キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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ゲーム版三作品目のあの娘が登場。


―フェアリィ・ダンス 03―
01:赤髪の双剣少女


          ◇◇◇

 

 

 シノンとの会話を終えた後、俺はシノンを連れて宿屋を出た。

 

 これからの予定だが、耐暑アイテムを持ったうえでの新大陸の攻略が最優先事項。俺達はその優先事項を無視して宿屋に向かったけれど、皆は耐暑アイテムを集めるために商店エリアに向かっていた。

 

 そして今回、珍しく合流地点や待ち合わせ場所を決めないで来てしまったので、実質待ち合わせ場所は空都ラインの転移門になっているはずだ。

 

 シノンとは結構長い話をして、尚且つ軽いスキンシップをしたから、それなりに時間を要した。なので、きっと皆も待ちくたびれている事だろうし、攻略に出かけたくてうずうずしている頃だろう。

 

 

 「こんな重要な時に何をしているんだ、あの二人は」と思わせないためにも、早いところ向かわねば――そんな事を考えながらプレイヤーの賑わっている街の中を抜けて、転移門に辿り着いたところで、俺達は転移門のすぐ傍で散々見た事のある人影を見つけた。

 

 水色の長い髪の毛と白を基調とした服を着たウンディーネ、アスナ。緑色の服と金色の非常に長い髪の毛をポニーテールにしているシルフ、リーファ。リーファ同様金色の髪の毛だが、白金色の狼耳と尻尾を生やした、白と橙色の服を着たサラマンダー、リラン。その三人が、転移門の付近で話をしていた。

 

 

 よく見れば、薄ピンク色の服を着た長い黒髪の小さな妖精ユイと、銀色でユイくらいに長い髪の毛で、エルフ族という言葉から想像される服装を身に纏った妖精ユピテルの姿もある。三人ではなく、五人だった。

 

 

「おーい、五人とも」

 

「あ、キリト君にシノンさん!」

 

 

 手を振りながら声をかけると、五人はこちらに振り向き、そのうちのリーファが手を振り返してきた。その声に答えるように歩みを進め、五人の元へ辿り着くと、今度はリランが声をかけてきた。

 

 

「重要な話というのは、もう済んだのか」

 

「あぁ。ごめん五人とも、すっかり遅れてしまった」

 

「別に気にしておらぬよ。そんなに待っていたわけでもないからな」

 

 

 リランはそう言うが、この五人以外の仲間達の姿はどこにもない。一体どこへ行ったのかとも思うが、俺達を待ちきれずに先に攻略に向かったのではとも思った。

 

 

「ところで、他の皆はどうしたんだ。なんで君達だけなんだ」

 

 

 そこで、リーファが少し困りの混ざった苦笑いをする。その顔を見て、俺は皆がどのような目的を持って、尚且つどこへ行ったのか、わかったような気がした。

 

 

「他の皆なら、新しいモンスターが沢山いるって事で、先にヴェルグンデに行っちゃったよ。皆やっぱり《使い魔》が目当てみたい」

 

「そんな事だろうとは思った。それもいいけど、出来ればグランドクエストの攻略を優先してもらいたいところなんだけど」

 

「皆なんだかんだ言って、キリト君とリランが羨ましいんだよ。やっぱりリランは、強くてかっこいい《使い魔》だもん」

 

 

 アスナがリランを見ながら言うと、張本人であるリランの顔に誇らしげな表情が浮かぶ。SAOの時からそうだけど、リランは自らが強くて品のある《使い魔》だと言っているし、実際俺もそう思っているけれど、あまり人からそれを言われる事はない。だからこそ、親しいアスナなどからそう言われると、素直に嬉しさを感じるのだろう。

 

 しかしその直後、ユイがひょいと飛んで、アスナのすぐ近くに来たところで、その口を開いた。

 

 

「違いますよ、アスナさん。おねえさんはパパの、強くてかっこよくて、とても優しい《使い魔》です」

 

「……!」

 

 

 そこで、リランの顔にきょとんとした表情が浮かんだと思えば、頬が少し赤くなったものだから、俺は軽く驚く。リランは自らがカッコいい事と強い事を自覚しているが、優しいと思われている事は自覚はしていなかったらしい。それ自体は驚きに値しないのだが、リランが顔を赤くしているところには、流石に驚いてしまった。

 

 そして、リランは少し赤い顔のままユイに向き直る。

 

 

「こ、こらユイ。余計な事を言うでない」

 

