キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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普通な攻略回。


06:花に連なる房

 シャムロックとセブンを目にした後、俺達はグランドクエストを進めるべく、フィールドに赴いた。温かな風が吹く、真っ青な空と雲の下の草原の中に来るや否、俺達は翅を広げて滑空し、まだ調べていない洞窟へと向かっていた。洞窟の中にはどのようなものがあるのか、どんな装置とかモンスターとかがあるのか。

 

 ゲーマーが抱くであろう楽しみを胸の中で昂らせながら飛んでいると、パーティメンバーの一人であるシュピーゲルが何かに気付いたように立ち止まって、周囲を見回し始めた。まるで人を探しているようなその様子に、俺達全員が止まって、シュピーゲルに向き直る。

 

 

「どうしたシュピーゲル。何か忘れ物でもしたのか」

 

「いや、そうじゃなくて……ねぇ、今日ってクラインいたっけ」

 

「え、クライン?」

 

 

 クラインと言えば、最近はギルドを持たず俺達と一緒に行動しているから、グランドクエスト攻略の時になれば俺達のパーティに加わる。しかし、改めて周りを確認してみたところ、この場にいる男性は俺、カイム、エギル、シュピーゲル、ディアベルの五人だけで、肝心な、和服と洋服を組み合わせた服を着た無骨な刀使い、クラインの姿はどこにもない。

 

 俺と同じようにそれに気付いたのであろう、カイムが辺りを見回しつつ言う。

 

 

「そういえば、今日はクライン見なかったね。いつもならいるのに」

 

「そうだな……せっかくのグランドクエスト攻略だってのに、来ないなんて珍しいな」

 

「またどこかをほっつき歩いているのであろう。あまり気にするに値せぬ」

 

 

 クラインと同じ赤い翅をもつ俺の相棒、リランが隣に並んで腕組みをする。SAOに居た時、クラインが一度失踪し、《疑似体験の寄生虫》を植え付けられて戻って来たなんていう事件があったものだから、その時の事が頭をよぎったのだが、ここはそんなものは存在しないALOの中。しかも一度事件に巻き込まれたためにクライン自身も事件への警戒心が大きくなっているから、事件に巻き込まれた可能性は極めて低そうだ。

 

 

「まぁそうだろうな。あいつもあいつなりに事情があるみたいだし。気にせずに行こうぜ、シュピーゲル」

 

「そうだね。足を止めて悪かったよ」

 

 

 シュピーゲルの微笑みの浮かぶ顔を見た後に、俺達は再度飛行を開始した。どこまでも続いていそうな青く染まる空と暖かな太陽、様々な形に姿を変えながら泳ぐ雲。それらを見ていると、本当に現実世界の空を飛んでいるのではないかと錯覚してくる。

 

 いや、ALOを筆頭としたVR世界はVR世界という名の現実そのもの。だからこそ、俺達の目の前に広がる世界は、現実ではないと同時に現実、もう一つの現実と言えるのだ。俺達は確かに、もう一つの現実世界を生きている――そんな事を考えながら、吹いてくる風を浴びていたその時に、俺の隣を飛んでいたシノンが、声をかけてきた。

 

 

「ねぇキリト、あの人達、何してるのかしら。それにあれ……」

 

「あの人達? それにあれ?」

 

 

 振り向くと、シノンは下を向いて、地上を指差していた。何を見つけたのかと思って視線を向けてみれば、美しい緑色に染まり、風を受けて(なび)いている草原の中に、遺跡を思わせるオブジェクトがあり、そこに集まっている様々な種族のプレイヤー達の姿が見えた。プレイヤー達の事は大して気にはならないけれど、プレイヤー達を集める遺跡のようなオブジェクトには目が行く。

 

 多分、シノンの言う《あれ》とは、あのオブジェクトの事だろう。

 

 

「確かにあのオブジェクトは気になるな。ちょっと聞き込みに行ってみるか」

 

 

 俺はその場に停止すると、同じく停止した皆の方に向き直った。聞き込みに行こうとは思うけれど、流石に全員で行くとなると人数が多すぎる。ここは、洞窟に向かうメンバーと聞き込みに行くメンバーに分けた方がいいだろう。

 

 

「俺はこれから聞き込みに行く。そこで、パーティを洞窟に行く人達と、聞き込みに行く人達に分けたいんだけれど、皆はどうする」

 

