キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:有翼の影

           ◇◇◇

 

 

 

 イグドラシルシティ ゲーム内時間午前11時20分、 現実世界時間午後6時15分

 

 俺達は雪山を去って世界樹の麓にあるこのゲーム位置の都市、イグドラシルシティに戻ってきた。夕暮れ時であるにもかかわらず、街の中はかなりのプレイヤー達とNPCが行き交っており、クエストに向かう前のにぎやかさを保っていた。俺達は一旦離脱しなきゃいけないけれど、他のプレイヤー達までもそうであるわけではない。いや、寧ろこれからがプレイ時なのだろう。

 

 そんなプレイヤー達の行き交う街の中を進み、中央広場までやって来たところで、俺は仲間達へと振り返った。

 

 

「さてと、学生ユーザーの諸君はここで離脱だな。その後はどうする」

 

「ぼくはまだログインしてるよ。これからユウキと約束があるんだ。夕食まで結構時間あるしね」

 

「ほほぅ、お前こそユウキと中々に仲を深めているみたいじゃないか。そろそろお前も非リア充卒業かぁ?」

 

「ば、馬鹿言わないでよ。ユウキとはそんな仲じゃないっての!」

 

 

 今まで非リア充を貫いてきたカイムだが、俺がSAOに行っている間にカイムはALOに触れ、やがて自らがエイズに苦しめられている人を救える身体である事を発覚させて、ついにはユウキを救った。

 

 ――SAOに居た時もそうだったが、ユウキはカイムの話をしている時は他の人との時よりも明らかに楽しそうに喋るし、カイムとパーティを組んでいる時間もかなり長い。本人に自覚はないみたいだが……ユウキはカイムと恋仲に発展しそうになっているんだろう。

 

 

「そうかそうか。じゃあこれからも楽しみたまえカイム君。って事は、離脱するのは俺だけかな」

 

「ううん、僕もこれで離脱するよ。これからやる事があるからさ。それに、今すぐ戻らなきゃいけない」

 

 

 そう言って名乗りを上げたのがシュピーゲル。彼の師匠――正確には主治医と患者の関係だろう――であるイリス曰く、俺達と同じくらいの学生であるらしい彼もまた、俺と同じ時間が撤退時間というか、家に戻らなければならない時間なのだろう。――他人の事を詳しく聞くのはVRMMOのタブーだから何も聞いちゃいないけれど。

 

 

「そっか。それじゃあシュピーゲルは俺よりも先に戻った方がいいぜ。今日のクエスト、付き合ってくれてありがとうな」

 

「うん。明日はアップデートだから、新大陸でまた会おうね!」

 

 

 そう言って、銀色の髪の影妖精シュピーゲルは軽く手を振った後にそそくさと俺達の元を去り、イグドラシルシティが誇る大きな宿屋に向かって行った。まぁこれから俺もあそこの一室に行ってログアウトをする事になるんだが。

 

 そんな事を考えていると、和風服装風妖精カイムもまた同じように「今日はお疲れ様」と言って、翅を出現させてイグドラシルシティの空へと消えて行った。カイムは基本的に嘘を吐いて人を騙したりするような奴ではないから、これから本当にユウキとの約束があるんだろう。

 

 ――俺の事をリア充だって言っているけれど、周りからすればユウキと仲良くしているカイムだって十二分にリア充に値する。しかもリーファによれば、カイムはシルフ領の領主プレイヤーであるサクヤさんという人に、人柄と実力を気に入られていて、側近に置かれつつ頼りにされているらしい。

 

 そんなあいつの話を聞くと、かつては血盟騎士団という世界で最も大きなギルドを束ねていたけれど、今はこうしてただのプレイヤーにまで格下げにされた俺とは対照的だと思えてきて、妙な悔しさとわずかな悲しさが込み上げてくる。

 

 そんな複雑な気持ちを呑み込みつつ、俺は残された水妖精ディアベルに声をかける。

 

 

「ディアベルはこれからどうするんだ」

 

「俺はこれからウンディーネ領に戻るよ。どうにも、俺から戦い方を学びたいっていうプレイヤー達が多くてな」

 

「そうか。なんだか、聖竜連合にいたときみたいだな」

 