「全然余計じゃないわよ、リラン。あんたは確かに、他のどんな《使い魔》よりも優しいわ」

 

 

 シノンがフォローを入れると、リランは更に顔を赤くして、シノンとユイを交互に見始める。普段言われないような事を言われ続けたためか、少し混乱しているらしい。……その様子が、いい意味でリランらしくないものだから、微笑ましく感じられた。

 

 

「お前達、我をからかっているのか」

 

「からかってなんかないよ。お前は現に優しい奴じゃないか。そんな《使い魔》を持てて、俺は最高に嬉しいよ」

 

 

 そう言ってやると、リランは赤い顔のまま俺の方へ向き直ったが、その紅い瞳でほんの少し俺の目を見た後にそっぽを向き、白金色の狼耳を寝かせて、尻尾を小さくふりふりと動かしながら、やがて呟くように口を動かした。

 

 

「……全く、調子が狂うからやめろと言うのだ……我が優しいなんて……」

 

 

 やはり、リランは自分が優しい事は全然自覚していなかったようだが、俺は同時にそれが嬉しくて仕方がなかった。

 

 リランはユイやストレアやユピテルと同じAI、即ち人工知能なわけなのだが、そこら辺にいるAI達と比べて非常に人間臭い特徴をいくつも持っているし、今だって周りのプレイヤー達の《使い魔》に搭載されているAIならば理解していそうな事を理解できないでいた。

 

 このゲームには沢山の《使い魔》がいるけれど、どの《使い魔》も人間臭くなく、寧ろただの機械と言ってしまっても過言ではない。けれどリランは一切そうじゃなく、周りのAI達と基本概念は同じであるはずなのに、人間のような特徴を持っている。いや、もはや人間と言っても間違ってはいないだろう。

 

 リランは機械ではなく、AIの癖に人間臭い、ネット世界に生きる()()なのだ。

 

 

「……!!」

 

 

 その時、喜びと恥ずかしさに浸っていたリランの耳が逆立ち、ふりふりと動いていた尻尾が突然動きを止めた。その表情も一瞬にして何かを察知して驚いているようなものに変わり、頬の赤も僅かな時間で抜け落ちる。あまりに突然のリランの変化に皆で驚き、そのうちアスナが声をかける。

 

 

「リラン、どうしたの」

 

「……まただ」

 

「またって、何を感じたのよ」

 

 

 シノンの問いかけを受けた瞬間に、リランは警戒心を剥き出しにした顔のまま周囲を見回した。全身できょろきょろと周囲を見回す度に、よく感情に反応して動きを見せる尻尾も左右に振られて、頭の上部にある耳も、細かい音を聞き取ろうとしているのか、忙しない動きを見せている。

 

 いつもはふわふわとしていてとても触り心地のいい尻尾と耳だが、恐らく今は毛の一本一本が針のように逆立っていて、とても触れたものではなくなっているだろう。――それくらいにまで、リランの警戒心は高められている。

 

 そんな尋常ではない状態になっているリランに、俺は声をかけた。

 

 

「なぁ、リラン。お前は何を感じているんだ」

 

「この前と同じだ。どこかに隠れて、誰かが我らの事を見ている」

 

 

 そこで、皆が一斉に声を上げて驚く。前にも、こうしてリランが俺達の事を見ている者がいると教えてくれて、警戒した時があった。その時と全く同じ事が繰り返されているだけで、俺は驚けたのだが、同時に背筋に強い悪寒のようなものを感じた。

 

 最初にリランが気配を感じた時よりも後の話だけれど、俺達の事をつけ回し、やがて攻撃的に接触してきた男が、一人いる。――まさかあの男がまた来ているのかと、頭の中に男の姿を描いた最中に、俺の隣に並んでいたシノンが叫ぶように声を出した。

 

 誘われて顔を向けてみれば、その顔は真っ青になりかかっていた。

 

 

「ま、まさか、PoH!?」

 

「いや、奴の持つ凶悪な気配ではない。けれども、妙な感じだ。PoHではない何かが、我らを物陰から見ているのは確かだ」

 

 

 リランの口から咄嗟に出た言葉で、シノンは落ち着きを取り戻す。シノンは凶悪な男――俺達の明確な敵であるPoHのせいで酷い目に遭ったばかりだから、誰かに見られていると言われたらすぐさまPoHを思い出してしまうのだろう。

 