「あぁ、それなら俺は洞窟に行く。情報収集は頼むよ」

 

「じゃあわたしはキリトについてく。やっぱり情報収集しなくちゃね」

 

 

 最初に発言したのがディアベルとフィリア。続けてリズベットとシリカ、エギルとユウキ、ストレア、カイム、シュピーゲルがディアベルに付いて行くと発言し、リラン、アスナ、シノン、リーファが俺に付いて行くと発言した。

 

 結果、聞き込み班は俺、シノン、リラン、アスナ、リーファ、フィリアの六人となり、残りの者達が目的地である最北端の洞窟へと向かって行った頃、俺達は地上へと降りてプレイヤー達に接近したが、そこで俺はある事に気付いた。

 

 真っ平な石台のようなオブジェクトを調べているプレイヤー達は、頭を羽飾りを付けていたのだ。――それが彼らがシャムロックのプレイヤー達である事に気付いた時に、そのうちの赤い鎧に身を包んだ赤髪のサラマンダーが俺に声をかけてきた。

 

 

「ん、あんた達、どうしたんだ」

 

「あぁ。あんた達、シャムロックのメンバーだろ。セブンがギルドのボスやってる」

 

「あぁそうだぜ。なんだ、あんたもセブンに興味があるのか」

 

 

 セブンに興味があるのかと言われたら、ずばりイエスだ。別にシャムロックとかに入るつもりはないけれど、セブンの研究自体は素晴らしいものだし、それがネットワーク社会の発展に貢献していくものであるというのは確信している。

 

 

「うん。セブンの研究には興味があるよ。セブンはネットワーク社会の未来を担っていく研究者であるっていうのは間違いないと思う」

 

「へぇ! お前、話が分かる奴だな。気が合いそうだよ」

 

「俺もそう思うよ。同じALOプレイヤー同士、仲良くしようぜ」

 

 

 赤髪のサラマンダーは笑みながら頷く。

 

 イリスはシャムロックとセブンには注意しろと言われているけれど、こうして話している分では、目の前にいるシャムロックのメンバーが危険だとは思えない。寧ろ結構さわやかなものだから、危険視する必要はないんじゃないかと思えてくる。

 

 

「ところでだ。あんた達、この遺跡みたいなのを調べてるみたいだけど、何なんだ、これ」

 

「あぁこれか。これの正体は俺達も調べてる途中なんだよ。だけど、これはどうやら何かの装置みたいでな。んで、これを作った職人が昔住んでたっていうのが、最北端にある洞窟の遺跡らしいんだ。ここから近いな」

 

「そうか。あの洞窟って遺跡だったのか。となると、そこに行けば何かしらの情報があるってわけだな」

 

 

 やはり、あの洞窟が一番怪しいところであるみたいで、そこに今はディアベル達が向かっている。このまま放っておいてもディアベル達が遺跡を攻略して、この装置を動かしそうなものだけれど、流石にそれだとサボりだと思われかねないし、装置を起動させる仕組みみたいなのを見てみたくて仕方がない。

 

 

「よくわかったよ。教えてくれてサンキューな」

 

「おうよ。困った事があったなら、俺達シャムロックも手伝うから、よろしくな」

 

 

 赤髪のサラマンダーは笑顔でそう言うと、仲間達と一緒にどこかへと飛んで行った。一回危険視したけれど、思いの外いい奴らだった――そんなふうに思っていると、隣にアスナが並んできた。その顔は、何やら意外なものを見たかのような顔になっている。

 

 

「今のがシャムロックの人達、だよね」

 

「揃って羽飾りを付けていたから、多分そうだと思うんだけど……どうしたんだ、アスナ」

 

「いやね、てっきりシャムロックって厳格な人達の集まりだって思ってたから、あんな普通な受け答えされるって予想してなくて……」

 

「確かに、イリス先生はあれらに注意しろって言ってたけど、そんな感じはないわね」

 

 

 この中で一番イリスを信じるシノンが会話に加わる。シノンもイリスの言葉を信じてシャムロックに疑ってかかったようだが、やはりシャムロックの普通な雰囲気に驚いたようだ。

 

 

「この分だと、イリスさんにからかわれたかなぁ」

 

「イリス先生の事だから、それはないと思うんだけどなぁ」

 

「だけど、イリス先生が言ってたって事は、何かしらあるって思った方が……」

 

 

