キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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02:二人の時間、街歩いて

           □□□

 

 

「たまにはこういうのもいいもんだな」

 

「そうね。何だか新鮮な気分だわ」

 

 

 朝早くからやっている街のチェーンカフェを出て、二人は他愛無い会話をしつつバス停に向かう。

 

 詩乃の声を聞いて駆け付けた和人は今、詩乃の家を出て街に出向いていた。いつもALOにログインしてばかりで現実世界をあまり出歩いていないうえに、二人だけで出かけること自体なかったから、詩乃の外出しようという誘いは、和人にとってこれ以上ないくらいに丁度いいものだったし、楽しそうに感じて仕方が無かった。

 

 

 しかし、言い出しっぺの詩乃と共に街に出て早々、和人は自らが朝食を放り出して詩乃の家に来て、尚且つ詩乃自身も朝食を摂っていなかった事に気付き、朝早くからやっている全国チェーンのカフェに寄り、そこで朝食を摂る事にした。

 

 普段、昼間や夜は外食する事はあるけれど、朝から外食をする事なんてなかったから、和人も詩乃も朝早くから立ち寄るカフェと、出されてきた朝食メニューが新鮮に思えていた。

 

 

直葉(リーファ)にちょっと悪い事をしちゃったわね。せっかく朝食を作ってくれてたのに」

 

「だって、電話した時の詩乃、本当にヤバそうだったんだ。これは行かなきゃっていう使命感を感じちゃったよ」

 

「そんなふうに思ってくれてたの」

 

「思ったよ。だからこそ、スグに出てくるっていって、来たんだ。さてさて、帰った時に何を言われる事になるやら」

 

「……直葉、料理作るのが好きなのよね。今度お詫びに料理の作り方、教えてあげよ」

 

「あぁ、そうしてもらえばきっとスグも喜ぶよ」

 

 

 そこで、和人は隣の恋人に向き直った。そういえば、出かけたいと言われたからこうやって出てきたけれど、具体的にどこへ出かけたいのか、聞いていなかった。このままバスに乗ってしまうと、どこまで行く事になるのかわからないし、どこに降りればいいのかもわからない。

 

 

「ところで詩乃、どこに行きたいんだ」

 

「えっ?」

 

「こうやって出てきたのは良いけどさ、どこ行きたいとか聞いてなかったからさ。どこに行くつもりなんだ」

 

「あっ……」

 

 

 唐突に何かに気付いたような表情となったかと思えば、徐々に困ったような表情に変っていく詩乃の顔。それを目に入れた瞬間に、和人は悪い予感というものが心の中に湧き上がってくるのを感じた。――多分詩乃は、行き先を考えないまま、家を出てきたのだろう。

 

 まぁ、SAOに居た時もこんな事が結構な回数あったし、詩乃の記憶を覗いているから、たまに詩乃にこういう時がある事を、和人は理解しているのだが。

 

 

「もしかして、行先も考えないまま、出て来たのか」

 

「……ごめんなさい。とにかく、あなたと出かけたいって思いが前に出ちゃって……どこ行く、和人」

 

 

 アインクラッドやアルヴヘイムに居た時は、転移結晶と転移門を使えばどこにでも行けたから、こうなった時もあまり困る時はなかったが、現実世界には転移門も転移結晶もなければ、アルヴヘイムにいる時のように背中に翅を生やして飛ぶ事も出来ない。行けるところはかなり限られてくるから、考えようにも中々答えが導き出せなかった。

 

 申し訳なさそうな詩乃の愛らしい視線を浴びながら、和人は軽く顎に手を添えつつ、更に考えを回した時、詩乃の部屋を思い出した。後々知ったのだけれど、直葉と詩乃は同い年であるのだが、その部屋の中は非常に異なっている。

 

 

 直葉の部屋は沢山のぬいぐるみ達とクッションが所狭しと言わんばかりに並べられている、賑やかで如何にも女の子の部屋といった感じだが、詩乃の部屋はそういうものは全くなくて、まるで事務所か何かのように感じられるような風貌だった。

 

 女の子の部屋ではないような、殺風景すぎる光景……それは友人である明日奈や里香も感じ取ったらしくて、前に一緒に呼ばれた時に、女の子の部屋じゃないみたいと、心配そうにしていた。詩乃はあまり気にしていないみたいだが、やはりもう少し賑やかしがあった方がいいような気がする。