 だが、基本的にリランの言葉に嘘はないから、PoHではない事は確かのようだ。実際、俺もPoHの放つ凶悪な気配を把握しているから、PoHが居ればその気配でわかるけれど、今はそのようなものは一切感じられない。

 

 この広場にPoHがいないのは間違いないようだ。

 

 

「あたし達を見ている人って……なんなの。何のためにそんな事を」

 

「知るか。だがフィールドに出れば我らの事を見失うはずだ。早く行くぞ」

 

 

 リーファの言葉を聞くや否、リランは毛の逆立ちを治しつつ転移門の方へと歩き出す。確かにフィールドは広大だから、手にしてすぐさま空に飛び立てば、どんなストーカーでも俺達を見失うだろう。前にもそうやって、俺達を隠れて見ている奴を振り切ったから、今回もそれで行けるはずだ。

 

 

「そうだな。皆、ちょっと急ごう」

 

 

 そう言うと、皆頷いてくれて、リランの後に続くように転移門へと向かっていった。皆と一緒に、解放されたばかりの新大陸が転移先に設定されている転移門を起動させると、SAOの時とほとんど同じような青いエフェクトが目の前に広がり、その数秒後、俺達の目の前に広がる光景は空都ラインの街並みから強い日差しと熱風が吹き荒れる砂漠地帯に変わった。

 

 砂漠という高熱地帯なだけあって、入って数秒も経たないうちに汗が噴き出してきそうになったが、咄嗟に前もって購入しておいた耐暑アイテムを使ってみると、汗は一気に引いていき、意識が薄くなりそうになるくらいの暑さも感じなくなって、空都ラインに居た時と大して変わらなくなった。

 

 その直後に、俺達は翅を広げて熱風の吹く空へと飛び立った。そこで俺は赤い翅を広げて飛ぶリランの隣に並ぶ。

 

 

「まさか耐暑アイテムが必須になるなんて、全然予想外だったな」

 

「とはいっても、SAOの時の火山地帯の層では耐暑ドリンクが必要だったろうに」

 

 

 リランの言葉に苦笑いする。確かにSAOに居た時も火山地帯や砂漠地帯は確かに存在し、そこを越えていくのにも耐暑ドリンクが必要だった。

 

 いや、別に必須というわけではなく、耐暑ドリンク無しでも越える事自体は出来たものの、耐暑ドリンクが無ければその暑さのせいでまともな思考が出来なくなり、モンスターの攻撃などへの対処が難しかった。

 

 SAOの時はデスゲームであり、ゲームオーバーが死に繋がるものだったから、安全策が常に最優先される状況下にあった。なので、火山地帯と砂漠地帯を越える時には、いつでもモンスターの襲撃に対応できるように、必ず耐暑アイテムを使っていたのだ。

 

 

「まぁそうだけどな。というか、VRMMO(こういうゲーム)じゃよくある要素だ。お前もだらだらと汗を流して大変だったな、あの時は」

 

「そうだ。我は暑いのは嫌いだ。いつまでも涼しい場所に居たい」

 

「だけど、リランは寒いところは平気そうだよね。変身すればもふもふだし」

 

 

 横から飛んできて並んだアスナにリランは振り向く。

 

 知っての通り、リランには人狼形態と狼竜形態の二つの姿があるのだが、狼竜形態の時は非常に柔らかくて暖かい毛にほぼ全身を包み込む。そのためなのだろう、狼竜形態になっている時のリランはどんなに寒いところに飛ばされたとしても、耐寒アイテム無しで平然と活動し、寒冷地のモンスターを自慢の炎で焼き払うのだ。

 

 その代わり、温度の高いところではものすごい汗を掻いてまともに動けなくなるから、耐暑アイテムを欲しがるし、そもそも狼竜形態になろうとしなくなる。

 

 

「確かに、リランの毛皮は暑いところじゃ脱げない防寒具だからきついだろうな。けど、リランの狼竜の力はボス戦じゃ頼りになるから、ここのエリアボス戦でも頼むぞ」

 

「承知した。ただし、戦闘前には耐暑ドリンクを忘れるなよ。我はドラゴンになると、自分でアイテムを使えなくなるからな。背中のお前だけが頼りなのだ」

 

「了解だ。自分の《使い魔》の弱点をしっかり把握しておくのもまた《ビーストテイマー》の役割だからな」

 

 

 砂漠地帯での戦闘やボス戦、地形の特徴や必須アイテム。これまでの話とほとんど内容の変わらないそれを相棒と繰り広げようとしたその時、シノンが俺の右隣に並んできた。

 

 