 そんな会話を繰り広げていたその時に、試しに装置の方に向き直ってみると、いつの間にかリランが装置に近付いていた事に俺は気付いた。そしてその目線は、はるか上空に向けられている。

 

 

「あれ、リラン、どうした」

 

「この装置、丁度岸辺の下にあるぞ」

 

「岸部?」

 

 

 皆でリランに近寄り、同じように上を見上げる。てっきり青い空が広がってるだけだと思いきや、この前リランと飛んだ時に見つけた浮島の一つがすぐそこにあった。その距離は、空を飛べるくらいにジャンプすれば、浮島の岸に辿り着けそうなくらいだ。多分、リランの言う岸辺とは、浮島の事に違いない。

 

 

「本当だ。この装置のすぐ辺りに浮島があるな」

 

「もしかしたらこれは、浮島に行くための装置なのかもしれぬ。今の状態では、どうやっても浮島に辿り着く事は出来ぬからな」

 

「なるほど、装置を使って浮島に行くっていう発想ね。確かにそれなら、行けそう」

 

 

 フィリアがそう言うと、リランはディアベル達の向かって行った洞窟――正確には遺跡のある――の方に向き直った。

 

 

「先程のシャムロックの話によれば、この装置を作った職人とやらが住んでいたのが、最北端の洞窟だそうだな。装置を動かす鍵は恐らくそこだ。早く行くとしようぞ」

 

 

 ひとまずシャムロックの協力を経て、この遺跡のようなオブジェクトが装置である事はわかった。そしてこれを動かす鍵があるのがさっきディアベル達の行った洞窟にあるならば、行かないという選択肢はない。

 

 

「そうだな。情報を手に入れた事だし、早く皆と合流しよう」

 

 

 周りの皆も頷いたのを確認すると、俺達は目標を最初の目的地だった最北端の洞窟に向け、草原を駆けた。目的地が完全に定まったのもあってか、俺達の足取りはとても早く感じられるものだった。

 

 そして、装置のあった地点から動き出してそんなに時間が経ってない内に、俺達は最北端の洞窟の中に入り込んだ。外見は本当に岩の洞窟だったというのに、中に入った途端、石像が壁沿いに並び、様々な絵の描かれた壁が特徴的な遺跡が広がってきた。

 

 その内装の遺跡らしさに、入った途端に驚いたのだけれど、すぐさま俺達は違う事に驚く事になった。遺跡に入り込んですぐのところに、合流しようと考えていた先程の洞窟突入メンバー全員の姿があったのだ。

 

 もう皆は最奥部付近まで進んでいるのではないかと思っていたものだから、いきなり合流できたことに俺達聞き込み班全員で拍子抜けしてしまい、俺は突入班を指揮していた青色の髪の毛のウンディーネ騎士、ディアベルに近付いて声をかける。

 

 振り返った時のディアベルの顔には、困っているかのような表情が浮かんでいた。

 

 

「あれ、ディアベルどうした」

 

「あぁキリトか。そっちの聞き込みは終わったのか」

 

「とりあえずはな。だけど、お前達どうしたんだよ。てっきりもう最深部まで行ってたと思ってたのに」

 

 

 直後に、少し長身のスプリガンであるシュピーゲルがディアベルの隣に並んできた。やはり困ったような表情がその顔に浮かんでいる。

 

 

「ねぇキリト、鍵みたいなアイテム持ってない?」

 

「鍵? 鍵がどうかしたのか」

 

「この洞窟っていうか遺跡、入って早々扉があったんだよ。しかもそれには鍵がかかっててさ。それで、誰も鍵を持ってないから開けられなくて……」

 

「なるほどな。入って早々どん詰まったって事か」

 

 

 俺は咄嗟にアイテムストレージを開き、中身を確認した。しかし、どんなにソートして並んでいるアイテムをチェックしてみても、鍵らしきアイテムは一向に見つからない。素材カテゴリ、回復アイテムカテゴリ、貴重品カテゴリとカテゴリを移動しても、やはり見つかる事はなかった。

 

 

「駄目だな。俺もそれらしきアイテムは持ってないよ」

 

「俺達全員も同じだ。誰も鍵なんて持ってなかったんだよ」

 

 

 そこでリーファが俺の隣に並び、閉まっている扉に目を向ける。その顔には、いつの間にかディアベルのそれと同じ困ったような表情が浮かび上がっていた。

 