「……そうなんだよ。聖竜連合はなくなったんだけれど、今の境遇は何だか聖竜連合にいた時の感覚に似てて、嫌いじゃないんだ。寧ろかなり心地がいい」

 

 

 この男ディアベルもまたそうだ。SAOで一緒に戦っていた時には、途中から俺が率いる事になった血盟騎士団に匹敵する規模と実力を兼ね揃えていた大ギルド、聖竜連合のリーダーだったけれど、今はSAO最初期の頃の位置プレイヤーに戻ってしまっている。

 

 しかもディアベルの場合は、一人で戦っていた時よりも、ギルドを組んでプレイヤー達を率いていた時間の方が長い。だからこそ、一人で居る感覚になれられなくて、困っているではないかと思っていたが、ディアベルは元から人を引き付けるのか、今も尚聖竜連合にいた時のように、他のウンディーネ種族の者達から慕われているようだ。

 

 俺の考えというものは、基本的に杞憂で終わっていた。

 

 

「それはよかったよ。ディアベルの事だから、聖竜連合を解散した後は大丈夫じゃなくなると思ってたんだけど」

 

「そこまで俺は軟じゃないよ。さてと、俺はそろそろウンディーネ領に戻るよ。明日はアップデートの日だから、ちゃんとログインしろよ、キリト」

 

「決まってる。リランと一緒に行くさ。お前こそちゃんとログインしてくれよ、戦友」

 

 

 そう言って笑むと、騎士妖精ディアベルは「ははっ」と笑った後に、その背中に水色で半透明の翅を出現させ、そのままカイムと同じように上空へ飛び上がった後にウンディーネ領のある方角へと向かって行ってしまった。結果、先程まで雪原の氷蛇竜のクエストに向かって行っていた者はこの場で俺一人だけになる。

 

 そこで俺は、もう一度ステータス画面を開いてゲーム内時間と現実世界時間を確認する。カイムやシュピーゲル、そしてディアベルと軽く話しをしていたためか、既に五分ほど経過してしまっており、ログアウトしようと思っていた時間を少しだけ過ぎてしまっていた。

 

 

「さてと、俺も……」

 

「おい、キリト」

 

 

 いきなり背後から声が聞こえてきて、俺は少し驚きつつ振り返った。そこには他の妖精達と違い、頭から白金色の狼耳、尻元から同じく白金色の狼の尻尾を生やしている、紅色と白金色を基調とした鎧と戦闘服が混ざったような服装を身に纏っている、腰に届くくらいの金色の髪の毛の、紅い目の少女が両手を腰に当てながら立っていた。

 

 ――ファフニールというボス級ドラゴンの上位種の上位種、《鳳狼龍》という姿に変身できる能力を持つ、SAOの時からの相棒の名を、俺は呼んだ。

 

 

「リランじゃないか」

 

「あぁそうだ。先程までクエストに行っていたようだが、終わったのか」

 

「あぁ。スヴァルト・アールヴヘイム公開までに終わらせておきたかったクエストは、これで全部終わったよ。お前こそどうしたんだ、いきなり現れて」

 

「転移結晶を使って戻ってきたのだ。他の者達は皆、これから夕食だと言って、クエストが終わった途端に宿屋へ転移して、そのままログアウトしてしまった。一番早かったのはリーファだったな」

 

「そりゃそうだろう、あいつは現実に帰って来てから料理に躍起だからな。今はうちの大体の料理をあいつが作ってるんだ」

 

「なるほど、それでか。ところでそれはお前も含まれるのか」

 

 

 リランはこれから、俺とクエストに行きたかったのだろう。だけど俺はそのリーファと同じように現実世界に戻らなければならない。前に聞いてぞっとしてしまったのだが、ALOが始まって数カ月たった頃、ALOにのめり込みすぎてろくに食事を取らず、そのまま衰弱死してしまったプレイヤーがいたというのだ。

 

 その話を聞いた途端、リーファ/直葉が「そんな事はおにいちゃんにさせない、時間になったら意地でも現実に戻って来い」と言い始め、時間になったらログアウトして食事を摂るというのを我が家のルールにしてしまったのだ。だからこそ、余り遅れると直葉に怒られる。――リランと一緒にクエストに行きたいという気持ちはあるけど。