「《ビーストテイマー》で思い出したけれど、皆どこに行っちゃってるのよ。飛んでても、全然見つかって来ないけれど」

 

「……言われてみればそうだな。皆どこまで行っちゃってるんだ」

 

「多分、ダンジョンの中とかに潜ったりしてるんじゃないかな。もしくは珍しいモンスターが居そうなところに行ってるとか。皆かなり《ビーストテイマー》になりたそうだし」

 

 

 アスナの言葉を受けつつ、俺は周囲を見回す。一部の者達はそうではなかったものの、いつもの攻略メンバーの皆は余程俺が羨ましく思えたのか、《使い魔》を獲得する事にかなり躍起になっている。

 

 転移門から比較的近いこの周辺で皆の姿がまったく確認できないので、恐らくだが、かなり奥の方まで進んでしまっているのだろう。

 

 

「やれやれ。それじゃあもっと奥の方まで進んでみるか。合流したら《使い魔》探しをしつつグランドクエストを――」

 

「きゃああああああああああああッ!!」

 

 

 そう言いかけたその時、風の音に混ざって大きな声が聞こえ、俺は思わず驚いてその場に留まった。周りの皆も同じように声を聞き取る事が出来たのだろう、俺と同じように飛行を止めて留まった。誰もが、驚いたような表情をその顔に浮かべている。

 

 

「キリト君、今の声は!?」

 

「悲鳴だ。だけど、一体どこからだ!?」

 

「あそこだよッ!」

 

 

 軽く周囲を見回した後に、リーファの指差す方向に視線を向ける。そこにあったのは、身体の一部が結晶のようになっている蠍型のモンスターの群れに取り囲まれている一人のプレイヤーの姿。

 

 目を凝らしてよく見てみれば、赤くて長い髪の毛で、黒を基調とした衣装を身に纏っている女の子である事、そしてその身体のあちこちにダメージエフェクトがいくつも出ているのがわかった。

 

 

「あれは、女の子……あの()が悲鳴の根源か!」

 

「あれ、モンスターに襲われてるわね……どうする、助ける?」

 

「助けよう。皆、攻撃態勢だ!」

 

 

 シノンの言葉に頷いて武器を構えたその時、突如として俺達の目の前にリランが躍り出た。突然道を塞いできたリランに、アスナが驚いたように声をかける。

 

 

「ちょ、ちょっとリラン、どうしたの!?」

 

「何もお前達が武器を使うほどの相手ではない」

 

 

 そう呟くように言うなり、リランは少し手を広げて目を閉じ、言葉を紡ぎ始めた。リランの身体が光に包み込まれ、その前にいくつもの単語が縦に並んでいき、最後の単語を詠唱した直後に、リランはその目をかっと開いて、手を突き上げた。

 

 

「これで、十分だッ!」

 

 

 リランの高らかな声が響いた瞬間、赤髪の女の子を取り囲んでいる蠍型モンスター達の上空に巨大な赤い魔法陣が出現し、そこから複数の隕石のような火炎弾が出現して、そのまま真っ直ぐに蠍型モンスター達の群れの元へ落ちていく。

 

 まるで宇宙系SF映画の隕石落下シーンのように降り注いでいく火炎弾は、蠍達の元へ到達するなり破裂するように爆炎を出しながら大爆発、瞬く間に蠍達を呑み込んでしまった。

 

 隕石のような火炎弾を召喚して落下させて大爆発を引き起こし、敵を木端微塵に吹き飛ばす、サラマンダー族だけが基本的に使う事の出来る強力な炎属性魔法、《メテオ・エクスプロージョン》。

 

 それが発生させた分厚い黒煙が晴れた頃、かなりの数あった蠍達の姿は全て消え去っており、襲われていた女の子の姿だけがそこに残されていた。

 

 

 突然爆発が起きて蠍達が全員吹っ飛んだという異様極まりない光景を目にして、さぞかし驚いているであろう女の子の元へ俺達は飛び、その近くに着陸。ほぼ全身をダメージエフェクトに包み込んでいる女の子に歩み寄った。

 

 女の子はかなり長い赤い髪の毛で毛の先端が若干紫がかっている、オレンジ色の瞳をしている娘であり、そんな女の子に向けてアスナが声をかけた。

 

 

「大丈夫だった? さっきの攻撃に巻き込まれなかった?」

 

「あ、あの、ありがとう」

 

「ごめんなさい。さっきあなたを襲ってたのを攻撃した娘、プレイヤーが近くに居てもモンスターに向けて魔法撃つ本当に容赦がない娘だから」

 