 

 

 詩乃の部屋に必要なものはぬいぐるみやクッションといった女の子らしいもの――明日奈と直葉がこの場にいたのならば、そう言うだろう。

 

 

「なぁ詩乃。もうちょっと部屋が賑やかになるものとか、欲しくないか」

 

「えっ、何よ急に」

 

「いやな、前に明日奈や里香が来た時、詩乃の部屋は寂しすぎるって言ってたからさ。俺も、もうちょっと詩乃の部屋には賑やかなものがあった方がいいって思うんだ。だから、ショッピングモールとか、行かない? 俺も今日のお詫びに、直葉にぬいぐるみとかを買って行ってやろうかなって」

 

「そういえば、明日奈と里香にそんな事言われたわ。そういうもの、あった方がいいかしら」

 

「俺はいいと思うけれど……どうかな、詩乃」

 

 

 詩乃は和人から視線を逸らすと、下を向いた。何かを考えているような表情を浮かべてから十数秒後に、詩乃は顔を上げ、和人と向き合った。

 

 

「実は愛莉先生にも、君の部屋は少し寂しすぎるって言われてたの」

 

「じゃあ?」

 

「えぇ、ショッピングモールに行きましょう和人。そこで、一緒に買い物しましょう」

 

「おっけ。そうなりゃ、目的地はショッピングモールだ」

 

 

 ようやく目的地を決めたその時、背後から音が聞こえてきて、詩乃は振り返った。沢山の車が行き来する中に混ざって、遠くから一台のバスがどんどんこちらに近付いてきている。それが目の前にあるバス停に停まるバスだと察するのに、時間を要する事はなかった。そして今の位置は、バス停から少し遠くて、歩いて行くと間違いなくバスに乗り遅れる。

 

 

「和人、バスが来たわ」

 

「なんだって。バス停から結構離れてるな……急ぐぞ、詩乃」

 

 

 和人は詩乃の手を繋ぐと、そのままバス停を目指して走り出した。何とか間に合えと祈りながら走り続けたところ、バス停にバスが停まってドアが開いたのとほぼ同じときに二人はバス停に辿り着いた。

 

 バスの側面に表示されている行先の中にショッピングモールの名前がある事を知るや否、乗り込んで、空いている座席に座る。そして車内アナウンスが軽く流れた直後に、二人と多数の人々を乗せたバスは動き始め、車の群れの中に入り込んでいった。

 

 

「なんとか乗れたな」

 

「うん。乗り遅れるかと思ったけど、何とかなってよかったわ」

 

 

 祝日の朝であるためなのか、見回しても乗っている人の数は少ない。平日の朝になれば、大抵バスの中は出勤する人と通学する学生達で溢れかえる。それに揉まれる形で和人も詩乃も学校に通っているから、あの窮屈を感じないバスの中というものがどこか珍しく思えた。

 

 詩乃が周りを見渡した後に、和人に声をかける。

 

 

「人、あまりいないわね」

 

「普段はごった返してるっていうのにな。なんだか珍しく感じるよ」

 

「そうね、あの人混みは本当にまいるわ。今日もそうなんじゃないかって思ったけど……予想が外れてよかったわ」

 

「うん……」

 

 

 道路に割れ目があるせいか、時折ごとごとと揺れるバスの中。周りの乗客達を見てみれば、皆スマホを注視しているか、風景を見ているかのどちらかであり、その耳元にはイヤホンかヘッドホンが嵌っている。恐らく他の乗客達の声など聞こえやしないだろうし、聞いてもいないだろう。

 

 その様子を把握した和人が、静かに口を開く。

 

 

「あのさ、詩乃」

 

「うん?」

 

「かあさんやスグは、詩乃の事知ってる。付き合ってる事も、いつも一緒にいる事も、知ってる。だけど、詩乃はどうなんだ。詩乃のかあさんとかは、俺の事を知ってたりするのか」

 

 

 詩乃の言葉が一瞬止まる。和人の母親である桐ヶ谷(みどり)が詩乃という人物を知ったのは、和人がまだリハビリのために入院していた頃である。だから、和人と翠が話をしていると、時々詩乃の話題が翠から吹っかけられてきて、和人は答えに困る事がある。

 

 だが、対する詩乃の母親や祖父母の話は聞いていないし、詩乃から話をしたという事も聞いた事が無い。和人は、前からそこが気になって仕方が無かった。

 