 

「という事は、これまで潜ってきた洞窟とかに鍵を探しに戻らなきゃいけないって事?」

 

「そういう事だろうな。面倒だけれど、一旦戻るとしよう――」

 

 

 また戻って探すのは非常に面倒だとは思うけれど、これもRPGの醍醐味。そして何より、ここには沢山のメンバーがそろっているから、それぞれ手分けして探せば、すぐに見つかるだろう。そう思って皆に声をかけようとしたその時。

 

 

「あれ、お前らもここに来てたのかよ!」

 

 

 入口の方から聞こえてきた、この中にはない者の声。それを耳に入れるや否、俺達は一斉に入口の方に振り返った。黒い生地に金色の模様が入っているバンダナを頭に巻いた、和服と洋服が混ざり合っているかのような赤を基調とした戦闘服を身に纏い、腰に刀を携えている赤茶色の髪の毛の男の姿がそこにあり、俺達は一斉に驚きの声を上げた。

 

 その男とは、この遺跡に入る前にシュピーゲルが気にしたクラインだったのだ。行方不明と思われていたクラインは、そそくさと俺の元へやって来るなり、その口を開く。

 

 

「なんだなんだ。皆揃ってるじゃんかよ」

 

「お前こそ、いつもいるくせに今日はいなかったじゃないか。どうしたんだよ」

 

「なぁに、ちょっと個人的な都合があってな。ところで、何やら困ってる感じだけど、どうかしたのか」

 

 

 恐らくまだこの遺跡の仕組みを知らないのであろうクラインに、今ぶつかっている障害の事を話した。話が終わった頃、クラインは腕組みをしてうんうんと頷いて見せた。

 

 

「なるほどなぁ。鍵が必要になったけれど誰も鍵を持ってなかったから、困ってる、かぁ」

 

「そうなんだよ。っていうかクラインはどうだよ。鍵とか持ってないのか」

 

 

 そう言うと、クラインは突然下を向いて、くっくっくという奇妙な笑い声を搾り出すように出し始め、その様子を見て、周りの女の子達が一斉に気味悪がり始めた。いや、もはや女の子達だけではなく、全員がそうだと言える。

 

 しかし、そんな事に気付かずに、クラインはかっと顔を上げて、得意そうに笑んだ。

 

 

「実はな、持ってるんだよ!! やっぱりこの遺跡の鍵だったかぁ!!」

 

「でかい声を出すでない。というか持ってるなら開けろ。目的地同じだろうが」

 

 

 クラインを気味悪がる一人であるリランがうんざりした様子で言うと、クラインは再び得意気に笑んでアイテムウインドウを操作。そしてそのうちの一つを選択すると、手元に鍵らしきアイテムが姿を現した。誰も持ってない鍵をしっかり握りしめるや否、クラインは開かずの扉に近付き、その鍵穴に鍵を差し込んで回した。

 

 がちゃり、という軽快な音が鳴った直後、びくともしなかった扉は思い音と共にゆっくりと開き、奥に広がる遺跡の内部を俺達に見せつけた。その様子を始終見ていた者達はもう一度驚きの声を上げ、そのうちの一人であるユウキが大きな声を出す。

 

 

「うわっ、クラインの鍵で開いたよ」

 

「だけど、これで奥に進めるな。ありがとう、クライ――」

 

 

 最後の文字を発音しようとしたその時に、クラインは何も言わずにそそくさと遺跡の中に走っていってしまった。あまりに素早いその行動っぷりに俺達は茫然とし、しばらく誰も声を出す事が出来なくなった。が、しばらくしてシノンが俺の隣に並んできた。

 

 

「クライン……また何かに憑かれてるんじゃない?」

 

「それなら一番最初にリランが気付きそうなものだけど……というか、あいつ自身SAOから脱出してから言動が若干変になり始めたから、別に気にしなくてもよさそうだ。それより、道が開いたんだから、さっさと進んでみようぜ」

 

 

 呆然としている皆からの賛成の声を聞くと、俺は皆を連れて遺跡の内部へと進んだ。空気中に水分が大量に含まれているのか、薄らと霧の立ち込めている石像や偶像が壁際に並んでいる遺跡。

 

