような事を考えているよ、ユウキは」

 

「それ、なんでそんな事言えるの。確認だってしてないのに」

 

「確認ならアスナにしてもらった。いつも言うんだよ、ユウキはカイムの事が好きなんだってな。だから、好きなら早く言っちまえって。ユウキはきっと、お前の事を拒絶したりなんかしない」

 

「……本当に、そうなのかな」

 

「うん。ユウキとお前なら、いけるよ。だから、大丈夫だ」

 

 

 きっとだが、カイムはずっとユウキに思いを伝えようとしていたのだろう。だけど、もしそんな事をしてしまったら、ユウキの混乱させてしまって、今の関係が破綻(はたん)してしまうかもしれない――そう思って、何もできないでいたのだ。

 

 けれど、最近のユウキを見ていると、カイムから好きだと言われるのを望んでいるように見えなくもないし、何よりもっと仲良くなりたがっているようにも見える。そして、カイムに好きだと言われただけで、ユウキが今の関係を破綻させてしまうとは思えない。

 

 きっとこの二人は、上手くいく。そんな気が、してならない。

 

 

「……上手く、いくかな」

 

「いくよ。ヴェルグンデの攻略が終わってからでも、スヴァルトアールヴヘイムの攻略が終わった時でも、いつでもいい。早く、言ってやれ」

 

 

 カイムは下を向いて黙った。顔には不安を感じさせる表情が浮かんでいたが、やがてそれは徐々に真剣なそれに変わっていき、完全に変わった時に、カイムは顔を上げた。

 

 

「わかった。不安だけど、やってみせるよ。近いうちに」

 

「決まったみたいだな。じゃあ、後は実行に移すだけだ。もう一回言うけど、お前ならうまくいくよ」

 

「……うん。そう言ってもらえると心強い。

 なんか、ありがとうねキリト。まさか、君からこんな話が出てくるとは思ってなかったけれど、君と話したおかげでなんだかすっきりした」

 

「なにさ、俺は単にお前に思い詰めた状態でゲームをプレイしてもらいたくなかっただけだ。それに、嬉しかったんだぜ、親友のお前がついに非リア充卒業したって事がな」

 

 

 そこでカイムが苦笑いする。現実世界の俺と話している時に、よく俺に見せてくる表情でもある。

 

 

「ま~たそんな言い方する。だけどそうだね。これでぼくは君と肩を並べる事が出来たってわけだ」

 

「い~や、まだ足りないぞカイム。お前には娘がいない。俺にはユイという娘がいる。まだちょっと俺の方が先に行ってるぜ」

 

「む、娘は無理だって。っていうか、まだぼくユウキにプロポーズもしてないんだしさ」

 

「おっと、そうだったな。だけど、お前なら絶対にうまくいくはずだ。だから、時が来たらちゃんと伝えるんだぞ」

 

「うん」

 

 

 先程まで何かを抱えたような顔をしていたカイムだったが、今のカイムの顔に浮かんでいるのは悩み事などが晴れてスッキリしたかのような表情だった。それを目にした事により、俺の中にあったどんよりとした雲のような疑問も、徐々に晴れていったのがわかった。

 

 

「さてとキリト、話が終わったんなら、戻ろうか」

 

「そうだな。お前の大事な人が待ちくたびれてるかもしれないし」

 

 

 この話をする前の事を思い出したところで、俺は現実世界でも、この世界でも親友である黒に極力近い茶色の髪の毛の少年と共に、喫茶店へと戻った。

 


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