 

「……おかあさんは、和人のこと知ってるよ。おじいちゃんも、おばあちゃんも、ね」

 

「そうなのか。てっきり話してないんじゃないかって思ってたよ」

 

「そんなわけないでしょ。でも、おかあさん、何だか信じられないみたいだった。私に恋人が出来たなんていうの」

 

「確かに……詩乃に大事な人が出来るっていうのは、愛莉先生も予想していなかった事みたいだからな。詩乃のかあさんも、そうだったんだろう」

 

「だけど、すごく嬉しそうにしてたわ。今度紹介してってね。と言っても、東京から結構離れてるから、会いに行くだけでも一苦労だわ。っていうか、和人はわかるんじゃないの」

 

「わかるって、何が」

 

 

 その直後に、和人は詩乃の問いかけの内容がわかったような気がした。和人はSAOにいた時に、詩乃の記憶に触れているが、その時に詩乃の母親や祖父母がどういう人物であるかも知る事になった。

 

 記憶に触れているから、会わなくてもどういう人物なのかわかるんじゃないのか――それが詩乃の問いかけの内容だ。

 

 

「確かに、わかるって言えばわかるな、詩乃の家族。

 詩乃のかあさん、優しくていい人だ。何だか詩乃が守りたいって思うのが、わかるような気がするよ」

 

「うん。だから、和人っていう大事な人が出来たって言えたのは、嬉しいの。おかあさん、とっても喜んでたのよ」

 

「そうだろうな……確かにどういう人なのかわかるけれど、やっぱりちゃんと顔を合わせたいな」

 

「やっぱりそれがいいかも。だけど、信じないと思うわ、和人が私の記憶を知ってるなんて」

 

 

 ある人間が他人の記憶を知っている事など基本的にありえないし、そんな話が出てくるのはいつもアニメや漫画やゲームの中と決まっている。詩乃の記憶がわかると聞いた詩乃の母親が、そんな魔法みたいな事が有り得るはずがないと苦笑いする様子を、和人は容易に想像出来た。

 

 

「まぁ、これを知ってるのも本当にごくわずかな人達だけだし、他のみんなもちょっと信じられないところもあるみたいだしな」

 

「それでも、愛莉先生は本当に信じてるみたいだったけど」

 

「アレが出来たのは、愛莉先生の作った子供達のおかげだからな。子供達が実際に出来てしまったって言ってるから信じざるを得ないんだろうな」

 

 

 そんな話をしていると、バスのアナウンスがショッピングモールに接近している事を告げた。窓に外に広がる風景は、変わらず幾百もの車が行き来している道路を映し出しているけれど、建物の並び方はいつの間にかショッピングモールの近くのそれに変わっており、時刻もまたショッピングモールの専門店街が開店する時刻になっている。

 

 

「おっと、話をしてたら目的地だぜ」

 

「あれ、結構速かったわね。道路がいつもよりも空いてたのかしら」

 

 

 降りていく数人の客に紛れて、二人もまた同じように小銭を運賃箱に注ぐように入れて、バスを降りた。目の前に視線を向ければ、屋外駐車場と立体駐車場があったが、開店した直後とは思えないくらいに沢山の車が止まっているのがわかる。

 

 別にそれは不思議ではない。このショッピングモールには沢山の専門店が存在していて、その中には映画館も含まれており、更にこの映画館は上映スケジュールの為か、どこの店よりも早く開店するようになっている。だからこそ、開店前や直後でも、映画目当ての客で駐車場はいっぱいになるのだ。

 

 

「沢山の車が止まってる」

 

「みんな、映画を目当てに来てるんでしょうね」

 

「俺達はちょっと違うけどな。ささ、現実世界の城系ダンジョンに挑むとしようぜ」

 

「城かしら、ショッピングモールって。まぁいいわ、早く行きましょう」

 

 

 そう言って、二人はショッピングモールの中へと足を運んだ。祝日というわけもあってか、モールの中は既にたくさんの人々が行き交っており、あちこちで店員達や買い物客の声が聞こえてくるような状態にあった。その様子はまるで、SAOに居た頃の第1層《はじまりの街》や、ALOの空都ラインを思わせた。

 

 

「やっぱり沢山の人が居るなぁ」

 