 ファンタジー世界だとか、西洋を舞台にしたRPGならばよく見られる光景だけど、石像や偶像達、壁や床の見た目や質感は現実世界のそれと変わりなく、まるで現実世界の遺跡の中にいるような気分がして、俺の胸の中は高鳴っていた。しかし、すぐさまモンスター達と遭遇して戦闘になったものだから、そんな気分などすぐに捨てて剣を抜きはらい、道を塞ぐモンスター達を斬って進んだ。

 

 そんな事を繰り返していると、奥への道が閉ざされた比較的大きな部屋に辿り着き、大きなモンスターと出会った。ユイ曰くボスなんだそうだが、攻撃能力や姿形はそこら辺にいるモンスターのそれとほとんど変わらなかったため、皆の一斉攻撃ですぐさま倒せてしまった。

 

 Congratulations!!という表記が浮かび上がり、開かれた扉を潜った先にある小部屋に辿り着いた俺達を待っていたのは、鍵を必要としない銀色の宝箱。如何にも貴重品が入ってますと言っているかのようなそれを開いてみると、中に入っていたのは一冊の古い書物と同じく古びた鍵だった。それを目にして、リズベットが俺に声をかけてきた。

 

 

「古い書物と鍵が手に入ったわねぇ。何に使うのかしら」

 

「というかこの鍵、錆がひどいな。このままじゃ使えないかもだ」

 

「そうねぇ……だけど錆を取る素材なんて見た事がないし。何か特殊なアイテムが必要なパターンかもしれないわ」

 

「せっかく手に入れた鍵だっていうのに、すぐには使えないのね」

 

 

 少し残念そうな顔をしているシノンが会話に加わると同時に、アスナが書物の方に注目してきた。どこか、興味深そうな表情が顔に浮かんでいる。

 

 

「こっちの書物は、外にあった装置を動かすヒントとかが書かれてるのかな」

 

「かもしれないな。よし、早速開いてみよう」

 

 

 そう言って、俺は古ぼけた書物のページを開いたが、その直後に本は自動的にページをめくっていき、やがてある見開きのところで勝手に止まった。そこには、無数の暗号とも思える文字と、魔方陣のようにも見える平らな板の上に乗る人間のような絵が描かれていた。日本語ではない言語の登場に、本を覗き込んでいた一人であるシリカが困り顔になる。

 

 

「これって、何かの暗号でしょうか。読めません……」

 

「確かにこれは読めないな。最後の最後でこれか……」

 

「この文字って、古代文字っていうのじゃないかな。流石に中身は読めないけれど……」

 

 

 そこで、先程まで鍵を注視していたシノンが本を覗き込み、人と魔法陣の構図に注目する。

 

 

「こっちの図は、魔法陣……かしら。それとも平らな板かしら。その上に人が乗っているわね」

 

「この魔法陣っていうか板の正体は、あの装置か。って事は、あの装置は人を浮かせるためのものって事で間違いなさそうだな。だけど、肝心な起動キーみたいなのはわからないな」

 

 

 やはりリランの憶測通り、あの装置は人を浮かせるための装置だった。多分、あの装置を使えば浮島に行く事が出来るんだろうけれど、動かし方まではわからない。恐らくこの古代文字を読む事に成功すれば、あの装置についていろいろわかりそうなものだが、あいにくここにはそれを出来るアイテムもなければ人もいない。

 

 一体どうするべきか――考えに頭を回そうとしたその時に、ユウキと一緒にいるカイムが何かに気付いたような顔になった。そこで同じシルフであるリーファが反応を示す。

 

 

「あっ、そういえば、姐なら……」

 

「姐? 姐ってサクヤの事?」

 

「うん。確か姐は古代文字を解読できるアイテムを手に入れてたみたいなんだ。だから姐に聞けば、古代文字はわかると思う」

 

「そうなのか! じゃあ目的地は決まりだ。サクヤさんに会いに行こう」

 

 

 まさかカイムからヒントが出るとは意外だったが、これで目指すべき道がわかった。そう思って皆に声をかけようとしたその時、入口で聞いた声が再び大部屋の中に響き渡り、俺達は思わず向き直った。

 

 そこには、こちらに向かって走ってきているクラインの姿があった。しかもその顔には満面の笑みが浮かんでいる。

 

 

「よーぉお前ら! 目的のアイテムは手に入ったみたいだな!」

 

「あぁなんとかな。お前こそあの時突然いなくなってどうしたんだよ」

 