 

 リランの代わりにリーファが謝るが、リランは何も言わずに赤い髪の女の子を見ていた。普段ならばむすっとしたりなど、何かしらの反応をするのに、ただじっと女の子を見続けているだけだった。

 

 そんなリランを気にもかけず、アスナは続けて女の子に問うた。

 

 

「ねぇ、あなたまさか、一人でこのフィールドのクエストを受けていたの」

 

「あぁ、いいえ、ええと……クエストを受けてたんじゃなくて、単に一人でフィールドを飛んでたら、迷っちゃって、更に今みたいにモンスターの群れに出くわしちゃって……」

 

 

 ぎこちない反応を見せる女の子。まるで答えに困っているような、動揺しているような感じだったが、恐らく先程の大爆発と敵の消失の時の動揺が消えていないのだろう。

 

 女の子に引き続きアスナは言い続ける。

 

 

「それは危ないね。このフィールドは解放されたばかりだから、まだ見た事ないモンスターが沢山出てくる。だから、これ以上一人でいるのは危ないよ」

 

「はい。あの、もしよければ、街まで一緒に行動させてもらって良いですか」

 

「えぇ、勿論よ」

 

 

 そうアスナが言うと、女の子の顔に笑みが浮かぶが、そこでリランの顔が少しだけ険しいものとなった。女の子の事をじっと見つめて動かず、しかも一切言葉を発そうとしないリランが流石に気になり、俺はついに声をかける。

 

 

「リラン、どうしたんだよ。さっきからこの娘をじろじろ見て」

 

 

 そこでリランはようやく一歩女の子に近付き、口をゆっくりと開いて声を出す。女の子は少し驚いたように、リランの方へと顔を向けていた。

 

 

「お前……見たところレプラコーンのようだな」

 

「えっ、あぁ、はい」

 

「レプラコーンは基本的に戦いには不向きな種族だ。そんな種族であるレプラコーンが仲間も連れずに一人でフィールドを駆けまわるなど、あまり聞かぬ話だし、危険行為だ。お前は何故そんな行為を働いていたのだ」

 

「えぇっ、ええっと……」

 

 

 リランの言う通り、この女の子は戦闘よりもアイテムの製造を得意としているレプラコーンだ。

 

 レプラコーンは、リズベットのように戦える者もいるけれど、基本的にはあまり戦う事を得意としていないため、アタッカーやディフェンダーといった仲間と組んで、守ってもらいながら行動する傾向にある。が、この女の子は一人で行動していると言っている。

 

 そういう事が出来ていない、そういうセオリーを理解できていないというのは、初心者によくある事なのだが……この女の子は、まだこのゲームを始めたばかりなのだろうか。

 

 

「もしかして君は初心者か? このゲーム、始めたばっかりか」

 

「えっ、あぁ、はい」

 

「その割には、随分とやり込んでいなければ手に入らないような装備を着ているではないか。それはレプラコーン専用の特殊装備で、初心者が手に入れられるようなものではないぞ」

 

 

 リランの言葉に、女の子と一緒になって驚く。確かによく見てみれば、女の子の来ている装備は、レプラコーンのみが手に入れる事の出来る専用装備であり、ソロプレイの初心者がそんな簡単に手に入れられるようなものではなかった。

 

 

「あ、いえ、えっと、今日はたまたまソロプレイだったわけで……」

 

「そしてお前から発せられている気配は、この前と先程、空都ラインの方で物陰から感じていた気配のそれと同じだ。お前だろう、我らの事を見ていたストーカーは」

 

 

 そこで全員で驚き、一斉に女の子に向き直る。リランの気配を察知する力というのは本当に強いもので、間違いを犯す事は基本的になく、しかもリラン自身非常に正直であるため、嘘を言う事はない。つまり、この女の子こそが……!