「そりゃそうでしょう、祝日なわけだし。ところで、ぬいぐるみとかってどこに売ってるからしら。やっぱり小物屋とかアクセサリーショップ?」

 

「いやいや、アクセサリーショップはないだろ。確かに小物だとか家具売り場だとは思うけど、ホビー売り場とかも見てみると良いかもな。スグは大体ホビー売り場から買って来てるみたいだし。だけど、いいものがあるかはわからないから、とりあえず周ってみようぜ」

 

 

 詩乃が頷いたのを確認すると、和人は詩乃と共に人混みの中を進み始めた。目的地であるホビー売り場はショッピングモールの三階に存在している事を、既に数回利用した事のある和人は知っていたため、詩乃を連れて三階へ続いているエスカレータを昇っていく。

 

 三階に行けば人混みは少しくらい薄くなるのではないかとも思ったけれど、祝日のショッピングモールの中は、一階も二階も三階も、ほとんど変わらず混んでいた。そればかりか、三階は映画館が存在している階であるためなのか、一階以上に混んでいるような気がしてならない。

 

 結局人混みからは逃れられない事が、和人はどこか苦しかった。

 

 

「ちぇっ、人混みは避けられないって事か。嫌だなぁ」

 

「ちょっと困るわね。人混みはどうも苦手なのよ」

 

「そうだな、詩乃はこういう人混みは嫌いだったな。それならさっさと目的地に行ってしまおう」

 

「そうだけど……って、あれ」

 

「えっ、どうした」

 

 

 急に足音が止まった事に違和感を感じた和人が振り向くと、詩乃が少し後ろで首を傾げていた。顔には何かを不思議がるような表情が浮かべられている。

 

 気になった和人は、詩乃に歩み寄った。

 

 

「どうしたんだ、詩乃」

 

「あなたって、秋葉原の電気街に通ってたのよね? っていうか、電気街が好きだって聞いたけど……」

 

「え? あぁ、うん。そうだけど。それがどうかしたのか」

 

「秋葉原って、ここ以上に混んでて、人通りの多いところよね。あなたは、人混みが嫌いだっていうのに、あんなに混む場所を好んでいたの?」

 

 

 その時に、和人はハッとする。確かに秋葉原の大通りや電気街方面は、いつもここ以上の混雑が平日休日問わずに起きているから、基本的に人混みを嫌うような人は立ちいらない。しかし、和人は電気街の雰囲気が好きであり、何より人混みなんか平気だったから、通う事が出来たし、買い物も平然と行う事が出来た。

 

 今いるショッピングモールで生じている人混みは、秋葉原の電気街と比べれば、どうって事が無いと言えるくらいに薄いもの。これまでの和人からすれば平気どころか何も感じないくらいのもの――そのはずだったというのに、いつの間にか苦手という感覚が生じている。

 

 それこそ、一緒に歩いている詩乃のように。

 

 

「俺は……人混みなんて平気だった……だけど今は……あれ……」

 

 

 いつの間に、人混みが苦手になったというのだろうか。ついこの前までは、いや、SAOに行く前までは秋葉原の人混みすらも平気だったというのに、今は人混みを嫌と感じている。

 

 頭を片手で抱えて、和人はそのタイミングはいつかと呟き続けたが、そのうち詩乃の声で我に返った。その時には、詩乃の顔が目の前にあった。

 

 

「大丈夫、和人」

 

「えっ……あ、あぁ。大丈夫だよ。足を止めさせて悪かったな。さぁ、行こう」

 

 

 そう言ってやると、詩乃は少し心配そうな表情を浮かべつつも、頷く。その様子を見てから和人は詩乃の隣に並んで歩き出し、無数の買い物客が行き来するショッピングモールの三階を歩き続け、目的のホビー売り場へとやってきた。

 

 周りを見てみれば、プラモデルから小さい子が遊ぶような教育学習玩具、最近の簡単なロボット玩具などが無数に棚に並んでいる。

 

 

「こんな場所に来たの、初めてかも」

 

「愛莉先生と来た時は、こういう事なかったか」

 

「なかったわね。愛莉先生と行ってたのは、電化製品売り場とか、家具売り場とかだったから。あとは喫茶店とか本屋とか」

 

「となると、詩乃さんには案内が必要かな」

 

「別にそこまで迷うわけじゃないから平気よ」

 

 