 

 

「そ、俺も戻らなきゃなんだ。だけど食事が済んだら戻ってくるからさ、その時クエストやろうぜ。まぁ、夜の12時にアップデート開始だそうだから、すぐにログインできなくなるかもだけど」

 

「そんなに無理にクエストをやる必要はなかろう。寧ろ明日からは新しいイベントなどが目白押しなのだ、今はしっかりと休んでおいて、明日に備えるべきではないのか」

 

 

 思わず「あれ?」と思ってしまう。リランはてっきり俺とクエストに行きたいのではないかと予想していたのだけれど、当の本人は明日のために休むべきだなんて言い出している。それこそ、まるでSAOの時のようだった。

 

 

「確かにそうだけどさ、ALOはデスゲームじゃないんだぜ。そんなに心配しなくたって大丈夫さ。まぁ嬉しいけれど」

 

「……あれから随分と時間が経っているが、どうもあの時の感覚が抜けぬ。このゲームは安全なゲームだとわかっているはずなのに、お前達がボス戦に出かけたと聞くと、妙な不安感が突き上げてくる。誰も死なないはずなのに……今日だって、お前がボスの討伐クエストに出かけたと聞いたら……」

 

 

 そう言って相棒は俯き、その顔を一気に曇らせる。確かにリランは最初からあの場所にいたわけだし、あの世界のいろんなところを知っていて……死んでいくプレイヤーを何人も見ていた。だからこそあの世界から脱して、誰も死ぬ事のない世界に来たとしても、感覚があの時のままになってしまっているのだろう。

 

 その気持ちも、わからないでもない――そう思った俺は相棒の頭、狼耳の間に手を置いた。次の瞬間、相棒はきょとんとして顔を上げる。

 

 

「もう誰も死なないんだよリラン。だから、お前もそんなに肩に力を入れている必要だってないんだ。これはもう死んでもいいようなヌル過ぎるゲームなんだって、最初に言っただろう」

 

「……そうで、あったな……」

 

「だから、そんなに心配する必要はないんだよ。だけど心配してくれるのは、相棒として嬉しい限りだ。ありがとな」

 

 

 そう言ってやると、SAOの時は狼竜の姿をしていた金髪の少女は、小さく喉を鳴らした後に、微笑んだ。狼竜の時ではわかりにくかったけれど、今なら表情も、考えている事もすごくよくわかる。

 

 

「……そう言ってもらえると、我も嬉しいぞ。明日のアップデートがされた時には」

 

「その時はまたお前の力も借りよう。頼りにしてるぜ、相棒」

 

「あぁ、任せろ。我も思う存分、暴れよう」

 

 

 相棒の頼もしい言葉を聞いた俺は、その頭から手を離した。明日からは様々なクエストが出回るだろうし、同時に強力なボス達が現れる事だろう。そんな連中を相手にする時には、ボスバスターであるリランの力は頼もしい限りなはず。

 

 そして人竜一体してボスと戦った時の爽快感や楽しみは、きっとSAOの時以上のはずだ!

 

 

「なんだか明日のアップデートがすげぇ楽しみになってきた。明日に備えるために、今日はこれで休むぜ」

 

「それがいい。それではキリト、明日は新大陸に臨むぞ」

 

「勿論だ。それじゃあお休み、リラン」

 

 

 相棒の「お休み」という言葉を聞いた俺は、広場を後にして、シュピーゲルも向かって行ったイグドラシルシティ一の宿屋へ向かい、チェックインをしたところで個室へ行き、鍵をしっかり締めてベッドへ横になり、ログアウトコマンドを実行し、現実世界へと帰還を果たした。

 

 

 

            □□□

 

 

 

「しばらくはこの世界にいられなくなる、か」

 

 

 VRだけに限らず、MMOではゲーム全体が大きなアップデートをする時には、誰もログインできないようになり、それでもゲームの中にログインし続けようとして居るプレイヤー達は全てログアウトされるようになっている。

 