 

 

「この女の子が、私達を付けてたストーカーなわけ!?」

 

「そうだ。感じ間違いはない。なぁお前、どうなのだ」

 

 

 驚くシノンの声に答えたリランが尋ねると、女の子は「あーぁ」と小さく言った後に、図星を突かれたかのように苦笑いを始める。

 

 

「あははは、まさかこんなに早くばれちゃうなんて。流石、SAOの英雄キリト君の《使い魔》さんは、記憶力も察知力もずば抜けてますなぁ! わたしの気配を憶えちゃって、それを当てちゃうなんて!」

 

「……お前、我らを知っているのか」

 

 

 流石にリランもそこは予想外だったらしく、俺達もそうだった。この娘は今、SAOという単語と俺の名前、そしてリランが俺の《使い魔》である事をはっきりと口にした。これらは全部、SAOの事を知っていなければわからないような事だ。

 

 

「君は、俺達を知っているのか。なんで俺達を付けてたんだ」

 

「そんな怖い顔しないでよ~。わたしはただ、英雄様ご一行がどれだけの実力者なのかを見極めたかっただけです~」

 

 

 それまで赤毛の少女に優しく接していたアスナも、少し険しい顔をして会話に加わってきた。SAOの俺達の事を知っていると思われるこの少女には、警戒せざるを得ないのだろう。

 

 

「わたし達の事を知っているプレイヤーはそこまで多くないはずよ。どこでそんな情報を手に入れたっていうの」

 

「アスナさん、あなた達が考えているほど、知ってる人は少なくないと思うよ。だって、わたしの行きつけの裏サイトには、あなた達のパーソナルデータ、普通に載ってたもん」

 

 

 少女から飛び出した言葉に俺は思わず驚く。俺達は所謂SAO生還者とされる者達であるが、そんな俺達がSAOの時に何をしていたとか、そういった情報はかなりの機密情報とされて、政府関係のところに管理されている。

 

 なので、一般人がそんな簡単に知る事など出来ないはずだが、この少女は明らかに俺達がSAO生還者である事を知っている。一体この少女はどこでそんな情報を手に入れたというのか――そう頭の中で考えたその時、それまで黙っていたシノンが、ようやくその口を開いた。

 

 

「ねぇあんた、私達の実力を見極めたかったって言ってたけど、そんな事をしてどうするつもりだったの」

 

「シノンさんってば、そんなに怖い顔しないでよ~。わたしはね、あんまり友達いないし、ギルドにも入りたくないから、実力のある人に近付けないかなって、思ってただけだよ」

 

「攻略に必要な臨時パーティなら、広場で募集してるじゃない。なんであたし達なの」

 

 

 リーファの問いかけを受けるなり、赤毛の少女の顔に焦りが浮かび、両掌が立てられる。

 

 

「それはちょっと、わたしのプライベートにかかわる事なんで、そんな簡単に言えないんですよ~」

 

「……」

 

 

 少女の反応を見た後に、全員で黙りこくる。俺達の事を知っているプレイヤーなんてそうそう居るわけがないし、そもそもそんなサイトが存在していること自体も怪しいし、しかも少女は先程から何かと嘘を並べており、その都度見抜かれるを繰り返している。

 

 とても信頼できるような状態ではないが、リランが危険人物を察知した時に感じる《凶悪な気配》を感じているわけではないみたいだから、別に危険人物というわけではないだろう。

 

 

「いいさ。付いてきたければ勝手について来ると良いよ」

 

「ちょっ、キリト!?」

 

 

 驚いたシノンが近くにやってくる。恐らく、俺がこんな簡単にこの少女の事を連れていく事を決めた事を驚いているのだろう。そこで俺は咄嗟に背伸びをしてシノンの耳元に囁きかけた。

 

 

「別に完全に信頼したわけじゃない。もう少し泳がせて、様子を見よう」

 

「……本当に大丈夫なの、この娘」

 

「この娘が俺達を見極めようとしてたのと同様、俺達もこの娘を見極めるんだ。この娘がどんな目的を持って俺達に近付いて来たのか、よく見る必要がある。なんたって、俺達がSAO生還者だって事を知ってるからな」

 

「それならいいけれど……気を付けた方が良さそうね」

 

「うん。それは違いない」

 

 

 少女になるべく気付かれないように話を終えると、俺は赤毛の少女に向き直る。今更気付いたけれど、この少女の名前を全然聞いていなかった。俺達の事を何故か知っている少女の名前は一体何なのか――少し楽しみにしながら、俺は少女に問いかける。

 

 

「ところで名前を聞いてなかったな。なんていうんだ」

 

「わたしは、レインっていうよ」

 

「そうか。じゃあレイン、これからよろしく頼むぞ」

 

 

 そう言ってやると、レインは「よろしく」と言って笑んだ。一体腹の中で何を抱えた上で俺達の元へやって来たのか、何一つわかっちゃいないけれど、ひとまずは、様子を見なければ。

 

 

「よし、それじゃあ、一旦街に戻るとしよう。皆と合流するのはその後だ」

 


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