 そんな他愛もない会話をしながら売り場の中に入っていくと、日曜日の朝からやっている特撮番組に登場するグッズを小型化した玩具、様々な形を作る事の出来るブロック、そして子供から大人まで大好きなプラモデルなど、箱詰めされた様々な玩具達が出迎えてきた。それらに小さなリアクションを返しながら歩き続けると、そのうち無数のぬいぐるみ達が販売されている箇所に辿り着き、そこで二人は立ち止まった。

 

 

「お、思ったより沢山あるのね」

 

「これだけあれば、詩乃も選ぶのに困らないんじゃないかな?」

 

「いえ、多すぎて逆に悩むわ。どれにしようかしら……」

 

「まぁ、じっくり選んだ方がいいよ。値段も全部均一みたいだしさ」

 

「それなら和人も一緒に選んで頂戴。私一人じゃ難しい」

 

「……わかったよ。一緒に探そうか」

 

 

 周囲に存在する黄色い棚には、犬、猫は勿論、兎、鳥、熊、豚、牛と、様々な動物達を象ったぬいぐるみ達が並べられており、その種類もデフォルメ調からアニメ調、リアル調まで様々だった。

 

 この中から一種類だけ選べと言われてもかなり迷うし、しかも詩乃の趣味に合うものが目的のものであるから、難しさに拍車がかかっている。まるでフィールドに埋もれたレアアイテムを探しているかのようだと、和人は心の中で思っていた。

 

 

「いっぱいあるなぁ……ひょっとしたらここだけじゃないかも」

 

 

 もしかしたら、この近くの他の場所にもぬいぐるみは売っているかもしれない――そう思った和人は振り返った。肝心な詩乃は周りのぬいぐるみ達を持ったり抱えたりして、質感から肌触りなどを調べる事に夢中になっていて、和人に気付かないでいる。

 

 すぐに戻ってくれば詩乃は混乱しないだろう。和人はこっそりぬいぐるみ達の群れの中から抜け出して、来た道を軽く戻った。そこで期待を込めながら、もう一度見回すが、あるのは先程も見た子供の学習用の玩具、ブロックなどといった大人も遊べるもの、プラモデルといったものばかりで、ぬいぐるみの姿はない。

 

 

「……ぬいぐるみ売り場はあそこだけか。しくったな」

 

 

 ならば急いで詩乃の元へ戻らねば。そう思って振り返ったその時、すぐそこにある棚から黒い光のようなものが見えて、和人は「ん」と声を出した。

 

 何かと思ってもう一度向き直れば、すぐ目の前にある棚の中、黒光りする箱が並んでいるのがわかった。まるで黒塗りされた金属のような黒い光を放っているものだから、数ある玩具の中で異様な存在感を放っている。

 

 一体何の玩具だ。そう心の中で思いながら目を向けたその時に、《その正体》がわかった。

 

 黒光りして異様な存在感を放っていた玩具の正体。鈍い黒色に輝いている、ゲームやアニメ、ドラマにも当たり前に出てきて、更にはニュース番組にまで出てくる事のある、形。

 

 

 それは、箱詰めされたモデルガンだった――。

 

 

 

           □□□

 

 

「あっ!」

 

 

 無数のぬいぐるみ達が並ぶ棚の中、詩乃はとあるぬいぐるみを一つだけ見つけて、手に取った。兎や熊と言った様々なぬいぐるみがある中で、あまり強く存在を主張していないもの。その形は、デフォルメのかかった狼だ。その姿勢は、仲間への号令をするかのような遠吠えのそれであり、毛並みは白い。

 

 まるでVR世界にいるキリトの相棒であり、自分の友人である、狼竜リランのようだ――そのためか、この白い狼のぬいぐるみからは不思議な親近感のようなものを感じる。耳を澄ませば、「どうした、シノン」という聞き慣れた初老女性の《声》が聞こえてきそうだ。

 

 

「ねぇ和人、これなんかリランみたいでいいんじゃ……」

 

 

 きっと和人もいいと言うはず――そう思って振り返ったその時に、詩乃はきょとんとしてしまった。先程まで一緒にいたはずの和人が、いつの間にか姿を消している。周囲を見回しても、ぬいぐるみ達が鎮座しているだけで、和人の姿はどこにもない。背伸びして遠くに視線を飛ばしても、棚の向こうにも、更に遠くにも、和人の姿は見当たらなかった。

 

 

「……和人?」

 

 


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