 これはプレイヤーではあるものの、ゲームそのものを居場所にしているAIであるリランやユイにも言えた事であり、明日の夜の12時から開始されるアップデートの時には、主人のアミュスフィアの中へと戻らなければならない。――主人がログアウトしている間も世界は稼働し続けているから、主人がいない間は空を飛びまわったりして遊べたのに、今回ばかりは主人と同じように眠らなければならない。

 

 それがどうもリランは気に喰わなかった。

 

 

「せめて、AI達がログインできる状態のままアップデートが出来ればよいというものを……」

 

 

 周りを見てみれば沢山のプレイヤー達が行き交っていて、クエストだとかモンスターだとかアイテムだけとか、典型的なMMOプレイヤーが口にする言葉を交えた会話をしている。きっと彼らもまた、時間になれば強制ログアウトをする事になるのだろう。強制ログアウト宣言を喰らった時のプレイヤー達の顔が瞼の裏に浮かんできて、リランは思わず苦笑いしたが、プレイヤー達が歓喜の表情を顔に浮かべる瞬間も同時にイメージ出来た。

 

 

「明日はもっと楽しい事があるのだろうな。まぁ、アップデートなのだから当然か」

 

 

 誰にも聞こえないような声で呟き、ウインドウを呼び出して(ユイ)達が居る場所を探そうとした時に、リランは身体をぞくりと言わせた。SAOにまだ居た時、大体背後などに強力な力を持つモンスターや、禍々しき意志を持つ者、それこそアルベリヒや《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》のような存在が居た時には、このような感覚が走っていた。

 

 後ろに何かいる。それもただのプレイヤーではない何かが――。

 

 

「誰だッ!?」

 

 

 叫びながら咄嗟に振り返ったリランの紅い瞳の中に、一つの人影が写り込んだ。身長こそはアスナやシノンと同じくらいだが、胸元に届くくらいの長さの髪の毛は金色と銀色、翡翠色が混ざり込んでいるという奇妙なもので、白と緑を基調とした、振袖が特徴的な巫女服とも戦闘服とも言えないような衣装を纏って胸当てを着用し、鳥の足を模しているかのようなブーツを履いている、翡翠色の血管のような模様が入っている仮面を付けて顔を隠している奇妙な女性だった。

 

 もしそれだけならば、ただのプレイヤーかと思っただろう。だが、その女性プレイヤーの背中には風属性妖精族シルフである事を示す緑色の半透明の翅がその背中に常に出現している。飛行状態ではないにもかかわらず、だ。

 

 そして、そこら辺のプレイヤー達とは全く違う異様な気配を、その身体から放出している。リランは身構えて喉を鳴らす。

 

 

「貴様……誰だ」

 

 

 異様な女性プレイヤーは何も言わないし、仮面で隠されているせいで表情の動きも目の色さえもわからず、ただ身体の中からプレイヤーのものとは思えないような異形の気配を放ち続けているだけだ。

 

 

「貴様、本当にプレイヤーか。なぜそのようなもので顔を隠している」

 

 

 次の瞬間、仮面の風妖精は何も言わずにその翅を広げると、真っ直ぐそのまま上空へと高速で飛んでいってしまった。リランは一瞬追おうと思ってサラマンダーが出せる赤い妖精の翅を背中に出現させたが、その時すでに仮面の風妖精の姿はなかった。そこでリランは軽く喉をもう一度鳴らし、翅を仕舞い込んで、仮面の風妖精を思い出す。

 

 あの風妖精は異様だった。プレイヤーにしか見えなかったけれどその身体から放出される気配はただのプレイヤーのものではなかった。それこそ、SAOに居た時に天敵のようにも思えていた、PoHやアルベリヒのそれに近かったような気がする。

 

 だが、その者達は結果としてあの世界からこの世界へと帰還する事は出来なかった。だからこそ、この世界にいるわけがない。明日はこのゲーム始まって以来の超大型アップデートだというのに、リランは気付けば、自らの心の中に強い不安感を抱いていた。

 

 

「一体あれは何だというのだ……」

 

 

 リランはじっと、仮面の風妖精の消えて行った空を眺めていた。

 




謎の存在、現る。


― 本作での一人称の見分け方 ―

ボク → ユウキ

ぼく → カイム

僕  → シュピーゲル

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