「いやな、俺の方もアイテムを探してたんだ。そしたら目的のアイテムがここにあるって聞いてな。いやいや、噂通りだったぜ!」

 

「何を見つけたのよ、そんなに嬉しそうにして」

 

 

 シノンが声をかけると、クラインはアイテムウインドウを呼び出して操作。一つのアイテムを掌の上に呼び出して、俺達に見せつけた。それは白紫色が美しい、みずみずしい一輪の花だった。しかし、そんなものがクラインの懐から飛び出してくる事を皆は予想しておらず、一斉にきょとんとしてしまい、その中のフィリアが口を開けた。

 

 

「これ……花?」

 

「そうだぜ! 《トントゥの花》だ!」

 

 

 《トントゥの花》というのがこの花の名前であるらしい。しかし、見ただけでは一体何のためのアイテムなのかわからなくて、思わず首を傾げたくなったが、すぐにシノンが反応を示した。

 

 

「へぇー! ALOにもこんなアイテムがあるのね。それにトントゥって、面白いところを突いて来るわね」

 

「なんだ、シノンは知ってるのか」

 

「えぇ。トントゥっていうのは北欧の森の妖精なの。元々ALO自体がケルト圏とか北欧神話をモチーフにしているから、こういうアイテムが出てくるのね。とくにこのスヴァルトエリアはそのテーマ性を色濃く表現してる気がするわ。モンスターデザインとか設定とかね」

 

「なるほどな。どおりでモンスターとかに妙な法則性みたいなものがあるって思ったわけだ」

 

「そうね。これからは北欧神話の神々と化をモチーフにしたボスとか出てきそうね。アース神族とか霜の巨人とか、色々と想像が膨らむわね。なんだか楽しみになってきた」

 

「そうだな! そう考えると俺もワクワクしてくるよ!」

 

 

 シノンは現実世界にいた時に様々な本を読んでいたために、神話や伝承とかに結構詳しいのだ。だからこそ、神話とか伝承について知りたい時は、シノンに聞いてみると意外とわかりやすく説明してくれるのだ。そして実際それを話すのも好きなのだろう、こうやって話している時のシノンは、とても楽しそうにしている。

 

 しかし、そんなシノンはこの前まで出来ていた高速読書が最近、出来なくなったらしい。一体何故できなくなったのか、真剣に考えた時もあったが、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

 そこで、シノンがクラインの方に向き直る。

 

「それで、トントゥは幸せを運ぶ妖精って言われてるけれど、クラインはそれが目当てでこの遺跡に潜ったわけ?」

 

「おうよ! この花は幻の花って言われる超レアアイテムなんだよ! これを、セブンちゃんにプレゼントするんだぜ!」

 

 

 クラインから飛び出した言葉に、俺達は一斉に驚いた。クラインの目的は、まさかのセブンへのプレゼント探し。もっと崇高な理由があると思ったのに、こいつと来たら、セブンのプレゼント探しのために独断行動をしていたのだ。

 

 

「目的はそれなのかよ!」

 

「何よ、クラインってばセブンのファンだったのね」

 

 

 リズベットが呆れた反応をするなり、クラインはかっと向き直った。その表情が余りに真剣なものだったから、思わず驚いてしまった。

 

 

「ファンじゃねえ! 俺はな、いや、俺達はな、《クラスタ》なんだよ!」

 

「クラスタ? 確かネット用語で房という意味だね」

 

 

 ストレアの言葉に頷く。確かにクラスタとはネット用語で房を示す言葉であり、房は花の周囲に沢山あるものだ。大方、セブンのクラスタとは、セブンを花として集まる沢山の房という事だろう。

 

 

「愛でる対象と心の繋がりがあるとでも言うのか……なるほどな」

 

「そうだ! セブンちゃんを普通のアイドルとかと一緒にしてもらっちゃ困るんだよ!

 うぉぉぉセブンちゃ――ん! これからも愛し続けるぜ――ッ!!」

 

 

 突然叫び出したクラインに皆が目を点にする。もはや、クラインはセブンの虜になってしまっているのは間違いなさそうだ。そんなクラインの様子を見て、アスナが呆れたような困ったような顔をする。

 

 

「あぁ、駄目ね……完全にハマっちゃってるわね、あれ……」

 

「うん。とりあえずクラインは置いてサクヤさんのところに行こう」

 

 

 そう言って、俺はクラインを除く皆を連れて遺跡を後にした。

 


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